釧路地方裁判所 昭和54年(行ウ)2号 判決 1980年11月04日
原告 松山明
右訴訟代理人弁護士 松浦慶雄
同 松浦護
被告 小林弘道
右訴訟代理人弁護士 野口一
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は北海道足寄町に対し、金六三六万円及びこれに対する昭和五五年六月二一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、肩書住所地に居住する北海道足寄町(以下単に足寄町という。)の住民であり、被告は足寄町の町長である。
2 足寄町においては、議員報酬等の適正を図る目的で、足寄町特別職報酬等審議会(以下単に報酬審議会という。)を設置することを趣旨とする「特別職報酬等審議会条例(昭和四四年四月一日条例第一〇号、以下単に審議会条例という。)」が制定されており、その第二条には、「町長は、議会の議員の報酬の額並びに町長、助役及び収入役の給料の額に関する条例を議会に提出しようとするときは、あらかじめ、当該報酬等の額について審議会の意見を聞くものとする。」と定められている。
3 被告は、昭和五四年二月二〇日原告を含む一〇名を報酬審議会の委員に選任し、そのころ同審議会に対し、「1 足寄町議会議員の報酬の額は、現行の額で適正であるか。2 適正でないとすれば、適正な報酬の額はいくらであるか。また改正の時期はいつにすべきか。」という諮問を行なった。
4 報酬審議会は、右議題につき、同年二月二七日に第一回、同年三月五日に第二回の審議期日を開催して審議したが、現行報酬が適正であるかどうかという問題に加えて、同年四月にはいわゆる統一地方選挙があり、足寄町においても町長、議会議員の選挙がなされること、右選挙から町議会議員の定数が二六名から二二名に減少されること等の事情があって、直ちに答申を出すことは不適切であるとの意見が大勢を占め、同年五月一〇日に第三回審議期日を開くこととして審議を継続した。
5 その後報酬審議会会長の要請によって、同年三月一二日第三回審議期日が繰り上げられて開かれたが、ここにおいても、答申をなすには時期的に適切でないとの意見によって、改めて同年五月一〇日に審議を継続することとなった。
6 しかるに、被告は、報酬審議会による審議が自己の期待どおりに運ばないとみるや、その答申を待つことなく、同年三月一三日折から開催中の町議会第一回定例会(以下単に三月定例会という。)に提出してあった「足寄町特別職の職員の給与並びに旅費及び費用弁償に関する条例(以下単に報酬条例という。)」案のうち、町議会議員の報酬額が、当初は、従前のとおりの金額である議長一五万円、副議長一〇万五、〇〇〇円、常任委員長の職にある議員九万三、〇〇〇円、議員八万三、〇〇〇円であったのを、議長一六万八、〇〇〇円、副議長一二万円、常任委員長の職にある議員一一万円、議員一〇万円とそれぞれ増額訂正したうえ、これを同議会に提出した。そして、右条例案は同日同議会において右案のとおり可決され、同年三月一六日の公布を経て同年四月一日に施行されたので、被告は右条例に基づき、同年四月から昭和五五年六月までの間毎月二一日に、町議会議員全員に対する報酬として、従前の報酬額に基づいて算出した月額二一九万四、〇〇〇円よりも四二万四、〇〇〇円多い月額二六一万八、〇〇〇円の公金を支出した。
7 しかしながら、報酬条例のうち、町議会議員の報酬に関する部分は、前記のとおり被告が審議会条例二条に違反し、報酬審議会の意見を聞くことなくその条例案を議会に提出し、可決を得た違法なものであるから無効である。したがって、報酬条例に基づき町議会議員の報酬として支出された前記金額のうち、従前の報酬額によって算出した金額を超える月額四二万四、〇〇〇円の支出は、公金の違法な支出たるを免れないところ、被告は、故意に審議会条例に違反して報酬条例案を町議会に提出し、かつ右違法な公金の支出を行なって、足寄町に対し、昭和五四年四月から昭和五五年六月までの間毎月二一日に四二万四、〇〇〇円宛の損害を与えたのであるから、足寄町に対し、右損害額合計六三六万円を賠償すべき責任を負う。
