釧路地方裁判所帯広支部 平成21年(ワ)166号 判決 2011年3月24日
原告
X1<他1名>
上記両名訴訟代理人弁護士
阪口剛
被告
新得町
同代表者町長
A
同訴訟代理人弁護士
佐々木泉顕
下矢洋貴
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告らに対し、それぞれ金一〇〇万を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、原告らはヒグマ等について鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律(以下「鳥獣保護法」という。)九条八項の従事者(以下「従事者」という。)であったところ、被告の町長(以下「被告町長」という。)が、原告らに対して同項の従事者証(以下「従事者証」という。)の返納を求めた行為及び原告らの質問に対して具体的回答を拒否した行為並びに被告町長その他被告の公務員が、報道機関に対して原告らに契約違反があったかのような告知をした行為が違法行為であるとして、原告らが、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、損害賠償(慰謝料)を請求する事案である。
二 基礎となるべき事実(当事者間に争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1) 当事者等
ア 北海道猟友会新得支部は、狩猟会の進歩、発展等を目的とする狩猟愛好家団体でありa部会(以下「旧a部会」という。)は、北海道猟友会新得支部の部会の一つであったが、平成一九年、現在のa部会(以下「a部会」という。)とb部会(以下「b部会」という。)に分派して、現在に至っている。
イ 原告らは、狩猟免許を保有しており、a部会の会員である。
原告X2(以下「原告X2」という。)は、平成一九年九月二五日から平成二〇年一〇月六日までの間、a部会の部会長であった。
原告X1(以下「原告X1」という。)は、平成一九年九月二五日から平成二〇年一〇月六日までの間、a部会の副部会長であった。
(2) 新得町における、ヒグマ及びエゾシカの捕獲等(捕獲又は殺傷をいう。以下同じ。)の許可権者は北海道知事であり(鳥獣保護法九条二項)、キツネ、カラス及びドバト(以下、エゾシカ、キツネ、カラス及びドバトを併せて「ヒグマ以外の鳥獣」という。)の捕獲等の許可権者は被告町長である(鳥獣保護法九条二項、北海道環境生活部の事務処理の特例に関する条例二条)。
(3) 被告町長は、平成八年ころから平成一九年まで毎年度、旧a部会(旧a部会が分派してからはa部会とb部会)との間で、有害鳥獣駆除等の業務委託契約を締結してきた。旧a部会、a部会及びb部会に所属するハンターらは、上記業務委託契約に基づき、従事者証の交付を受けて、有害鳥獣駆除等に従事していた。
(4) 原告らは、平成二〇年四月一日、鳥獣保護法九条一項の被許可者(以下「被許可者」という。)を被告として、北海道知事からヒグマ及びエゾシカの、被告町長からキツネ、カラス及びドバトの、各従事者証の交付を受けた。
(5) 被告町長は、a部会会長及びb部会会長との間で、平成二〇年五月二日、平成二〇年度の有害鳥獣駆除等業務委託契約(以下「本件委託契約」という。)を締結した。
本件委託契約には、次のような条項があった。
ア 委託業務(一条)
被告町長は、有害鳥獣(ヒグマ)による、人畜、農作物の被害を防止するため、巡視及び捕獲業務をa部会会長及びb部会会長に委託し、a部会会長及びb部会会長はこれを受託する。
イ 捕獲物処理(三条)
a部会会長及びb部会会長は、有害鳥獣(ヒグマ)を捕獲した場合、被告町長の立会いのもと「埋設処理」する(捕獲物を食用等に使用してはならない。)。
ウ 委託期間(四条)
業務の委託期間は、平成二〇年五月二日から平成二一年三月三一日までとする。
エ 報告(六条)
a部会会長及びb部会会長は、上記アに定める業務に従事したときは、巡視及び捕獲状況報告、写真等を速やかに被告町長に報告しなければならない。
オ 駆除従事者(八条二項)
駆除に従事するハンターは、被告町長及びa部会会長又はb部会会長の指示に従い、安全かつ災害の未然防止に最善の注意を払わなければならない。
カ 解除(一〇条)
被告町長は、a部会会長又はb部会会長がこの契約を履行しないとき、又は、履行の見込みがないと認められるときは、いつでもこの契約を解除することができる。
(6) 被告町長は、平成二〇年六月二四日、a部会会長に対し、本件委託契約八条二項(上記(5)オ)が履行されていないことを理由に、本件委託契約一〇条(上記(5)カ)に基づき、本件委託契約を解除する(以下「本件解除」という。)との意思表示をした。
