釧路地方裁判所 平成6年(ワ)200号 判決 1997年3月25日
主文
一 被告日本信販株式会社から原告に対する釧路地方法務局所属公証人乙山春夫作成平成三年第四〇八号債務弁済契約公正証書に基づく強制執行は、これを許さない。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用のうち、原告に生じた費用及び被告日本信販株式会社に生じた費用は、これを四分し、その三を原告の、その一を同被告の各負担とし、被告国に生じた費用は、原告の負担とする。
理由
【事実及び理由】
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文第一項と同旨
2 被告らは、原告に対し、各自金一一一万円及びこれに対する平成六年一〇月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、被告らの負担とする。
4 第二項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁(被告日本信販株式会社)
1 請求異議について
被告日本信販株式会社から原告に対する釧路地方法務局所属公証人乙山春夫作成平成三年第四〇八号債務弁済契約公正証書に基づく強制執行は、金四万一〇六三円及びうち金四万四四五円に対する平成六年一月二八日から完済に至るまで年二九・二パーセントの割合による金員を超える部分については、これを許さない。
2 損害賠償請求について
原告の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、原告の負担とする。
三 請求の趣旨に対する答弁(被告国)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
3 担保を条件とする仮執行宣言
第二 事案の概要
原告は、被告日本信販株式会社(以下「被告日本信販」という。)との割賦購入あっせん契約により家電製品を購入し、その後、同契約上の残債務について、原告と同被告との間で金銭消費貸借契約が締結されたものとして公正証書が作成された。本件は、原告が、右公正証書について、適法な授権によらずに作成されたものであること、内容が割賦販売法に違反するものであること等を理由として請求異議の訴えを提起し、また、このような公正証書が作成されたことについて損害賠償を請求するものである。
一 当事者間に争いがない事実
1 被告日本信販は、割賦購入あっせん、貸金等を業とする会社である。
2 原告は、昭和六三年一一月二二日、被告日本信販との間で、原告が家電販売店から購入したテレビ及びストーブの代金四〇万円を同被告が販売店に立替払し、原告が同被告に対し、右代金及び手数料八万二四〇〇円を二四回払で支払うという内容の割賦購入あっせん契約(以下「本件立替払契約」という。)を締結し、同被告は右立替払をした。
3 原告は、平成元年六月二七日、本件立替払契約の第一回目の支払金である二万一〇〇円の支払を怠った。しかし、その後、原告は、本件立替払契約の債務の弁済として平成二年三月から平成三年三月まで毎月一万円を被告日本信販に支払った。
4 原告は、平成三年三月一八日に被告日本信販の従業員である大塚光弘から説明を受けて、本件立替払契約の残債務のうち三八万円を同被告から元本として借り入れ、実質年利を一八パーセント、遅延損害金を二九・二パーセントとし、平成三年四月から平成六年三月まで毎月二七日限り一万三七三八円ずつを支払う(返済回数三六回)という内容の金銭消費貸借契約(以下「本件再契約」という。)を締結し、併せて、同被告に対する金銭消費貸借契約に基づく債務について、「債務者は(代理人の氏名を記載するための空欄)を代理人に選任し、下記及び裏面に記載する契約条項にもとづき公正証書作成嘱託に関する一切の行為を委任する。」との不動文字の記載がある委任状(以下「本件委任状」という。)に署名、押印して、右従業員に渡した。
5 平成三年四月一五日、本件委任状に基づき被告日本信販の従業員である遠藤剛が原告を、同被告従業員である大塚光弘が同被告をそれぞれ代理して、本件再契約を内容とする公正証書の作成を釧路地方法務局所属の公証人乙山春夫(以下「乙山公証人」という。)に嘱託した。
