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金沢地方裁判所 昭和45年(行ク)1号 決定 1970年5月15日

申立人 番匠友吉

被申立人 金沢郵政局長

訴訟代理人 中村盛雄 外六名

主文

本件各申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

一、申立人の申立の趣旨並びに主張は別紙(一)、(二)のとおりであり、これに対する被申立人の意見は別紙(三)のとおりである。

疎明<省略>

二、当裁判所の判断

(一)<証拠省略>によると被申立人が申立人に対し昭和四五年三月六日付で本件降任処分及び配置換をなしたことが疎明され、また同月一六日申立人から金沢地方裁判所に右降任処分と配置換の取消を求める本案訴訟が提起されたことは当裁判所に顕著な事実である。

(二)(降任処分に対する審査請求の前置について)

行政処分の執行停止は本案訴訟の付随的手続であるから本案の訴えが適法に係属していることを要し、訴訟要件が欠缺している場合など訴えが却下を免れないときには行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)二五条二項による行政処分の効力などの執行停止が許されないこと勿論である。

ところで国家公務員法(以下「国公法」という。)は、降任処分取消の訴えにつきいわゆる審査請求前置主義を採用し、人事院に対し審査請求しその裁決を経た後でなければ提訴できない旨を定め(九二条の二、八九条一項)、ただ行訴法八条二項各号所定の事由が存するときに限り裁決を経たいで出訴できることとしている。

これを本件についてみるに、申立人において人事院に対し審査請求をなしその裁決を経たこと並びに行訴法八条二項三号所定の「正当事由」の存在についてはなんら疎明がない。

また<証拠省略>によると、申立人は本件降任処分に伴い外務職群級別俸給表一級五四号(俸給月額七万一、一〇〇円)から同表二級七四号(同六万七、一〇〇円)に減俸され、その結果俸給月額を基礎として算出支給される期末手当など諸手当の減額を来たし、これに本件降任処分の方法によりなされた配置換に伴う俸給調整額その他の諸手当額を含めて考えると、結局本件降任処分後の申立人の月額粗収入は約一〇万六、〇〇〇円となつて月約六、四〇〇円の減収となることが疎明されるが、申立人の家族構成など本件疎明資料から窺い得る諸般の事情を考慮しても、本件降任処分後においても申立人にはなお約一〇万六、〇〇〇円の月額粗収入があることに照らすと、月額約六、四〇〇円の右減収によつては未だ申立人とその家族の生活が危殆に瀕するものとは言い難く、従つて右疎明事実をもつてしては行訴法八条二項二号所定の「著しい損害を避けるため緊急の必要がある」ものとは認められず、他に同号所定の事由の存在を窺せる疎明はない。

そうすると、本件降任処分の取消を求める右本案訴訟は、訴訟要件を欠き不適法であるから却下を免れないものと言わなければならない。

(三)(配置換の「処分」性について)

本件配置換が「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(以下「処分」という。)(行訴法三条二項、二五条二項)であるか否かは、郵政職員たる申立人の勤務関係についての実定法の規定の仕方あるいはその従事する業務の内容・性質などに照して判断すべきところ、従来国家公務員の勤務関係をいわゆる公法上の特別権力関係と観念しこの勤務関係において行政主体のなす行為一般を公権力の行使と解してきたものの如くであり、この見解に従えば国家公務員である郵政職員に対する本件配置換は、そが国公法八九条一項にいわゆる「いちじるしく不利益な処分」に該当するか否かを問わず「処分」にあたるものと解することとなろう。