(7) 平成二〇年六月二四日のc新聞に、a部会が、ヒグマの駆除に関して、事前連絡や協議をせずにわなを設置したなどの行為があったため、被告が本件委託契約解除を含めて検討していることなどの記事及び被告町長の「契約に基づかない行為があったとすれば、重い判断をせざるを得ない」とのコメントが、同月二五日のc新聞に、a部会の上記の行為を原因として、被告が本件委託契約を解除したことなどの記事及び被告町長の「契約の中身が守られなかったのは残念。ぜひ地域住民、町との信頼関係の中で行って欲しかった。」などのコメントが、同日の北海道新聞に、a部会が、ヒグマの駆除に関して、近隣住民への配慮等の安全管理を怠っていたとして、被告が、本件委託契約を解除したことなどの記事が、それぞれ掲載された(以下、これらの記事を「本件各記事」という。)
(8) 被告町長は、平成二〇年六月三〇日付けで、a部会に対し、a部会会員のヒグマの従事者証の返納を求めた(以下「行為一」という。)。
(9) 被告町長は、平成二〇年七月三一日付けで、a部会の代理人であった原告ら訴訟代理人らに対し、原告ら及びa部会事務局B(以下「B」という。)のヒグマ以外の鳥獣の従事者証の返納を求めた(以下「行為二」という。)。
(10) 原告ら訴訟代理人らは、原告らの代理人として、平成二一年二月二七日付けの書面によって、被告町長に対し、被告との間で平成二一年度の有害鳥獣駆除等業務委託契約を締結する準備として、被告の契約書案(以下「本件契約書案」という。)に関し、別紙の事項を質問し(以下、各質問項目を、項の番号に従って「質問事項一」等という。)、同年三月六日までに書面で回答するよう求めた(以下「本件質問」という。)。
三 争点及びこれに対する当事者の主張
(1) 被告町長その他被告の公務員に違法行為があったか(争点一)
(原告らの主張)
ア 行為一について
(ア) 従事者証の返納を命じるには、正当事由が必要であるところ、下記(イ)のとおり、本件委託契約の解除事由はなく、本件解除は無効であることから、被告町長に、原告らのヒグマの従事者証の返納を命じる正当事由はなかった。
(イ)a 原告X1は、平成二〇年六月五日夕方、ヒグマを捕獲し、同月七日朝、同ヒグマを殺処分しており、一日半程度しか捕獲状態は続いていない。また、その間は、原告X2等が巡視をして、えさを与えるなどして安全確保に努めていた。
報告についても、殺処分をした平成二〇年六月七日は土曜日であったため、月曜日である同月九日朝に報告したのであり、遅滞はない。
b 箱わな設置の度に被告に事前連絡しなければならない義務はない。
ヒグマの捕獲区域については、十勝支庁(当時。以下同じ。)への許可証申請時に報告済みであり、実際の箱わな設置場所については、地主の承諾を得て設置した。
本件以前に、被告から、箱わな設置の度に事前連絡がないことを理由とする指導、勧告等はなかった。
c 原告X1は、箱わなへの通路の入口付近に「この先に熊の箱ワナあり 危険につき近づかぬこと」という記載をした縦四〇cm、横三〇cm程度の大きさの板を、長さ二m程度の杭に取り付けた看板を、地面に打ち付けて設置していた。
d ヒグマを処分するに際して、被告に事前連絡しなければならない義務はない。捕獲し、殺処分した後に、その結果を適宜報告すれば足りる。
e a部会会員が、捕獲したヒグマを食用に供していたことは認める。
しかし、捕獲物を食用等に使用してはならないとの規定(上記二(5)イ)は、平成二〇年度から新設された条項であるところ、上記規定の新設は、事前に原告らに告知や説明がなかった。本件委託契約の契約書は、a部会の事務担当者が、被告からa部会会長印を持参するように言われ、被告役場に赴いたところ契約書を提示されて、契約内容の変更があることも分からないまま例年どおりであると考えて押印し、作成されたものである。
そもそも、上記規定自体に合理性がないし、少なくとも、住民の安全確保に何ら影響がないことから、本件委託契約の解除や従事者証の返還を求めるための合理的理由とはならない。
仮に、上記規定が有効であるとしても、ヒグマを食用に供していたことは、本件解除時には解除事由に挙げられていなかったのであり、事後的に解除事由として追加することは許されない。
(ウ) しかし、被告町長は、本件委託契約の解除事由がなく、原告らのヒグマの従事者証の返納を命じる正当事由がないことを知りながら、原告らのヒグマの従事者証の返納を命じた(行為一)。これによって、原告らのハンターとしての名誉感情が害された。
イ 行為二について
(ア) 従事者証の返納を命じるには、正当事由が必要であるところ、下記(イ)のとおり、被告町長に、原告らのヒグマ以外の鳥獣の従事者証の返納を命じる正当事由はない。
