金沢地方裁判所 昭和43年(ワ)180号 判決 1968年7月31日
亡太田厚訴訟承継人
原告 太田百合子
<ほか四名>
右原告五名訴訟代理人弁護士 織田義夫
被告 株式会社舟場組
右代表者代表取締役 辰野勘太郎
右訴訟代理人弁護士 荒谷昇
主文
被告は原告太田百合子に対し、金一、一五〇、〇〇〇円および内金一、〇〇〇、〇〇〇円に対する昭和四〇年一二月二六日以降、内金一五〇、〇〇〇円に対する昭和四三年二月一六日以降各支払済まで年五分の割合による金員、原告太田幸枝、同太田登志男、同太田厚二に対してそれぞれ金七六六、六六六円および内金六六六、六六六円に対する昭和四〇年一二月二六日以降、内金一〇〇、〇〇〇円に対する昭和四三年二月一六日以降各支払済まで年五分の割合による金員、原告太田よに対して金一〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年二月一六日以降支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はその三分の一を原告らの、三分の二を被告の負担とする。
この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の申立
一、原告ら。「被告は、原告太田百合子に対して金二、〇〇〇、〇〇〇円および内金一、〇〇〇、〇〇〇円に対する昭和四〇年一二月二六日以降内金一、〇〇〇、〇〇〇円に対する昭和四三年二月一六日以降各支払済まで年五分の割合による金員、原告太田幸枝、同太田登志男、同太田厚二に対してそれぞれ金一、二六六、六六六円および内金六六六、六六六円に対する昭和四〇年一二月二六日以降、内金六〇〇、〇〇〇円に対する昭和四三年二月一六日以降各支払済まで年五分の割合による金員、原告太田よに対して金六〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年二月一六日以降支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行宣言。
二、被告。「原告らの請求は棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。
第二、原告らの請求原因
一、事故の発生、被害者の受傷、自殺
(一) 昭和四〇年一二月二五日午後三時五〇分頃石川県石川郡松任町成町丑三五番地先国道八号線路上において、訴外野崎信義が被告所有の大型貨物自動車(石一れ一六八五号)を運転中、同所を横断中の訴外太田厚(以下厚と呼ぶ)に同車右前部を衝突させ、同人を同所に転倒させて頭蓋骨折、脳挫傷等の傷害を負わせた。
(二) 厚は昭和四三年二月一五日神戸市灘区摩耶山において縊首自殺を遂げた。
(三) 厚は本件事故後(一)記載の傷害の加療につとめたが瞳孔不同、複視、無臭症、歩行不全、平衡障害、耳鳴、頭痛等の脳損傷後遺症が残り、事故後は事故前の快活さが失なわれ、死にたいともらしたり、考え事をしたり、事故の話をすると異常に立腹したり、また昭和四三年一月二二日には自殺するため岐阜へ家出するなど事故前には見られなかった異常な行動をとるようになった。その原因は本件事故にあると見られ厚の自殺も本件事故がなければ発生しなかった。
二、被告の責任
被告は本件事故車両を所有しこれを自己のために運行の用に供するものであった。
三、損害
(一) 本件傷害により失なわれた厚の得べかりし利益
(1) 厚は本件事故による傷害および後遺症のため労務不可能となった。
(2) 厚は本件事故当時石川郡衛生株式会社に焼却係として勤務してその年間収入は金四一五、九〇〇円であった。そして厚は大正九年一月一三日生れで本件事故当時四五才の男子であったから厚生大臣官房統計調査部発表の第一〇回生命表によればその平均余命は二六・五二年であり原告の年収にこれを乗じた金一一、〇二九、六六八円が原告の将来得べかりし総収入でありこれからホフマン式計算法によって年五分の割合の中間利息を控除すると金四、七四一、九〇三円となる。
(3) 厚は事故後昭和四二年二月二一日から自殺前の昭和四三年二月一二日までの間前記石川郡衛生株式会社に集金係として勤務し右期間に給料金三〇六、七九二円および傷病手当金四三、四三四円を受領しているのでその合計三五〇、二二六円を(1)で算出した金額から差引くと結局厚の得べかりし利益の損失は金四、三九一、六七七円となる。
