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釧路地方裁判所 平成24年(モ)51号 決定 2013年2月13日

(基本事件 平成24年(フ)第214号)

主文

1  申立人がA株式会社に対して別紙債権目録記載の債権を有することを確認する。

2  申立手続費用は相手方の負担とする。

理由

第1申立ての趣旨

主文と同旨。

第2事案の概要

本件は,否認請求の事案である。破産会社の破産管財人である申立人が,破産会社による相手方に対する債権譲渡行為について,①対抗要件具備の否認または②債権譲渡行為それ自体の否認を求めている。

1  前提事実

以下の事実については当事者間に争いがないか,後掲各資料によって容易に認められる。

(1)  破産会社は,B株式会社の取扱う電気商品の販売等を目的とする株式会社である。

(2)  相手方は,B株式会社及びその関連会社の取扱う自動車機器関連商品の販売等を目的とする株式会社であり,破産会社との間で,平成24年3月21日付けで取引基本契約(以下「本件取引基本契約」という。)を締結し,取引を行っていた。

(3)  破産会社は,A株式会社(以下「本件第三債務者」という。)との間で,従前から継続的にカーバッテリー等の販売取引を行っていた。

(4)  破産会社は,関連会社であるC株式会社及びD株式会社の破産手続開始や,同じく関連会社であるE株式会社の民事再生手続開始などを受けて信用不安を生じ,平成23年末から平成24年8月にかけて,取引先金融機関から融資を打ち切られるなどして,資金繰りに困窮するようになっていた。

(5)  相手方は,破産会社に対し,本件取引基本契約21条に基づいて債権譲渡を要請し,破産会社は,この要請に応じて,平成24年8月1日,相手方が破産会社に対して有する売掛金債権を担保するため,要旨下記のとおりの債権譲渡契約(以下「本件債権譲渡契約」という。)を締結した。

第1条(譲渡)

破産会社は,相手方に対し,破産会社の相手方に対する買掛金債務の担保のため,以下の債権を譲渡する。

債権者 破産会社

債務者 本件第三債務者

債権の種類 商品代金の売掛

期間 平成24年8月1日以降に生じた債権

第2条(通知)

破産会社は本件第三債務者に対し,債権金額の確定後,配達記録証明付内容証明郵便にて,本件債権譲渡の通知を行い,通知書及び配達証明書を相手方に交付する。

(6)  破産会社は,平成24年9月7日の時点で,本件第三債務者に対し合計336万3731円の売掛債権を有していた。

(7)  破産会社は,平成24年9月10日,総額約2000万円の債務の弁済の必要に迫られており,その支払のために取引銀行に受取手形の割引を申し入れたが,これを拒絶され,支払資金を入手することができなかった。

(8)  そのため,破産会社は,相手方に対して,同日が支払期日であった約定債務について,同日中に振込入金をしなかった。

相手方担当者は,グループ会社従業員から,破産会社に電話してもつながらないとの報告を受け,相手方代表者に連絡して確認したところ,「破産会社は倒産予定です。」との回答を受けた。

(9)  破産会社は,前記同日である平成24年9月10日,当裁判所に対して破産手続開始の申立てをした。

(10)  相手方は,本件債権譲渡契約に基づいて,本件第三債務者に,債権譲渡承諾書の送付を依頼した。

(11)  本件第三債務者は,平成24年9月12日,相手方の依頼に応じ,本件債権譲渡契約について,異議なく承諾する旨の債権譲渡承諾書(以下「本件債権譲渡承諾書」という。)を破産会社代表者及び相手方代表者に対して送付した。

(12)  破産会社は,平成24年9月12日午後5時,破産手続開始決定を受けた。

2  主要な争点

(1)  破産会社の支払停止時期

(申立人の主張)

破産会社は平成24年9月10日に支払停止に至った。

(相手方の主張)

