釧路地方裁判所 昭和53年(わ)174号 判決 1979年3月30日
主文
被告人服部紀郎を禁錮六月に
同白土精康を禁錮四月に
各処する。
但し、被告人両名に対し、この裁判の確定した日から二年間、それぞれその刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人両名は、東亜国内航空株式会社に勤務し、被告人服部紀郎は、航空機の定期運送用操縦士の技能証明を得て同会社所属のYS―一一型航空機の機長として、同白土精康は、航空機の事業用操縦士の技能証明を得て同会社所属の同型航空機の副操縦士として、いずれも同会社国内路線の航空機の操縦業務に従事しているものであるが、昭和五二年八月九日午前一〇時すぎころ、千歳市平和所在の千歳飛行場に駐機中の同会社の運行管理する同日午前九時出発予定の女満別空港行定期〇二一便YS―一一型航空機(登録記号JA八六六五)に、被告人服部が運航指揮者たる機長として、同白土がこれを補佐する副操縦士として乗務し、同機に乗務員二名、乗客六四名を搭乗させ、同日午前一〇時一八分ころ、同機を操縦して右千歳飛行場を離陸し、主に被告人白土が主体となって計器飛行方式により同機を操縦し、高度約一万一〇〇〇フィートで航行し、帯広市上空を経由して同午前一〇時四四分ころイースト・トカチ・ポイントを通過し、同一〇時四八分二六秒運輸省航空局女満別出張所から網走郡女満別町中央所在の女満別空港への進入許可を得、同一〇時五二分七秒ころから降下を開始し、同一〇時五九分ころ同空港無指向性無線標識上空を高度約七〇〇〇フィートで通過した後、次第に高度を落しながら網走湖上空を左に方式旋回し、この間、同一一時零分三三秒から所定のアプローチ・チェックを、同一一時四分二秒からビフォー・ランディング・チェックをそれぞれ行ない、脚出しのためのギアー・レバーとライトの準備をし、同一一時六分九秒高度約六〇〇フィートで同空港付近地上を視認し、そのころから被告人服部が主体的に、同白土が着陸時の操縦感覚習得のためこれを輔佐して操縦し、一旦同空港滑走路北端上空を通過して南下し、南側で旋回して機首を網走湖に正対して着陸する周回進入方式により同空港に着陸しようとしたが、このような場合、着陸を安全に行ない、胴体着陸などの航空機事故の発生を未然に防止するため、
一 被告人服部は、被告人白土に対し、同会社の同型航空機の運用規定に従い、同空港滑走路末端上空から約一五秒位航行した地点で前記のとおり準備した同機の前脚及び主脚二本の脚出しのためのギアー・レバーをダウンするよう脚出し操作を指示すると共に、同被告人による右操作とその終了確認行為が確実になされたことを確認してから着陸すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、同被告人に着陸時の操縦感覚を習得させることに気を奪われるなどしたため、同被告人に対する右指示と確認を失念し、同機の全脚の脚出しがなされていないことを看過した過失により、
二 被告人白土は、前記地点にさしかかった時には被告人服部の指示に呼応して同機の脚出し操作とその終了の確認を確実に行うことはもとより、同被告人から右指示のなされなかった場合には積極的にこれを促して同様の措置を講ずるほか、同機のフラップをランディング・フラップにセット後ギアー・ダウンと脚出しに関するライト等を再確認のうえ点呼し、自ら脚出し操作が完全に行なわれているか否か再確認して異常の有無を同被告人に報告すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、同被告人の指導による着陸時の操縦感覚の習得に気を奪われるなどしたため、同被告人からの脚出し操作指示がなかったのにこれを看過したうえ、右再確認もしなかった過失により、
もって、右被告人両名の業務上の各過失の競合により、同機の全脚の脚出しのなされないまま着陸に移行した結果、同日午前一一時八分五秒ころ、同機を同空港滑走路南側末端から約二六五メートル北側の地点に接地させ、約四五一メートル先まで胴体滑走させて胴体着陸させ、よって航空機運行の業務に従事する者において過失により航空の危険を生じさせると共に、その衝撃により同機の両プロペラ、両エンジンなどを損壊してその航行機能を失なわしめ、航行中の航空機を破壊したものである。
(証拠の標目)《省略》
(事実認定等についての補促的説明―弁護人らの主張に関連して)
一 脚出し操作の過失の有無とその原因