8 原告は、昭和五四年四月二六日足寄町監査委員に対し、右公金の違法な支出につき、当時の既払い分については返還を、また未払い分については必要な措置を講ずることを求めて監査請求をしたところ、同年六月二一日同監査委員より前記支出は違法とは認められないとの内容の監査結果通知を受けた。
9 よって、原告は被告に対し、地方自治法二四二条の二第一項四号に則り、足寄町に代位して、前記損害金六三六万円及びこれに対する内金五九三万六、〇〇〇円については損害発生の日の後であり、内金四二万四、〇〇〇円については損害発生の日である昭和五五年六月二一日から完済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金を足寄町に支払うよう求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因第1ないし第3項は認める。
2 同第4項中、直ちに答申を出すことは不適切であるとの意見が大勢を占めたとの事実は否認し、その余の事実は認める。
3 同第5項は認める。
4 同第6項中、報酬審議会による審議が自己の期待どおりに運ばないとみるやとある点を否認し、その余の事実は認める。
5 同第7項は争う。
6 同第8項中原告がその主張の内容の監査請求を行ない、主張のような監査結果の通知があったことは認める。
7 同第9項は争う。
三 被告の主張
1 被告は、報酬条例案を昭和五四年の町議会三月定例会に議案として提出すべく、報酬審議会に本件諮問を行なったものである。しかるに報酬審議会は、同年二月二七日、三月五日、三月一二日の三回にわたって審議期日を開きながら、結論を持ち越し、被告の予定した日までに答申がなかったので、被告は、やむなく未答申のまま報酬条例案中の町議会議員の報酬額を増額訂正して町議会に提出したものである。
2 報酬審議会は、地方自治法一三八条の四第三項所定の審議会に該当するものであるところ、右にいう審議会は、執行機関による執行行為の内容を適正ならしむるため、その諮問に応じて一定の事柄につき調査論議し、意見を提出する諮問機関としての権能を有するものであるが、他方地方自治体の意思決定をなすものではないから、その意見に執行機関に対する法的拘束力があるものではなく、執行機関が審議会の意見と異なる執行行為をなし、あるいは審議会への諮問を欠いたまま執行行為をなしたとしても、その効力には影響がないものと解すべきである。したがって、本件において、被告が報酬審議会の答申を得ないで報酬条例案を町議会に提出したとしても、これがため被告による右条例案の町議会への提出行為が無効となったり、あるいは適式な手続のもとに町議会の議決を経て制定された右報酬条例が無効となるなどのことはありえず、右条例に基づいてなされた町議会議員の報酬の支出は違法な公金の支出ではない。
四 被告の主張に対する原告の反論
1 被告は、報酬審議会が答申期限までに答申を行なわなかったかの如き主張をするが、右主張は次に述べるとおり失当である。
(一) 被告から報酬審議会に対してなされた諮問は請求の原因第3項記載の二項目のみであり、その答申に対しては何ら期限が付されていなかった。
(二) のみならず、報酬審議会が昭和五四年五月一〇日まで審議を継続すると決定したことも極めて相当であった。即ち、本件の議員報酬額引き上げの動きは、議員や住民からの要求によるものではなく、足寄町の議員報酬額が他の町村と比較して低額であることを理由に、十勝町村会から増額の申し入れがあったことに端を発したものであるところ、足寄町の財政事情は人口減少に伴い徐々に悪化しつつあって、その中で昭和五三年四月ころから町議会議員の定数を減少させる条例の制定を求める直接請求の手続が進行し、これに押される形で町議会議員の定数を二六名から二二名に減少させる条例が成立して、その適用を受ける最初の町議会議員選挙及び町長選挙が昭和五四年四月の統一地方選挙の中で行なわれるという事情が存在していたことから、かかる事情の下で、報酬審議会は右選挙後の新しい環境の下で、住民の意向を尊重しながら審議するため、昭和五四年五月一〇日まで審議を継続したのであって、右判断は極めて適切であり、かつ右期日まで審議を継続したからといって、不相当に長期間答申を行なわなかったということはできない。
