金沢地方裁判所 昭和49年(ワ)444号 判決 1976年7月12日
原告 山口照博
<ほか三一六名>
右原告ら訴訟代理人弁護士 渡部信男
右同 中村三次
被告 日本労働組合総評議会全国金属労働組合 石川地方本部日野車体工業支部
右代表者執行委員長 高階登吉
右訴訟代理人弁護士 梨木作次郎
右同 菅野昭夫
右同 加藤喜一
右同 水津正臣
主文
一 被告は原告らに対し、別紙目録中の請求金額欄記載の各金員及びこれらに対する昭和五〇年一月一八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文と同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、日野車体工業株式会社の従業員の一部によって組織される労働組合であり、原告らはいずれも被告の元組合員であった。
2 被告は、組合員の生活保障を目的とする積立金規定を有するが、右規定によれば、組合員は、昭和四七年四月から毎月七五〇円を積立てること、右積立金は被告名義で一括して労働金庫に預け入れ、預金通帳は被告が保管すること、組合員各自の積立状況及び積立元利金額は個人別内訳表によりこれを明らかにし、被告は定期に組合員にこれを提示しなければならないこと、積立金の利息は各個人に配分すること、積立金の払戻しは死亡退職その他の事由により組合員の資格を喪失した場合に行なうことと定められている。
3 原告らは、被告の組合員であった期間中、右規定の定めるところにより、それぞれ別紙目録中の積立金額欄記載のとおり、被告に対して積立をした。
4 原告らは、別紙目録中の脱退年月日欄記載のとおりの時期にそれぞれ被告を脱退し、組合員の資格を喪失した。
5 よって原告らは被告に対し、右積立金規定に基づき別紙目録中の請求金額欄記載の各金員及びこれらに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五〇年一月一八日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1ないし4記載の事実は全部認める。
三 被告の主張
被告は、次の理由によって、原告ら主張の積立金返還義務を負わない。
1 積立金の性格
本件積立金は、元来ストライキ等の労働争議時における使用者からの賃金カットによる経済的圧力をはねのけ、ストライキ権の実質的な確保を目的としたもの、即ちストライキ時における組合の団結権の維持、強化を意図したものである。そして、その徴収、積立、保管の方法において組合費とほぼ同様の取扱いがなされていることをも併せ考えれば、本件積立金は通常の個人預金とは全くその性格を異にし、被告たる組合の財産である。
2 払戻しについての従来の慣行と規定七条の解釈
これまで被告が払戻しを行った例は、組合機関の決議によって賃金カットに対する補償をした場合、組合員が昇進、退職により組合員資格を失った場合に限られている。即ち、前者は積立金の本来の目的である組合の団結強化のために機能した場合であり、後者は公平の観念に照らし、払戻しが正当であると解される場合である。そして、規定七条は、積立金の目的、払戻しについての従来の慣行に鑑み、組合の団結強化または公平の理念に合致する場合にのみその適用があると解すべきであるから、組合の分裂、破壊を招きその組織団結を弱体化させる組合からの脱退は原告らが主張する積立金払戻条項中の「組合員の資格を喪失した時」という要件の中には含まれないというべきである。
3 信義則違反ないし権利濫用
原告らは被告の分裂、破壊を企図していた会社の不当労働行為に加担して被告を脱退したものであり、右脱退は、組合の団結に対する著るしい背反行為である。被告は現在組合員数三〇数名にまで減少し、しかも会社側の不当な攻撃にさらされている。原告らは右のような労使関係の実態を知悉しながら、敢えて被告の財産的基盤を弱化せしめる本件請求を行なおうとするものであって、原告らの本件請求は信義則に違反しまたは権利の濫用に該る。
四 被告の主張に対する原告らの反論
1 本件積立金は組合員の生活保障を目的とする一種の預金ともいうべき個人財産であって、組合の経費を支弁するために拠出され、組合財産となる組合費とは著るしくその性格を異にする。
2 本件積立金は前記のとおり各積立者の個人財産であるから、規定七条について被告主張のような限定的解釈をなすべき根拠はなく、右のような解釈は明らかに右条項の文理に反する。
3 労働組合からの脱退の自由は組合員のもつ本質的な権利であり、団結権の当然の帰結である。原告らの脱退は憲法の保障する団結権の行使であり、何人からも非難される筋合のものではない。本件積立金は各積立者の個人財産であり、原告らは被告からの脱退により組合員の資格を喪失したのであるから被告がその返還義務を負うことは当然である。しかるに被告は原告らの数回にわたる返還請求に対し、「払戻さない訳ではないが、払戻業務は現在停止している。」との不可解な理由をもうけて再三にわたりこれが請求に応じないので、やむなく本訴に及んだ次第であり、原告らの請求が信義則に違反せずかつ、権利の濫用とならないことは明白である。
第三証拠≪省略≫
理由
一 請求原因1ないし4記載の事実は当事者間に争いがない。
二 積立金の性格及び積立金払戻規定の解釈について
