金沢地方裁判所 昭和43年(行ウ)9号 判決 1975年3月06日
金沢市横川町五丁目一五七番地
原告
光谷正雄
右訴訟代理人弁護士
野村侃靱
同市彦三町一丁目一五番五号
被告
金沢税務署長
浅田仁一
右指定代理人
南亮
同
北野太慶雄
同市広坂二丁目二番六〇号
及川潤三
右指定代理人
鳥居三郎
同
小川信行
右被告両名指定代理人
笠原昭一
同
小中敝次
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
1 被告金沢税務署長が昭和四二年九月二一日付でなした原告の昭和三九年分所得税の総所得金額を金四、九九三、四〇八円と更正した処分のうち金三、四四七、三三七円を超える部分はこれを取消す。
2 被告金沢税務署長が右同日付でなした過少申告加算税金三二、九〇〇円を賦課する決定はこれを取消す。
3 被告金沢国税局長が原告に対し昭和四三年五月二四日金沢(所)第四〇一号(金協第七-三〇号)をもってなした原処分の一部を取消す旨の裁決はこれを取消す。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
二、請求の趣旨に対する被告らの答弁
主文と同旨。
第二当事者の主張
一、請求原因
1 原告は、昭和四〇年三月一五日被告金沢税務署長に対し、原告の昭和三九年分の所得税について、別紙一の(1)欄記載のとおり、譲渡所得金額を八〇一、四一二円、総所得金額を三、四四七、三三七円、申告納税額を三九八、七六〇円として確定申告をしたところ、同被告は、昭和四二年九月二一日付で右申告について、別紙一の(2)欄記載のとおり、譲渡所得金額を二、三四七、四八三円、総所得金額を四、九九三、四〇八円、申告納税額を一、〇五七、四〇〇円と更正し、かつ、過少申告加算税三二、九〇〇円の賦課決定をした。
2 原告は、これを不服として昭和四二年一〇月一八日被告金沢税務署長に対し異議の申立をしたが、同被告は、同年一二月二六日付でこれを棄却した。
3 そこで、原告は、昭和四三年一月二四日被告金沢国税局長に対し審査請求をしたところ、同被告は、同年五月二四日別紙一の(3)欄記載のとおり原処分の一部を取消し、譲渡所得金額を二、二〇九、三二〇円、総所得金額を四、八五五、二四五円、申告納税額を九九五、三〇〇円、過少申告加算税を二九、八〇〇円とそれぞれ減額したが、原告のその余の請求を棄却し、同月三一日その旨を原告に通知した。
4 しかし、本件更正処分には次の違法があり、本件更正処分を前提とした本件過少申告加算税賦課決定処分も違法である。
(一) 昭和四〇年法律第三二号による改正前の租税特別措置法(以下「措置法」という。)第三八条の六の適用について
(1) 原告は、昭和三九年四月一日、訴外光谷金属興業株式会社(以下「光谷金属」という。)に対し、原告所有の別紙四の一記載の宅地建物(以下「本件譲渡物件」という。)を代金一七、二八〇、〇〇〇円で売却し、同日、右代金の一部の代物弁済として、光谷金属所有の別紙四の二の1記載の宅地建物(以下「横川町物件」という。)を一二、二一七、一八〇円で、別紙四の二の2記載の宅地(以下「糸田町物件」という。)を二、七一七、〇〇〇円でそれぞれ譲り受けた。
(2) 原告は、かねてより光谷金属に対し本件譲渡物件の一部を賃料一か月一〇〇、〇〇〇円で貸付けていたものであるが、右代物弁済として取得した糸田町物件も光谷金属に対し右契約成立の日から期間を定めず賃料一か月四、〇〇〇円で貸し付けた。
(3) すなわち、原告は、本件譲渡物件の一部及び糸田町物件について、昭和四〇年政令第九五号による改正前の租税特別措置法施行令(以下「施行令」という。)第二五条の六第一項に規定する相当の対価を得ての継続的貸付を行なっていたものであるから、本件譲渡物件の譲渡及び糸田町物件の取得は、措置法第三八条の六第一項に規定する事業用資産の買換えに該当し、譲渡所得金額を計算する場合には、本件譲渡物件のうち糸田町物件の取得価額二、七一七、〇〇〇円をこえる金額に相当する部分の譲渡があったものとして計算すべきである。
(4) しかるに、本件更正処分は右の特例計算を行なっていない。
(二) (予備的主張)本件譲渡物件の譲渡による実質的な収入金額について
