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釧路地方裁判所 平成12年(行ウ)5号 判決 2001年12月18日

原告 甲野花子(仮名) ほか2名

被告 北見税務署長

代理人 木下雅博 中野渡守 渡邉敬治 角井俊文 田野喜代嗣 鈴木光彦 伊藤正之 菅原康男 高田典史 ほか4名

主文

1  被告が平成10年12月21日付けで原告甲野一郎の平成8年12月6日相続開始に係る相続税についてした更正及び過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも審査裁決により一部取り消された後のもの)のうち、課税価格を3億7181万9000円として計算される税額を超える部分を取り消す。

2  被告が平成10年12月21日付けで原告甲野次郎の平成8年12月6日相続開始に係る相続税についてした更正及び過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも審査裁決により一部取り消された後のもの)のうち、課税価格を3億7768万0000円として計算される税額を超える部分を取り消す。

3  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用はこれを6分し、その1を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

事実

【当事者の求めた裁判】

第1原告ら

1  被告が平成10年12月21日付けで原告甲野花子(以下「原告花子」という。)に対してした平成8年分所得税の更正のうち総所得金額866万7530円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

2  被告が平成10年12月21日付けで原告甲野一郎(以下「原告一郎」という。)に対してした平成8年分所得税の更正のうち総所得金額881万5514円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

3  被告が平成10年10月21日付けで原告甲野次郎(以下「原告次郎」という。)に対してした平成8年分所得税の更正のうち総所得金額187万5200円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

4  被告が平成10年12月21日付けで原告一郎の平成8年12月6日相続開始に係る相続税についてした更正のうち課税価格2億9755万8000円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも審査裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

5  被告が平成10年12月21日付けで原告次郎の平成8年12月6日相続開始に係る相続税についてした更正のうち課税価格3億1578万5000円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも審査裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

6  訴訟費用は被告の負担とする。

第2被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

【当事者の主張】

第1請求原因

1  相続の事実

甲野大助(以下「大助」という。)は、平成8年12月6日(金曜日)午後8時30分ころ死亡し、大助の妻である原告花子は2分の1の、大助の長男である原告一郎は4分の1の、大助の二男である原告次郎は4分の1の各割合により、大助が有していた一切の資産及び債務(以下「本件相続財産」という。)を相続によって承継した(以下「本件相続」といい、これに賦課される相続税を「本件相続税」という。)

2  原告らの所得税の申告

原告らは、平成9年3月17日、それぞれの平成8年分の所得税(以下「本件所得税」という。)につき、別表1<略>の「申告額」欄のとおり、確定申告をした。

3  原告らの相続税の申告

原告らは、平成9年10月3日、本件相続税につき、別表2<略>の「申告額」欄のとおり、確定申告をした。

4  更正及び不服申立ての経緯

被告は、平成10年12月21日、原告らに対し、別表1<略>のとおり本件所得税につき更正を行うとともに、別表2<略>のとおり本件相続税につき更正を行い(すべての更正をあわせて、以下「本件更正」という。)、同時に、本件更正に伴い、原告らに対し、別表1<略>及び別表2<略>のとおり過少申告加算税賦課決定(すべての決定をあわせて、以下「本件決定」という。)を行った。

本件更正及び本件決定に対する不服申立ての経緯は別表1<略>及び別表2<略>のとおりである。

5  先物取引に係る未決済取引の存在

(1) 大助は、東京穀物商品取引所(以下「本件取引所」という。)の会員で商品取引員であるサンワード貿易株式会社(以下「訴外会社」という。)との間で商品先物取引委託契約(以下「本件契約」という。)を締結して、トウモロコシの現物先物取引(以下「本件取引」という。)を行っていた。

(2) 大助は、死亡するまでに、訴外会社に対し、別表3<略>の「本件未決済取引の明細」欄のとおり、平成9年5月ないし11月を限月とするトウモロコシ5470枚(54万7000トン)を総額82億9771万0000円の値段で本件取引所において売却するとの取引を注文し、この取引は成約となっていたから、その死亡時において、その売り注文に係る未決済の(いわゆる)建玉(以下「本件建玉」という。)を有していたということになる。

