金沢地方裁判所 昭和43年(ワ)106号 判決 1973年4月27日
原告 国
被告 笠森廸子 外六六名
主文
一、原告に対し、
被告 笠森廸子は 金三六、六六〇円
被告 石田昭子は 金三三、八四〇円
被告 武村愛子は 金三六、六六〇円
被告 斉田キヨエは 金四七、九四〇円
被告 竹腰文子は 金三三、八四〇円
被告 粟津由紀子は 金四二、三〇〇円
被告 宮下富美子は 金三三、八四〇円
被告 八田栄美子は 金三六、六六〇円
被告 前野靖子は 金三九、四八〇円
被告 大野美雪は 金三六、六六〇円
被告 今村外美子は 金三九、四八〇円
被告 箕崎光枝は 金三三、八四〇円
被告 高野孝三は 金五六、四〇〇円
被告 金谷繁次は 金四二、三〇〇円
被告 坂本千歳は 金三六、六六〇円
被告 高平喜美子は 金三六、六六〇円
被告 粟生木昭子は 金三三、八四〇円
被告 阪本梅乃は 金四二、三〇〇円
被告 島崎和子は 金三六、六六〇円
被告 伊藤富子は 金三〇、四八〇円
被告 藤江弘子は 金三六、六六〇円
被告 中浦孝子は 金三六、六六〇円
被告 中島良子は 金一八、七〇〇円
被告 升谷恵美は 金三五、五六〇円
被告 吉村美代枝は 金三三、八四〇円
被告 天日昭子は 金三一、〇二〇円
被告 松本政枝は 金三三、八四〇円
被告 河合清子は 金四二、三〇〇円
被告 水上富子は 金三三、九〇〇円
被告 組村絹枝は 金三三、八四〇円
被告 桔川千鶴子は 金三三、八四〇円
被告 下村智恵子は 金三三、八四〇円
被告 川出陽子は 金三三、八四〇円
被告 赤松恵美子は 金三六、六六〇円
被告 清水玲子は 金三〇、一六〇円
被告 高桑ふさ子は 金四八、九六〇円
被告 高橋良子は 金三七、四四〇円
被告 荒江保子は 金四〇、三二〇円
被告 柏野澄子は 金四三、二〇〇円
被告 山本富美子は 金四〇、三二〇円
被告 太田玉枝は 金三七、四四〇円
被告 柳瀬明美は 金四〇、三二〇円
被告 辻野友江は 金三一、六八〇円
被告 紺谷トヨ子は 金四〇、三二〇円
被告 中村光子は 金三七、四四〇円
被告 石田薫は 金三四、五六〇円
被告 安井豊子は 金四六、〇八〇円
被告 浜本幸恵は 金三七、四四〇円
被告 篠原由美子は 金四三、二〇〇円
被告 福田隆代は 金三一、六八〇円
被告 藤永博子は 金三七、四四〇円
被告 西住洋子は 金三七、四四〇円
被告 河合清吉は 金八〇、六四〇円
被告 中浦政子は 金四〇、三二〇円
被告 北崎妙子は 金三二、八八〇円
被告 新田一子は 金三六、九六〇円
被告 塩谷久子は 金三七、二四〇円
被告 堀井富喜子は 金一八、九〇〇円
被告 田西延子は 金一九、二四〇円
被告 長田照子は 金三六、六六〇円
被告 桐越キヨ子は 金一六、二八〇円
被告 松多清子は 金二九、九〇〇円
被告 山崎美代子は 金三七、四四〇円
被告 尾井和子は 金三一、六八〇円
被告 戸田美智子は 金四三、二〇〇円
被告 小林玲子は 金四二、三〇〇円
被告 塚本節子は 金四〇、三二〇円
およびこれに対する昭和四一年四月一五日から支払済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
二、訴訟費用は被告らの負担とする。
三、この判決は、仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告
主文と同旨。
(但し被告新田一子に対する訴状請求の趣旨記載の請求金額三九、九六〇円の部分は三六、九六〇円の誤記と認める)
二、被告ら
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張
一、原告
(一) 本位的請求原因
1 被告らは、いずれも金沢市高岡町五五番地所在、訴外東京屋被服株式会社(以下、単に会社という)に勤務していたものであるが、右会社は昭和三八年九月二九日被告らを含む全従業員を解雇し、同年一〇月三〇日原告(所轄庁金沢公共職業安定所長)に対して、被告らを含む全従業員の失業保険被保険者資格喪失届および失業保険被保険者離職証明書を提出したので、原告は被告らに対し、失業保険金を別紙「失業保険金支給明細表」記載のとおりそれぞれ支給した。
