釧路地方裁判所帯広支部 平成13年(わ)15号 判決 2003年1月20日
主文
被告人を懲役10か月に処する。
この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。
被告人から金20万円を追徴する。
本件公訴事実第1の1については,被告人は無罪。
理由
(認定した犯罪事実)
被告人は,北海道河東郡a町長として同町を統括・代表し,同町教育委員会が所管する学校給食センターに設置する厨房機器の取得に関し,機器及び納入業者の選定,取得価額の決定,取得に関する同町議会への議案提出,契約の締結,予算の執行等の事務を統括掌理する職務に従事していたものであるが,厨房機器の製造及び販売等を業とするA調理機株式会社の代表取締役であるBと,当時a町の農林課長として同町役場に勤務し,Bと親交のあったCとが共謀の上,前記学校給食センターに設置する厨房機器に関し,Aがこれを受注できるよう有利かつ便宜な取り計らいを受けたい趣旨のもと,Bにおいて準備した現金20万円入りの白色封筒を,平成11年4月14日,同町字bc番地d所在のa町役場内の町長室において,Cからカタログ入り茶封筒に入れられたまま渡され,翌15日,上記現金20万円が前記趣旨のもとに供与された賄賂であることに気付きながら,これを白色封筒ごと自己のバッグにしまい込み,もって,自己の前記職務に関して賄賂を収受した。
(証拠)(略)
(法令の適用)
罰 条 刑法197条1項前段
執行猶予 刑法25条1項
追 徴 刑法197条の5後段
(量刑の理由)
本件は,a町の学校給食センターに設置する厨房機器の受注に関し,同町の町長であった被告人が,Aの社長であるBと同町農林課長であったCが共謀して供与した賄賂を,それと知りながら収受した収賄の事案である。
被告人は,後記のとおり,Bが協力,関与している株式会社Dの経営成功が町のために役立ち,ひいては自らの公約の実現や町長としての実績になることを期待し,Bは,Dの設立,経営に協力することで被告人からの協力を引き出し,厨房機器の売り込みを成功させたいと熱望し,Cは,退職後にはDの経営者となり,事業を成功させたいとの希望を持っていたもので,これら3名のそれぞれの思惑を背景にして,CはBからの要請に協力し,同人と被告人が個別に面談をしたり,会食できるようにするなどの仲介をし,Bと被告人はそれぞれの思惑から面談,会食などの行為を重ね,3名が次第に癒着していった末に本件犯行は行われた。
さらに,被告人は,比較的早い時期からAに肩入れし,同社のために,学校給食センターの基本設計を請負った設計会社の役員らを呼び出してAの製品も検討するように言ったり,厨房機器メーカーからのヒアリングの際にAに有利な質問をするなど不公平な態度を取ったうえ,本件収賄の後に行われた最終の業者選定会議において,町長の決定という形で厨房機器をAに発注することを決めるなど,極めて不適切な対応をとっていた。
このように本件収賄は,何よりも町政の最高責任者である町長に求められる職務の公正,廉潔性を損ない,町民さらには一般国民の自治行政(地方自治)に対する信頼を傷つけたものとして強く非難されなければならない。
加えて,本件収賄は,製品の性能や価格面での競争力ではなく,裏金の力で受注を取ろうとしたBの不正な企図を受け容れたことに他ならず,コンペ方式でよりよい厨房機器を採用し,優れた学校給食センターを実現させようとする議会,町側の新たな試みを無にしたうえ,さらに,本件収賄に関連する捜査によって,被告人が逮捕されるなどしたことから,結果的に現職町長の逮捕,辞職,町長選挙という事態を招来し,a町の町政に混乱と空白を与えた点も看過できない。
以上によれば,本件収賄の犯情は悪質で,被告人の刑事責任は相当重いというべきである。
他方,被告人が前記のようにAに肩入れしたのは,CとBがDの設立,経営に深く関与しており,同社の経営成功が,a町の町有ビニールハウスの再活用や地場産業の育成,雇用創出につながるものであったことから,可能な範囲で,Bが経営するAの便宜を図ってやりたいと考えたことによるものであり,この限りでは酌量の余地があること,本件収賄の金額は,現金20万円に止まり,本件の厨房機器の受注額が消費税を含めて1億円以上であることを考慮すると多額とは言えないこと,犯行態様も,Cから「AのBさんから頼まれました。後で中を見て下さい。」と言われて町役場の茶封筒を受け取り,その翌日になってはじめてその茶封筒の中に現金の入った白色封筒が入れられていることに気づき,ようやくBから賄賂を贈られたことに気づいたという,いささか消極的なものであったこと,被告人は前科前歴もなく,当公判廷においても,町政の歴史に汚点を残したことを悔い,反省悔悟の情を示していること,被告人は,a町長在職中,本件を除き,約10年間にわたり真面目で努力家の町長として勤続し,地場産業の振興等に一定の功績を収めてきたものであることなど,有利に斟酌すべき事情も存する。
なお,Aが納入した製品の性能が他社のそれと比べて遜色なく,納入先であるa町の不利益になっていないことは,前記コンペの本来の趣旨に従って機器選定が行われた場合の最低限の要件を満たしているというに過ぎないから,有利に斟酌すべき情状とまでは言えない。
以上を総合考慮すると,被告人に対しては,その刑の執行を猶予するとともに,収受した賄賂金と同額の金員を追徴するのが相当である。
〔出席検察官による求刑・懲役1年,追徴金40万円〕
(公訴事実第1の1について無罪と判断した理由)
第1公訴事実第1の1の要旨
被告人は,北海道河東郡a町長として同町を統括・代表し,同町教育委員会が所管する学校給食センターに設置する厨房機器の取得に関し,機器及び納入業者の選定,取得価額の決定,取得に関する同町議会への議案提出,契約の締結,予算の執行等の事務を統括掌理する職務に従事していたものであるが,厨房機器の製造及び販売等を業とするAの代表取締役であるBと,当時a町の農林課長として同町役場に勤務し,Bと親交のあったCとが共謀の上,前記学校給食センターに設置する厨房機器に関し,Aがこれを受注できるよう有利かつ便宜な取り計らいを受けたい趣旨のもとに供与するものであることを知りながら,平成11年4月3日ころ,同町字be番地f所在の被告人方において,現金20万円の供与を受け,もって,自己の前記職務に関して賄賂を収受した。
第2争点の所在及び証拠関係上の問題点
1 検察官は,平成11年4月3日ころの被告人方における20万円の収賄(本件公訴事実第1の1。以下「4月3日の収賄」という。)と同月14日ころのa町役場内における20万円の収賄(本件公訴事実第1の2に相当。前記当裁判所が認定した犯罪事実。以下「4月14日の収賄」という。)の2件合計40万円の収賄事実があったものとして本件公訴提起をした。
被告人は,捜査段階では2件の収賄事実をいずれも自白したが,当公判廷においては,4月14日の収賄の事実は認め,4月3日の収賄については,同日,被告人方においてBと面談した事実までは認めるが,現金を受け取ったことは否認する。
そして,本件公訴事実第1の1(4月3日の収賄)のうち,被告人のa町長としての職務権限の内容並びにB及びCの身分関係は,当裁判所が認定した判示の犯罪事実(4月14日の収賄)におけるそれと共通であり,判示の前掲各証拠により十分に認定することができる。また,賄賂の趣旨についても,平成11年4月3日ころにBと被告人との間で賄賂の供与,収受があったとすれば,それがa町の学校給食センターに設置する厨房機器の受注以外の事柄に関するものではあり得ないことも判示の前掲各証拠から明らかである。
したがって,本件の争点は,平成11年4月3日の被告人方における現金授受が認められるか否かである。