6 右嘱託に基づき、被告日本信販を債権者とし、原告を債務者とする本件再契約を内容とする執行受諾文言の記載がある平成三年第四〇八号債務弁済契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)が乙山公証人により作成された。
二 主要な争点
1 請求異議について
(一) 本件公正証書は、無権代理あるいは双方代理により作成を嘱託されたものであり、無効であるか。
(原告の主張)
(1) 原告は、本件再契約に際し、本件委任状に署名、押印して被告日本信販の従業員に渡したが、本件委任状が公正証書の作成を嘱託するためのものとは知らず、また、同被告の従業員からも本件委任状が右趣旨の書面であること及び公正証書がいかなる効力を有する書面であるか等についてなんら説明を受けていない。
よって、本件公正証書は、原告の委任に基づくものではなく、無権代理人によって作成されたものであるから無効である。
(2) また、本件公正証書は、被告日本信販の従業員が、債権者である同被告と債務者である原告の双方を代理して作成を嘱託したものであるから、実質的に民法一〇八条に反し、無効である。
(被告日本信販の主張)
(1) 被告日本信販の従業員大塚光弘は、本件再契約の際、原告に対し、本件委任状が本件再契約について公正証書の作成の嘱託を委任するための委任状であり、同被告の従業員が代理人となること及び公正証書が作成された場合本件再契約上の債務の支払が遅れると強制執行を受けるおそれがあること等の公正証書の意味を十分に説明のうえ、本件委任状に原告の署名、押印を受けたものであり、原告が本件公正証書の作成の嘱託を同被告の従業員に委任したことは明らかである。
(2) 被告日本信販とその従業員は別の主体であること、既に原告の承諾を得て確定していた本件再契約の契約条項を公正証書に作成することを嘱託する行為にすぎないことからすれば、同被告従業員が原告を代理してした本件公正証書の作成の嘱託は、民法一〇八条に反するものではない。
(二) 本件再契約について割賦販売法三〇条の三の適用があるか。
(原告の主張)
本件立替払契約には、割賦販売法三〇条の三の適用があり、同契約上の残債務を目的として締結された準消費貸借契約である本件再契約にも右法条の適用があると解すべきである。したがって、本件再契約における利息及び遅延損害金は年六パーセントに制限される。
しかし、本件再契約における利息の約定は年一八・〇パーセント、遅延損害金の約定は年二九・二パーセントであって、これらの約定は割賦販売法三〇条の三の制限に反している。よって、本件公正証書は、実体的に無効である。
(被告日本信販の主張)
(1) 本件再契約は、原債務を消滅させて新たな借入債務を発生させる更改の趣旨で締結された準消費貸借契約であるから、割賦販売法三〇条の三の適用を受けない。
(2) 債務不履行に陥り約定どおりの弁済が困難な状態にある債務者に対し、再度分割弁済の期限の利益を付与する再契約によって債務者が得る利益は、多少金利負担が増えることがあったとしても極めて大きい。
一方、信販会社の立場からみると、再契約において新たに付する手数料(利息)が年六パーセントに制限されるとすれば、自らの資金調達コスト(長期プライムレート)にも満たない手数料(利息)しか得られないことになり、再契約の締結に慎重にならざるを得なくなる。
(3) 仮に再契約の手数料(利息)の金利が割賦販売法三〇条の三により年六パーセントに制限されるとすれば、不合理な事態が生じる。
すなわち、当初の契約における債務の支払を遅滞し、再契約を締結した債務者と、当初から同債務者の変更後の支払期間と同一の支払期間による分割払の契約をし、支払を一度も遅滞せずに弁済した債務者の弁済総額を比較した場合、前者の方が少なくて済むという事態が生じる。
(4) 本件再契約については、以下のとおり、債務者の保護の面からも、割賦販売法三〇条の三の適用を受けないと解すべき合理的な理由がある。
<1> 債務者は、再契約により分割弁済の期限の利益を付与され、いつ債権者から法的手続を取られるかわからないという経済的、法的に不安定な状況を脱することができる。
