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金沢地方裁判所 昭和30年(わ)162号 判決 1958年2月19日

被告人 杉浦常男 外五名

主文

被告人等に対しいずれも刑を免除する。

訴訟費用は全部被告人等の連帯負担とする。

理由

(事件の概要)

この事件は公安調査官が日本共産党の一党員をして同党の情報を提供せしめたことに発端する。石川地方公安調査局公安調査官新田貞治(当四十五年、前警察官)は上司の命により、破壊活動防止法に基き、暴力主義的破壊活動を行つた疑のある団体として、日本共産党その他の団体の組織、活動等を、特に管下の石川県内におけるそれを調査する任に当つていたものであるが、昭和三十年一月十日前後頃より日本共産党員である被告人室橋竜次に接近し、同被告人より同党の情報を入手、収集しようとした。頭初金沢市荒町二丁目三十六番地高橋雄仙方二階の同被告人宅を訪問した際は、同被告人より体よく協力を拒絶せられた。しかし二度、三度と訪問を重ね、手土産に菓子箱等を持参して協力を懇請しているうち、同被告人が一、二の党情報を提供してくれるに至つた。以来月に二、三回位同被告人方を訪れ、同被告人より同党石川県委員会の創立、その経過、人事、財政状況、組織の現状、活動の現況、運動方針、機関誌等に関する情報の提供を受けて調査活動を続けた。その間同年六月五日頃には同党の指令文書である「小牧原爆基地反対闘争についての緊急指示」一通(証第一号)及び同党石川県委員会の機関誌である「県民の友」第二百四号一部(証第二号参照)の提供を受けたので、これに対する謝礼として現金一千円を同被告人に供与し、同月十五日頃には同党の政治学校開設に関する県委員会の指令文書の閲覧をえたから、同被告人に現金一千円をもつて謝礼した。しかして新田公安調査官は将来もなお同被告人の協力をえられるものと判断していたので、右同日同被告人方より辞去する際、同月二十日に又来訪することを告げ、そのとき更に党情報を提供してくれるように依頼しておいた。

被告人室橋竜次は、新田公安調査官が来訪し始めた当時、同じ日本共産党員でありながら、他の党員より何か猜疑と警戒の目を向けられ、党活動の面においても多少疎んぜられている傾きにあることを感じ、これを不満に思つていたが、そこに同公安調査官が現われ、その再三に及ぶ懇請と熱意にほだされて、消極的ながらもついに同公安調査官に協力するに至つたのである。しかし共産党員として自らを律する厳しさに欠け、協力を断呼拒否する意志と決断力のない人間の甘さにつけ入られて、些少の誘惑にうち負かされ、さして重要と思わないまでも党の秘密を公安調査官に漏洩した行動、同志を裏切る背信行為をようやく反省するに及び、良心に強く恥じると共に、新田公安調査官と従前の関係を続けるにおいては、更に重要な党情報をも提供する結果となることを考え、事の重大性を自覚し、同公安調査官との関係を断とうと決意するに至つた。ここにおいて同月十六日同党加賀地区委員長である被告人杉浦常男に対し自己の行動の一切を告白し、同党の批判と処置に委ねた。

被告人杉浦常男並びに同党石川県委員の被告人中西初夫、同党加賀地区委員の被告人市村利男等は同志である被告人室橋の背信行為を知つて驚愕し、同被告人の党員にあるまじき行為を強く責めると同時に、同被告人について同党の調査をなした新田公安調査官に対し、その調査を不法、不当としてひどく憤慨し憎悪した。同被告人等はかねてより破壊活動防止法の憲法違反を主張し、その制定に党を挙げての反対運動を推進、展開したのであり、同法の制定、施行後においては、公安調査庁が日本共産党を暴力主義的破壊活動を行つた疑のある団体として同法に基き調査することを違憲、違法、不当として公安調査当局に抗議を重ね、又同党に対する公安調査官の個々の調査行為については、これを発見、探知する都度同当局に対し抗議を続けて来た。しかし動かしえない証拠を掴みこれをつきつけなければ、当局より事実を否定されるのみに終り、抗議の成果を充分挙げることができなかつた。そこで新田公安調査官の被告人室橋に対する調査行為を自らの眼前において確認し、これを証拠として石川地方公安調査局に対し厳重に抗議すると共に、公安調査官の不当な調査について国民一般の世論を喚起しようと企てたのである。しかして被告人杉浦及び同市村は同月十九日被告人室橋方において、同被告人及びその妻室橋一枝より情報提供の事情をなお詳細に聴取した際、同被告人より新田公安調査官が同月二十日夕刻に調査のため来訪することを探知し、同日同公安調査官の来訪を待ち構え、その調査行為の現場において同公安調査官を取り押さえようと手筈を調えた。

さて被告人杉浦、同中西及び同市村は同月二十日夕刻被告人室橋方に赴き、被告人室橋と共に奥六畳の寝室に集つて新田公安調査官の来訪を待ち受けた。同日午後八時四十分頃同公安調査官が来訪するや、他の被告人等は同室に身を隠し、独り被告人室橋のみ入口に近い隣室の六畳茶の間に出て同公安調査官に応待し、従来どおり調査に協力して行くように装つて、同公安調査官に対し改めてその氏名、住所、所属勤務庁を尋ね、更に調査の対象、範囲、陣容、協力者に対する謝礼の支出源、方法、限度等について隣室へ聞えるようにことさら質問した。同公安調査官は被告人等の企図を察知するに由なく、これに対し一々快く返答していた。同日午後九時頃頃合を見計つて、隣室に身を秘そめ同公安調査官の応答を聞いていた被告人杉浦等が突如として右茶の間に跳り出て、判示罪となるべき事実のごとく、同公安調査官を取り囲んでその氏名、身分、日本共産党の情報収集の根拠を詰問し、調査の不法、不当を非難した。同公安調査官は被告人等に計られたことをようやく覚り、口を閉じて氏名、身分を明らかにせず、同被告人等はあくまで証票を呈示させてこれを明確にさせようとしたため、同日午後十二時頃まで押問答を続けた。その間他の党員数名に連絡して同公安調査官の容貌を見覚えさせ、党の写真班員をして同公安調査官を写真撮影させる一方、一般の商業新聞社にも通報してこの事件につき取材する機会を与えた。そのため被告人室橋方には党員や新聞記者等が多人数押しかけて喧騒を極め、家主よりきつくたしなめられた。そこで新田公安調査官を用便に立たせ階下に降りたのを機会に、被告人杉浦、同中西、同市村並びに連絡によりその頃被告人室橋方に来つた同じく共産党員である被告人扇能忠生及び同野村康治等は、判示罪となるべき事実のごとく、同公安調査官を引き立てて同市弓ノ町白銀診療所附近に到り、更に同市下本多町石川地方公安調査局に連行し、同局長に抗議しようとしたところ、同局員不在のため、やむなく同市広坂通り石川県広坂警察署へ連行した。しかして被告人杉浦等は同警察署において、連絡を受けて駈けつけた石川地方公安調査局長石林弘之より新田公安調査官の氏名、身分を確認し、公安調査官が調査をするに当り協力者に対し相当の報酬又は謝礼を提供して情報を収集する方法をとつていることを認める旨の言質を獲得し、同局長に対し新田公安調査官をはじめ公安調査官が行つている日本共産党の調査を不法、不当として厳重に抗議し、翌二十一日午前二時頃その目的を達したとして同署より引き揚げたものである。

