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釧路地方裁判所根室支部 昭和53年(ワ)14号 判決 1981年3月13日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金一、一〇〇万円及びこれに対する昭和五三年四月二七日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は生命保険を業とする会社で、原告は訴外亡奥田実(以下単に「訴外実」という。)の父である。

2  訴外実は、昭和五一年四月二五日標津町字協和二四線三一番地所在の道道(以下「本件事故現場」という。)を普通乗用自動車(以下「本件事故車」という。)を運転中、道路右側のガードレールに本件事故車を衝突させる不慮の事故(以下「本件事故」という。)によつて死亡した。

3  訴外実は、当時被告との間で受取人を原告とする次の保険契約を結んでいた。

(一) 保険証券記番号〇二六第一〇八二八二七号の生命保険契約

(1) 契約日 昭和四七年一二月一一日

(2) 保険種類 三〇年払込、三〇年満期「ニツセイ暮しの保険―ゼンキ保障型」

(3) 主契約保険金額(養老保険金額) 一〇〇万円

(4) 災害倍額支払定期保険特約保険金額 四〇〇万円

(5) 家族保障選択特則付災害保障特約保険金額 一〇〇万円

なお、右生命保険契約では、被保険者の非災害死亡時に支払われる保険金額は(3)の一〇〇万円及び(4)の四〇〇万円の合計五〇〇万円であり、災害死亡時に支払われる保険金額は(3)の一〇〇万円、(4)の災害倍額による八〇〇万円及び(5)の一〇〇万円の合計一、〇〇〇万円となる。

(二) 保険証券記番号〇四六第四〇八七二四号の生命保険契約

(1) 契約日 昭和四九年一〇月二五日

(2) 保険の種類 三〇年払込、三〇年満期「ニツセイ暮しの保険―ゼンキ保障型」

(3) 主契約保険金額(養老保険金額) 一二〇万円

(4) 災害倍額支払定期保険特約保険金額 四八〇万円

(5) 家族保障選択特則付災害保障特約保険金額 一二〇万円

なお、右生命保険契約で被保険者が死亡した時支払われる保険金額は(一)と同様の算出方法により非災害死亡時は合計六〇〇万円、災害死亡時は合計一、二〇〇万円となる(以下右二つの保険契約を併せて「本件契約」という。)。

4  訴外実は、前記のとおり不慮の事故により死亡したもので、原告は、被告に対し災害時死亡の保険金合計二、二〇〇万円の支払を請求できるところ、被告は、原告に対し、昭和五一年六月七日本件契約による保険金として非災害死亡時の保険金合計一、一〇〇万円(前記3(一)による五〇〇万円と3(二)による六〇〇万円)を支払つたのみである。

よつて、原告は、請求の趣旨記載のとおりの判決を求めるべく、本訴請求に及んだ。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実はすべて認める。

三  抗弁

1(一)  本件契約の主契約にそれぞれ付加された災害倍額支払定期保険特約五条一号、五号及び家族保障選択特則付災害保障特約一六条一号、五号においては、いずれも、「被保険者の故意または重大な過失によるとき」又は「被保険者の無免許運転中または飲酒運転中の事故によるとき」(以下「五号の免責事由」という。)は、被告は、災害死亡時支払の各災害保険金を支払わない旨定めている。

(二)  もつとも、右各特約条項の各四号には「被保険者の泥酔の状態を原因とする事故によるとき」(以下「四号の免責事由」という。)が免責事由として規定されているが、右四号と五号の免責事由の関係は次のように解すべきである。

即ち、四号の免責事由は、学説上危険の発生的制限と言われるもので、保険事故の原因いかんによる免責を定める条項であるのに対し、五号の免責事由は、学説上危険の条件的制限と言われるもので、保険事故発生時における関係者などをめぐる諸般の状況ないし条件いかんによる免責を定める条項である。従つて、四号の場合には、泥酔状態と保険事故発生との間には因果関係の存することを必要とするのに対し、五号の場合には、「飲酒運転中」の保険事故であれば、事故発生の原因がどうか、ことに事故が何人の故意、過失によるものかといつたこととは無関係なのである。このことは、四号にあつては、「泥酔の状態を原因とする事故」と規定し、五号にあつては、「飲酒運転中の事故」と規定し、「飲酒運転中の場合においてその間に生じたる事故」との趣旨を明らかにしていることからも容易に理解できるであろう。

また、免責事由とした趣旨も両者は異なる。四号の免責事由は、保険制度は本来偶然な事故に対するものであるところ、泥酔状態の如く保険事故発生の蓋然性の極めて高い場合には、保険における技術的要請としての事故の不可測性を欠き、信義則に反することをその理由とし、自動車の運転中の事故に限られるものではない。一方、五号の免責事由は、飲酒運転の如く道路交通法上最も悪質、危険な法令違反行為に対し保険の保護を与えることは、かえつてこれらの行為を奨励、助長することになつて公序良俗に反することになることを理由とするものである。

