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金沢地方裁判所 昭和48年(ワ)19号 判決 1977年5月13日

原告 浅野みよし

右訴訟代理人弁護士 梨木作次郎

右同 菅野昭夫

被告 金沢市

右代表者市長 岡良一

右訴訟代理人弁護士 松井順孝

被告 柄崎良子

右訴訟代理人弁護士 菅井俊明

主文

一  被告柄崎良子は原告に対し、金沢市尾張町二丁目線二一号の道路のうち、別紙図面表示のD、F、E、C、Dの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地上にあるブロック石積を収去せよ。

二  原告の被告柄崎良子に対するその余の請求並びに被告金沢市に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告金沢市間では原告の負担とし、原告と被告柄崎良子間では原告につき生じた費用のうち四分の一を被告柄崎良子の負担としその余は各自の負担とする。

四  この判決は第一項につき仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、金沢市尾張町二丁目線二一号の道路のうち、別紙図面表示の3、A、H、D、F、E、C、G、B、3-1、3の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地上にある別紙目録記載の建物、コンクリートたたき敷及びブロック石積をそれぞれ収去せよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告らの請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙図面表示の3、A、H、D、F、E、C、G、B、3-1、3の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地は被告金沢市が開設した市道金沢市尾張町二丁目線二一号(以下「本件道路」という。)の道路敷の一部である。

2  仮りにそうでないとしても、別紙図面表示のA、H、D、F、E、C、G、B、Aの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地は本件道路の道路敷の一部分に属する。

3  ところで、原告は、金沢市に居住するものであるから、被告金沢市が開設した本件道路につき、他の市民が本件道路に対して有する利益ないし自由を侵害しない程度において、自己の生活上必須の行動を自由に行うことができる使用の自由権を有する。

4  原告は本件道路の西北側に接着して住宅及び宅地を所有している関係上、中庭の除雪、水洗便所の清掃、汚物の排出非常時の退避などに本件道路を通行することが必要不可欠である。

5  しかるに、被告柄崎は本件道路敷の一部である別紙図面表示の3、A、H、G、B、3-1、3の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地上に別紙目録記載の建物を建築し、別紙図面表示のH、D、C、G、Hの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地上にコンクリートたたき敷を、別紙図面表示のD、F、E、C、Dの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地上にブロック石積を設置して当該道路敷を排他的に占有し、原告の通行の自由権を継続的に妨害している。

6  よって、原告は被告柄崎に対して右通行の自由権に基づく妨害物の収去を、被告金沢市に対して公物使用権に基づく妨害物の収去をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する被告金沢市の認否

1  請求原因1記載の事実は否認する。

2  同2、3記載の事実は認める。

3  同4記載の事実中、原告が本件道路の西北側に接着して住宅及び宅地を所有していることは認めるが、その余の事実は知らない。

4  同5記載の事実中、被告柄崎が当該道路敷を排他的に占有していることは認めるが、その余の事実は知らない。

5  同6記載の主張は争う。

三  請求原因に対する被告柄崎の認否及び反論

1  請求原因1、2記載の事実は否認する。

別紙図面表示の3、A、H、D、F、E、C、G、B、3-1、3の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地は被告柄崎の所有地である。本件道路敷は別紙図面表示EF線より東北の部分にすぎない。

2  同3記載の事実は認める。但し、自由権を有する旨の主張は争う。

仮に原告に道路通行の自由権があるとしても、原告には本件道路につき妨害排除請求権がない。右自由権なるものは未だ確立された権利といいえないのみならず、ましてや排他性をもつ妨害排除請求権の根拠たりえないことが明らかである。仮にかかる自由権が排他性をもつ妨害排除請求権の根拠たりうるとしても、原告には右妨害排除請求権をもって保護するに値する法的利益がない。また、原告は被告柄崎の占有部分を通行することが原告の中庭への通行のため必要不可欠である旨主張するが、鑑定の結果によれば、本件道路と原告中庭部分との間には被告柄崎の所有地が介在することが明らかであり、原告には被告柄崎占有部分を通行しなければならない必要性は全くないことが明らかである。