<2> 本件立替払契約の残債務から期限未到来分の手数料を七八分法により控除した後の金額を元金としている。
<3> 本件再契約におるけ利息及び損害金については、貸金業法及び利息制限法の適用があるので、債務者の保護の面でも十分である。
(三) 本件再契約後の弁済により被告日本信販の請求権が消滅したか。
(当事者間に争いがない事実)
原告は被告日本信販に対し、本件再契約後、平成三年四月から平成五年一二月まで、別紙返済表1のとおり毎月一万三七三八円ずつを弁済している。
(原告の主張)
本件再契約に割賦販売法三〇条の三の適用がある以上、右弁済金のうち残元金に対する年六パーセントの割合による金員を超える部分は元本の弁済に充当されることになる。これを前提に右弁済金の充当計算を行うと、本件再契約の元金は弁済ずみである。
よって、本件公正証書に表示された請求権は消滅している。
(被告日本信販の主張)
本件再契約に割賦販売法三〇条の三の適用はなく、したがって、右弁済金の充当状況は別紙返済表1のとおりとなり、原告は、本件再契約上の債務として元本四万〇四四五円、利息六一八円(平成五年一二月二八日から平成六年一月二七日までの期間分)。及び右元本に対する平成六年一月二八日から支払ずみまで年二九・二パーセントの割合による遅延損害金(原告が同月二七日の支払を怠ったことにより同日の経過を以て期限の利益が失われた。)の支払義務が残存している。
2 損害賠償請求について
(一) 被告日本信販の従業員が本件公正証書の作成を乙山公証人に嘱託した行為は違法であるか。
(原告の主張)
被告日本信販の従業員が、原告の委任を受けずに、あるいは実質的に双方代理により本件公正証書の嘱託をした行為、また、割賦販売法三〇条の三に違反する内容の本件公正証書の作成を嘱託した行為は違法であり、同被告は、これらの行為について不法行為責任を負う。
(被告日本信販の主張)
前記のとおり、本件公正証書は、適法な嘱託により作成されたもので、その内容も割賦販売法三〇条の三に違反するものではないから、被告日本信販には不法行為責任はない。
(二) 乙山公証人に本件公正証書の作成にあたり注意義務違反があったか。
(原告の主張)
(1) 公証人には、公正証書の内容について、法令違反、法律行為の無効、行為能力などの有無、当事者がその法律行為をするにつき相当の考慮をしたか否かなどを調査し、それらの点について疑いがある場合は関係人に必要な説明を求めるなどして、記載事項の有効性について注意すべき義務がある(公証人法二六条、公証人法施行規則一三条)。
(2) 被告日本信販は割賦販売法の適用を受ける契約を多数行っている業者であること、及び本件公正証書の内容となっている再契約は顧客が既に負担している債務を目的として「特別融資」の名称の下で準消費貸借を締結するものであり、本件公正証書の作成嘱託のために提出された本件委任状にも「特別融資(再契約用)」との記載があったことからすれば、乙山公証人としては、本件公正証書の内容が割賦販売法に違反するものにならないよう注意するため、原債務の内容がどのようなものであったか等を確認すべき義務があった。
しかし、乙山公証人は、本件公正証書の作成の嘱託に訪れた債権者及び債務者の各代理人らからなんら事情を聴取しなかった。その結果、割賦販売法三〇条の三第二項に違反する利息及び損害金の約定を含む本件再契約を内容とする実体的に違法な本件公正証書を作成した。
(3) 乙山公証人は、本件公正証書の作成嘱託について原告の代理人となっている遠藤剛が被告日本信販の従業員であり、したがって、右嘱託の行為が実質的に双方代理に該当する疑義があることを知っていた。
したがって、乙山公証人は、原告に対して、右作成嘱託の委任の有無などを確認すべきであったが、これを怠り、実質的に双方代理により作成を嘱託された手続的に無効な本件公正証書を作成した。
(被告国の主張)
(1) 公証人は、公正証書の作成にあたり、その内容となる法律行為の有効性について形式的審査権を有しているにすぎず、嘱託者から提出された委任状その他の書類のみに基づき、法令違反、無効原因や取消原因の有無について審査すれば足りる。公証人法施行規則一三条一項は公証人に対して関係人に注意をしたり説明を求める権限及び義務を定めているが、この権限は右審査の過程で法律行為の有効性等に具体的な疑いが生じた場合に限り行使すべきものである。
