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釧路地方裁判所 平成16年(わ)150号 判決 2004年12月15日

主文

被告人を懲役1年4月に処する。

未決勾留日数中80日をその刑に算入する。

押収してあるカードローン申込書(兼)登録カード(O)1枚(平成16年押第5号の1),金銭消費貸借基本契約兼借入申込書1枚(同号の2),Aカード会員入会申込書兼顧客カード1枚(同号の3),確認書1枚(同号の4)及びAカード契約証書兼告知書1枚(同号の5)の各偽造部分をいずれも没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1平成16年4月23日午後6時10分ころ,北海道釧路郡春山町字夏川○×番地B自衛隊C駐屯地第a号建物b階c号室において,この部屋で生活している甲野太郎が管理する自衛官診療証1通を盗み取った。

第2不正に作出した甲野を被保険者とする自衛官診療証の写しを利用するなどして,甲野になりすまし,消費者金融業者からキャッシングカードをだまし取ろうと考え,同月24日午後2時32分ころ,同町db丁目b番e号fビルg階所在のD株式会社春山町d自動契約機カードコーナーにおいて,行使の目的で,勝手に,同コーナー備付けの「カードローン申込書(兼)登録カード(O)」用紙のお申込人お名前欄に「甲野太郎」,ご住所欄に「釧路郡春山町字夏川○×番地自衛隊E連F中」などとそれぞれ記入するとともに,「金銭消費貸借基本契約兼借入申込書」用紙の申込ご契約者氏名欄に「甲野太郎」,住所欄に「北海道釧路郡春山町字夏川○×番地自衛隊E連F中隊」とそれぞれ記入し,もって,甲野太郎作成名義の「カードローン申込書(兼)登録カード(O)」1通(平成16年押第5号の1)及び「金銭消費貸借基本契約兼借入申込書」1通(同号の2)を偽造した上,引き続き,上記各文書をあたかも真正に作成されたもののように装って,上記自衛官診療証の写しとともに,同コーナーに設置されている自動契約機のスキャナーを介して,このスキャナーと回線で接続された札幌市h区ib条jk丁目b番l号Dビルe階所在の同社情報システム室に送信して端末機画面に表示させ,同社従業員Gに上記偽造文書を順次閲覧させて行使し,Gをして,被告人が甲野太郎本人であり,甲野が同社における現金借入の際に使用するDカードの交付を申し込んでいる旨誤信させ,よって,同日午後3時ころ,同コーナーにおいて,GからDカード1枚の交付を受けてだまし取った。

第3同日午後5時ころ,北海道釧路市m町n番o号先路上に駐車中の自動車内等において,行使の目的で,勝手に,自分のB自衛官身分証明書の両面をそれぞれコピーして,表面のコピーの氏名欄に,はさみ,のり等を使って紙片を貼り付け,その紙片に「甲野太郎」と記入し,裏面のコピーの生年月日欄中の数字部分及び「APR」と記載された部分に,はさみ,のり等を使って紙片を貼り付け,その数字部分に貼り付けた紙片に「57」「11」「29」とそれぞれ記入した上,その表面及び裏面のコピーを再度コピーし,これらをのりで貼り合わせ,もって,防衛庁B幕僚長の公印が印刷されたB自衛官身分証明書の写し1通を偽造した上,同月25日午前9時4分ころ,上記文書をあたかも真正に作成されたもののように装って,上記D株式会社春山町d自動契約機カードコーナーに設置されている自動契約機のスキャナーを介して,このスキャナーと回線で接続された上記情報システム室に送信して端末機画面に表示させ,同社従業員に閲覧させて行使した。

第4同日午前9時14分ころ,上記D株式会社春山町d自動契約機カードコーナーにおいて,同コーナーに設置されている現金自動預払機に,第2のとおりだまし取ったDカードを挿入して同機を作動させ,同機から同社H支店支店長Iが管理する現金20万円を引き出して盗み取った。

