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釧路地方裁判所帯広支部 平成24年(ワ)110号 判決 2014年4月21日

原告

X1<他1名>

原告ら訴訟代理人弁護士

今重一

今瞭美

吉田翔太

被告

同代表者法務大臣

同指定代理人

相澤聡<他20名>

主文

一  被告国は、原告X1に対し、二六七八万七六六五円及びこれに対する平成二三年七月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告国は、原告X2に対し、二二六八万九六〇一円及びこれに対する平成二三年七月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告らの負担とし、その余は被告国の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告国は、原告らに対し、それぞれ五六一九万七八八二円及びこれに対する平成二三年七月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、被告国の機関である国土交通省北海道開発局(以下「北海道開発局」という。)a開発建設部(以下「a開建」という。)が、亡B及びその妻である亡C(以下、順に「亡B」、「亡C」といい、両名を併せて「亡B夫妻」という。)の経営していた牧場(以下「本件牧場」という。)の敷地内に肥培かんがい施設(以下「本件施設」という。)を設置していたところ、a開建の下部機関に所属する職員らが、本件施設の一部である貯留槽(以下「本件貯留槽」という。)の蓋を過って落下させたことにより、後日、これを回収するために本件貯留槽内に立ち入った亡B夫妻が、急性硫化水素中毒の疑いで死亡するという事故(以下「本件事故」という。)が発生したことについて、亡B夫妻の子である原告らが、被告国に対し、①主位的に、上記職員らは、本件貯留槽の蓋の回収を亡B夫妻に委ねるにあたり、その回収作業には硫化水素中毒等の危険が伴うことを警告するなど事故防止に必要な措置をとる義務があったにもかかわらず、これを怠った結果、亡B夫妻を死亡させた旨主張して、国家賠償法一条一項ないし民法七一五条一項に基づき、また、②予備的に、本件施設は公の営造物であってその設置又は管理に瑕疵があるか、あるいは、上記職員らが本件貯留槽の蓋の回収作業を亡B夫妻に委ねるにあたって安全配慮義務違反があった旨主張して、国家賠償法二条一項ないし民法四一五条に基づき、亡B夫妻の死亡による損害賠償金として、それぞれ五六一九万七八八二円及びこれに対する本件事故の発生日である平成二三年七月一二日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  前提事実等(当事者間に争いのない事実のほか、書証及び弁論の全趣旨によって容易に認定することのできる事実)

(1)  亡B(昭和四三年○月○日生)と亡C(昭和四六年○月○日生)は、平成四年○月○日に婚姻し、平成五年○月○日に長女である原告X1(以下「原告X1」という。)を、平成一一年○月○日に長男である原告X2(以下「原告X2」という。)を、それぞれもうけた。

本件牧場は、亡Bの父であるD(以下「D」という。)が開場したものであるが、遅くとも亡B夫妻が婚姻した頃以降は、亡B夫妻が主体となって本件牧場を経営していた。

(2)  北海道開発局は、国土交通省の機関であるが、農林水産省の所掌事務のうち、北海道の区域における公共事業費の支弁に係る国の直轄事業の実施に関する事務や委託に基づいて同事業の実施に伴う必要な工事を行う事務のほか、公共事業費の支弁に係る事業の助成及びこれに伴う監督に関する事務についても行うものとされている(国土交通省設置法三三条二項参照)。

a開建は、国土交通大臣により、北海道開発局の所掌に係る事業の実施に関する事務を分掌するために設置された機関であるところ(国土交通省設置法三四条一項参照)、本件事故が発生した平成二三年当時、a開建に分掌された農林水産省の所掌事務のうち十勝南部地域における土地改良事業を実施する下部機関として、十勝南部農業開発事業所(以下「本件事業所」という。)が設置されており、本件牧場が所在する北海道河西郡b村は、本件事業所の事業実施区域に含まれている。

なお、本件事業所は、平成二四年四月六日に廃止され、その分掌事務は、帯広市に設置されていた下部機関である帯広農業事務所に継承された。

(3)  被告国(農林水産省)は、平成四年度から平成六年度にかけて、肥培かんがい技術の確立及び啓発普及等を目的として、本件牧場を含む周辺農場を「肥培かんがい試験ほ場」に指定した上、これを実施するのに必要な肥培かんがい施設としての本件施設を本件牧場の敷地内に設置し、亡B夫妻は、これを利用しながら試験的に肥培かんがいを行うこととなった。

なお、肥培かんがいとは、畑地かんがいの一種であり、家畜ふん尿を水で希釈した後、ばっ気(家畜ふん尿と水に空気を供給し、微生物による有機物の分解を促進させること)、かくはん(家畜ふん尿と水がよく混ざるようにかき回すこと)するなどして調整し、その肥料価値を高めた上、これを農地に散布することによって、農作物の生産量の増加等を目指す方法である。

(4)  本件牧場及びその周辺農場における「肥培かんがい試験ほ場」としての運用は、平成一七年三月三一日に終了したが、その後も本件施設が撤去されることはなく、亡B夫妻は、引き続き、本件施設を利用して肥培かんがいを行っていた。

(5)  平成二三年六月二四日、当時の本件事業所の副長であったE(以下「E」という。)及び計画係長であったF(以下、両名を「本件職員ら」という。)は、肥培かんがいの推進に向けた上級機関との打合せに必要な実地調査及び資料の収集(以下「本件調査等」という。)として、本件施設の写真を撮影すべく、本件牧場内に立ち入ったところ、Eが、本件貯留槽の内部の様子を見ようとその蓋を持ち上げた際、これを過って本件貯留槽内に落下させた。

本件職員らは、直ちに亡B夫妻方を訪れ、亡Bに対し、本件貯留槽の蓋をその内部に落下させたことを伝えて謝罪するとともに、その回収作業について話し合ったところ、亡B夫妻がこれを引き受けることとなった。

(6)  亡B夫妻は、平成二三年七月一二日から行方不明となっていたところ、同月一三日、本件貯留槽内の窪みに沈んだ状態で発見され、いずれも死亡が確認された。

その後、亡B夫妻の死因は、いずれも急性硫化水素中毒の疑いと診断された。

(7)  亡B夫妻の子である原告らは、亡B夫妻の死亡により、それぞれの法定相続分の割合に従って相続したが、その当時、いずれも未成年者であったことから、平成二三年一一月一日、原告らの祖母(亡Bの母)であるGが原告X1の未成年後見人に、原告らの祖父(亡Bの父)であるDが原告X2の未成年後見人に、それぞれ就職した。

(8)  a開建は、平成二三年七月、本件事故の原因分析及び再発防止策の検討を目的として、有識者等を構成員とした「肥培かんがい施設事故調査委員会」(以下「本件事故調査委員会」という。)を設置し、その委員らに調査を委ねたところ、本件事故調査委員会は、同年一二月二六日、a開建に対し、調査結果報告書を提出した。

(9)  原告らは、平成二四年七月一一日、本件訴訟を提起した。

なお、原告らは、上記一記載のとおり、主位的請求として、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償を求めているが、これが認められるには、その前提として、本件職員らが本件貯留槽内に落下した蓋の回収作業を亡B夫妻に委ねた行為が同条項にいう「公権力の行使」に認当するか否かが問題になるところ、被告国は、その該当性を争っている。