(3) 原告らは、大助死亡後速やかに本件建玉を決済することにし、平成8年12月9日(月曜日)、訴外会社に対し、本件建玉と同限月・同枚数の反対売買(買い)を注文したところ、別表3<略>の「本件決済の明細」欄のとおり、総額76億3752万0000円での買い注文が成約となり、本件建玉の決済益は、訴外会社に対する委託手数料等3936万1152円を差し引いた後の6億2082万8848円(以下「本件差益」という。)となった。

(4) 原告らは、本件差益が大助の平成8年分の雑所得に該当するとの前提で、本件相続税及び本件所得税の確定申告をしたのであるが、被告は、本件建玉自体が本件相続財産に含まれるとともに、本件差益が原告らの平成8年分の雑所得に該当すると解して本件更正を行ったものである。

6  まとめ

原告らは、本件建玉及び本件差益の取扱い以外の点では、後記のとおり被告の認定と原告の申告との食い違いを争うものではないが、本件更正及び本件決定は、本件建玉及び本件差益の取扱いを誤った結果、課税標準を過大に認定した違法なものであるから、それら課税処分(本件相続税に関しては審査裁決により一部取り消された後のもの)の取消しを求める。

第2請求原因に対する認否

請求原因1ないし5の事実は認め、同6は争う。

第3抗弁

1  本件相続税に係る課税価格

(1) 本件建玉以外の相続財産

本件相続に係る課税価格を算出する際、原告らは、別表4<略>の<A>欄<1>ないし<14>に記載の財産を取得したものとされるところ、それら取得財産の価額は同表<B>欄に記載のとおりである。そして、それら取得財産に関する原告ら各自の取得価額は同表<C>、<D>、<E>欄に記載のとおりである。

(2) 本件建玉の相続財産性及びその評価額

ア 商品取引所における現物先物取引の法的性格は、民法上の売買契約と同じであって、売り主には、<1>対価の支払を受ける権利と<2>商品の引渡をする義務が帰属する。訴外会社は、商法551条にいう問屋に該当し、本件建玉に係る売買の効果は委託者である大助に帰属することになるから、大助には、<1>本件建玉に係る対価の支払を受ける権利と、<2>本件建玉に係る商品を引き渡す義務が帰属することになる。

そして、相続税法2条1項によれば、相続税の課税財産は被相続人死亡時において被相続人の財産に属した一切の権利義務によって構成されるところ、上記の<1>対価の支払を受ける権利と<2>商品を引き渡す義務は、大助死亡時において大助に属した権利義務であるから、結局、本件建玉に係る権利義務が課税財産を構成することは明らかである。

イ 本件建玉の評価額は、<1>対価の支払を受ける権利の価額から<2>商品の引渡義務の価額を控除して算出すべきである。

そして、相続税法22条が「この章で特別の定のあるものを除く外、相続、遺贈又は贈与に因り取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により、当該財産の価額から控除すべき債務の金額は、その時の現況による。」と規定していることからすると、<1>対価の支払を受ける権利の価額は、本件建玉に係る約定金額(82億9771万0000円)となり、<2>商品を引き渡す義務の価額は、相続開始時にもっとも近接した時点において取引所で形成された価格で商品(本件建玉と同限月のトウモロコシ5470枚)を調達するのに要する金額となる。

相続開始時にもっとも近接した平成8年12月6日午後3時(後場3節)の終値で、本件建玉と同限月のトウモロコシ5470枚の調達に要する金額は、74億6010万(別表3の「課税時期における終値等」欄のとおり)であるから、本件建玉の評価額は、その差額8億3761万0000円となる。

ウ 原告らは、その法定相続分の割合により本件建玉を相続によって取得したことになるから、それぞれの取得金額は別表4<略>の<15>の<C>、<D>、<E>欄のとおりとなる。

(3) 債務の額

ア 大助は、その死亡当時、別表4<略>の<A>欄<16>ないし<19>の債務を負っていたところ、それら債務の額は同表<B>欄のとおりであり、原告らはそれら債務を同表<C>、<D>、<E>欄のとおり承継した。