2 検察官は,4月3日の収賄は,同日,被告人方玄関において,被告人とBの2人だけの状況で敢行された犯行であるところ,Bの捜査段階における供述及び証人としての第3,4回公判期日調書における供述部分(以下「B公判供述〔第3回〕」などとして特定することがある。)の各内容(以下まとめて「B供述」ということがある。)は,賄賂金の原資となる金員がAから仮払金として出金されているという裏付証拠があるほか,犯行までの経緯に関するCの捜査段階における供述及び証人としての第5,6回公判期日調書における供述部分(以下「C公判供述〔第5回〕」などとして特定することがある。)の各内容(以下まとめて「C供述」ということがある。)並びにEの捜査段階における供述及び第7回公判期日調書における供述部分の各内容(以下まとめて「E供述」ということがある。)と符合していることから信用性が高く,また,被告人の捜査段階における警察官及び検察官に対する自白調書は,連日弁護人と接見し,その助言を受けながら供述したという作成経過や,その詳細で迫真性のある内容,他の証拠との符合関係に照らして信用性が高いのに対し,被告人の公判期日調書における各供述部分,第11,12回公判期日における供述その他の弁解は関係証拠と相反するものであり,信用できないから,4月3日の収賄の事実は,証明十分であると主張する。
3 これに対し,弁護人は,4月3日の収賄についての直接証拠は,畢竟,B供述と被告人の自白調書のみであるところ,B供述についてはCとの口裏合わせの形跡が明らかであり,被告人方までの経路,現金調達方法,賄賂金の額,現金の所持,保管方法など,犯行までの経緯や,現金授受の詳細について曖昧ないし不合理な供述を繰り返しているから虚偽供述であるとし,被告人の自白調書については,取調べ担当のF警部補からBとCが自白した以上1人だけ否認しても無駄であると強く自白を迫られ,4月3日の収賄を認めなければ官製談合や選挙違反についても捜査すると脅迫されて虚偽自白させられたから任意性がない,したがって4月3日の収賄については無罪であると主張する。
4 ところで,平成11年4月3日の被告人方における現金の授受については,当日,Bに同道して被告人方を訪問したEでさえ全く気付かず(E供述),これを認める被告人の自白調書及びB供述によれば,被告人方からの帰り際,その玄関において,被告人とBが2人だけになった状況での一瞬の出来事であったとされている。したがって,この現金授受の有無の認定判断にあたっては,まずB供述の信用性について,これは現金授受の場面だけではなく,それに至る経過も含めて,他の関係証拠との符合関係を踏まえつつ検討しなければならず,次に弁護人の主張する被告人の自白調書の任意性について,さらに仮に自白が任意になされたものであっても,B供述その他関係証拠との符合関係を踏まえた自白内容の信用性について検討する必要がある。
第3当裁判所の判断
(以下,平成11年3月から5月までの間の出来事については,月日のみで記載する。)
1 B供述の信用性について
(1) 現金調達方法と4月14日の収賄にかかる20万円の関係について
ア Bは,4月3日に提供した賄賂金20万円は,3月24日にAから仮払金勘定で出金したものであると供述する(B公判供述〔第4回〕4頁)。この供述について,検察官は,Aの経理担当者Gにおいて,その仮払金の支払先が被告人であるとBから聞いたこと,同社の銀行勘定帳の摘要欄に「a町長」と鉛筆で記載をしたが,数か月後にBから消すよう指示されてこれを消したこと,を含めて明確に供述し(甲53),さらに,このことは銀行勘定帳摘要欄の筆圧文字の鑑定(判読)結果(甲54,55)からも客観的に裏付けられている旨主張する。
しかし,検察官の指摘する上記証拠は,Aから出金された金員の出金時期,金額及び使途に関する証拠に過ぎず,出金された金員が使われた時期について直接証明するものではない。本件は,前記第2の1のとおり,4月3日の収賄だけではなく,4月14日の収賄についても起訴されているところ,仮に被告人及び弁護人が主張するように4月14日の20万円の収賄1件しか事実として存しないとすると,上記証拠は,全て4月14日に提供された20万円に関する証拠としても了解可能なものとなるのであるから,前記仮払金が4月14日の賄賂金として使用されたとしても上記証拠とは矛盾しない。したがって,賄賂金の出所についてのB供述の信用性は,4月14日のそれについてのB供述との整合性や信用性についても検討した上でなければ判断できない。
イ 検察官は,4月14日の賄賂金20万円の出所について,毎月7万円の小遣いをほとんど使わずに自宅のサイドボードの引き出しにタンス預金しており,そこから調達した旨のB供述(B公判供述〔第3回〕40頁,甲81)は,小遣いの額やタンス預金の存在に関するBの妻Hの検察官調書(甲58),Bに対し様々な仮払金が支払われ,空出張も計上されていたとの捜査報告書(甲57),平成13年2月ころ,前記自宅のサイドボードの引き出しから平成12年9月分ないし平成13年1月分の給料袋に入った合計29万円の現金が発見され,証拠品として領置されたとの第7回公判期日調書における証人Iの供述部分及び捜査報告書抄本(甲96),B供述に従って,タンス預金から銀行への入金や旅行費用を除いた残額を計算すると,平成11年4月当時,最低でも28万円存したことになるとの捜査報告書(甲56)により裏付けられていると主張する。
しかしながら,上記各証拠から判断できるのは,タンス預金から調達したとのB供述について,旅行費用等以外には小遣いを使っていないとの部分も信用するとすれば,少なくとも数額的につじつまが合わないわけではないという程度の事柄に過ぎない。B供述自体,小遣いにはほとんど手を付けないという上記供述内容と,「小遣いはとても足りないので,不足分は空出張で補っていた。」(乙13,甲69,B公判供述〔第4回〕102頁),「(借金返済について,こまごまと月額返済分ぎりぎりの約6万円を入金していたことについて)正直言って,その月々で余裕がないから,そういうふうにしたと思います」(B公判供述〔第4回〕4頁)とで内容上の矛盾があり,小遣い等に窮していたことについてBが虚偽の供述をしなければならない特段の理由は見当たらないから,結局,旅行費用等以外には小遣いを使っていないとの前記B供述についてもそのまま全面的に信用することは難しいと言わざるを得ない。そして,もともと入出金経過が判然としない,管理がルーズであるところがタンス預金のタンス預金たる由縁であるから,平成13年2月に29万円のタンス預金があったからといって,平成11年4月当時,最低でも28万円のタンス預金が存在したとも直ちには言えないところである。
ウ 4月14日の収賄にかかる賄賂金の調達方法に関するB供述について,より重要な点は,4月3日の賄賂金20万円についてはAの社長専用仮払金勘定を利用したとしながら,4月14日の賄賂金にはこれを利用せず,タンス預金に依ったとする理由である。この点,Bは,「余り会社の仮払いを多くするわけにもいかないし,知人に借りるわけにもいかないので」(B公判供述〔第3回〕40頁),「余り自分の仮払いではやりたくない」(B公判供述〔第4回〕7頁)などと供述しながら,「今回の20万円(4月3日の分)というものについても,僕は仕事上のお金だというふうに思ってました(だから手持ちの金でなく仮払金から出金した,との趣旨と認められる。)」(同5頁)とも供述するなど一貫性に欠けるばかりでなく,3月24日当時,社長専用仮払金勘定の残高は既に約275万円になっており(甲53),さらに本件に関連する20万円を含め,Bの逮捕時点では,それが約376万円にまで達していたこと(同103頁,甲57),本件の20万円の仮払金についても平成13年7月の公判期日で供述する時点に至るまで未精算であること(同112頁)など,仮払金の多寡に関し無頓着としか思われない態度であることに照らして,タンス預金に依ったとする前記B供述の信用性には,なお疑問が残ると言わなければならない。
エ 以上のとおり,4月14日の賄賂金の出所がタンス預金であるとするB供述については,タンス預金に依ったとすること自体や当時のタンス預金の残高に関して,その信用性に疑問が残るため,3月24日にAから出金された20万円を4月3日の賄賂金として使用したとするB供述についても,疑問が残るということになる。
(2) 現金の所持・保管の態様について
Bは,3月24日,Aの仮払金勘定で出金した20万円をいったん自分の財布に収め,同日,a町のC宅へ行く途中,国道沿いのコンビニエンスストアで白色封筒を買い,現金をその封筒に移した旨供述している(B公判供述〔第3回〕7頁,甲76,80)ところ,弁護人は,その封筒の4月3日までの所持,保管状況に関するBの公判供述は内容が不自然であって,実体験していない事実を語ろうとしたものであると主張する。