第三争点及び当事者の主張

一  本件職員らが本件貯留槽内に落下した蓋の回収作業を亡B夫妻に委ねた行為は、公権力の行使に該当するか【争点一】

(1)  原告らの主張

公権力の行使とは、国又は公共団体の作用のうち純然たる私経済作用と営造物の設置管理作用を除くすべての作用をいう。本件調査等は、被告国(a開建)の職員である本件職員らにより、肥培かんがい計画の推進に向け、上級機関と打合せを行うための資料を収集するために、「肥培かんがい計画の推進」という行政目的で行われたものであるから、公権力の行使に該当するというべきである。そして、本件職員らは、本件調査等の活動中、本件貯留槽内にその蓋を落とし、何らの安全措置を講ずることもなくその回収作業を亡B夫妻に委ねた結果、その生命に危険を生じさせたものである。

このような本件職員らによる一連の行為は、公権力の行使としての本件調査等と密接に関連するものであって、公権力の行使に該当する。

(2)  被告国の主張

公権力の行使とは、行政行為の優越性に基づいて相手方の任意性が損なわれるものである必要があるというべきである。

本件調査等は、民間の研究機関や農業協同組合等が行うものと何ら差異がなく、行政行為の優越性に基づくものでも相手方の任意性を損なうものでもない。したがって、本件調査等は純然たる私経済作用であり、公権力の行使に該当しない。

また、本件職員らが、本件貯留槽の蓋の回収作業を亡B夫妻に委ねたことについても、本件職員らにはこれを強制的に行う権限はなく、亡B夫妻もこれを拒むことは可能であったから、行政行為の優越性に基づいて亡B夫妻の任意性を損なわせるものではなく、公権力の行使に該当しない。

二  本件職員らが本件貯留槽内に落下した蓋の回収を亡B夫妻に委ねるにあたっては、その回収作業には硫化水素中毒等の危険があることを警告するなど事故防止に必要な措置をとる義務があり、かつ、その義務違反があったか【争点二】

(1)  原告の主張

本件貯留槽内に落下した蓋を回収する作業は、酸素欠乏症のほか、硫化水素中毒の危険性を伴うものであり、実際に亡B夫妻の生命が奪われているように、極めて危険なものであった。この危険は、本件職員らが、本件調査等の活動中に本件貯留槽の蓋をその内部に落下させたことによって生じたものである。

亡B夫妻は、本件貯留槽内において安全に作業を行うに足りる知識や用具等を有しておらず、上記危険を回避する可能性は低かった。これに対し、本件職員らは、いわゆる技術系の職員であり、本件貯留槽内において作業することの危険性を容易に認識することができ、また、当然に認識すべき立場にあったものであるから、本件職員らには、本件事故の予見可能性があった。

そして、本件職員らが本件貯留槽の蓋の回収作業を亡B夫妻に委ねた時点において、上記危険が現実化する蓋然性は高くなっていたものであるから、本件職員らが、上記作業に伴う危険性を亡B夫妻に伝え、事故防止に必要な措置をとれば、本件事故を避けることは十分に可能であったから、結果回避可能性も認められる。

以上によれば、本件職員らは、亡B夫妻に本件貯留槽内に落下した蓋の回収作業を委ねるにあたり、同作業に伴う危険性を亡B夫妻に伝え、事故防止に必要な措置をとるべき義務を負っていたにもかかわらず、これを怠ったものであるから、本件職員らには職務上の注意義務違反が認められる。

(2)  被告国の主張

硫化水素が本件貯留槽内の空間に多量に放出されるのは、本件貯留槽内においてスラリーの移送やかくはん等の作業がなされた後であるが、本件職員らが本件貯留槽内に落下した蓋の回収作業を亡B夫妻に委ねた時点においては、本件貯留槽内においてそれらの作業は行われておらず、硫化水素中毒が現実に発生するような状況にはなかった。本件職員らが本件調査等の活動中に本件貯留槽内にその蓋を落下させたことをもって直ちに高度の危険性が生じたものは認められない。

また、亡B夫妻は、畜産農家として十分な経験を有しており、本件貯留槽を長年にわたって管理してきたのであるから、本件貯留槽内に落下した蓋の回収作業を行うにあたっては、有毒ガス等による事故発生の危険があることは容易に認識できたものであり、これに適切に対処することが期待できた。

これに対し、本件職員らが本件貯留槽内に落下した蓋の回収作業を亡B夫妻に委ねた当時、本件職員らは、肥培かんがい施設に関する事務を取り扱っていたものではなく、本件貯留槽を含む本件施設全体についても管理していたものではないから、上記危険を認識することは職務上求められていなかった。

しかも、本件職員らは、当初、亡Bに対しては、本件貯留槽内に落下した蓋の回収作業は本件事業所において行う旨申し出たのに、亡Bによって強く拒絶されたものであり、上記危険性を回避するための義務を負わない。

三  本件施設は公の営造物に当たり、その設置又は管理に瑕疵があったか【争点三】

(1)  原告の主張

本件貯留槽等の施設は、肥培かんがいの展示普及という公の目的に供されたものであり、公の営造物に該当する。そして、被告国は、従前、これらの施設の管理者として、費用を負担するとともに現場の管理を行っていたものであり、その後も本件貯留槽等の移譲手続は完了していないことからすると、本件事故の発生当時も、本件貯留槽が公の営造物として被告国が管理する施設であったことに変わりはない。

本件貯留槽等の施設の内部に立ち入ることは、人の健康等に被害を及ぼす危険性があったところ、本件職員らは、本件貯留槽内にその蓋を落下させたにも関わらず、これに対して特段の措置をとることなく亡B夫妻にその回収作業を委ねたものであり、公の営造物である本件貯留槽の管理に瑕疵があったというべきである。

(2)  被告国の主張

本件施設は、もっぱら亡B夫妻の営農のために使用されていたものであり、公の目的で直接的に供されていたものではないから、公の営造物にあたらない。

四  損害額【争点四】

(1)  原告らの主張

ア 亡B夫妻の逸失利益

(ア) 本件事故が発生した前年である平成二二年度における亡B夫妻の所得額は、合計七八三万九五二〇円であった。

(イ) 生活費控除割合は、亡B夫妻全体で〇・六とするのが相当である。

(ウ) ライプニッツ係数については、年長者である亡Bの就労可能年数に相当する数値(二五年=一四・〇九三九)を用いるものとする。

(エ) 以上をもとにすると、亡B夫妻の逸失利益は、下記計算式のとおり、合計四四一九万五七六四円を下らない。

(計算式)

七八三万九五二〇円×(一-〇・六)×一四・〇九三九=四四一九万五七六四円

イ 慰謝料

(ア) 亡Bは一家の支柱であり、その死亡慰謝料は二八〇〇万円を下らない。

(イ) 亡Cは原告らの母親であり、その死亡慰謝料は二四〇〇万円を下らない。

(ウ) 本件事故により、原告らは両親を一度に失ったものであり、その固有慰謝料は、それぞれ三〇〇万円を下らない。

ウ 弁護士費用

(ア) 本件事故による亡B夫妻固有の損害額は、合計九六一九万五七六四円であるところ、原告らの各相続分(各二分の一)に上記固有の損害を加えると、弁護士費用を除く原告らの損害額は、下記計算式のとおり、それぞれ五一〇九万七八八二円となる。

(計算式)

(九六一九万五七六四円÷二)+三〇〇万円=五一〇九万七八八二円

(イ) 原告らの各弁護士費用としては、五一〇万円が相当である。

エ まとめ

したがって、原告らの各損害額は、それぞれ五六一九万七八八二円となる。なお、原告らに対する年金給付について、仮に損益相殺を認めるとしても、その充当にあたっては、上記損害額の遅延損害金から控除すべきである。

(2)  被告国の主張

仮に、本件事故により被告国が損害賠償責任を負う場合があるとしても、原告らは本件事故と同一の原因によって相当額の年金給付を受けているところ、そのような利益と上記損害との間には同質性があるから、それぞれの元本について損益相殺的な調整をする必要がある。