(二) 厚の入院治療に要した費用は金三四九、八一〇円である。
(三) その他の財産的損害 合計金一四〇、七四〇円
(イ) 破損した眼鏡の購入代金 金四、〇〇〇円
(ロ) 汚れた背広のクリーニング代金 金四五〇円
(ハ) 厚が入院中に飲んだ牛乳代金 金一、二一〇円
(ニ) 病院までのタクシー代金 金七四〇円
(ホ) 入院中購読した新聞代金 金一、三四〇円
(ヘ) 果物、卵、魚類等栄養食品一日二〇〇円として事故当日より一年間 金七三、〇〇〇円
(ト) 付添看護料一日一、〇〇〇円の割合で六〇日間 金六〇、〇〇〇円
(四) 厚の慰謝料
厚は前記のとおりの重傷を負い入院期間は総計約一年間におよび、その後約半年間通院加療を続けたが一、(三)記載のような後遺症が残っていたものである一方妻子母親ら家族の生活を一身で支えねばならない立場にあった。それらの精神的負担から自殺にまでおいこまれたものであることを考えるとその精神的損害に対する慰謝料は金二、〇〇〇、〇〇〇円を下らない。
(五) 厚は本件事故後自動車損害賠償責任保険金として金三〇〇、〇〇〇円の給付を受けているから(一)の(3)、(二)、(三)、(四)にあげた損害額の合計からこれを差引いた金六、五八二、二二七円が本件事故から生じた厚の全損害額である。よって厚は内金三、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する事故の翌日である昭和四〇年一二月二六日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めて本訴を提起した。
(六) 厚は本件訴訟係属中の昭和四三年二月一五日死亡したので厚の妻原告百合子、同長女原告幸枝、同長男原告登志男、同次男原告厚二はそれぞれ法定相続分に従って相続した。
よって原告百合子、同幸枝、同登志男、同厚二は厚の本件訴を受継したので、被告は原告百合子に対し金一、〇〇〇、〇〇〇円、原告幸枝、同登志男、同厚二に対し各金六六六、六六六円(円未満切捨)、およびこれに対する昭和四〇年一二月二六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払わなければならない。
(七) 原告等は厚の妻、子供、母親として厚を生活の支柱としていたものであるが厚の前記死亡はまさに本件事故に原因し、一家の大黒柱を失った原告ら自身の精神的苦痛は筆舌につくしがたい。これに対する慰謝料は原告百合子について一、〇〇〇、〇〇〇円、その他の原告については各六〇〇、〇〇〇円が相当である。
四、よって原告百合子は金二、〇〇〇、〇〇〇円および内金一、〇〇〇、〇〇〇円に対する本件事故発生の翌日である昭和四〇年一二月二六日以降、内金一、〇〇〇、〇〇〇円に対する厚死亡の日の翌日である昭和四三年二月一六日以降各支払済まで年五分の割合による金員、原告幸枝、同登志男、同厚二はそれぞれ金一、二六六、六六六円および内金六六六、六六六円に対する右昭和四〇年一二月二六日以降、内金六〇〇、〇〇〇円に対する右昭和四三年二月一六日以降各支払済まで年五分の割合による金員、原告よは金六〇〇、〇〇〇円およびこれに対する右昭和四三年二月一六日以降支払済まで年五分の割合による金員の支払をそれぞれ訴求する。
第三、請求原因に対する被告の答弁
請求原因一の(一)、(二)、二、三の(六)のうち厚の死亡及び原告百合子、同幸枝、同登志男、同厚二の相続関係の各事実および三の(五)中厚が三〇〇、〇〇〇円の保険給付を受けた事実は認める。その余の請求原因事実は否認する。
第四、抗弁
一、被告および訴外野崎は本件自動車の運行に関し注意を怠らなかったし、本件自動車には構造上の欠陥、機能の障害はなかった。本件事故は道路の横断にあたり設置してある横断歩道あるいは横断陸橋を利用せず、しかも対向車の蔭から本件自動車の直前にとび出した厚の過失によるものである。よって被告は本件事故による損害を賠償すべき責任はない。
二、仮に被告に損害賠償の責任があるとしても本件事故は一、記載のような厚の過失によって発生したものだから損害額の算定にあたっては過失相殺をなすべきである。
第五、証拠≪省略≫
理由
一、本件事故の発生、厚の受傷、厚の自殺については当事者間に争いがない。