第5第2と同様に,消費者金融業者からキャッシングカードをだまし取ろうと考え,同年5月2日午後3時ころ,同市pq丁目k番rビルk階所在の株式会社AJ支店契約申込書記入コーナーにおいて,行使の目的で,勝手に,同コーナー備付けの「Aカード会員入会申込書兼顧客カード」用紙の氏名欄に「甲野太郎」,住所欄に「北海」「釧路」「春山町字夏川○×番地自衛隊E連F中」などとそれぞれ記入し,「確認書」用紙の氏名欄に「甲野太郎」と記入するとともに,「Aカード契約証書兼告知書」用紙の氏名欄に「甲野太郎」,住所欄に「北海道釧路郡春山町字夏川○×番地自衛隊E連F中」とそれぞれ記入し,もって,甲野太郎作成名義の「Aカード会員入会申込書兼顧客カード」1通(同号の3),「確認書」1通(同号の4)及び「Aカード契約証書兼告知書」1通(同号の5)を偽造した上,同日午後3時19分ころ,上記各文書をあたかも真正に作成されたもののように装って,不正に作出した甲野を被保険者とする自衛官診療証の写しとともに,同コーナーに設置されている自動契約機のスキャナーを介して,このスキャナーと回線で接続された札幌市h区se条jg丁目btビルe階所在の同社K支店無人契約機母店に送信して端末機画面に表示させ,同社従業員Lに上記偽造文書を順次閲覧させて行使し,Lをして,被告人が甲野太郎本人であり,甲野が同社における現金借入の際に使用するMカードの交付を申し込んでいる旨誤信させ,よって,そのころ,同コーナーにおいて,LからMカード1枚の交付を受けてだまし取った。

第6同日午後3時33分ころ,上記AJ支店内Nキャッシュコーナーにおいて,同コーナーに設置されている現金自動預払機に,第5のとおりだまし取ったMカードを挿入して同機を作動させ,同機から同社J支店支店長Oが管理する現金10万円を引き出して盗み取った。

第7同月4日午後1時35分ころ,北海道釧路市uk丁目v番b号所在のP店内にあるQ銀行・R銀行自動サービスコーナーにおいて,同コーナーに設置されている現金自動預払機に,上記Mカードを挿入して同機を作動させ,同機から株式会社Q銀行J支店支店長Sが管理する現金10万円を引き出して盗み取った。

第8同月5日午前9時32分ころ,同市pw丁目k番xビルb階所在のQ銀行J支店内ATMコーナーにおいて,同コーナーに設置されている現金自動預払機に,上記Mカードを挿入して同機を作動させ,同機から上記Sが管理する現金10万円を引き出して盗み取った。

第9同月21日午前9時26分ころ,上記AJ支店内Nキャッシュコーナーにおいて,事情を知らないTをして,同コーナーに設置されている現金自動預払機に,上記Mカードを挿入させて同機を作動させ,同機から上記Oが管理する現金6000円を引き出させて盗み取った。

第10同日午後7時26分ころ,北海道釧路郡春山町yk丁目b所在の株式会社AU店Nキャッシュコーナーにおいて,上記Tをして,同コーナーに設置されている現金自動預払機に,上記Mカードを挿入させて同機を作動させ,同機から上記Oが管理する現金3000円を引き出させて盗み取った。

第11同年6月29日午後1時31分ころ,上記D株式会社春山町d自動契約機カードコーナーにおいて,同コーナーに設置されている現金自動預払機に,上記Dカードを挿入して同機を作動させ,同機から上記Iが管理する現金10万円を引き出して盗み取った。

(証拠の標目)<略>

(判示第2及び第5につき有印公文書偽造罪及び同行使罪を認定しなかった理由)

第1公訴事実

1  判示第2の事実に相応する平成16年9月28日付け起訴状記載の公訴事実第1のうち,有印公文書偽造罪に係る公訴事実(以下,「判示第2の有印公文書偽造罪の公訴事実」という。)は,「被告人は,平成16年4月23日午後9時ころ,北海道釧路市m町n番o号先路上に駐車中の自動車内等において,行使の目的で,ほしいままに,窃取に係る甲野太郎を対象者とした自衛官診療証をコピーし,上記コピーの生年月日欄中『59』の上に修正テープを貼り付け,その部分に『57』と黒色スタンプで記入し,もって,C駐屯地業務隊長の公印が押印された同隊長名義の自衛官診療証の写し1通を偽造した」というものであり,同行使罪に係る公訴事実は,この偽造に係る自衛官診療証の写し1通を呈示して行使したというものである。