具体的には、原告らは、本件事故において亡B夫妻が死亡したことにより、国民年金法に基づく遺族基礎年金及び労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金の各支給を受けているところ、これらについては、上記各年金給付と同質性を有する損害額の元本から控除すべきである。

第四当裁判所の判断

一  認定事実

前提事実等のほか、証拠<省略>によれば、次の事実関係を認めることができる。

(1)  被告国(農林水産省)は、平成四年度から平成六年度にかけて、肥培かんがい技術の確立及び啓発普及等を目的として、本件牧場及びその周辺農場(以下「試験ほ場農家」という。)において「肥培かんがい試験ほ場」を実施することとし、下記のとおり、それぞれの農場の敷地内に必要な肥培かんがい施設(以下、すべての施設を併せて「本件全体施設」という。)を設置した。

本件施設は、本件全体施設のうち、亡B夫妻が利用するために本件牧場の敷地内に設置されたものである。

ア それぞれの試験ほ場農家が個別に利用する施設(以下「個別施設」ということがある。)

① 除塵機ピット(家畜ふん尿を水で希釈するとともに、固液分離器によって固形分を分離した後、液状化された家畜ふん尿[スラリー]を一時的に貯留した上、これを貯留槽に送る施設)

② 貯留槽(ばっ気前のスラリー[未熟スラリー]を貯留する施設)

③ ばっ気槽(ばっ気及びかくはんを行い、スラリーを発酵処理する施設。スラリーに空気を送り込み、好気性発酵を行わせることにより、悪臭成分や有害物質等を分解・除去する。)

イ 共同利用施設

① 調整槽(ほ場にスラリーを散布するまでの間、貯留する施設)

② ばっ気希釈槽(調整済みスラリーを、散布時に所定の濃度に加水希釈する施設)

(2)  被告国(本件事業所)、b村及び試験ほ場農家は、平成五年三月一日、下記のとおり、本件全体施設を含む試験ほ場の設置及び運営に関する覚書き(以下「本件覚書」という。)を取り交わした。

ア 本件全体施設は被告国が所有するが、肥培かんがいの試験期間(以下「試験期間」という。)における管理者は本件事業所の所長とする(第四条)。

イ 本件事業所の所長は、試験期間中、b村に本件全体施設の管理を委託し、その後、本件全体施設は、b村に譲渡される(第五条)。

ウ 試験期間中、除塵機やばっ気ポンプ等の電気料金については、それぞれの試験ほ場農家が各自負担するが、機械器具等の維持補修等に要する費用は被告国(a開建)が負担する(第六条)。

(3)  試験ほ場農家は、肥培かんがい試験ほ場が平成七年度以降に実施されることを踏まえ、平成六年四月二八日、本件全体施設を含む試験ほ場の円滑な運営を図るため、b村かんがい試験ほ場利用組合(以下「利用組合」という。)を設立した。

これにより、試験期間(平成七年度から平成一六年度までの一〇年と定められた。)における本件全体施設の管理については、被告国(本件事業所)からb村に委託され、さらに、利用組合がb村からその委託を受けることとされた。

もっとも、本件全体施設に設置されたポンプ等の付属設備(本件施設などの各農場の敷地内に設置された個別施設に設置されたものも含む。)の補修、交換及び各施設の改修については、試験ほ場農家が独自に行うことはなく、被告国(本件事業所)がその必要性等を判断した上、被告国(本件事業所)の発注及び費用負担によって行われていた。

なお、ポンプ等の付属設備は各施設の外部に設置されていることから、それらを補修等するにあたり、各施設の内部に立ち入る必要はなく、また、長年にわたって蓄積された汚泥等を除去する場合であっても、利用者個人が立ち入って作業することは通常なく、専門業者に依頼して行うのが一般的である(本件事故が発生した本件貯留槽も、長さ一メートル以上で重さ二五キログラムを超えるステンレス製の蓋によって常時閉ざされており、強制的な換気装置も設置されていない。)。したがって、試験ほ場農家が、本件全体施設及びそれぞれの農場に設置された個別施設を利用するにあたり、貯留槽その他の施設内に立ち入ることは予定されておらず、亡B夫妻がこれまで本件貯留槽を含む本件施設の内部に立ち入ったことがある事実は窺われない。

(4)  上記(2)イ(本件覚書第五条参照)のとおり、当初の予定では、肥培かんがい試験ほ場としての運用が終了した後、本件全体施設については、被告国からb村に譲渡されるものとされていたが、平成一七年三月三一日に上記運用が終了した後も所定の譲渡手続が行われることはなく、現時点においても、被告国がこれを所有している。

したがって、本件事故が発生した平成二三年七月当時も、亡B夫妻が立ち入った本件施設は、被告国が所有していた。

(5)  本件事業所は、札内川第二(二期)地区の土地改良事業に係る工事及びこれに付帯する事務を処理する事業所として設置された(北海道開発局開発建設部組織規則[平成一三年一月六日北開局総第二号]第四〇条及び別表記載のとおり。被告第三準備書面参照)。

そして、上記土地改良事業は、用水路等の建設、排水路及び畑地かんがい末端施設の整備等を行うことにより、土地生産性の向上による農業経営の安定化を図り、地域農業の振興に資することを目的とするものであったところ、平成二三年六月当時、本件事業所は、その事業区域内における肥培かんがいの推進に向けて、各農場内に設置された多目的給水栓の利用可能性を検討することとし、上級機関との協議に必要な資料を収集すべく、本件調査等として、多目的給水栓の設置状況を調査等することとした。

(6)  上記のような経緯により、本件調査等が行われることになったところ、本件職員らである本件事業所の副長であったE及び計画係長であったFは、平成二三年六月二四日、本件調査等において本件牧場付近を通りかかった際、本件牧場の敷地内に多目的給水栓が設置されているのを見つけた。そこで、本件職員らは、これを写真撮影しようと考え、同敷地内に立ち入ったところ、多目的給水栓付近の地面に何らかの施設が埋設されていることに気付いた。

本件職員らは、本件牧場の敷地内に被告国の所有する本件施設が設置されていることは知っていたが、当初、上記埋設施設が本件施設の一部である本件貯留槽であるとまでは断定できなかった。そこで、Eが、その内部の状況を見ようとしてその蓋を開けたところ、過ってこれを内部に落下させた。

これにより、本件職員らは、その内部状況(家畜ふん尿が半分ほど溜まっていた。)等から上記埋設施設が本件貯留槽であることを認識するとともに、直ちに亡B夫妻方を訪れ、亡Bに対し、本件貯留槽の蓋をその内部に落下させたことを伝えて謝罪した上、その回収作業について話し合ったところ、亡B夫妻がこれを引き受けることとなった。

このとき、本件職員らは、亡Bに対し、どのような方法によって本件貯留槽内に落下した蓋を回収するのかについて尋ねることはなく、また、本件貯留槽の内部には家畜のふん尿が貯留していることから、硫化水素が発生している可能性があり、十分な安全対策をとることなく本件貯留槽内に立ち入ることは危険である旨の警告をすることもなかった。

さらに、本件職員らは、本件事業所に戻った後、所長等に対し、本件調査等の際に本件貯留槽の蓋を過ってその内部に落下させたことや、その蓋の回収作業を亡B夫妻に委ねたことを報告することもなかった。

(7)  亡B夫妻は、平成二三年七月一二日、農場から帰宅することなく行方不明となっていたところ、同月一三日、本件貯留槽内の窪みに沈んだ状態で発見され、いずれも死亡が確認された。