(罪となるべき事実)

被告人等はいずれも日本共産党員であるところ、石川地方公安調査局公安調査官新田貞治がかねてより被告人室橋竜次に対し金品を供与して同党の情報を提供せしめていたことに憤慨し、同公安調査官に対しその調査行為を不法、不当として詰問し、併せて同公安調査局長に対しこれが抗議をなすため、被告人杉浦常雄、同中西初夫、同市村利男は被告人室橋竜次と共に、昭和三十年六月二十日夕刻より金沢市荒町二丁目三十六番地高橋雄仙方の被告人室橋方において、新田公安調査官の来訪を待ち構え、同公安調査官が同日午後八時四十分頃来訪し、被告人室橋が同被告人方六畳茶の間において同公安調査官と応接中、同日午後九時頃被告人杉浦、同中西及び同市村が突如隣室より跳り出て、被告人室橋と共同して新田公安調査官を取り囲み、同公安調査官に対しこもごも「動くな」、「手帳を出せ」、「名前を言え」、「身分を明らかにしろ」、「何で指令を盗んだ」等と怒声をもつてその氏名、身分、情報収集の根拠、理由を詰問し、同公安調査官が退去しようとするや、「帰すもんか、手配してあつたのだ」、「何い」と叫び、同公安調査官の左手首を掴んで引つ張り、肩辺を押し返す等してこれを阻止し、又用便のため席を立とうとするや、「逃げようとするのやろ」、「小便位せんでもいい」、「新田承知せんぞ」と怒鳴り、同公安調査官の左手首を握つて引き据え、両肩を押し、肩に手をかけて引き戻す等してこれを妨害し、更に喫煙しようとするや、「手帳も出さずに煙草ということがあるか」と怒声を発して、口にくわえた煙草を払い落す等の暴行、脅迫を加え、因つて同公安調査官をして同日午後十二時頃までその場より脱出することを不能ならしめ、もつて約三時間にわたり同公安調査官の身体の自由を拘束して不法に監禁し、更に被告人杉浦、同中西、同市村、同扇能忠生及び同野村康治は新田公安調査官を同行して石川地方公安調査局に赴き同公安調査官の身分を確認しかつ抗議すべく、同公安調査官を引き立て、翌同月二十一日午前零時頃より同日午前一時頃まで約一時間を費やし、被告人室橋方から同市白銀町、高岡町下藪の内を経て長町川岸、柿木畠を通り、同市下本多町三番丁五番地石川地方公安調査局に到り、同局員不在のため、これより更に同市広坂通り石川県広坂警察署まで約三粁の間、意に反し強いて連行し、その間他の党員数名と共同して、新田公安調査官の両側より両腕を扼して引つ張り、手首を掴み、背中を押し、数米引き摺る等の暴行を加え、もつて同公安調査官の身体の自由を束縛して不法に逮捕したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人等の法律上の主張)

弁護人等が被告人等の本件所為について主張する法律上の見解は大要次のごとくである。

(一)  破壊活動防止法の憲法違反について、

新田公安調査官は破壊活動防止法(以下単に破防法という)に基いて日本共産党の調査をなしたというのである。しかし破防法は憲法に違反する立法であつて、法律としての効力を有しないのである。破防法は憲法の保障する国民の自由及び権利、殊に思想、信教、集会、結社、表現及び学問並びに勤労者の団結し団体行動をする権利を著しく制限するものであり、又憲法上司法権はすべて裁判所に属せしめられているにもかかわらず、司法権の作用に準ずべき団体の規制処分を行政機関の権限に委ねるものであるからである。

破防法が仮に違憲立法でないとしても、同法は国民の基本的人権に重大な関係を有するものであるから、公共の安全の確保のために必要な最少限度においてのみ適用すべきであつて、いやしくもこれを拡張して解釈するようなことがあつてはならない。従つて以下のようにこれを解釈すべきである。

(二)  公安調査官の事前調査権について

破防法に規定する公安調査官の団体規制に関する調査権は、同法により公安審査委員会が団体に対し所定の手続を経て規制処分をなしたときに、はじめて発動せらるべきものと解する。公安審査委員会の団体規制以前に、公安調査官が規制のための調査、いわゆる事前調査をする権限を認容したものではない。百歩譲つて事前調査が許されるとしても、団体が団体活動としていわゆる暴力主義的破壊活動(以下単に破壊活動という)を過去においてなし、その後も継続又は反覆して破壊活動を行い、将来も更に破壊活動をするおそれがあり、かつその危険が明白であつてこれを認めるに充分な理由があるという要件を具備するときにおいてのみ、公安調査官が事前に調査する権限を認めるにすぎないと解すべきである。

(三)  公安調査官の調査権の範囲について、

しかして、公安調査官が団体規制に関し調査しうる場合における調査権限は本来規制を受けた団体においてよくその処分に服しているかどうか、すなわち規制事項が遵守され規制の実効を挙げているかどうかを調査する範囲に止めるべきである。前述のごとく事前調査が許容されるとしても、その調査範囲は破防法に規定する破壊活動のみに厳密に限定しなければならない。調査範囲を破壊活動と関聯するすべての事項にまで拡張することは断じて許されない。関聯事項は無限の拡がりを有し、その限界を知らないのである。関聯事項の名において団体の組織、活動の一切、団体構成員のすべての生活、思想、行動を調査することは違法である。

(四)  公安調査官の調査方法について、

次に、公安調査官の調査は全くの任意調査でなければならない。これによつて憲法の保障する国民の自由及び権利を不当に制限するようなことは許されない。公安調査官が私人について団体の調査行為をするときは、協力を求めようとする相手方に対し先ず自己の身分を明らかにし、要求があればこれを示す証票を呈示すべきはもちろん、調査が任意であること、すなわち協力するか否かは全く自由であつて、拒否しても何等の不利益をも受けないことを予め告げてから、職務を行うべきである。自由なる意思を拘束する金品を提供してなす買収、国民の自由を著しく侵害する尾行、張り込み、卑劣なスパイの使用等の方法による調査は当然許さるべきものでない。公安調査官が国民の自由及び権利を不当に制限するような調査をなしたときは、破防法に違背し、その調査行為は違法な調査であるのみでなく、直ちに職権濫用罪を構成するものというべきである。