争う。破産会社が平成24年9月10日に支払停止に至ったことは必ずしも立証されていない。

(2)  平成24年9月12日,本件第三債務者が本件債権譲渡承諾書を送付した時点での,相手方の破産会社の支払停止の事実についての認識の有無

(申立人の主張)

相手方は,平成24年9月12日,本件第三債務者が本件債権譲渡承諾書を送付した時点で,破産会社の支払停止の事実を認識していた。相手方自身が,破産債権届出書において,同月10日,破産会社から約定どおりの支払を受けられなかった上,破産会社代表者から破産手続開始の申立て予定との連絡を受けたため,本件第三債務者に対して本件債権譲渡承諾書の発送を依頼したと主張していることからも,本件債権譲渡承諾書が発送された同月12日の時点で,相手方が破産会社の支払停止の事実を認識していたことは明らかである。

(相手方の主張)

争う。相手方は,平成24年9月10日の時点では,破産会社の代表者から,「倒産予定である。」との話を聞いただけであり,手形割引を拒絶されたことなど,具体的な事情を一切聞いていない。この時点では,相手方は,破産会社が本当に支払停止の状態に置かれたか否か分からない状態に置かれたに過ぎない。

相手方が,破産会社の支払停止の事実を認識したのは,平成24年9月12日午後5時ころ,相手方担当者が破産会社社屋のドアに貼付された張り紙を読んだ時点である。

(3)  本件債権譲渡契約は,破産会社に支払停止等の危機時期が到来した後の債権譲渡と同視すべきものといえるか否か

(申立人の主張)

本件債権譲渡契約においては,譲渡対象となる債権の範囲が,「平成24年8月1日以降に生じた債権」とあるだけで,いつまでに生じた債権が対象となるかは明らかにされておらず,対象債権の範囲や債権金額が確定する時点が明らかになっていなかった。そして,実際には,破産会社の破産申立ての一報を機に金額が確定され,対抗要件具備行為が行われている。

そうすると,本件債権譲渡契約においては,譲渡対象の債権の範囲や債権金額は破産会社の倒産など危機的状況に陥った場合に初めて確定することが予定されていたと解釈するのが素直である。したがって,本件債権譲渡契約は,倒産状態など危機的状況に陥って初めて内容が確定するものと理解できる。

このような契約は,破産法162条1項1号の規定の趣旨に反し,その実効性を失わせるものである。その契約内容を実質的にみれば,本件債権譲渡契約は,破産会社に支払停止等の危機時期が到来した後に行われた債権譲渡と同視すべきものであり,同条同項同号に基づく否認権行使の対象となると理解すべきである。

(相手方の主張)

争う。本件債権譲渡契約第2条には,「債権金額の確定後」との記載があるのみで,「支払停止後」等,債権譲渡通知の時期に関する条件は付加されていない。

また,実際には,相手方と破産会社との間で,危機時期前である平成24年8月中旬に,破産会社が対象債権を相手方に通知する方法で債権を確定することが合意されている。

これらの事情によれば,本件債権譲渡契約は,破産会社に支払停止等の危機時期が到来した後に行われた債権譲渡と同視すべきものとはいえない。

3  争点に対する判断

(1)  破産会社の支払停止時期について

破産法164条1項にいう「支払の停止」とは,債務者が,支払能力を欠くために一般的かつ継続的に債務の支払をすることができないと考えて,その旨を明示的又は黙示的に外部に表示する行為をいうものと解される(最高裁平成23年(受)第462号同24年10月19日第二小法廷判決・裁判所時報1566号20頁参照)。

これを本件についてみると,前記認定事実によれば,破産会社は,関連会社の破産等により,平成23年末から信用不安を生じ,平成24年8月までの間に,主要な取引先金融機関から融資を打ち切られて資金繰りに困窮し,同年9月10日には,約2000万円の支払を行うため,最後の手段として銀行に受取手形の割引を申し出たが,これを拒絶され,決済資金を用意できなかったものであり,同日には,客観的に支払不能,すなわち,支払能力を欠くために一般的かつ継続的に債務の支払いをすることができない状態に陥っていたものと認められる。