(1) 前記のとおり、原告は本件譲渡物件を代金一七、二八〇、〇〇〇円で光谷金属に売却し、右代金の一部の代物弁済として、横川町物件及び糸田町物件(以下「本件取得物件」と総称する。)を合計一四、九三四、一八〇円と評価して取得したが、これは当時支払能力を失っていた光谷金属の負債整理のため、光谷金属の大口債権者である訴外株式会社守谷商会の要求により行なったことで、光谷金属は当時既に本件取得物件について別紙五記載のとおり被担保債権額合計一三〇、〇〇〇、〇〇〇円の抵当権及び根抵当権を設定していた。そして、原告が本件取得物件を取得した後も、右守谷商会の強い要求で同商会のため元本極度額三〇、〇〇〇、〇〇〇円の根抵当権を設定し、更に昭和四〇年七月二〇日にはこれを同商会に代物弁済として譲渡せざるを得なかった。
(2) 右事実に徴すれば、本件取得物件は実質的に無価値物というべきであるから、本件譲渡物件の譲渡による原告の収入金額は、前記の一七、二八〇、〇〇〇円から本件取得物件の形式上の評価額一四、九三四、一八〇円を差し引いた二、三四五、八二〇円である。
(3) しかるに、本件更正処分では右の一七、二八〇、〇〇〇円をもって収入金額としている。
5 また、本件裁決も、次のとおり違法である。
すなわち、被告金沢国税局長は原告の前記審査請求について裁決するには金沢国税局協議団の議決に基づいて行なうべく、協議団の審理は口頭審理を原則として不服申立人に十分な意見陳述の機会を与えるべきであるにもかかわらず、金沢国税局協議団は原告に対し意見陳述の機会を形式的に与えたのみで、実質的には書面審理しか行なっていないので、右審理手続は違法というべく、このように違法な審理手続に基づいてなされた本件裁決もまた違法である。
6 よって、原告は、被告金沢税務署長に対し、本件更正処分及び本件過少申告加算税賦課決定処分の取消を求め、被告金沢国税局長に対し、本件裁決の取消を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2及び3は認める。
2 請求原因4のうち、原告が光谷金属に対し本件譲渡物件を代金一七、二八〇、〇〇〇円で売却し、光谷金属から横川町物件を一二、二一七、一八〇円、糸田町物件を二、七一七、〇〇〇円の価格で各取得したこと、及び原告が糸田町物件を光谷金属に使用せしめていたことは認めるが、その余の事実は争う。ただし、横川町物件及び糸田町物件の取得は売買によるものである。また、原告は糸田町物件のみを光谷金属に贈与し、光谷金属がこれを訴外株式会社守谷商会に代物弁済として譲渡したものであり、原告が横川町物件と糸田町物件の双方を直接同商会に代物弁済として譲渡した旨の主張は事実に反する。なお、右の糸田町物件の贈与は、昭和四〇年七月二〇日になされており、本件係争年分の所得税には何らの影響も及ぼさない。
3 請求原因5は争う。
三 被告らの主張
1 原告は、昭和三九年分所得税の確定申告について、別紙一の(1)欄記載のとおり、不動産所得金額二一六、三〇〇円、給与所得金額二、四二九、六二五円、譲渡所得金額八〇一、四一二円で、総所得金額は三、四四七、三三七円であると申告したが、このうち譲渡所得金額八〇一、四一二円は、別紙二の(1)欄記載のような計算に基づくものである。しかし、原告の譲渡所得金額は、以下に述べるとおり二、三六五、〇二八円であり、総所得金額は、五、〇一〇、九五三円となる。被告金沢税務署長のなした本件各処分は、いずれも右総所得金額の範囲内においてなされているので、適法である。
(一) 本件譲渡物件の譲渡価額について
原告は、前記のとおり、本件譲渡物件を光谷金属に一七、二八〇、〇〇〇円で譲渡した。
(二) 本件譲渡物件の取得価額について
譲渡所得の金額は、その年中の資産の譲渡による総収入金額から、その資産の取得価額、設備費及び譲渡に関する経費を控除した金額である(昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法(以下「旧所得税法」という。)第九条第一項第八号)が、原告は本件譲渡物件の取得価格は一、八〇〇、〇〇〇円であると申告した。しかし、原告は本件譲渡物件につき昭和二六年八月六日付で所有権移転登記を経由しているところ、このように昭和二七年一二月三一日以前から引き続き所有していた資産の譲渡による所得を計算する場合には、納税義務者において別段の証明をしたときを除き、右控除金額は、昭和二八年一月一日現在における当該資産の評価の金額並びに同日以降に支出した設備費及び改良費の額(当該資産が減もう等により減価するものであるときは、これらの金額を基礎として右同日から譲渡の日までの減価の価額を控除した金額)並びに譲渡に関する経費の額の合計額である(旧所得税法第一〇条の五第三項第二号)。
