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釧路地方裁判所帯広支部 平成13年(わ)145号 判決 2002年3月18日

主文

被告人を死刑に処する。

押収してあるカッターナイフ1本(平成13年押第10号符号3)及びカッターナイフ様の刃の破片3片(同押号符号6)を没収する。

理由

(犯行に至る経緯)

1  被告人の身上,経歴等

(1)  被告人は,昭和52年に北海道広尾郡a町においてA・B夫婦の長男として出生し,本件各犯行当時,両親及び弟2名とともに暮らしていた。

(2)  被告人は,同町内のC小学校,D中学校を経て,北海道E高等学校商業科に進学した。学校での勉強は嫌いで,成績も悪かったが,中学校までは学校生活自体に特段の不満はなかった。高校では,一部の女子生徒から嫌われたり,成績が悪くて補習を受けさせられたりしたことに不満はあったものの,特段のものではなかった。被告人は,高校では遅刻が多く,学校を休むこともしばしばであったが,これは,特に理由があったからではなく,学校に行きたくなくなると仮病を使って休んでいた。そのため,出席日数が足りなくなる恐れが出てきたことなどから,担任の教諭から精神科の診断を受けるように勧められて受診したが,特に異常はないということであった。

(3)  被告人は,3年で高校を卒業することができ,就職希望であったことから,平成8年4月にE高等学校を卒業後,地元の海運荷役会社に就職し,平成13年7月31日まで港湾荷役作業員として稼働した。

職場では,被告人の人付き合いが悪く,また当日の朝になって仕事を休む連絡をし,当日の荷役作業の計画が狂うなどの迷惑をかけていたことから,職場内では孤立しており,被告人の動きが緩慢であるなどといって同僚にヘルメットの上から頭をたたかれるなどされたこともあった。

被告人は,付与された年次休暇は全て消化した上,さらに私事休暇を取ることがしばしばであったが,特に理由があったわけではなく,被告人が朝起きて休みたいと思ったときは,そのまま休むという状態であった。

(4)  被告人は,スナック菓子等を食べながら,漫画本を読んだり,アニメのビデオを見たり,テレビゲームをすることが好きで,毎日のようにコンビニエンスストアで弁当や菓子,ジュース類を購入していたほか,帯広市内のレンタルビデオ店や中古書籍店にしばしば出かけてアニメを中心としたビデオのレンタル,漫画本や雑誌の購入,古本の売却などをしていた。人付き合いは苦手であり,2,3名の友人とたまに食事に行くほかは,積極的に他人と交際することはなく,前記のとおり,一人で漫画本を読む等していた。女性との交際をしたことはなかった。

(5)  被告人は,前記海運荷役会社で稼働中,手取りで1か月10万円ないし15万円程度の収入を得ていたが,金銭の管理ができず,手にした金銭は全て費消してしまうことから,母のBが,給与の振り込まれる被告人名義の銀行口座を管理し,被告人に小遣いを渡していた。小遣いの額は,給料日後に2万円のほか,足りなくなる都度に被告人がBに頼んで1万円程度を受け取っていた。これらの小遣いは,ビデオレンタル代金,ゲームソフト購入代金,弁当や菓子,ジュース類の購入代金としてその都度費消し,自ら貯金などすることはなかった。このほか,被告人は,平成13年4月に普通乗用自動車(三菱シャリオグランディス。以下「グランディス」という。)を代金約310万円でローンで購入し,月々の支払が約6万円あり,被告人の銀行口座から引き落とされていた。なお,被告人は,勤務先が海岸の近くであったことから車体が錆びることを恐れ,通勤にはBが使用していたトヨタカローラ(以下「カローラ」という。)を使用し,帯広市内に遊びに行くときにのみグランディスを使用しており,普段はBに同車両を使用させていた。

2  本件被害者と被告人の関係等

F(当時6歳),G(当時5歳)及びH(当時2歳)は,I・J夫婦の子で,Fは長女,Gは二女,Hは長男であり,同夫婦の三女であるK(当時4歳)とともに6人で暮らしていた。FはC小学校の1年であり,GとKはL保育所の年長組と年中組にそれぞれ通っていた。