二、本件事故と厚の死亡の間の因果関係の存否について判断するに、≪証拠省略≫によれば、厚は本件事故前は心身ともに健康であったが、本件事故により頭蓋骨折、脳挫傷等の傷害を受け、前後四回合計約一年間治療のため石川郡中央病院、金沢大学附属病院へ入院し、その後引き続き約七ヶ月通院加療をなしたが昭和四三年二月に至っても瞳孔不同、複視、無臭症、歩行不全、平衡障害、耳鳴時に頭痛などの後遺症に苦しんでいたこと、右のような入院通院によって勤務先である石川郡衛生株式会社を欠勤することを余儀なくされ、更に再出勤後は右後遺症のため従前の焼却係から集金係へと配置転換されたものの疲労が激しく作業能率が悪かったこと、厚は一家の主として母、妻、子ら五人の家族の生活を支えていたものであるが、入院あるいは後遺症による収入減により一家は生活保護を受けなければならなくなったこと、以上のような事情による肉体的苦痛、精神的苦痛のため自分及び一家の将来の生活に希望を失なって自ら命を絶つに至ったものであることが認められる。≪証拠判断省略≫とすれば、本件事故と厚の死亡の間には本件事故がなければ厚は自ら命を絶たなかったであろうとのいわゆる条件関係があることが認められる。しかしながら交通事故による肉体的精神的苦痛から被害者が自殺することは事故から通常発生する結果とは認められないし、本件において厚が自殺に至ると言う特別事情の予見が可能であったことを認めるに足る証拠もないから、本件事故と厚の死亡との間にはいわゆる相当因果関係があるとは認められない。
三、被告が本件事故車両を所有しこれを自己のために運行の用に供するものであることは当事者間に争いがなく、事故車両の運転者訴外野崎に過失がなかったことを認めるに足る証拠はない。
そうすれば被告は自動車損害賠償保障法第三条にいわゆる運行供用者として本件事故により発生した損害を賠償すべき責任がある。被告の免責事由の抗弁は採用のかぎりでない。
四、≪証拠省略≫によれば、厚は本件事故前の一年間に勤務先の石川郡衛生株式会社から給与として四一九、五〇〇円を受けていたこと、従って本件事故にあわなければ毎年同額程度の収入を得られたであろうこと、本件傷害の治療のため会社を欠勤したので昭和四一年二月から昭和四二年二月までは会社から給与を受けることができなかったこと、昭和四二年三月から昭和四三年二月までの間厚が会社から得た給与は合計三〇六、七九二円であったことが認められる。従って厚が本件事故により事故後死亡するまでに失なった収入は
であると認められる。
厚が死亡した後の時期に得べかりし収入について判断するに、厚は自殺することによってその後の収入を得る可能性を自ら消滅せしめたものでその死後の逸失利益は損害として認むべきではないとも考えられるが、当裁判所は二に述べたように厚の自殺と本件事故の間に本件事故がなければ厚の自殺もなかったというような関係(いわゆる条件関係)にあると認められるような場合には厚の逸失利益の算定にあたっては厚の自殺という後発的事情はこれを斟酌すべきではなく、その逸失利益の算定が可能であるかぎりこれを損害と認むべきものと解するのが相当であると思料する。
しかしながら、元来ホフマン式計算法による逸失利益の算定は将来への予想を含む点で脆弱性をはらんでいることは避けられないとしても、本件では厚の前記後遺症がどの程度固定し、果して不治なのかどうか、またどの程度持続するものなのか、これら逸失利益算定の前提となる諸条件がきわめて脆弱であり、そのみとおしを把握、認定するに足る資料がないので厚死亡時以後の得べかりし利益についての請求をただちに容認することはできない。
五、≪証拠省略≫によれば原告は石川郡中央病院の入院治療費として計三四九、一八〇円、金沢大学附属病院の入院治療費として計六三〇円をそれぞれ支払ったことが認められる。≪証拠省略≫によれば厚は、本件事故によってこわれた眼鏡の新規購入代金として四、〇〇〇円、汚れた背広のクリーニング代金四五〇円、入院中に医者にすすめられて飲んだ牛乳代金一、二一〇円、加療中石川郡中央病院から金大附属病院へ行く際に利用したタクシー料金七四〇円、入院中購読した新聞代金一、三四〇円をそれぞれ支払ったことが認められる。そしてこれらの合計三五七、五五〇円の支出は本件事故によって支出を余儀なくされたものでしかもそれぞれ本件事故から通常発生する損害であると認められる。
その余の請求の内付添看護料については証人太田百合子の証言により同人が厚の入院中二ヶ月程付添看護をしたことが認められるがその損害額についての証拠がない。又果物、卵、魚類等栄養食品摂取のための支出についてはこれを認めるに足る証拠がない。