2  判示第5の事実に相応する同起訴状記載の公訴事実第4のうち,有印公文書偽造罪に係る公訴事実(以下,「判示第5の有印公文書偽造罪の公訴事実」という。)は,「被告人は,平成16年4月28日午後11時ころ,北海道釧路市z町bk丁目k番bk号所在のV店駐車場に駐車中の自動車内等において,行使の目的で,ほしいままに,自己の自衛官診療証をコピーし,上記コピーの番号欄中の番号,氏名欄中の氏名部分及び生年月日欄中の数字部分を修正液で抹消してこれをさらにコピーし,そのコピーの番号欄に『WX-YZ』,氏名欄に『甲野太郎』,生年月日欄中の『年』の記載の左側に『57』,『月』の記載の左側に『11』及び『日』の記載の左側に『29』と各記入し,もって,C駐屯地業務隊長の公印が押印された同隊長名義の自衛官診療証の写し1通を偽造した」というものであり,同行使罪に係る公訴事実は,この偽造に係る自衛官診療証の写し1通を呈示して行使したというものである。

3  しかしながら,文書偽造罪における「偽造」といえるためには,当該文書が,一般人にとって,作成権限のある者が作成した真正な文書であると誤信させるに足りる程度の外観を備えていることが必要であるところ,前記の各有印公文書偽造罪に係る公訴事実記載の各文書については,いずれも一般人からみて真正に作成されたものであると誤信させるに足りる程度の外観を備えていると認めることはできない。そこで,当裁判所は,判示第2及び第5につき,各有印公文書偽造罪は成立せず,したがってこれらの各行使罪も成立しないと判断したので,以下,その理由を補足して説明する。

第2判示第2につき有印公文書偽造罪及び同行使罪を認定しなかった理由

判示第2の有印公文書偽造罪の公訴事実において,被告人が作成した自衛官診療証の写し自体は既に捨てられてしまっており,現存しない。

被告人の供述によれば,この自衛官診療証の写しは,甲野太郎を被保険者とする真正な自衛官診療証を白黒コピー機でコピーし,そのコピーの生年月日欄の年の「59」の上に修正テープを貼り,その上に黒色スタンプを使って「57」と記入する方法により作成されたというものである。この供述は,D株式会社において,被告人が自動契約機のスキャナーに読みとらせて端末機画面に表示させた当該自衛官診療証の写しの画像を印刷したもの(<証拠略>に添付されたもの。別紙1<略>はその写しである。)と見比べて十分信用することができる。

そうすると,この自衛官診療証の写しは,生年月日欄の一部に修正テープが貼られた上,黒色スタンプで「57」という数字が記入されたものとみるほかはない。また,この「57」という数字と,もともと正規に印刷されていた「11」あるいは「29」という数字は,同じ欄に横書きされているにもかかわらず,明らかに字体及び文字サイズを異にしている。さらに,子細に見れば,「57」の数字の背景が生年月日欄の他の背景と異なっていることも十分見て取ることができる。以上の事実からすれば,この自衛官診療証の写しは,一般人にとって,作成権限のあるC駐屯地業務隊長が作成した自衛官診療証の写しであると誤信させるには足りないか,少なくともその疑いが残るというべきである。

したがって,判示第2の有印公文書偽造罪の公訴事実記載の被告人の行為をもって有印公文書偽造罪に当たると認めることはできず,また,この行為によって作成された文書を行使したという被告人の行為をとらえて偽造有印公文書行使罪に当たると認めることもできない。

第3判示第5につき有印公文書偽造罪及び同行使罪を認定しなかった理由

判示第5の有印公文書偽造罪の公訴事実においても,被告人が作成した自衛官診療証の写し自体は捨てられてしまっており,現存しない。

被告人の供述によれば,この自衛官診療証の写しは,被告人を被保険者とする真正な自衛官診療証をカラーコピー機でコピーし,そのコピーの生年月日欄等を修正ペンで塗りつぶした上,再度コピーし,このコピーの氏名欄,生年月日欄等に,ボールペンを使って,「甲野太郎」「57」「11」「29」などと記入する方法により作成されたというものである。この供述は,株式会社Aにおいて,被告人が自動契約機のスキャナーに読みとらせて端末機画面に表示させた当該自衛官診療証の写しの画像を印刷したもの(<証拠略>に添付されたもの。別紙2<略>はその白黒の写しである。)と見比べて十分信用することができる。

そうすると,この自衛官診療証の写しは,自衛官診療証のコピー自体にボールペンで数字等がさらに書き加えられたもの,すなわち,写真コピーのトナーとボールペンのインクの2種類のインクで作成されたものとみるほかはなく,一般人にとって,作成権限者であるC駐屯地業務隊長が作成した自衛官診療証の写しであると誤信させるには足りないか,少なくともその疑いが残るというべきである。