右資産の昭和二八年一月一日現在の評価額は、同日における当該資産の現況に応じ、相続税及び贈与税の課税標準の計算について用いるべきものとして国税庁長官が定めて公表した方法により計算することになっており(昭和四〇年政令第九六号による改正前の所得税法施行規則(以下「旧所得税法施行規則」という。)第一二条の一九第一項及び第四項)、その価額は昭和二八年分の相続税評価額をいい(昭和三八年一月三〇日国税庁長官通達直審(所)一第五二項)、宅地・家屋の場合の額は、当該資産の賃貸価額に評価倍数を乗じて計算することに定められている(昭和二六年一月二〇日国税庁長官通達直資一-五第二六項、第二七項、第七三項及び第七四項)。
本件の場合、右の設備費、改良費及び譲渡経費についての申告がないので取得価額のみを検討すれば足るところ、本件譲渡物件の取得価額が原告の申告どおり一、八〇〇、〇〇〇円であることの証明がないので、右法令の規定に基づきこれを計算すると、別紙三記載のとおり六二三、七九三円となる。
(三) 買換資産の取得価額(措置法第三八条の六の適用)について
原告は、前記のとおり、本件譲渡物件を一七、二八〇、〇〇〇円で譲渡し、横川町物件を一二、二一七、一八〇円で、糸田町物件を二、七一七、〇〇〇円で取得しているが、本件譲渡物件の譲渡と横川町物件の取得は、措置法第三五条第一項の居住用財産の買換えに該当するので、同条の規定により、本件譲渡物件のうち一七、二八〇、〇〇〇円から一二、二一七、一八〇円を差し引いた五、〇六二、八二〇円に相当する部分の譲渡があったものとして、譲渡所得金額を計算することになる。
原告は、このほかに、前記のとおり、本件譲渡物件の一部及び糸田町物件について、光谷金属に対し施行令第二五条の六第一項に規定する相当の対価を得ての継続的貸付を行なっていたものであるから、本件譲渡物件の譲渡及び糸田町物件の取得は措置法第三八条の六第一項の事業用資産の買換えに該当するので、同条の規定により、本件譲渡物件のうち、一七、二八〇、〇〇〇円から、前記横川町物件の一二、二一七、一八〇円と糸田町物件の二、七一七、〇〇〇円の合計一四、九三四、一八〇円を差し引いた二、三四五、八二〇円に相当する部分の譲渡があったものとして、譲渡所得金額を計算すべきであると申告した。
しかしながら、原告は、糸田町物件を光谷金属に無償で使用せしめていたものであって、施行令第二五条の六第一項の「相当の対価」を得ていなかったので、糸田町物件を事業の用に供したものとはいえず、措置法第三八条の六第一項に規定する事業用資産の買換えの特例計算を否定すべきである。
(四) 措置法第三八条の二の適用について
措置法第三八条の二第一項は、個人が居住用財産を譲渡した場合(当該個人の配偶者その他当該個人と政令で定める特別の関係がある者に対して譲渡した場合を除く。)には、当該資産の譲渡による所得金額は、一般の方法によって計算した金額から、更に三五〇、〇〇〇円を控除した金額とする旨規定しているが、原告は、この三五〇、〇〇〇円を控除して譲渡所得金額の申告を行なった。
ところで、右の当該個人と政令で定める特別の関係がある者の一として、施行令第二五条の三第二項第四号は、当該個人を判定の基礎となる株主とした場合に昭和四〇年法律第三四号による改正前の法人税法(以下「旧法人税法」という。)第七条の二に規定する同族会社となる会社を掲げているが、光谷金属は原告の同族会社であり、原告は本件譲渡物件を光谷金属に譲渡しているので、本件譲渡物件の譲渡による所得金額を計算する場合には、措置法第三八条の二第一項の適用はない。
(五) 本件譲渡物件の譲渡による実質的な収入金額について
(1) 原告は、本件譲渡物件を代金一七、二八〇、〇〇〇円で光谷金属に売却し、右代金の一部の代物弁済として、本件取得物件を一四、九三四、一八〇円と評価して取得したが、本件取得物件は抵当権及び根抵当権が設定されているなどして無価値であり、したがって本件譲渡物件の譲渡による原告の実質的収入金額は二、三四五、八二〇円であると主張する。