3  同4記載の事実中、原告が本件道路の西北側に接着して住宅及び宅地を所有していることは知らない。その余の事実は否認する。

4  同5記載の事実中、被告柄崎が、別紙図面表示の3、A、H、G、B、3-1、3の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地上に別紙目録記載の建物を建築し、別紙図面表示のH、D、C、G、Hの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地上にコンクリートたたき敷を、別紙図面表示のD、F、E、C、Dの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地上にブロック石積を設置していることは認めるが、その余の事実は否認する。

5  同6記載の主張は争う。

四  被告柄崎の抗弁

1  別紙図面表示の3、A、H、D、F、E、C、G、B、3-1、3の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地が本件道路敷の一部分であるとしても、被告柄崎はこのうち別紙図面表示の3、A、J、I、B、3-1、3の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地を時効取得した。すなわち、本件道路は昭和二一年頃には黙示的に公用が廃止されたところ、被告柄崎は昭和二二年一月一日以来二〇年間右範囲内の土地上に別紙目録記載の建物を建築所有し、これを占有してきたから、その後二〇年間の経過とともにその所有権を取得した。よって本訴において右取得時効を援用する。

2  また、原告の本訴請求は信義則に反し、権利の濫用に該当する。原告は被告柄崎占有部分につき何ら利用する余地がないのに、これあるように主張して被告柄崎の建物の収去請求に固執し、また、自ら本件道路上に妨害物を設置し、二階押入、出入口ひさし、一階ひさしの建物部分を本件道路上に張り出させてこれを排他的に占有しておきながら、被告柄崎に対して一方的に収去請求を求めるものである。なお金沢市から原、被告双方に対し、本件道路の払下げが提案されたが、原告の反対で実現しなかった。以上の事情からも明らかな如く、原告の本訴請求は、明らかに権利の濫用に当る。

五  被告柄崎の抗弁に対する原告の認否及び反論

1  被告柄崎の抗弁1記載の事実は否認する。本件道路は公物であるから、公用廃止処分がなされないかぎり時効取得の対象たりえない。また、被告柄崎は当該占有部分が本件道路敷の一部に属することを知悉しながら、昭和三八年九月頃敢えて現在の玄関を築造したものであり、占有開始は右時期以降である。

2  同2記載の事実は否認する。

本件は、被告柄崎が市道である本件道路上に自己の玄関を張り出して築造し、原告が必要とする中庭へ通じる道をふさいでいるのであり、被告金沢市の撤去勧告を無視して不法占有を継続しているものであって、被告柄崎の態度こそ不当なものである。

六  原告の再抗弁

昭和四五年に原告が自己の家屋を改造しようとしたところ、被告の指摘により建ぺい率違反の問題が生じたが、金沢市役所担当者の指示に従い、原告は当初の計画を縮少し、被告も本件係争部分の建物を収去する旨金沢市に約束をした。しかるに被告は現在まで右約束を履行していないが、右の如く収去の約束をしている以上、被告柄崎は本訴において取得時効を援用することはできない。

七  原告の再抗弁に対する被告柄崎の認否

再抗弁の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

第一被告柄崎に対する請求について

一  被告柄崎が別紙図面表示の3、A、H、D、F、E、C、G、B、3-1、3の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地上に別紙目録記載の建物、コンクリートたたき敷及びブロック石積を設置して右範囲内の土地を占有していることは当事者間に争いがない。

二  原告は、右被告柄崎占有部分は市道である金沢市尾張町二丁目線二一号(本件道路)の道路敷の一部に属する旨主張するのに対し、被告柄崎はこれを争うので、本件道路の範囲について判断する。