被告人方とI方は,同じ町内会に属する2軒隣であり,お互いに出産祝いや入学祝い等を贈りあう近所付き合いをしていたが,特に親しい交際はなかった。

被告人自身はI方との付き合いはなく,I方には,I・J夫婦と幼い子供2,3人が居住していると思っていた。

3  第1の犯行に至る経緯

(1)  被告人は,前記のとおり,海運荷役会社で稼働していたが,かねてから仕事を休みがちであったところ,平成13年7月15日の公休日の後,同月16日から同月18日まで特段の理由もなく,無断欠勤したことから,同月21日,会社から解雇を言い渡され,同月31日付で退職した。

被告人は,会社に出勤しなくなった同月16日以降も,相変わらずコンビニエンスストアで購入したスナック菓子等を食べながら,自宅で終日,漫画本を読んだり,アニメのビデオを見たり,テレビゲームをするなどして生活していた。

(2)  被告人は,平成13年7月5日ころ,会社からボーナスが支給されて,Bから5万円の小遣いをもらったが,前記のとおり,終日漫画本を読むなどの生活をしていたため,仕事をしていたときよりも出費がかさむようになり,同月25日ころには,所持金がほとんどなくなった。同月25日には,会社から給料が支給されたが,支給額が通常より少ない10万円程度であったことから,同月27日ころ,被告人は母親から1万円しか小遣いをもらえなかった。被告人は,その収支に特段の意を払うことなく,同様の生活を続けたため,平成13年8月7日の夜には,所持金は51円になっていた。

(3)  被告人は,同月8日午前5時ころ起床し,自宅の自室で,漫画本を読み,午前7時ころから,弟の部屋でテレビゲームをし,午前11時ころ,居間でテレビを見ながら食事をした後,アニメのビデオを見て,午後0時30分ころ自室に戻った。このとき,既に父Aと二人の弟は出勤しており,Bは午前10時30分ころ,被告人のグランディスに乗って帯広市内に出かけていたため,被告人方には被告人以外には誰もいなかった。

被告人は,帯広市内のビデオレンタル店で借りたビデオの返却期限が翌9日に迫っていたことから,これを返却して新たにビデオを借りるとともに,同市内の書店で漫画本を購入し,読み終わった漫画本やゲームソフトを換金しようと考え,読み終わった漫画本等を紙袋に入れるなどして準備し,Bの帰りを待つことにした。

(4)  被告人は,この日Bが帯広市内に出かけていることを知らず,同女が毎日のようにa町内にある同町M病院に通院し,昼過ぎに帰宅していたことから,この日も同女が同病院に行っているものと思いこみ,自宅で同女の帰りを待っていた。しかし,同女は昼過ぎになっても帰宅せず,被告人が同女の携帯電話に電話をしても応答がなかった。

そこで,被告人は,同日午後1時30分ころ,Bを探すため,カローラを運転して自宅を出て,前記病院,祖父の家,ショッピングセンター,(被告人の)家の墓がある寺等,a町内のBが立ち寄りそうなところを捜したが,同女を見つけることができず,カローラのガソリンがほとんどなくなったこともあって,同日午後2時20分ころ,自宅付近に戻り,同車両をいつも駐車していたI方の北側空き地に駐車した。

(5)  被告人は,Bを見つけることができず,小遣いがもらえなかったことや帯広市内に出かけるための車がないことに苛立ち,被告人が仕事を辞めて収入がなくなったことから,今後はBから小遣いをもらえないかもしれないと思い,窃盗をして金員を得ることを思いついた。

そして,被告人は,カローラを駐車した際,I方前にいつも駐車している自動車がなかったことから,同方は子供を含めて留守であり,家も新しく,大きいことから,同方には相当の金員があるのではないかと考え,同方に侵入して自己の小遣い銭として4,5万円程度の金員を窃取することを決意した。

(6)  そこで,被告人は,変装のため,カローラの運転席で着ていた黒色ジャージの上着を脱いで,同車両に積んであった青色のジャンパーに着替えて同車両から降り,I方周辺を見回って同方が留守かどうか,付近に人がいないかなどを確認して,いったん同車両に戻った。

