金沢地方裁判所 昭和36年(行)2号 判決 1962年5月25日
福井県勝山市袋田九三の一八
原告
岸本千鶴子
右訴訟代理人弁護士
斎藤省一郎
石川県金沢市出羽町二番丁一番地
被告
金沢国税局長
村井七郎
右指定代理人
林倫正
同
豊島利夫
同
老田実人
同
石瀬保彦
同
中川国男
同
野村三郎
右当事者間の昭和三六年(行)第二号贈与税審査決定取消請求事件につき、当裁判所はつぎのとおり判決する。
主文
被告が昭和三五年一二月九日原告に対し昭和三二年分贈与税につき、その課税価格額を金二、二九八、〇〇〇円、その税額を金五八四、三〇〇円、その無申告加算税額を金一四五、七五〇円とした審査決定を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因としてつぎのとおり述べた。
一、福井県大野税務署長は昭和三四年一二月一七日付で原告に対し、昭和三二年分贈与税に関し
取得財産価額 二、九五〇、〇〇〇円
贈与税額 八一二、五〇〇円
無申告加算税額 二〇三、〇〇〇円
との更正処分をなし、原告は同月一八日その通知を受けた。
右更正の理由は「原告が昭和三二年一二月二四日同県勝山市富田訴外織田寛に貸付けた二、九五〇、〇〇〇円は、原告がその夫岸本功から資金の贈与を受けたものである。原告は、そのうち七四六、〇〇〇円については昭和三四年五月二六日付で申告済であるが、差額二、二〇四、〇〇〇円については無申告であるから更正する」というにある。
二、原告は、右更正および無申告加算税賦課処分に異議があるので、昭和三五年一月一五日原処分庁である大野税務署長に再調査の請求をした。
しかし、これは同月二七日付で棄印され、その頃原告はその通知を受けた。
そこでさらに、原告は昭和三五年二月一五日被告に対し審査の請求をしたところ、被告は同年一二月九日付で
本審査 再調査決定を全部取消します。
副審査 更正処分を一部取消します。
課税価額 二、二九八、〇〇〇円
税額 五八四、三〇〇円
無申告加算税額 一四五、七五〇円
との審査決定をなし、原告は同月一一日にその通知を受けた。
右決定の理由は「原処分は、原告が夫岸本功から二、九五〇、〇〇〇円の資金の贈与を受けてこれを織田寛に貸付けたものであると認定したが、調査の結果織田寛に貸付けたのは岸本功であると認める。しかし、岸本功の右債権は昭和三二年一二月二四日同人から原告に移転している」というにある。
三、被告のなした本件審査決定は違法である。
原告は夫岸本功から本件債権の贈与を受けたことはない。
イ、原告は昭和三二年一二月二四日は勿論のこと、その後においても岸本功からかかる債権の贈与をなす旨の申出を受けたこともなければ、原告がその贈与を受ける旨の意思表示をしたこともない。
ロ、原告が岸本功から右債権の贈与を受けたとされる昭和三二年一二月二四日には、右債権はまだ成立していない。すなわち、岸本功が織田寛に金員を渡したのは昭和三二年一二月二六日であり、同日金銭貸借契約が成立したのであるから、同月二四日には右債権はまだ成立していない。
ハ、岸本功はその後右債権を原告に無断で第三者に多額の減額をした上原告名義を冒用して譲渡し、その代償金は自己の用途に使用しているのであつて、原告はなんらの利益受けていない。
以上のとおり、原告は岸本功から本件債権の贈与を受けたことがないのに、これがあるものとしてなされた被告の審査決定は明らかに違法である。
よつてその取消を求める。
被告指定代理人は「原告の請求を棄印する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁としてつぎのように述べた。
一、原告の主張に対する答弁
原告主張の一、二、の事実はいずれも認める。三、の事実は争う。
二、被告の主張
被告のした審査決定の理由はつぎのとおりである。
(一) (贈与の事実)
原告は、夫岸本功から資金の贈与を受けたとして、昭和三二年分贈与税の申告書を期限後である昭和三四年五月二六日大野税務署長に対し提出し、原処分庁もまた資金の贈与として更正処分をした。しかし、被告の調査によれば、原告は昭和三二年一二月二四日岸本功から、資金ではなく債権-同人が織田寛に対して有する貸金債権二、九五〇、〇〇〇円-の贈与を受けたものと認められる。すなわち、岸本功は昭和三二年一二月二四日借主織田寛との間に二、九五〇、〇〇〇円(そのうち、一、五〇〇、〇〇〇円は現金の授受、残りの一、四五〇、〇〇〇円は同年一〇月一日成立の消費貸借を目的とするもの)の金銭貸借契約をなし、右契約による債権を原告に贈与し、原告は同日贈与を受けた債権に基づき織田等と抵当権設定契約を締結したものである。
仮に、昭和三二年一二月二四日には債権が未成立であつたとしても、同日要物性を不要とする諾成的消費貸借による債権もしくは将来の債権-同月二六日に成立することになつていた消費貸借による債権-の贈与がなされたものである。
そうでなければ、同月二六日に贈与が行なわれたものである。
(二) (贈与により取得した財産の価額)
原告が贈与により取得した債権の契約額は前記のとおり二、九五〇、〇〇〇円である。しかし、被告の調査によれば、本件債権につき設定された抵当権の目的物の設定時における価額は五、一五三、〇六五円であり、右抵当権より先順位にある抵当権の債権額は合計二、八五五、〇〇〇円であるから、抵当権設定時における回収可能価格はその差額二、二九八、〇六五円である。そこで、被告は、原告が贈与により取得した債権の価額は二、二九八、〇六五円である、と認定したものである。