上記発見当時、本件貯留槽の内部は、それまで溜まっていた家畜ふん尿が移送されたことにより、ほとんど溜まっていない状態にあった。

なお、本件貯留槽は、設計上二六日分の貯留容量を有するものとされているが、家畜ふん尿に加水しなかった場合は、四〇日程度貯留させることも可能であるところ、仮に、平成二三年六月二四日の時点で本件貯留槽の半分程度までスラリーが貯留されていたとすると、本件事故の発生日と推定される同年七月一二日の時点では、本件貯留槽には四〇日程度の家畜ふん尿が貯留され、ほぼ満杯状態にあったことが窺われる。

(8)  後日、亡B夫妻の死因は、解剖等の結果、いずれも急性硫化水素中毒の疑いと診断された。

(9)  本件貯留槽内における硫化水素発生の危険性等について

ア 家畜ふん尿には硫黄が含まれていることから、家畜ふん尿が貯留槽内においてスラリーとして貯留された状態では、腐敗菌の働きなどにより硫化水素が生成され続け、その後、かくはんや移送等によりスラリーが流動すると、スラリーに溶けていた硫化水素ガスが大気中に放散され、その結果、貯留槽内の硫化水素濃度が高くなる。

イ 本件貯留槽と同様の施設を用いて、家畜ふん尿がほぼ満杯近く貯留された状態で、①移送等によるスラリーの流動前と②流動直後における硫化水素の濃度をそれぞれ測定したところ、①移送等による流動前における硫化水素濃度(一定の空間において特定気体の占める体積比が一〇〇万分の一である場合、その濃度は一ppmとなる。)は「〇~二ppm」であったのに対し、②移送等による流動直後における硫化水素濃度は、「意識喪失、呼吸停止、死亡」の危険が生じるとされる「八〇〇~九〇〇ppm」を上回る「一〇〇〇ppm」の濃度が検出されるという結果が出た。

ウ なお、本件貯留槽については、平成二一年にスラリーの移送ポンプが交換されているところ、その取扱説明書には、スラリータンク等の内部では有毒ガスの発生及び中毒の危険性がある旨の警告がなされていたほか、スラリータンク等の内部に入る場合の厳守事項等が記載されていた。

(10)  本件事故調査委員会によるアンケート結果等

本件事故調査委員会は、北海道開発局において勤務する職員及び北海道内において肥培かんがい施設を利用している農家に対し、肥培かんがい施設における有毒ガスの危険性等に対する意識調査を行ったところ、次のような結果が得られた。

ア 北海道開発局において勤務する職員の意識状況

北海道開発局では、工事の監督業務に携わることが多い技術系の職員に対し、当該業務を遂行する上で必要となる工事の安全確保のための通知や研修を行っており、酸素欠乏等の危険性について周知するよう努めている。

肥培かんがい施設に関しては、設計のためのマニュアルとして職員に配布した資料において、スラリーのかくはん時に放出される硫化水素の危険性に関する記述が存在するところ、肥培かんがいを実施している事務所等では、肥培かんがい施設の工事において有毒ガスが発生する危険性があることを留意事項としていた。

本件事故調査委員会が行った北海道開発局の農業関係職員六六七名に対するアンケート結果によれば、有効回答をした六三九名の職員のうち、約六八パーセントの職員が、貯留槽内では硫化水素等の有毒ガスが発生したり、酸素欠乏が起こる可能性があることを知っていた旨回答した。また、このように回答した職員に対し、「致死量に及ぶ硫化水素が発生する可能性があることを知っていたか。」との質問を行ったところ、三一四名(有効回答者数の約四九パーセント)の職員が、上記可能性を認識していた旨回答した。

なお、肥培かんがい施設において、硫化水素等の有毒ガスの危険性があることを認識していた職員は、職場内の情報(上司からの指導を含む。)や類似事故の発生事例等により、上記認識を得ていた者が多かった。

イ 肥培かんがい施設を利用している農家の意識状況

北海道開発局は、農家に肥培かんがい施設を引き渡す際、管理マニュアルや機器取扱説明書を交付しているところ、それらの書面では、有毒ガスの危険性について警告されている場合が多く、a開建においても、同様の取り組みがなされている。

本件事故調査委員会は、a開建の管轄内において肥培かんがい施設を利用している全農家四九戸に対し、本件事故発生以前の認識を前提として、肥培かんがい施設における有毒ガス等の危険性に関する意識調査を行ったところ、全戸から有効回答を得た。それによると、「貯留槽などで、硫化水素など致死量に至る有毒ガスや酸素欠乏の危険性があることを知っていたか」との問いに対しては、四二戸(約八六パーセント)の農家は上記危険性を認識している旨回答したが、七戸(約一四パーセント)の農家が「致死量に至るとは知らなかった。」と回答した。

(11)  類似事故の発生事例について

ア 北海道内における本件事故に類似した死亡事故は、過去一〇年において少なくとも二件発生していた。

一件目は、平成一八年四月、養豚し尿処理施設の地下にある深さ約一・四メートルのし尿排水溝において、一人で汲み取り作業をしていた者が、し尿から発生したガスのために酸欠状態となり、窒息死したというものであり、二件目は、平成二〇年八月、北海道清水町所在の牛舎において、地下ピット内に落下した金具を拾いに降りた者が、内部に溜まっていた有毒ガス(硫化水素、一酸化炭素)による中毒で死亡したというものであった。なお、二件目の死亡事故は、北海道内において報道がなされている。

イ 上記清水町における死亡事故を受けて、北海道十勝支庁(現在の十勝総合振興局。以下同じ。)は、平成二〇年八月二九日、管内の各市町村農政課及び各農業協同組合畜産部に宛てて、家畜排せつ物処理施設における安全管理として、畜産農家等に対し、家畜排せつ物処理施設において酸素欠乏あるいは有毒ガス中毒によるものと疑われる死亡事故が発生していることから、それらの危険性を注意喚起するとともに、当該施設内において作業を行うにあたっては必要な事故防止対策をとることを周知するよう伝える文書を発出した。

ウ また、平成二〇年九月五日には、北海道農政部の食の安全推進局畜産振興課から各支庁の産業振興部農務課長に宛てて、「家畜排せつ物処理施設での作業等に係る安全管理」と題し、家畜排せつ物処理施設内において作業等を行う場合は、酸欠事故や硫化水素中毒等の死亡や重篤な障害を伴う事故が想定されるとして、その安全対策について関係機関及び団体に周知するよう要請する旨の文書が発出された。

そのようなことから、北海道十勝支庁の産業振興部農務課では、管内の各市町村畜産担当課長及び各農業協同組合畜産(営農)部長に対し、上記事故の危険性及び安全対策について、畜産農家に周知するよう要請したところ、b村農業協同組合においても、所属する農家に対し、各種会議を通じて上記周知を行うこととした(もっとも、本件事故調査委員会の調査結果によれば、各農家に対して周知徹底されていたとまではいえない。)。

二  争点一(本件職員らが本件貯留槽内に落下した蓋の回収作業を亡B夫妻に委ねた行為は、公権力の行使に該当するか)について

(1)  原告らは、第二の一(事案の概要)記載のとおり、主位的請求として、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償を求めているところ、これが認められるには、その前提として、本件職員らが本件貯留槽内に落下した蓋の回収作業を亡B夫妻に委ねた行為が、同条項にいう「公権力の行使」に該当することが必要である。

そして、国家賠償法一条一項所定の「公権力の行使」とは、国又は公共団体の作用のうち、純然たる私経済作用と、同法二条によって救済される営造物の設置、管理作用を除くすべての作用であり、非権力的な公行政作用もこれに含まれるものと解するのが相当である。