(三)  従つて、五号にいう「飲酒運転中の事故によるとき」とは、危険の発生あるいは増加の蓋然性が極めて大きいため自動車の使用又は運転それ自体が禁止され、かつ処罰対象となつている程度の酒気帯び運転中に生じた事故によつて保険事故が発生した場合をいうものと解すべきである。

ところで、道路交通法によれば、血液一ミリリツトルにつき〇・五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態(いわゆる第一度酩酊(微酔))であれば、その運転が禁止され、刑罰が科されることとされている。従つて、五号にいう「飲酒運転中」とは、全ての酒気帯び運転を含むものではないが、刑罰のある微酔以上であれば足り、泥酔状態である必要はないと解すべきである。

2(一)  本件事故についてみるに、訴外実は、昭和五一年四月二四日午後九時ころから翌二五日の午前二時ころまでの間、会社の同僚や友人と中標津町所在のスナツク四軒でウイスキーの水割り六杯、ビール二本以上を飲んだあと、本件事故車に二名を同乗させて、制限速度五〇キロメートルの本件事故現場付近道路を時速一三〇キロメートル以上の猛スピードで運転し、本件事故を惹起して死亡したものである。

(二)  訴外実は、死亡後血液一ミリリツトルにつき一・四ミリグラム(〇・一三三パーセント)のアルコールを身体に保有しており、これは、いわゆる微酔に該当するばかりか、酩酊度第二度(軽酔)の下限値である血液一ミリリツトルにつき一・五ミリグラム(〇・一五パーセント)に近い酩酊状態にあつたと言え、この客観的資料のみで運転者としては危険な状態で運転していたことは明白であり、免責を免れない。

しかも前記訴外実の飲酒量、その経過、本件事故の態様その他の事情をも総合的に考えると、訴外実は、現実にはアルコールの影響により正常な運転のできないおそれがある状態即ち酒に酔つた状態にあつたと言える。

3  従つて、本件事故は、被保険者の飲酒運転による事故であり、同時に重大な過失によるものであるから、被告に原告請求にかかる本件災害保険金及び特約災害保険金の支払義務は存しない。

なお、原告は、残存タコメーターの回転数を基にして、本件事故当時の本件事故車の速度は時速六五キロメートルであつた旨主張するが、残存タコメーターの回転数が事故当時の正確な速度を示すものとは必らずしも言えないばかりか、「重過失」とは、単に自動車の速度のみならず、前述の飲酒経過、酩酊状態、事故状況をも含めて具体的情況に応じて判断すべきものであるから、右をもつて訴外実に「重大な過失」がないということは論理の飛躍である。低速で本件の如き大事故を惹起したとすれば、そのこと自体でかえつて「重大な過失」があつたことになる。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)の事実、1(二)の事実中被告主張の条項があること及び2(一)の事実中訴外実が同月二四日午後九時ころ同町所在のスナツクへ会社の同僚や友人と赴き、訴外実が本件事故により死亡した時被告主張のアルコールを身体に保有しており、その酔いは微酔程度であつたことは認め、その余は争う。

2  本件事故現場付近は急カーブ状の道路でいわゆる事故多発地帯であり、訴外実の酔いの程度は前記のとおり微酔程度(道路交通法にいう酒気帯び程度)であり、また本件事故時の本件事故車の速度は時速約六五キロメートルであつたのであるから、本件事故は同人の単純な過失により生じたものである。

3  なお、被告が免責事由として主張する「飲酒運転中」とは、四号で泥酔状態を別に免責事由としていることからして、飲酒の程度が免責事由となる重大な非難事由に当る程度の飲酒量を保有して運転した場合と解するのが相当である。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因事実、抗弁1(一)の事実、1(二)の事実中被告主張の条項があること及び2(一)の事実中訴外実が同月二四日午後九時ころ中標津町所在のスナツクへ会社の同僚や友人と赴き、訴外実が本件事故により死亡した時血液一ミリリツトル中に一・四ミリグラムのアルコールを身体に保有しておリ、その酔いは微酔程度であつたことは当事者間に争いがない。

二  五号の免責事由にいう「飲酒運転」の意義については、抗弁1(二)記載の被告の主張は相当だと解されるので、危険の発生あるいは増加の蓋然性が極めて大きいため自動車の使用又は運転それ自体が禁止されている程度の酒気を帯びた運転を言うが、一方、五号は「無免許運転」をも免責事由としていることからして飲酒運転の禁止の程度は、無免許運転と同程度又はそれ以上のものであることを要するものと解されるところ、道路交通法ことにその罰則に照らすと、それは、単なる同法上の酒気帯び運転では足りず、酒酔運転(アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態での運転)を言うものと解するのが相当である。

