金沢地方裁判所 昭和50年(ワ)25号 1978年10月13日
原告
長岡猛
被告
全国金属労働組合石川地方本部オリエンタルチエン工業支部
主文
一 被告は原告らに対し、別紙(略)闘争積立金明細表中の請求金額欄記載の各金員及びこれらに対する昭和五〇年二月一六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文と同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、訴外オリエンタルチエン工業株式会社の従業員の一部をもって組織される労働組合であり、原告らはいずれも被告の元組合員である。
2 昭和三三年九月六日(第一土曜日)に被告の組合大会が開催され、その席上、組合員がストライキによって賃金債権を失った場合にこれを補う目的で、組合員各自が毎月一定額の闘争積立金を被告に預託する、被告はこれ、を一括してその名義で石川県労働金庫に預金する、積立者が退職、死亡その他組合員資格を失った場合にはこれを積立者に返還する旨の決議がなされた。
3 原告らは、被告の組合員であった期間中、右決議に基づき積立金を被告に預託し、その残高は別紙闘争積立金明細表(以下、明細表という)中の請求金額欄記載のとおりである。
4 原告らは、別紙明細表中の脱退日欄記載の年月日にそれぞれ被告を脱退し、組合員の資格を喪失した。
5 よって、原告らは被告に対し、右組合大会決議に基づき、別紙明細表中の請求金額欄記載の各金員及びこれらに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五〇年二月一六日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1、3及び4の各事実は認める。
請求原因2のうち、被告が闘争積立金を一括してその名義で石川県労働金庫に預金したことは認め、その余の事実は否認する。
三 被告の主張
被告は、次の理由により、原告らに対し本件積立金の返還義務を負わない。
1 本件積立金の法的性質
本件積立金は、組合員がストライキによって賃金債権を失った場合、これを積立金で補うことにより使用者からの賃金カットによる経済的圧力をはねのけ、ストライキ権の実質的確保を目的としたもの、即ちストライキ時における組合の団結権の維持、強化を意図したものである。そして、本件積立金の徴収は、組合員の毎月の賃金から会社が控除し、これを一括して被告に納めるという方法をとっているのであって、右は組合費の控除と同一であり、また、その積立及び保管は、被告名義で労働金庫に積立て、預け入れた預金は労働金庫が発行する被告名義の通帳により一括して被告が保管するという方法をとっている。従って、本件積立金の右のような徴収、積立、保管方法に照らすと、本件積立金は通常の個人預金とは全く性格を異にするというほかない。
また、本件積立金の使用については、前記積立金の目的に添って、組合員がストライキ権行使により賃金債権を失ったときに、その賃金に見合う金員ないし賃金の額如何にかかわらず、一定額を組合員に給付することに限られているのであって、払戻しの規定は存在せず、かつ、個々の組合員が任意に払戻しを受けることはできないとされている。過去に、組合員がポストの昇進、退職により組合員資格を失った場合に払戻した例があるが、右は一種の慶弔的、餞別的意味において、積立金の本来の使用目的を逸脱しない範囲において支払われたにすぎない。
従って、第一に、前記の如く、本件積立金制度は被告の団結維持強化の目的で設けられたものであること、第二に、その徴収、積立、保管等の方法において組合費とほぼ同様の取扱いがなされていること、第三に、組合費と同様に払戻しの規定が存在しないこと、第四に、過去に払戻した場合にも預託行為であれば当然に支払われるべき利息を支払っていないこと、第五に、本件積立金は組合費と同様既に闘争資金としてかなりの額を出捐しているのであって、かりに、闘争資金として出捐後に全員が積立金の返還を請求した場合は、返還すべき財産がないという不合理な結果を招来することになること等の諸点に照らすと、本件積立金は被告の財産であり、原告らに返還請求権はない。
2 権利濫用
原告らは、被告の分裂ひいては破壊を企図していた会社に加担して脱退したものであり、右脱退は、組合の団結に対する著しい背反行為である。被告は現在組合員数一九名までに減少し、しかも会社側の不当な攻撃にさらされている。原告らはいずれも右のような被告と会社の労使関係の実態を知悉しながら、あえて被告の財産的基盤を弱化せしめるため本件請求を行なおうとするものであって、原告らの本件請求は権利濫用に該当する。
四 被告の主張に対する認否
1 被告の主張1のうち、本件積立金の徴収、積立、保管が被告主張のような方法によっていること、本件積立金が通常の個人預金とは異なること、本件積立金は、組合員がストライキ権行使により組合員が賃金債権を失ったときに、その賃金に見合う金額ないし賃金の額如何にかかわらず一定金額が組合員に給付されること、個々の組合員が任意に本件積立金の払戻しを受けることはできないこと、過去に、組合員がポストの昇進、退職により組合員資格を失った場合に本件積立金を払戻した例があること、右の場合に利息は支払われていないことは認め、その余は否認する。
2 被告の主張2のうち、被告の組合員数が現在一九名であることは認め、その余は否認する。
第三証拠(略)