(2)  そこで検討すると、前記認定事実によれば、本件職員らは、本件事業所に所属する職員(国家公務員)であるところ、本件事業所は、土地生産性の向上による農業経営の安定化を図り、地域農業の振興に資することを目的として、畑地かんがい施設の整備等を含む土地改良事業を実施する機関として設置されたものであり、本件職員らが行っていた本件調査等は、本件事業所の事業区域内における肥培かんがいの推進に向けて、各農場内に設置された多目的給水栓の利用可能性を検討することとし、上級機関との協議に必要な資料を収集すべく、多目的給水栓の設置状況を調査等するために行われていたというのであり、肥培かんがいが、畑地かんがいの一種であり、農作物生産量の増加等を目的としたものであることを考えると、本件調査等が、本件事業所の事業に付随する事務に該当することは明らかである。そうすると、本件調査等は、本件事業所の事務として、法令上の根拠に基づき、公共性の高い土地改良事業に付随し、高い公益性を有する行為と認められるのであって、これが純然たる私経済作用ということはできないから、公権力の行使に該当するものというべきである。

(3)  次に、前記認定事実のとおり、本件職員らが本件牧場の敷地内に立ち入ったのは、本件調査等における資料収集として、同敷地内に設置されていた多目的給水栓の設置状況を写真撮影するためであり、本件職員らの一人であるEが本件貯留槽の蓋を開けようとしたのも、上記立入りの際に行ったものであることを考えると、本件調査等に密接関連してなされた行為ということができる。

そして、本件職員らとしては、本件貯留槽の蓋を過ってその内部に落下させた以上、直ちに本件牧場の経営者(敷地管理者)である亡B夫妻方を訪れ、そのことを伝えて謝罪するとともに、上記蓋の回収について話し合いをしたのは当然の行動であり、亡B夫妻にその回収作業を委ねたのも、本件調査等の活動中に発生させた過失事故の後処理として行ったものと認められるところ、このように公務員が公務遂行中に過失によって事故を発生させた場合、当該公務員は二次被害等の防止も視野に入れて適切に対応すべき義務を負うものと解されるから、そのような事故後の対応についても、当該公務に密接関連してなされた行為というべきである。

(4)  したがって、本件職員らが、本件調査等の活動中において、過って本件貯留槽内にその蓋を落下させた後の処理として、その回収作業を亡B夫妻に委ねたことは、公権力の行使である本件調査等に密接関連してなされた行為ということになるから、公権力の行使に該当するものと認めるのが相当であり、これに反する被告国の主張はすべて採用することができない。

三  争点二(本件職員らが本件貯留槽内に落下した蓋の回収を亡B夫妻に委ねるにあたっては、その回収作業には硫化水素中毒等の危険があることを警告するなど事故防止に必要な措置をとる義務があり、かつ、その義務違反があったか)について

(1)  公権力を行使する公務員の行為が国家賠償法一条一項の適用上違法と評価されるには、当該公務員が被害者個人に対して職務上の法的義務を負っていたにもかかわらず、当該公務員がその義務に違反したことが必要と解される。

そこで、本件職員らが、公権力の行使として本件貯留槽内に落下した蓋の回収を亡B夫妻に委ねるにあたり、どのような職務上の法的義務を負っていたかについて、以下検討する。

(2)  前記認定事実によれば、本件貯留槽は、肥培かんがいの効果の実証、技術の確立及び啓発普及等を図る目的の下、肥培かんがい試験ほ場に必要な肥培かんがい施設の一部として、被告国の費用をもって設置されたものであり、各試験ほ場農家は、その所有者である被告国(本件事業所)から管理委託を受けたb村から利用組合がさらにその管理委託を受けることにより、それぞれの農場の敷地内に設置された本件貯留槽等の個別施設及び共同施設を含めた本件全体施設を利用しながら肥培かんがいを行うものとされたところ、ポンプ等の付属設備の補修及び施設の改修等については被告国(本件事業所)によって行われていたことや、貯留槽等の施設は重い金属製の蓋で常時密閉されており、利用者がそれらの内部に立ち入ることは予定されていなかったことを考えると、各試験ほ場農家は、これらの施設を日常的な業務としてそれぞれの肥培かんがいに利用する限りにおいて管理していたにすぎず、少なくとも各施設の内部については、各試験ほ場農家が管理していたものではなく、各施設の所有者である被告国(本件事業所)によって管理されていたものと認めるのが相当である。

そして、前記認定事実によれば、本件貯留槽等の家畜ふん尿が貯留される施設内は、硫化水素が発生しやすく、強制的な換気装置も設置されていない密閉空間であって、十分な安全対策をとることなく本件貯留槽内に立ち入った場合、硫化水素中毒等の生命身体に重大な危険が生じるというのであるから、このような施設の内部を管理する被告国としては、その内部において生じ得る危険が現実化しないよう適切に管理する義務があるものというべきである。

もっとも、本件貯留槽等の施設は、前記認定事実のとおり、各試験ほ場農家がこれらを利用するにあたってその内部に立ち入ることは予定されていないものであり、また、長年の使用によって蓄積された汚泥等を排出する必要が生じた場合であっても、専門業者に依頼するのが一般的であるというのであるから、これらの施設の内部について被告国(本件事業所)がとるべき管理方法としては、各試験ほ場農家に対し、貯留槽等の施設の内部に立ち入ることが危険であることを具体的に告知等することまではせず、平常時は金属製の重い蓋により密閉する(その後は、老朽化等の必要に応じて交換ないし回収する。)ことをもって足りるとしたとしても、本件事故発生前の時点においては、これが直ちに不合理であったとはいえない。

しかしながら、何らかの事情によって貯留槽等の蓋が外れたまま放置されたり、貯留槽等の内部に物品等が落下してこれを拾い出さなければならないなどの事態が発生した場合は、平常時とは異なり、人が施設の内部に転落したり、立ち入ったりする可能性が高くなるのであって、その結果、貯留槽等の内部に存在する危険、すなわち、硫化水素中毒等によって人の生命身体の安全が脅かされる重大な危険が現実化することになるのであるから、これらの施設内部を管理する被告国(本件事業所)としては、上記のような事態が生じたことを認識した時点において、上記危険の現実化を防止する義務を負うというべきである。

そして、肥培かんがい施設である貯留槽等の内部を管理するということは、同時に、その内部において硫化水素中毒等の危険を管理していることになるのであるから、危険責任の法理に照らしても、そのような危険の現実化を防止することは、内部管理者として尽くすべき職務上の法的義務と解するのが相当である。

(3)  これを本件についてみると、前記認定事実によれば、本件職員らは、本件貯留槽の蓋をその内部に落下させた後、これを亡Bに伝え、その回収について話し合いをした結果、亡B夫妻に上記蓋の回収作業を委ねることとしたというのであるが、仮に、亡Bがそのような回収作業を自ら申し出ることがあったとしても、本件貯留槽の内部に利用者が立ち入ることは予定されていないことや、硫化水素中毒等の危険性にかんがみれば、本件貯留槽の内部を管理していた被告国(本件事業所)の職員である本件職員らとしては、亡Bの上記申し出を拒否し、安易に本件貯留槽の内部に立ち入ることのないように注意するのが最も適切であったというべきところ、たとえ、亡B夫妻に上記蓋の回収作業を委ねるとしても、本件貯留槽の内部には人の生命身体に重大な危険を生じさせる硫化水素が発生している可能性があることを警告した上で、しかるべき専門業者に依頼するよう求めるか、どうしても自ら回収作業を行う場合は十分に安全対策をとる必要があることを告知ないし説明する義務があったというべきである。