《証拠省略》によれば、本件道路は、大正九年四月一日、路線番号主計町第六号として市道の認定を受け、公用を開始したもので、起点を主計町四七番(現在尾張町二丁目二五九番、以下ともに地番のみを示す。)、終点を四九番(現在二六一番)とする延長六・八間(すなわち六間四尺八寸、一二・三六二メートル)、幅員最狭、一般ともに〇・六間(一・〇九メートル)の道路であること、《証拠省略》によると、金沢地方法務局備付公図および金沢市保管の大正年間作成の主計町地図(旧公図)の各記載上、本件道路は四七番、四八番(現在二五九番、二六〇番)と五〇番(現在二六三番)との間に狭まれる形で東北から西南方向に走り、その東北端は東南から西北方向に走る市道(以下「前面道路」という。)とT字形に交差し、西南端は四九番(二六一番)にぶつかって行き止まりとなるいわゆる袋小路であること、《証拠省略》によれば、本件道路の西北側に接着している四七番、四八番の延長は六間四尺五寸であるから、前記本件道路の長さと比べると本件道路は四七番の東南端より三寸だけ前面道路へ突出する形状となること、同様に五〇番、五一番(現在二六五番)の一筆図写によれば、五〇番の延長は六間三尺五寸、五一番のそれは六間二尺であるから、五〇番は五一番の東南端に比べてもこれより前面道路に一尺五寸突き出す形となるが、このことは前記主計町地図の記載とも一致すること、《証拠省略》によれば、前面道路の道路台帳上の幅員は最狭〇・八間、一般一間であるが、本件道路と交差する道路の現況幅は四七番に面するところで一・九メートル、五〇番に面するところで一・八メートル、五一番に面するところでは二・二五メートルとなっており、本件道路及び五〇番が前面道路へ突出した地形となっていることをそれぞれ認めることができる。

そして以上の各事実を総合すれば、本件道路の起点は前面道路の一般幅員一間(一・八一八メートル)を確保し、しかも、四七番、四八番の延長線から三寸だけ前面道路へ突出した地点で、かつ、五〇番が五一番より一尺五寸前面道路へ突出した地形となる条件を満足する地点に求めるのが最も合理的である。そしてそれを検証(第二回)及び鑑定によって現地に求めれば、別紙図面表示の7、8線がこれに相当することが明らかである。したがって本件道路の終点は右7、8線を起点とし、そこから延長六・八間(一二・三六二メートル)をとった別紙図面表示のA、B線と認めるのが相当である。

原告は、前記法務局備付の公図の記載(これによれば、本件道路及び二六三番の前面道路への突出は認められず、二五九番と一直線になっている。)を根拠に、起点を7、8線とすることの不合理を説くが、《証拠省略》によれば、右公図は住居表示法の施行後、町名地番が変ったのちに作成されたものであり、この改製の際に、主計町地図上の五〇番の僅かな突出が看過または省略されたとしても不自然ではなく、この記載によっては前記認定を覆すに足りない。

また、被告柄崎は本件道路の起点として7、8線よりさらに前面道路に突出した地点を主張するけれども、右主張に従うときは、本件道路についての諸資料の条件と著しく齟齬することが明らかであるから、これも採用しがたい。

以上によれば、別紙図面表示のA、H、D、F、E、C、G、B、Aの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地は本件道路敷の一部に属すると認められるが、別紙図面表示の3、A、B、3-1、3の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地が道路敷の一部であると認めることはできず、したがって、本件の土地が市道敷であることを理由に地上建物等の収去を求める原告の請求は、右の範囲に関する限り、その前提を欠き、理由がないことが明らかである。