(五)  日本共産党に対する調査の違法について、

ところで、日本共産党は過去において公安審査委員会により破防法に基く規制処分を受けた事実が存しない。のみならず、同党はその団体活動として暴力主義的破壊活動を行つたことが唯の一度としてなく、もちろん将来において破壊活動を行うおそれのある団体でもない。過去における一連の集団的暴力事犯が同党の指導による同党の活動であることの立証を試みられたこともなく、いわんやこれを立証せられたこともない。そうだとすれば、公安調査官は同法により日本共産党を調査する権限を全く有せず、同党を調査することは違法としなければならない。

(六)  新田公安調査官の調査の違法、職権濫用罪の構成

しかるに、石川地方公安調査局公安調査官新田貞治は前述のごとく調査の権限を有しない日本共産党の、調査範囲に属しない同党の組織、活動一般を、殊にその独立した下部組織である石川県下におけるそれを対象として調査していたのである。しかも、同党員である被告人室橋竜次に対し同党の調査に協力を求め、同被告人がこれを拒否したにもかかわらず、執拗に同被告人方を訪問して協力を求め、ついには金品を提供しあるいは酒食を饗応して、同被告人を誘惑、堕落せしめ、その結果同被告人より二、三の党情報を買収することに成功したのである。加うるに、新田公安調査官は被告人室橋が中途共産党員たることを自覚して将来の協力を拒否したにもかかわらず、同被告人が二、三情報を提供したという従前の関係を利用して同被告人を離そうとせず、更に重要なる党情報を獲得しようと企図していたのである。右のごとき同公安調査官の調査行為は、独り被告人室橋のみの憲法上保障せられた自由及び権利を不当に制限するだけに止まるものでなく、同じく日本共産党員である他の被告人等ひいては全党員の自由及び権利を不当に制限し侵害するものといわねばならない。同公安調査官の右調査行為は破防法に違背した違法な調査であつて、同法に規定する職権濫用罪を構成するものであること明白である。

(七)  新田公安調査官の調査の違法、国家公務員法違反罪の構成

更に、新田公安調査官は国家公務員であること明らかであり、被告人室橋が合法政党たる日本共産党員であることを知悉して同被告人に対し同党の情報提供を求め、いわば同党に対する裏切りを要求したものであるから、それは同被告人の同党よりの離脱ひいてはその政治的思想、意見の改変に努力したものというべく、一の政治活動をなしたものにほかならない。してみれば、同公安調査官の同被告人についてなした調査行為はまた公務員の政治活動を禁止した国家公務員法に違背し、同法違反罪をも構成するものというべきである。

(八)  被告人等の本件所為の正当性、現行犯人逮捕として違法阻却

しかして、被告人等は新田公安調査官の前述した犯罪行為をたまたま被告人室橋方において目の前で現認したのである。現行犯人は何人でも逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。被告人等の本件所為は同公安調査官を破防法所定の職権濫用罪及び国家公務員法違反罪の現行犯人として逮捕し、警察官署へ連行したまでのことである。それは国民に許された適法な権利行使であつて、そこに多少の実力行使がなされたとしても、犯人逮捕の性質上当然に許容せられた範囲内に属するものであり、これをもつて違法とするは当らない。被告人等の本件所為は何等の違法性を有しないというべきである。

(九)  被告人等の本件所為の正当性、正当行為として違法阻却

更に、被告人等は新田公安調査官の調査行為により、現実に、憲法の保障する国民の自由及び権利を不当に制限され侵害されたのである。しかも、将来において一層公安調査官によつてかかる侵害を受けるおそれが多分に存するものであることを考えねばならない。およそ他より違法な侵害を受けた場合、人は手を拱いてこれを忍受すべき義務あるものでなく、節度をもつて限界を越えない限り、自らこれに抵抗して侵害を阻止、排除し、防衛することが許容されねばならない。法律上正当防衛、緊急避難あるいは自救行為としてこれを是認されるゆえんである。法律上かかる場合に該らないときにおいても、不法な侵害行為に対するこれを阻止し排除する防衛行為がその方法及び程度において公共の秩序維持を紊さない範囲内に止まり、防衛せられる法益が防衛行為によつて侵害せられる法益に比較して相当に優越するときは、その防衛行為を法律上容認することが公共の秩序を保持するゆえんであるから、かかる防衛行為は刑法上も正当行為として違法性を阻却するとすべきである。しかして、被告人等は新田公安調査官により前述のごとき違法な侵害を受け、これを自ら阻止し、排除するために、すなわち同公安調査官に対しその調査の違法、不当を非難し、公安調査当局に対しその行う調査の違法、不当を抗議し、将来における違法、不当な調査を廃絶せしめるために、憲法の保障する自由及び権利の防衛行為として本件所為に及んだものにほかならないのである。その被害法益であり防衛しようとした法益は被告人等の憲法により保障せられた思想、信教、集会、結社、表現及び学問の自由であり、勤労者の団結し団体行動をする権利であつて、民主々義国家の支柱ともいうべき最重要のそれである。他方防衛行為によつて侵害せられた法益はたかだか新田公安調査官の個人的な身体の自由にすぎない。両者の法益価値において前者が後者に比して著しく優越するものであることは多言を要しない。しかも被告人等のとつた防衛行為の手段、方法、程度は社会公共の秩序維持を紊さない範囲内に止まつているということができる。そうすれば被告人等の本件所為は、それが外観上、形式的には犯罪類型に該当するとしても、刑法上正当行為としてその違法性を阻却せられ、犯罪を構成しないとせねばならない。

(一〇)  結論

以上いずれの見地よりするも、被告人等の新田公安調査官に対する本件所為は罪とならないことに帰着し、全員無罪であるというべきである。

(法律上の主張に対する判断)

弁護人等の法律上の主張に対する判断並びに被告人等の本件所為についての見解は次のとおりである。

(一)  破壊活動防止法の違憲主張について、

憲法は国民に思想及び良心(第十九条)、信教(第二十条)、集会、結社及び表現―言論、出版その他―(第二十一条)並びに学問(第二十三条)の自由を保障し、勤労者の団結し団体行動をする権利(第二十八条)を保障する。しかしてこれらの自由及び幸福追求に対する国民の権利は公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とし(第十三条)、憲法は国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令並びに国務に関するその他の行為はその効力を有しない(第九十八条)。