被告人は,指紋を残さないようにするため,軍手を準備したほか,I方に侵入した後に人に発見された場合に,相手を脅して逃走を図るため,同車両に積んであったカッターナイフを持ち,顔を隠すための目出し帽子も用意し,これらを前記ジャンパーのポケットに入れた。さらに,被告人は動きやすい運動靴に履き替えた。

そして,被告人は同車両から降りて,I方1階8畳間の出窓の外に至り,その場で両手に軍手をはめ,後記第1の犯行に及んだ。

4  第2の1ないし3の各犯行に至る経緯

(1)  被害者らの母Jは,同日午前8時ころ,KをL保育所に預けた後,微熱のあったG,小学校が夏休みのF,そしてHの3人を連れて,同日午前9時ころ,実父が経営する鮮魚店に出勤したが,昼ころになってGが高熱を出したため,仕事を切り上げ,同女,F及びHを連れて,同日午後1時ころ帰宅した。帰宅後,Fは一旦一人で遊びに出かけ,Jは,G及びHを自宅2階の寝室で就寝させた後,買い物のため同日午後2時20分ころ外出したが,そのころ,Fが帰宅した。

被害者らの父Iは,この日は朝から出勤していたため自宅には居らず,前記Jの外出後は,被害者ら3名だけが在宅していた。

(2)  被告人は,前記8畳間に侵入後,前記目出し帽子をかぶり,I方が留守であるかどうかを確認するとともに,サイドボード,棚,バッグ,貯金箱など現金のありそうなところを捜そうと考え,同室内を見回したが,同所は一見して使用していないような部屋に見えたことから,同所はIの両親がかつて使用していた部屋であると考え,同所を出て,廊下を歩きながら左右の部屋の様子を見,人のいないことを確認しながら,現金を保管してありそうな場所を捜した。

このとき,被告人は,洗面室内に多数の洗濯物が干してあることに気付いた。また,仏間に学習机やランドセル等があるのを見て,同所は子供部屋で,現金は置かれていないと考えた。

被告人は,1階居間に至り,同所に置いてあったサイドボードを発見したが,かねてより,I方の家族が2階で生活していることを知っており,2階居間のサイドボードの方が現金が保管されている可能性が高いと考えていたことから,先に2階居間のサイドボードから現金を窃取し,その後に1階居間のサイドボードから現金を窃取することにし,階段を上って2階居間に至った。

(3)  被告人は,まず2階に人がいないことを確認してから現金の窃取に取りかかろうと考え,2階居間の中を進んでいったところ,居間の奥にある南西側洋室のベッド上にFがいるのを発見した。その直後,Fがベッド上で上半身を起こして被告人の方を見,被告人が同女に近づくと,大きな声で泣き出した。さらに同室内にいたGとHも大きな声で泣き出したため,被告人は現金の窃取をあきらめ,I方から逃走することにし,階段を下りて1階に行った。

(4)  被告人は,侵入口の前記8畳間に向かう途中,前記洗面室内に干してあった多数の洗濯物が目に入り,とっさに,下着を持ち出すことによって,前記住居侵入をいわゆる下着泥棒の仕業に見せかけ,被告人による現金窃取目的での犯行であることを隠蔽しようと考え,ハンガーに干してあったJ等のブラジャー1枚及びパンツ5枚(以下「下着類」という。)を引っ張って取り,被告人着用のジャンパーの右ポケットにそのままつっこんだ。

被告人は,もともと女物の下着に対して特段の興味はなく,前記持出しにかかる下着類は,I方から逃走後,前記住居侵入の際に着用,携帯していたジャンパーや軍手,カッターナイフ,目出し帽子,靴などとともに,N港にあるゴミステーションに捨てるつもりであった。

(5)  被告人は,前記8畳間の出窓から外に出て,目出し帽子を脱ぎ,カローラで逃走するため,同車両を駐車していたI方北側空き地に戻り,同車両の運転席の外側に至った。

そのとき,被告人は,人に見られていないかどうかを確認するため周囲を見回したところ,I方2階窓からFらが被告人の方を見ているのを見つけた。被告人は,既に目出し帽子を脱いでおり,Fらに素顔を見られたこと,被告人がいつもカローラを駐車していた場所で,しかも同車両のすぐそばにいるところを目撃されたことから,Fらの供述により,被告人の前記住居侵入が発覚し,自己が警察に捕まり,刑務所に入れられて,それまでの自由気ままな生活ができなくなると考えた。