しかしながら、原告は、抵当権及び根抵当権が設定されていることを知りながら、本件取得物件を一四、九三四、一八〇円と評価して譲り受けているのであるから、本件取得物件は同額の価値があったものというべきである。
(2) 仮に、本件取得物件が無価値で、原告が本件譲渡物件を譲渡して得た対価が原告の主張のごとく二、三四五、八二〇円であったとすれば、この金額は、本件譲渡物件の譲渡時における時価と認められる一七、二八〇、〇〇〇円の二分の一にも満たない著しく低い価額であるから、旧所得税法第五条の二第二項及び旧所得税法施行規則第二条の規定により、本件譲渡物件は、譲渡時の価額である一七、二八〇、〇〇〇円で譲渡されたものとみなされる。
(3) したがって、いずれにしても、本件譲渡物件の譲渡による原告の収入金額は、その譲渡価額相当の一七、二八〇、〇〇〇円である。
(六) 譲渡所得金額の計算について
以上に基づき、原告の譲渡所得金額を計算すると、別紙二の(2)欄記載のとおり、二、三六五、〇二八円となる。
2 被告金沢国税局長の審査手続は、次に述べるとおり適法であり、したがって本件裁決もまた適法である。
(一) 審査請求の審理は、書面によるのが原則であり、ただ審査請求人等の申立があったときに、審査庁は申立人に口頭で意見を述べる機会を与えなければならないだけである(行政不服審査法第二五条)。国税局長が国税に関する法律の規定に基づく処分に対する不服申立について裁決する場合にも、当該国税局に付置された協議団の議決に基づいてこれをしなければならず(国税通則法第八三条第一項)、右議決は、協議団の三人以上の協議官をもって構成する合議体の合議により行なうものとし、右合議体が合議を行なうにあたっては、当該不服申立をした者にその意見を述べる機会を与えなければならない(国税庁協議団及び国税局協議団令第四条及び第五条)が、その回数、時期、方法等は、右合議体の判断に委ねられている。
(二) 本件の審査請求の審理にあたっても、金沢国税局協議団本部協議官は、昭和四三年四月四日、当時原告が代表者であった株式会社ミツタニの事務所において、審査請求人たる原告と面接し、口頭で意見陳述を求め、更に同月一五日、金沢国税局協議団本部事務室において、審査請求書を作成した訴外光谷多可志に面接し、同様に意見陳述の機会を与えている。
(三) したがって、本件審査請求に対する審理は法令に従った適法なものであり、これに基づく本件裁決は適法である。
四 被告らの主張に対する認否
被告らの主張のうち、原告が昭和三九年分の所得税について別紙一の(1)欄記載のとおり確定申告したこと、このうち譲渡所得金額の計算が別紙二の(1)欄記載のとおりであることは認めるが、その余の主張はすべて争う。
第三証拠
一、原告
1 甲第一号証ないし第三号証
2 証人持永正治、同光谷多可志、同岡田義和、同今井敏夫及び原告本人
3 乙第一二号証の成立は不知。その余の乙号各証の成立は認める。
二、被告
1 乙第一号証ないし第九号証、第一〇号証の一ないし三、第一一号証、第一二号証、第一三号証の一ないし七、第一四号証、第一五号証、第一六号証の一ないし四、第一七号証の一及び二、第一八号証の一及び二、第一九号証並びに第二〇号証。
2 甲第一号証の成立は不知。その余の甲号各証の成立は認める。
理由
一、請求原因1ないし3の各事実は、当事者間に争いがない。
二、原告の昭和三九年中の所得金額のうち、不動産所得が二一六、三〇〇円、給与所得が二、四二九、六二五円であることは当事者間に争いがないが、譲渡所得について、原告が八〇一、四一二円であると主張するのに対し、被告金沢税務署長はこれを二、三六五、〇二八円であると主張するので、まずこの点につき検討する。
1 本件譲渡物件の譲渡価額について
原告が昭和三九年四月一日光谷金属に対し原告所有の本件譲渡物件を代金一七、二八〇、〇〇〇円で売却したことは、当事者間に争いがない。
したがって、本件譲渡物件の譲渡による原告の収入金額は、一七、二八〇、〇〇〇円というべきである。
2 本件譲渡物件の取得価額について