しかしながら、現行実定法に即して考える限り国家公務員の勤務関係を一般的に特別権力関係と観念することはできないと言わざるを得ない。即ち、国公法はその適用対象たる一般職職員の勤務関係の根本基準につき「すべて職員は、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない」(九六条一項)と規定した後「前項に規定する根本基準の実施に開し必要な事項は、この法律に定めるものを除いては、人事院規則でこれを定める」(同条二項)と規定するとともに「職員は、職員としては、法律、命令、規則又は指令による職務を担当する以外の義務を負わない」(一〇五条)と定めて、国家公務員の勤務関係においてもいわゆる一般権力関係におけるのと同様法律の留保が妥当することを宣明し、原則として法令に基づかない命令、強制、懲戒などを否認しているのである。このように、国家公務員の勤務関係は国公法及び人事院規則によつて全面的に規律されるのであるから、これをもつて法令の根拠なくして包括的支配権の行使を是認する特別権力関係と観念することは、現行実定法に即して考える限り最早許されないところである。

また、国家公務員の勤務関係がその目的達成に必要な範囲内での包括的支配権である職務命令権などを不可欠とする一種の権力関係(支配服従関係)であることは否定し得ないところであるが、かかる意味合での権力性は私的労働契約関係においても一般的に認められるところであつて、要するに国家公務員の勤務関係もその本質においては私的労働契約関係におけるのと同様従属的労働契約関係であることに基因するものに他ならず、これをもつて国家公務員の勤務関係を公権力の発動関係と解する根拠とはなし得ないと言うべきである(勿論、かく解したからと言つて国家公務員の勤務関係を単純に私法上の労働契約関係と同視する訳ではない。国家公務員が「全体の奉仕者」(日本国憲法一五条二項、国公法九六条)として行政を遂行すべき職責を有し、かつその勤務関係の相手方が行政主体であるところから、私法上の労働契約関係にはみられない特殊な服務規律が要請され、現に実定法上かかる特殊な規定が設けられているが、特殊規定に規律される諸側面については各規定の趣旨に照して個別的に考えれば足り、特殊規定によつて規律される部面があることをもつて国家公務員の勤務関係一般を直ちに公権力の発動関係と解する根拠とはなし難い。)。

そして、この理は公共企業体等労働関係調整法(以下「公労法」という。)の適用を受ける国家公務員である郵政職員についてはより強く妥当するところである。

即ち、公労法四〇条一項は同法の適用を受ける国家公務員については、勤務条件に関する行政措置の要求につき定める国公法八六条ないし八八条を含む国公法の若干の規定の適用を排除するとともに、職員の労働関係は原則として公労法及び労働組合法を適用するものとし(三条)、職員の団結権を保障し(四条)、その労働条件について団体交渉及び労働協約の締結を認めて、労働条件は労使対等の交渉によつて決すべきものとする(八条)などして、他の国家公務員の勤務関係に比してより強く私的労働契約関係との同質性を法認しているのである。

右のとおり実定法が郵政職員の勤務関係の法的性質を私的労働契約関係におけるそれと同質のものとしている以上、特段の実定法上の定めがない限りそこでは公権力の発動と目すべき関係の成立する余地はないこととなる。

ところで、国公法九〇条、九〇条の二、九二条の二などの規定に照して考えると、国公法は八九条一項前段所定の各処分を行訴法三条二項、二五条二項にいう「処分」と看なしていることが明らかであるが、これは国家公務員が労働基本権をはじめ諸種の権利・自由の制限を受けていることに鑑みいわばその代償として、分限・懲戒処分の種類及び事由を限定的に法定するとともに、これら不利益処分に対しては特別な争訟方法を設けて被処分者の簡易かつ迅速な救済をはかり、もつて国家公務員の身分保障を全うしようとする趣旨に基づくものと解され(従つて、国公法八九条一項前段所定の各処分は、立法政策上「処分」性を付与されているにとどまるものであつて、いわゆる「形式的行政行為」というべきである。)、また国公法八九条一項前段が具体的に列挙する降給、降任、休職、免職はいずれも同法七五条が特に身分保障として明定する一般的・類型的に不利益なものであることに鑑みると、ここにいう「いちじるしく不利益な処分」とは例えば強制された依願免職などその実質において列挙された右各処分と同視されるものを指称し、一般的・類型的には必ずしも不利益とは言い得ない配置換はここにいう「いちじるしく不利益な処分」に該当しないものと解するのが相当である。