2 被告は、報酬審議会の意見が報行機関(町長)に対する法的拘束力を持たないとして、これを理由に報酬審議会の答申を経ないまま被告が議会に条例案を提出し、町議会が議決した報酬条例を有効である旨主張するが、次に述べるとおり右主張は理由がない。
(一) 審議会条例は、特別職の報酬額改訂につき審議会を設けて審議すべきことが必要であるとした昭和三九年五月二八日付各都道府県知事宛自治省事務次官通知及び昭和四三年一〇月一七日付各都道府県知事宛自治省行政局長通知に基づく北海道知事の足寄町に対する指導の結果制定されたものである。しかして、自治省がいわゆる「お手盛り」に対する世論の強い批判の中で、二度も通知を発した事実並びに右各通知の内容及び表現などに照らして考えると、右審議会の答申に執行機関に対する一定の拘束性を認め、特別職の報酬については、右審議会に実質的決定権を委ねて、執行機関には右決定を誠実に執行する義務を課するとするのが自治省の考えであると解されるから、右各通知を受けて制定された審議会条例に基づく報酬審議会の答申には、執行機関たる町長に対する拘束力があるものというべきである。
(二) 報酬審議会の設置目的は、執行機関と議決機関との馴れ合いを防止することにあり、その審議委員の構成は、足寄町区域内の公共的団体等の代表者その他住民とされており、そこでの審議は、執行機関の制約を受けることなく、広く住民の立場から、各界、各層の利害を反映させて行なわれるものである。したがって、報酬審議会は、単に行政行為の内容を適当ならしめるための諮問がなされるに止まらず、利害関係者の立場を保護するために、その者の意見を聞く目的の機関というべきであり、報酬審議会への諮問及びその答申は、不可欠の要件と解すべきである。
(三) また実際問題としても、報酬審議会への諮問及びその答申を経ることなく、特別職の報酬額を改訂しうるとすれば、あえて条例が特別の審議機関を設けて、特にその意見を聞くことを要求した趣旨が没却されてしまう。
右のとおりであるから、報酬審議会の答申を経ないで制定された報酬条例のうち、町議会議員の報酬に関する部分は無効である。
第三証拠《省略》
理由
一 (1)原告が足寄町の住民であり、被告が同町の町長であること、(2)足寄町には報酬審議会の設置を定めた審議会条例が制定されており、同条例二条によれば、町長が議会議員の報酬額に関する条例(案)を議会に提出しようとするときは、あらかじめ、その報酬額について報酬審議会の意見を聞くものとするとされていること、(3)被告は昭和五四年二月二〇日原告を含む一〇名を報酬審議会委員に選任して、そのころ議員報酬額について原告主張の諮問を行ない、報酬審議会は同年二月二七日及び同年三月五日に審議期日を開いて審議した末、同年五月一〇日に第三回審議期日を開くことにして審議を継続したこと、(4)同年三月一二日報酬審議会会長の要請で第三回審議期日が繰り上げられて開かれたが、ここにおいても、改めて同年五月一〇日に継続審議することになったこと、(5)ところが被告は、報酬審議会の答申を待たないで、同年三月一三日町議会三月定例会に提出中の報酬条例案のうち、議員報酬について原告主張の増額訂正を加えて同議会に提出し、右条例案が原案のとおり可決され、同年四月一日に施行されたこと、(6)被告は右条例に基づき、同年四月から昭和五五年六月まで、公金中から議員報酬を支出し、その額は従前の議員報酬に基づいて算出した額よりも月当り四二万四、〇〇〇円多いこと、(7)原告は足寄町監査委員に対して、その主張のような監査請求を行ない、同年六月二一日その主張のとおりの監査結果通知を受けたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
二 右の争いのない事実によれば、審議会条例二条によって、町長が議員報酬額に関する条例(案)を町議会に提出しようとするときは、あらかじめ報酬審議会の意見を聞くものとするとされているにもかかわらず、被告が報酬審議会の答申を経ないで議員報酬額を増額した報酬条例案を議会に提出したことは明らかであるところ、右の点につき、被告は、その予定した日までに報酬審議会の答申がなかったので、やむなく未答申のまま右条例案を町議会に提出したものであると主張するので、まず右の主張について検討を加える。