(2) 乙山公証人は、提出された本件委任状の記載内容を審査した結果、公証人法二六条に違反するような事実はないと判断したため、代理人らに対して説明を求めなかったものである。
(3) 乙山公証人は、本件再契約が準消費貸借契約であるとの認識はなく、<1>本件委任状には「特別融資」という記載があり、新たな融資がされたものと解されること、<2>被告日本信販が貸金業者でもあるため再契約という形態となるが、他の金融機関から新たな融資を受けて従前の債務を弁済する場合と異ならないと考えられること、<3>同被告の従業員から、立替金、貸付金等異なった種類の債権をまとめて一つにしていること、従前の債務の全額について領収書を発行し、その内容をコンピュータから消してしまうと聞いたこと等から、同被告による再契約とは、従前の債務との同一性を失わせるもので、新たな融資契約であると認識していた。
したがって、乙山公証人が本件再契約について、割賦販売法三〇条の三違反の問題が生じないと考えたことに過失はない。
(4) また、乙山公証人が、被告日本信販の割賦購入あっせん業務について割賦販売法の適用がある事実及び本件再契約が準消費貸借契約である事実を知り得たとしても、以上の事実のみでは本件再契約が割賦販売法三〇条の三に違反していることについて抽象的な疑いがあるにすぎず、本件再契約の有効性等に関し、公証人法施行規則一三条一項により関係人に説明を求める権限を行使すべき具体的な疑いがある場合には該当しない。
(5) よって、乙山公証人は、本件公正証書作成の際に、原債務に割賦販売法三〇条の三の規制を受ける債務が含まれているとの具体的な疑いを持つことはできず、説明等を求めることもできなかったというべきであるから、公証人として要求される注意義務に違反したとはいえない。
(6) さらに、本件再契約においては、その契約内容はすべて、原告との間で決定されて委任状に記載されており、原告の代理人によって新たな契約条項を決定することはなかったのであるから、被告日本信販が原告の委任状に基づき公正証書作成のための代理人を選任したとしても、双方代理禁止規定に反するものとはいえず、手続的にも無効な公正証書を作成したとはいえない。
(三) 原告の損害について
(原告の主張)
原告は、本件公正証書に基づく強制執行を防止するために本件訴訟を提起せざるを得ず、そのために原告代理人の弁護士らに本件訴訟の遂行を委任し、着手金一〇万円と訴訟費用一万円を負担した。
また、原告は、本件公正証書を作成されたことによって、いつ強制執行をされるかわからないという不安な日々を送っており、その精神的苦痛に対する慰謝料としては一〇〇万円が相当である。
(被告国の主張)
(1) 本件訴訟において、原告の主張が認められ、その旨の判決が確定した事実はないのであるから、その訴訟に要する訴訟費用及び弁護士費用が原告の損害であるという主張は妥当でない。また、訴訟費用は、本件訴訟における訴訟費用負担の裁判ないし訴訟費用額確定決定に基づいて償還されるべきものであるから、別途、損害賠償により請求し得ない。
(2) 本件公正証書に基づく強制執行の着手があった事実の主張はなく、本件請求異議訴訟に勝訴して本件公正証書の執行力が排除されれば、強制執行はなされないのであるから、原告には慰謝料の支払によって回復すべき精神的損害は生じていない。
第三 争点に対する判断
一 争点1(一)について
1 無権代理について
《証拠略》によれば、原告は、本件再契約の際に、被告日本信販の従業員大塚光弘から、本件再契約を公正証書に作成することを嘱託するための委任状であることの説明を受けて、本件再契約どおりの融資内容、契約内容及び実行内容(元利金の支払日、各月の支払額、支払方法等)と原告において執行認諾条項を含む公正証書を作成することに同意する旨の文言が記載ずみの本件委任状に署名押印し、これを同人に交付した事実、及びその際に公正証書の意味について説明を受けた事実を認定することができる。
《証拠判断略》
よって、本件公正証書の作成の嘱託は原告の委任に基づき行われたものと認めることができるから、原告の争点1(一)(1)の主張は理由がない。