(イ)a 原告ら、B及びC(以下「C」という。)は、平成二〇年三月二三日、D(以下「D」という。)の依頼により、エゾシカの駆除に従事した。その際、発砲が行われたのは、E宅(ただし、Dの所有であった。)から約一八〇メートル離れた、E宅から見えない場所であり、原告らは、駆除に従事する前には、E氏の妻に、駆除を行う旨の挨拶を行っていた。
上記発砲後、E宅の住人が、警察に通報、届出をした事実はあるが、恐怖を感じた点については知らない。警察が取り調べた結果、上記発砲が何らかの法令違反に該当するとの指摘はなかった。
このように、原告ら、B及びCには、同日のエゾシカの駆除については、何の法令違反もマナー違反もなく、適切に有害鳥獣駆除事業に従事していたし、安全も確保していた。
しかし、被告職員から、トムラウシ地区住民が発砲音を聞いて驚いた旨の不満を有しているので説明と謝罪を行うようにとの指導があったため、a部会としては、一部住人の事実誤認や言いがかり的なものがあるとは考えていたものの、無用の争いを避けるため、同年四月二五日、説明会を行った。原告らは、説明会でも、有害鳥獣駆除が地域に有益であること、Dの依頼を受けて駆除を行っていたこと、事前にE氏に説明していたことを住民らに説明した上で、仮にそれでも発砲音を聞いて驚いたというのであれば道義的な意味で謝罪する旨を述べた。
b Cが、捕獲した鹿を河川敷に放置したことは認める。
しかし、a部会は、所属するハンターを指導監督する団体ではないし、部会長等の役員も、部会員を指導監督する法的な役割も権限もない。そして、ヒグマ以外の有害鳥獣駆除については、被告町長は、部会への委託ではなくて、個々のハンターを選任している。
このような事情にかんがみれば、部会の役員であった原告らに「連帯責任」を負わせることはできない。
(ウ) しかし、被告町長は、原告らのヒグマ以外の鳥獣の従事者証の返納を命じる正当事由がないことを知りながら、原告らのヒグマ以外の鳥獣の従事者証の返納を命じた(行為二)。これによって、原告らのハンターとしての名誉感情が害された。
ウ 被告町長とその他被告の公務員の報道機関に対する情報提供行為(以下「行為三」という。)について
(ア) 被告町長その他被告の公務員は、平成二〇年六月二四日ころ、マスコミに対し、以下の事実を告知した。
a a部会が近隣住民への配慮等の安全管理を怠っていた。
b 捕獲から処分までの間に町に対する連絡が必要なのにこれを怠った。
c 捕獲から処分までの間に警察に対しても連絡が必要なのにこれを怠った。
d クマの殺処分時には警察や町の立会いが必要なのにこれを怠った。
e 近隣住民に対し箱わなを設置したことの告知を怠った。
f 近隣住民に対し箱わなにクマがかかっていることの告知を怠った。
g 箱わなを設置するには町と猟友会とが事前協議をする必要がある。
h a部会は箱わな設置の事前協議を怠った。
i a部会は捕獲後のクマを放置していた。
j 親グマが近くにいないかなどの調査を怠った。
k a部会は委託契約を守らなかった。
l 契約不履行の程度は契約を即時に解除する必要があるほどに重大である。
(イ) 上記事実の告知は、原告らの社会的評価を低下させ得るものであることから、原告らの名誉を毀損する違法行為に当たる。
エ 原告らの質問に対して具体的回答を拒否した行為(以下「行為四」という。)について
(ア) 被告町長は、原告らを含むハンターを、平成二一年度の有害鳥獣駆除等業務委託契約の受託予定者(候補者)としていた。
原告らと被告町長とは、上記委託契約締結に向けた協議交渉を行っており、その過程で、原告ら訴訟代理人らは本件質問(上記二(10))を行ったのであるから、被告町長は、契約成立以前の準備段階であっても、信義則上、原告らに対して誠実に対応し、具体的に回答すべき義務があった。
具体的には、被告町長には、信義則上、上記質問に対し、以下の回答を平成二一年三月六日までに行うか、それに間に合わないようであれば「いつまでに回答できる」ということを、原告ら代理人に書面等で連絡すべき義務があった。
a 質問事項一について
そのように解して良い又は悪いの回答
b 質問事項二及び質問事項三について
指定様式がある又はないの回答
c 質問事項四について
根拠が何であるかについての回答
d 質問事項五について
書面を要する又は電話連絡で足りる旨の回答
e 質問事項六について
被告としてどう考えているかの回答
f 質問事項七について
具体的な例示、適用を想定している場面等の回答
g 質問事項八について
具体的な法令名の回答
h 質問事項九について
部会役員個人が責任を負うことについての具体的理由の回答