また人事院規則八-一二(職員の任免)六条は採用、昇任、降任、転任とともに配置換を同一条文中に掲げているが、同条は欠員補充の方法を列記したにすぎず、そこに列記されたものを一律に公権力の行使たる「処分」と看なしているものとは解されず、他に現行実定法上郵政職員に対する配置換を「処分」と看なすべき特段の規定は見当らない。

そうであるならば、その法的性質において私的労働契約関係と同質である郵政職員に対する配置換は、「処分」に該当しないものというべきである。

そしてかく解することは、公労法が「労働条件に関する事項」(八条四号)(配置換がこれに該ることは明らかであろう。)を団体交渉事項と規定し、原則として雇傭主たる行政主体と被傭者たる職員との対等の交渉によつてこれを決すべきものとしていることにより良く適合し、更には配置換に際して行政主体において国公法八九条一項の処分事由説明書を交付せず、被処分者においてもその交付を請求していない行政の現実(被申立人において処分事由説明書を交付し、あるいは申立人においてその交付を請求したことの疎明はない。)に照して支持されるところであろう。

以上の次第であるから、本件配置換は「処分」に該らず、行訴法二五条二項による執行停止の対象とはなり得ないものと言うべきである。

(四)  よつて本件各申立はいずれも却下すべきであるから、申立費用につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 至勢忠一 北沢和範 川原誠)

別紙(一)

行政処分執行停止申立書

申立人に対し、被申立人金沢郵政局長が昭和四五年三月六日付でなした降任及配置転換処分の効力は、御庁昭和四五年行(行ウ)第一号行政処分取消請求事件の判決確定に至るまでその効力を停止する。

申立費用は被申立人の負担とする旨の裁判を求める。

申立の理由

一、行政処分の存在

申立人は、昭和一六年九月一日金沢郵便局保険課内務職に採用され、その後金沢野町郵便局保険課に転勤し、昭和二五年保険課主任となり、昭和二六年五月同局貯金課に移り、三八年七月二二日同課主事となり、昭和四一年右郵便局が金沢南郵便局と改名されて以降も同局の同一職種の主事をつとめて現在に至つているものであるが、昭和四五年三月六日申立人に対し、被申立人金沢南郵便局長は、国公法第八二条、人事院規則一二-〇によつたとして、一〇月間俸給の月額の一〇分の一を減給する旨の懲戒処分をなし、被申立人金沢郵政局長は、国公第七八条および人事院規則第一一の四によるとして主事より一般職員に二階級降任し、俸給を外務職群級別俸給表一級五四号(七一、一〇〇円-昭和四四年度俸給規程による)より同二級七四号(六七、一〇〇円一同規程による)に減俸し、更に貯金外務より郵便外務(いわゆる郵便配達)に移るように命じたので、申立人はこれらもいずれ不服としてこれらの処分の取消を求めて訴えを提起した。

二、本件処分等はいずれも左の理由により違法であり、取消を免れない。

(一) 本件処分等は、いずれも申立人が所属する全逓信労働組合の活動を行なつたためなされた不利益取扱(労組法七条一号)であり、無効である。

(二) 本件処分等は、処分主体が異なるとはいうものの、その理由は同一であり、かつ日時も同一であるから、むしろ実質的には申立人に対する一つの不利益処分と解するべきであるが、仮りに三つの異なる処分と考えた場合、これらの処分はいずれも懲戒の性質をもつものであるから、申立人は二重、三重の懲戒処分をうけたことになる。かかることは国公法八二条の全く予想しないことであり、懲戒の手続は適正になされるべきとする国公法、人事院規則の懲戒規程の趣旨に背反するものであり、到底許されない。