そこで,被告人は,自己の前記住居侵入が発覚して逮捕されるのを恐れる余り,その罪跡を隠滅するためには,目撃者であるFらを殺害する他はないと決意し,被害者3名を所携のカッターナイフで刺して殺害することにした。

(6)  被告人は,被害者3名を殺害するため,再びI方に1階8畳間の出窓から入って1階居間に至ったところ,Fが,電話機の前にいるのを認め,同女が警察か親に通報しようとしているものと考え,これを阻止するためにFに近づいた。

Fは,被告人の方を見て,泣きながら,「警察に電話する。」と言った。そこで,被告人は同女に対し,「電話するな。」と怒鳴ったところ,同女が玄関の方に向かって逃げ出したことから,被告人は,後記第2の1の犯行に及んだ。

(7)  後記第2の1の犯行の途中で,カッターナイフの刃が折れたため,被告人はカッターナイフではFを殺害することができないと考え,Fらを包丁で刺殺することとし,カッターナイフをジャンパーの左ポケットに入れて,包丁を探しに1階台所に向かった。

(8)  被告人は,包丁を探すため1階台所の流し台の下の扉を開けようとしたが,軍手をしていたため滑って扉を開けることができなかったので,右手だけ軍手をはずして扉を開け,4本ほど並んでいた包丁の中から,黒い柄の文化包丁を右手に素手で持って前記1階居間に戻った。

この間に,Fは玄関から外に逃げ出した。

(9)  被告人は,Fが前記1階居間に見あたらなかったことから,同女を捜して玄関の方に行ったところ,階段の1階降り口付近にGとHがいるのを発見し,後記第2の2及び3の各犯行に及んだ。

(罪となるべき事実)

第1  被告人は,平成13年8月8日午後2時25分ころ,現金窃取の目的で,北海道広尾郡a町bc丁目d番地のeI方無施錠の1階8畳間の出窓から同人方に侵入した。

第2の1 被告人は,同日午後2時30分ころ,前記I方1階居間において,右手でF(当時6歳)の左肩付近をつかんで同女をその場に押し倒した上,ジャンパーのポケットからカッターナイフ(刃体の長さ約8.3センチメートル)を取り出し,殺意をもって,同女の胸部を同カッターナイフで約3回突き刺したが,同女が逃げ出したため,同女に全治まで約1週間を要する前胸部刺創の傷害を負わせたに止まり,殺害の目的を遂げなかった。

同2 被告人は,そのころ,前記I方1階階段降り口付近において,左手でH(当時2歳)の右肩をつかみ,殺意をもって,同人の胸部を右手に持った文化包丁(刃体の長さ約17.3センチメートル)で数回突き刺した上,倒れた同人の背中を数回突き刺し,よって,同人をそのころ同所において,右肺静脈の刺切創からの失血により死亡させて殺害した。

同3 被告人は,そのころ,同所において,左手でG(当時5歳)の右肩をつかみ,殺意をもって,同女の胸部を右手に持った前記文化包丁で数回続けて突き刺し,さらに前記第2の2の犯行後,その場に佇立していた同女の胸部,腹部等を数回突き刺し,よって,同女を同日午後3時57分ころ,同町fg丁目h番地a町M病院において,肝左葉並びに右総腸骨動脈及び静脈の刺切創からの失血により死亡させて殺害した。

(証拠)(略)

(争点に対する判断)

1  検察官は,被告人がI宅に侵入した後下着類を持ち出した行為は窃盗にあたり,その犯行の発覚,逮捕を免れるためにF,G及びHの3名(以下「被害者ら」という。)を殺害しまたは殺害しようとしたのであるから,被告人の所為は,全体として住居侵入,強盗殺人及び強盗殺人未遂(事後強盗)にあたるものと主張する。これに対し,弁護人は,被告人の下着類の持ち出しについては,不法領得の意思がなく,したがって窃盗罪を構成しないから,被告人による被害者らの殺害行為(未遂を含む。)を強盗殺人及び強盗殺人未遂と評価することはできないと主張する。