(一) 先ず、本件事故が、被告人らの脚出し操作の失念に基づくものか否かの点につき、被告人らは捜査段階及び当公判廷においてその供述を曖昧にし、弁護人らも失念に基づくものではない旨主張している。
しかしながら、本件関係各証拠によれば、一般に航空機が着陸に際し脚出しがないことの原因は、航空機の機構上の故障か操縦士の操作ミスないし脚出し操作の失念のいずれかであるところ、本件事故機は本件事故前日の昭和五二年八月八日最終飛行を終え点検整備された際も、また、本件事故当日の同月九日の出発前の点検整備の際も脚出し装置に何ら異常はなく、同日千歳飛行場離陸の際も、油圧レバー、ギアーレバー等は正常に作動し、脚出し警報ランプ等も正常に機能していたこと、本件事故後も脚出しに関する各種装置は全て正常に作動していたこと、以上により機構上の故障は考えられないこと、他方、本件事故機の操縦室内の音声録音装置(以下、「CVR」という)には、脚出しを命ずるギアーダウンの音声も、これを確認するレッド・アンド・スリー・グリーン・ライト等のファイナル・チェックの音声も録音されておらず、却って、フル・フラップ後女満別空港の滑走路に正対し、着陸にかかった午前一一時七分三五秒に「ピー」という脚出し警報音が約一秒録音されていること、被告人らは判示のとおりビフォー・ランディング・チェックをして脚出しの準備をした後、脚出し操作をした形跡は全くなく、操作ミスは考えられないことが認められ、以上によれば本件脚出し操作のなかったことは被告人らの脚出し失念にあることは明らかであると認められる。
なお、被告人らは、当公判廷において(但し、被告人白土は捜査段階から)CVRの録音性能の劣悪さを云々する供述をしこれに沿う証拠も存し、これらによれば東亜国内航空のCVRの録音性能が若干悪かったことは認められるが、谷口勉他一名作成の「捜査関係事項照会書について」と題する書面(JA八六六五のCVRの翻訳文六枚綴添付)によれば、本件CVRには多少の雑音が入り聞き取りにくい部分がないでもなかったにしても、本件証拠に提出された午前一〇時四八分以降本件事故機の胴体接地までの操縦室内の会話はほぼ録音されているものと認められるのであって、特に脚出しのためのギアー・ダウンを指示すべき周回進入方式によるターニング・ベース地点通過直後の午前一一時七分一〇秒には被告人服部の「オー・ケー、アイ・ハブ」、同白土の「ユー・ハブ・サー」の声が、またフル・フラップ直後のファイナル・チェックすべき時間帯の同一一時七分二七秒には、被告人服部の「はい、ユー・ハブ」の声が録音されていることからみて、ギアー・ダウン操作の指示やファイナル・チェックのみが録音されなかったとは到底考えられないところであるし、また、被告人らも、当公判廷における供述でCVRの性能を云々するが、右の時間帯で被告人らの会話しない内容が録音されているとは供述していないし、また、録音不良と供述しながら右の時間帯にどのような会話が録音されていないのか明らかにしないのであって、以上の諸点からみて、本件CVRの録音性能に若干の問題があったとしても、少くとも右の時間帯に関する本件CVRの録音内容は十分に信用することができるものであると認められる。
(二) ところで、弁護人らは、被告人らが脚出し操作を失念した原因に関して、「無限な安全性の追求と有限な経済負担能力との矛盾の産物としての諸システムの不具合が不幸にも幾重にも重なって本件事故を惹起したもの」で、そのような不具合の「諸事実を前提として考える時、ギアー・ダウン操作の失念があったとしても、それは刑事責任の基礎たるべき過失に該当するといいうるものか疑問であり、また、仮にそれが過失に該当するとしても、その負うべき責任の量は航空機事故発生のメカニズム、その実態に即したものであるべきである」旨主張し、そのような不具合として、具体的に、
(1) 空港設備としての女満別空港の不具合
(イ) 滑走路が短いこと
(ロ) 航行援助設備の劣悪
(ハ) 気象の観測体制と通報体制とが劣悪であること
(2) 女満別空港における進入経路の設定の不備
(3) TDAの運用規程における問題
―ギアーのスタンバイワン―
(4) 器材―ウォーニング・システム―の不具合などがあり、これらに更に具体的条件として
(5) 本件事故当日の限界的な悪天候
(6) 人間の問題
(7) 航空行政の姿勢等が加わって本件事故となったものであるとし、その不具合につき詳細に論旨を展開している。