(三) 本件処分等の違法性

(A) 降任処分の違法性

本件降任処分の理由は二つあるが、そのうち申立人の暴力行為うんぬんの主張は事実無根であり、飲酒うんぬんはささいなことを誇調しているもので、申立人の所為は、職場の秩序を著るしくびん乱したものでなければ、主事としての適格性に欠けるものでもない。

被申立人主張の申立人の一連の所為はいずれも国公法七八条、人事院規則一一-四に該当しないので、本件降任処分は違法である。

(B) 配転処分の違法性

(1)  申立人は郵便局に勤続三〇年の間、一貫して貯金、保険という、いわばセールス的業務に従事してきているのでこの業務が労働契約の内容と解するべきが当然で、仕事の内容が全く異なる郵便配達はその契約の内容となつていないことが郵政省と申立人との関係において明らかである。

かかる場合、本人の同意がないのに労働契約を変更するのは、到底許されない違法の行為である。

また仮りに、申立人と郵政省との関係が、契約でないとしても近年の最高裁が認める通り、申立人等三公社五現業の職員に現に労働者人格が存在する以上、違法であることに変りはないのである。

(2)  仮りに申立人のなすべき職務のうち郵便配達がふくまれるとしても、また配転命令が省において一方的になしうるにしても、本件の場合、申立人は貯金業務で優秀な成績をあげており、郵便配達へまわさなければならない業務上の必要は全然考えられないばかりでなく、一方郵便配達業務で緊急に人員を補充する必要も全然なかつたのであり、しかもこの業務は激しい現業肉体労働であり、病弱者、年輩者には耐えられないものであつて、金沢南局でも五〇才代はおろか、四〇才代の者も、六二人の郵便配達員のうち四二、三才の者が四、五名いるに過ぎない状況であるのに、申立人に年輩(本年五月で満五〇才になる)である上、高血圧神経痛の持病のある病弱な人物であり、これらの事情を充分知りながらあえてなされたこの配転命令は、この合理的裁量の範囲を著るしく超えており違法無効である。

(C) 本件減給処分の違法性

申立人は、昨年一二月飲酒の件で戒告処分に付されているが、これも同人の仕事の性格を考慮し、飲酒がこの仕事にいかなる影響を与えるか、あるいは従前の飲酒についての職場慣行等を合理的に吟味したとは思われない唐突なものでその適法性に重大な疑いがあるが、仮りにこれが有効でありこれを前提とする処分であつたとしても本件減給処分は次のような理由で違法である。

(1)  処分理由について降任処分でふれたと同様な事実誤認、なかでも二大理由の一つとなつている暴力行為については、荒唐無けいな事実のねつ造であり、重大な理由の一つを欠いているというこの限りでこの処分は当然取消されるべきものである。

(2)  仮りに、飲酒の件で一定の懲戒理由があるとしても、申立人の飲酒が仕事に悪影響を与えたという顕著に事実はないこと、最近まで上級管理職を含めて勤務時間中に飲酒することもしばしばであつた金沢南局の職場慣行などを考慮すると一、二カ月の減給ならともかく一年近い間の減給処分に付し、その上昇給を二期延伸しその影響を将来までおよぼそうというのはあまりに苛酷であり取消を免れない。

(四) 本件処分等は一体として処分権の濫用であり違法である。

本件処分が懲戒的性格をもつた一つの処分として現実に存在することは、(二)で述べた通りであるが、これらの処分の結果、申立人のこうむる被害は甚大なものがある。

第一に前述したように生命の危険をも考慮しなければならない健康上の問題があり、第二に、甚しい減収となり、その生活の目途がたたなくなるのである。

具体的にいえば、これらの処分で申立人は一月二万円以上の減収となり、わづか四万五千円で大学一年生を頭とする親子六人の生活を支えなければならないだけではなく、二期以上の昇給延伸になり、将来にわたる被害は二百万円を超えるのである。