2 双方代理について
右1における認定事実、本件再契約の内容及び本件公正証書の内容を総合すれば、本件委任状に基づき被告日本信販の従業員が原告を代理してした行為は、すべての内容が既に当事者間で取り決められていた執行受諾条項を含む契約条項について公正証書の作成を嘱託する行為であって、新たに契約条項を取り決める行為ではないことが認められるところ、このような行為については代理人が本人の利益に反する行為をする余地はないから、民法一〇八条の適用はないと解すべきである。したがって、本件公正証書の作成の嘱託について、実質的にも民法一〇八条に違反する事実は存在しないから、原告の争点1(一)(2)の主張は理由がない。
二 争点1(二)(割賦販売法三〇条の三の適用の有無)について
1 前期前提事実によれば、本件立替払契約は、割賦販売法三〇条の三の適用がある契約であるところ、本件再契約は、被告日本信販と原告との間で金銭の授受がされていない事実(弁論の全趣旨により認定。)に照らせば、新たな消費貸借契約ではなく、本件立替払契約の残債務を目的として締結された準消費貸借契約であると認めることができる。
2 割賦販売法三〇条の三は、購入者が割賦金の支払を怠った場合における割賦購入あっせん業者からの請求について、購入者が、未経過期間に対応する手数料を請求された上に、これを含む残債務に対して高率の遅延損害金まで請求されることによって過大な経済的負担を強いられることがないように、消費者保護の見地から一定の制限を定めた規定であるところ、履行期の到来した右規定の適用がある契約の残債務の弁済について新たに締結される契約にも同規定が適用されるかどうかについては、右規定の法文上明らかとはいえず、このような契約については当事者間の自由な合意にゆだねてよいとの見解も一応考えられる。
3 さらに、本件再契約は、本件立替払契約の残債務から将来分の手数料を控除した残額の範囲内の金額を元本としており、前記規定の趣旨に照らし、購入者の負担を過大なものにしないための合理的な配慮が一応されていると認められること、また、購入者の弁済能力を確認した上で現実に支払が可能な金額を毎月の支払額と定めており(《証拠略》により認定。)、購入者側にも相当な利益がある内容となっていると認めることができることに鑑みれば、本件立替払契約については、その内容の合理性及び購入者側の利益に照らし、割賦販売法三〇条の三の規制を受けないとする見解にも、相当の根拠があるということができる。
4 しかし、本件再契約は、原告にとって、前記のとおり、将来分の手数料が控除されている点及び現実に支払が可能な額として期限の利益を付与されている点において利益がある反面、残債務額を元金として年一八パーセントの利息を付することとし、また遅延損害金を年二九・二パーセントと定めていることによって、本件再契約を締結しないままで支払を継続する場合と比較して、支払総額が増大し、また、再度支払を遅滞した場合に支払うべき遅延損害金の額が著しく増大することになる点において、なお不利益もあり、そのいずれが優先されるべきかを客観的に決定することは困難である。
結局、購入者にとって右のような利益、不利益のいずれが優先されるべきかは、購入者が、前記金利面及び期限の利益の確保にかかる得失と自らの経済的状況を正しく把握したうえで、合理的な判断をすることによって決定すべき性質の問題であるというほかない。したがって、このような前提が確保されない限り、このような再契約が購入者にとって有利な契約であると結論づけることはできない。
5 しかるに、割賦販売法の適用がある立替払契約の利用者は一般の消費者であるから、法律的知識や判断能力が十分でないために、前記のような再契約を締結することの当否を検討するに際して、同法三〇条の三の規定により保護されている立場を認識し得ないままに、債務の履行を遅滞し、期限の利益を失ったことにより、高率の遅延損害金が発生し続けるのではないかとの誤解に基づく懸念や強制執行に対する過大な恐怖感を抱き、これらの不安を免れたい意識に支配された合理的な判断ができない状態で再契約に応じることが十分に考えられ(本件再契約についても、原告が、右規定の存在を認識することなく、契約の締結に応じたことがうかがわれる。)、業者側も、購入者のこのような状態を利用することにより、購入者にとって再契約の締結に実質的には利益がないような事例においても、容易に再契約の締結を承認させて、前記規定を潜脱することが可能である。