イ ところで、本件建玉(その評価額は上記のとおり8億3761万0000円である。)が本件相続による取得財産になるとすれば、本件建玉を課税時期(相続開始時)に決済したとすれば、訴外会社に支払うべき委託手数料、これに対する消費税相当額及び本件建玉に係る取引所税相当額の合計3928万4777円(その計算の明細は別表5<略>のとおり)は、大助がその死亡当時負担していた債務として、本件相続税の課税価格の計算上控除すべきことになる。

原告らは、上記の手数料債務を法定相続分の割合により承継したことになるから、それぞれの承継債務額は別表4<略>の<20>の<C>、<D>、<E>欄のとおりとなる。

(4) 課税価格

前記(1)及び(2)の取得財産の総額から前記(3)の債務の総額を控除した原告ら各自についての課税価格及びその課税価格の総額は別表4<略>のとおりである。

2  納付すべき本件相続税の額

(1) 前記1(4)の課税価格の総額を基礎として本件相続税の総額を算出すれば、別表6<略>のとおり、7億3232万7600円となる。

(2) 本件相続税の総額を原告らそれぞれの課税価格の割合によって割り振り、原告らそれぞれが納付すべき本件相続税の額を算出すれば、下記のとおりとなる。もっとも、原告花子については配偶者に対する税額軽減により納付すべき税額が0円となる。また、原告一郎及び原告次郎が納付すべき税額の算出においては100円未満の端数が切捨てとなる。

課税価格の割合

納付すべき本件相続税の額

原告花子

0.499921254

0円

原告一郎

0.248291404

1億8183万0600円

原告次郎

0.251787342

1億8439万0800円

3  本件相続税に関する過少申告加算税の額

本件相続税の更正によって新たに納付すべきことになった税額(審査裁決で一部取り消された後の更正額と申告額との差額)は、原告一郎につき6392万3400円、原告次郎につき5930万6600円であり、国税通則法65条1項、118条3項に従って算出される過少申告加算税の額は、原告一郎につき639万2000円、原告次郎につき593万0000円となる。

4  原告らの平成8年分の総所得金額

(1) 配当所得及び給与所得の金額

原告らの配当所得及び給与所得の金額は、別表7<略>の「配当所得」欄及び「給与所得」欄のとおりである。

(2) 雑所得の金額(本件差益)

ア 原告らは、請求原因5(3)のとおり、平成8年12月9日、本件建玉を決済したところ、本件差益6億2082万8848円が発生した。

イ 本件差益は、所得税法上の雑所得に該当するところ、これは以下のとおり、原告らに帰属する平成8年分の雑所得を構成する。

所得税法36条はいわゆる権利確定主義を採用しているが、先物取引で差金決済を行った場合の決済益の収入計上時期は、当初の建玉の反対売買を行うことによって差金が具体的に確定した時期であると解するのが相当であり、本件建玉は平成8年12月9日に差金決済が行われたのであるから、本件差益は、同日に確定したものである。平成8年12月9日には大助は既に死亡しており、大助に本件差益に係る雑所得が帰属すると考える余地はなく、上記雑所得は原告らに帰属するというほかない。

ウ 原告らの雑所得の金額は、上記6億2082万8848円に法定相続分の割合を乗じた金額となるから、別表7<略>の「<10>雑所得の金額」欄のとおりとなる。

(3) 総所得金額

上記配当所得、給与所得及び雑所得を合計した原告らの総所得金額は、別表7<略>の「<11>総所得金額」欄のとおりとなる。

5  納付すべき本件所得税の額

(1) 原告らについての所得控除の額は、別表8<略>の「更正処分額」欄のとおりである。なお、原告次郎は、同人の平成8年分の所得金額が1000万0000円を超えているから、配偶者特別控除を受けることができない。

(2) 原告らが納付すべき税額は、別表9<略>の「調査額」欄のとおりの過程で計算される同表<9>の「調査額」欄のとおりである。なお原告花子及び原告一郎は、いずれも、その平成8年分の課税される所得金額が1000万0000円を超えるため、配当控除額は配当所得金額の5パーセントとなる。また、原告一郎及び原告次郎は、いずれも、その平成8年分の所得金額が2000万0000円を超えるため、「住宅取得特別控除」の適用を受けることはできない。