飲酒の一事をもつて、かかる苦痛を申立人に与える合理的根拠はどこにもない。

しかもこの処分は、申立人に出来ない業務を課するものでいわば、脱法的懲戒解雇である。本件処分が権利の濫用であり違法であるのは余りにも明らかであろう。

三 申立人には本件処分の効力の停止を求める緊急の必要性がある。申立人は二で述べた通り、この処分により、一月二万円以上の減収となり、生活の危機にみまわれるばかりでなく、局の管理医からも高血圧の要注意者として激務を禁じられている高血圧、神経痛等になやむ病弱者であり、健康な人間でも四〇才をこえるとまともには努まらない郵便配達の仕事をすれば、彼の健康にいかなる影響を及ぼすかは明々白々である。

申立人は、現在処分に従わなければ免職等懲戒の追いうちをされる危険があるのでやむなく郵便配達に従事しているが、ここでも当局は三〇年一度も郵便配達をしたことのない年輩者に、わずか一日半の見習期間を与えたのみで仕事に駆りたてている。しかも、申立人が最初に指定された配達区は若者でも疲れる坂の多い山の手の団地街であつた。

申立人は見習の途中で目まいがし、息切れがしたので、指導に同行した郵便外務課長代理がみかねて途中から仕事を中止するのを認めた程である。

このため申立人は比較的楽な配達区にまわされることになつたが、ここでも仕事を充分に果すことは到底出来ない。そこでこんどは、このことを理由に管理者から難詰されている有様で、ここまでくればこれは一つの人権問題である。

この処分の効力が停止されなければかかる現状にある申立人が回復不能な被害をこうむることは余りにも明らかであろう。

別紙二

行政処分執行停止の申立補充書

申立人には執行を停止する緊急の必要がある。申立人は、高血圧、神経痛などを患つていて、郵便配達のような肉体労働には堪えられないことは本申立において申立てたとおりであるが、その後この点につき、顕著な事実が現らわれた。

申立人は、郵便配達をはじめてから息切れや目まいなど体の調子がひどく悪いので、本日(昭和四五年三月一六日)金沢市千日町七番一五号外科医師石野竜山の診断を求めたところ、同医師によれば、申立人は強直性頸椎症頸腕症候群であるから、郵便配達のような肉体労働は到底堪えられず、このまま放置すれば生命の保障はできないということであつた。

申立人は四年程前、むち打症にかかつたことがあるが、これが悪化して一種の後遺症として、このような病気になつたものと思われるというのが同医師の判断であつた。

又この日、金沢市寺町の内科医師岡部雅夫の診断によれば、申立人は、高血圧並びに坐骨神経痛であつて、約二週間の休養を必要とするということであつた。

いずれにしても、仕事に堪えられないのは明らかなので、申立人は明日から病休をとることをのぞんでいるが、当局がこれを許可するかどうかはまだ明らかではない。

なお石野医師によれば、強直性頸椎症の場合には手足がまひしてしまうことがあるので、申立人の手のしびれもこれによるものだということであつた。

本件処分の効力の停止の緊急性は、いまや全く明らかである。

別紙(三)

意見書

一 本件申立を却下する。

二 申立費用は申立人の負担とする。

との裁決を認める。

理由

(申立の理由に対する認否)

第一項 認める。ただし、外務職群級別俸給表一級五四号は七〇、一〇〇円であり、同二級七四号は、六七、一〇〇円であるが、申立人は郵便課勤務となるため一、五〇〇円の調整により六八、六〇〇円を給せられることとなり、また、その旨の辞令も発せられている。

第二項 (一)、(二)、争う。

(三)、(A)のうち本件降任処分の理由が二つあること(申立人の暴力行為と職務に従事中飲酒する等職場の秩序を乱したことであることは)認めるが、その余は争う。

(B)、(1) のうち申立人が郵便局に約三〇年間(正確には二八年七月)勤務し、貯金保険の業務に従事した事実は認めるがその余は争う。

(2) のうち、配転命令は郵政省において一方的になしうること。金沢南郵便局所属の郵便外務職員のうち、四〇才から五〇才までの年令層のものが五名いることは認めるがその余は争う。申立人は本年五月で満四八才である。

