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金沢地方裁判所 昭和35年(む)69号 判決 1960年4月28日

被疑者 北本宏

決  定

(被疑者氏名略)

右の者に対する経済関係罰則の整備に関する法律違反および詐欺被疑事件について、昭和三五年四月一五日金沢簡易裁判所裁判官山下政志がなした勾留の裁判および同年同月二三日同裁判所裁判官塚本一夫がなした八日間勾留期間延長の裁判に対し、弁護人手取屋三千夫、同北屋幸一より右各裁判の取消を求める旨の適法な準抗告の申立があつたので、当裁判所はつぎのとおり決定する。

主文

本件申立はいずれもこれを棄却する。

理由

本件準抗告申立の趣旨および理由は、弁護人手取屋三千夫外一名の準抗告申立書記載のとおりであるから、これをここに引用する。

そこで勾留関係記録および捜査記録等の資料を調査検討してみるに、被疑者は、本件勾留に先立つて公正証書原本不実記載、同行使および詐欺被疑事実(以下これを甲事実という。)により昭和三五年三月二三日逮捕、同年同月二五日(準抗告申立書に二六日とあるは二五日の誤記と誤める。)勾留され、更に同年四月四日、一〇日間の勾留期間延長がなされ(以下これを第一の勾留という。)、その期間満了の日である同年同月一三日前文掲示の被疑事実(以下これを乙事実という。)により逮捕され、ひき続き本件勾留がなされていることが認められる。ところで、弁護人らは、およそ勾留処分は必然的に身体の自由を拘束するものであるから、人権の尊重を理念とする現行法の下においては、勾留の実質的な面を重視すべきものであるところ本件では、第一の勾留期間二〇日のうち、甲事実についての取り調べは数日で終り、同年同月一日以降は乙事実の取り調べに使用されたものである以上、本件勾留は実質的には、右四月一日から起算すべきであつて、法定の勾留期間を既に徒過したのちの不当勾留であると主張する。よつて、この点について調べてみるに、関係資料を精査しても、弁護人ら主張のように四月一日以降は乙事実の取調べに使用されたというような事実はこれを認めることができない。却つて右資料によれば、甲事実と類型を同じくする余罪(乙事実を含まない。)は七つにのぼり、事案は複雑多岐に亘るものと認められ、更に甲事実についての第一の勾留期間経過後においても同事実(右余罪を含む。以下同じ。)に関する相当数の参考人が取り調べられている事実に照らしても右二〇日間はもつぱら甲事実のために使用されていたものと認められる。もつとも甲事実と乙事実は互に隔絶し、全く無関係なものではなく、犯罪の動機、目的、手段、態様あるいは関係人等において密接な関連を有するものであり、甲事実に関する捜査の進展が乙事実にまで及んだと認められる部分もあるが、しかし右二〇日間の勾留期間を全体としてみれば捜査の主たる目的は依然として甲事実の取り調べであつたことがうかがわれるのであつて、これをもつてもつぱら乙事実の取り調べに使用されたとは到底いいえない。

したがつて、弁護人らの本件勾留の裁判は刑事訴訟法二〇八条が定める起訴前の勾留期間の制限、更に憲法三一条に規定する正当な法定手続の保障に違反するものであるとする主張もまた、前示のように当裁判所の認容することができない不法勾留を前提とするものであるから、採用の限りではない。その他関係資料を精査しても本件勾留の裁判について法定の手続に違反したと認められる点は見出しえない。

つぎに勾留期間延長の裁判について判断するに、関係書類を調査検討するとき乙事実は事案が複雑で関係人も多く、これら参考人等の取り調べが事件の起訴不起訴の決定に重大な影響を及ぼすと認められるのであつて、かかる情況下に被疑者を釈放するときは参考人等と通謀あるいはこれを圧迫することにより罪証隠滅する虞は多分にあつて、その虞がないとはいい切れない。したがつて検察官の本件勾留延長の請求に対し、裁判官において止むをえない事由あるものとして八日間の本件勾留期間延長の裁判をなしたことになんらの違法はない。

よつて、本件勾留の各裁判にはなんらの違法もなく、これを失当としてその取消を求める本件準抗告申立はいずれも理由がないから、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項により主文のとおり決定する。

(裁判官 岩崎善四郎 松岡登 花尻尚)