まず,この現金入りの封筒に関する3月24日のC宅での状況について,Cは,Bが茶色の手提げカバンから白色封筒を出し,また納めたものと供述しているが(甲91),Bは,封筒は背広の内ポケットかショルダーバッグのポケットに入れたと供述している(甲76)など必ずしも一致していない。次に,その後,4月3日まで上記封筒をBがどのように所持,保管していたかに関する捜査段階でのBの供述内容は明らかではないが,Bは,4月3日の被告人方においては,この封筒を背広の内ポケットに入れていたと供述する(甲77,83)。
そして,この現金入り封筒の3月24日から4月3日までの所持,保管状況に関して,Bは,公判供述において,背広の右側内ポケットに非常な執着を示し,「3月24日から4月3日まで(11日間である。),白色封筒に入れたまま,背広の内ポケットに入れ,この間同じ背広を着ていた。」(B公判供述〔第3回〕19頁),「背広のポケットの中身は出し入れせず,帰宅後はハンガーにかけっぱなしだった。」(B公判供述〔第4回〕120頁),「背広の右側内ポケットに札入れ・・※証言時に所持していた二つ折りのではなく,札が折らずに入るものだったかも知れず,それはa町でいったんなくしたため二つ折りのを買ったが,3月24日までにはなくした財布が見つかり,それを使っていたもの・・※とともに入れていたし,財布は毎日出し入れしたが,(被告人に渡したときは)封筒は折れ曲がったりはしていなかった。」(同40頁,106頁,111頁)と供述した。
Bのこの供述によれば,同人は,被告人に渡すために準備した現金20万円入りの封筒を,被告人と面談することが全く予定されていないにもかかわらず,同じ背広の内ポケットに入れ続けたということになり,しかもその内ポケットは常時札入れの出し入れがあって,現金20万円在中の封筒を落とす可能性や,封筒の厚みや重みで背広の着心地が悪くなるなどの状況のあることからすると,Bの上記供述は,相当不自然なものと言わざるを得ない。さらに,当時所持していた財布についての供述も少なからず混乱している。
ただ,4月3日当日にBが被告人方を訪問した際に上記封筒を持参したこと自体を否定するに足りる程度のものではなく,B供述全体の信用性を低下させる一つの事情に止まるものと言うべきである。
(3) 現金授受の描写について
ア Bは,「Eが先に挨拶をして外へ出た。被告人と2人きりになったので,この機会に賄賂を渡そうと考えた。玄関で靴を履き,上がり框の被告人の方を振り返って背広の右内ポケットに入れてあった現金20万円入りの白色封筒を左手で出し,『選挙資金として使って下さい。』と言って,そのまま左手を上に向けるように出した。被告人は,白色封筒を掴んで受け取ってくれた。」(B公判供述〔第3回〕28頁以下)と供述するところ,これについて検察官は,不自然なところが全くなく,信用性の高い供述であると主張する。
イ ところで,被告人方の玄関は,外から順に,玄関の外のポーチ部分,玄関の引き戸,内部に入って玄関のうち土間部分(奥行き110㎝,下駄箱を除いた幅132㎝),さらに小上がりの部分(床からの高さ20㎝,奥行き68㎝,下駄箱を除いた幅132㎝),次いで小上がりと玄関ホールを仕切る引き戸(通行のため一方によせた場合の通行可能な幅83㎝,高さ178.5㎝),玄関ホールが位置しており,また,被告人とBの身長は,被告人が186㎝,Bの身長が163㎝である(弁1ないし3)。
そして,4月3日,被告人方から帰る際には,E,B,被告人の順に被告人方玄関あたりまで進み,E,Bの順に被告人方を辞去したのであるが,この小上がりの奥行きが68㎝であったことからすると,ここに人が2人同時に立つことは難しく,したがって,Bがこの小上がりにいたときに被告人が同時にこの小上がりにいたとは考え難い。次に,Bがこの小上がりから降りて靴を履いていたとき,あるいは履き終え小上がりのほうに振り返ったときまでに,被告人がこの小上がりまで進んでいたかについて検討する。被告人は,小上がりではなく玄関ホールを仕切る引き戸の内側から見送ったと説明する(被告人公判供述〔第11回〕13頁以下)ところ,Bの脱いだ靴は小上がりに接近して置かれているのが通常であることからすると,靴を履くこと自体も小上がりからそう離れていないところでしていた可能性が高く,被告人としても,Bの訪問は,肩入れしていた業者の代表者とはいえ厨房機器のメーカーの者が自宅まで押し掛けてきたもので,玄関先まで見送らなくてはならないような相手ではないこと,さらに被告人自身の身長(186㎝)と小上がりの高さ(20㎝),さらには見送る相手との距離を考え,威圧感を与えないよう距離をとって,小上がりではなく小上がりと玄関ホールを仕切る引き戸よりも内側の玄関ホールで見送るのが通常であるとの被告人の説明(被告人公判供述〔第11回〕13頁以下)に一応の合理性があることを考慮すると,被告人が小上がりまで進まず,玄関ホールに停まっていた可能性も払拭できないものである。
このように,Bが靴を履き終えて小上がりのほうに振り返った際,被告人が小上がりまで進んでおらず,封筒を持ったBの手が届く範囲にまで被告人が近づいていなかった可能性もあるところ,4月3日の収賄において現金授受が行われたとされる被告人方玄関については,実況見分が実施されず,犯行当時の被告人方内部の状況や,玄関の状況についての確認がされていないうえ,Bを立会させての犯行再現の実況見分や,被告人立会のそれも全くなされていないのであって,Bの前記供述は客観的な検証がされておらず,したがって,信用性にも欠ける面があると言わざるを得ないのである。
ウ Bは,現金授受の際,背広の右内ポケットに入れてあった白色封筒を左手で出し,右手や両手に持ち替えることもせず,利き腕ではない左手でそのまま渡し,まっすぐ前(被告人のおなかのあたり)を見て,頭も下げなかった(B公判供述〔第4回〕39頁)と供述するが,その態様は,被告人(186㎝)とB(163㎝)の身長差(23cm)や小上がりと土間部分の高低差(20cm)を考慮しても(弁1ないし3),Bの頭が高い,横着な態度と解されるのであり,賄賂を渡してまでヒアリングの際にAにとって有利な質問をして欲しいBと,これを受ける被告人の立場の違いを考えるとかなり不自然な感が残る。このように,現金授受場面に関するB供述それ自体も,不自然な点があり,その信用性に疑問を持たざるを得ないと言わなければならない。
(4) 現金授受後の態様について
Bは,被告人方からの帰りの車内で,被告人に賄賂を渡したことについて「受け取ってもらったよ。」と発言した旨供述する(B公判供述〔第3回〕36頁)が,これについて,弁護人は,C供述及びE供述に照らして虚偽であり,それゆえ当日,賄賂の授受がなかったことを明白に示していると主張する。
この点について,Cは,「(賄賂まで贈らなくてもいいという気持ちや,贈賄には余り介入したくないという気持ちもあって,)賄賂を渡せたかという意味ではなく,仕事の流れとしてどうだったかを聞いた。Bから賄賂を渡してきたというような報告はなかった。」と公判廷で供述し(C公判供述〔第6回〕53頁以下),Eは,「Cが『うまくいったんですか。』という言い方をしてきたので,自分が『まぁ,おかげさまで。』と答えた。Bは何も言ってなかったと思う。」など,4月3日に被告人方を辞去した後,帰りの車内やその後においても賄賂を渡せたことについての報告,お礼はなかった旨供述している(E公判供述13頁以下)。
そして,4月3日の被告人方への訪問の際には,問題の現金入り白色封筒を除くと他に書類等を渡したり,渡すことをCに話したりしていたということを示す証拠はないから,BとCが「(被告人が)受け取った」かどうかを話題にするとすれば,それは現金しかあり得ないことになるが,Bは,Eには賄賂のことを知らせないようにしていた(B公判供述〔第3回〕21頁,E供述)のであるから,帰りの車内で「受け取ってもらったよ。」と言ったとは考え難く,Eも一緒にいた車内かその後に寄った喫茶店で,Bから賄賂を渡してきた旨の報告を聞いたとのCの捜査段階での供述(甲91,92)も信用し難いところである。
そうすると,弁護人指摘のとおり,Cは,Bのために被告人にアポイントを入れるなどした上,被告人方まで道案内もしているのであるから,帰りの車内あるいはその後においては,Bから何らかの報告,お礼があって然るべき状況があったものであり,4月14日の収賄について,Cが被告人に賄賂を渡したことを,Bに対し,「お預かりしたものは町長に間違いなく渡してきました。」とその日のうちに報告し,BからCに対し,「どうもすいません。お世話になりました。」とお礼を言った(C公判供述〔第6回〕28頁。B公判供述〔第4回〕91頁では,言葉そのものは記憶にないが,お礼は言ってるんじゃないかと思う,としている。)ことに対比すると,BがCに報告やお礼を言わないのは,いささか不自然である。このように,BからCに対する報告についてのB供述の不自然さは,B供述の全体的信用性に疑問を抱かせる事情の一つということができる。