6  本件所得税に関する過少申告加算税の課税の適法性

本件所得税の更正によって新たに納付すべきことになった税額は、原告花子につき1億5168万4875円、原告一郎につき7417万0000円、原告次郎につき7173万20000円であり、国税通則法65条1項、2項、118条3項に従って算出される過少申告加算税の額は、原告花子につき2270万0500円、原告一郎につき1108万4000円、原告次郎につき1073万4500円となる。

7  まとめ

以上のとおり、本件更正は適法な課税標準の認定に基づくものであり、また、本件更正及び本件決定の税額は適法に算出されたものである。

第4抗弁に対する認否及び原告らの反論

(抗弁に対する認否)

1(1) 抗弁1(1)の事実は認める。

(2) 同1(2)は争う。本件建玉はその評価が不能(評価額はない。)であり、被告主張のような相続税の課税対象とはいえない。

(3)ア 同1(3)アの事実は認める。ただし、本件差益は大助の平成8年分の収入であり、本件差益分の所得税額3億1094万0500円も未納所得税額として相続債務に加えられるべきである(原告らの承継債務額は法定相続分の割合による。)。

イ 同1(3)イは争う。本件建玉が課税対象でない以上、その決済のための委託手数料債務などを相続債務と考えることはできない。

(4) 同1(4)は争う。

2 同2は争う。

3 同3は争う。

4(1) 同4(1)の事実は認める。

(2)ア 同4(2)アの事実は認める。

イ 同4(2)イは争う。

ウ 同4(2)ウは争う。

(3) 同4(3)は争う。

5 同5は争う。

6 同6は争う。

7 同7は争う。

(原告の反論)

1 本件差益が大助の平成8年分の所得を構成することについて

(1) 大助は、平成8年11月下旬、本件取引を清算する意思を固め、従前から現物先物取引についてアドバイスを受けていた乙山緑(以下「乙山」という。)にその旨告げた。大助は、同年12月1日卒倒し、同月6日(金曜日)の午後8時30分ころ死亡した。乙山は、同月7日、大助が死亡したことを知り、原告花子に大助が本件取引の清算を企図していたことを告げた。原告花子は、大助の死後最初に市場が開かれる同月9日(月曜日)の朝一番に、大助の意思に従って、訴外会社に本件取引の清算を求め、同日、本件建玉の決済が行われた。

すなわち、本件建玉の決済は、原告らの意思を全く介在させず、大助の意思に機械的に従って行われたものであるから、本件差益は、原告らに帰属するのではなく、大助に帰属する。

(2) 大助と訴外会社との間の本件契約は委任契約であり、委任契約は委任者の死亡によって終了するとされている(民法653条)。また、先物取引はハイリスク・ハイリターンの取引であって、相続人が被相続人の先物取引に係る委託契約上の地位を承継するのが合理的であるともいえないのであり、先物取引に係る委託契約は委託者の死亡によって終了するというべきである。したがって、大助の死亡により、本件契約は終了した。

訴外会社は、委託者が死亡した場合、死亡を確認できた時点で委託契約終了を理由に直ちに清算を行い、清算金を相続人に返還する取扱いをしており、相続人が取引の継続を希望した場合であっても、一旦被相続人の取引を清算し、相続人との間で新規に委託契約を締結して新たな取引を開始することにしている。

以上のことからすると、法律上も実務の取扱上も、本件契約は大助の死亡によって終了し、原告らが本件契約上の地位を承継することはないというべきである。そして、訴外会社が大助の死亡を確認し、本件建玉の決済を行って本件差益が発生したのであるから、本件差益は、本件契約の委託者となり得ない原告らに帰属するのではなく、本件契約上の委託者の地位にあった唯一の人物、つまり大助の所得となるというべきである。

2 本件建玉の評価額について

(1) 仮に本件契約上の地位(つまり本件建玉)が大助の死亡に伴って原告らに承継されるとしても、本件建玉の経済的価値は評価ができない性質のものである。

商品取引所の先物取引は、当初の売り又は買い注文(当初建玉)を行った後、当初建玉との正反対の注文を行って両者を相殺し、差金決済を行うことを目的としたものであり、その差益又は差損は、差金決済をして初めて発生するが、商品取引所の相場は、値動きが激しく、予測不可能で暴騰・暴落も珍しくはなく、出資者が明日利益を得るのか損失を被るのかもわからないといっても過言ではない。そうだとすれば、当初建玉だけが存在する状態は、その後の相場の変動や適時に反対注文を出して差金決済を行い差益を得られるかどうかが未確定であるから、本件建玉が大助の財産といえるか疑問であるし、その価額を評価することもできないのである。

