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釧路地方裁判所北見支部 平成17年(わ)42号 判決 2005年7月28日

主文

被告人を懲役5年に処する。

理由

【罪となるべき事実】

被告人は,平成16年6月10日午後4時58分ころ,北海道網走郡津別町<番地略>付近の直線道路において,降雨のため路面が濡れ,水たまりができていたのに,前後輪タイヤが摩耗した状態の普通乗用自動車を,その進行を制御することが困難な時速約100Kmの高速度で走行させたため,滑走した自車を左前方に暴走させた上,左側路外に逸脱させて側溝及びコンクリート製電柱に激突させ,よって,自車の後部座席に同乗していたA(当時19歳)及び同B(当時20歳)にそれぞれ頭蓋骨粉砕開放骨折等の傷害を負わせ,即時同所において両名を死亡させるとともに,自車の後部座席に同乗していたC(当時19歳)に治癒不明の頚椎破裂骨折等の傷害を,自車の助手席に同乗していたD(当時20歳)に加療約10日間を要する頚椎捻挫等の傷害をそれぞれ負わせた。

【証拠の標目】括弧内の番号は証拠等関係カードにおける検察官請求の証拠番号である。

1  被告人の

(1)  公判供述(第1回公判期日におけるもの)

(2)  検察官調書2通(乙8,9)及び警察官調書3通(乙4ないし6)

2  次の者の警察官調書

(1)  E(甲50)

(2)  D[2通](甲41,42)

(3)  C(甲44)

(4)  F(甲51)

3  警察官作成の

(1)  実況見分調書7通(甲2,5,8,11,22,29,39)

(2)  写真撮影報告書3通(甲3,4,17)

(3)  捜査報告書7通(甲16,25,26,28,31,35,36)

4  網走地方気象台長作成の捜査関係事項照会回答書(甲24)

5  北海道警察本部刑事部科学捜査研究所技術吏員西館啓介作成の鑑定書2通(甲37,38)

6  株式会社ブリヂストン北海道支店北海道技術サービス課課長髙松剛作成の「ハイドロプレーニング現象について」と題する書面(甲30)

7  医師近藤益夫作成の死体検案書2通(甲7,10)及び診断書(甲14)並びに医師森井北斗作成の診断書(甲13)

8  横浜市瀬谷区長作成の身上調査照会回答書(甲9)及び広島県福山市長作成の身上調査照会回答書(甲12)

【法令の適用】

1  被告人の判示所為は,

(1)  A及びBに対する危険運転致死の点については,刑法208条の2第1項後段,前段(致死の場合。懲役刑の長期は,行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法12条1項に,裁判時においてはその改正後の刑法12条1項によることとなるが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法による。)にそれぞれ該当し,

(2)  C及びDに対する危険運転致傷の点については,行為時においては上記改正前の刑法208条の2第1項後段,前段(致傷の場合)に,裁判時においてはその改正後の刑法208条の2第1項後段,前段(致傷の場合)にそれぞれ該当するが,これらは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,同法6条,10条により軽い行為時法の刑によることとし,

これは1個の行為が4個の罪名に触れる場合であるから,同法54条1項前段,10条により1罪として刑及び犯情の最も重いAに対する危険運転致死罪の刑で処断することとし,その所定刑期の範囲内で,被告人を懲役5年に処する。

2  訴訟費用(国選弁護費用)は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させない。

【量刑の理由】

1  本件は,被告人が,アルバイト先に向かうため,同じ大学に通う友人4名を同乗させて普通乗用自動車を運転中,自車のタイヤが摩耗しており,雨天で路面が濡れていたにもかかわらず,時速約100Kmの速度で走行し続けたため,その進行を制御できず,左側路外に逸脱させて電柱等に激突させ,同乗者のうち2名を死亡させ,うち2名に重軽傷を負わせた事案である。

2 被告人は,本件事故の約3か月前である平成16年3月24日に運転免許証の交付を受けたばかりであった。本件事故当時運転していた車両は,被告人が先輩から同年4月10日ころ,無償で譲り受けたものであり,被告人は,夏タイヤがかなり摩耗していることを認識していたが,同年7月末に車検の時期を迎えることもあり,これを交換せずに装着して運転していた。

本件事故当日は強い雨が降り,本件事故現場付近の路面は濡れ,被告人が運転する車両の進行方向左側には大きな水たまりができていた。しかるに,被告人は,出発時間が遅れたことから,アルバイト先に遅刻しないように到着したいとの思いにとらわれ,制限速度内で進行する先行車を追い越し,一時は時速120Kmにも及ぶ高速度で進行した。本件事故直前,降雨で視界が悪かったのに,被告人は,トラックを追い越すべく対向車線に進出したが,その際,助手席に同乗していたDは,背筋が凍るくらいの恐怖を感じていた。追越し完了後,被告人もまた,路上の水たまりを通過した際,左側にハンドルを取られたような感覚を覚え,鳥肌が立つ思いをした。しかるに,被告人は,恐怖心を押し殺し,法定最高速度の時速60Kmを超える時速約100Kmの速度で運転し続け,道路の左側の水たまりに突入し,車両がセンターライン側に流れ,とっさに左にハンドルを切った瞬間,車両が路外に飛び出し,本件事故に至った。もとより,同乗者らが被告人をあおって危険な高速運転をさせたわけではない。当時の天候及び路面の状況や被告人の運転経験の少なさに照らし,被告人の行動は,実に無謀なものであったというほかない。

本件事故により,Dは幸い軽傷で済んだものの,後部座席の同乗者らは,いずれも身体に大きな損傷を受け,そのうちA及びBはいずれも即死し,Cは重傷を負った。事故後の車内の状況は凄惨の極みである。突然悲報に接した遺族が被った衝撃と苦痛の大きさは想像に難くない。Cは,今後重い後遺障害を背負い続けなければならないことが推測される。被害者らは,いずれも前途のある若者であり,その結果は誠に重大である。

3 他方,本件事故はいわゆる自損事故であって,被害者がいずれも好意同乗者であること,当時向かっていたのが,大学の諸先輩が代々引き継いできたアルバイト先であり,被害者及び被告人には,できる限り遅刻せずに到着したいという共通の思いがあり,これが被告人の無謀運転の遠因となった面があること,被害者ないし遺族に対し,保険による金銭的補償が見込まれること,被害者ないし遺族が被告人に対する厳罰を望んでいるわけではないこと,被告人が若年で前科前歴がないこと,被告人が事実を素直に認めて反省の情を示していること,本件が道内で大きく報道され,本件により無期停学処分を受けるなど一定の社会的制裁を受けたこと,被告人の父親が情状証人として出廷し,被告人とともに被害者への償いのあり方を模索する態度を示していること,被告人の指導教官及び多くの学生が,自己弁護しようとしない被告人の態度を潔いものと受け止め,早期の社会復帰を望んでいることなどの事情が認められる。

4  これらの情状を総合考慮した上,主文のとおりの量刑をした。

(裁判長裁判官・本田晃,裁判官・田中寛明,裁判官・内野宗揮)

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