2 昭和三九年四月七日、被告らの所属する労働組合と会社との間で、被告らに対する解雇がなかつたこととする合意が成立し、被告らは以後同会社に就労した。
3 右合意により、昭和三八年九月二九日から、昭和三九年四月七日までの間、被告らと会社との間には雇用関係が存続したことになり、失業保険法にいう「失業した場合」に該当せず、遡つて失業保険金の受給資格を欠いていたことになるので、不当利得の規定により昭和四一年三月二五日被告らに対し、それぞれその全額を同年四月一四日迄に返還すべき旨の納入告知をした。
4 よつて原告は被告らに対し、それぞれ、その不当利得金の全額およびこれに対する昭和四一年四月一五日(納期限の翌日)から、支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(二) 予備的補充的請求原因
仮りに、不当利得返還請求権が発生するためには、本位的請求原因で主張した事実では足りず、失業保険金受給期間中の賃金の遡及的な支払があつたことを必要とすると解する見解をとつた場合、本位的請求原因に次の事実を補充する。
すなわち、昭和三九年四月七日の前記合意がなされた時、会社と前記組合との間で、会社が同組合に対し、五〇〇万円を支払う旨の合意がなされたが、右金員は、失業保険受給期間中の賃金の性質を有するものであり、かつ同金額は被告らの右期間中の賃金の六〇パーセント強に相当し、最終的に全額支払われたものである。したがつて、この見解によつても不当利得返還請求権が発生したものというべきである。
二、請求原因に対する認否および被告らの主張
(一) 本位的請求原因について
請求原因1の事実は認める。同2のうち「解雇がなかつたこととする合意が成立した」点を否認し、その余の事実は認める。同3の事実は否認する。かりに「解雇がなかつたこととする合意」が成立したとしても、失業保険法にいう「失業」状態が遡及的に解消したというためには、少くとも失業保険金受給期間中の賃金全額が支払われたことが必要とされるところ、本件においては、そのような事実はない。したがつて、本件不当利得返還請求権はその発生要件を欠くものといわねばならない。
(二) 予備的補充的請求原因について(但し、被告金谷繁次を除く)
五〇〇万円を支払う旨の合意が成立したことおよび、右五〇〇万円のうち二五〇万円が支払われたことは認めるが、右金額の性質が賃金であること、および残余の二五〇万円が支払われたとの点は否認する。すなわち、右五〇〇万円の金員は争議資金および立ち上がり資金としての性質を有し賃金の性質を有するものではない。残金二五〇万円については、支払いを強く要求したが会社の支払能力が無かつたために支払われなかつたものである。
第三、証拠<省略>
理由
一、本位的請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二、右争いがない事実と成立に争いがない甲一号証の一ないし三、二号証、三号証の一ないし七、四号証、五号証、七号証、八号証の一ないし六七、九号証、一〇号証の一ないし一三、乙一号証ないし四号証と証人桔川正男(一回・二回)、同後出進一郎、同松本晃(一回・二回)、同高田庄平、同神保信義の各証言を総合すると次のような事実を認めることができる。
(一) 被告らはいずれも前記会社の従業員であつたが、同会社は、昭和三八年六月ごろより経営の行きづまりのため休業状態となつた。次いで右会社は同年八月九日解散決議をし、解散登記を経由して清算手続に入り、同月二九日被告らを含む全従業員に対し、解雇予告をし、一ケ月後の九月二九日に右全従業員が解雇された。
(二) 被告らの賃金は、同年七月分、八月分は六〇パーセント支払われたが以後は支払われず、被告らを含む会社の従業員で組織する東京屋被服労働組合(委員長桔川正男、以下単に組合という。)は右解雇は無効であるとし、会社に対して、解雇撤回と事業の再開ならびに未払い賃金の支払いを求めて団体交渉を重ねたが解決には至らなかつた。そこで組合は、昭和三八年一〇月一一日石川県地方労働委員会に対し労働争議のあつせんの申請をし、同委員会において以後争議のあつせんが開始された。同あつせんで、組合は解雇無効と昭和三八年七月以降の一〇〇パーセントの賃金の支払いを要求し、会社は休業手当として賃金の六〇パーセントの支給を主張した。