これに対し、被告国は、本件事故が発生した平成二三年当時、本件職員らは、十勝南部地域における土地改良事業の実施に関する事務を行うことを職務としていたものであり、本件貯留槽はもとより、肥培かんがい施設である本件全体施設を管理していたものではなく、日頃の職務においても本件貯留槽等の肥培かんがい施設に携わることはなかったとして、上記のような警告ないし告知説明等をする義務を負うものではない旨主張する。

しかしながら、前記認定事実のとおり、被告国が、肥培かんがい試験ほ場の実施に先立ち、本件貯留槽を含む肥培かんがい施設である本件全体施設を設置するにあたり、b村及び試験ほ場農家との間で取り交わされた本件覚書によれば、これらの施設は本件事業所の所長が管理することが明記されているのであって、しかも、肥培かんがい試験ほ場の実施が終了した後も、当初に予定されていた譲渡手続は行われず、引き続き、被告国が所有するものとされたというのであるから、本件貯留槽を含む本件全体施設が現に存在する以上、所有者である被告国としては、これらの施設の内部における危険が現実化しないよう適切に管理する義務を負っていたものであり、上記終了後に本件覚書の規定が変更された事実も窺われないことを考えれば、本件貯留槽を含む本件全体施設の少なくとも内部についての管理(以下「本件貯留槽等の内部管理」という。)は、本件事業所の事務として分掌されていたものというべきである。確かに、肥培かんがい試験ほ場の施設として本件貯留槽等が設置された当時や、肥培かんがい試験ほ場が実施されていた当時とは異なり、肥培かんがい試験ほ場の施設に携わっていた職員が存在しなくなったり、その後は、ポンプ等の付属設備を補修ないし改修するときを除いては、本件事業所の職員がこれらの施設に関与することはなかった状況が続いたことにより、本件貯留槽等の内部管理に対する意識が次第に欠如するようになったことは窺われるものの、そうであるからといって、被告国が所有する施設である本件貯留槽等の内部管理について、設置当初に担当機関として分掌された本件事業所の義務が消滅するものではない。

そうすると、本件事故の発生当時、本件事業所に所属する職員としては、その本来的かつ中心的な事務が土地改良事業の実施に関する事務であるとはいえ、肥培かんがい施設である本件貯留槽等の内部管理をすることもまた、その職務に含まれていたものと認められるのであって、そのことは、肥培かんがい試験ほ場の実施終了後においても、各試験ほ場農家がそれぞれの個別施設等の付属設備や施設について補修等の必要が生じたときは、本件事業所に連絡をすることとし、その後は本件事業所においてその必要性を検討して対応するものとされていたことからも裏付けられるというべきである。そもそも、本件貯留槽を含む本件全体施設の設置者であり、それらの所有者である被告国としては、各施設を利用させるにあたっても、どのような範囲の管理を委ねるかについては詳細に検討した上で取り決めていたはずであるところ、本件貯留槽等の内部に利用者が立ち入ることが予定されていないものであったことや、ポンプ等の付属設備や施設の補修等は本件事業所の判断に委ねられていたことのほか、何より、本件貯留槽等の内部は、貯留された家畜ふん尿から有毒な硫化水素が発生し続ける危険な空間である(なお、このような化学反応上の危険性に関する知見は、相当以前から存在していたものと認められる。)ことを考えると、本件貯留槽等を設置した当時の被告国の認識としても、各試験ほ場農家に対し、それらの施設を利用させるにとどまらず、立ち入る必要のない内部まで管理を委ねるものであったとは到底考えがたいところである。

したがって、被告国の上記主張は採用することができず、本件貯留槽の利用者である亡B夫妻がその内部に立ち入る可能性があることを認識した本件職員らは、本件貯留槽の内部を管理することを事務の一つとする本件事業所に所属する職員として、亡B夫妻が十分な安全対策をとることもなく安易に本件貯留槽内に立ち入ることのないように、硫化水素中毒等の危険性を警告するなど事故防止に必要な措置をとるべき職務上の法的義務を負っていたことになるところ、本件職員らは、本件職員らが本件貯留槽内に落下した蓋を自ら回収することを申し出たという亡Bに対し、上記のような警告等をすることなく、亡B夫妻にその回収作業を委ねたというのであるから、本件職員らとして尽くすべき職務上の法的義務に違反したものというべきである(以下、本件職員らの上記義務を「本件義務」といい、その義務違反を「本件義務違反」という。)。

そして、前記認定事実によれば、亡B夫妻は、本件事故発生以前に本件貯留槽内に立ち入った経験はなく、そのような立入りに必要な安全対策上の知識を十分に心得ていたような事情も窺われないことを考えると、仮に、本件職員が本件義務を尽くしていれば、亡B夫妻としては、硫化水素中毒等の危険を冒してまで本件貯留槽内に落下した蓋を回収しようとする行動に及ぶことはなかったものというべきである。

(4)  なお、被告国は、本件職員らが肥培かんがい施設である貯留槽等の内部において硫化水素が発生している危険があることを知らなかったことのほか、亡B夫妻が経験豊富な畜産農家であることなどを理由として、本件義務違反は生じないか、あるいは、免責されるかのような主張をする。

しかしながら、前記説示のとおり、本件事故の発生当時においても、本件職員らが所属していた本件事業所の事務には、肥培かんがい施設である本件貯留槽等の内部を管理することが含まれていたものというべきであって、仮に、このような認定判断について本件職員らを含む本件事業所の職員が違和感を抱くことがあるとしても、その理由は、肥培かんがい試験ほ場の実施終了やその後の人事異動や時間の経過等によって本件貯留槽等の内部管理に対する意識が欠如するに至ったことによるものと推認されるところ、施設内部の危険について職務上管理義務を負うべき者がそのような危険性についての認識を欠いていたからといって、特段の事情のない限り、何らの免責事由になるものではない。そして、本件職員らがいずれもいわゆる技術系職員であることのほか、前記認定事実のとおり、道内における農業関係職員の多くが貯留槽内における硫化水素中毒等の危険性を認識していたという本件事故調査委員会の調査結果や、平成一八年及び平成二〇年には類似の死亡事故が道内において発生しており、少なくとも二件目の事故については道内において報道されていたことに加え、北海道庁では上記危険性を周知するよう求める文書も発出されていたことなどを見ても、本件職員らが上記危険性を認識することは十分に可能であったというべきであり、本件職員らが上記危険性を知らなかったからといって、上記特段の事情があるとはいえず、本件義務違反が否定されるものではない(なお、本件職員らは、亡B夫妻に本件貯留槽内に落下した蓋の回収作業を委ねたことを本件事業所の所長等に報告していないが、仮に、そのような報告がなされるなどして本件事業所あるいは上級機関であるa開建等においてその適否を検討することがあったとすれば、亡B夫妻が本件貯留槽内に立ち入ったのが約一八日後であったことを考えると、本件事故を回避することができた可能性は十分にあったということができる。)。また、亡B夫妻が、仮に、それまでの畜産農家としての経験を通じて、安易に貯留槽内に立ち入ることは硫化水素中毒等の危険があることを知る機会があったにもかかわらず、それを無視ないし軽視したものであったとしても、これまで認定説示してきたところによれば、本件職員らとしては、本来的に本件貯留槽の内部に立ち入ることが予定されていない利用者である亡B夫妻が同所に立ち入る可能性が高いことを認識した以上、それによって亡B夫妻が硫化水素中毒等の被害を受けるという事故を防止すべき第一次的な義務を負うものというべきであって、後記認定判断のとおり、過失相殺に関する事情に該当する余地はあるとしても、本件職員らの義務違反を左右するものではない。

