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釧路地方裁判所 平成16年(わ)49号 判決 2004年11月30日

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中160日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,平成14年ころからAと知り合い,その後,Aの内妻であるBとも親しくなり,AとBが住んでいるB方によく遊びに行くようになった。被告人らは,いずれも定職についておらず,日頃から生活費に困っており,被告人が,平成15年11月ころ,「誰か金になるオヤジでもいないかね。」などとBに言ったところ,Bから,Bが以前に知っていたCと売春すれば金になるという意味のことを言われたので,北海道釧路市a町b番c号所在のC方を訪れ,同年12月14日ころ,売春の対価等として3万5000円を前払いすることを約束させた上,Cに自分の陰部を触らせたりした。被告人は,翌15日,前の日に約束した3万5000円を払わせようと思ってC方に何回も電話したり訪れたりしたが,Cと連絡がつかず,午後11時ころにC方を訪れた際,ようやくCに会うことができた。この時,Cが売春の対価として5000円なら払うと言ったことから,被告人は約束が違うなどと腹を立てて,C方を物色したが,金銭を見つけることができなかったことから,その場で見つけた銀行の通帳や印鑑等が入っているセカンドバッグを持って帰ろうと考えた。

第1被告人は,同月16日午前0時30分ころ,C方において,Cが所有するセカンドバッグ1個ほか11点(時価合計約230円相当)を盗み取った。

第2被告人は,同日,別件覚せい剤取締法違反の容疑で逮捕され,平成16年2月16日に釈放された。被告人は,出所する際,妹から生活費としてもらったものも含めて8万2000円くらいの所持金を持っていたにもかかわらず,後先も考えずに,3日くらいでそのほとんどを使い切ってしまった。しかし,被告人は,Bに金を渡してやりたいとか,母親を老人ホームに入れるための金が必要であるなどと思い,Cから,前に約束した3万5000円を取り立てることを思いついた。そこで,被告人は,同月18日午後10時6分過ぎころ,知り合いのDの車でC方近くまで送ってもらい,Dには車内で待ってもらうことにして,一人でC方に入った。ところが,Cは,被告人の顔を見るなり,「何しにきやがった」などという口振りだったり,被告人を押し倒したりするなど,取り付く島もなかったことから,被告人は,Cを痛めつけて金員を奪い取ろうと考えた。

被告人は,同日午後10時10分ころから同日午後11時55分ころまでの間,C方1階寝室において,C(当時74歳)に対し,その両腕を掴んで引き倒して馬乗りになり,その頭部及び顔面を拳で数回殴り,さらにその頭部を重量約1.48キログラムの金属製パイプ(平成16年押第2号の1)で数回殴った。その後,被告人は,Cが金銭は茶の間にあるなどと言ったことから,Cを1階居間に連れて行ったところ,その場で,Cがとぼけたふりをしているとして更に怒り,その頭部を金属製パイプ及び金属製の蓋(同号の2)で数回殴り,その場に倒れたCの頭部を靴の踵で数回踏み付け,その口を2本のタオルを用いて猿ぐつわをして,その上から電気コードのような物で縛り,さらに,その両腕・両足をベルトのような物で縛るなどの暴行を加えて,その反抗を抑圧し,Cが所有する現金約3万5000円及び総合口座通帳1通ほか14点(時価合計約780円相当)を強奪した上,部屋に残してしまった被告人の指紋など,この犯行の証拠を消す目的でこの家を放火してCを殺害することを決意し,翌19日午前0時15分ころ,1階居間において,Cにかけた布団にライターで火を点けたたばこ1本を立て掛け,その上に,ライターで火を点けた紙を乗せて火を放ち,さらに,1階寝室において,布団に同様の方法で火を放ち,それらの火を各室の板壁及び天井等に燃え移らせ,よって,そのころ,1階居間において,Cを焼死させて殺害するとともに,Cが現に住居に使用し,かつ,現在している木造モルタル2階建家屋1棟(総床面積約124平方メートル)を全焼させて焼損した。

(証拠の標目)<略>

(事実認定の補足説明)

第1争点

被告人は,判示第2の事実について,捜査段階では認めていたものの,当公判廷において,暴行を加えたことで被害者がぐったりした状態になり,意識もないようだったので,被害者がすでに死んでいると思ったが,再び逮捕されたくないと考えたので,犯行現場の指紋などを消す目的で被害者方に放火した旨供述している。また,弁護人も,被告人は,強盗の際には殺意がなく,かつ,放火の際には被害者は死んでいると思っていたのであるから,判示第2の事実については,強盗致死罪と非現住建造物等放火罪が成立するにすぎない旨主張している。当裁判所は強盗殺人罪及び現住建造物等放火罪が成立すると認定したので,以下その理由を補足する。