i 質問事項一〇について
「知り得た」とすることが広範と考えるか否かの回答
j 質問事項一一について
周辺住民への周知について町とハンターとの責任分担についての考えの回答
k 質問事項一二について
「失当な苦情」を処分の際にどのように考慮するのかについての考えの回答
(イ) しかし、被告町長は、平成二一年三月六日までに上記(ア)のような回答を行わず、同年四月二〇日付け書面で、既に会議、打合せ等で説明しており、原告らも理解していると受け止めているとの内容の回答をしたのみであったのであり、このような被告町長の不作為は違法行為に当たる。
(被告の主張)
ア 行為一について
(ア) そもそも、原告らのハンターとしての名誉感情は、法的保護に値する利益ではない。
(イ) 従事者の選定及び選定の取りやめは、被許可者の自らの判断で自由に決定できるのであり、広範な裁量を有している。そして、下記(ウ)の事情によれば、行為一が上記裁量を逸脱した行為とはいえないことから、行為一は違法行為ではない。
(ウ) 本件解除については、以下のとおり、解除事由があったことから、有効であるし、少なくとも、被告町長は、本件解除当時、そのような認識を有していた。
なお、以下の個々の事由がそれぞれ解除理由となる。具体的には、以下のaからdまでは、本件委託契約六条(上記二(5)エ)に違反し、以下のeは、本件委託契約三条(上記二(5)イ)に違反することから、これらは、本件委託契約八条二項(上記二(5)オ)に違反することになる。
a a部会会員が、平成二〇年六月五日、箱わなで捕獲したヒグマを、捕獲してから三日間、被告に報告せずに放置した。
b a部会は、箱わなを設置することを被告に事前連絡しなかった。
c a部会は、箱わな設置についての周囲への周知看板を設置しなかった。
d a部会は、ヒグマを処分することを被告に事前連絡しなかった。
e a部会会員は、捕獲したヒグマを食用に供していた。
イ 行為二について
(ア) 上記ア(ア)と同じ。
(イ) 従事者の選定及び選定の取りやめは、被許可者の自らの判断で自由に決定できるのであり、広範な裁量を有している。そして、被告町長は、以下の事情(ただし、すべて平成二〇年の出来事である。)及び下記eの鹿の放置がヒグマに関する本件委託契約解除の意思表示の日(上記二(6))の翌日に発生したことを踏まえて、a部会については、安全確保、マナー遵守について部会の指導力不足又は有害鳥獣駆除等に関する認識、取り組む姿勢に被告の認識とそごがあると判断し、このままでは取り返しのつかないことになると考え、指導的立場に立つ原告らに対してヒグマ以外の鳥獣の従事者証の返納を求めた(行為二)のであって、行為二は上記裁量を逸脱しておらず、行為二は違法行為ではない。
a 原告ら、B及びCは、三月二三日から、エゾシカの駆除に従事した。その際、近隣住民であるE宅前で発砲が行われ、E氏の妻は恐怖を感じ、警察に通報、届出をした。
b 上記事態を受け、被告の農林課長は、四月七日、a部会に対し、厳重注意をするとともに、安全確保を周知徹底することなどにつき、指導を行った。
c 被告は、四月八日、原告X2から、E氏に事情を説明し、謝罪をしてきたとの報告を受けた。
d 原告らは、四月二五日、地域住民、被告の職員の前で、地域住民らに謝罪、反省の念を示すとともに、マナーの向上、法令の遵守及び地域住民に迷惑、不安を与えないことを約束し、原告X2は、同日、a部会会長として、深い反省と安全、安心な有害鳥獣駆除に努めることを誓約する書面を作成した。
e しかし、Cは、六月二五日、トムラウシで、捕獲した鹿を河川敷に放置した。この件については、警察からの事情聴取も実施された。
被告町長は、事実確認の結果、Cに従事者証の返納を求めた。
ウ 行為三について
原告らの主張ウ(ア)の個々の事実の告知については、不知ないし否認する。被告の担当者は、マスコミからの取材に対し、平成二〇年六月一七日に原告X1から聴き取った範囲で回答したに過ぎない。
たとえ、告知行為があったとしても、マスコミ報道における表現者はマスコミ自身であり、名誉毀損が成立する場合の責任主体もマスコミ自身である。即ち、どのようなニュースをどのような内容で報道するかは、マスコミ自身が決定することであり、上記告知行為には伝播可能性がなく、少なくとも、被告の担当者は、伝播可能性の認識がなかったことから、取材に応じた被告の担当者には不法行為は成立しない。
エ 行為四について
原告らの主張エ(イ)の事実は認めるが、原告ら主張の義務の発生及び被告町長の違法行為に当たることについては争う。単なる私法上のやり取りにおいて、しかも、何の法的拘束力もない単なる連絡文のやり取りにおいて、これに対応すべき義務が生じることはあり得ない。したがって、被告町長には違法行為はない。