その他、上記認定判断に反する被告国の主張はすべて採用することができない。

(5)  よって、被告国は、国家賠償法一条一項に基づき、本件職員らによる本件義務違反により、争点三(本件施設は公の営造物に当たり、その設置又は管理に瑕疵があったか)について判断するまでもなく、亡B夫妻の子である原告らに対し、亡B夫妻が死亡したことによって生じた損害を賠償する責任を負う。

そこで、被告国が原告らに対して賠償すべき損害の額について、以下検討する。

四  争点四(損害額)について

(1)  亡B夫妻固有の損害について

ア 亡B夫妻の逸失利益について

証拠<省略>によれば、亡B夫妻は、本件事故の前年である平成二二年の所得として、合計七八三万九五二〇円を得ていたことが認められるところ、本件全証拠を検討しても、亡B夫妻の個別の所得額を正しく算定するに足りる資料は見当たらないが、亡B夫妻が、本件事故によって同日のうちに死亡していることを考えると、上記所得額をもって亡B夫妻両名の基礎収入とした上で、年長者である亡B(本件事故当時四二歳)を基準にして、六七歳まで二五年を亡B夫妻両名の就労可能年数として算定しようとする原告らの主張は一定の合理性を有するものであり、被告国もこのような計算方法それ自体を特段積極的に争っているものとは解されない。

したがって、亡B夫妻の逸失利益については、上記計算方法に従って算定するのが相当である。

そして、逸失利益の算定にあたって考慮すべき生活費控除率については、亡B夫妻全体で六〇パーセントとするのが相当であるところ、二五年のライプニッツ係数は一四・〇九三九であるから、これらをもとに、亡B夫妻の逸失利益を算定すると、下記の計算式のとおり、四四一九万五七六四円となる(一円未満切り捨て。以下同じ。)。

(計算式)

七八三万九五二〇円×(一-〇・六)×一四・〇九三九=四四一九万五七六四円

イ 亡B夫妻の死亡慰謝料について

本件事案の概要(亡B夫妻による本件貯留槽内に落下した蓋の回収作業を引き受けるに至った経緯、本件事故調査委員会の調査報告にも記載されているとおり、本件事故の発生については本件義務違反以外にも様々に不幸な事情が重なり合ったものと思われることなどを含む。)、本件義務違反の内容、亡B夫妻の各年齢、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、それぞれの死亡慰謝料は各二〇〇〇万円と認めるのが相当である。

ウ 過失相殺について

前記認定事実によれば、亡B夫妻は、平成四年に婚姻してから約二〇年にわたって主体的に本件牧場の経営に関与していたというのであり、いずれも畜産農家として相当の経験を有していたものと認められるところ、本件貯留槽等の施設内における硫化水素等が発生している危険性やその内部に立ち入る場合における安全対策の必要性については、本件事故の発生以前においても、畜産農家に対しては農業協同組合や関係機関等を通じて一定の情報提供がなされていたものと認められることや、類似の死亡事故が発生している旨の報道もなされていたことのほか、本件貯留槽において使用されていたポンプの取扱説明書にも、貯留槽等の施設内に立ち入ることの危険性についての記載がされていたことが認められる。そうすると、亡B夫妻としても、何らの安全対策をとることもなく本件貯留槽等の施設内に立ち入ることが危険であることについては、何らかの方法によって認識していたものと考えるのが合理的であって、これまで本件貯留槽等の施設に立ち入った経験がなかったことを併せ考えても、本件貯留槽内に立ち入るにあたり、上記危険を回避する手段をとることが不可能であったとはいえないというべきである。

したがって、亡B夫妻としては、本件貯留槽内に落下した蓋を回収するにあたっても、しかるべき専門業者に依頼するか、少なくともスラリーの移送後に十分な換気を行うなどの安全対策をした上で本件貯留槽内に立ち入るべきであったところ、そのような対策をとることなく本件貯留槽内に立ち入った結果、本件事故の被害を受けたものと推認されることからすると、本件事故の発生については、亡B夫妻においても相当程度の落ち度があったことは否定することができないというべきである。

もっとも、前記認定事実によれば、畜産農家の間において、本件貯留槽等の施設に立ち入ることによって死亡する危険性があることの認識が周知徹底されていたとまではいえない上、前記認定説示のとおり、本件事案において、本件事故のような重大事故を防止すべき第一次的な義務を負っていたのは、硫化水素等の発生する危険な本件貯留槽等の施設の内部を管理することも分掌事務の一つとされていた本件事業所の職員として、亡B夫妻が本件貯留槽の内部に立ち入る可能性の高いことを認識していた本件職員らであり、しかも、本件職員らは、本件貯留槽内に自らの過失によってその蓋を落下させておきながら、特段の警告等もすることなく本件貯留槽内に落下した蓋の回収作業を亡B夫妻に委ねたというのはあまりに軽率であったといわざるを得ないところ、仮に、そのことを本件事業所に戻った後に所長等に報告するなどしていたとすれば、本件事故を防止することのできた可能性があったことも併せ考えると、本件職員らの過失の程度が亡B夫妻の落ち度を下回るものということはできない。

そこで、公平の見地に照らして、上記のような事実関係等を総合考慮すると、本件事故によって亡B夫妻が被った損害については、四割の過失相殺をするのが相当である。

エ 亡B夫妻固有の損害(逸失利益及び死亡慰謝料)として、原告らがそれぞれ取得した損害額について

原告らは、亡B夫妻の子であり、他に法定相続人の存在は窺われないから、本件事故によって生じた亡B夫妻固有の損害については、それぞれの二分の一の割合で損害賠償請求権を取得したものと認められるところ、上記過失相殺によれば、原告らが取得した亡B夫妻の逸失利益及び死亡慰謝料の合計額は、下記の計算式のとおり、それぞれ二五二五万八七二九円となる。

(計算式)

① 逸失利益について

{四四一九万五七六四円×(一-〇・四}÷二=一三二五万八七二九円

② 死亡慰謝料について

{四〇〇〇万×(一-〇・四)}÷二=一二〇〇万円

③ 上記合計額

一三二五万八七二九円+一二〇〇万円=二五二五万八七二九円

(2)  損益相殺について

ア 原告X1(平成五年○月○日生、本件事故当時一八歳)について

(ア) 遺族基礎年金

国民年金法一八条一項によれば、年金給付は、支給すべき事由が生じた月の翌月から始まり、権利が消滅した日の属する月で終了するとされている(なお、同条三項によると、毎年二月、四月、六月、八月、一〇月及び一二月の六期に、それぞれの前月までの分を支払うものとされている。)。

そして、証拠<省略>によれば、原告X1は、遺族基礎年金として年額五〇万八〇〇〇円相当(二か月毎の支給額は八万四六六六円)の支給を平成二三年八月から受けていることが認められるところ、原告X1は、平成二三年四月三日に一八歳になり、同日以後の最初の三月三一日である平成二四年三月三一日をもって遺族基礎年金の受給権を喪失しているから(同法四〇条三項二号本文参照)、通算八か月分の支給を受けたものである。上記年金額を踏まえると、原告X1の八か月分の支給額は、下記の計算式のとおり、三三万八六六四円となるから、これを原告X1の損害額から控除するのが相当である。

(計算式)