この点,検察官は,本件自衛官診療証の写しを自動契約機のスキャナーと回線で接続された端末機画面を通じて見れば,上記の程度のものであっても,一般人にとって,作成権限のあるC駐屯地業務隊長が作成した自衛官診療証の写しであると誤信させるに足りる程度の外観を備えている旨主張するが,そのような見解は,処罰範囲をあいまいにするものであって,当裁判所の採用するところではない。

したがって,判示第5の有印公文書偽造罪の公訴事実記載の被告人の行為をもって有印公文書偽造罪に当たると認めることはできず,また,この行為によって作成された文書を行使したという被告人の行為をとらえて偽造有印公文書行使罪に当たると認めることもできない。

第4結論

以上の次第であるから,前記第1記載の各公訴事実については,いずれもその犯罪の証明がないといわざるを得ないが,これらはそれぞれ判示第2及び第5の各詐欺罪と牽連犯の関係にあるとして起訴されたものであるから,主文において特に無罪の言渡しをしない。

(法令の適用)

罰条

第1,第4,第6ないし第11の各行為 いずれも刑法235条

第2及び第5の各行為中

各有印私文書偽造の点 いずれも刑法159条1項

各偽造有印私文書行使の点 いずれも刑法161条1項,159条1項

各詐欺の点 いずれも刑法246条1項

第3の行為中

有印公文書偽造の点 刑法155条1項

偽造有印公文書行使の点 刑法158条1項,155条1項

科刑上一罪の処理

第2及び第5 いずれも刑法54条1項前段,後段,10条

(偽造有印私文書の一括行使は1個の行為が2個の罪名に触れる場合であり,有印私文書の各偽造と各行使と詐欺との間にはそれぞれ順次手段結果の関係があるので,結局以上を一罪として最も重い詐欺罪の刑(ただし,短期は偽造有印私文書行使罪の刑のそれによる。)で処断する。)

第3刑法54条1項後段,10条(犯情の重い偽造有印公文書行使罪の刑で処断する。)

併合罪の処理 刑法45条前段,47条本文,10条(最も重い第3の罪の刑に法定の加重)

未決勾留日数の算入 刑法21条

没収 いずれも刑法19条1項1号,2項本文

訴訟費用の不負担 刑訴法181条1項ただし書

(量刑の理由)

本件は,パチンコなどの遊興費にあてるために多額の借入れを行い,自分の名義ではサラ金業者から借入れを行うことができなくなっていた被告人が,さらに遊興費を得るなどのため,他人になりすましてサラ金業者から借入れを行おうと考え,自衛隊の同僚の自衛官診療証を盗んだ上,借入書類等を偽造・行使してその同僚の名義でサラ金業者からキャッシングカード2枚をだまし取り,それらのカードを用いて8回にわたり,合計60万9000円を引き出して盗んだという事案である。

被告人は,あらかじめ自衛官診療証を盗み,また入会申込書の家族欄に記載するために同僚の父親の名前を調べるなどの準備を整えた上で,本件一連の犯行に及んでおり,犯行態様は計画的である上,いわゆる自動契約システムによる金融業務を悪用したという点でも悪質である。被害額も比較的多額に及んでいるが,現時点では何らの被害弁償もなされておらず,その見通しも全くない。本件の背景には,わずか数年前に,実父の協力により,パチンコなどの遊興費にあてるために行った多額の借入れを清算する機会を得たにもかかわらず,懲りることなくパチンコなどの遊興を続けた結果,正規の手段では新たな借入れが不可能となったという被告人の生活態度があり,犯行に至る経緯や動機に酌むべき事情は見当たらない。また,自業自得とはいえ,本件各犯行の結果,被告人は職を失い,家族とも断絶状態に陥っており,経済的に不安定な被告人が再び同種犯行に及ぶことも懸念される。

以上に照らすと,被告人の刑事責任を軽く見ることはできず,本件は刑の執行猶予をもって臨む事案であるとは認められない。

他方,被告人は,自らの行為については捜査段階から一貫して認め,被告人なりに反省の態度を示していること,前科前歴がないことなど,被告人のために酌むことのできる事情も認められる。

そこで,これらの事情を総合考慮し,かつ,判示第2及び第5につき,現行法の解釈としては有印公文書偽造罪,同行使罪が成立しないと解釈するほかないことにも配慮して,主文のとおり刑の量定を行った。

(検察官蓑星誠,国選弁護人那知哲各出席)

(求刑-懲役3年,没収)

(裁判長裁判官 河原俊也 裁判官 三井大有 裁判官 古庄研)

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