六、厚が本件事故によって重傷を負い、入院加療通院加療によっても各種後遺症がのこり、勤務先での作業能率も低下し、一家は生活保護を受けなければならなくなり遂に自殺するに至った事情は二で認定したとおりである。本件事故による傷害によって厚の受けた肉体的苦痛、精神的苦悩はきわめて大きなものであると認められ更に四の後段で述べたように死亡時以後の逸失利益を算定し得なかったと言う事情を斟酌する一方後述する本件事故発生に対する厚の過失の寄与を考慮するならば厚の負傷による精神的損害に対する慰謝料は二、四〇〇、〇〇〇円が相当である。
七、二記載のとおり本件事故と厚の死亡との間の相当因果関係は認められないので、本件事故により厚の生命が害せられたことを前提とする原告らの各固有の慰謝料の請求は認められない。しかしながら原告ら各自の固有の慰謝料の請求は特別な事情のないかぎり本件傷害による慰謝料の請求を含むものであると考えられるから、厚の本件事故による傷害に対する原告らの固有の慰謝料の請求について判断する。≪証拠省略≫によれば、厚を一家の支えとしていた厚の妻原告百合子、厚の長女原告幸枝、厚の長男原告登志男、厚の次男原告厚二、厚の母原告よの一家は厚の負傷により一家の生活の支えを失って生活保護を受けざるを得なくなり不安な日々を送るに至ったこと、原告らの夫、父、息子が本件事故による重傷、あるいは後遺症に苦しんでいることによる原告ら自身の精神的苦痛は、後述する本件事故発生に対する厚の過失の寄与、厚自身の精神的苦痛に対する前記慰謝料の認容と言う事情を考慮してもなお原告百合子について一五〇、〇〇〇円、その余の原告らについて各一〇〇、〇〇〇円の慰謝料をもってつぐなわれるべきものと認められる。
八、≪証拠省略≫によれば、本件事故の発生については、厚にも交通頻繁な国道を横断するに際して歩行者として近くの横断歩道を利用するなり、または自己の安全を確認してから横断すべき注意義務があるのにこれを怠って右横断歩道を利用せず、漫然と大型トラックの通過直後に横断をはじめた過失が存在することが認められる。したがって、厚の右過失は被害者ないし被害者側の過失として本件損害賠償の額を定めるにつきこれを斟酌すべきであるが、すでに前記六、七における厚自身の慰謝料及び原告らの固有の慰謝料の各算定に当ってこれを斟酌したから厚の財産的損害に対する損害額に対しては改めて過失相殺をする必要をみない。
九、厚が本件事故による損害賠償の一部として自動車損害賠償責任保険金三〇〇、〇〇〇円の保険給付を受けたことは当事者間に争いがないから、四、五、六で認定した厚の損害額の合計からこれを差引くと、厚に対する賠償額は合計金三、〇二四、七一六円567,166(円)+357,550(円)+2,400,000(円)-300,000(円)=3,024,716(円)となる。
一〇、厚が昭和四三年二月一五日死亡したこと、原告よを除く原告らが法定相続分に従って厚の財産を相続したことは当事者間に争いがないから、原告よを除く原告らは九記載の損害賠償請求権を法定の相続分に従って分割して相続したものと認められ、その相続分は原告百合子については金一、〇〇八、二三八円、原告幸枝、同登志男、同厚二については各金六七二、一五九円(いずれも円未満切捨)となる。
一一、以上によれば原告よを除く原告らが相続によって取得した損害賠償請求の範囲内における原告百合子の金一、〇〇〇、〇〇〇円、原告幸枝、同登志男、同厚二の各金六六六、六六六円およびこれらに対する本件事故発生の日の翌日である昭和四〇年一二月二六日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の請求はいずれも理由があり、また原告らの各固有の慰謝料の請求については原告百合子の金一五〇、〇〇〇円およびこれに対する本件事故発生の翌日以後であることの明らかな昭和四三年二月一六日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の請求、その余の原告らの各金一〇〇、〇〇〇円およびこれに対する右昭和四三年二月一六日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の請求の限度においてそれぞれ理由があるからいずれもこれを認容し、原告らのその余の請求は理由がないので棄却することとする。訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 至勢忠一)