2  窃盗罪など領得罪の成立には,他人の占有を奪取する際,行為者において不法領得の意思が必要であり,その内容としては,権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用しまたは処分する意思をいうと解される。

不法領得の意思は,その有無によって,窃盗罪などの領得罪と毀棄・隠匿罪とを区別するためのものであるから,「経済的用法に従った利用または処分」とは,単に,当該物の経済的価値に着目して当該物が本来想定されている利用方法や交換価値の実現のみをいうものではなく,例えば性的な興味から下着を持ち去る場合のように当該物自体から生じる何らかの効用を利用・享受することを指すものと解すべきであるが,毀棄,隠匿を目的とする場合のように当該物の占有が奪取された状態を利用・享受しようとするに止まる場合は,不法領得の意思が欠けるというべきである。

3  本件について検討すると,まず,前記認定のとおり,被告人のI方への侵入は現金の窃取が目的であったこと,I方に1階8畳間から侵入し,現金の保管してありそうな場所を捜し回ったこと,その際,洗面室内に多数の洗濯物が干してあることに気付いたこと,2階南西側洋室に入ったところ,Fらに発見され大声で泣かれるなどされたため,現金窃取をあきらめて前記1階8畳間から逃走しようとしたこと,逃走の際,洗面室内の多数の洗濯物が目に入り,とっさに,下着を持ち出すことで下着泥棒の犯行に見せかけ,被告人の現金窃取目的のI方への侵入行為を隠蔽しようと考え,下着類を持ち出したこと,これら下着類は逃走後,N港にあるゴミステーションに捨てるつもりであったことがそれぞれ認められる。これに加え,証拠(略)によれば,被告人は,前記下着類の持ち出しの際,持ち出す下着を特に選ぶこともなく,女性用下着を適当に持ち出そうとしたこと,実際に持ち出した下着類には,J及び被害者らの下着が含まれているところ,被告人が下着や幼女に対する性的な興味を有することを示す証拠はないこと,判示第2の犯行後,I方から逃走するため前記1階8畳間の出窓から屋外に出た際,同犯行に使用した前記文化包丁を手に持ったままであり,これを同人着用のジャンパーのポケットに入れようとしたが,そのポケットに入っていた下着類が邪魔になったため,これを取り出してI方の南西側隣家の石油タンクの下に投棄したことがそれぞれ認められる。

これらの各事実によれば,被告人は,これら下着類を,それまでの同人の犯行を隠蔽する目的で持ち出したのであり,持ち出した下着類は,逃走後直ちに投棄することを意図しており,実際にI方から退出後直ちにこれら下着類を投棄したものであって,I方から下着類が奪取されたという状態を利用しようとしたものということはできるが,これら下着類自体から生じる何らかの効用を利用・享受する意思があったとは認められず,同人に不法領得の意思を認めることはできない。

4  検察官は,物取りの犯行と見せかけるために金品の占有を奪取した事案について不法領得の意思の存在を認めた判決(東京高裁平成12年5月15日判決)を引用して,本件においても,下着泥棒による犯行に見せかけるために下着類の占有を奪取した被告人には不法領得の意思が認められるべきであると主張する。

しかし,前記判決の事案は,主として被害者への報復目的で殴打した後,物取りの犯行を装うため現金等入りのバッグを持ち去ったほか,放火目的で被害者経営の店舗に侵入した後,同様に物取りの犯行を装うため現金入りの財布,貴金属を持ち去り,持ち出した金品のうちバッグ等は投棄し,貴金属は自宅の庭に埋め,現金は自宅で保管したというものであって,現金窃取の目的による住居侵入後,下着泥棒の犯行を装うためにその場にあった女物の下着を適当に選んで持ち出し,その後程なくこれらの下着を投棄した本件とは事案を異にするものであるから,検察官の主張は採用できない。

5  したがって,本件公訴事実中,被告人が下着類を窃取したとする点について窃盗罪の成立を認めることができず,また,本件全証拠によっても被告人が不法領得の意思をもって何らかの物色行為に着手したとは認定できないから,窃盗犯としての身分を有する者の犯した殺人及び殺人未遂としての,強盗殺人罪及び強盗殺人未遂罪の成立を認めることはできない。