しかしながら,4月14日はCが賄賂を渡すことを頼まれたのに対し,4月3日は,Bが自分で渡すという立場の違いが存することを考慮すると,BのCに対する報告の有無が,被告人方での現金授受の有無を判断するために決定的に重要な事柄とは言えず,弁護人が主張するように,事後報告がなかったことによって,4月3日の収賄そのものがなかったことが強く推認されるとまでは言えない。
(5) 20万円の贈賄2回という金額設定について
ア Bが平成11年3月24日,Aから20万円の仮払いを受け,これを白色封筒に入れてC方を訪れ,被告人に渡してくれるよう依頼した際,C供述によれば,Bは「町長に選挙資金としてお金を出したいんだけど。(何かあったときにやばいのでは,というCの問いに対し,)会社から正規に出すと足がつくんで,ポケットマネーとして出したい。」と述べたとされ(C公判供述〔第5回〕6頁,9頁),B自身も「選挙に使う費用を渡したいと言ったのかもしれない。ちょっと札幌で,ある人の後援会に入ってたことがありまして,そのとき周りの人たちが,選挙運動だと20万円くらいですと違反にならないというか,そういうようなことを耳にしてましたんで,私もそのぐらいだったら,例えば何かあっても大丈夫かなという気持ち」だった(B公判供述〔第3回〕12頁)と供述する。
この20万円という賄賂の金額について,Cは,「むしろ少ない金額だなという感じが,気持ちの中ではありました。一般的に,工事の受注額の何%かというふうに巷間言われておりますので」と供述する(C公判供述〔第5回〕11頁)。確かに,本件厨房機器の受注額は消費税を含めて1億円を超えるものであるから,その1%でも100万円となることや,Bが受注後,協力を依頼していたJに25万円,BにCを紹介したKに30万円,a町議員の学校給食センターに関する勉強会を取り仕切ったLに70万円の各謝礼を支払ったこと,JとKは,成功報酬として受注額の3%を期待し,LはM会社として150万円を請求していたこと(B公判供述〔第4回〕75頁以下,乙14,甲43,44,47)などに照らしても,20万円というのは,金の力で受注を取ろうという企みに比して,余りにもささやかな金額である。もちろん,被告人にとっては,毎月の小遣いの倍額に相当する少なくない金額であったが(乙10),BやCは,被告人の懐具合の詳細は知らないであろうから,客観的に少額であることは明らかである。
そうすると,本件において,賄賂の金額を20万円に設定することを合理的に説明するには,Bが供述するとおり,同人において,これが選挙資金との弁解が可能と判断したこと以外には考え難いところである(もっとも,Bの言う「20万円くらいなら違反にならない。」というのは,政治資金規正法12条所定の選挙管理委員会あての正規の報告を出さなくても違反にならない,との趣旨であろうが,年間20万円までというのは政治資金パーティーの場合であるから,同法違反にならないというのは,Bの誤解である。)。即ち,この程度の金額の現金を被告人に賄賂として贈るのであれば,20万円まででなければ金額設定の動機と矛盾することになり,意味がないことになる。Bが,20万円は選挙資金であると弁解した警察官調書などは現に存しないが,逮捕前の任意取調べの際に警察官に言ったら20万円だろうが何だろうがこれは賄賂だと論破された(B公判供述〔第4回〕93頁,第8回公判期日調書における証人Nの供述部分30頁)経過があることに照らしても,上記の動機は無視できない存在である。
イ 次に,4月14日に贈ったことになる2回目の20万円の賄賂金額についてであるが,Bは,「4月3日の贈賄の結果,被告人がヒアリングのときにAに有利な質問をしてくれたことを知った・・※ので,業者選定の前にもう一度だめ押しのためにお金を渡した方がいいかなというふうに思いました。」「金額は30万円ぐらいというふうには思います。前に20万お渡ししましたし,また同じ金額だと失礼というか,ちょっとおかしいかなという感じもありまして。」と供述する(B公判供述〔第3回〕39頁)。
だめ押しの目的であれば,30万円ないし100万円(C供述)という具合に金額が上昇するのは,自然な流れである。それゆえ,Bも町役場での贈賄を自供した警察官調書(甲72)やその直後の検察官調書(甲73)では30万円と供述したのであろうが,他方で,タンス預金から20万円を数えて白色封筒に入れたにも関わらず,その実体験と異なる上記各供述をした理由については,「わからない。」と述べている(B公判供述〔第4回〕51頁)。
ウ Bにおいて,選挙運動を理由とする言い逃れが可能と判断して,4月3日に20万円を被告人に渡したことを前提にすると,4月14日にも現金を渡すことは当初の金額設定の根拠を逸脱することになる。また,4月14日にはこの選挙運動のことを無視したとすると,20万円という同額ではなく,上記ア,イのとおり,30万円(合計で50万円)とか,50万円,100万円といった金額になるのが自然であるが,実際に4月14日に授受された金額は20万円である。そして,Bは,実体験とは異なる30万円という金額を供述した後に,そのような供述をしたことについての合理的な説明もないまま,タンス預金の残高に関連付けて20万円と説明するに至るのである(甲80,81)。すなわち,4月14日の賄賂の金額を当初30万円と考えたが,タンス預金のほぼ全部を使うわけにいかず,手許に何万円かを残す必要があったことから20万円にしたと説明するが,前記(1)のとおり,タンス預金の残高についても必ずしも全面的に信用できるものではないうえ,タンス預金の残高を維持する必要性について,現実に差し迫った必要が生じているわけではなく,一時的に不足したとしても近いうち何らかの方法で補充すればこと足り,また,それが格別困難とも思われない状況のもとで,1億円以上の厨房機器の受注を何とか獲得したいという喫緊の課題に向けて提供しようとする賄賂の金額を,上記手許金の維持のために当初想定した額より減額したという説明自体,不合理・不自然なものと言わざるを得ないところである。
エ 結局,4月14日の20万円の贈賄が2度目であるとすること自体に無理があるとの感が拭えないのである。
他方,選挙資金との言い逃れのために20万円という金額設定をしたということを重視すれば,20万円の贈賄が4月14日に1回行われ,その原資が3月24日のAからの仮払金であると解するほうが,さらに,真実は4月3日には金銭授受がされておらず,にもかかわらず4月3日に賄賂を渡したと説明してしまった結果,4月14日の贈賄金額の説明だけがB,Cにおいて不自然に変遷し,また,その資金捻出方法に疑問が残る結果となっていると解するほうが違和感が少ないのである。
(6) B及びCの捜査段階における供述経過について
ア 弁護人は,B及びCが,自分たちの贈賄事件において,当初から起訴状記載公訴事実第2の1(4月3日の被告人方での20万円贈賄)を認め,同第2の2(4月14日の町役場での20万円贈賄)を否認していたことから,両名が捜査開始前から口裏合わせをして虚偽の自白をしていたことが明らかであると主張し,その理由は,要するにCがDを主債務者とする株式会社0からの借入金7,500万円についての連帯保証債務の支払いやa町役場の退職金を返還しなければならなくなることで窮地に陥らないように,Cの関与程度の高い4月14日の贈賄ではなく,これが低いと思われる4月3日の贈賄での起訴を目指し,さもなくば2件の贈賄とすることでCの関与程度を薄めようとする動機によるものとする。
以上に対し,検察官は,Bが自白に至る過程では,虚偽供述を疑う状況がなかったし,その動機もないと主張し,また,BとCとの間に口裏合わせなど存在しないものと主張し,これを訴訟法上の事実として,Bの上申書(甲67),警察官調書(甲78,79)などを自由な証明の方法により取調べ請求した。
そこで,検討するに,警察官調書の内容や取調べ担当警察官の証言等から認められるBとCの捜査段階における供述経過は,概略以下のとおりである。