(C)、申立人が昨年一二月飲酒の件で戒告処分に付せられたことは認めるがその余は争う。

(四)、申立人の家族構成(ただし、長女が大学一年生であることは不知。)は認めるがその余は争う。

第三項 申立人が二八年七カ月の間に郵便配達の職務に服したことがないこと、申立人に対し坂のある山の手の団地街を配達区として見習(ここに見習とは、当該配達区の担当者に随伴して配達することである。年末時の学生アルバイトについても一日の見習期間しかおかない。)をさせたこと、見習期間が一日半であつたこと(ただし二つの配達区についてである。)、その後配達区が変つたことは認めるが、その余は争う。

補充書の記載の事実中

昭和四五年三月一六日付で金沢市千日町の医師石野竜山が申立人に対し、「強直性頸椎症頸腕症候群」の病名で右傷名により労働に耐えざるものと認めるとの診断をなしたこと、同日付で、岡部医師の高血圧症、坐骨神経痛の病名で上記のため約二週間の休養を必要するとの診断があることは認める。

申立人が四年程前、むち打ち症にかかつたことは不知、その余は争う。

申立人は本年三月一六日付で二週間(三月一六日から三月二八日まで)の病気休暇承認申請書を提出したので金沢南郵便局長はこれを承認した。

(被申立人の意見)

第一、本件本案は不適法な訴であり、また理由がない。

一、本案である降任処分及び配置転換命令の取消を求める訴(ただし、不当労働行為を理由とする部分を除く)については、申立人において人事院に対して不服申立をなし、その裁決を経た後でなければ訴の提起をなすことができないものであるところ、人事院の裁決を経た疎明のない本案訴訟は、不適法な訴として却下されるべきである。かかる不適法な訴を本案とする執行停止の申立は、結局本案訴訟の提起を欠く結果となるから却下を免かれない。(配置換の処分が国家公務員法(以下国公法という。)第八九条第一項の概念に含まれるかという点については直ちに肯定しがたいが、申立人主張のごとく本件配置換をもつて、いちじるしく不利益な処分」と解するものならば国公法第九〇条以下の手続をふむべきものであることは当然である。

二、不当労働行為の事由をもつて本件降任及び配置換処分は違法であるとして、該処分の取消を求めているが、不当労働行為の内容に関しては、本申立においてなんら具体的に触れていない。しかし、本案の訴状によつて察知するところによれば、その主張は、概ね次のように解される。すなわち、「金沢南郵便局において昭和四四年八月頃より管理者側による組合脱退工作が功を奏して主事、主任クラスの組合脱退が出はじめたが、原告が主事であつた貯金課においては、申立人の指導よろしきを得て現在に至るまで脱退する者がいなかつた。その後も局側において脱退工作が続けられ、若干の脱退者が出ていつたが、管理者側は、主事でありながら全逓信労働組合の組織強化を強力に推進する申立人を嫌悪して本件処分を行なつた」というにある。

申立人主張のように、主事、主任クラスに組合脱退者が出た事実はあるが、これは申立人のいうように「管理者側の脱退工作があつたから」というがごときは全くのいいがかりであり、こじつけに過ぎない。脱退者は自らの自由な意志にもとづいて組合を脱退したのである。また、申立人が所属していた貯金課のうち内勤においては昭和四四年八月当時にすでに脱退者が三名あつた。同課外勤においては脱退者がなかつたが、これが申立人の好指導によるものであつたか否かは全く被申立人らの関知しないところである。従つて、被申立人において申立人が全逓信労働組合の組織強化に推進したことを嫌悪した事実は毫も存しないのである。

因みに、昨年(昭和四四年)二四日春斗に際し、全逓労働指令により金沢南郵便局が拠点に指定され、所謂半日ストに突入したが、その際にもスト不参加者が二〇余名あつたが、これらの者がその後同組合を脱退するに至つた。これは、むしろ同組合の活動方針やたたかい方を批判して、任意脱退したものである。