第2証拠上動かし難い事実

関係各証拠によれば,以下の事実が明らかに認められる。

1  平成16年2月18日午後10時6分過ぎころ,被告人は,Dと一緒に被害者方付近に到着し,そのころ,Dを残して一人だけで被害者方に入った。

2  同日午後10時43分ころ,被告人は,B方に電話をかけて,B及びAと約5分25秒間にわたり通話した。

3  同日午後11時26分ころ,AとBは,タクシーに乗って,被害者方付近に到着し,Aは,被害者方に入った。

4  Aが被害者方から出てくると,続いて,Dが,被害者方に入った。

5  同日午後11時55分ころ,Dは,被告人の携帯電話に電話をかけ,D及びAが被告人と約15分4秒間にわたり通話した。

6  同月19日午前0時15分ころ,被告人は,放火行為に及んだ。

7  同日午前0時28分ころ,Dは,被告人の携帯電話に電話をかけ,D及びAが被告人と約2分8秒間にわたり通話した。

第3D供述より認定できる事実を加えた推認

1  Dは,平成16年2月18日午後11時26分過ぎに,被害者方に入った際,被害者が座椅子の背もたれにもたれかかり,頭を少し後ろに傾けるようにして,顔を天井の方に向けた状態で,口をパクパクと開けながら,何か訳の分からない言葉のようなことを言っていたと供述するが,この供述は被告人の捜査,公判段階の一貫した供述内容とも矛盾していない。Dには被告人に殊更不利益な供述をすべき動機は見当たらないし,忘れようにも忘れられないような衝撃的な体験について発生から10日ばかりしか経っていない時期から一貫してこのように供述しており,具体的で迫真性に富むその内容に照らしても十分信用することができる。

2  この供述によれば,犯行当日の午後11時26分過ぎの時点では被害者が生存していることが外形的に明らかであり,かつ,被害者には猿ぐつわはされていなかったと認められる。

3  ところで,被告人は,捜査段階から当公判廷に至るまで一貫して,AやDが被害者方から帰った後に,被害者に対して,バスタオル,白いタオル2本を1本に結んだもの及び電気コードを用いて猿ぐつわをした旨供述しており,この供述を裏付ける客観的証拠も存するが<証拠略>,犯行当日の午後11時26分過ぎに,Dが被害者方に入った際には,未だ被害者には猿ぐつわはされていなかったのであるから,被告人が被害者に対して猿ぐつわをしたのは,同日午後11時26分より後のことであることは明らかである。

4  被告人が放火行為に及んだのは,前記のとおり,翌19日の午前0時15分ころのことであるから(関係証拠によれば,同日午前0時30分ころ,被害者方周辺住民が被害者方から火の手が上がっているのを発見し,110番通報していることが認められるが,燃焼実験によれば,着火してから約16分間で壁,天井が独立燃焼するに至る事実が認められるから,同日午前0時15分ころに放火したという事実が認められる。),被害者の生存が外形的に明らかであった時点(前日の午後11時26分過ぎ)からどんなに長くみても高々50分程度しか経っていない。

5  そうすると,被告人は,放火行為に及んだ時点においても,なお被害者の生存を認識していたものと強く推認することができる。

6  これに対して弁護人は,被告人に殺意がない旨主張し,その理由として,(1)被告人の捜査段階の供述調書によれば,被害者がお金を払ってくれないので,金属製パイプや鍋の蓋で殴ったが,このときに死んでも構わないと思っていた旨記載されている。しかし,わずか3万5000円の金のために被害者に殺意を抱いたとするのは極めて不自然である,(2)被告人が被害者に加えた暴行は,鉄パイプ,ずんどうの蓋,あるいはブーツのかかとで被害者を殴ったり蹴ったりしたというものにすぎず,これらの行為から殺意を認定するのは無理がある,(3)被告人の捜査段階の供述調書によれば,犯行が発覚するのを阻止するため殺意をもって放火した旨記載されているが,その動機は不合理極まりない,(4)被告人は,捜査段階において,全く取調べを受けることができない精神的,肉体的状況であったことが明らかであり,被告人の殺意を認める旨の供述調書には信用性がない,(5)被告人は,逮捕の翌日,当番弁護士に対し,被害者を鉄パイプで殴ったところ死亡したと思った旨,公判供述に沿う供述をしている,(6)被告人は,被害者の足を触った際,以前触ったことのある死体の足のように冷たかった旨供述しており,放火行為に及んだ時点では,被害者は既に死亡していたと誤信したと考えられる等の点を挙げる。