イ Bの供述経過
(ア) Bは,平成13年1月27日,任意取調べの初日に,平成11年3月中旬ころ,被告人方玄関で20万円を渡した旨供述した(甲66)。
当時,捜査機関では,被告人方での賄賂授受の情報を全く入手しておらず,このB供述は,端緒情報(町役場での賄賂授受)とは異なるものであったことから,さらにBを追及した(第8回公判期日調書における証人Nの供述部分5頁)。
上記自白をした際のBの供述態度は,「(Bは,)それまで思考をまとめないうちに一方的に話す状況で,発問に対する回答以外の事項に及ぶ状態であった。」(同部分19頁)が,「その供述に至る1時間前から,饒舌な部分は一切なくなり,天井を見つめたり,顔を覆ったり,途中泣きながら『話せません』というような状況が続き,最終的に涙を流しながら『申し訳ありません』という状況」(同部分20頁)であった。
Bは,平成13年1月31日,被告人方での贈賄容疑で逮捕されたが,逮捕前に自ら作成した同年1月30日付上申書(甲67),逮捕直後の警察官による弁解録取(甲68),送検時の検察官による弁解録取(甲70),裁判官による勾留質問(甲71)のいずれにおいても,上記被告人方での贈賄を認めていた。
(イ) 他方,Bは,町役場での贈賄については否認し,具体的に追及されると,「『覚悟を決めて話したのにまだ疑うんですか。』『自分が記憶にないものは話しようがない。』などと述べ,頭の中で固定した考えによって,逆に警察でそういう場面があるんでないかと疑われたことに対する抵抗感を覚えるというような状態で・・※要するにもう思い出そうという姿勢がかけらもなく,・・※事実を隠すためにそういうような姿勢をとっているんではないかと感じられ」るという態度であった(第8回公判期日調書における証人Nの供述部分21頁以下)。
このようにして,Bは,平成13年2月10日まで町役場での贈賄を否認し続けたが,同月11日,「唐突に,そのお金の関係の記憶がよみがえったと言い出して」(同部分25頁),逮捕事実のほかに,町長に「30万円」を贈賄していること,それは町役場でPやQの目の前でCに,町長に渡して下さいと頼んで「白色封筒」を渡した旨を供述するに至った(甲72)。
(ウ) Bは,上記のような供述経過を辿った理由について,「町長方での20万円は,仮払金の証拠があり,逃れられないと思って最初から認めた。ほかに4月中旬ころ,町役場でCを介して30万円贈ったが,否認していたのは,原資がタンス預金なので出金の証拠がなく,町長もカタログに挾んであったなどと事実と違うことを言っているので,警察の調べが進んでいないと思ったからである。しかし,町長やCが話したという内容やP,Qが見ていたということで隠し切れないと思った。」と供述している(B公判供述〔第3回〕65頁以下,甲73)。
また,Bは,Cとの口裏合わせの約束があったのではないかという質問に対し,「私は,だれかと約束したということはないですよ。」と答えている(B公判供述〔第4回〕75頁)。
(エ) なお,Bが町役場での贈賄についても金額は20万円であると供述したのは,同年2月16日が最初であり(甲80),その理由について詳細に述べたのは翌17日である(甲81)。
ウ Cの供述経過
(ア) Cは,平成13年1月10日,Dの廃棄物の処理及び清掃に関する法律違反の容疑で逮捕され,同月26日ころから,同容疑での勾留中に本件贈収賄事件について任意の取調べを受けた(C公判供述〔第5回〕60頁以下,〔第6回〕35頁,第8回公判期日調書における証人Rの供述部分2頁)。
Cは,当初,Bに頼まれて被告人方に行くためのアポイントを入れたこと及び町役場でBに頼まれて被告人に封筒を渡したことは認めるが,中身はわからなかった,金品授受については,頑として「そういうことはありません。」という状態であった(R供述部分3頁,8頁)。
同月27日夜,前記イ(ア)のとおり,Bが被告人方での贈賄を認めたとの情報に基づく追及の結果,Cは,被告人へ賄賂を渡すようBから頼まれたが断ったこと,Bを被告人方まで道案内したことなど,被告人方での贈賄の概略を認め,続いて町役場での贈賄についても,Bから受け取った封筒の中身が現金であったかも知れないと供述するに至り,自供後は素直に供述した(同部分8頁)。
(イ) Cは,同月28日,29日には,被告人方及び町役場での各贈賄についてかなり詳細な供述を行い(甲84,85。ただし,町役場での贈賄の金額は100万円くらいとしている。),同月31日に被告人方での贈賄容疑で逮捕された。逮捕直後の警察官による弁解録取(甲87)で賄賂を渡す相談を受け,被告人に打診して受渡しの日時場所を設定しただけであると供述し,送検時の検察官による弁解録取(甲89)で町役場での封筒の受渡しについて,中身が現金だったかも知れないが記憶がはっきりしないと供述するなど,やや後退した局面も見られたものの,裁判官による勾留質問(甲90)以降,一貫して2件とも認めている。
ただし,Cは,同年2月に入るまで,町役場での贈賄については記憶がないと,自分の弁護人に対しては述べていた(C公判供述〔第6回〕40頁)。
(ウ) Cは,最初金品授受を否認し,次に被告人方での贈賄を認め,その後に町役場での贈賄を認めるという供述順序になった理由について,「最初,4月14日に役場でそういうやりとりがあったんでないかというようなお話で聞かれましたから,いや,そうじゃなくて,先に自宅の方へ案内して,町長に選挙資金を渡したいという話がありましたから,そのときでないですかっていうことで,私,話しました。そっちの方が記憶にこう鮮明にあったもんですから,そちらの方を話した記憶があります。」と供述しており(C公判供述〔第6回〕58頁),他方,Bとの間で,町役場での贈賄については認めないという口裏合わせがあったのではないかという問いに対しては,「そういうことは断じてありません。」と答えている(同45頁)。
(エ) Cは,町役場での贈賄について,捜査担当警察官からの封筒の厚みに依拠した質問に対し,金額は100万円くらいと一貫して述べていた(R供述部分15頁,甲84,85)が,その金額は20万円であると供述したのは,同年2月16日が最初である(甲93)。
エ
(ア) 以上のようなBとCの捜査段階における供述経過のうち,Bが自白に至る状況(前記イ(ア))については,そのときのBの動静だけを取り上げて見ると,虚偽供述を疑いにくい面もあるが,Bは,同時に町役場での賄賂授受については,警察の調べが進んでいないことを見越して否認し,隠していた(前記イ(イ)(ウ))のであるから,Bの任意取調べの初日における前記イ(ア)の動静(涙を流しての自白)は,むしろ作話的であると言うこともできる。また,Cについては,比較的早期に被告人方での贈賄及び町役場での贈賄の両方について認めている(前記ウ(ア)(イ))が,供述経過は,まずアポイントを入れたり,封筒の受渡し等の外形的事実は認めるが現金のことは知らなかったと供述し,次いで現金だったかも知れないと述べるなど,Bの手伝いをしたに過ぎないということで自己の責任を軽減しようという傾向が表われている。いずれにしても,BとCが,自らの行為を反省悔悟して当初から全てについて素直に犯行を認めたというような経過ではなかったことは明らかである。
(イ) そして,Bは,4月3日の被告人方での贈賄を先に認め,次いで4月14日の町役場での贈賄を認めたという順序であり,Cについても4月3日の件の供述がやや先行したところである。
ところで,町役場での贈賄に関しては,被告人に渡すようBがCに封筒を託す場面を複数のDの関係者が目撃し,同人らにおいても金銭が渡されたのではないかと疑うような状況があったもので(甲49,50),当初から明らかに強力な証拠が存するのに対し,被告人方での贈賄は,関係者が限られているうえ,同道したEさえ知らなかった事実であるから,BとCがともに口を噤んでしまえば発覚のおそれは低かったはずであるのに,BとCがいずれも,当初から被告人方での贈賄を認めているのである。
そして,Cは,その理由を「そっちの方が記憶に鮮明であったので」(前記ウ(ウ))と述べているが,Cにとっては被告人方への道案内をしただけのほうが,町役場で被告人に直接封筒を渡したことよりも記憶が鮮明というのは不可解であり,さらに,町役場での贈賄について,捜査官に対しては供述しているにもかかわらず,自分の弁護士に対しては記憶にない旨述べるという全く不自然な行動をとり(前記ウ(イ)),その理由として「記憶によみがえってこないところも随分ありましたので。」(C公判供述〔第6回〕40頁)と,到底理解し難い説明しかしないのである。そして,Cが町役場での贈賄を否認し続けているとの誤った情報がBに平成13年2月10日まで否認を続けさせたことに影響を及ぼしている可能性もないとは言えないのである。