譲渡所得の金額は、その年中の資産譲渡による総収入金額から、その資産の取得価額、設備費、改良費及び譲渡に関する経費を控除した金額である(旧所得税法第九条第一項第八号)。そして、当該資産が昭和二七年一二月三一日以前から引き続き所有していた資産である場合には、納税義務者において別段の証明をしたときを除き、右控除金額は、昭和二八年一月一日現在における当該資産の評価の金額並びに同日以降に支出した設備費及び改良費の額(当該資産が減もう等により減価するものであるときは、これらの金額(以下「取得価額等」という。)を基礎として右同日から譲渡時までの減価の価額を控除した金額)並びに譲渡に関する経費の額の合計額である(旧所得税法第一〇条の五第三項第二号)。
右にいうところの昭和二八年一月一日現在の資産の評価額は、同日における当該資産の現況に応じ、同日において当該資産につき相続税及び贈与税の課税標準の計算について用いるべきものとして国税庁長官が定めて公表した方法により計算した価額であり(旧所得税法施行規則第一二条の一九第四項(乙第一七号証の一))、国税庁長官は、昭和三八年一月三〇日付直審(所)一「昭和三七年三月改正所得税法の取扱について」通達(乙第一八号証の一)により、右価額とは昭和二八年分の相続税評価額をいうものとし、当該価額の評価は昭和二六年一月二〇日付直資一-五国税庁長官通達「富裕税財産評価事務取扱」により行なうものと定めている。そして、右国税庁長官通達「富裕税財産評価事務取扱」第二六項、第二七項、第七三項及び第七四項(乙第一八号証の二)は、宅地及び家屋の価額は当該宅地又は家屋の賃貸価格に当該宅地又は家屋の属する地域に適用される評価倍数を乗じて計算することを定めている。
また、右減価の価額について、旧所得税法施行規則第一二条の一六は、前記取得価額等から残存価額(取得価額等の一〇〇分の一〇に相当する金額)を控除した金額に、その償却額が毎年同一となるように当該資産の耐用年数(当該資産と同種の固定資産の耐用年数に一・五を乗じて計算した年数)に応じた比率を乗じて計算した金額を各年の償却額とし、これに昭和二八年一月一日から譲渡の日までの年数(六月未満の端数は切捨)を乗じて計算した額とする旨定めている。
成立に争いのない乙第一〇号証の一ないし三及び乙第一一号証によれば、原告は本件譲渡物件を売買により取得し、昭和二六年八月六日付で所有権移転登記を経由していることが認められ、また原告が本件譲渡物件の取得価額を一、八〇〇、〇〇〇円として申告したことについては当事者間に争いがない。ところで、本件においては、原告が本件譲渡物件につき設備費、改良費及び譲渡経費を支出したことについて主張も立証もないので、取得価額のみを検討すれば足るところ、本件譲渡物件は右のとおり原告が昭和二七年一二月三一日以前から引き続き所有していた資産であり、かつ、その取得価額が原告の申告どおり一、八〇〇、〇〇〇円であることを証すべき証拠が全くないから、右取得価額(減価償却計算をした額)は右に述べた法定の計算方法により求めるべきである。
本件譲渡物件は、別紙四記載のとおり、金沢市田丸町に所在し、うち建物は木造の普通家屋であるところ、前記国税庁長官通達「富裕税財産評価事務取扱」所定の賃貸価格は弁論の全趣旨により宅地が一九四円六〇銭、建物が二四三円であることが認められ、また同通達所定の評価倍数は弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一二号証により宅地が二、〇〇〇倍、建物が一、二五〇倍であることが認められる。そして固定資産の耐用年数等に関する省令(昭和二六年大蔵省令第五〇号(乙第一七号証の二))によると、右建物と同種の固定資産の耐用年数は三〇年、したがってその一・五倍の年数は四五年、償却額が毎年同一となるように計算するための比率は耐用年数四五年の場合〇・〇二三である。
また、本件譲渡の日は前記のとおり昭和三九年四月一日であるから、昭和二八年一月一日からの減価償却期間は端数切捨で一一年となる。
以上の数値をもとに、前記法定の計算方法により本件譲渡物件の取得価額(減価償却計算をした額)を計算すると、別紙三のとおり六二三、七九三円となる。
3 買換資産の取得価額(措置法第三八条の六の適用)について
(一) 原告が昭和三九年四月一日本件譲渡物件を一七、二八〇、〇〇〇円で光谷金属に譲渡し、光谷金属から横川町物件を一二、二一七、一八〇円で、糸田町物件を二、七一七、〇〇〇円で取得し、本件譲渡物件の譲渡と横川町物件の取得が措置法第三五条の居住用財産の買換えに該当することについては、当事者間に争いがない。