1 前項の争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 審議会条例は、昭和四四年条例第一〇号をもって制定されたものであり、右制定後本件諮問までの間に、町長(いずれも被告)から報酬審議会に対する町議会議員並びに町長等いわゆる三役の報酬額についての諮問が合計九回あったところ、報酬審議会はその都度審議して答申を行ない、右答申にかかる報酬額はいずれもそのまま条例案に採り入れられて町長から町議会に提出されていた。しかして、報酬審議会に対する過去九回(昭和四四年四月ないし同五三年二月諮問分)の諮問についての第一回審議期日から答申までの所要日数は、最長二四日(昭和四六年五月諮問分)、最短四日(昭和五三年二月諮問分)、平均一二・一日であり、開催した審議期日数は昭和四四年四月諮問分から昭和四七年一〇月諮問分までの四回については各三回、昭和四八年二月諮問分以降の五回については各二回であった。また、右のうち昭和四四年四月諮問分から昭和四七年一〇月諮問分までの四回については諮問の際に明示の答申期限が付されていたが、昭和四八年二月諮問分以降は答申期限は明示されていなかった。なお、過去に報酬審議会の答申の際、報酬額改訂は毎年四月一日から実施すべく、そのため二月中に諮問されるよう、また報酬額改訂の条例制定後遡及して条例が適用されないことを原則とするよう付帯意見として述べられたこともあった。
(二) 被告は昭和五四年二月二〇日原告を含む足寄町各団体の代表者等一〇名を報酬審議会委員に選任し、同月二七日同審議会に対し、「1足寄町議会議員の報酬の額は、現行の額で適正であるか。2適正でないとすれば、適正な報酬の額はいくらであるか。また改正の時期はいつにすべきか。」との諮問を行なった。なお、被告ら町理事者側としては、昭和五二年一二月ころより北海道町村議会議長会等から各町村長宛に議員報酬適正化と称する増額の要請があったこと、足寄町においては昭和五三年四月一日に議員報酬額の改訂があったが、なお、右要請において示された適正標準率(町村長給料額に対する割合)に比べてかなり低額であったこと、十勝支庁管内一九町村のうち、一三町村が昭和五三年一二月ないし昭和五四年三月に議員報酬額改正の町議会議決を行ない、又は行なう予定であったこと及び前記のとおり報酬審議会からも報酬額改訂が四月一日から実施され、かつ条例改正後遡及しないよう付帯意見が述べられたこともあったことなどの事情から、昭和五四年の町議会三月定例会において改正条例案の議決を得て、同年四月一日に施行することを予定していた。しかし、前述のような過去の報酬審議会の答申までの所要日数などから、今回の諮問についても三月定例会への議案提出に間に合うよう答申がなされることは確実であると判断し、特に答申の期限は付さなかった。
(三) 同年二月二七日報酬審議会は第一回審議期日を開き、互選によって会長に藤村与作を選出した後、町理事者側を代表して出席して木村重雄総務課長より十勝管内町村議会議員報酬額調等の参考資料の配布及びこれに基づく趣旨説明を受けたが、その際同課長は「できれば三月定例会に提案したいと考えている。」旨発言した。そして直ちに審議に入ったが、当日は結論が出ず、次回の審議期日を同年三月五日と定めて散会した。
(四) 同年三月五日の第二回審議期日においては、他町村の議員報酬額引き上げの実情、足寄町の財政事情及び同町において議員定数が二六名から二二名に削減された経緯などを背景に、報酬額引き上げに対して賛否両論の意見が出されたが、結論は全会一致によるとの慣行があるために、報酬審議会としての結論を出すことができなかったところ、一部の委員から、同年四月の統一地方選挙で予定されている町長及び町議会議員改選後まで継続審議とし、答申の提出を延ばすことによって報酬額引き上げの議決時期を遅らせようとの趣旨の妥協的な提案があり、第三回審議期日を同年五月一〇日と決定して、同日の審議を終えた。