なお,本件公訴事実を前提とすると,1個の住居侵入と合計3個の強盗殺人及び強盗殺人未遂がそれぞれ牽連関係となり,全体として一罪と評価されることになるが,上記のとおり窃盗罪の成立は認められないから,住居侵入罪と殺人罪及び殺人未遂罪が成立し,この住居侵入は被害者らに対する殺害行為の際に行われたI方への侵入行為とは別個のものであるから,これらは併合罪の関係となるべきものである。

(法令の適用)

罰条

判示第1の所為  刑法130条前段

判示第2の1の所為  刑法203条,199条

判示第2の2及び3の各所為  いずれも刑法199条

刑種選択  判示第1の罪につき懲役刑選択

判示第2の1の罪につき有期懲役刑選択

判示第2の2及び3の各罪につきいずれも死刑を選択

併合罪  刑法45条前段,46条1項,10条(犯情の重い判示第2の2の罪について選択した死刑のほかは他の刑を科さない。)

没収  刑法19条1項2号,2項本文

訴訟費用  刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の理由)

本件は,被告人が,小遣い銭欲しさから現金窃取の目的で自宅の2軒隣の住居に侵入し,被害者らに素顔を目撃されたことから,自己の罪跡を隠蔽するため,6歳,5歳及び2歳の被害者らをカッターナイフや文化包丁で多数回にわたり刺突し,うち5歳と2歳の幼児2名を殺害したほか,6歳の児童にも傷害を負わせたという住居侵入,殺人及び殺人未遂の事案である。

被告人は,当時24歳で身長176センチメートル,体重約118キログラムと巨体であり,Fは当時6歳で身長約112センチメートル,体重19キログラムであったが,被告人は,Fを床に押し倒した上で所携のカッターナイフを用いて刺殺しようとし,実際に数回にわたり同女の胸部を刺突し,左胸部に2か所,右胸部に1か所の刺創を負わせたが,その刃が折れて殺害の用に適さないとみるや,台所から文化包丁を持ち出し,さらに,GとHに対し,次々と刺殺行為を続けたものであり,その行為は極めて冷酷かつ執拗である。

被告人は,まだ幼く,全く無抵抗で,ただ泣き叫ぶだけであったGとHに対し,逃げられないように押さえつけ,確実に殺害するため多数回にわたって情け容赦なく刺突行為を繰り返したものであり,その殺害状況等は次のとおりであった。当時2歳で身長約82センチメートル,体重約12キログラムに過ぎないHに対しては,左手で同人の右肩をつかんだ上で胸腹部を多数回突き刺し,さらに瀕死で仰向けに倒れた同人の背中を逆手に持ち替えた包丁で数回突き刺し,胸腹部に7か所,背部に5か所の刺切創を負わせ,致命傷は,胸部刺切創が肋骨を突き抜け,右肺静脈を切断したものであり,即死であった。また,当時5歳で身長約105センチメートル,体重約19キログラムのGに対しては,左手で佇立していた同人の右肩をつかんだ上で胸腹部を多数回突き刺し,多数の防御創を含む胸腹部11か所,背部5か所,上肢6か所の刺切創を負わせ,胸部中央から横隔膜,肝臓等を突き抜け,腹腔内に達し,さらに左肺に至る刺切創と腹部ほぼ中央から腹腔内の右総腸骨動静脈を切断する刺切創の2か所の致命傷を与えたものであり,同女は救急隊員が臨場した段階で既に呼吸停止,鼓動微弱であり,約1時間30分後に搬送先病院で死亡が確認された。前記のような巨体の被告人が,これら無抵抗の被害者らを,多数回にわたって何ら手加減することなく力一杯突き刺したことは,前記の各被害者の受傷状態のほか,前記カッターナイフの刃が3回にわたって折れたこと及び同文化包丁のプラスチックの柄の部分が刺突行為の衝撃により破損してしまったことからも明らかである。一般に,人は,幼児のあどけない面持ちとはかなげな風体に接したとき,保護したいという情動にかられ,少なくとも惻隠の情の余り危害を加えることをためらうものである。しかるに,全く躊躇した形跡の認められない被告人の前記所為には,人間性の一片もうかがうことはできず,まさに残虐非道の極みというほかない。