そこで、被告人らの前記脚出し失念の原因につき検討するに、本件CVRによれば、周回進入方式によりターニング・ベース地点を通過した直後の午前一一時七分一〇秒には被告人服部の「オー・ケー、アイ・ハブ」、同白土の「ユー・ハブ・サー」の声が、同一一時七分二三秒には被告人服部の「フル・フラップ」の声が、同一一時七分二七秒には同被告人の「はい、ユー・ハブ」の声が、同一一時七分三五秒には約一秒間「ピー」という脚出し警報音がそれぞれ録音され、更にその後被告人服部の「ちょっと重いからね」、同白土の「はい、そうですね」、同服部の「大丈夫だから」、「一二〇度。大丈夫」の声が録音された後、同一一時七分五二秒ころから被告人服部の「パワーを少し足せ。若干足せ。オー・ケー、グッド、それでいい。…重いから、…グーと落とせ、グーとだよ。おとせ。どーんと落せ」との声が録音され、同一一時八分五秒にザーという接地音が録音されていることが認められる。
ところで、《証拠省略》によれば、被告人服部は当時東亜国内航空の飛行専任教官でもあったところ、被告人白土は一年内に機長昇格のための国家試験を受ける予定にあり、慣熟飛行の必要があったため、被告人服部が同白土に操縦感覚を習得させるため、本件事故機の運航の際千歳飛行場離陸のころから、少くとも女満別空港付近地上を視認できた午前一一時六分九秒ころまで被告人白土に操縦をまかせ、その後の周回進入方式による着陸態勢に入り、被告人服部が主体的となり操縦するようになった後も同様着陸の際の操縦感覚を習得させるため操縦桿、パワー・レバーを握らせるなどして、引続き指導をしていたことが認められ、このことに右にみた周回進入方式による着陸態勢に入った後のCVRの録音内容、殊にその内容は着陸の際の操縦方法に限定され、かつそれは被告人服部から同白土に対する指導につき、その前後天候や女満別空港の設備の不具合等に関する会話は録音されていないこと等を総合すれば、被告人服部が女満別空港着陸の際の操縦の主体であったとはいえ、その指示の許で被告人白土を操縦のかなりの部分に関与せしめ、かつそのことに気を奪われていたこと、被告人白土もそのために気を奪われていたことは明らかであり、従ってこのことが本件脚出し操作失念の原因となったことも明らかであるといわざるを得ない。
弁護人らは、前記の如き不具合が本件脚出し操作失念の原因と主張するのであるが、確かに、当時東亜国内航空のYS―一一A型航空機一五機全機及びYS―一一型航空機一七機中二機に既にフラップ連動式のノン・カット・ウォーニング・システム(ノン・カット・ブザー)が装備されていたのであり、カット式ウォーニング・システムであった本件事故機にも右のノン・カット・ブザーが装備されていたならば(なお、本件事故後、これを契機に一ヵ月内に本件事故機を含む残るYS―一一型航空機に右のノン・カット・ブザーが装備されている)、また、本件事故後一年内に同社のYS―一一A型航空機及びYS―一一型航空機全機に装備された地上接近警報装置が装備されていたならば、本件事故は生じなかったであろうし、また、同社のYS―一一型航空機の運用規定が周回進入方式による着陸方法の際は、ギアー・ダウンするにつきスタンド・バイ・ワンをしなくてもよいようになっておれば、本件事故は発生しなかった可能性は認められる。
しかし、被告人らは本件事故機の警報装置、運用規定等につき、既にこれらを熟知のうえこれを前提に高度の飛行訓練を受けてYS―一一型航空機の操縦業務に従事しているのであって、右の点を情状として考慮するは格別、これが本件過失の成否を左右するものでないことは、前記過失の原因からみて明らかである。
更にまた、女満別空港が空港整備法にいう第三種空港であって、航空援助設備が十分でないこと、本件事故当日の悪天候等々の不具合を云々する。本件関係各証拠によれば、確かに女満別空港の航空援助設備が必ずしも十全のものでないこと、本件事故当日は、視程は五、〇〇〇メートルであったが、雨でもやがかかり、四〇〇フィートの雲量は全天の八分の二、五〇〇フィートの雲量は全天の八分の四、七〇〇フィートの雲量は全天の八分の八で、着陸できる限界に近い悪天候であったこと等着陸条件としては悪条件下にあったことは認めることができるが、他方東亜国内航空の旅客機は女満別空港での右程度の天候下において通常就航していること、被告人服部も同空港へは月平均四回飛行し、本件事故時までには往復にして二五〇回前後航行し、右の程度の天候下での離着陸は何回も経験しており、同被告人自身右の天候下での本件着陸の判断に無理はなかった旨自認し、被告人白土も同旨の供述をしていることが認められるのであるから、悪天候その他の不具合に多少注意を払う必要があったとしても、それが本件過失の誘因となったものではないといわねばならない。