ところで、破壊活動防止法は公共の安全を確保するために、暴力主義的破壊活動に関する刑罰規定を補制すると共に、団体の活動としてかかる破壊活動を行つた団体に対する規制措置を定めるものである(第一条)。故に、同法は憲法の保障する国民の基本的人権に重大な関係を有し(第二条)、これに多少の制限を加えるものとしなければならない。しかし、公共の安全を害する破壊活動を放置できないと共に、かかる行動を団体の活動として行う団体に対しても何等かの規制を加えることは公共の安全を確保し、公共の福祉に合致するものといわねばならない。破防法は思想殊に特定の思想を取り締り規制しようとするものでも、又結社自体を制限するものでもない。いかなる思想―たとえ破壊活動を肯定する思想であろうと、又いかなる結社―たとえ破壊活動を肯定する目的のものであろうと、思想自体、結社自体を禁止するものでない。団体それ自体を規制することに目的があるというよりは、団体の活動としての破壊活動を取り締ることを目的とするものである。いわゆる暴力主義的破壊活動を制限的に列挙し(第四条)、あいまいな概念をできるだけ避けてこれを定義づけ、拡張解釈、濫用防止に細心の用意がなされているのはこの故である。なお規制の一般的基準として同法は公共の安全を確保するために必要な最小限度に適用すべきものとし(第二条)、規制及び規制のための調査において、権限を逸脱して憲法の保障する国民の自由及び権利を不当に制限することを厳に戒しめ(第三条)これを一般公務員の職権濫用罪より重い刑罰をもつて担保しようとしている(第四十五条)。団体規制の要件についてみるに、団体が過去において団体活動として破壊活動を行い、その後継続又は反覆して将来更に破壊活動を行う明らかなおそれがあると認めるに足りる十分な理由があるときと、これを厳しく規定し、規制の限度を右将来における危険を除去するために必要かつ相当の限度を超えてはならないとし、規制の処分を原則として最高六ヶ月の一定の期間を限つた一定の団体活動の制限、禁止をなすに止め(第五条)、これによつて実効を期しえず、危険を有効に除去することができないと認められるときに、はじめて団体の解散を指定しうるにすぎないこととしている(第七条)。更に規制の手続において規制しようとする団体に対し充分な弁明の機会を与え、その慎重を期している(第十二条乃至第二十五条)。なお、規制処分は行政機関である公安審査委員会が決定する(第二十二条)のであるから行政処分であるが、それは元来司法権の作用に属せしむべき性質のものであるといいうる。しかし同委員会は終審としてこれを決定するものではなく、司法権を行う裁判所への出訴を許し、処分の当否は窮極において裁判所の判断に委ねられると共に、その裁判確定に至るまで処分の執行停止をも求めうるのである(第二十五条)。それ故行政機関が終審として裁判を行うことができないとする憲法に適合せしめる用意が尽されている。以上考察したところにより、破壊活動防止法は暴力主義的破壊活動を行つた疑ある団体(以下単に破壊活動容疑団体という)の規制及び規制のための調査に関し、公共の福祉殊に公共の安全を確保するために、憲法の保障する国民の基本的人権を必要、最小限度において制限するに止まるものとして憲法に違反しないものと解すべきである。

(二)  公安調査官の事前調査権について、

さて、公安調査官は破防法に基き破壊活動容疑団体の規制に関し必要な調査をすることができる(第二十七条)。しかして公安審査委員会のなす団体の規制処分は公安調査庁長官の請求があつた場合にのみ行われる(第十一条)のであつて、しかも規制処分を行うか否かは同委員会において審査の上決定するのである(第二十二条)。従つて公安調査庁長官は当然未だ規制処分を受けていない団体に対しても、それが破壊活動容疑団体として規制を必要とすると判断するについて合理的な根拠並びに理由があるときは、規制を請求するか否かを決定するために、これに必要な範囲において公安調査官に対し団体の調査を命じうるものと解する。このように解釈しなければ公安審査委員会は破壊活動容疑団体を規制しえないし、公安調査庁長官は団体の規制を請求することができない結果となり、破防法の制定は全く意味を有しなくなるからである。公安調査官は当然に団体規制のためにいわゆる事前調査をなす権限を有するものといわねばならない。もつとも、単に調査機関の抽象的な主観的判断のみに依拠して、団体が将来において団体活動として破壊活動を行うおそれがあるというのみでは、その団体を調査することは許されない。しかし、団体がその政策、綱領、通常の活動に現われた思想、行動の原理に照らし、過去及び将来にわたり団体活動として破壊活動を行い、行うおそれがあると認めるに足りる相当合理的な客観的理由があるとき(第五条参照)には、その団体を調査しうると解しえなければ、国家社会の平和的な法秩序を維持しようとする破防法の目的を貫徹しえないものといわねばならない。

(三)  公安調査官の調査権の範囲について、

次に、調査の範囲について考えるに、公安調査庁長官が公安審査委員会に対して団体の規制を請求するには、請求の原因たる事実を示し、これを証すべき証拠を添えてしなければならない(第二十条)。従つて、公安調査官の調査権の範囲は破壊活動容疑団体の規制の要件(第五条、第七条)全般に及ぶものと解する。これを少しく具体的にいえば、破壊活動容疑団体の存否、破壊活動の存否、その内容(関係者、日時場所、手段方法、結果等)、それが団体活動として行われたものであるかどうか(関与した団体役職員、構成員、手段方法、程度等)、その団体が継続又は反覆して将来更に団体活動として破壊活動を行うおそれがあるかどうか、その危険の程度並びにこれらの事実を証する証拠資料の収集、整理等が包含せられ、規制処分の後においては規制処分の実効を確保するためにする調査等も考えられる。調査範囲を最も狭く破壊活動それ自体だけに限定することができれば、国民の基本的人権保障の上からそれに越したことのないこと明らかであるが、団体活動としての破壊活動を充分解明するためには、団体の一般的組織、活動の調査をも必要としなければならないから、それは団体構成員の私的生活関係にわたらない限り、かなり広範囲に及ぶこともまたやむをえない。

(四)  公安調査官の調査方法について、

ひるがえつて、公安調査官の職権行使の上に要求せられる法律上の義務について考えるのに、公安調査官の調査は任意調査であつて、刑事訴訟法にいわゆる任意捜査と同様の(但し同意がなければ出頭を求めて調査することは許されないと解する)全く任意の調査をなしうるに止まる。いわゆる強制処分に類する強制的調査の許さるべきでないこというまでもない。しかして、公安調査官は検察官又は司法警察員よりの情報収集等(第二十八条乃至第三十条)によるほか、自らの五官の作用によつてなす直接の認識による方法、調査対象の団体でない私人の協力によつてなす方法あるいは調査対象団体の構成員の協力をえてする方法等により調査をすることとなるであろう。その際公安調査官は調査の性質上憲法の保障する基本的人権に重大な関係を有するのであるから、国民の自由及び権利を不当に制限するようなことがあつてはならない(第二条、第三条)のであつて、殊に私人の協力をえて調査をする場合においては細心の注意を払わねばならない。協力者に接するとき、予め身分を明らかにし、調査の目的並びに協力を自由に拒否しえ、拒否しても何等の不利益をも受けない旨を告げることは望ましいことであり、協力者より求められれば、身分を示す証票を呈示してこれを明らかにしなければならない(第三十四条)。協力を拒否せられたときに、なお条理を尽して説得し協力を要請することは許されようが、それが執拗となつて協力を求めようとする者の著しい迷惑となり、なかば強制する結果となる程度まで達してはならない。又いやしくも法律上に根拠を有する国家機関である以上、公安調査官は徳義上非難されるごとき方法によつて調査することは不当であり、ときによつては違法ともなりえよう。その調査にそれ相当の品位を保持すべきは国家の公務員として当然要求せられる。調査についての協力者に対し実費を弁償し、あるいは謝礼、報酬を供与することも、それが協力に対する対価として社会通念上相当と認められる限り、許されるであろうがその限度を逸脱して協力者の人格を汚辱し、自由意思を歪曲せしめる程度に達しないように慎しむべきである。尾行や張り込みのごときも私的生活の安穏を圧迫しないよう必要最小の局面においてのみ許されよう。