三  成立に争いのない甲第五号証、第七号証、第八号証(原本の存在とも)、乙第三、第四号証、第六号証の三の一ないし八、第七ないし第九号証(いずれも原本の存在とも)、第一〇号証、証人野崎佐吉の証言及びこれにより真正に成立したと認める乙第六号証の一、二、証人青山幸吉、同小野健治及び同小野忠夫の各証言、同由良修二の証言及びこれにより真正に成立したと認める甲第六号証並びに検証の結果によれば次の事実が認められ、甲第一ないし第四号証、証人山田清一の証言中右認定に反する部分はいずれも措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

1  訴外実は、前記のとおり、昭和五一年四月二四日午後九時ころから会社の同僚、友人らとスナツク四軒に行き、当初はコーラを飲んだりしていたが、翌二五日午前二時ころまでの間にウイスキーの水割り五、六杯やビールを飲み、本件事故による死亡後において前記のとおりアルコールを身体に保有していたこと。

2  本件事故現場は、中標津町から別海町に向つて一四ないし一五キロメートル進んだ地点で、大きくはないエス字カーブに引き続いて緩く左折する所であり、中央線で区分された、近くに外灯もないアスフアルト舗装道路であり、本件事故は、午前二時四〇分ころ発生したもので、本件事故車が対向車線に逸走して道路右側端のガードレールの支柱に衝突したうえ道路外に約一〇メートル逸走して停止し、訴外実(左胸腔内臓破裂、左第一ないし第七肋骨々折により同時午前二時四〇分死亡(殆んど即死))及び後部座席に同乗していた松原正美(即死)はいずれも死亡し、助手席に同乗していた残りの小野健治も入院加療六か月以上を要する大腿部複雑骨折の傷害を負い、本件事故車も前部のバンパーが直角に凹んで壊れ、ドアも壊れ、周囲約二〇メートルにわたり部品等が散乱していた状態にあつたこと。

3  本件事故により壊れて針の動かなくなつたタコメーターは、エンジン回転速度について、本件事故の翌日には、二、五〇〇回転を指していた(本件事故車が当時四速のギアに入つていたことは原告も認めているので、これは時速約六五キロメートルを意味する。)が、現在は二、二五〇回転より下方を指しており、この様に針が移動した理由は明らかではないこと。

4  右小野健治は、本件事故直前の状況について、たまたま目を覚すと、本件事故車が中央線を超えて右側に出て行つたので「危ない。」と言つたところ、訴外実はいきなりハンドルを左に切り過ぎてあわてて右にハンドルを切つて前記支柱にぶつかつたもので、本件事故車の速度は遅くはなかつた旨証言していること。

5  訴外実は、昭和四八年ころの作業上の事故により左目を摘出していて、左眼の視力はないこと。

6  アルコールの血中濃度とそのアルコールの影響による酩酊度との関係は、体質等により個人差は認められるが、一応の相関関係があり、アルコールの血中濃度が〇・〇五パーセントに満たないときには殆んど無症状であリ、〇・〇五パーセント以上〇・一五パーセント未満のとき(酩酊度第一度(微酔))には、抑制がとれて陽気、多弁となり、運動過多で落着きがなくなり、本人はむしろ能力が増しているという感じを持つが、厳密なテストによれば、〇・〇五パーセントのときも反応時間は無アルコール時の二倍となり、〇・一〇パーセントになると四倍になるなど運動失調や作業能力の減退が認められ、〇・一五パーセント以上〇・二五パーセント未満(酩酊度第二度(軽酔))のときには、容易に周囲に気付かれる程度の運動失調があり、注意力散漫となつて判断力が鈍ること(なお、この項につき、交通事件執務提要四八四頁以下も参照。)。

四  以上の事実関係によれば、訴外実は、前記身体的欠陥があり、しかも夜間で見通しが悪いにもかかわらず、法定の最高速度時速六〇キロメートルを超える高速度(なお、証人野崎佐吉の証言及び乙第六号証の一によれば、本件事故前の本件事故車の速度は時速約一三〇キロメートルであつたことが窺われるが、これらは証人小野健治の証言に照らし信用できないが、タコメーターの針が本件事故時の本件事故車のエンジンの回転数を正確に指示していたとは考え難いことや本件事故の態様からすると、本件事故車は時速約六五キロメートル以上の速度ではあつたと考えられる。)で走行中、さしたる理由も窺われないのにハンドル操作の自由を失つて本件事故車を蛇行させて道路右側に逸走させて本件事故を惹起し、その酔いの程度は単なる微酔ではなく、運動失調がより強く現われる血中濃度〇・一〇パーセント以上でむしろ軽酔の下限値に近い状態にあつたことが認められ、この事実に照らすと、本件事故は、訴外実が酒に酔つて正常な運転のできないおそれのある状態で本件事故車を運転しているときに惹起されたものであると言わざるを得ない。

五  従つて、本件事故は少なくとも前記五号の免責事由に該当するのであつて、その余の点について判断するまでもなく、被告は、原告に対し、前記保険金の支払義務を負うものではなく、原告の本訴請求は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 植村立郎)

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