また,Bは,4月14日の町役場での贈賄を当初否認した理由について,「被告人がカタログに挾んであったなどと事実と違う供述をしていた」という点を挙げる。しかし,Bとしては,封筒を託した後のCの具体的な行動は知らないのであって「事実と違う」とまでは分からないはずであるから,目撃者となりうるDの関係者の存在を知り,態様はともかく被告人が金銭の受領を認めていることを知らされながらも否認した理由として,この「事実と違う供述をしていた」点を挙げるのは強引で不自然な説明ということができる。
以上からすると,BとCとが,Cが逮捕された平成13年1月10日以前の時期に,町役場での贈賄は否認し,被告人方での贈賄は認めていく,あるいは4月3日の贈賄についてはBの単独犯との認識のもと,4月14日の贈賄について否認するとの大まかな方向性について意を通じていたのではないかとの疑いは残るところである。
(ウ) しかし,弁護人が主張するように,真実ではないところの被告人方における贈賄1件の事実をねつ造することで,Cの関与程度が薄まるとの社会的効果があり,Cがa町役場からの退職金返還請求を免れ,Dの借入金の連帯保証債務の支払いの関係で窮地に陥らなくても済むようになる,とはもともと考えにくいところである。そして,あわよくば否認し通して起訴を免れようと企図していた町役場での贈賄について,肝心のC本人が贈賄容疑での逮捕以前から自供し,その内容についても金額は100万円位などと供述したのである(甲84,85)から,被告人方での贈賄20万円を付加してもほとんど「関与の程度が薄まった」ことにならないと思われるのであって,町役場での贈賄を否認することについて意思を通じていた相被告人(相被疑者)の行動としては不可解というほかない。そもそも,弁護人の主張によれば現金の授受は1回しかなかったのであるから,あらかじめBとCが,Cの罪(ないし社会的評価の低下)を軽減する目的で,「4月14日に町役場で」ではなく,「4月3日に被告人方で」授受をしたことに相通じたのであれば,結局4月14日の町役場での贈賄を自供することになった以上,必要以上に罪を重くしないように,4月3日の被告人方での贈賄についてはその自供を撤回,訂正するのが自然な行動と考えられるところ,BもCも,捜査段階をはじめ,両名自身の公判中及び罰金刑又は執行猶予付き懲役刑が確定した後の本件における証人尋問に至っても,何らの行動もとっていないのである。
そうすると,BとCが口裏合わせをして虚偽の供述をしたことを積極的に認定するには至らないものである。
(エ) なお,口裏合わせに基づき虚偽の供述をしたとまでは認められないものの,前記(イ)のとおり,BやCの供述は不自然な点が存在し,これはB供述全体の信用性を低下させる一つの事情と言えることは明らかである。
(7) 小括
以上の検討を踏まえると,Bの供述については,弁護人が主張するようなCとの間で虚偽の供述をする旨の事前の口裏合わせがあったと積極的に認定することはできないものの,その現金調達方法,現金の所持・保管の態様,現金授受の描写,現金授受後の態様,賄賂の金額設定そのものなど,あらゆる場面で不自然,不合理な点が数多く見受けられるのであって,その信用性には大いに疑問があると言わざるを得ない。
2 被告人の自白の任意性について
(1) 被告人が4月3日の被告人方における収賄を明確に自白した内容の調書は,平成13年2月12日付けの警察官調書(乙30)であるが,被告人が上記内容を警察官に対し事実上認める供述をしたのは,同年2月5日ころである(第9回公判期日調書における被告人供述部分20頁。以下,「被告人公判供述〔第9回〕」などと特定することがある。)。弁護人及び被告人は,警察での取調べ状況,特に取調べ担当のF警部補による取調べに被告人の自白の任意性を疑わせる事情があり,かつ,被告人は,F警部補から,検察庁でも警察で話した内容の範疇で話をするように言われたから,4月3日の収賄を認めた全ての自白調書に任意性がないと主張する。
弁護人及び被告人が問題とするF警部補の取調べ手法中の任意性を疑わせる事情とは,
① 4月3日の収賄を認めなければ官製談合や選挙違反についても捜査すると脅迫されたこと(3回くらい)
② BとCが自白した以上1人だけ否認しても無駄であると強く自白を迫られたこと(4,5回くらい)
③ 心証を良くするには争わないほうが良いと言われたこと(②よりも多い回数)などである(被告人公判供述〔第9回〕64頁以下)。
(2) まず,①の点について,F警部補は,「官製と言ったか,官主導と言ったか,あと民主導と言ったか,そう言った言葉は私は出していると思います。」「(官製談合というのは,取調べする警察官が本気になってやれば,どこでも出てくるのでは,との質問に対し,)そうじゃないでしょうか。」と述べている(第10回公判期日における証人Fの供述部分46頁)一方,官製談合については,具体的な便宜供与の有無の取調べの中で,選挙(違反ではない。)については,賄賂金の使途の取調べの中で,それぞれ言及したことがあるに過ぎないとも述べている(同部分13頁,14頁)。
被告人自身,官製談合や選挙違反について何か身に覚えがあったわけではない(被告人公判供述〔第9回〕13頁)から,F警部補が,具体的な事実を摘示して,認めなければ別件について捜査するぞ,と脅迫したとか,被告人の自白と具体的な官製談合や選挙違反の捜査中止との取引を申し出たというようなニュアンスのやりとりがあったとは思われないし,捜査方針についての決定権を持っていないF警部補がそのような発言をしたとも思われないところである。
そうすると,仮に,被告人が,自分が否認を続けることで,官製談合や選挙違反の捜査が始まり,a町や町民に著しい迷惑を及ぼすことになるのではないかという漠然とした不安感を覚えたとしても,F警部補の上記のある意味で抽象的な言及と被告人の4月3日の収賄についての自白との間には,強制の契機が認められず,このことは自白の任意性に影響するような事柄ではないと言うべきである。
(3) 次に,②の点について,F警部補は,「自分は誰がこう言っているからというような取調べはしない(第10回公判期日における証人Fの供述部分16頁)。理詰めの質問はしない(同部分49頁)。」と述べているが,一方,BとCの2人が被告人方の件を認めているということは話しているのである(同部分15頁)。F警部補が,被告人に対し,「1人で頑張っても無駄だよ。」と言ったか否かに関わらず,単に被告人が孤立感を深めたというだけのことであれば,やはり自白の任意性に影響するような事柄ではないと言うべきである。
むしろ,被告人の取調べを開始した平成13年1月31日ころのB及びCの各供述は,Bは被告人方の贈賄1回だけを,Cは被告人方と町役場の2回の贈賄を認めているが,町役場の方は贈賄の金額が100万円と供述しているのであるから(前記1(6)),F警部補は,このような流動的と思われる段階で,2人が被告人方の件を認めているということを被告人に話すことが,実質的に偽計に相当しないかが問題となるのであるが,被告人の自白調書(乙30)が作成された同年2月12日ころまでには,BもCも,賄賂の金額を除き,2回の贈賄を行ったということで,供述内容が揃ってきていることを考慮すると(甲72,73,84ないし87,89,90),当初の捜査に多少不正確な情報が含まれていても,これを認識しながら敢えて切り違い尋問を行うなど,作為的な態様でない限り,取調べ方法として相当性を欠くものではないと言うべきであり,F警部補の被告人に対する取調べにおいて,そのような事情が存在したことを窺わせる証拠はない。
(4) さらに,③の点について,警察官が,その権限外の事柄である早期釈放や裁判の早期終了ないし執行猶予判決について,何らかの確約をしたとしても,その無意味さのゆえに利益誘導行為としては非常に程度の弱いものと考えざるを得ないところ,本件では,具体的な約束はなく,「心証が良くなる。」という程度の説得であったというのである(被告人公判供述〔第9回〕14頁)が,否認している被告人に対し「心証が良くなる」という説得をしても,その程度もさらに弱いものに止まり,自白の任意性に影響するとは言えない。