(五)  公安調査官の職権濫用罪について、

このように、公安調査官の調査行為は直ちに国民の基本的人権に影響を及ぼすものであつて、調査により国民の自由及び権利を不当に制限するようなことがあれば、かかる調査は破防法に違背した違法な調査となり、同時にあるいは同法の規定する職権濫用罪を構成するに至る。ちなみに、破防法に規定する職権濫用罪は刑法の規定する一般公務員の職権濫用罪(第百九十三条)の特別法の関係にあり、これに比して法定刑が加重せられている。しかして後者につき、同罪の性質上よりその主体となる公務員は強制力を伴う職務をとる者、すなわち行為、不行為を命じ必要あればこれを強制する権限を有する公務員に限られると解せられているが、公安調査官はもともとかかる強制力を有しないのであるから、破防法に規定する職権濫用罪については右のごとき見解をとりえないこともちろんである。

故に、同罪が成立するには必ずしも暴行又は脅迫を用いることを必要とせず(これを用いて犯した場合は刑法の職権濫用罪と同様破防法の同罪と刑法第二百二十三条強要罪との観念的競合となろう)、その他の方法をもつて、公安調査官が職権を濫用し、人をして義務なきことを行わせ、又行うべき権利を妨害したときに成立する。例えば団体内における構成員の離間、団体の勢力分裂、団体構成員の団体よりの脱落、団体構成員の思想、主義、主張の改変、団体構成員の職業選択自由の妨害、私生活の暴露、個人的中傷等破防法に規定する以外の目的をもつてする調査行為は、外形上は職務の執行に仮託して、実質上は正当なる権限外の行為をするものであるから違法というべく、その過程において人に義務なき行為を行わせ又は権利の行使を妨げたときは、職権濫用罪を構成することもちろんであろう。又正当な職務執行の意図であつても、調査について協力を求めるにあたり、相手方の物質的困窮に乗じて、その意思の自由を拘束し強制するに等しい金品を提供し又はこれを約束し、協力に対し社会通念上著しく不相当な謝礼又は報酬を提供して協力者を金銭的に麻痺させ、又は執拗に協力を求めて相手方の円満な家庭、平穏な生活を甚しく紊し破壊するごとき方法による調査は不当であるばかりでなく、場合によつてはその手段の高度な非社会性又は意思自由に対する強度の拘束性のため、違法な調査として職権濫用罪にあたることもありえよう。

(六)  日本共産党に対する調査権について、

ところで、日本共産党は破防法により破壊活動容疑団体として公安審査委員会の団体規制処分を受けておらないこと明白である。しかして、石川地方公安調査局公安調査官新田貞治は上司の命により、日本共産党を破壊活動容疑団体として同法に基き同党の組織、活動等、特に管下石川県内におけるそれを調査し、同党員である被告人室橋竜次より同党の情報を収集していたことを認めうる。

しかしながら、昭和二十六年頃より国内各地において、集団的暴力により警察署等の治安機関並びに税務署等を襲撃して、暴行、脅迫、放火、殺傷等の犯罪を犯す組織的な暴力主義的破壊活動が相次いで頻発した。皇居前広場に発生したメーデー事件、大阪における吹田事件更には名古屋の大須事件等はこれら一連の集団的暴力事犯の最たるものといえよう。しかも、これらの破壊活動の背後には、憲法の下に成立する現政府を武装暴動によつて顛覆することの正当性を主張し、又その準備的訓練として暴力の行使をせん動するような文書が多数組織的に流布せられていた。このような事実からして、これら一連の集団的暴力事犯は広汎かつ秘密的な団体組織によつて強力に指導され推進されていることの疑が多分に抱かされたのである。しかして、日本共産党は従来暴力革命による共産主義政権を樹立することを主義、主張とするものであり、昭和二十六年十月同党の第五回全国協議会(いわゆる五全協)において採択せられた新綱領に「日本の解放と民主的変革を平和的手段によつて達成しうると考えるのは間違いである、労働者と農民の生活を改善するには政府に対する革命的闘争を組織しなければならない、進歩的な勢力を民族解放民主統一戦線に結成し、これを強化し発展させることを緊急任務とする。軍事行動は階級闘争の一部であり、その最も戦闘的手段である」旨同党の当面の要求として掲げ、又当時同党の出版、頒布したものと推定される冊子に「われわれは武装の準備と行動を開始しなければならない」と題し、「われわれに何故軍事組織が必要か、労働者や農民の軍事組織をつくるにはどうしたらよいか、日本でバルチザンを組織することができるか、われわれの軍事組織はどのような活動をするのか、われわれの軍事科学とは何か、民族解放民主統一戦線と軍事組織とはどんな関係をもつか」の諸問題が論ぜられており、その他多数の内乱の正当性及び必要性を主張する文書あるいは冊子が流布せられた。以上の事実は一般公知の事実並びに前掲各証拠によつてこれを認めうるところである。これらの事実よりすれば、日本共産党は、少くとも本件事件当時においては、団体活動として過去及び将来にわたり破壊活動を行い、行うおそれがあると認めるに足りる相当合理的な客観的理由がある団体に該当したといわざるをえない。従つて、公安調査官は本件事件当時破防法に基き規制のために前述の範囲において日本共産党を調査する権限を有したものとしなければならない。