三  そこで別紙図面表示のI、J線より南西部分の土地に関する被告柄崎の時効取得の抗弁について判断を進める。

1  《証拠省略》を総合すれば、次のような事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 本件道路は前記の如く、大正九年四月に公用開始となったものであるが、北西側で四七番、四八番(現二五九番、二六〇番)、南東側で五〇番(現二三六番)の各土地にはさまれた袋小路であって、突当りに四九番(現二六一番)が存在している。そして四九番地上に古くから建物があり、その建物の玄関は、本件道路突当り附近に存在していた。そして訴外柄崎タカは明治時代より右四九番宅地及び地上の建物を所有し同所で料亭を経営していたもので、同人並びに同家に出入りする者らは本件道路を使用していた。訴外柄崎タカは昭和一八年三月一二日死亡し、被告柄崎が家督相続により右土地建物を取得したが、その機会に料亭をやめ、同被告は、昭和一八年五月二〇日に本件道路南東側の五〇番、五〇番二(現二六三番、二六四番)の土地及び地上建物(訴外浅井直吉居住)を買取り、地上建物を取りこわしてその跡に防空壕を設置するなどしていた。終戦後被告柄崎は料理屋を始めることとし、右五〇番、五〇番二地上に本件道路と平行する通路を設け、その両側に植込みを作り、更に本件道路の突当り附近にあった玄関入口の戸を、前面の道路側へせり出すことなく、そのままの位置(別紙図面I、Jの延長線上)で向って左側に移動し、新たに設けた通路の突当り附近に位置するように改良し、入口附近の上部に小屋根(前からみて切妻となっているもの)を作り、その先に更に前方へ向ってひさしを差出した。右改良工事の結果、小屋根で覆われる一階建物部分は別紙図面H、G点を直線で結ぶ線にまで達することになった。そして、昭和二一年より料理屋を開業し、その後料亭「一葉」に変えたが、被告柄崎や同家を訪れる者らは、新たに設けた通路を通り、本件道路はほとんど使用しなくなった。

(2) 被告柄崎は昭和三八年にも玄関の改良工事を行い、小屋根の柱の取替えとひさしの取替をしたため、そのひさしは、別紙図面表示の玄関ひさしの位置まで本件道路上にせり出した。しかし、玄関出入口の戸や壁の位置は工事前と変わっていない。そしてこの工事の時に別紙図面のCD線上までコンクリートたたき敷が作られ、別紙図面表示の位置に灯篭が配置され、同図面表示のEF線より南西側にブロック石積が設置されたが、原告及び被告金沢市はもとより、他の市民からも何等の苦情も出なかった。

(3) ところが、昭和四五年に至って原告が居住家屋を建替えるに際し、被告金沢市が本件道路を原告の私有地面積に含まれるものと誤認して原告の建築確認申請を許可したため、右建替によって自己所有建物の窓をふさがれた被告柄崎が、原告の建築は建ぺい率に違反している旨被告金沢市に申し入れ、逆に原告においては被告柄崎に対し、市道上の不法占拠物件を除去するよう要求して両者間に紛争が生じ、被告金沢市が調査した結果、本件道路は市道であることが判明した。そのため、被告金沢市は、一方で昭和四五年一二月三日、被告柄崎に対して不法占用物件の撤去勧告をなし、他方で本件道路は実質的に市道としての機能を喪失しているため原告及び被告柄崎に対してこれを分割払下げする方針で事態の収拾を図った。しかし、両者間の話し合いがつかないまま物別れに終り、現在に至っている。

2  ところで公用開始のあった公共用財産であっても、公用開始当初から外観上公共用財産としての形態を具備せず、そのため公共用財産としての使命を全く果していない場合には、その物の上に私法上の取得時効は成立し得ると解すべきであり、また一旦公共用財産としての外観を具備した場合であっても、その後長年の間事実上公の目的に供用されることなく放置され、公共用財産としての形態、機能を全く喪失し、もはやその物を公共用財産として維持すべき理由がなくなった場合には、右公共用財産について、黙示的に公用が廃止されたものとして、同様に取得時効の成立を妨げないものと解するのが相当である(最高裁昭和五一年一二月二四日第二小法廷判決参照)。

本件についてこれをみるに、前記認定の事実によれば、本件道路のうち、別紙図面表示のA、J、I、B、Aの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地は、明治時代より引続いて四九番地上の建物(玄関部分の)敷地となっていたもので、大正九年四月にABの線まで市道認定がなされ公用が開始されているが、その当初から同部分は一度も道路としての形態を具備するに至らなかった土地というべきであり、また長年建物の敷地となっていたため、黙示的に道路としての公用が廃止されたとみることもできるのであって、右建物を所有することによって同部分の土地を占有している被告柄崎は、おそくとも玄関改良工事後である昭和二二年一月一日以降二〇年を経過した昭和四二年一月一日に右土地部分を時効によって取得したものといわねばならない。