準抗告の申立

被疑者 北本宏

申立の趣旨

右の者に対する経済関係罰則の整備に関する法律違反及び詐欺被疑事件につき、昭和三十五年四月十五日金沢簡易裁判所裁判官山下政志が為した被疑者北本宏を勾留する旨の裁判及び同年四月二十三日金沢簡易裁判所裁判官塚本一夫が為した右勾留を延長する旨の裁判はいずれもこれを取消す。

との裁判を求める。

申立の理由

一、被疑者北本宏は昭和三十五年四月十三日、別紙(一)記載の被疑事実(甲事実)により逮捕され、同月十五日申立の趣旨記載の勾留の執行を受け今日まで逮捕時より既に十三日間拘禁されている。

二、これより先、被疑者は同年三月二十三日、別紙(二)記載の被疑事実(乙事実)により逮捕され、同月二十六日勾留され更に四月四日、十日間の勾留延長がなされ、その期間満了の日である四月十三日、一の逮捕勾留に切り替えられたのである。従つて、被疑者は通算三月二十三日より今日まで三十四日間拘禁されている訳である。

三、処が、二の勾留期間二十日のうち、乙事実についての取調べは数日で終り、四月一日以降は甲事実の取調べに使用された。

四、右の様な経緯を経た本件勾留は、憲法の人権尊重の趣旨を具現した刑事訴訟法第二百八条に反するものであり、憲法第三十一条違反の違法拘禁と言うべきである。

即ち、本件の様に乙事実についての勾留が事実上甲事実のために用いられている時は、甲事実についての勾留と看做し勾留期間はその時から起算しなければならない。この様に勾留の期間を勾留の実質的な面から考慮しなければならないことは重大な事実の取調べのため、まず軽い事実で勾留し合計した勾留期間を重い事実の取調べに使うと言うことを許すことになり、旧憲法下での行政執行法の検束或は違警罪即決例による勾留で拘禁して取調を行なつたことと同様な弊風をもたらすことに照らし、人権尊重の上から当然のことである。

判例もまた(イ)の事実で勾留されていても、事実上(ロ)の事実のためにも勾留されていたと考えられるときは、(ロ)の事実が有罪の場合、その未決勾留日数を(ロ)の事実の刑に通算できるとし(最高裁判決昭和三〇年一二月二六日、集九巻二九九六頁)また事実上(イ)の事実のみのために勾留されていた場合に(イ)の事実が無罪となつたときは刑事補償をすべきであるとし(最高裁決定昭和三一年一二月二四日集一〇巻一六九二頁)、勾留の実質的な面を考慮すべきことを示しているのである。

本件勾留につき、この点を考えるに検察官は乙事実の取調中に本件甲事実を発見したときは必要ならばすぐ甲事実について逮捕勾留の手続をすべきであつたにも拘らず、余罪である甲事実取調べのため勾留期間を延長すると言う不法を敢えて行い、更に本件逮捕勾留に及んだものであり、本件勾留は勾留期間を既に徒過した後の不当な勾留と言うべきである。

依つて、速やかにその取消を求めるため、準抗告の申立をする。

尚、不当にも更に検察官は昭和三十五年四月二十三日本件勾留の延長請求を為し、同日金沢簡易裁判所裁判官塚本一夫により延長の裁判が為されたので、併せてその取消を求める。

以上

被疑事実要旨(一)

被疑者北本宏は昭和三十三年五月頃から住居地において内妻神谷ひさえ名義で「吉兆」と称する旅館業を営むものであるが、その当時から多額の負債を有し、土建業を営む等と称して資金を借り集め遊興に耽り身分不相応に金円を浪費する等して多額の負債を生じ昭和三十四年十二月二十日頃には金五、六百万円位の負債を有していたものであり、

被疑者熊橋外茂男は住居地において金融業を営み可なりの資産を有するものであるが、尚金沢市北安江町二十一前田長英所有名義の金沢市備中町七四ノ三、七四ノ四、七四ノ五、七四ノ六、七四ノ七の計五筆の宅地一八二・六坪と同地にある木造瓦葺二階建住宅一棟(四二・五坪)木造瓦葺二階建土蔵一棟(三坪)を自己が何時にても自由に処分し得る状態にあり、

被疑者瀬戸清一は仲介業を営むものであり、

被疑者田村道夫は加州相互銀行の行員であるところ、

被疑者北本宏、同熊橋外茂男、同瀬戸清一は共に昭和三十四年十一月上旬頃、富山県西砺波郡福光町字砂子谷農業杉本要一(四七)が好酒家でありかつ酒乱癖があつて北本宏と遠縁の間にあり、既に杉本要一が北本宏に対し自己の資産を担保提供して被疑者北本宏の意の如くその指図に従うの状況下にあつたことを奇貨として、同人に金沢市内で土建業を営ませるという口実の下に同人を組長として吾々が事業資金を斡旋し事業に積極的に協力する等と申し向けて欺き、あいまいのうちにその旨誤信させて承諾させたのち、被疑者熊橋外茂男の取引銀行である金沢市上松原町七所在富山相互銀行金沢支店から杉本要一名義で金一千万円の融資をうけ、