そもそも、東亜国内航空の飛行専任教官の任にあった程の豊富な操縦経験を有する被告人服部が主体的に操縦する以上、本件程度の天候その他の各不具合等に気を奪われ、着陸の際の最も重要かつ基本的操作の一つである脚出し操作の指示及び確認を失念するなどということは通常考え難いことであるし、また仮に本件着陸の際の諸状況が弁護人らの主張するような操縦士に対し過重な負担を強いる困難な状況下にあるというのであれば、六四名もの乗客を安全に目的地に送り届けるため、機長は機長としての職務に、また副操縦士は副操縦士としての職務に全神経を集中し、その職責を全うすべきであるのに、何故に機長である被告人服部と副操縦士である被告人白土が本件着陸の際にまで被告人白土の操縦感覚習得の訓練をしていたのか全く理解できないといわねばならない。
以上から明らかなように、被告人両名の本件脚出し操作失念の主因は、被告人らが被告人白土の操縦感覚習得に気を奪われたことにあるのであって、弁護人ら主張の各種不具合は、本件過失の成否、原因を左右するものではない。
なお、弁護人らは、本件事故機の脚出し警報ブザー音が約一秒位で消失した原因が不明である旨主張するが、本件各証拠によって認められる脚出し警報ブザーの吹鳴機構、吹鳴したブザーをカットする機構及びその装置の位置、本件事故後同ブザー装置等関係機器に何ら異常は認められなかったことに、被告人らの供述態度、供述内容に照らせば、意識的か無意識的かは明らかではないが、被告人白土が右ブザーをカットしたことにより消失したものと認められる。
二 本件胴体着陸の危険性について
弁護人は、本件胴体着陸に危険は生じなかった旨主張するところ、《証拠省略》によれば、本件胴体着陸は、フラップの状態、重心位置、最終進入時の高度、速度、更には降下率などが適切であったため、最も衝撃の少ない胴体着陸としては望ましい状態で着陸したこと、そのため結果的には火災発生、爆発、滑走路離脱等の可能性が殆どなかったことは認められるが、しかし、このことは結果としてそうであったというに過ぎず、胴体着陸の危険の有無は右の結果からのみではなく、胴体着陸に通常予想される危険性を考慮して定むべきであり、しかるところ、胴体着陸が危険であることは次の点から明らかである。すなわち、東亜国内航空の運用規定(押収してある「運用規定(YS―一一、YS―一一A)(1)」一冊〔昭和五三年押第五一号の6〕)によれば、例えば、胴体着陸の場合降下率は最低とし、通常の姿勢でやや胴体後部を先に接地する、クラブ・アングルをとったまま接地するとオーフ・ランウェイとなり易い、ラン・ウェイに着陸する場合は摩擦熱による火災発生のおそれはある、などと規定され、また、それ故に胴体着陸に際しては、残存残料を捨てて火災の発生を防止し、かつ破損したプロペラが窓を突き破って機内に飛び込み乗客に傷害を負わせないため、プロペラから乗客を遠ざける措置をとること、また、胴体着陸後エンジンに対する消火措置等の緊急措置をとることなどが規定されており、これが胴体着陸の危険性を前提としたことは明らかであり、本件各証拠によれば、現に本件の場合にも接地後一旦滑走路中央線からでも最大二メートル西側にふくらんでいること、被告人らは本件胴体着陸を予め予知し、万全の態勢の下に着地したものではなく、着地まで全脚の出ていないことを知らなかったのであり、従ってまた、途中これに気づいて着地をやり直そうとして失敗したり、逆に異常な角度、高度等で着地する可能性もあり、事態の推移如何によっては大事故につながる虞もなかったとはいえないこと、本件事故機が着陸しようとした際、脚の出ていないことに気づいた女満別空港関係者において直ちに消防署、警察署への連絡の有無を確認しており、また、被告人らも結果として最も望ましい胴体着陸をしながら直ちに所定の非常措置をとっていること、本件事故機の乗客等においても一部不安を感じて騒いだ人もあったこと、通常、管制塔を持たず、また、消防車や救急車の配備のない女満別のような空港では、予め胴体着陸することが判っている時は他の空港を使用しなければならないとされていることが認められるのであって、以上の諸点に鑑みれば、本件胴体着陸に危険性が認められるものといわざるを得ない。