第二、予備的意見

一、申立人に対する懲戒及び降任の処分事由について。

(1)  申立人は医師から高血圧であるから禁酒して加療すべく注意をうけていたにもかかわらず、職務に従事中飲酒し、あるいは酒気を帯び職場において暴力言動を行なうなど服務規律に違反し、いちじるしく職場の秩序を乱しているもので、主事として、職員の指導、指揮するものとして適格性を欠いているものである。最近一、二年における申立人の前記のような非違行為について記せば、その主なるものにおいても次のとおりである。

表<省略>

(2)  右列挙した事実は顕著な非行を挙げたのみであるが、右のほか申立人は酒気をただよわせて登庁し或は貯金の募集及び集金から帰局する日が多く、時として上司や部下に絡み、部下からも信頼されていない有様であつた。また、その職務の遂行においても論理計画性に乏しく主事として作成すべき貯金奨励計画事務の立案もできず、研究心に欠け、外務事務全般の推進に適切な指導をなさず主事としての適格性を欠いているものである。

二、申立人に対する処分の適法性と相当性について。

(1)  申立人に対しては前記のような非違行為があつたので被申立人金沢郵政局長は国公法第七八条及び人事院規則一一-四に従い降任の処分を行ない、申立外金沢南郵便局長は国公法第八二条及び人事院規則一二-〇に従い減給一〇ケ月伸給月額の一〇分の一の減給処分をなしたものである。また申立人の降任に伴い、貯金課主事が欠員となつたこと、および郵便課外務主事二名が本年三月三一日高令(六〇才)退職する予定で、すでに退職前の年次休暇に入り実質的に欠員の状態であり、近々人事異動が予定されていたので、その一連の異動計画のもとに、被申立人金沢郵政局長は申立人を郵便課に配置換したものである。

(2)  申立人はこれら処分は「いづれも懲戒の性質をもつものであるから、申立人は二重、三重の懲戒処分をうけたことになる」との理由で国公法、人事院規則の懲戒規程の趣旨に反するものと主張するが、本件降任処分は申立人がその素質、能力、性格等からして主事としての適格を欠く等の理由でなされたもので、申立人に不利益な結果となつても、制裁としてなされたものではない。また本件配置換は国公法第三五条、人事院規則八-一二に定める官職の欠員補充の任用処分であつて、懲戒処分ではない。これらの処分の併用を禁止する規程はないから申立人の主張は失当である。

(3)  次に、申立人に配置換の処分に対して、申立人は「郵便局に勤続約三〇年の間、貯金保険という業務に従事して来ているので、この業務が労働契約の内容と解すべきが当然で、仕事の内容が全く異なる郵便配達は、その契約の内容となつていない」と主張するが郵政省と申立人との間に右主張のような契約は存在しないし、また協約もない。また配置換等は契約等によつて行なわれるものではない。蓋し、申立人は郵政関係職員であつて、国に対する勤務関係は一般の国家公務員と異なるところはなく、いわゆる特別権力関係にあり、国法上の特定の目的のために必要な限度において国家に対し包括的な支配権が与えられ、国家公務員がこの支配権に服する義務を認められている関係にあるから、申立人をいかなる職場に配置換するかは任命権者の裁量に委ねられているからである。

(4)  また、申立人は貯金業務で優秀な成績をあげていると主張するが、前記第二の一、(2) で述べたように申立人は論理性、計画性がなく主事としての貯金奨励計画事務の立案作成する能力すらなく、部下職員に対する指導能力に欠けているものである。また貯金の募集成績はいかにというに金沢郵便局貯金外務職九乃至一〇名の者と過去三年間の実績を照らしてみるとその成績は最下位であり、優秀とは到底いいえないのである。主事として部下職員に対し貯金募集を指導する他位にあり、そのため自己の成績に多小の差異を来すことはありえても、貯金、保険の勧誘に約三〇年従事した者としては余りにも甚しい。