(2) そうでないとしても、被告による本件建玉の価額評価には合理性がない。

被告は、平成8年12月6日午後3時の終値で、本件建玉の商品引渡義務の履行価額を評価しているが、大助が死亡したのは同日午後8時30分ころであり、原告らが大助の死後に同日の終値で反対注文を出して差金決済を行うことは不可能であるから、被告による評価には合理性がないことが明らかである。

第5原告の反論に対する被告の再反論

1  商品引渡義務の評価方法について

本件建玉に係る商品引渡義務の履行価額は、平成8年12月6日後場3節(午後3時)の終値で評価すると74億6010万0000円となり、翌取引日である同月9日の前場(午前)1節の取引価格で評価すると75億3024万0000円となり、同日後場(午後)1節において実際に行われた決済における取引では76億3752万0000円であった。このように、本件商品の相場は、本件相続開始直前から全体として徐々に値上がりし、商品引渡義務の履行価額は徐々に上がっていたのである。そうすると、相続税法14条1項が控除債務については確実と認められるものに限る旨規定している趣旨からしても、本件建玉の商品引渡義務の価額は、平成8年12月6日午後3時の終値で評価すべきである。

2  大助死亡による本件契約の帰趨について

民法653条は任意規定であり、本件契約が大助の死亡により終了するかどうかは、本件契約の解釈の問題である。そして、先物取引が、限月前における差金決済又は限月における現物決済(実際の商品の引渡しとその代金の授受)による利益の収受を目的とするものであることからすると、先物取引の委託契約は決済前に委託者が死亡したとしても当然には終了せず、その委託者たる地位は相続人に承継され、決済が行われた時点で終了するというべきである。そうすると、本件建玉(つまり、本件契約上の委託者たる地位)は、大助の死亡に伴って原告らに承継されたというべきである。

理由

第1課税の経緯等について

請求原因1ないし5(抗弁4(2)ア)の事実は当事者間に争いがない。

第2本件差益の収入計上時期及び帰属について

1  本件更正及び本件決定の適否を判断するためには、まずもって、本件差益が誰に帰属する収入なのかを確定しなければならない。

2  所得税法36条1項は、「その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする。」と定め、収入すべき権利の確定したときをとらえて課税する権利確定主義の原則を採ることを明らかにしている。

これを本件差益についてみると、先物取引においては、決済(差金決済又は現物決済)が行われる以前に収入すべき金額が判明するということはありえないから、収入すべき金額が確定した時期は、本件建玉の決済が行われた平成8年12月9日(月曜日)である。

3  本件差益は、これを収入として計上すべき時期が平成8年12月9日である以上、その時期に既に死亡している、つまり法律上権利義務の帰属主体たりえない大助に帰属することを認めることはできない。そうだとすれば、本件差益は、相続によって大助の法律上の地位(その中には本件契約上の地位も当然に含まれる。)を包括的に承継した原告らに帰属するものと認めるほかないことになる。

4  この点に関し、原告らは、本件契約が委任契約であることを理由に、本件契約は大助の死亡によって当然に終了すると主張し、本件契約上の地位の承継を否定している。

しかしながら、先物取引の取引委託契約は、委託者が注文した売買(建玉)を反対売買等によって決済し、利益を収受することを目的として締結されるのであるから、委託者が建玉を決済しないまま死亡した場合にも、反対の特約がない限り、契約関係が当然終了するのではなく、決済によって建玉が清算され契約の目的が達成されるまで継続するものと解すべきである。

原告らの主張に従う限り、先物取引の委託者が死亡した場合、その遺族は、相場の動向や未決済建玉の含み損益の状況にかかわりなく、単に終了した委託契約を清算するために未決済建玉の速やかな決済を余儀なくされることになり、遺族自身の判断で未決済建玉を適当な時期に決済する自由を有しないことになってしまうが、そのような事態を招く解釈は、先物取引の取引委託契約の目的にそぐわず、この契約の経済的合理性にも矛盾するものといわざるをえない。