原告は、このほかに、本件譲渡物件の一部及び糸田町物件について、光谷金属に対し施行令第二五条の六第一項に規定する相当の対価を得ての継続的貸付を行なっていたものであるから、本件譲渡物件の譲渡及び糸田町物件の取得は措置法第三八条の六第一項の事業用資産の買換えに該当すると主張し、被告金沢税務署長は、原告が糸田町物件を光谷金属に使用せしめるにつき相当の対価を得ていたという事実を否定するので、以下この点について判断する。
(二) 成立に争いのない乙第一号証、乙第二号証、乙第七号証及び乙第八号証、証人光谷多可志の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は光谷金属との間で糸田町物件の賃料について何らの約定もしておらず、また光谷金属から右賃料を受領していなかった事実が認められる。
すなわち、原告は糸田町物件を光谷金属に貸付けるにつき、相当の対価を得ていなかったものである。
原告本人尋問の結果の中には、原告は糸田町物件を賃貸する意思で光谷金属に使用させ、光谷金属に賃料の請求を行なっていたが、賃料の支払を得られなかった旨の供述部分がある。しかし、賃料についての約定がなく、現に賃料を受領していなかったという前記事実に照らせば、光谷金属に賃料の請求を行なっていたとの原告本人の右供述は措信できず、仮に原告本人の供述するような事実があったとしても、それはせいぜい賃貸借契約締結の申込をしていたものにすぎないものと考えられる。
証人光谷多可志の証言の中には、光谷金属が糸田町物件の公租公課を支払っていたかも知れないという証言部分があるが、仮にこのような事実があったとしても、これをもって原告が糸田町物件の貸付につき光谷金属から相当の対価を得ていたものとは到底いえない。また、同証言の中には、原告は糸田町物件上に放置された機械取替部品のスクラップを処分し、その処分代金を領得していたところ、この処分代金が糸田町物件の賃料に相当するとも考えられるという証言部分があるが、右証人自身、右スクラップは客の残していったもので光谷金属の所有物ではないとも証言していて、その内容が極めてあいまいであるばかりでなく、仮に右スクラップが光谷金属の所有に属し、原告がその処分代金を領得した事実があったとしても、その性質からして右処分代金が糸田町物件の継続的貸付の対価であるとは考えられない。更に、光谷金属の本社経費明細帳(乙第七号証)及び製造部元帳(乙第八号証)にも、右処分代金が糸田町物件の賃料として経理上の処理をされた形跡がないので、原告が右スクラップ処分代金を糸田町物件の賃料として受領したとの事実はこれを否定すべきである。
その他、前記認定を覆すに足る証拠はない。
(三) 以上のとおり、原告は糸田町物件につき施行令第二五条の六第一項に規定するところの相当の対価を得ての継続的貸付を行なっていたものとはいえず、したがってこれを事業の用に供したものとはいえないから、本件譲渡物件の譲渡と糸田町物件の取得は、掃置法第三八条の六第一項の事業用資産の買換えに該当しない。
(四) したがって、本件においては、横川町物件についてのみ措置法第三五条第一項の規定を適用し、本件譲渡物件のうち一七、二八〇、〇〇〇円から横川町物件分の一二、二一七、一八〇円を差し引いた五、〇六二、八二〇円に相当する部分の譲渡があったものとして、譲渡所得金額の特例計算を行なえば足る。
4 措置法第三八条の二の適用について
措置法第三八条の二第一項は、個人が居住用財産を譲渡した場合(当該個人の配偶者その他当該個人と政令で定める特別の関係がある者に対して譲渡した場合を除く。)には、当該資産の譲渡による所得金額は、一般の方法によって計算した金額から、更に三五〇、〇〇〇円を控除した金額とする旨規定しているところ、原告がこの三五〇、〇〇〇円の特別控除を行なって譲渡所得金額の申告をしたのに対し、被告金沢税務署長は本件譲渡物件の譲渡先である光谷金属が原告の同族会社であるから、本件の場合右の特別控除は適用されないと主張するので、この点について判断する。
施行令第二五条の三第二項第四号は、措置法第三八条の二第一項に規定する当該個人と政令で定める特別の関係がある者の一として、当該個人を判定の基礎となる株主とした場合に旧法人税法第七条の二に規定する同族会社となる会社を掲げているが、成立に争いのない乙第九号証によれば、光谷金属は原告を判定の基礎となる株主とした場合に旧法人税法第七条の二に規定する同族会社であることが明らかであり、この認定に反する証拠はない。