しかしながら,(1)及び(2)の点については,(罪となるべき事実)の項で判示したとおり,当裁判所は,被告人は,現金等を強奪した後,部屋に残してしまった被告人の指紋を分からないようにしようなどと考えて,本件犯行を隠す目的で被害者方を放火して被害者を殺害しようと決意したと認定するものであり,それ以前の暴行の時点で殺意を認定するものではないから,弁護人の主張は前提を欠くものといわざるを得ない。

(3)の点については,被告人は,覚せい剤取締法違反の罪で執行猶予判決を受け,この判決が確定すらしていない時点で重大な犯罪行為を犯したのであるから,せっかく拘置所から出てきたばかりなのに,またすぐに身柄拘束されたくない,そのためには自分の犯行だという証拠を消したいという動機は極めて自然かつ合理的なものであり,本件各証拠からうかがわれる被告人の興奮しやすい性格をも併せ考えるならば,被告人の気持ちが,部屋に残された自分の指紋などの証拠を消すということだけに集中してしまい,後先のことをよく考えずに,そのためには家ごと放火して殺害してしまえばよいと考えたとしても,決して不合理とはいえない。

なお,弁護人は,もし,被害者を殺害するために放火したのであれば,確実に全焼,殺害する手段を選んだはずであるとも主張するが,手足を縛られ,猿ぐつわをされて,逃げ出すことも助けを呼ぶこともできない状態にある被害者に掛けられている布団に,火を点けたたばこを直接立て掛け,火を点けた紙まで乗せるという本件の手段自体が,被害者を確実に殺害しうる手段と十分評価できるというべきである。

(4)の点については,当裁判所は,被告人の殺意を認める旨の供述調書に依拠して殺意を認めたわけではないから,弁護人の主張は前提を欠くというべきである。

(5)の点については,仮に被告人がその旨供述していたとしても,そのことだけでは,前記推認を揺るがすようなものとは認められない。

(6)の点については,足のみを触って生死を確認するという方法自体が不自然であるし,死体の体温低下に関する法医学の専門家の知見に照らすと,弁護人の主張の前提となる被告人の弁解内容そのものが不合理というべきである。その上,公判段階における弁解の唐突な出方なども併せ考えるならば,被告人が誤信していたと認めることもできない。

また,本件全証拠を精査検討しても,他に前記推認を揺るがす証拠は認められない。

第4結論

したがって,殺意を認める被告人の捜査段階の供述調書の信用性をあえて検討するまでもなく,被告人が放火行為当時強盗殺人罪及び現住建造物等放火罪の故意を有していたこと,即ち,被告人が被害者の生存を認識しながらあえて火を放ち殺害したことを十分認めることができる。弁護人の主張は採用できない。

(確定裁判)

1  事実

平成16年2月16日釧路地方裁判所宣告

覚せい剤取締法違反の罪により懲役1年6月,3年間執行猶予

同年3月2日確定

2  証拠

前科調書(乙31)

(法令の適用)

被告人の判示第1の行為は刑法235条に,判示第2の行為のうち,強盗殺人の点は同法240条後段に,現住建造物等放火の点は同法108条にそれぞれ該当するが,判示第2の強盗殺人及び現住建造物等放火は1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,同法54条1項前段,10条により1罪として犯情の重い強盗殺人罪の刑で処断し,判示第2の罪について所定刑中無期懲役刑を選択し,以上の各罪と前記確定裁判があった覚せい剤取締法違反の罪とは刑法45条後段により併合罪の関係にあるから,同法50条によりまだ確定裁判を経ていない判示各罪について更に処断し,なお,判示各罪もまた同法45条前段により併合罪であるから,同法46条2項本文により判示第2の罪の刑で処断し他の刑を科さないこととして,被告人を無期懲役に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中160日をその刑に算入し,訴訟費用については,刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件各犯行についての背景及び経過の概要は,以下のとおりである。

被告人は,平成13年ころから定職に就かず,生活保護費などで暮らしていたが,しばしば覚せい剤を使用するなどしていたため,金に困っていた。そこで,被害者に体を売ることで金を稼ごうと考えて,被害者から売春の対価の前払い金などとして3万5000円の支払を受ける約束を取り付け,自らの陰部を触らせるなどまでしたが,被害者が5000円しか支払わないなどと言ったことから,約束が違うなどと腹を立てて,被害者に暴行を加えたり,電話線を焼き切ったりした上,その場で金を見つけることができなかったことから,銀行の通帳などが入ったセカンドバッグを持ち帰った(第1の犯行)。