(七)  新田公安調査官の調査行為について、

新田公安調査官は日本共産党員である被告人室橋竜次に接近し、同被告人より同党の情報を収集して同党の調査をしようとし、頭初昭和三十年一月十日前後頃同被告人方を訪問して協力を依頼した際は、同被告人よりこれを拒否せられたが、その後二度、三度と訪問を重ね、手土産に菓子箱等を持参して協力を懇請しているうち、同被告人が一、二の党情報を提供してくれるに至り、以来月に二、三回位同被告人方を訪れ、その協力をえて同年六月二十日本件事件に至るまで調査活動を続け、前述(事件の概要)のごとく同党の情報を収集したものであること、その間約五ヶ月にわたり同被告人方を訪問すること十五乃至二十回に及んでいるが、協力をえられるに至るまでそれを懇請したことはあつても、同公安調査官が暴行を加え又脅迫的言辞を用いたという事実は全くなく、その他の方法により協力を強制したと認めるべき事実もうかがわれず、終始懇に協力を依頼していたものにすぎないこと、同被告人はその間同公安調査官に好意的に接し、その態度に変化が認められなかつたこと、同公安調査官は同被告人に対しその協力に対する謝礼として同年六月五日頃に現金一千円、同月十五日頃に現金一千円をそれぞれ供与し、同月十日頃僅かながら酒食の饗応をしたほか、同被告人方訪問の際に手土産として菓子箱等を持参しているが、これらを合計した金額はたかだか三千円位であつて、それは協力に対する対価として社会通念上相当と認められる限度内のものであること、同被告人は当時経済的に恵まれた状況にあつたわけではないが、厳格な党紀に服する共産党員たる同被告人にとつて、右金額の金品は抵抗不可能な誘惑とはならないと考えられること、同公安調査官が同被告人方を訪問したのはその頻度において月に二、三回、多いときでも五、六回に止まり、時刻あるいは時間においてなるべく迷惑とならないように努めたことがうかがわれ、同被告人が多少迷惑に感じたとしても、それは調査に協力する以上忍ぶべき限度であつて、同被告人の家庭生活の円満、平穏を破壊し紊すものではなかつたこと、同公安調査官は同被告人について調査するに当り、破防法に基いて自己の職務を遂行する以外に何等他の目的を有せず、同被告人に調査の協力を求めることは、結果的にみて、党又は党員に対する裏切りを説得することとなつても、調査に名を藉り同被告人をして党又は党員を裏切らせ、党より離脱させあるいは政治的思想、意見を改変させる意図の下に、更にはそれを自己の政治活動として調査したものではないこと、以上の事実を認めることができる。これらの諸事実よりすれば、新田調査官のなした調査行為は破防法の認める権限内の任意調査の範囲に属するものというべく、又その調査に協力した被告人室橋並びに同じく党員である他の被告人等の憲法上保障せられた自由及び権利を不当に制限したものではないとせねばならない。従つて、その調査行為は破防法に違背した違法調査ではなく、もちろん同法の規定する職権濫用罪を構成せず、又国家公務員法違反罪も成立しないこというまでもない。

(八)  現行犯人逮捕の主張について、

新田公安調査官の破防法に基く本件調査行為が適法な調査であつて、職権濫用罪を構成せず、又国家公務員法違反罪の成立しないことは右に述べたところである。しかして、被告人等は同公安調査官をかかる犯罪の現行犯人として逮捕する意思をもつて本件所為にでたものでないことは、前判示(罪となるべき事実)の被告人等の行為殊にその動機、目的、態容並びに現行犯人として逮捕し警察へ引致する目的であれば、当然最寄の警察署、派出所又は駐在所へ速かに引致すべきであるのに、その措置にいでず、被告人室橋方において長時間同公安調査官を身体の自由を拘束して詰問した上、わざわざ遠く廻り道をして人通り少く概して暗い道筋をとり、しかも長時間を要して必要を越え過当な連行をなしていることを認めうる事実より明らかである。従つて、この点に関する弁護人等の前示主張は失当であつてこれを採用するの限りでない。

(九)  正当行為の主張について、

被告人等が判示(罪となるべき事実)のごとく、昭和三十年六月二十日午後九時頃より午後十二時頃まで約三時間にわたり、新田公安調査官の身体の自由を拘束し、翌六月二十一日午前零時頃身体の自由を拘束したまま同公安調査官を連行して石川地方公安調査局に到り、更に石川県広坂警察署へ同行した事実は、正しく刑法第二百二十条第一項所定の不法逮捕監禁罪の構成要件に該当するとしなければならない。しかして構成要件は違法(有責)な行為の類型であるから、構成要件に該当する以上、被告人等の所為は形式的に違法性の存在を推定せしめるものであるこというまでもない。しかし、行為の違法性(もちろん刑法上の可罰的違法性をいう)とは単に形式的にだけではなく、実質的に全体としての法秩序(刑罰法規のみでなく公法、私法の全体系)に反することである。それは法秩序の基底ともいうべき社会倫理規範に反することをいうにほかならない。構成要件該当性の判断が定型的な評価であるのに対し、違法性の判断はあくまで具体的、個別的であり、超法規的でさえなければならないゆえんである。社会共同生活において各人の利益が相対立して衝突する場合における相手方の法益侵害行為の違法性を判断するとき殊にそうあらねばならないであろう。刑法は違法阻却原因として法令による行為、正当(業務)行為、正当防衛、緊急避難等これを定型化することに努めているが、あらゆる場合のそれを洩れなく類型化して明文に規定することは到底不可能なことといわねばならない。それ故、刑法に定型化せられた違法阻却原因の要件を具備しない場合においても、超法規的に違法阻却事由が認められねばならない。同時にかかる定型化せられた阻却原因の要件を形式的に具備するときにおいても、具体的事情のいかんによつて必ずしも違法性を阻却しない場合も存するのである。行為の違法性判断は個々の具体的特殊事情に即応して、合理的に評価決定されねばならない。従つて行為が違法類型たる構成要件に該当し、形式的には行為の違法性が推定せられる場合にあつても、健全な社会通念より判断して、その動機、目的において正当であり、方法、手段において相当であり、相衝突する法益の価値関係において均衡を失わず、しかも全体としての法秩序に反しないと認められるならば、たとえ刑法上定型化せられた違法阻却事由の要件を充足しなくとも、なお超法規的に行為の形式的に推定せられた違法性を阻却し、正当行為として犯罪の成立を妨げるものと解する。

そこで本件についてこれをみるに、新田公安調査官の本件日本共産党に対する破防法に基く調査行為は適法行為として、職権濫用罪を構成するに足らないこと前述のとおりであるが、他方同公安調査官の右調査方法をみるに、前認定のとおり、日本共産党に在籍しこれに忠誠義務を有する被告人室橋竜次に接近して、同被告人より同党の情報を入手しようと考え、秘かに同被告人の家庭訪問を繰り返し、かつ又多少の金品を用いて同被告人及びその家族の歓心を買い求め、情報の提供を受け又は受けようとしたものであつて、たとえ、その行為の目的は破防法上の職務の遂行にあり、又その手段、方法において調査の相手方に対する何等の暴行、脅迫その他の強制的要素を伴わないものであつても、なおかつ国民の健全な法意識と基本的人権の保証に暗影を投ずるものとの譏りを免れない。それ故公安調査官は一方において公共の安全を維持して国家を破壊活動より防止すべき任務を担う反面、同任務を遂行することによりややもすれば国民の基本的人権に牴触する危険を負担する困難な職務上の性格を有するものであるから、常に公正、妥当な職務態度を堅持し、いやしくも国民の自由及び権利を侵害するがごとき批難を受ける職務執行の態度を排除することに努めなければならない。この点において新田公安調査官の本件調査の方法並びに被告人等より詰問を受けた際におけるこれに対する信念喪失の応接態度は真に遺憾としなければならない。