ただ,被告人に対しては,相当長時間の取調べが行われ(同33頁以下)た上,被告人は,F警部補に対し何を言ってもしようがないと言う思いがあり,同人との言い争いをこれ以上続けたくないと考えていた(同24頁以下)から,個別具体的な判断として,捜査の早期終了の約束が利益誘導になる可能性が認められないではない。
しかしながら,この点についても,具体的な約束はなく,他方,被告人は,ほぼ連日弁護人と接見して的確なアドバイスを受ける機会があったことを考慮すると,やはり自白の任意性に影響する事由があったとまでは言えない。
(5) 加えて,被告人は,平成3年4月,現職町長であった対立候補を破ってa町長に初当選し,平成11年の選挙でも対立候補を破って当選を果たしたものであり,町議会とは対立ないし緊張関係が継続していたという状況の中で(乙7),本件により逮捕されるまでの間,10年近くにわたり町政を主導してきていたものであって,真実であれ,虚偽であれ自ら決断のうえ供述するのではなく,警察官からの追及によって自由意思に基づかないと評価できるような自白をするとは考えにくい。さらに,被告人は,捜査段階でもたびたびその供述調書の訂正を申し入れていることは明らかである(乙7,32ないし34)ほか,4月3日の被告人方でのBらの着座位置等について,あえて真実とは異なる供述をして,捜査機関側がこれに誘導されるかどうかを見極めていたというのであるから(被告人公判供述〔第9回〕52頁,〔第12回〕31頁),自由意思に基づかない供述を強いられていた被疑者の言動としては極めて不合理であり,この点も被告人の自白の任意性を推認させるものである。
(6) 以上,いずれの点からも「弁護人の弁護を無力とするような」行き過ぎ,あるいは不合理な取調べが行われたものとは認めがたく,被告人は,4月3日の収賄について,任意に自白をしたものというべきである。
但し,その内容の信用性については別論である。
3 被告人の自白の信用性について
(1) 供述内容の具体性,迫真性の有無について
検察官は,被告人が,4月3日の賄賂授受の場面について,捜査段階で「Bさんは,靴を履き終わったかと思うと同時に私の方を振り向き,振り向きざまに私に『これ選挙資金に使ってください。』と言いながら白色封筒を差し出してきました。・・※私の方が高い位置にいたので,Bさんは白色封筒を持った手を若干上に上げるようにしていましたが,それでもBさんが差し出してきた白色封筒は,私の腰の高さくらいの位置にありました。・・※私は,Bさんがあまりにも突然に賄賂の現金が入った白色封筒を私の方に差し出してきて,しかも私の方に『ぐっと』突きだしてきたので,私は拒絶する間もないという感じで『すっと』受け取ってしまったのです。Bさんが白色封筒を差し出してから私がそれを受け取るまでは,ほんの一瞬の出来事で,私は,驚いて『えっ』と思っているうちに受け取ってしまったのでした。」(乙8)と供述した内容について,これを具体的かつ詳細で,迫真性に富んでいるから信用性が高いと主張する。
しかしながら,上記場面は,要するにBが被告人方からの帰り際に玄関で被告人の方に振り向いて現金の入った封筒を差し出したというに過ぎない単純なものであり,いかに「ぐっと」「すっと」「えっ」などと擬態語を駆使して修辞しても,それを実体験した者でなければ語れないような独自の内容が付け加わるわけではないから,迫真性に富んでいるとは言い難い。
なお,検察官は,被告人が公判廷で上記場面に関して「私の思いとして,見てないから,・・※振り向きざまだったからわからないと。」(被告人公判供述〔第9回〕61頁)と供述したことを捉えて,振り向きざまに何かあったことが認められ,それは,Bとの賄賂授受以外にはあり得ないと主張するが,上記供述は,上記場面について警察官からは誘導があり,検察官からは誘導がなかったということの説明としてなされたものであり,要するに4月14日の場面は実体験に基づいて断定して言っているが,4月3日の場面は,実際に受けていないので推測でしゃべっていくよりしようがないと述べているのである(被告人公判供述〔第12回〕30頁)。「振り向きざま」自体は,Bが玄関で辞去の挨拶を述べる場面など,通常あり得る内容であるから,上記供述から,「振り向きざま」の後は,賄賂授受以外にはあり得ないと結論するのは論理に飛躍があると言うべきである。
また,検察官は,被告人が,捜査段階で,「(4月3日の賄賂を受け取った直後に)妻の作ってくれた夕食を食べましたが,いつもよりおいしくありませんでした,というより料理の味を味わう余裕がなく,いつもより早く食べ終わりました。」(乙8)と供述したのは,自己が経験していなければ容易に語り得ない心情を吐露したものであり,「(4月14日の賄賂を受け取った翌日,茶封筒を開けた際に)底の方に見覚えのある白色封筒が入っているのが見え,私は『あれっ』と思ったのです。・・※私は,普段,白色封筒に馴染みがなく,4月3日に20万円の賄賂が入っていた白色封筒を受け取ったときに鮮烈な印象が残りました。」(乙9)と供述したのは,4月3日に被告人方において賄賂を収受した者でなければ容易に語り得ない心情を述べたものと主張する。
しかし,いずれについても心情の内容そのものは,理詰めで想像可能な内容に過ぎず(被告人公判供述〔第12回〕42頁以下),また,後者の「鮮烈な印象」との表現は,被告人が概略自白するに至ったころ,数回口にしていた「白色封筒に強いインパクトを感じた。」(甲114)の焼き直しに過ぎないものである。
以上,検察官が指摘する諸点により,被告人の供述の具体性,迫真性により自白の信用性が特に高いものであるとまでは言えないものである。
(2) 被告人の捜査段階における供述経過等について
ア
(ア) 被告人は,平成13年1月31日,午前7時56分の任意取調べ開始時は,「Aからお金を貰ったことはないと思います。」と完全否認であったが,同日午前11時55分ころから,追及に耐えきれず,姿勢を正して,「はい,申し訳ありませんでした。全部しゃべります。」「Cさんが町長室にカタログと一緒に20万円の入った封筒を置いていきました。」と町役場における収賄を明確に自供した(F公判供述5頁以下,甲114)。
(イ) そして,被告人は,その直後,許しを得て妻に電話をし,早く町長を辞任したい,そのことを早く町側に伝えたい旨話した(被告人公判供述〔第11回〕1頁,甲114)。
(ウ) 4月3日の被告人方での収賄については,甲114号証添付の取調べ状況一覧表に記載はないが,「役場以外については記憶がないですか。」との再三の追及に対して,被告人は,「記憶として出て来ないんです。」と答えたとの報告がなされている(甲114)。しかし,その日の午後,逮捕前に作成された供述調書では,「場所は,町長室か自宅のいずれかであったと思います。」(乙23)とされ,調書作成者のF警部補は,「本人は,はっきり断定できないというような話だったので,そのような供述調書になったと思います。」と述べている(F公判供述8頁)。
(エ) そして,平成13年1月31日午後6時45分,被告人方での収賄容疑による逮捕状が執行され,その直後の警察官による弁解録取(乙24)においては,漠然と「Bさんや部下のCから働きかけがあり,賄賂と知りながらBから20万円受け取った。」と供述している。
同年2月1日,送検前に身上経歴以外の取調べがされたとは甲114号証添付の取調べ状況一覧表に記載はないが,F警部補が作成した同日付け供述調書には,「鮮明な記憶が出てこない。現在の記憶では町長室と思うが自宅で受けた可能性も否定できない。封筒に入っていたのは現金20万円である。Cの関与は間違いないと思うが断定できない。」(乙26)とされている。
同日の送検時の検察官による弁解録取(乙27)でも「場所については自宅だったか町長室だったか現時点では思い出せない。時期も確信がない。」と述べている。また,裁判官による勾留質問の際の調書(乙28)は,「検察庁で述べたとおりです。」とされている。
イ
(ア) 被告人は,平成13年2月2日午前10時15分ころから弁護人と初めて接見し,町長の辞職届を作成して提出を依頼し,その辞職届は同日中にa町役場に提出された(被告人公判供述〔第11回〕2頁)。
