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金沢地方裁判所 昭和53年(わ)56号 判決 1978年5月29日

本籍

金沢市野町三丁目二二四番地

住居

同市野町三丁目二番三一号

佃煮製造販売業

塩原豊吉

明治四三年七月二二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件につき、当裁判所は、検察官大霜兼之出席のうえ、審理を遂げ次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一〇月及び罰金一、二〇〇万円に処する。

ただし、この裁判が確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

右罰金を完納することができないときは、二万五、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は、全部これを被告人に負担させる。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、金沢市野町三丁目二番三一号に事業所を置き、「味の近岡屋」の名称で、ごり・くるみ等の佃煮製造販売業を営んでいるものであるが、

第一  昭和四九年一月一日から同年一二月三一日までの課税総所得金額が五、一〇四万八、〇〇〇円であり、これに対する所得税額が二、六四二万〇、二〇〇円であるのに、売上金の除外及び期末のたな卸資産の一部を公表帳簿から除外するなどの不正手段により、その所得の一部を秘匿したうえ、昭和五〇年三月一五日金沢市彦三町一丁目一五番五号金沢税務署において、同税務署長に対し、課税総所得金額が二、一九六万五、〇〇〇円で、これに対する所得税額は、八七二万三、三三〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により、昭和四九年度の所得税額一、七六九万六、九〇〇円を免れ、

第二  昭和五〇年一月一日から同年一二月三一日までの課税総所得金額が八、〇九一万四、〇〇〇円であり、これに対する所得税額が四、六四四万五、五〇〇円であるのに、前同様の不正手段により、その所得の一部を秘匿したうえ、同五一年三月一五日前記金沢税務署において、同税務署長に対し、みなし法人課税方式を選択して、みなし法人課税所得金額が一、五五九万八、二一四円、個人課税総所得金額が一、九四八万三、〇〇〇円であつて、これに対する総所得税額は、みなし法人所得税額四六〇万四、九一八円と個人所得税額七〇〇万一、五〇〇円との合計額一、一六〇万六、四一八円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により、昭和五〇年度の所得税額三、四八三万九、〇八二円を免れ、

第三  昭和五一年一月一日から同年一二月三一日までの課税総所得金額が七、五八九万六、〇〇〇円であり、これに対する所得税額が四、四二六万六、二七〇円であるのに、前同様の不正手段により、その所得の一部を秘匿したうえ、同五二年三月一五日前記金沢税務署において、同税務署長に対し、みなし法人課税方式を選択して、みなし法人課税所得金額が四、〇四七万二、〇五四円、個人課税総所得金額が三、四三八万一、〇〇〇円であつて、これに対する総所得税額は、みなし法人所得税額一、三〇八万六、九五二円と個人所得税額一、五三一万四、五〇〇円の合計額二、八四〇万一、四五二円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により、昭和五一年度の所得税額一、五八六万四、八一八円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

一  大蔵事務官天野重夫作成の昭和五二年八月一一日付証明書三通(ただし、昭和五〇年三月一五日、昭和五一年三月一五日、昭和五二年三月一五日各申告にかかる被告人名義の各確定申告書写添付)(標目書番号2.3.4)

一  大蔵事務官半浦隆太郎作成の査察事件調査事績報告書(標目書番号52)

一  大蔵事務官半浦隆太郎作成の査察事件調査事績報告書(標目書番号84)

一  大蔵事務官長谷川敬政作成の修正貸借対照表四通(標目書番号201)

一  大蔵事務官長谷川敬政作成の脱税額計算書三通(標目書番号198.199.200)

一  証人長谷川敬政、同半浦隆太郎の当公判廷における各供述

一  被告人の

(1)  当公判廷における供述

(2)  大蔵事務官に対する質問てん末書八通(標目書番号125.126.127.128.129.130.131.132)

(3)  大蔵事務官に対する供述書一通、上申書五通(標目書番号133.135.137.138.139.140)

(4)  検察官に対する供述調書(標目書番号142)

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、所得税法二三八条一項に該当するところ、刑法四五条前段の併合罪であり、また、所得税法二三八条一項後段により、懲役刑と罰金刑とを併科するのを相当とするから、懲役刑につき、刑法四七条本文、一〇条により重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、また、罰金刑につき、同法四八条二項により各罪について定めた罰金を合算し、その所定懲役刑の範囲及び罰金の合算額の範囲内において、被告人に対し、刑の量定をすることとする。ところで、被告人のした今回のほ脱行為は、一口に言つて、売上金の不正除外とたな卸資産の不正除外とであつて、そのほ脱額も、およそ一、五八六万円から三、四八三万円余りの多額に及んでおり、国の税収入について、決して少ないとは言えない損害を与えたものであつて、国民の納税意識ないしは、税負担の公平感にも好ましい影響を及ぼしたものとは、残念ながら言うことはできない。被告人の責任は、それ相当に考えねばならない。しかしながら、証人塩原吉枝及び被告人の当公判廷における各供述その他によつて明らかなごとく、被告人は、子供のころから主人の店に小僧奉公などをし、また戦後は、あらゆる苦難を克服し、独立して主人の店を引き継ぎ、ついには今日の隆盛にまで発展させた、いわば明治気質の実直な苦労人であり、今日の摘発を受けるや、いさぎよく自己の非を認め、その摘発にかかるもの以上に、修正申告分延滞利子税、過少申告加算税、重加算税等三か年分として合計九、九二三万円余の多額の税金を完納して恭順の意を表していることが認められる。そして、他方これまで社会から過当な批判を受けたとして、心身ともに困憊の極に突き落され、特に現在は、医者通いを余儀なくされていると訴える被告人の心情をもあながち無視することはできないと思われる。このように、既に懲罰的意味を帯びた重加算税等を納付しているなど諸般の情状を慎重に考慮し(したがつて本件では、所得税法二三八条二項を適用しないこととする。)、被告人を懲役一〇月及び罰金一、二〇〇万円に処することとし、懲役刑については、刑法二五条一項を適用し、この裁判が確定した日から二年間右刑の執行を猶予し、また、罰金刑については、刑法一八条により、これを完納することができないときは、二万五、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用は、刑訴法一八一条一項本文により、全部被告人にこれを負担させる。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 向井哲次郎)

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