1 ≪証拠省略≫中の「金産自工労働組合積立金規定」によれば、原告ら主張の積立金(以下本件積立金という。)は、組合員の生活保障を目的とし、組合費とは別に毎月七五〇円を賃金から差引いて徴収されること、徴収された積立金は組合名義で一括して労働金庫に預け入れられ、右組合名義の預金通帳は組合が保管すること、預け入れた預金は定期預金と普通預金とをもって運用されるが、普通預金は退職等の理由で払戻しするための予備金額として適切な範囲の金額とすること、この積立金の管理は組合執行委員会がおこなうこと、組合員各人の積立状況及び積立元利金額はこれを個人別内訳表により明らかにし、労働金庫において保管するが、組合より定期に労働金庫に閲覧請求をし、これを組合員に提示しなければならないこと、この積立金の払戻しは、(1)組合機関において決議をしたとき、(2)死亡退職その他の事由により組合員の資格を喪失したとき、(3)組合が解散したとき、におこなわれること、積立金の利息は各個人に配分されるものとされていること、以上の事実が認められる。
2 そして≪証拠省略≫によれば、右積立金規定は、昭和四七年七月に開催された第三八回定期大会において提案、採択されたが、議案の趣旨として大会の議長から「この積立金は組合員の生活保障を目的とするものであり、あくまでも個人の積立である」旨の説明がなされ、右趣旨説明に引き続く質疑応答の際にも、個人の積立であるから、組合員の資格を喪失した場合には即時返還される旨確認された事実が認められる。
3 また≪証拠省略≫によれば、積立金の実際上の運用に関しても、死亡、退職、昇進により組合員の資格を喪失した者に対しては払戻しがなされ、組合大会には個人別内訳表が提出され、組合員別の積立元利金額が明確にされていたこと、賃金カットに対する補償として組合機関の決議により払戻しがなされた際も、個人の積立金額の範囲内で払戻され、経理操作上は個人別内訳表より控除される形となること、が認められる。
4 さらにまた≪証拠省略≫によれば、本件積立金の前には退職積立金という名称の積立金制度が存し、本件積立金規定を制定するに当っても、斗争資金として積立てるべきだという意見もあったが、会社との折衝の結果、組合積立金という名称の現制度に落着いた事実が認められる。
5 以上の各事実に鑑みると、本件積立金は、各組合員が組合運営のために拠出し、拠出した後は専ら組合の資金として活用される組合費、組合カンパなどとはその性質を異にし、組合員個人の預金的性格を有するものとみるのが相当である。
もっとも、本件積立金が毎月賃金から差引かれて徴収され、その保管、管理は被告たる組合の手に委ねられていることは前記認定のとおりであり、また≪証拠省略≫によれば全国金属労働組合中央本部は傘下の各組合に対してストライキによる賃金カットを補償する制度として積立金規定をもうけることを指導していた事実が認められるが、積立金が組合員の闘争時の生活保障を目的とするものであり、被告が組合員の経済的地位の向上を図ることを目的とする労働組合であることを考慮すれば、個人の預金的性格を有する資金についてその保管、管理などが被告たる組合の手に委ねられていても必ずしも不合理なものとはいい難く、結局その故をもって本件積立金が個人の預金的性格を失うものとすることはできない。
6 そして本件積立金の性格を右のように理解すると、組合員が被告たる組合の組織上の一員として積立をする目的を失うこととなる場合、即ち組合員たる資格を喪失した場合には、組合はこれを払戻す義務を有するというべきであって、その資格喪失の原因について限定解釈をすべき合理的な理由はこれを見出すことができない。
本件積立金が、争議時にあって生活の不安ゆえに闘争から組合員が脱落することを防止し、ひいては争議時における団結の強化に資することは明らかであるが、右目的は積立金制度をもうけることによって既に達成されているものというべく、組合員の本質的な権利ともいうべき脱退の自由を選択した組合員に対し、積立金を返還しないという方法で脱退を制約し、団結を強化するという考え方は、積立金制度の本来の趣旨に沿わないものである。したがって、組合からの脱退者に積立金を返還すれば組合の団結が弱くなるとの理由で、その返還を拒むことはできないものといわなければならない。
三 信義則違反ないし権利の濫用について
≪証拠省略≫によれば、原告らの被告からの脱退、新組合の結成が、会社による不当労働行為と認定された事実が認められる。しかしながら、本件積立金の性格があくまでも個人の預金的なものである以上、そのことを理由としてその返還請求を拒むことができないことは前述のとおりであり、またその返還請求権を行使することをもって信義則に違反しまたは権利の濫用に該るといえないことも明らかである。要するに、組合員の資格喪失が本件積立金返還の事由に当るのであって、資格喪失が組合脱退によるものか、その他の事由によるものか、そして具体的事由についての法的評価はどうかということは問題とならないというべきである。
四 結語
以上に認定したところによれば、被告は原告らに対し、別紙目録中の請求金額欄記載の各金員及びこれらに対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五〇年一月一八日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
よって原告らの請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井上孝一 裁判官 近江清勝 高柳輝雄)
<以下省略>