6 したがって、消費者保護の見地から制定された割賦販売法三〇条の三の規定の趣旨に鑑みれば、本件再契約のように、将来分の手数料を控除した残債務を元金とし、購入者が支払可能であると見込まれる金額による分割弁済を定めた内容の契約であっても、同規定の適用が及ぶと解することが相当である。
7 なお、争点1(二)の被告日本信販の主張(2)後段及び(3)の主張は、支払が遅滞して債権の回収が困難になった状況下でその回収のため締結される再契約の経済的合理性を新規契約が締結される局面との比較において論じるものであり、その前提自体が不相当であり採用し得ない。
三 争点1(三)(被告日本信販の請求権の消滅)について
右のとおり本件再契約にも割賦販売法三〇条の三(第二項)の適用があると解するべきであるから、本件再契約における利息及び遅延損害金の約定は、少なくとも本件再契約の締結時点における本件立替払契約の残債務額(被告日本信販が平成七年五月一六日付け準備書面において自認する入金経過によれば、同書面別表1の請求金額の合計額三八万七六三五円と七八分法による戻し手数料額八二四円とを合計した三八万八四五九円を上回らないものと認められる。)に対する割賦販売法三〇条の三第二項に定める年六パーセントの割合を超える部分については効力を有しないものというべきである。
したがって、原告が、本件再契約締結時以降、毎月支払っていた一万三七三八円を利息、元本の順に充当して計算すると、別紙返済表2のとおり、平成五年一〇月二七日に原告が一万三七三八円を支払った時点において原告の本件再契約上の債務は消滅したものと認めることができる。
よって、本件公正証書に表示された請求権は消滅していると認めることができるから、本件請求異議は理由がある。
四 争点2(一)(被告日本信販の不法行為の成否)について
1 無権代理、双方代理について
前記第三の一で述べたように、本件公正証書作成の嘱託に際し、無権代理及び双方代理の問題は生じないのであるから、この点について被告日本信販の従業員に違法な行為性は存在しない。
2 割賦販売法違反について
一般に、ある事項に関する法律的解釈について異なる見解が存在し、そのいずれも相当の根拠を備えていると認められる場合に、一方の見解を相当として当該見解に基づき行動した者は、民事裁判の場において事後的に当該見解の正当性が否定され、当該見解に基づく行為が違法であると判断されたときにおいても、ただちにその行為に過失があったものとして、不法行為責任を問われることはないと解することが相当である。
そして、前記のとおり本件再契約に割賦販売法三〇条の三の適用がないとする見解にも相当の根拠があると認められ、また、本件再契約当時このような見解の正当性を否定する法令や上級審の判例が存在した事実を認めるに足りる証拠もないから、被告日本信販の従業員がこのような見解に基づき本件再契約を締結して本件公正証書の作成を嘱託した行為については、結果として割賦販売法三〇条の三に違反する事実があるにしても、その行為に過失があったとはいえない。
3 よって、被告日本信販は、本件公正証書の作成の嘱託に関し、不法行為責任を負わないから、同被告に対する本件損害賠償請求は理由がない。
五 争点2(二)(乙山公証人の注意義務違反の有無)について
1 双方代理について
前記のとおり、本件公正証書の作成嘱託が実質的に民法一〇八条に違反して行われた事実は存在しないので、この点についての注意義務違反は存在し得ない。
2 割賦販売法違反について
前記四2と同様の理由により、乙山公証人が割賦販売法三〇条の三に違反する本件再契約を公正証書に作成したという事実のみによっては、同公証人に注意義務違反があったとはいえない。
3 よって、被告国は、本件公正証書の作成に関し、不法行為責任を負わないから、同被告に対する本件損害賠償請求は理由がない。
六 以上のとおり、本件請求異議は理由があるのでこれを認容し、本件損害賠償請求は理由がないのでこれを棄却する。
(裁判長裁判官 中山顕裕 裁判官 竹田光広 裁判官 瀬川裕香子)