なお、平成二一年二月一九日、被告役場会議室において、第三回新得町有害鳥獣被害対策会議が開催され、その中で、今後の有害鳥獣駆除等従事についての話合いが行われた。本件質問は、そこでの原告らの意見、質問事項とほぼ同じであり、被告は、同年三月四日開催の会議において、この点につき回答する準備をしており、実際、同日開催の会議(a部会からはF部会長が出席した。)により回答を行った。
(2) 原告らの損害(争点二)
(原告らの主張)
原告らの損害額(慰謝料)は、それぞれ一〇〇万円を下らない。
(被告の主張)
争う。
第三当裁判所の判断
一 争点一(被告町長その他被告の公務員に違法行為があったか)について
(1) 原告らは、行為一及び行為二によって、原告らの名誉感情が侵害されたと主張する。
しかし、行為一及び行為二は、社会通念上許される限度を超える侮辱行為とはいえず、人格的利益の侵害となるような名誉感情の侵害があったとはいえない。
(2) 鳥獣保護法九条八項は、被許可者のうち国、地方公共団体その他一定の法人は、環境省令で定めるところにより、許可権者に申請をして、その者の監督の下にその許可に係る捕獲等又は採取等(採取又は損傷をいう。以下同じ。)に従事する者(従事者)であることを証明する従事者証の交付を受けることができると定めている。
そして、鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律施行規制(以下「鳥獣保護法施行規則」という。)七条七項は、従事者証の交付の申請は、申請者の主たる事務所の所在地、名称及び代表者の氏名、捕獲等又は採取等に係る許可証の番号並びに捕獲等又は採取等に従事する者の住所、氏名、職業及び生年月日を記載した申請書を許可権者に提出して行うものと定めている。
新得町における、ヒグマ及びエゾシカの捕獲等の許可権者は北海道知事であるが(第二の二(2))、北海道は、鳥獣捕獲許可取扱要領を制定し、被許可者(ただし、個人は除く。)は、従事者に対し、捕獲等又は採取等の期間、捕獲方法、捕獲区域、捕獲等する鳥獣又は採取等する鳥類の卵の種類及び捕獲数量並びに捕獲等又は採取等した鳥獣等の処置方法を記載した指示書を交付し、法令違反を生じさせないよう指導し、監督すること(平成二〇年四月一五日まで)、従事者に指示書を交付するとともに、当該従事者が指示書に基づき捕獲等又は採取等を行うよう適切な指導及び監督をすること(同月一六日以降)としていた。
新得町における、キツネ、カラス及びドバトの捕獲等の許可権者は被告町長であるが(第二の二(2))、被告は、新得町鳥獣捕獲許可取扱要領を制定し、被許可者(ただし、個人は除く。)は、従事者に対し、捕獲等又は採取等の期間、方法、捕獲等又は採取等する鳥獣又は鳥類の卵の種類及びその捕獲数量並びに捕獲等又は採取等した鳥獣又は鳥類の卵の処置方法等を記載した指示書を交付し、適切に指導及び監督することとしていた。
このように、鳥獣保護法及び鳥獣保護法施行規則には、従事者の選定に関する規定はない。そして、上記のとおり、従事者とは、被許可者の監督の下にその許可に係る捕獲等又は採取等に従事する者であり、この規定を受けて、許可権者としての北海道及び被告は、それぞれ、鳥獣捕獲許可取扱要領で、被許可者が従事者を適切に指導及び監督することとしているのであるから、従事者に鳥獣保護法等に違反した事実があった場合、捕獲等又は採取等の許可の取消し(鳥獣保護法一〇条二項)といった行政上の責任を問われることはもとより、民事上、刑事上の責任を問われる可能性もある。
したがって、被許可者による従事者の選定及び選定の取りやめについては、上記監督を実効あらしめるという観点からも、被許可者の極めて広範な裁量に委ねられており、上記裁量の逸脱がない限り、違法行為となることはないというべきである。そして、本件では、被告町長が原告らに対して従事者証の返納を命じているところ(行為一及び行為二)、被許可者又は従事者は、捕獲等又は採取等をするときは、許可証又は従事者証を携帯し、国又は地方公共団体の職員、警察官その他関係者から提示を求められたときは、これを提示しなければならない(鳥獣保護法九条一〇項)ことから、原告らは、従事者証を返納することによって、従事者証の携帯ができなくなるため捕獲等が行えなくなって、事実上従事者の地位を失うことになるが、被許可者の従事者証の返納を命じる行為についても、同様に、上記裁量の逸脱がない限り、違法行為となることはないというべきである。
このような観点から、行為一及び行為二について検討する。
(3) 行為一について