そして,同日,支払期日の来た債務に対する弁済を滞らせれば,破産会社としては,仕入先からの仕入れもストップし,金融機関からの資金の引上げ等がなされ,営業停止に追い込まれることは優に予想されていたところである。このような状況の中で,破産会社は,相手方に対し,支払期日の来た債務の弁済をしなかったものである。加えて本件においては,相手方担当者の問合せに対し,破産会社代表者が自ら倒産予定である旨を告げたというのである。以上の経緯に照らせば,破産会社は,遅くとも前記破産会社代表者による倒産予定の告知の時点で,外部である相手方に対し,支払不能である旨を表示したものといえ,支払停止に至ったものと認められる。

したがって,破産会社は,平成24年9月10日の時点で支払停止に至ったものと認められる。

(2)  平成24年9月12日,本件第三債務者が本件債権譲渡承諾書を送付した時点での,相手方の破産会社の支払停止の事実についての認識の有無

前記のとおり,破産会社は,関連会社の破産等によって信用不安を生じ,平成23年末から平成24年8月にかけて,主要な取引金融機関から融資を受けられなくなり,資金繰りに窮していたものである。そして,相手方は,遅くとも平成24年3月から破産会社と継続的な取引関係を持っていたものであることからしても,また,平成24年8月1日の時点で本件取引基本契約21条に基づく債権譲渡(事由として,相手方が破産会社について支払停止,支払不能のおそれを認めた場合等が挙げられている。)を破産会社に求めていることからしても,相手方は,破産会社が資金繰りに窮していることを同年9月10日以前から十分に認識していたものと推認される。

このことに加えて,平成24年9月10日,相手方は,同日が支払期日であった債権について,破産会社からの支払を受けられなかっただけでなく,グループ会社の従業員から破産会社に対する連絡がつかない旨の報告を受け,さらには,破産会社代表者から直接,倒産予定である旨を告げられているのであるから,同日の時点で,相手方が支払停止に至ったことを十分に認識していたものと認められる。

(3)  なお,本件では,債務者による債権譲渡の承諾行為についての否認権行使の可否が問題となる。この点,破産法164条1項の否認権行使については,破産者の詐害意思が要求されるものではないから,その対象を破産者自身の行為に限定する必然性はない。また,破産者の有する債権について債権譲渡がなされた場合の対抗要件具備の一手段である破産者による通知行為については,これが否認権行使の対象となることに疑問の余地はないところ,破産者による通知行為と同一の効力を有する債務者の承諾行為について,一律に否認権行使の対象とならないものと解するのは不合理な不均衡を生ずるものというべきである。さらに,債務者の承諾行為について否認権行使の対象とならないものと解すると,破産法164条1項の潜脱を容易に許す結果をもたらしかねない。以上から,債務者による債権譲渡の承諾行為についても,破産法164条1項に基づく否認権行使の対象となるものと解すべきである。

この点,旧破産法(大正11年法律第71号)下においては,この点を消極に解する最高裁判例(最高裁昭和37年(オ)第374号昭和40年3月9日第三小法廷判決・民集19巻2号352頁)も存在するが,法改正を経た現行破産法164条1項が適用される本件には,その射程は及ばないものと解される。

(4)  おって,本件債権譲渡を承諾する旨の意思表示が,本件債権譲渡契約がなされた平成24年8月1日から15日以上を経過した後になされたものであることは,前記認定のとおりである。

(5)  以上から,その余の争点について判断するまでもなく,本件第三債務者による本件債権譲渡を承諾する旨の意思表示は,破産法164条1項によって否認されるべきものであることが明らかである。

(6)  よって,主文のとおり決定する。

(裁判官 廣瀬裕亮)

(別紙)

債権目録

破産者会社が,第三債務者A株式会社に対して,平成24年8月1日から同年9月7日までの間に売り渡した商品の売買代金合計336万3731円

以上

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