したがって、本件においては、措置法第三八条の二第一項による特別控除の適用はない。
5 本件譲渡物件の譲渡による実質的な収入金額について
(一) 原告は、本件譲渡物件を代金一七、二八〇、〇〇〇円で光谷金属に売却し、右代金の一部の代物弁済として、本件取得物件を一四、九三四、一八〇円と評価して取得したが、本件取得物件には被担保債権合計一三〇、〇〇〇、〇〇〇円の抵当権及び根抵当権が設定されており、原告が本件取得物件を取得した後も、光谷金属の大口債権者である訴外株式会社守谷商会の要求で同商会のためこれに元本極度額三〇、〇〇〇、〇〇〇円の根抵当権を設定し、更に昭和四〇年七月二〇日にはこれを代物弁済として同商会に譲渡せざるを得なかったもので、本件取得物件は実質的に無価値物というべきであるから、本件譲渡物件の譲渡による収入金額は、右の一七、二八〇、〇〇〇円から一四、九三四、一八〇円を差し引いた二、三四五、八二〇円であると主張するので、この点につき判断する。
(二) ところで、本件取得物件のうち、横川町物件については、前記のとおり措置法第三五条第一項に規定する居住用財産の買換えに該当するものとして、その価格一二、二一七、一八〇円を本件譲渡物件の譲渡による収入金額から差し引いて譲渡所得金額を計算するので、ここでは糸田町物件が二、七一七、〇〇〇円の価値があったか否かを問題とすれば足りる。
(三) そこで、糸田町物件の価値について検討するに、まず次の諸点を指摘することができる。
(1) 原告において、前記のとおり、糸田町物件を二、七一七、〇〇〇円の価額で取得したものと自ら申告している以上、かりに担保権設定の事実があり、しかもこれを考慮に入れたとしても、右申告額相当の剰余価値があったものと考えるのが自然であること。
(2) 原告が糸田町物件を取得後において、これに根抵当権を設定し、あるいはこれを守谷商会に譲渡しようと、取得時における価額を左右するものではないこと。
(3) 原告は本件取得物件を昭和四〇年七月二〇日に右守谷商会に譲渡したと主張しているが、成立に争いのない乙第一三号証の一ないし七、乙第一四号証及び乙第一五号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告は右日時頃糸田町物件のみを光谷金属に贈与し、昭和四〇年分の確定申告で八、六七一、〇〇〇円の譲渡所得を申告し、光谷金属は昭和四〇年度の損益計算書で一一、六二一、八六七円の受贈益を計上していること。
以上を総合すれば、糸田町物件は、原告の取得時において、原告の申告どおり二、七一七、〇〇〇円の実質的価値があったものと認めるのが相当であり、この認定に反する証人光谷多可志の証言及び原告本人尋問の結果は右に掲げた各事実に照らし措信できない。
したがって、原告の右主張は失当である。
(四) 仮に、本件取得物件が無価値で、原告が本件譲渡物件を譲渡して得た対価が原告主張のとおり二、三四五、八二〇円であったとしても、この金額は本件譲渡物件の譲渡時における時価と認められる一七、二八〇、〇〇〇円の二分の一に満たず、著しく低い価額であるから、旧所得税法第五条の二第二項及び旧所得税法施行規則第二条の規定により、本件譲渡物件は譲渡時の価額である一七、二八〇、〇〇〇円で譲渡されたものとみなされるので、いずれにしても同価額をもって前記収入金額とすべきであり、原告の主張は失当である。
6 以上に基づき、措置法第三五条第一項第一号、施行令第二四条第四項及び旧所得税法第九条第一項の規定を適用し、原告の課税譲渡所得金額を計算すると、結局別紙二の(2)欄記載のとおり、被告金沢税務署長主張の二、三六五、〇二八円となる。
三、原告の昭和三九年中の所得金額のうち譲渡所得以外の所得金額が合計二、六四五、九二五円であることは、前記のとおり当事者間に争いがないから、結局原告の昭和三九年分の総所得金額は五、〇一〇、九五三円となる。