ア 《証拠省略》によれば、被告を被許可者とする有害鳥獣駆除等に関して、以下の事実が認められる。これに反する原告らの陳述書の記載及び原告ら本人の供述は採用することができず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。
(ア) 被告は、従前から、従事者を選定する基準として、新得町内に住所があり、かつ、狩猟免許を保有していることとしていた。そして、旧a部会、a部会及びb部会との関係では、実際には、旧a部会、a部会及びb部会から従事者候補者の名簿を提出してもらい、原則として、上記基準を満たす限り、名簿に登載されている者を従事者として選定していた。
(イ) 被告は、ヒグマが箱わなに捕獲されたときは、親グマや子グマが付近にいることが多く、周囲が一気に厳重態勢となり、捕獲されたヒグマを生きたまま放置しておくと、助けようとする親グマや子グマが近づいてきて凶暴化するため、直ちに殺処分し、埋設する必要があるという理由から、少なくとも平成一八年以降は、従事者に対して、ヒグマが箱わなに捕獲されたときには、日時を問わず、直ちに被告に連絡することとし、連絡を受けた被告の担当者等が臨場して、ヒグマの殺処分に立ち会うこととしていた。
(ウ) 被告町長は、平成二〇年四月一日、原告らに対し、ヒグマ及びエゾシカの従事者証を交付する際、鳥獣捕獲事業指示書(以下、ヒグマに関する指示書を「本件ヒグマ指示書」という。)を交付した。本件ヒグマ指示書には、「保護鳥獣の処理方法」として、「保護鳥獣は土中埋設し、食用等に利用しないこと」と記載されており、注意事項として、従事者は、被告に対し捕獲計画、状況及び結果について適宜報告し、捕獲した鳥獣の処理について、協議することと記載されていた。
(エ) ヒグマの捕獲等のための箱わなを設置する際には、事前に箱わな設置可能場所を十勝支庁に届け出る必要があった。したがって、被告は、従前から、旧a部会及びb部会との間で、箱わなの設置場所について事前協議をして、箱わなを設置しようとする場所が箱わな設置可能場所として十勝支庁に届出をしてあるか否かを確認し、届出をしていなければ、十勝支庁に箱わな設置可能場所の追加の手続をしていた。しかし、a部会は、平成二〇年五月頃、被告と事前協議をしないで、被告が把握していない場所に箱わな(以下「本件箱わな」という。)を設置した。また、a部会は、本件箱わなを設置していることについての周囲への周知看板を設置しなかった。
(オ) 原告X2は、平成二〇年六月五日(木曜日)夕方、本件箱わなにヒグマが捕らえられているのを発見したので、直ちに原告X1に連絡した。しかし、原告X1は、同日、親族の通夜があり、同月六日(金曜日)も、午後三時頃まで葬儀等があったことから、原告X2に依頼して、朝夕二回の本件箱わなの巡視、ヒグマへのえさやり、地主への報告をしてもらった。
原告らは、同日午後六時頃、有害鳥獣の打合せのために被告担当職員であるGに会ったが、本件箱わなにヒグマが捕らえられたことについて報告しなかった。
原告X1は、同月七日(土曜日)朝、本件箱わなにとらえられていたヒグマを殺処分したが、被告に捕獲や駆除の報告をしたのは同月九日(月曜日)朝であった。
原告らは、捕獲したヒグマをa部会会員の食用に供した。
(カ) Gその他被告の担当者は、平成二〇年六月一七日、原告X1と面談し、上記(オ)のヒグマの捕獲の報告が遅れ、本件箱わなの設置及びヒグマの殺処分の報告が事後報告になった理由、本件箱わなの周知看板の有無、殺処分したヒグマの処理等について聴き取った。
イ このように、a部会は、従前から、十勝支庁への届出の必要もあることから、箱わなの設置について被告と事前協議していたにもかかわらず、被告と事前協議をしないで、被告が把握していない場所に本件箱わなを設置しており、本件箱わなを設置していることについての周囲への周知看板を設置しなかったのである。
また、被告は、従事者に対して、ヒグマが箱わなにかかったときは、日時を問わず、直ちに被告に連絡することとし、連絡を受けた被告の担当者等が臨場し、殺処分に立ち会っていたにもかかわらず、六月五日夕方に捕獲してから同月九日朝まで被告に連絡せず、同月七日までにヒグマにえさを与えるなどした後、同日朝、被告の職員の立会いなしで殺処分したというのである。
さらに、本件委託契約によれば、捕獲物を食用等に供してはならないとされており(本件委託契約三条)、本件ヒグマ指示書にも、保護鳥獣は土中埋設し、食用等に利用しないことと記載されているにもかかわらず(なお、この点につき、原告らの陳述書には「保護鳥獣」はヒグマを指すものではないとの記載があるが、本件ヒグマ指示書の体裁上、「保護鳥獣」がヒグマを指すことは明らかである。)、原告らは、捕獲したヒグマをa部会会員の食用に供したのである。