(三) 一方、被告らを含む組合員は右解雇の効力を争うとともに金沢公共職業安定所に対し失業保険金の給付を申し入れ、昭和三八年一〇月三〇日会社は被告らを含む八〇名余の失業保険資格喪失届および失業保険者離職証明書を提出し、原告は被告らに対し、別紙「失業保険金支給明細表」記載のとおり、それぞれ失業保険金を支給した。
(四) 昭和三九年四月七日会社と組合の間で次のような内容の合意が成立した。すなわち
1 会社は被告らに対してなした前記解雇通告を撤回する。
2 会社は昭和三九年四月二〇日より、事業を再開する。
3 会社は組合に対し、立ち上がり資金として、五〇〇万円を四回に分割して支払う。
4 既退職者に対しての退職金は会社が各人あて支払う。
(五) 右合意成立の際、在籍者は被告ら全員であり、他の従業員は組合に退職金等の交渉についての白紙委任状を手交し、解雇の効力を認めて既に退職していた。被告らは右合意2項のとおり会社に就労復帰した。また右合意3項の五〇〇万円は次のような事情のもとに決定された。すなわち組合側は当初昭和三九年四月迄の未払賃金一、二〇〇万円、既退職者の退職金一、六〇〇万円の合計二、八〇〇万円を要求し、一方会社は昭和三八年九月から昭和三九年四月迄の休業手当相当額を主張し、結局会社の支払能力を考慮して既退職者に対しては前記4項のとおり、被告らに対しては争議費用を含めた形で3項のとおり決定された。当時の組合員の平均賃金は約一五、二〇〇円であり、五〇〇万円は被告らの七ケ月分の総賃金の約六〇パーセント強にあたるものである。
なお、会社は右の合意をする過程で被告らに対し、解雇されたことを前提として、被告らを再雇用したい旨申し入れたが組合はこれを拒否し、前記1項のとおり解決された。
(六) 右3項の五〇〇万円のうち二五〇万円は支払われたが残金二五〇万円の支払は遅延し、後記(七)のとおり解決された。右最初に支払われた二五〇万円の組合側の使途は次のとおりである。すなわち、そのうち一五〇万円は、組合が本件争議の際、会社の事業場閉鎖を阻止するため常時五、六〇名が交替で事業場に寝泊りしたのであるが、その争議費用のため、労働金庫から借り入れた一五〇万円の金員の返済にあて、残金のうち四〇万円は、右争議の際の電気代その他の経費にあてられ、六〇万円は、組合員に未払賃金の一部として分配された。
(七) その後、昭和三九年末までは会社は通常の経営を続けたが、昭和四〇年一月から再び賃金が支払われなくなり、会社は休業状態となつた。同年八月三一日、組合より前記地労委へ再び、未払賃金および前記解決金残額の支払、会社運営の正常化の要求を含むあつせん申請が行われ、同年一二月二二日に会社は組合に対し解決金六八〇万円を支払う旨等の合意が成立した。組合は当初昭和四〇年一月分から一二月分までの未払賃金一一〇〇万円、昭和三九年四月七日付合意の立ち上がり資金残額二五〇万円、退職金一、二〇〇万円を要求し、会社の支払能力等を考慮して六八〇万円の支払いが決定された。この解決金はその後全額会社から組合へ支払われた。なお右合意の際、前記失業保険金返済の点については組合の方で、失業保険課等と交渉のうえ解決する旨の合意も成立した。
(八) 原告は昭和四一年三月二五日被告らに対し、それぞれさきに支給した失業保険金の全額を同年四月一四日迄に返済すべき旨の納入告知をした。
以上の各事実を認めることができ、ほかに右認定をうごかすに足る証拠はない。
三、ところで、失業保険制度は、使用者との雇傭関係が終了したため、労働者が、労働の意思、能力があるのに就労することができず、使用者に対し、雇傭契約上の賃金請求権を行使できない場合に、国が労働者の生活の安定をはかる目的で、保険金を支給すること、を内容とするものであること、は失業保険法の規定から明らかなところである。したがつて、使用者との雇傭契約が継続している場合、労働者が、労働の意思、能力があるのに就労できず、使用者から賃金を支給されなかつたとしても、これは労働者の使用者に対する賃金請求権(労基法二六条、民法五三六条二項参照)の行使と、これに対する使用者の支払能力の有無にかかる問題で、雇傭関係を離脱したことを前提とする失業保険制度の目的とするものでないこというまでもない。