ところで、被告人等は新田公安調査官の日本共産党に対する右調査行為を以上の諸観点より批判してこれを違法、不当とし、同公安調査官の来訪を待ち受けてこれを詰問し、更には同公安調査官をいわば生き証拠としてその上司である石川地方公安調査局長等に抗議するため、本件所為に及んだものであること前述事件の概要において叙説したとおりである。すなわち、それは被告人等に憲法上保障せられた自由、殊に思想、信教、集会、結社、表現及び学問の自由、並びに勤労者の団結し団体行動をする権利に不当な影響を及ぼすおそれのある新田公安調査官の本件調査行為及びその他これに類似する行為の将来の発展を阻止し、被告人等の自由及び権利を防衛、保持する意図をもつて行われたものであると認めることができる。このことは新田公安調査官の調査に協力した被告人室橋についても同様であつて、同被告人は同公安調査官の求めに屈し、共産党員たるの自覚を失して任意の協力に出たのではあるけれども、同年六月十六日自己の行為を反省し、すべてを告白した上同党の批判と処置に委ねた後は、同公安調査官の調査行為に対し他の被告人等と同一の見解に立脚してこれと行動を共にしたものであることが認められるのである。

更に、新田公安調査官は日本共産党員たる被告人室橋に協力せしめ、同党の調査をなしたものであることは繰り返し述べたとおりである。従つて、その調査行為は独り同被告人のみでなく、同じく党員たる他の被告人等はすべて重大な利害の関係を有するのである。すなわち、被告人室橋が同公安調査官の調査に協力することは党の秘密を漏洩する裏切行為であると共に、ひいては党よりの離脱、脱落を意味し、同公安調査官が同被告人により同党の調査をすることは結果的には同被告人に党及び党員に対し裏切行為をさせ、ひいては党より離脱、脱落させることを意味する。ましてや、その協力は被告人室橋の積極的意思に基くものでなく、同公安調査官の要請により、少しの心のゆるみから受働的に協力させられるに至つたものであるのみならず、これに対し金品の謝礼が供与されている事実が存するのである。同公安調査官のかかる調査行為が破防法上の犯罪を構成しないまでも、このような方法による調査は共産党員にとつて頗る不当と感じられ、違法と信ぜられることは無理のないところであつて、これを絶止させるべく、直接、調査する公安調査官に対しその不当を非難攻撃し、その監督官庁たる公安調査当局に対し国民の自由及び権利を侵害するおそれのある調査活動の真相糺明につき厳重抗議し、将来の調査の改慎を要望することは当然許容せられるところといわねばならない。

被告人等の判示(罪となるべき事実)所為は以上のごとくその動機、目的において正当であり、従つてもし具体的行為の方法、手段において相当と認められるならば、その緊迫度において正当防衛、緊急避難及び自救行為のいずれにも該当しないけれども、前述違法性判断の基準たる全体としての法秩序の均衡維持の上に許容せられる最少限度の形式的違法として実質的違法性を阻却しうるものということができる。

しかしながら、被告人等の前示行動の態様をみるに、判示のごとく三時間に及ぶ長時間暴言喧騒裡に新田公安調査官の自由を拘束し、その間自然の生理的要求たる排尿に対し嘲弄的言辞をもつてこれが抑制を強い、喫煙する自由をも与えず、しかも深夜行先も明確に告げず身体の自由を束縛して同公安調査官を困惑、不安に陥らせたまま、三粁余の道程を殊更に徒歩で約一時間を要して広坂警察署へ引き立て連行したのである。右所為はその方法において明らかに行き過ぎであつて、前述の許容せられた相当の程度を超えて法秩序に違反し、実質的に違法性を具有したものとしなければならない。被告人等の所為は違法性を阻却すべき正当行為の程度を超えた過剰行為と認めるのが相当であつて、違法性を阻却しないものであるといわねばならない。従つて、弁護人等の本件所為を正当行為として違法性を阻却するとの前示主張は結局採用することができない。

(法令の適用)

被告人等の判示(罪となるべき事実)各所為を法律に照すと、いずれも刑法第二百二十条第一項、第六十条に該当するが、前述のごとく過剰行為としてその責任を問うべきである。しかして被告人等の右所為は新田公安調査官の調査行為を違法、不当として同公安調査官を難詰し、併せて公安調査当局に対し正当な抗議をなし、もつてかかる調査行為を阻止、排除し、被告人等の自由及び権利を防衛、保持するためになしたものであつて、その結果において程度を超え惹起せられたものであるから、もちろん同法第三十六条の正当防衛の要件を充すものではないけれども、なお同法条第二項を準用してその責任を定めるのが相当であると解する。そこで情状についてみると、被告人等が判示のごとく実力をもつて新田公安調査官の身体の自由を長時間拘束し、同公安調査官を困惑、不安な状態に置いた点その情決して軽いものとはいいえないが、まず、被告人等は前述のように動機、目的において正当行為の過剰行為としての責任を問われるものであること、本件はもともと国民の基本的人権に重大な関係を有する職務にある新田公安調査官が被告人等の所属政党たる日本共産党について、党紀律に服すべき党員たる被告人室橋よりそのいわば秘密を探知し、情報を収集した調査行為に端を発したものであること、同公安調査官が被告人室橋方において被告人等よりその身分並びに調査の不当について難詰を受けた際、唯黙秘するのみで、単に被告人等の手より脱出することに専念するほか、その事態に処する何等の積極的行動を示さず、被告人等のなすがままに任せたため、被告人等は勢の赴くままあくまでこれが追求に狂奔し、所要の限度を超えて拘束の時間が長引いたものと認められ、同公安調査官において自らこれを明らかにし、むしろこれを明らかにするために自ら被告人等と共に警察官署又は石川地方公安調査局に同行することも辞せない態度に出たならば、本件とは異る経過を辿つたのではないかと考えられること、自然的生理要求の排尿を容易に許さなかつたのは、一面同公安調査官がそれに藉口して脱走することをおそれたことによるものであり、事実同公安調査官はそれを意図していたのであること、喫煙を妨げ火をつけた煙草を払い落したのは(右所為は被告人杉浦常男がなしたもの)、被告人等の真剣な質問を尻目に断りもなく喫煙を始めたことに対する人間自然の憤りからであること、同公安調査官の身体の自由を拘束している間、これに対しそのための実力行使以外に暴行、脅迫を加えていないのであつて、唯その調査行為を非難し、身分を明らかにさせるための詰問を繰り返したに過ぎないこと、又その間一般の商業新聞社に通報してその記者等に自由に取材させ、秘密裡にではなく、いわば公開の状態において本件所為がなされていること、並びに広坂警察署において石川地方公安調査局長に対し抗議してその所期の目的を達した上自ら退散したこと等の諸事情が認められる。これら諸般の情状を勘案するとき、被告人等に対しこの際刑を科するのを相当でないと思料されるので、同法第三十六条第二項を準用して被告人等に対しいずれも刑を免除することとし、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第百八十一条第一項本文、第百八十二条によりその全部を被告人等に連帯して負担させることとする。