このような事実関係に照らすと、被告町長が、駆除に従事するハンターが、被告町長の指示に従い、安全かつ災害の未然防止に最善の注意を払うことができず(本件委託契約八条二項)、a部会会長が、本件委託契約を履行しない又は履行の見込みがないとして(本件委託契約一〇条)、本件委託契約を解除した上、従事者証の返納を命じた行為(行為一)は、被許可者としての裁量を逸脱した行為とは認められない。
なお、原告らは、ヒグマが箱わなに捕獲されれば、周辺地域は安全性が高まると主張し、原告らは同旨の供述をする。しかし、箱わなにヒグマが捕獲された場合でも、周囲に別のヒグマがいる危険や、捕獲されたヒグマが逃げ出す危険があるとの文献もあり、原告ら自身も、箱わなに捕獲されたヒグマの親グマが箱わなに近づいてくる危険はあると供述している。そもそも、ヒグマの危険性を最終的に判断するのは従事者である原告らではなく、被許可者である被告であり、少なくとも被告が、ヒグマが箱わなに捕獲されたときに、捕獲されたヒグマを生きたまま放置しておくと、助けようとする親グマや子グマが近づいてきて凶暴化するため、直ちに殺処分し、埋設する必要があると判断して、従事者に対して直ちに報告することなどを求めており、上記のとおり、そのことが全く根拠のないこととはいえない以上、従事者がこれに従わなかった場合には、被許可者が従事者としての選定を取りやめたとしても、被許可者としての裁量を逸脱したとはいえないというべきである。
また、原告らは、ヒグマは食用に供しても問題ないと主張するが、捕獲物を食用等に供してはならないということが本件委託契約の内容となっており(なお、本件委託契約の契約書は、a部会の事務担当者が、契約書を提示されて、契約内容の変更があることも分からないまま例年どおりであると考えて押印し、作成されたものであるため、平成二〇年度の本件委託契約で新設された、捕獲物を食用等に供してはならないとの規定は本件委託契約の内容とはならないと主張するが、採用できない。)、本件ヒグマ指示書にも記載されているのであるから、従事者がこれに従わなかった場合には、被許可者が従事者としての選定を取りやめたとしても、被許可者としての裁量を逸脱したとはいえないというべきである。
したがって、行為一は違法行為とはいえない。
(4) 行為二について
ア 《証拠省略》によれば、被告を被許可者とするヒグマ以外の鳥獣の駆除に関して、上記(3)ア認定の事実に加えて、以下の事実が認められる。これに反する原告らの陳述書の記載及び原告ら本人の供述は採用することができず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。
(ア) 原告らとa部会会員であるB及びCは、平成二〇年三月二三日から、エゾシカの駆除に従事した。その際、近隣住民が、自宅前で発砲が行われたとして、警察に通報、届出をした。
被告の担当者であったGは、平成二〇年四月七日、上記の通報、届出の事実を把握し、被告農林課長らとともに、同日、原告X2及びBから事情を聴き取ったところ、近隣住民の言い分と原告X2及びBの言い分とが異なっていたことから、被告の担当者は、真相は分からないが、少なくともa部会と近隣住民との間のコミュニケーション不足があると考え、被告農林課長は、原告X2及びBを通じて、a部会に対し、厳重注意をするとともに、再度、事件が起これば、当事者には被告の有害鳥獣駆除等に従事することを辞めてもらう旨伝えた。
(イ) 原告ら及びBは、平成二〇年四月二五日、被告町役場において、近隣住民代表及び被告の担当者に対して説明会を開き、そこで、原告X1は、原告X2がa部会会長として同日付けで作成した、「地域の住民に迷惑をあたえた事に対しまして深く反省をいたしております」「d猟友部会は、農家の目線にそって活動」していきたいなどと記載してある書面を読み上げた。
(ウ) Cは、平成二〇年六月二五日、トムラウシ地区で、捕獲した鹿を河川敷に放置し、警察から事情聴取された。その際、原告X2は、警察の依頼により、Cの身元引受人となった。
Gその他被告の担当者は、同月二七日、Cから事情を聴き取り、同月三〇日、原告X2及びBから事情を聴き取った。
被告町長は、同年七月二日付けの書面によって、a部会会長である原告X2に対し、被告の指示があるまでの間、有害鳥獣駆除の自粛をお願いする旨、通知した。
被告町長は、同月四日付けの「六月二五日C氏が従事した鹿駆除に係る件について」と題する書面によって、a部会会長である原告X2に対し、上記の鹿の放置に関するa部会としての対応について質問した。
原告ら訴訟代理人らは、原告らの代理人として、同年七月一一日付けの書面によって、被告町長に対し、a部会として、トムラウシ町内会に謝罪し、Cに対して謹慎(狩猟禁止)六か月の処分を科すことを決定し、a部会会員に対して指導を徹底する旨、回答した。