被告人は,本件各犯行前に,それまで勤めていた会社を退職させられ,スナック菓子等を食べながら,漫画本を読んだり,アニメのビデオを見たり,テレビゲームをするなど無為な生活を漫然と続けており,収入が途絶したにもかかわらず,必要に応じてBから小遣いを受け取っては同様の生活を続けていたものであるが,本件各犯行当時,所持金がほとんどなくなり,小遣いをくれるBの帰りが被告人の予期に反して遅かったことから,ビデオを借りたり,漫画本を購入したいとの思いを自制できず,Bの帰りを待ちきれなくなり,現金を窃取しようと判示第1の犯行に及んだものであり,また,被害者らに素顔を目撃され,被告人による犯行が発覚し,警察に捕まる事態に至るなどして,上記の様な自由気ままな生活ができなくなると考え,その罪跡を隠滅するため,判示第2の1ないし3の各犯行に及んだものであって,その動機は極めて短絡的,自己中心的であり,酌量の余地は全くない。何の落ち度もないのに,被告人の供述するところの「自由な生活」のために理不尽にも犠牲となった5歳と2歳の命は,余りにも尊く,重い。前記のとおり,被告人を強盗殺人罪及び強盗殺人未遂罪に問うことはできないものの,現金窃取目的でした住居侵入の罪跡を隠滅し,同罪による逮捕を免れようとして被告人が敢行した殺人罪及び殺人未遂罪の本質は,これと異なるところがなく,最大級の非難を加えられるべきものであることは,論を待たない。

被告人により殺害されたGとHは,いずれも両親の愛情と庇護のもと,順調に成長していたものである。安心して過ごせるはずの自宅において,無限の可能性と希望に満ちた人生を,無惨にも文化包丁で滅多刺しにされて終えざるを得なかった両名の痛ましさは筆舌に尽くしがたい。とりわけ,未だ2歳と事理の弁識も十分ではないHにとり,何が起こったかも分からないままにその命を閉じざるを得なくなったことは想像に難くなく,本件犯行による結果の悲惨さを倍加させるものである。また,カッターナイフの刃が折れるという幸運と自らの機転により被告人に殺害されるのを免れたFについてみても,その恐怖心や肉体的,精神的苦痛は前記両名に勝るとも劣らないものである。同女の胸部には刺創の傷跡が残っており,女性にとって身体の傷跡は,幼年といえども大きな精神的苦痛となることは言うまでもない。さらに,それまで同女とともに仲良く暮らしてきた幼い弟妹の命が一瞬にして奪われてしまったことに対する衝撃,喪失感もまた強烈なものがある。実際,Fは事件後,就寝中に突然起き出して大きな声で助けを求めたり泣き叫ぶなどし,一人で自宅の2階に上がることもできないなど,同女の幼い心には深い傷跡が残っている。

次に,両親の被害感情は峻烈である。父親であるIは,当公判廷において,GとHの遺体に対面したときの心境を「涙で,涙で,まあ,悔しい思いで・・・。その時は,まだ犯人も分からない,教えてもらえなかったのが・・・。まあ,泣き叫ぶというか,それぐらいです。」と述べ,被告人に対しては「やっぱりG,Hが刺されて,私としては,できることなら,HとGが刺されたように刺して,犯人を刺して殺してやりたいです。」等とその心情を吐露するほか,母親であるJも,被告人に対し「できるものなら,死刑にでもしてほしいところです。」と述べ,重ねて,Iが被害者等の意見陳述として,「あの小さい身体の2歳のHと5歳のGを押え付けて何カ所も刺して殺した残忍極まりない犯行に対しては,死刑以外の刑は考えられません。・・・私たち家族の前に,二度と犯人が現れないようにしてください。」と述べるなど,いずれも極刑を望んでいる。愛する子供を突然奪われ,愛情に満ちた平和な家庭を崩壊させられた両親の心情としては真に無理からぬものであり,その悲嘆,喪失感,怒りは,察して余りあるものである。