被疑者熊橋外茂男は、その過程において自己の支配下にある前記金沢市備中町所在の宅地建物を高価に杉本要一に売却して利益を得、

被疑者北本宏は事業資金と称して金員をほしいままに使用し、被疑者瀬戸清一は手数料名義で多額の報酬を得る

等それぞれの思惑により不正の利益を得る目的をもつて富山相互銀行から融資をうけるべく謀議し、

一、被疑者北本宏、同熊橋外茂男、同瀬戸清一は被疑者田村道夫に融資上の便宜をはかつてもらう目的で昭和三十四年十一月中旬頃より十二月二十四、五日までの間に同人を北間楼、松染その他の料亭に連れ出し合計五万円位の酒食の饗応をなして贈賄し、

二、被疑者田村道夫は備中町の家を杉本要一の所有でないのに所有であるとし右家屋に実際は杉本が住んでいないのに住んでいる様に又杉本所有の富山県所在の土地の過大評価をなす等の虚偽の調査報告書を作成しそれに基き同年十二月二十二日杉本が富山相互から一千万円借受ける禀議書を作成し被疑者北本宏等を幇助し、

三、被疑者北本宏、同熊橋外茂男、同瀬戸清一等は同年十二月二十日頃吉兆旅館に於て虚偽の事業計画書の作成を企て右手続等にくわしい佐藤広次をしてこれを作らせ、同月二十五日前記備中町の住宅、宅地が前田長英から杉本要一に売買により所有権移転された如く虚偽の登記をなし、債務者兼担保提供者杉本要一、債権者富山相互銀行なる債権中金一千万円の抵当権設定登記をなし翌二十六日被疑者熊橋外茂男が瀬戸要一を連れて富山相互銀行金沢支店に赴き所定の残務手続をなしたうえ金一千万円を借りうけ各々その金を分配し

たものである。

以上

被疑事実要旨(二)

被疑者北本宏は昭和三十四年七月八日頃、かねて知り合いである河北郡森本町市の瀬農業、西田信勝方に至り同人が登記事務や金円貸借手続に無知なることに乗じ同人に対し「息子さんがトラックで運搬業をやつていると言うが自動車をやる時には余分に二、三十万円の金をもつていなければならん。銀行から安い利息の金を借りてやる」等と甘言を弄して信用させた上、翌日、印鑑、印鑑証明書を所持させて、河北郡森本町吉原司法書士、的場宗己方の事務所に至り事務員北村秀雄をして西田信勝所有に係る、宅地二筆(河北郡森本町市の瀬二十五番ノ一宅地四十八坪、同二十五番ノ一ノ乙宅地五十坪)、住宅一棟(同二十五番ノ一ノ乙所在木造瓦葺平屋建居宅一棟、建坪三十三坪七合三勺)、作業場一棟(同二十五番ノ一所在木造瓦葺平屋建作業場一棟、建坪十五坪)を金沢市尾張町七〇渋谷重敏に対する債権金三十万円の抵当権設定登記の事務手続の書類を作成せしめたが同日中に登記を終え得なかつたため、書類をそのまま北村秀雄に保管させていたものであるが、その翌日である同年七月十日頃西田信勝の長男西田正一から前記金融斡旋依頼取消の申込を受けこれを承諾していたものである。しかし、登記書類一切が整つていたことを奇貨として、

一、昭和三十四年七月十五日前記的場司法書士方に至り事務員北村秀雄をして金沢地方法務局森本出張所に登記手続をなさしめ、即日同登記所に至り渋谷重敏の債権金額三十万円に対する前記宅地二筆住宅一棟作業場一棟の抵当権設定登記をなすに当り、公務員である同登記所職員に対し虚偽の申立をなして抵当権設定登記をなして公正証書原本に不実記載をなさしめたものである。

二、同日頃右登記謄本を渋谷重敏の実父である石川郡野々市町本町、会社重役、渋谷外茂二に交付して恰も真正に作成されたように偽つて申し向けその旨誤信した同人から借用名下に金三十万円の交付を受けて騙取したものである。

以上

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