ところで、ここに、雇傭関係の終了または継続とは、法律上雇傭契約が終了しまたは存続することを意味すると解されるから、一旦解雇の意思表示がされても、後日当事者間の合意または判決などにより、法的にも、当初から雇傭契約が遡及的に復活継続していたと解される場合には、このような場合もなお雇傭契約が継続していたものというべきである。そしてこのような遡及的な雇傭契約の継続が認められる以上右解雇から合意または判決などがあるまでの間就労できなかつた事実、および賃金を支給されなかつた事実、は前に述べた雇傭契約存続中に就労できず、賃金を支給されなかつた状態と同様に、使用者と労働者間の賃金請求権の問題として解決されるべきで、雇傭契約の終了を前提とした失業保険制度の適用領域とはいえない。もつとも、当事者の合意による場合、合意書面に「解雇通告の撤回」の文言があることによつてこれが雇傭契約の遡及的復活継続を意味するか、あるいは将来にむかつて雇傭関係を復活(実質的には再雇傭)させることを意味するかは、たんに文言解釈によつてきめるべき問題ではない。けだし、雇傭契約の認定にあたつては、その対価(賃金)がどのように取扱われているかを検討すべきこと、は不可欠の問題であり、かりに「解雇通告の撤回」の文言を使用していても、解雇から解雇通告撤回までの間の対価(未払賃金)を全く支給しないこととして合意を成立させている場合は、その実質は「再雇傭」と解すべき余地もあるからである。
四、そこで以上に述べた点を考慮しながら、これを本件にあてはめて考えてみるに、前記認定の諸事情とりわけ、昭和三九年四月七日に会社と組合の間で、昭和三八年八月二九日にした解雇通告を撤回し、立ち上がり資金として五〇〇万円を支払う旨の合意が成立したこと、右五〇〇万円の支払いの合意が成立する際、組合は一部争議費用を含むものの大部分は失業保険金受給期間中の未払賃金としての支給を要求していたこと、右五〇〇万円は当時の組合員の平均賃金で計算すると被告らの七ケ月分の総賃金の六〇パーセント強となること、右は会社の主張していた労働基準法二六条の休業手当の額ともほぼ一致すること、最初に支払われた二五〇万円は一部未払賃金として組合員に分配されていること、会社は右合意の成立する際、被告らに対し再雇用という形にしたい旨申し入れたが、組合側の拒否するところとなつて解雇通告の撤回がなされたこと等のいきさつからすると解雇通告から解雇通告撤回までの未払賃金については、会社と組合間の合意にあたり、中心的交渉課題としてとりあげられ、かつ立ち上り資金の大部分は未払賃金として支給されたものと認められる。したがつて、本件の「解雇通告の撤回」は遡及的雇傭契約の復活継続を目的としてされたもので、右前記合意によつて会社と被告らの雇傭関係は遡及的に復活継続し、失業保険法にいう失業状態は遡及的に消滅したものというべきである。してみると原告が被告らに支給した本件失業保険金は法律上の原因なくして支給され、被告らの失業保険金の利得によつて、原告は損失を受けたものであるから、不当利得の規定によつて原告は被告らに対し、受給した失業保険金の返還請求権をもつものというべきである。
五、ところで不当利得による返還の範囲については、民法七〇三条によれば現に利益の存する限度において返還する義務を負うべきところ、右規定の趣旨はその利益があつたことによつて特別な費消をしたものを返還すべき範囲から除く趣旨であつて、利得の有無にかかわらず通常支出を必要とされる生活費等に費消された場合にはなお利益は現存するものと解すべきである。又、利益が現存することは一般的に推定を受け、その不現存を被告らにおいて主張立証すべきであつて、右主張、立証のない本件においては、全額利益が現存するものと推定されるので、被告らは失業保険金全額の返還義務を負うものというべきである。
六、よつて被告らは原告に対し主文記載のとおりの不当利得金およびこれに対する前記認定の納期限の翌日である昭和四一年四月一五日から、支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべく、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 加藤義則 大内捷司 田中清)
別紙(失業保険金支給明細表)<省略>