そして、所得控除の合計金額が一八〇、六一六円であることは当事者間に争いがない。したがって、課税総所得金額は、四、八三〇、五〇〇円(国税通則法第九〇条第一項の規定により一〇〇円未満切捨)となる。そして、旧所得税法第一三条の規定を適用し、右課税総所得金額を基礎とした税額を求めると、一、六二一、七二五円となる。源泉徴収税額が五五五、九一一円であることは当事者間に争いがないので、これを控除すると申告納税額は一、〇六五、八一〇円(国税通則法第九一条第一項の規定により一〇円未満切捨)となる。また、原告の申告納税額は三九八、七六〇円であるから、国税通則法第六五条第一項の規定を適用し、右一、〇六五、八一〇円との差額六六七、〇〇〇円(同法第九〇条第三項の規定により一、〇〇〇円未満切捨)に一〇〇分の五を乗じ過少申告加算税を求めると三三、三五〇円となる。
したがって、総所得金額を四、九九三、四〇八円、申告納税額を一、〇五七、四〇〇円とした被告金沢税務署長の本件更生処分、及び過少申告加算税を三二、九〇〇円とした同被告の本件過少申告加算税賦課決定処分は、いずれも右各金額の範囲内で行なわれたものであるから、適法というべきである。
四、次に、原告は、本件審査請求を審理した金沢国税局協議団は原告に対し意見陳述の機会を形式的に与えたのみで、実質的には書面審理しか行なっていないから、右審理手続は違法であると主張するので、検討する。
一般に行政処分に対する審査請求の審理は、書面によるのが原則であるが、審査請求人又は参加人の申立があったときは、審査庁は、申立人に口頭で意見を述べる機会を与えなければならない(行政不服審査法第二五条第一項)。そして、国税に関する処分について審査請求があった場合、国税局長は当該国税局に付置された協議団の議決に基づいて裁決すべく(国税通則法第八三条第一項)、協議団の議決は三人以上の協議官をもって構成する合議体の合議により行なうものとし、合議体が合議を行なうにあたっては、当該不服申立人にその意見を述べる機会を与えなければならない(国税庁協議団及び国税局協議団令第四条及び第五条)。
成立に争いのない乙第三号証及び乙第四号証によれば、本件審査請求の審理にあたり、金沢国税局協議団の担当協議官山本進は、昭和四三年四月四日訴外株式会社ミツタニ事務所において、原告の意見を約二時間一五分に亘って聴取し、更に原告の申出により、同月一五日金沢国税局協議団本部事務所において、原告の審査請求書を起案した光谷多可志に面接し、約四五分間に亘り、原告の審査請求に対する意見を聴取していることが認められる。
右の事実によれば、金沢国税局協議団の合議体は原告に対し口頭による意見陳述の機会を十分に与えたものと認められるので、本件審査請求の審理手続は適法というべく、したがってこれに基づく被告金沢国税局長の本件裁決は適法である。
五、以上のとおり、被告金沢税務署長の本件更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分並びに被告金沢国税局長の本件裁決はいずれも適法であり、原告の本訴請求は、すべて理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井上孝一 裁判官 泉徳治 裁判官 沼里豊滋)
(別紙一) 課税処分表
<省略>
(別紙二) 譲渡所得金額の計算
<省略>
<省略>
(別紙三) 本件譲渡物件の取得価額の計算
<省略>
(別紙四) 物件目録
一、譲渡物件
1 宅地
一、金沢市田丸町三九番 三三・六〇坪
一、同 市同 町四一番の四 一三・二〇坪
一、同 市同 町一六九番の四 七・五〇坪
合計 五四・三〇坪
2 建物
金沢市田丸町三九番地
家屋番号三五番
一、木造瓦葺二階建居宅
一階 二一・〇〇坪
二階 一五・〇〇坪
付属建物
一、木造板葺二階建物置
一階 一七・五〇坪
二階 六・〇〇坪
合計 五九・五〇坪
二、取得物件
1 横川町物件
(一) 宅地
一、金沢市横川町大七九番 二二六・八九坪
一、同 市同 町大八〇番の二 四五・六〇坪
一、同 市同 町大八〇番の三 三一・八八坪
一、同 市同 町大八〇番の四 四一・六一坪
一、同 市同 町大八〇番の五 二九・九一坪
合計 三七五・八九坪
(二) 建物
金沢市横川町大七九番地一、八〇番地二、八〇番地三、八〇番地四、八〇番地五
家屋番地 八〇番三
一、木造亜鉛メッキ鋼板瓦交葺二階建
一階 六七・〇〇坪
二階 一七・五〇坪
合計 八四・五〇坪
2 糸田町物件
宅地
一、金沢市糸田町ア九九番 二一一・〇〇坪
一、同 市同 町ア一〇〇番 二〇七・〇〇坪
合計 四一八・〇〇坪
(別紙五) 担保権設定目録
<省略>