(5)  申立人は年令、身体的条件からみて、郵便課外務係として勤務することは不適というので検討する。

(イ) 「申立人は大正一一年五月一八日生で現在四七才であり、五〇才以上のものが郵便課外務係として勤務するのは稀有であるように主張するが、なるほど金沢南郵便局においてはおおむね申立人の主張のとおりであるけれども金沢中央郵便局においては五〇才以上の郵便外務の職員は主事五名、主任一五名、一般一名計二一名もおり、主任以下の職員は郵便配達業務に常時服しているのである。

また、金沢南郵便局においても、前述の高令退職者中の一名は 三、四年前まで配達業務に服していたものであり、高令退職後も非常勤職員として再雇用され郵便配達に従事する例もある。他に類似する福井郵便局においても五〇才以上のものは主事四名、主任一一名、一般三名となつており、決して五〇才前後の年令をもつて不適な職場ということはできない。

また、金沢郵政局管内において、年令四〇才を超えて貯金、保険の外務員から郵便課外務員に配置換になることは、ここ数年の例からしても十数件に及んでいる。

(ロ) 次に、申立人に高血圧で病弱であるというが、なるほど過去数年の健康診断の結果によると高血圧判定を下されている。しかしその測定結果は次表の通りである。

測定月日       結果

最大Hg 最小Hg

昭和四〇年五月二七日 一五二mm 八八mm

昭和四一年五月二七日 一七二  八八

昭和四二年六月 二日 一四八  八六

昭和四三年五月二七日 一三八  八四

昭和四四年五月二六日 一五二  九四

血圧測定の結果をもつて高血圧であるか否かを判定するには、勿論専門的知識を要するのであろうが、普通には最大一五〇以上、最小九〇以上を高血圧と云われている。右表からみれば、申立人は必ずしも重症とは考えられない。

申立人の配達区は現在のところ市内区域であり(坂道のある団地区域ではない)、しかも金沢南郵便局真近の配達区で、その勤務時間は午前七時五〇分から午後三時五五分までで(休憩時間一時間一三分を含む)、その間午前午後各一回担当配置区域において配達をなすのであるが、配達行程は延べ一二、三km程度であり配達すべき郵便物の重量も一〇kg程度で、原則として、自転車を使用するものであつて、申立人の申立てるような、重労働でもなければ、また申立人に不向な業種でもない。

三 申立人に処分の執行により回復困難な損失を避けるため緊急の必要性はない。

(1)  降任、配置換の処分によつて幾何の減収を来たすか、これを検討するに、申立人の貯金外務主事としての前年度における月平均の総収入と郵便課外務職員としての予想月平均の収入を比較すると、毎月六、三六五円程度の減収になるにすぎない。

(2)  申立人は二期以上の昇給延伸になるというが、昇給については、懲戒処分、病気休暇等の欠格基準を定め、これに該当するものは昇給が延伸されることになり、申立人の場合は昭和四四年度(昭和四四年四月一日から翌年三月三一日までの昇給対象期間)において、昭和四四年五月一〇日減給一ケ月十分の一(春斗スト参加)の処分、同年一二月一〇日戒告処分及び本件処分により三号俸昇給が延伸される結果になるが、これは懲戒処分の当然の帰結であつて、そのため減給の結果を生じてもやむをえないものといわねばならない。

もし、経済的困窮を来たすとすれば、健康管理医から厳禁されている飲酒等を慎しむことにより、生活上の工夫をなすべきであろう。

(3)  郵便配達業務が申立人に堪えがたい業務でないことはすでに述べた通りである。

以上述べたところから、明らかな様に本件処分により回復困難な損害を生ずるものでもなければ、また仮りに損害を生ずるとしてもそれを避けるため緊急の必要性があるものでもない。よつて本件申立は却下されるべきである

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