(イ) そして,同年2月2日から4日ころまで,被告人は,4月14日の町役場での収賄だけを認め,それ以外について,平成13年2月3日の取調べで「現金を受けた場所について,自分の記憶(町長室)とB社長らの言っている場所が異なることから考えると,授受の場面が2回あることになるがその辺がよく思い出せない。」などと供述していた(甲114号証添付の取調べ状況一覧表,弁4ないし6)。この間の被告人の供述態度について,F警部補は,「はっきり否定しません,自宅でもあったかなというような答え方,態度だったんで,・・・※要するに金銭を授受するという通常の人間にとっては衝撃的というか,印象に残ることなので,自宅の方を思い出せないというか,思い出そうとしたくないのかなと。・・※かといって,事実があるから,明確な否定はしないんだなというふうに私はとらえていました。」と述べている(F公判供述23頁)。
ウ
(ア) 平成13年2月4日の午後になって,被告人は,「今まで町長室だけと話していましたが,なんか『Bさんが自宅に来て玄関で会った記憶』と『白色の封筒の記憶』が頭にひっかかってるんだよね。」「鮮明な記憶はありませんが,ただ,町長室で受けた現金は『茶色の小封筒』だった記憶があります。」「当時現金入りの封筒を2回貰った記憶があるので,そういった封筒を貰うとすればBさんしかいません。」と述べ(甲114),同月5日には被告人方での賄賂授受を概略自白するに至った(被告人公判供述〔第9回〕20頁)が,その詳細な供述調書(乙30)は,同月12日になるまで作成されていない。
(イ) 被告人は,上記のような供述経過を辿った理由について,同月5日の取調べにおいて「取調べ当初は事実を否定したものの,警察が証拠を掴んでいると感じたので,ほぼ鮮明に思い出していた町長室の場面を話しました。この場面とは別の場面で現金を受け取っていたようにも思っていましたが,曖昧なことは言えないと思い,『自宅の場面は思い出せない』と答えていました。」と述べている(甲114)。
エ 以上のような被告人の捜査段階における供述経過のうち,特徴的なことは,まず,早い時期から,賄賂を受けとった場所が町役場か被告人方か思い出せないという内容の供述調書(乙23,26)が作成されている点である。作成者のF警部補は,被告人がそのような供述をしたと述べ,さらに「B氏が自宅を訪問したことは,2回ぐらいあるようなことも言っていた。」(F公判供述8頁)と述べるが,この2回の訪問のことは,平成13年2月3日に至って表われた供述のはずである(甲114号証添付の取調べ状況一覧表)。次に,被告人は,同月5日ころには被告人方での収賄についても概略自白したのに,その旨の簡単な内容の調書も作成されず,その後も取調べが継続的に行われ,被告人も自白していたにもかかわらず,同月12日に至っていきなり詳細な供述調書(乙30)が作成された点である。
前記1(6)のとおり,捜査機関は当初から町役場での賄賂授受の情報を入手しており,Bが平成13年1月27日の段階で被告人方での贈賄を供述し,このBの供述に基づく追及の結果,Cも,同日,被告人方,次いで町役場での贈賄を供述するに至り,同年1月28日,29日には2件の贈賄について,Cの詳細な供述調書が作成されており,Bは,同年2月10日ころまで被告人方での贈賄のみを認め,町役場での贈賄は否認していたが,同月11日に唐突にこれを認めるに至っている取調べ経過と対比検討すると,
① F警部補は,事前の情報とC,Bの供述情報から,2件の贈賄があり,被告人方での贈賄もあるはず,被告人が自白しないのは思い出したくないだけではないか,との先入観により,被告人の前記の早い時期の供述調書(乙23,26)において,現金入り封筒を受け取ったことが1回であること,そしてその場所が町役場(町長室)であって,自宅ではないとの供述が固定化しないように,被告人の供述を正確に録取せず,あるいは,被告人方もあるかもしれないとの方向に誘導した可能性を否定できないうえ,
② 被告人の詳細な供述調書(乙30)は,C及びBの2名がともに全面自白するのを待って,その内容を参照しながら作成された可能性を払拭できないのである。
オ 他方,被告人は,平成13年1月31日,町役場(町長室)での収賄を認めた直後には,平成3年4月に現職町長を破って初当選以来,2回の選挙を経て,10年近くにわたり勤めてきた町長を辞任することを伝えるため妻に電話をし,同年2月2日,接見した弁護人に対して辞職届を託すなどしており,このことからすると,収賄を認めて逮捕されるという事態になって,地位も名誉も地に落ち全てを失ったとの思いや,投げやりな気持ちもあった(被告人公判供述〔第9回〕59頁),という取調べを受けていた当時の被告人の心理状態は十分首肯できるところである。
カ 以上によれば,被告人の警察官調書(平成13年2月12日付け,乙30)及び検察官調書(同月19日付け,乙8)が被告人方における4月3日の収賄に関する詳細な供述調書であるところ,上記エ①のとおり,F警部補による供述調書作成の経過には,先入観の存在や被告人方での収賄もあったという方向への誘導が窺われ,他方,上記オのとおり,取調べを受けていた被告人にあっては,町役場での収賄は確定的に認めているのであるから,自宅でのそれを認めても構わないという投げやりな心理状態や,争ってこれ以上他の人に迷惑を掛けたくないなどの動機(被告人公判供述〔第9回〕47頁)が混在し,さらには被告人の供述調書が作成されたときには,4月3日の収賄における直接の贈賄者であるBの供述がなされていたことに照らすと,上記警察官調書(平成13年2月12日付け,乙30)については,誘導と迎合とに基づきできあがったのではないかとの強い疑いが残るのであって,その信用性には疑問があり,さらにこれに基づく検察官調書(同月19日付け,乙8)についても同様に信用性については疑問があると言わなければならない。
確かに,被告人は,たびたび供述調書に訂正を申し入れていたことや検察官による取調べの際には,警察官による取調べとは異なる,あるいはこれにない供述をしていること等の事情はあるものの,被告人の供述調書の信用性に疑問が残るとの上記判断を覆すに足りるものではない。
(3) 被告人の自白とB供述の符合について
4月3日の贈賄の関係者のうち,Cは,3月24日にBが被告人に賄賂を渡すことを企図していることを聞いて知りつつ日程調整と道案内をしたが,犯行現場には行っていないし,Bから結果も聞いていない(Cは,甲91,92の内容を公判供述で否定している。)のであるから,4月3日の収賄の犯行そのものの存在を直接証明する立場にない。そうすると,上記犯行については,B供述と被告人の自白以外には直接証拠がないことは明らかである。そして,検察官が指摘するとおり,被告人の自白内容とB供述は非常によく符合している(前記(2)エ②のとおり,後者を参照して合わせた可能性すらある。)のであるが,B供述が,信用性に非常に疑問があることは前記1で検討したとおりであるから,被告人の自白の信用性も,そのような程度と解するほかない。
(4) 小括
以上によれば,被告人が本件公訴事実第1の1の事実についても自白した捜査段階の供述については,前記2のとおり,これが任意になされたものであることは認められるものの,前記3(1)のとおり,具体性,迫真性に富むものと言えないばかりか,前記3(2)のとおり,取調べ担当者の先入観や他の関係者の供述とのすり合わせに基づく誘導とそれに対する迎合とによりできあがったものとの強い疑いが残り,前記3(3)のとおり,信用性に非常に疑問のあるB供述と符合していたとしても被告人の自白の信用性が裏付けられるわけではなく,結局,被告人の自白についても,その信用性には大いに疑問があると言わざるを得ないのである。
4 総括
以上を総合すれば,4月3日の収賄について,直接証拠の一方であるB供述も,他方の直接証拠である被告人の自白についても,その信用性に重大な疑問があると言うほかないのであるから,これらの証拠から,「平成11年4月3日,被告人方玄関において,Bから被告人に現金20万円在中の封筒が渡されたこと」を認定することは困難と言わざるを得ない。
第4結論
以上のとおり,本件公訴事実第1の1については,その合理的な疑いを容れる余地のない程度の証明がないことに帰着するから,刑事訴訟法336条により,被告人に対し,前記公訴事実について無罪の言渡しをすることとする。
(裁判長裁判官 坪井宣幸 裁判官 忠鉢孝史 裁判官 小野寺真也)
<編注:『※』部分は原文のとおり。>