5  本件契約においては、大助が死亡した場合には当然に本件契約を終了させる旨の特約の存在を窺うことはできないから、大助の死亡によって本件契約が終了することはないというべきである。

もっとも、<証拠略>によると、訴外会社は、特段の根拠はないとしながら先物取引委託契約は委託者死亡によって当然に終了し、仮に相続人が未決済建玉の手仕舞を拒否した場合でも受託者である訴外会社自身が手仕舞を強行することができるとの見解に立っていることが窺えるが、何ら明示的な根拠もなく相続人の意思に反してまで未決済建玉の決済を強行できるなどという見解は、およそ先物取引の取引委託契約の性質・目的に反するものであって、この取引の受託者がこのような見解に立って事務処理を行うことなど許されるところではなく、上記証拠があるからといって、上記の判断が左右されるものではない。

6  なお、原告らは、本件建玉の決済は大助の生前の意思に従って行われたものであるから本件差益は大助の平成8年分の雑所得になるなどと主張する。原告らのその主張によれば、相続人の固有の判断で決済がされた場合の差益は相続人に帰属することになると思われ、原告らの主張は、結局のところ、差金決済による利益の帰属主体は、未決済建玉の決済に関する主観的意図によって決すべきとの立論とならざるをえない。

しかしながら、被相続人の死亡後に収入すべきことが確定した差金決済の利益が、その決済に至った委託者側の主観的意図いかんによって、被相続人に帰属することとなったり、あるいは相続人に帰属することとなるような事態は、課税要件の恣意的な認定を招き、租税負担の公平を害することが明らかである。

したがって、原告らの上記立論は到底採用することができない。

第3本件所得税に関する課税処分の適法性について

抗弁4(1)の事実は当事者間に争いがなく、上記のとおり、本件差益は原告らに帰属する平成8年分の収入となるから、本件差益に係る雑所得6億2082万8848円は、法定相続分の割合に応じて、原告花子に3億1041万4424円、原告一郎及び原告次郎にそれぞれ1億5520万7212円が帰属することとなるから、原告らの総所得金額は別表7<略>の<11>「総所得金額」欄のとおりとなる。そして、弁論の全趣旨によれば、本件所得税に係る所得控除が別表8<略>のとおりであり、配当控除、特別減税及び源泉徴収税の額が別表9<略>のとおりであることが認められるから、原告らが納付すべき税額は、別表9<略>の<9>「申告納税額」欄の各「調査額」欄に記載のとおりとなる。したがって、本件所得税の更正は適法であり、本件所得税に係る過少申告加算税賦課決定は、その更正によって新たに納付すべきことになった税額に基づいて適法に計算された額の過少申告加算税を賦課する適法なものである。

第4本件相続税に関する課税処分の適法性について

1  抗弁1(1)及び同1(3)アの事実は当事者間に争いがない。

2  本件差益は大助の平成8年分の収入とは認められないことは前記のとおりであるから、原告ら主張の本件差益分の所得税額3億1094万0500円は大助の相続債務となりえないものである。

3  本件建玉の評価額について

(1)  先物取引は、「当事者が将来の一定時期において商品及びその対価の授受を約する売買取引であって、当該売買の目的物となっている商品の転売又は買戻しをしたときは差金の授受によって決済することができる取引」であり(商品取引所法2条6項1号)、その法的性格は、民法上の売買契約と同じであるが、商品取引所において実際に先物取引を実行することができるのは、当該取引所における取引資格を認められ、所定の取引証拠金を取引所に預託した商品取引員のみである(訴外会社はこれに該当する。)。

すなわち、ある先物取引に係る商品受渡債務や代金支払債務の帰属主体、そしてそれら債務の不履行責任の帰属主体も商品取引員のみである(同法84条1項)。

(2)  一般投資家は、商品取引員と取引委託契約を締結し、商品取引員に委託証拠金を預託し、商品取引員と取引を行うのであり、ある売買取引を委託した後に、これと反対の取引を委託して差金決済を行うことができる地位こそが一般投資家の取引委託契約上の地位であるということができる。