(五) ところが、同年三月一一日ころ、藤村与作報酬審議会会長が、各委員に対して同年三月一二日に審議期日を開くことを要請したことから、同日第三回審議期日が開催された。そして審議の冒頭に藤村会長及び木村総務課長から議員報酬額を改訂した条例案を開会中の三月定例会に提出したいので、本日中に答申を出したい旨の説明があって審議に入ったが、委員の多数は、議員報酬額の小巾の引き上げはやむを得ないとしながらも、町議会三月定例会において議員報酬額を引き上げる条例案を議決することは時期的に相当ではないとして、同年五月以降における町議会で議決を行なうべきであるとの意見であった。そして右審議中に木村総務課長から本日答申がなければ、未答申のまま議会への議案提出があるかもしれない旨の説明があったが、結局報酬額改訂の議決を同年六月の町議会第二回定例会まで遅らせるため、再度同年五月一〇日を次回の審議期日と定めて審議を終了した。なお、右審議終了後被告は藤村会長から、報酬審議会はもはや審議にならないので被告の判断で措置すべき旨の申し入れを受け、また木村総務課長からも報酬審議会の審議の経過について報告を受けた。
(六) 当時足寄町においては、議会議員、特別職、非常勤職員等の報酬、給与等は、「議会議員報酬及び費用弁償条例」「特別職の非常勤職員報酬費用弁償条例」「非常勤職員の報酬費用弁償条例」及び「特別職常勤職員の給与条例」の四条例によって各別に定められていたところ、自治省の準則が改正されたのに伴い、これらの内容を整備し、一つの条例にまとめた報酬条例案が町議会三月定例会に提出されていた。このうち、議会議員報酬額は、提出当初の条例案では、従前と同様の額となっていたが、被告は報酬審議会の審議経過の報告を受けると、同審議会の答申のないまま、当初の予定どおり三月定例会で増額改訂の議決を得ることを決意し、同年三月一三日議会に提出中の報酬条例案のうち、議員報酬額を、議長が一五万円から一六万八、〇〇〇円に、副議長が一〇万五、〇〇〇円から一二万円に、常任委員長の職にある議員が九万三、〇〇〇円から一一万円に、議員が八万三、〇〇〇円から一〇万円にそれぞれ差し替えて提出した。そして、町議会は審議の末右条例案を賛成多数で原案どおり可決した。
以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
2 右認定の事実関係に照らすと、被告を始めとする町理事者側は、報酬審議会への本件諮問に際し、町議会三月定例会への議案提出に間に合うよう答申がなされるとの主観的な期待を抱いていたこと及び右期待を同審議会に表明していたことはいずれも認められるものの、被告が同審議会の答申に明確な期限を付したことはこれを認めるに足る証拠が存在しない。
3 しかしながら、答申期限の明示がない場合においても、報酬審議会は無限定に審議期間を長びかせ、答申を遅らせることはできないものと解すべきであるから、諮問を受けながら徒らに時を過し、相当と認められる時期までに答申を行なわず、又は相当と認められる時期までに答申を行なう見込のない場合、即ち、報酬審議会が正常な活動を行なわないため、その答申を待っていては却って同審議会を設置した趣旨を逸脱すると認められる場合には、町長が同審議会の答申を待たずに議員報酬額等に関する条例案を町議会に提出することもやむを得ないものであって、これをもって直ちに審議会条例に違反したものと断ずることはできないものというべきである。
そこで、以下本件につき右の点を検討する。
(一) 前示認定の事実関係によれば、仮りに被告が報酬審議会の答申を待った場合、答申の行なわれるのは昭和五四年五月一〇日以降となり、第一回審議期日から答申までの日数は七二日間以上となるところ、これは従前の報酬審議会における平均審議日数一二・一日の約六倍、最長審議日数二四月と比較しても三倍以上にも及ぶものであること、右のように審議期間が長期にわたる理由は、答申を延ばすことによって、町議会における議員報酬額改訂のための条例案の審議、議決を同年六月開催の第二回定例会まで遅らせるということにあったから、結局右審議日数のうち同年三月一三日から同年五月九日までの五八日間は審議期日が開催されないままに経過する予定であったこと(この点原告は、報酬審議会が同年五月一〇日までに審議を継続した理由について、町長及び町議会議員改選後の新しい環境の下で住民の意向を尊重しながら審議するためであった旨主張するが、同審議会の意見の多数が議員報酬額の引き上げはやむを得ないとしながら、ただその時期が問題となり、その結果、町議会における議決を遅らせるために同年五月一〇日まで審議を継続することになったことは、《証拠省略》に照らし、明らかである。)