八万四六六六円×(八÷二)=三三万八六六四円

(イ) 遺族補償年金

証拠<省略>によれば、原告X1は、平成二三年八月から平成二四年三月まで八か月分の遺族補償年金について、原告らの代表者として全額支給を受けたことが認められる。

そして、原告X1の遺族補償年金として、亡Bに関する年金額は一二九万三六〇〇円(二か月毎の支給額は二一万五六〇〇円)、亡Cに関する年金額は一〇〇万五〇〇〇円(二か月毎の支給額は一六万七五〇〇円)と認められるところ、これらの遺族補償年金の八か月分は、下記の計算式のとおり、合計一五三万二四〇〇円となるから、これを原告X1の損害額から控除するのが相当である。

(計算式)

(二一万五六〇〇円+一六万七五〇〇円)×(八÷二)=一五三万二四〇〇円

イ 原告X2(平成一一年○月○日生、本件事故当時一一歳)について

(ア) 遺族基礎年金

原告X2の遺族基礎年金については、その受給権の喪失事由が発生したことを窺わせる事情はないから、本件口頭弁論終結の日である平成二六年二月一二日の時点において、原告X2に対しては、同年二月分までの遺族基礎年金の支給が確定していたものと認められる。

そして、証拠<省略>によれば、原告X2は、遺族基礎年金として、平成二三年度は年額五〇万八〇〇〇円相当(二か月毎の支給額は八万四六六六円)の、平成二四年度以降は年額七八万六五〇〇円相当(二か月毎の支給額は一三万一〇八三円)の支給を受けていることが認められる。これにより、原告X2は、平成二三年度の遺族基礎年金として原告X1と同額の三三万八六六四円の支給を受け、平成二四年四月から本件口頭弁論終結日の属する月である平成二六年二月までの二三か月分の遺族基礎年金として一五〇万七四五四円の支給を受けたものと認められるところ、その合計額は、下記の計算式のとおり、一八四万六一二三円をとなるから、これを原告X2の損害額から控除するのが相当である。

(計算式)

三三万八六六四円+{一三万一〇八三円×(二三÷二)}=一八四万六一一八円

(イ) 遺族補償年金

証拠<省略>によれば、原告X2は、平成二四年四月以降の遺族補償年金として、亡Bに関する年金額として一一七万七四四〇円(二か月毎の支給額は一九万六二四〇円)、亡Cに関する年金額として七六万五〇〇〇円(二か月毎の支給額は一二万七五〇〇円)の支給を受けていることが認められる。なお、平成二三年八月から平成二四年三月までの遺族補償年金については、原告X1が原告らの代表者として支給を受けており、原告らの主張に従って原告X1の損害額に充当しても差し支えないものと認められるから、原告X2の損害額に関する損益相殺において考慮をしない。

そうすると、原告X2が遺族補償年金として支給を受けた平成二四年四月から平成二六年二月までの遺族補償年金額は、下記計算式のとおり、合計三七二万三〇一〇円となる。

(計算式)

{一九万六二四〇円+一二万七五〇〇円}×(二三÷二)=三七二万三〇一〇円

ウ 充当方法について

(ア) 原告らは、原告らが支給を受けた遺族基礎年金及び遺族補償年金について損益相殺が認められるとしても、それらは遅延損害金から充当されるべきであると主張することから、原告らが支給を受けた上記各年金給付の充当方法について、以下検討する。

(イ) 被害者が不法行為によって損害を被ると同時に、同一の原因によって利益を受ける場合には、当該損害と当該利益との間に同質性がある限り、当該損害と当該利益は相互補完性の関係にあるということができるところ、そのような利益の額については、被害者が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図る(それぞれの元本を相殺処理する)のが公平かつ相当である。

そこで検討すると、遺族基礎年金は、死亡した被保険者の収入によって生計を維持していた配偶者又は子に支給される年金給付であり、また、遺族補償年金は、死亡した労働者の収入によって生計を維持していた配偶者、子、父母孫、祖父母、兄弟姉妹に支給される年金給付であるところ、このような各年金給付の性質等に照らせば、これらと同質性を有し、かつ、相互補完性を有する関係にある損害とは、被保険者若しくは労働者に生じた逸失利益がそれに該当するものということができるから、本件においても、原告らに支給された各年金については、亡B夫妻の逸失利益の元本との間で損益相殺的な調整を行うべきであり、これに対する遅延損害金が発生しているからといって、それとの間で上記調整を行うことは相当ではないというべきである。

したがって、原告らの上記主張は採用することができず、原告らに支給された遺族基礎年金及び遺族補償年金については、亡B夫妻の逸失利益の元本から控除するのが相当である。

(ウ) そうすると、下記の計算式のとおり、原告X1が支給を受けた年金給付である一八七万一〇六四円(上記ア(ア)+(イ))及び原告X2が支給を受けた年金給付である五五六万九一二八円(上記イ(ア)+(イ))については、それぞれが取得した亡B夫妻の逸失利益の元本から各控除すべきであるところ、その結果、原告X1及び原告X2が取得した亡B夫妻の逸失利益に関する損害額は、下記の計算式のとおり、原告X1の取得額が一一三八万七六六一円となり、原告X2の取得額が七六五万九五九六円となる。

(原告X1が亡B夫妻の逸失利益として取得した損害額)

一三二五万八七二九円-{三三万八六六四円+一五三万二四〇〇円}=一一三八万七六六五円

(原告X2が亡B夫妻の逸失利益として取得した取得額)

一三二五万八七二九円-{一八四万六一一八円+三七二万三〇一〇円}=七六八万九六〇一円

(3)  原告ら固有の損害(近親者としての慰謝料)について

原告らと亡B夫妻の関係、本件事故の発生経緯及び結果その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、原告ら固有の慰謝料としては、それぞれ一〇〇万円と認めるのが相当である。

(4)  原告らの損害額(弁護士費用を除く。)について

ア 原告X1は、上記(2)ウ(ウ)記載のとおり、亡B夫妻の逸失利益として一一三八万七六六五円を取得したものであるところ、これに過失相殺後の死亡慰謝料一二〇〇万円及び原告X1固有の慰謝料一〇〇万円を加えると、これらの合計額は二四三八万七六六五円となる。

イ 原告X2は、上記(2)ウ(ウ)記載のとおり、亡B夫妻の逸失利益として七六八万九六〇一円を取得したものであるところ、これに過失相殺後の死亡慰謝料一二〇〇万円及び原告X2固有の慰謝料一〇〇万円を加えると、これらの合計額は二〇六八万九六〇一円となる。

(5)  弁護士費用について

本件事案の概要、訴訟の審理経過、上記のとおり認定された損害額その他一切の事情を考慮すると、原告らの弁護士費用としては、原告X1について二四〇万円、原告X2について二〇〇万円と認めるのが相当である。

(6)  原告らの損害額(総合計)について

上記のとおりそれぞれ算定した各損害額を合計すると、原告X1の損害額は二六七八万七六六五円となり、原告X2の損害額は二二六八万九六〇一円となる(別紙「平成二四年(ワ)第一一〇号損害額一覧表」参照)。

なお、原告らは、予備的に、本件貯留槽についての営造物責任ないし安全配慮義務違反としての債務不履行に基づく損害賠償を請求しているが、仮に、これらの請求に関する主張が認められることがあるとしても、これまで認定説示してきたところによれば、過失相殺についての認定判断を含めて、それらの認容額が上記のとおり認定した損害額を超えることはないというべきである。

五  結論

以上の次第で、原告らの請求は、被告国に対し、主文第一項及び第二項記載のとおりの限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六四条本文、六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

なお、仮執行宣言については、その必要があるとは認められないから、これを付さないこととする。

(裁判長裁判官 井上博喜 裁判官 豊田哲也 恒光直樹)

別紙 平成二四年(ワ)第一一〇号損害額一覧表<省略>

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