(3)  本件建玉は、これと反対の取引を委託して差金決済を行うことができるという本件契約上の地位であり、相続税の課税財産は被相続人死亡時において被相続人に属した一切の権利義務であって相続人が相続によって取得したものであるから、本件建玉は相続税の課税財産となる(本件契約が大助死亡によって当然に終了するのではなく、本件契約の委託者たる地位が相続されることは前記のとおりである。)。

(4)  本件建玉が上記のようなものであるとすれば、本件建玉は、差金決済によって利益が見込まれるときは、その含み益が積極的な取得財産となると解される(売買差益が取得財産で委託手数料債務が承継債務となると分析するまでもないと考えられる。)。

そして、本件建玉の相続開始時における含み益の額は、結局のところ、本件建玉を相続開始後速やかに差金決済すればいくらの決済益が生じるのかという観点からこれを把握するしかないところ、本件においては、本件建玉は、大助死亡直後の取引日(平成8年12月9日)に差金決済がされているからその決済益(本件差益6億2082万8848円)を本件建玉の取得財産としての評価額と認めて差し支えがない(仮に、原告らが、大助死亡直後の取引日に本件建玉の差金決済をせず、しばらく相場の状況をみたうえで大助死亡の1か月後に差金決済をしたような場合であれば、本件建玉の含み益の額は、大助死亡直後の取引日の終値など合理的と考えられる価格を用いて評価することになろうが、死亡直後の取引日に現実に差金決済が行われた本件では、このような点について特段の考慮を行う必要はない。)。

(5)  被告は、本件建玉を商品引渡債務、代金受領権、委託手数料債務に分析したうえで、大助死亡前の平成8年12月6日午後3時の取引所終値で本件建玉の価額評価を行うべき旨主張するが、そのような分析は、先物取引の取引委託契約上の委託者の法的地位と整合するのかどうか疑問であるうえ、被告の評価方法による限り、およそ実現不可能な決済益をもって本件建玉の経済的価値を把握することになって妥当性を欠くといわざるを得ず、被告の上記主張は採用できない。

(6)  なお、原告らは、本件建玉は評価が不可能であって、その評価額は0円とすべき旨を主張していると思われる。

しかしながら、本件建玉の含み益を金銭的に評価することが可能であることは上記のとおりである。もし、原告らの立論を是認するならば、大助が本件建玉を自ら決済してその直後に死亡した場合(この場合、大助の雑所得となる決済益に係る所得税と決済益分の預け金に係る相続税が生じる。)と大助が本件建玉を決済せずに死亡し原告らが直後にこれを決済した場合(この場合、原告らの立論による限り、原告らの雑所得となる決済益に係る所得税のみが生じ、相続税は生じないことになる。)とで全く異なる課税がされ、死亡時期という偶然によって租税負担が大きく左右される結果を招来するのであって、租税負担の公正さを保つためにはそのような立論にくみすることは到底できない。

4  本件相続税に係る課税価格について

上記のとおりであるから、本件相続による原告らの取得財産の価額は、別表4<略>の<1>ないし<14>と法定相続分の割合に応じて取得された本件差益の合計額であり、原告らの承継債務の価額は、別表4<略>の<16>ないし<19>であるから、前者から後者を差し引いた本件相続税にかかる課税価格は、次のとおりとなる。

原告花子

原告一郎

原告次郎

所得財産の価額合計

9億7317万5442円

4億8353万4122円

4億8939万4551円

承継債務の価額合計

2億2393万9083円

1億1171万4187円

1億1171万4186円

課税価格

7億4923万6000円

3億7181万9000円

3億7768万0000円

5  以上のとおりであるから、本件相続税の更正は、原告一郎について課税価格3億7181万9000円を超える部分が、原告次郎について課税価格3億7768万0000円を超える部分がそれぞれ違法であるから取り消されるべきであり、これら違法部分を前提とする本件相続税に係る過少申告加算税もその一部が違法なものとして取り消されるべきである。

第5結論

以上の次第で、原告一郎の請求は主文1項の限度で、原告次郎の請求は主文2項の限度で理由があるからこれを認容することとし、原告らのその余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、64条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 橋詰均 作原れい子 中野琢郎)

別表1ないし9<略>

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