及び被告からの報酬審議会に対する諮問事項中には、議員報酬額を改正する場合の改正時期についても諮問に付されていたのであるから、同審議会として相当と認める改正実施時期について独自の意見を述べることも十分可能であったことが認められる。
(二) ところで、《証拠省略》によれば、足寄町において審議会条例を制定して報酬審議会を設置した趣旨は、従前からの地方公共団体の長及び議会議員等の報酬額引き上げに対する世論のいわゆる「お手盛り」批判に応え、右報酬額改正について住民各層の意向を公正に反映させることにあったことが認められる。したがって、報酬審議会が議員報酬額改正の是非、その程度及び実施時期について、町長に対し意見を具申表明しうることは諮問機関として当然であり、かつ被告も執行機関たる町長として同審議会の諮問手続及び答申内容を尊重すべきことは多言を要しないところであるけれども、他方、議員報酬額改正のための条例案を町議会に提出する権能は、地方自治法上町長又は町議会議員に委ねられているものであるから、右条例案の町議会への提出時期などについては、専らこれらの者の政治的判断に任されるべきものであって、この点についてまで報酬審議会が介入することは、右提出時期が相当でなく同審議会が諮問事項について十分な審議を行なう機会を奪うことになるような特段の事情のない限り、許されないものというべきである。
(三) してみると、本件においては、被告が議員報酬額改正の条例案を三月定例会に提出して議決を得たいとの強い意向を有していたのであれば、報酬審議会への諮問当初から右意向を同審議会に対し積極的かつ明確に表明して、同審議会の協力を得られるよう努力すべきであったにもかかわらず、右努力を十分に行なわないまま、結果的に同審議会の答申を得ないで右条例案を町議会に提出した点において、被告には慎重な配慮がいささか欠けていたことは否めないところである。しかし他方、前記認定事実に照らし、報酬審議会への諮問から町議会への改正条例案提出までの期間が、同審議会における十分な審議を行なう機会を奪うほど不相当であったとの特段の事情も認められないのであるから、報酬審議会としては、執行機関たる町長から諮問があった後、諮問機関として可及的速やかに議員報酬額改正の是非並びに改正すべき場合にはその額及び改正の実施時期について審議し、その結果を答申すべきであったのであり、これに反して、前述のような町議会における改正条例案の審議、議決を遅らせるため、従前の同審議会における審議日数を著しく超える審議期日を定め、その結果五八日間にもわたり審議期日を開催しないまま空白期間を設けるようなことは、同審議会の権能として一般に是認される正常な活動の範囲を超えるものであって、同審議会設置の趣旨を逸脱するものといわざるを得ない。
(四) したがって、報酬審議会が昭和五四年三月一二日開催の審議期日において、次回の審議期日を同年五月一〇日と定めたことは、同審議会が相当と認められる時期までに答申を行なう見込がない場合に該当するものと解するを相当とし、右の時点で足寄町長である被告が、同審議会の答申のないまま、報酬条例案中の議員報酬額に関する部分を差し替えて町議会に提出したことは、やむを得ないものというべきであって、これをもって審議会条例に違反する違法な措置であるということはできない。
三 以上認定説示の次第であるから、被告による報酬条例案の議会提出行為が、審議会条例に反する違法な措置であることを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。
よって、原告の本訴請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塩谷雄 裁判官 春日通良 石原直樹)