被告町長は、同日付けの書面によって、Cに対し、今後被告が被許可者として行うすべての有害鳥獣駆除等について従事者としない旨、通知した。
そして、Gは、原告らによる、近隣住民とのトラブル(上記(ア))、説明会と謝罪(上記(イ))、ヒグマの放置(上記(3)ア(オ))に引き続き、a部会会員による鹿の放置事件が発生したことから、a部会には被告の実施する有害鳥獣駆除等業務の指示等を実践してもらえないと判断し、これに基づき、被告町長は、a部会の役員である原告ら及びBに対しても、今後被告が被許可者として行う有害鳥獣駆除等について従事者として依頼できないとして、ヒグマ以外の鳥獣の従事者証の返納を求めた(行為二)。
イ 原告らは、平成二〇年四月頃、有害鳥獣駆除等の従事の際に、近隣住民との間でトラブルを起こし、同月二五日、説明会を実施して、a部会として、地域の住民に対して反省の意を表明したにもかかわらず、同年六月にはヒグマを放置し(上記(3)ア(オ))、同月二五日には、a部会会員が鹿を放置するという事件を起こしている。
そして、原告ら訴訟代理人らは、上記の鹿の放置について、a部会として、謝罪し、鹿を放置したa部会会員に対して謹慎の処分を科すことを決定し、a部会会員に対して指導を徹底する旨、回答している。
このような事情に照らすと、被告の担当者が、a部会は団体として会員に対して指導監督すべき立場にあるにもかかわらず、a部会会員による上記のトラブル等が発生していることからすれば、a部会には上記指導監督が十分にできないと判断し、a部会の役員である原告らにも一定の責任があると考えることには相応の理由があるというべきであって、被告町長が、原告らに対し、従事者証の返納を命じた行為(行為二)は、被許可者としての裁量を逸脱した行為とは認められない。
したがって、行為二は違法行為とはいえない。
(5) 行為三について
情報提供者が、故意又は過失により、新聞社に第三者の社会的評価を低下させる情報を提供し、その結果、第三者の名誉を毀損する新聞記事が報道され、これにより第三者の社会的評価が低下した場合、当該第三者が、その情報提供行為について、情報提供者に対し、不法行為責任を問うためには、情報提供者の情報提供と第三者の社会的評価の低下との間に相当因果関係が必要である。
もっとも、一般に、新聞記事は、新聞社の取材と編集の過程を経て作成されるものであるから、情報提供者が提供した情報又は発言内容等が、そのままの形で記事内容となるということはできず、情報提供者としてもそのような事態を予見していないのが通常である。
したがって、被取材者の情報提供を原因として第三者の名誉を毀損する新聞記事が報道され、これにより第三者の社会的評価が低下したとしても、原則として、情報提供者の情報提供と第三者の社会的評価の低下との間に、相当因果関係を認めることはできず、情報提供者が、第三者の社会的評価を低下させる情報をそのままの形で記事内容とすることを、新聞社と予め意思を通じた上、取材を受けたなどの特段の事情が認められる場合にのみ、上記相当因果関係を認めることができるというべきである。
これを本件についてみると、上記特段の事情の存在について、これを認めるに足りる証拠はない。
したがって、仮に本件各記事が原告らの名誉を毀損するものであるとしても、被告町長その他被告の公務員の報道機関に対する情報提供行為(行為三)と、原告らの社会的評価の低下との間に、相当因果関係があるということはできない。
(6) 行為四について
《証拠省略》によれば、平成二一年二月一九日、被告町役場において、第三回新得町有害鳥獣被害対策会議が開催され、a部会からは原告X1が参加したこと、上記会議の中で、被告のa部会に対する平成二一年度の有害鳥獣駆除等業務の委託についても話し合われたこと、上記会議を受けて本件質問がされたことが認められる。
しかし、本件質問は、被告とa部会との平成二一年度の有害鳥獣駆除等業務委託契約の締結のための交渉過程で、本件契約書案の内容を明確にするためにされたものにすぎず、被告町長に、本件質問に回答すべき信義則上の義務が発生する余地はない。
したがって、仮に、被告町長が本件質問に対して具体的に回答しなかったとしても、違法行為とはならない。
二 結論
以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないのでこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六五条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判官 斗谷匡志)
別紙《省略》