なお、航空の危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律(以下、単に「法」という)は、刑法第一一章「往来ヲ妨害スル罪」の陸上、海上交通の往来を妨害する罪と同趣旨に出たものと解すべきであるから、法にいう「航空の危険」も右刑法にいう「往来の危険」と同趣旨に解すべきであり、従って、「航空の危険」とは、航空機の衝突、破壊等の実害の発生すべき虞のある状況を作り出すことをいうものと解すべきところ、胴体着陸が右の状況を作り出す行為であることはいうまでもなく、かつ本件胴体着陸は現に本件事故機を破壊したのであるから、法にいう「航空の危険」を生ぜしめたことは明らかである。
更に、弁護人は、航空機の往来の危険を生じさせる手段は、刑法一二五条一項、二項、法一条にならい、滑走路その他の施設を損壊したり、航空機の計器に工作を加えて狂いを生じさせたりする場合と理解されるから、その手段の中に胴体着陸が含まれるか疑問である旨主張するが、航空の危険が前記のようなものであることに、法は特に手段を限定していないこと、更には同趣旨の刑法一二九条の法意に照らし、胴体着陸もまた法にいう航空の危険を生ぜしめる手段にあたるものというべきである。
三 過失航空危険罪と過失航空機破壊罪との関係
過失航空危険罪にいう航空の危険が前記趣旨のものである以上、その結果として航空機の破壊等が生ずれば、前者は後者に吸収され、後者の罪のみが成立するとの見解も十分考えられるが、航空の危険は破壊等した当該航空機のみに限らず、他の航空機に対しても生ぜしめる場合もありうるのであるから、過失航空危険罪が過失航空機破壊罪に吸収されると解するのは相当でない。
(法令の適用)
被告人両名の判示各所為は、いずれも包括して一罪として昭和五二年法律第八二号による改正前の航空の危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律五条二項(現行、同法六条二項に同じ)にそれぞれ該当するところ、所定刑中いずれも禁錮刑を選択し、その各所定刑期の範囲内で被告人服部を禁錮六月に、同白土を禁錮四月に各処し、情状により被告人両名に対しいずれも刑法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間それぞれその刑の執行を猶予することとする。
(量刑の理由)
本件事故は、本件事故機の機長である被告人服部が、同機の副操縦士である被告人白土が一年内に機長昇格のための国家試験を受ける予定にあったところから、女満別空港が第三種空港で、しかも当時悪天候で着陸条件は決っして良好といえない状況下にあったのに、被告人白土に操縦感覚を習得させることなどに気を奪われ、同様被告人白土もそのことに気を奪われたことなどの結果、判示のとおり最も重要かつ基本的着陸操作の一つである脚出し操作を失念したもので、同被告人らの本件各過失は重大であり、また結果として乗客に危害を及ぼさなかったとはいえ、本件事故機には六四名もの乗客、二名の乗務員が搭乗しており、一寸した操作ミスが加われば大惨事につながる虞も否定できず、更に乗客の一部にも少なからぬ不安感を与え、かつ機体、滑走路等に損壊を与えており、その結果も無視できない。
しかしながら、本件事故は、結果として最も望ましい状態での胴体着陸で比較的衝撃が少なかったこと、胴体滑走に気づいた後、被告人らがとった緊急措置も適切で、その危険性、機体の損壊は判示の程度に止まったこと、当時、本件事故機には、既に一部東亜国内航空の同型機に装備されていたフラップ連動式のノン・カット・ブザーは装備されていず、操縦者の資質に頼る点も少なくなかったこと、被告人両名は本件事故により航空法三〇条一項二号に基づき運輸省から行政処分を受け(被告人服部は三〇日間の、同白土は一五日間の各航空業務の停止処分)、また、東亜国内航空から懲戒処分として被告人服部は機長から副操縦士への降格等の、同白土は一〇日間の出勤停止の各処分を受けていること、更にこのことに本件事故惹起により、航空機操縦士としての経歴と名誉に大きな打撃を受けたであろうことからみて既に十分の社会的制裁を受けていること、なお、右各処分後、被告人服部は昭和五三年四月YS―一一型機の機長に復帰し、またその後の訓練を経てDC―九型機の機長となっており、同白土も昭和五四年四月にはDC―九型機の副操縦士になることが予定されていることからみて、本件事故を契機に操縦士として更に訓練に努めたことが窺われる等有利な事情も認められるので、その他本件各証拠に認められる諸般の事情を総合考慮し、主文のとおりの量刑とした次第である。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 田中亮一)