そして,被告人は,別件覚せい剤取締法違反の罪で執行猶予付き判決を受けて釈放された際,8万円以上の金を持っていたのに,数日のうちにそのほとんどを浪費してしまった。そのころ,被告人は,世話になっている知人や母親のために金が必要になり,金策を考えていたところ,以前被害者との間でした3万5000円という約束を思い出し,これを理由に被害者から金銭を得ようと考え,深夜,何の連絡もなしに被害者方を訪ねた。そして,当然のことながら,被害者は,被告人のこの要求に対して取り付く島もない態度をとったところ,被告人はこれを逆恨みし,人体の枢要部である頭部を約1.4キログラムもの重量のある金属製パイプで複数回殴るなどという強烈な暴行を被害者に加えて強盗に及んだ挙げ句,自らの犯行を隠す目的で被害者方を全焼させて被害者を殺害した(第2の犯行)。

いずれの犯行も,金のため,あるいは,自らの犯行が発覚しないためなら手段を選ばないという卑劣で自己中心的な論理に基づいて行われたものであって,その経緯及び動機には全く酌量の余地がない。

犯行の態様を見ても,判示のとおりの情け容赦のない暴行を,短く見ても,被告人が被害者方に入った午後10時10分ころから,電話をかけた午後10時43分ころまでの約30分間にもわたって加えたという執拗かつ危険なものである。また,被告人は,その後被害者の手足を縛り,猿ぐつわをしているが,女性警察官を被害者と仮想した実況見分の結果によれば,同警察官は「力一杯縛られたので,身動きが取れない。」とか「息苦しい。首が動かない。」などと説明しており,本件においても,被害者は,逃げ出すことも助けを呼ぶこともできない状態に追い込まれたものと想像される。そして,被告人は,被害者をそのような状態に自らした上,その上に掛けた布団にたばこを介して被害者もろとも被害者方を焼失させようと放火したものであり,残虐である。さらに,被害者方付近は,一般住宅,共同住宅,病院,コンビニエンスストア,学校等が建ち並ぶ旧来の住宅街であり,隣家との距離は最も近いところでわずか2メートルしかなく,実際,周辺住民は,窓ガラスが割れたり,建物の一部が燃えるなどの被害にもあっているのであって,就寝していてもおかしくない深夜に,このような火災にあった住民らが受けた衝撃と恐怖感は計り知れない。この点からも,被告人の犯行は強い社会的非難を免れない。

一方,被害者は残虐極まりない方法で殺害されたものであり,被害者の解剖医が「ショック等や意識不明に至るまで,熱と煙の両方の想像を絶する苦痛が襲ったものと考えられる」と所見を示しているような,被害者が死亡の際にさらされた恐怖や苦痛,あるいは無念の情には計り知れないものがある。

にもかかわらず,被告人からは,遺族や類焼被害を受けた者らに対して,何らの被害弁償も慰謝の措置もとられておらず,被害者の遺族の被害感情は,いずれも被告人の極刑を望むなど峻烈であり,近隣住民も厳重処罰を望んでいる。

加えて,(確定裁判)の項で述べたとおり,被告人は,平成16年2月16日に覚せい剤取締法違反の罪により執行猶予付きの判決を受けたにもかかわらず,そのわずか2日後には本件のような凶悪な重大犯罪に及んでいるのであって,被告人の法規範無視の態度は許されない。

以上の諸点に照らすと,被告人の刑事責任は極めて重いというべきである。

そうすると,被告人が被害者と接点を持つに至った経緯の中には,被害者にも責任の一端があることは否定できず,本件は,誰もが被害者となりうるような事案とは違うこと,被告人は凶器などをあらかじめ準備して被害者方を訪れたものではなく,殺人や放火については計画的犯行とまでは認められないこと,被告人は客観的な事実関係についてはおおむね認めており,被告人なりに反省の態度を示していること,被告人の妹が情状証人として出廷し,被告人の出所を待つ旨述べていること,同証人が,被告人は,平成14年ころから暴力団員と付き合うようになり,そのころから「本当に性格が変わりました」と証言しているところに現れているように,被告人の境遇には多少なりとも同情すべき点が見受けられることなど,被告人のために酌むべき事情も認められるが,これらの事情を最大限に考慮しても,前記のような本件事案自体の悪質性,結果の重大性等にかんがみると,法が強盗殺人罪について定めた法定刑の下限である無期懲役刑を減軽するまでの事情があるとは認め難く,被告人に対しては,無期懲役刑をもって臨むほかはないものと判断した。

(検察官椿剛志,国選弁護人那知哲各出席)

(求刑-無期懲役)

(裁判長裁判官 河原俊也 裁判官 三井大有 裁判官 古庄研)

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