本件各犯行の現場となったa町は,平穏な海辺の小さな町であり,白昼自宅にいた幼い子供が次々と刺殺されるという全国的にも極めて稀なほどの凶悪かつ衝撃的な事件が,地域社会や教育現場に与えた影響は計り知れないものがある。幼児,児童を国,自治体,地域,家庭のあらゆる場で大切に守り育てていこうと様々な人々が努力しているところへ,本件各犯行が与えた衝撃と不安感は極めて大きいというべきである。

被告人は,本件各犯行後程なく,O警察署に自首し,犯行について素直に自供しており,当公判廷においても反省の言葉を述べており,その姿勢は一定の評価ができる。しかし,被告人は,一方で犯行状況等について覚えていない旨供述し,その理由を「余り思い出したくない。」,「夢とかに出て来ると苦しいので。」と述べるなど,自己の行為とその結果や責任の重大性を直視せず,現実から逃避しようとする傾向が見受けられ,その反省の真摯さに疑問を抱かざるを得ない。また,自首の点についても,被告人は,本件各犯行後,警察に捕まるのが嫌でI方から逃走し,a町内を歩き回るうちに,逃げ切れるものではないと考え,自首することにしたというのであり,さらに町内を歩き回っている途中で同人の母親に出会い,同女から本件各犯行について被告人の犯行ではないかと問い詰められてこれを自認し,同女の勧めにより警察署に赴いたものであり,被告人が真実本件各犯行を反省し,自責の念から自首したものとはいえないものである。このように,本件各犯行後の被告人の態度や捜査段階や当公判廷にみられる被告人の反省の度合いも,本件のような重大,凶悪な犯罪に対するものとして,真摯で十分なものとは到底いえない。

他方,本件各犯行は計画的なものとは認められないこと,被告人はこれまで前科前歴はなく,本件各犯行前に会社を退職させられるまでの間,前記のとおりしばしば仕事を休んだりしていたものの一応安定した職業生活を送っており,その生活,行動等に特段の問題があったとはいえないこと,上記のとおり,十分なものとはいえないが,被告人が本件各犯行を反省し,死亡したG及びHの冥福を祈っていると述べていること,被告人の両親が被害者らの両親にFの治療費や本件各犯行現場の改装費用などとして100万円を支払ったことなど,被告人に有利な情状も存する。

以上の諸情状を前提として,本件の量刑を検討する。

上記のとおり,本件は,金銭盗取目的での住居侵入と,その場に居合わせた幼い子供2名を口封じ目的で次々刺殺し,1名に傷害を負わせたという事案であり,強盗殺人にも十分比肩し得るような凶悪,重大な犯罪行為であることに鑑みると,被告人を有期懲役刑に処することは到底考えられないものである。

ところで,死刑が,極めて重大な犯罪行為を犯した者に対する刑罰であるとはいえ,その生命そのものを永遠に奪い去る冷厳な極刑であり,真にやむを得ない場合における究極の刑罰であることに鑑みると,その適用は慎重に行わなければならないものである。

前記のとおり,被告人による本件殺人及び殺人未遂は,その犯行の罪質,動機,態様ことに殺害の手段方法の執拗性,結果の重大性,遺族の被害感情や社会的影響いずれをとっても極めて深刻,重大な事案である。本件で死亡した被害者は2名であり,必ずしも多人数ということはできないが,前記のとおりFが死亡を免れたのは同女の機転と幸運によるものであって,本件を単に2名を殺害した事案と同視することはできない。何より,被害者らが無垢で無抵抗の幼い子供であり,このような幼児に対し多数回にわたり刺突行為を繰り返し,断固として死に至らしめた被告人の行為は,最大級の非難が加えられるべきものである。

したがって,前記のような被告人に有利な事情や,被告人が未だ若年で可塑性があると考えられること等を最大限に考慮しても,やはり,被告人の刑事責任は余りにも重大であって,死刑をもって臨むほかないというべきである。

よって,主文のとおり判決する。

(出席検察官による求刑・死刑,押収にかかるカッターナイフ1本及び同ナイフの刃3片の没収)

(裁判長裁判官 榎戸道也 裁判官 忠鉢孝史 裁判官 小野寺真也)

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