(三) (無申告加算税額)
原告は本件贈与税について申告書提出期限である昭和三三年二月一日から同月末日まで(相続税法第二八条)に申告書を提出せず、期限後である昭和三四年五月二六日に提出した。しかして、原告が期限内に申告書を提出しなかつたことについて正当な事由が認められないので、同法第五三条第二項により無申告加算税額を徴収したものである。
以上のとおりであつて、被告のなした審査決定にはなんらの違法はない。
右被告の主張に対し、原告は「右被告主張(一)および(三)の事実は否認する。(二)の事実は不知」と述べた。
証拠として、原告訴訟代理人は甲第一ないし第三号証、第四号証の一ないし三、第五号証の一、二、第六号証、第八ないし第一二号証を提出し、証人岸本功、同織田寛、同上坂一三の各証言および原告本人尋問の結果を援用し、被告指定代理人は乙第一、二号証、第三号証の一ないし一一、第四号証の一ないし三、第五、六号証、第七号証の一ないし三、第八号証の一ないし七、第九ないし第三一号証を提出し、証人下野成敏、同岸本功、同織田寛、同上坂一三、同高橋論の各証言を援用し、甲第一一号証の成立は不知、同第一二号証の成立は否認、その余の甲号各証の成立は認めると述べた。
原告訴訟代理人は乙第一号証の成立は不知、同第三号証の一ないし一一、同第四号証の一ないし三、同第五、六号証、同第七号証の一ないし三、同第八号証の一ないし七のうち原告に関する部分の成立は否認、その余の部分の成立は認める、その他の乙号各証の成立は認めると述べた。
理由
原告主張の一、二、の事実は当事者間に争いがない。
そして、成立に争いのない甲第八ないし第一〇号証、同乙第二号証ならびに証人岸本功、同織田寛の各証言によれば、岸本功は織田寛に対し昭和三二年一〇月一〇日、一、四五〇、〇〇〇円を貸付け、さらに一、五〇〇、〇〇〇円を同年一二月二四日貸付ける約束をなし、同月二六日現金を交付したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
被告は、原告は昭和三二年一二月二四日(そうでないとすれば同月二六日)にその夫岸本功から右債権の贈与を受けたものであると主張するので判断するに、甲第一一、一二号証、乙第三号証の一、九ないし一一、同第四号証の一ないし三、同第五、六号証、同第七号証の一、二、同第八号証の一ないし六、同第九ないし第三一号証によれば、原告は昭和三二年一二月二四日右債権を取得していたかのようにもみられるのであるが、前出岸本功、同織田寛、証人上坂一三の各証言および原告本人尋問の結果によれば、岸本功は金融業および洋品店業を営むものであるところ、前記金員を織田寛に貸付けるに当り、昭和三二年一二月二四日と同月二六日の両日に亘り、同人等所有の不動産に抵当権を設定したのであるが、その際全く自己の経理処理上の都合から、抵当権者を妻の原告名義にすることを企て、原告に無断で、原告名義の委任状を作成し、かつ原告が織田寛に直接右金員を貸付けたかのように装つて原告を抵当権者とする抵当権設定登記をし、織田寛から一部弁済を受けるや前同様原告名義の委任状を作成して抵当権の一部抹消登記をし、織田寛に対し原告名義の残存債権確認の念書を作成したり、あるいは税務官庁に原告名義の右抵当権設定登記の存在を探知されるや原告が岸本功から資金の贈与を受けてこれを織田寛に貸付けたように装い原告名義を冒用してその旨贈与税の申告をし、さらには右債権を勝手に原告名義で上坂一三に譲渡していること、さらに織田寛、上坂一三の両名とも右債権に関する交渉は一切岸本功としており、原告とは全然交渉したことがなかつたことが認められ、右事実によれば、前掲各書証中の作成名義人としての原告の氏名および印はすべて原告と無関係に岸本功によつて作り出されたものであることが認められるのであつて、右証拠のみによつては未だ贈与の事実を認めることはできない。また、原告が岸本功から取得した財産価額は八〇〇、〇〇〇円であることを自ら主張しているかのようにみえる甲第二号証(再調査請求書)は、前出岸本功の証言によれば、原告が自分の意思で原処分庁に提出したものであることが認められるが、同証言および原告本人尋問の結果、成立に争いのない甲第四号証の一、右甲第二号証を綜合すれば右は原告が前記のとおり登記その他の関係で抵当権者もしくは債権者となつていることから、もし、かような場合には贈与として取扱われるものだとするならば、右債権によつて実際に回収できるのは八〇〇、〇〇〇円にすぎない、ということを主張したにすぎず、原告が右金額の限度で岸本功から贈与を受けたことを認めたものではないことが認められるし、他に贈与の事実を認めるに足る証拠は存在しない。かえつて、成立に争いのない甲第六号証によれば、岸本功は昭和三四年一月七日自己名義で織田寛に催告していることが認められるのであるが、この事実は、税務官庁において右債権を探知したのがその後の同年三月末頃である(証人高橋論の証言により認める)ことに照して、岸本功は原告の氏名を単に利用していたにすぎず、すくなくとも催告時までは原告に右債権を贈与していなかつたことを窺わせるものである。
そうだとすれば、右贈与の存在を前提とする被告の審査決定は、その余の点を判断するまでもなく、違法であつて、これが取消を求める本訴請求は理由がある。よつて、原告の請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山田正武 裁判官 松岡登 裁判官 花尻尚)