3  原告は、被告柄崎が昭和四五年に被告金沢市に対し、本件道路上の建物部分を収去する旨約束しているから本訴において取得時効を援用するのは許されないと主張するが、被告柄崎においてそのころ時効利益を放棄するが如き行為をしたことを認めるに足る証拠はない。原告の右主張は理由がない。

4  以上によると本件の土地が市道であることを理由に地上建物の収去を求める原告の請求は右I、J線より南西の範囲内の土地に関してもその前提を欠き、理由がない。

四  別紙図面表示のJ、H、D、F、E、C、G、I、Jの各点を順次直線で結んだ部分の収去請求について

1  《証拠省略》を総合すれば、次のような事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 原告は、昭和三五年一二月、訴外谷内美智子から、主計町四七番、四八番の宅地及び両地上に跨る建物を買受け、以後右建物に居住するようになった。そのの西隅に約一坪程の中庭があったが、その建物居住建物の西北端と被告柄崎所有の別紙目録記載の建物の東南端とがほとんど接着していたため、本件道路を通って、右中庭へ行くことはできなかった。そして原告は昭和四五年に至って右居住建物の後方(西南部分)半分を建替えたが、右建替の結果、本件道路部分に面していた湯殿、便所は西隅の中庭に面する部分に移された。

(2) 原告は、水道工事や水道の検針、あるいは大雪の時に本件道路を通行の用に供する程度で、普段は利用していない。しかし原告建物のうち別紙図面表示H、F点間には窓が本件道路側に向って設けられ、またF、5点間には裏口がある。更に、原告は、昭和四七年六月、市ガス配管工事に支障となるという理由で被告柄崎を相手に金沢簡易裁判所に建物の一部取毀の調停申立をしたが、現在はガス管の問題は解決している。なお原告居住建物の西北端と被告柄崎所有の別紙目録記載の建物の東南端との間には、右原告の建替の結果、現在三〇ないし七〇センチの隙間ができたが、前記時効取得後の本件道路の終点は別紙図面表示のI、J線であるから、原告がさらに居住建物を建替えない限り、本件道路を通行して中庭へ行くことは不可能である。

原告居住建物のうち、一階ひさし、二階押入、ひさし、出入口ひさし部分は本件道路敷上に張り出しているうえ、道路敷部分に廃材をおいている。

(3) 被告柄崎は、別紙図面表示H、D、C、G、H点を順次直線で結ぶ範囲内の土地上をコンクリートたたき敷きとし、その上方に玄関ひさしを差出しており、右たたき敷きは被告柄崎所有建物の効用を増加する目的で作ったものであり、ひさしは建物の維持保存を目的として設置したものであるが、右たたき敷きやひさしを収去しなくてもその部分の地上を人が通行することは可能である。被告柄崎はまた別紙図面表示9点よりE点までブロック石積みとし、本件道路と同被告所有の二六三番宅地との境界物としているが、E点からF点に向って右石積みをほぼ直角に曲げ、一段積みではあるが本件道路を横切る形となし、それより南西側(D、F、E、C、D、各点を順次直線で結んだ範囲の土地)を空地としており、灯篭の一部がその部分にかかっている。

