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金沢地方裁判所 昭和36年(ワ)456号 判決 1962年4月23日

原告 本郷健太郎

被告 室為三

主文

別紙目録<省略>記載の不動産が原告の所有であることを確認する。

被告は原告に対し、右不動産につき所有権移転登記手続をせよ。

被告は原告に対し、右不動産を明渡し、かつ昭和三十六年十二月二十二日以降右明渡済に至るまで一ケ月金五千円の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告は、主文同旨の判決並びに不動産明渡及び金員支払部分につき仮執行の宣言を求めた。

二、被告は、「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、」との判決を求めた。

第二、原告の請求原因

(一)  別紙目録記載の不動産(以下本件物件という)はもと訴外山本勇次郎の所有であつたが、同訴外人が訴外通本長松にこれを売渡し、次いで、原告が昭和二十年十二月二十五日訴外通本から本件物件を代金一万二千円で買受け、右代金を完済してその所有権を取得した。

(二)  ところが、当時は終戦直後で政府が国民に対しいわゆる財産税を賦課する矢先で、その前提として昭和二十一年三月三日までに税務署に対しその所有財産の申告をしなければならない状況にあつたところから、原告は本件物件を自己の所有名義にすることを殊更に避け、当時原告の被用者で倉庫係をしていた被告に右の旨を告げ、その承諾を得て昭和二十年十二月二十八日被告名義で本件物件の所有権取得登記手続をなすと共に、将来何時でも被告から原告に対し本件物件の所有権移転登記手続をなすことができるように、被告を売主とする本件物件の所有権移転登記申請書、右登記に関する委任状、売渡証及び被告の印鑑証明書等を徴しておいた。

(三)  なおその際、原告は本件物件を直ちに使用する必要もなく、かつ当時被告が住居に困つていたので、期間を定めず原告の要求次第直ちに明渡すことを条件に無償で本件物件を被告に貸与し、只僅かの固定資産税の納付と建物修繕を被告に負担させるのみで今日まで被告にこれを占有使用させてきた。

(四)  しかるに、被告は最近に至り本件物件に対する原告の所有権を争い、本件物件が自己の所有である旨主張するに至つたので、原告は本件訴状を以て前記使用貸借契約解約の意思表示をなした。

(五)  よつて、被告に対し、本件物件の所有権の確認及び所有権移転登記手続の履践並びに本件物件の明渡及び本件訴状送達の翌日である昭和三十六年十二月二十二日以降右明渡済に至るまで賃料相当額である一ケ月金五千円の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告の答弁

(一)  原告主張の請求原因事実中、昭和二十年十二月当時被告が原告の被用者であつたこと、本件物件につき被告のため所有権取得登記手続のなされたこと及び被告が本件物件を現に占有していることはいずれも認めるが、その余は否認する。本件物件は、昭和二十年十二月二十五日頃原告が被告のため他から買受けて被告に贈与したものであるが、被告としては右買受代金全額を原告に負担して貰うに忍びず、右代金の一部として当時金三千円を原告に支払つたのであつて、本件物件は被告の所有に属するものである。

(二)  仮に原告主張のとおり、本件物件が原告の所有であつて、いわゆる財産税の課税を免れるため被告名義に仮装譲渡したものであるとしても、右は民法第七百八条本文所定の不法原因給付にあたるから、原告はその所有権の返還を請求することはできない。

(三)  仮にそうでないとしても、被告は昭和二十年十二月二十五日以降引続き所有の意思を以て平穏かつ公然に本件物件を占有し、しかもその占有の当初善意無過失であつたから、その後十年を経過した昭和三十年十二月二十五日に取得時効が完成した。よつて、ここに右時効を援用する。

第四、被告の主張に対する原告の答弁

被告主張の事実はすべて争う。

第五、証拠<省略>

理由

昭和二十年十二月当時被告が原告の被用者であつたこと、本件物件につき被告のため原告主張のような所有権取得登記手続のなされたこと及び被告が現に本件物件を占有していることは当事者間に争がなく、そして、成立に争のない甲第一号証の一ないし三、甲第二号証、印影につき当事者間に争がないので真正に成立したものと推定すべき甲第三号証の一ないし四、証人安田正、同鈴木正信の各証言及び原告本人の尋問の結果によれば、原告主張の請求原因中(一)ないし(三)の事実はすべてこれを認めることができる。被告は、本件物件は原告が被告のため他から買受けて被告に贈与したもので被告においても右買受代金中金三千円を負担した旨主張するけれども、右主張事実に副う被告本人の尋問の結果は前記各証言及び原告本人の尋問の結果と対比してたやすく措信できず、他には右主張事実を認めるに足る証拠はない。