(暴力行為の訴因についての見解)

本件公訴事実は、被告人等は新田公安調査官の日本共産党に対する調査行為に憤慨して、同人に対しその行為を詰問せんことを計り、

第一、被告人杉浦、同中西、同市村及び同室橋は昭和三十年六月二十日夜金沢市荒町二丁目三十六番地被告人室橋方において、新田公安調査官の来訪を待ち受け、同人が来訪するや、同日午後九時頃より午後十二時頃までの間同被告人方六畳茶の間において、同人に対しその氏名、身分、情報収集の理由等を詰問し、その間意思相通じ共同して、同人を取り囲み、こもごも「動くな」、「手帳を出せ」、「名前をいえ」、「身分を明らかにしろ」、「何で指令を盗んだ」等と怒声を放つて、同人の身体に危害を加えるごとき気勢を示し、かつ同人が帰ろうとするや、これを阻止するため「帰すもんか、手配してあつたのだ」、「何い」と叫んで同人を脅迫しながら、同人の左手首を掴んで引つ張る、肩辺を押す等の暴行をなし、又同人が用便のため立ち去ろうとするや、これを妨害するため「逃げようとするのやろ」、「小便位せんでもよい」、「新田承知せんぞ」と怒声を放つて同人を脅迫しながら、同人の左手首を掴んで引つ張る、両肩を押す、肩に手をかけて引き戻す等の暴行を加え、更に同人が煙草を喫もうとするや、「手帳も出さずに煙草ということがあるか」と怒声を発しながら、突然同人がくわえている煙草を払い落して暴行をなし、もつて同人に暴行、脅迫を加え、強いてその場を立ち去ろうとすれば、更にいかなる暴行、脅迫を加えるかも知れないような気勢を示し、よつて同人をしてその場よりの脱出を不能ならしめ、約三時間にわたり同人の身体の自由を拘束して不法に監禁し、

第二、被告人杉浦、同中西、同市村、同扇能及び同野村は右新田公安調査官を石川地方公安調査局まで連行しようと企て、同月二十一日午前零時頃より午前一時頃までの間、前記被告人室橋方より長町川岸、柿木畠を通り、同市下本多町三番丁五番地石川地方公安調査局を経て、同市広坂通り石川県広坂警察署まで約三粁の間、同人を強制的に連行したが、その間意思相通じ共同して、拒否する同人の両側からその両腕を扼して引つ張る、手首を掴む、背中を押す、両手を捉えかつ背後から押して同人を数米引き摺る等の暴行を加え、もつて同人の身体の自由を束縛して不法に逮捕したものである、

というにあり、第一の所為は暴力行為等処罰ニ関スル法律違反(同法第一条第一項)及び不法監禁罪(刑法第二百二十条第一項)に、第二の所為は暴力行為等処罰ニ関スル法律違反(同法第一条第一項)及び不法逮捕罪(刑法第二百二十条第一項)にそれぞれ該当するというのである。

おもうに、暴力行為等処罰ニ関スル法律殊に同法第一条第一項は社会不安を惹起するような特殊の形態における暴行、脅迫又は器物毀棄罪について刑法の特例を定めることを目的とし、その保護する主たる法益は刑法のこれらの罪の保護法益と同一であるといわねばならない。唯、附随的に社会公共の平穏という社会的法益を保護しようとするものである。この故に、同条第一項は刑法のこれらの罪に比してその刑を加重し又その親告罪の要件を外しているものにほかならない。このように同条第一項の保護法益である社会的法益は刑の加重の程度が軽微であることよりもうかがいうるように、附随的なものであつて比較的軽微な法益に止まるということができるから、その保護法益は刑法の暴行、脅迫又は器物毀棄罪のそれと同一視してもよいと考えられる。従つて不法逮捕監禁中にその状態を維持、存続させるための手段としてなされ、それが全く別個の動機、目的からなされたものでないときは、その暴行、脅迫が同条第一項の要件を充たすときにおいても、それは不法逮捕監禁罪に吸収せられ、別罪として同条第一項の違反罪を構成しないものと解する。不法逮捕監禁罪の法定刑は同条第一項の刑より重く規定せられており、このような場合同条第一項の保護する附随的な社会的法益は、より重い別個の個人的法益の背後に隠されて独立の存在を失うと考えられるからである。

ところで、本件についてこれをみるに、被告人等が新田公安調査官の身体の自由を拘束するために、すなわち、同公安調査官を逮捕し監禁するための手段として実力を行使したことは判示(罪となるべき事実)のとおりであり、その実力行使は人体に対する物理的力の行使である点において暴行たることを失うものでないこというまでもない。しかしながら、手拳で殴打し、突きとばし、投げつけ、足蹴にする等のように、いわば暴行のために同公安調査官に対し暴行を加えたものとは到底認めがたい。すなわち、被告人等は同公安調査官の逮捕監禁の状態を維持、存続させるための手段として判示のように暴行を加えたものであつて、それ以外に、これと全く別個の動機、目的から、例えばこれに対し私的制裁を加える等のために判示のごとき実力を行使したものとは認めることができない。又被告人等が同公安調査官に対し、身体の自由を束縛することを除いては、その生命、身体、名誉又は財産等に対し危害を加うべきことを告知する脅迫的言辞を弄したことを認めるべき証拠資料が存しない。それ故、被告人等の判示所為について不法逮捕監禁罪が成立するとする以上、そのための手段としての暴行、脅迫行為はこれに吸収、包含せられ、たとえそれが多衆の威力を示し又は数人共同して行われたとしても、別罪として暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条第一項違反罪を構成しないものといわねばならない。従つて、本件公訴事実中第一及び第二の各同法違反罪につきいずれも罪とならずとして無罪の言渡をなすべきものとしなければならない。しかしながら、同罪は第一及び第二の不法監禁及び不法逮捕罪とそれぞれ併合罪の関係にありとしてでなく、想像的競合の関係にありとして起訴せられたものであると認められるから、これにつき特に主文において無罪の言渡をしないこととする。なお、本件公訴事実被告人杉浦、同中西及び同市村の第一の不法監禁罪と第二の不法逮捕罪とはいずれも併合罪として起訴せられたもののようであるが、同被告人等の判示各所為はいずれもこれを包括的に観察して不法逮捕監禁の一罪と認定する。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 小山市次 吉田誠吾 柳原嘉一)

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