2  ところで地方公共団体の開設している市道を一般公衆が使用する関係は、公法的にみると、一般使用と解され、したがって市民各自は他の市民がその道路に対して有する利益ないし自由を侵害しない程度において、自由に使用することができるいわゆる自由権を有するものと解される。そしてこの自由権は市民の私的生活に密着するものであり、その意味において私法上も保護に値する利益というべきである(最高裁昭和三九年一月一六日第一小法廷判決参照)から、これら個人の市民生活上の利益に対する侵害ないしは妨害が継続的かつ反覆的に行われる場合は、これが救済手段としては不法行為による損害賠償請求のほか、人格権構成のもとで侵害行為そのものの排除を求める差止請求が許されると解するのが相当である。そしてその場合差止が認められる要件は侵害行為の違法性の程度によるべきところ、その評価は、被告の行為によって生じた被害が、原告において受忍すべき限度を超えたか否かを基準とすべきものと考える。そこで本件につき判断するに、前記認定事実によると、本件道路は、被告柄崎が二六三番地上に通路を開設してからは、同被告において使用をやめており、また原告建物の裏側空地には接続していないためそのための通路としての必要性も認め難いが、右道路に接して原告所有建物が存在し、本件道路に向って出入口(裏口)が設けられ、また窓等の開口部もあって、これら原告の建物の状況や前記認定の如き緊急時の使用状況からみると、原告にとって建物の利用ないしは維持、保存のため本件道路の必要性は今なお存在するといわねばならない。そして右建物の状況からみると、原告の必要性は奥(南西方向)に進むに従って減少すると考えられ、一方被告柄崎にとっては、本件道路の南西部分には建物、屋根、ひさし等が存在して本件道路を使用する必要性が大であるが、D、F、E、C、D各点を順次直線で結ぶ範囲内はただ空地にしてあるに過ぎず、全く必要がない部分とみられる状況にある。このように被告柄崎がE、F点間にブロック石積みをしたことについて特別の必要も理由もないこと、右ブロック石積みは、原告方の裏口と原告建物一階窓の中間に位置しており、右石積みの存在は、原告が本件道路を使用するについて支障となり得ること、その他前記諸般の事情を総合すると、結局右ブロック石積みの設置は原告の受忍限度を超えているものと判断するのが相当である。H、D、C、G、H各点を順次直線で結ぶ範囲内にある建物及びコンクリートたたき敷きの存在は、それ自体本件道路使用に際し差程妨げとなるものではないし、J、H、G、I、J各点を順次直線で結ぶ範囲内には建物の一部が存在するが、この附近は本件道路の終点近くであり原告の必要性も大であるとはいえないから、これらの部分に建物等が存在することは受忍限度を超えるものとは認め難い。

五  被告柄崎は、原告の本訴請求を権利濫用ないし信義則に反するものであると主張するが、前記認定の諸事情に照らしてみても、いまだ原告の右請求が権利濫用にあたるとは解されず信義則に反するものとも認め難い。よって被告柄崎の右主張は理由がない。

第二被告金沢市に対する請求について

別紙図面表示のA、H、D、F、E、C、G、B、Aの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地が本件道路の道路敷の一部分に属すること、原告が金沢市に居住するものであること、原告が本件道路の西北側に接着して住宅及び宅地を所有していること、被告柄崎が当該道路敷を排他的に占有していることは当事者間に争いがなく、別紙図面表示3、A、B、3-1、の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地が本件道路敷の一部であることを認めるに足る証拠はない。そして、被告金沢市が被告柄崎に対して、昭和四五年一二月三日、不法占用物件の撤去勧告を行なったことは前叙認定のとおりである。

ところで市民が市道を利用する関係は、前記の如く一般使用と解され一般公衆と管理者との間で道路使用権が設定されたわけではないから、市道の通行に支障があるからといって一般人が直ちに管理者に対し、妨害の排除その他管理権の発動を訴求することができないことは明らかである。もっとも一般使用であっても、生活妨害を構成するときは、被害者は侵害者に対し一定要件のもとで侵害行為の差止請求をすることができると解すべきことは前記のとおりであるが、前記被告柄崎に対する請求について判断した如く、本件における侵害者は被告柄崎であり、被告金沢市は共同侵害者の立場に立つものではなく、同被告は、被告柄崎に対し道路管理者として不法占用物件の撤去勧告をし、終始管理者として解決に努力していることが明らかであるから、被告金沢市を侵害者とする妨害行為の差止請求は理由がない。

以上の如く原告の被告金沢市に対する請求は失当である。

第三結論

以上のとおり原告の請求は、被告柄崎に対する請求のうち前記判示の部分について理由があるのでその限度で認容し、同被告に対するその余の請求並びに被告金沢市に対する請求は理由がないのでいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上孝一 裁判官 加藤光康 裁判官高柳輝雄は、転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 井上孝一)

<以下省略>

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