理由
一 請求原因1、3及び4の各事実は当事者間に争いがない。
二 本件積立金の法的性質について
1 (人証略)を総合すると、昭和三三年九月頃に被告の組合大会が開催され、その席上、組合員がストライキによって賃金債権を失った場合にこれを補う目的で、組合員各自が毎月一定額の闘争積立金を被告に預託する、右積立金は組合員がその資格を失った場合にはこれを返還する旨の決議がなされたことが認められ、右認定に反する(人証略)は措信しない。
そして、右積立金の徴収については、組合費と同様、各組合員の毎月の賃金から会社が控除し、これを一括して被告に納付するという方法をとっていること、その積立及び保管については、被告名義で労働金庫に積立て、右預金は労働金庫が発行する被告名義の通帳により一括して被告が保管するという方法をとっていることについては当事者間に争いがない。
2 組合員資格の喪失に伴う本件積立金の取扱いをみると、退職、昇進により組合員の資格を喪失した者に対しては積立金の払戻しがなされたことについては当事者間に争いがなく、(人証略)を総合すると、昭和四四年頃、反組合的活動を理由に被告を除名された者二名に対しても、右除名処分後本件積立金の返還がなされたことが認められ、右認定に反する被告代表者の供述は措信しない。
また、(証拠略)を総合すると、被告の会計は、組合費その他を収入とする一般会計と本件積立金及びこれに対する預金利子を収入とする特別会計に分けられており、右特別会計のうち、積立金は組合員個人の分として、また、預金利子は組合分として従来取扱われてきたこと、従って、一般会計に失捐が生じてこれを補正する必要が生じた場合には、右特別会計の収入のうち、組合分たる預金利子を充てることによって補正することはあっても、本件積立金の元金そのものを取り崩して補正することはないこと、また、部分ストが行なわれた場合のスト参加者に対する生活資金の給付については、組合分たる預金利子をもってこれに充てるのが例であること、以上の事実が認められ、右認定に反する(人証略)はいずれも措信しない。
3 右1認定の組合大会の決議内容及び右2認定の事実に照らすと、本件積立金は、専ら組合の資金として使用される組合費とは趣を異にし、組合員個人の預託金的性質を有するものと認めるのが相当である。
もっとも、本件積立金の徴収、積立、保管については、会社が各組合員の賃金からチェック・オフしたものを被告が一括してその名義で労働金庫に預金するという方法をとっていることは前記のとおりであり、また、各組合員個人において右預金の払戻しを請求できないことについては当事者間に争いがないが、右は、簡便な事務処理のためと争議時の組合員の生活を保障するという本件積立金の本来の目的の達成のために、被告が組合員個人の積立金の保管を委ねられているものと認められるから、前記事実は本件積立金が組合員の預託金たる性質をもつとの前記認定を左右するものではない。
また、被告は本件積立金につき払戻しの規定が存在しない旨主張するが、そもそも本件積立金の制度自体、組合大会の決議という形で創設されたもので、その際、組合員資格を喪失した場合には積立金を返還する旨の決議がなされ、その後現実に払戻しがなされた例が存在することは前記認定のとおりであるから、被告の右主張は理由がない。次に、本件積立金が過去に払戻された場合においてこれに対する利息が支払われていないことは当事者間に争いがなく、本件積立金の預金利子が、組合分として一般会計の補正及び部分ストの際のスト参加者への給付等に従来使用されてきたことは前記認定のとおりであるが、預金利子の付帯的、付随的性格に照らすと、預金利子についての右のような取扱いをもって本件積立金の前記認定のような基本的性質まで左右するものとは認められない。最後に、被告は、闘争資金として出捐後に組合員全員が積立金の返還を請求した場合には、返還すべき財産がないという不合理な結果を招来すると主張するが、闘争資金として本件積立金が各組合員に給付されると、その分だけ各組合員の積立金返還請求権は減少ないし消滅するわけであるから、何ら不合理な結果を生ずるものとは認められない。
三 権利の濫用について
(証拠略)を総合すると、原告らは被告から脱退のうえ、昭和四九年八月訴外オリエンタルチエン工業株式会社の従業員のうちの圧倒的多数を組合員とする新労働組合を結成したこと及び原告らの被告からの脱退、新組合の結成が右訴外会社による労働組合法七条三号に該当する不当労働行為である旨地方労働委員会によって認定されたことが認められ、被告の組合員数が現在一九名という少数であることについては当事者間に争いがない。
しかしながら、前記のごとく、本件積立金が組合員個人の預託金的性質を有するものである以上、組合員が組合の一員としての資格を喪失した場合には、被告としては本件積立金を返還する義務があるものというべきであって、組合員資格喪失の原因もしくは喪失に至る経緯または積立金返還請求の動機の如何によって右積立金返還請求権の行使が制限されるべき合理的根拠は見い出し難いから、被告の権利濫用の主張は理由がない。
四 結論
以上の理由により、原告らの被告に対する本件請求は正当であるからこれを認容し(本件訴状送達の日の翌日が昭和五〇年二月一六日であることは本件記録上明らかである。)、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井上孝一 裁判官 近江清勝 裁判官 安藤裕子)