本件物件が原告の所有に属し、被告が昭和二十年十二月以降これを使用貸借してきたものであることは、前段認定の事実によつて明らかであるところ、被告が原告の右所有権を争うに至つたため、原告において本件訴状を以て右使用貸借契約解約の意思表示をなしたことは記録上明白であるから、右訴状送達により右使用貸借は終了し、以後被告は本件物件につきこれを占有使用する権原を有しないものというべきである。

ところで、被告は、前記仮装譲渡は課税を免れる目的でなしたものであるから、民法第七百八条本文の不法原因給付に該当し原告はその返還を請求し得ない旨主張するので、この点について判断する。本件は本件物件の所有権に基く返還請求であると解されるところ、民法第七百八条がかような物上請求権の行使の場合にも適用されるか否かは争のあるところであるが、およそ右法条は社会的妥当性を欠く行為の結果の復旧を図らんとする者に対しその保護を与えない旨の規定で、民法第九十条と並んで私法の一大理想の顕現ともいうべきものであるから、単に不当利得による返還請求を制限するに止まるものではなく、その復旧の形式いかんを問わず、給付者が物上請求権を行使する場合にも均しく適用されるものと解するのが相当である(若し右法条が不当利得制度にのみ適用されるものと解し、自ら反社会的な行為をなした者は不当利得を理由としてはその復旧を請求し得ないが所有権によればその復旧を請求し得るものとするならば、到底その制度の目的を達し得ないことになるのであろう)。そこで本件において、前記給付が不法原因給付に該当するか否かが問題とされなければならない。一般に不法原因給付は当該給付の原因たる行為が公序良俗ないし社会の倫理観念に反する事項を目的とする場合に成立するものと解されているが、不法原因給付を適用しすでに給付された物の返還請求を拒否する場合は、その適用の結果かえつて社会的妥当性に反する場合があり得るから、該行為が公序良俗ないし社会の倫理観念に反するとの一事を以て直ちにこれを不法原因給付というべきものではなく、それが不法原因給付に該当するか否かは個々の事案に即して当事者双方の不法性の強弱、当事者相互間における利益の衡平及び公益保護の必要性の程度等を勘案してこれを決すべきものである。これを本件についてみると、本件は前示のとおり原告が課税を免れる目的で被告と通謀の上本件物件を仮装譲渡しその旨の登記をなしたものであるが、右行為はそれが公序良俗ないし社会の倫理観念に反するものであるとしても、その不法性は比較的微弱であるということができるし、更に原、被告間の利益の衡平等をも考慮するならば、右行為は不法原因給付に該当しないものと解するのが相当である。けだし本件のような不法性の微弱な場合にもすでになされた給付の返還請求ができないとするならば、不法な行為に協力した被告を不当に利得させ、給付の返還を認めるよりもかえつて社会的妥当性に反する結果を招来し、不法原因給付制度の本来の趣旨に反することになるからである。よつて、被告の前記主張は採用できない。

次に、被告は、昭和二十年十二月二十五日以降引続き所有の意思を以て平穏かつ公然に本件物件を占有しその当初善意、無過失であつたから本件物件の所有権を時効取得した旨主張するが、被告が所有の意思を以て本件物件を占有していたことを認めるに足る確証がない(もつとも被告本人の尋問の結果中には右主張事実に副う部分があるが、右部分はたやすく措信できない)から、右主張も又採用できない。

されば、被告に対し、本件物件の所有権の確認及び所有権移転登記手続の履践並びに本件物件の明渡及び本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和三十六年十二月二十二日以降右明渡済に至るまで相当賃料額の範囲内である一ケ月金五千円(鑑定の結果によれば、本件物件の一ケ月の賃料相当額は金六千三百円であることが認められる)の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は、その理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。(なお仮執行の宣言はこれを付するのを相当でないと認めるので、これを付さないこととする)。

(裁判官 松岡登)

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