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釧路地方裁判所網走支部 平成15年(ワ)3号 判決 2004年3月26日

主文

一  平成一五年(ワ)第三号被告株式会社損害保険ジャパンは、原告に対し、二五〇〇万円及びこれに対する平成一四年四月四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  平成一五年(ワ)第五号被告日本生命保険相互会社は、原告に対し、一五〇〇万円及びこれに対する平成一四年七月三一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  平成一五年(ワ)第六号被告網走漁業協同組合は、原告に対し、七七〇万円及びこれに対する平成一四年三月二三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

四  平成一五年(ワ)第七号被告アクサグループライフ生命保険株式会社は、原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成一四年三月一三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

五  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用は、これを五〇分し、その一五を平成一五年(ワ)第五号被告日本生命保険相互会社の、その八を平成一五年(ワ)第六号被告網走漁業協同組合の、その一を平成一五年(ワ)第七号被告アクサグループライフ生命保険株式会社の負担とし、その余を平成一五年(ワ)第三号被告株式会社損害保険ジャパンの負担とする。

七  この判決は、第一項ないし第四項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  平成一五年(ワ)第三号事件

主文第一項と同旨

二  平成一五年(ワ)第五号事件

平成一五年(ワ)第五号被告日本生命保険相互会社は、原告に対し、一五〇〇万円及びこれに対する平成一四年三月八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  平成一五年(ワ)第六号事件

平成一五年(ワ)第六号被告網走漁業協同組合は、原告に対し、七七〇万円及びこれに対する平成一四年三月二二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

四  平成一五年(ワ)第七号事件

主文第四項と同旨

第二事案の概要

本件は、原告の夫であった亡Aの乗車する自動車が網走川に転落し、同人が溺死した事故について、原告又は亡Aが被告らとの間で締結していた自動車保険契約に基づく搭乗者保険金及び自損傷害特約保険金(平成一五年(ワ)第三号事件)、生命保険契約に基づく災害割増特約保険金及び家族保障選択特則付災害保障特約保険金(平成一五年(ワ)第五号事件)、厚生共済契約に基づく傷害特約共済金及び海難特別給付金(平成一五年(ワ)第六号事件)、生命保険契約に基づく災害保険金(平成一五年(ワ)第七号事件)を、原告が被告らに対し請求する事案である。

一  争いのない事実等

(1)  平成一五年(ワ)第三号被告株式会社損害保険ジャパン(以下「被告損保ジャパン」という。)は、損害保険業を目的とする会社である。

平成一五年(ワ)第五号被告日本生命保険相互会社(以下「被告日本生命」という。)は、生命保険業等を目的とする会社である。

平成一五年(ワ)第六号被告網走漁業協同組合(以下「被告網走漁協」という。)は、組合員の事業又は生活に必要な資金の貸付等及びこれに付帯する事業等を目的とする組合である。

平成一五年(ワ)第七号被告アクサグループライフ生命保険株式会社(以下「被告アクサ」という。)は、生命保険業等を目的とする会社である。

(2)ア  亡Aは、被告日本生命との間で、昭和五一年一月三〇日、以下の内容の生命保険契約を締結した。

被保険者 亡A

保険期間 昭和五一年一月三〇日から平成一八年(二〇〇六年)一月二九日

主契約保険金額 五〇〇万円

保険金受取人 原告

家族保障選択特則付災害保障特約保険金額 五〇〇万円

イ  亡Aは、被告日本生命との間で、平成八年一月三〇日、上記生命保険契約に次の特約を付加した。

定期保険特約 一〇〇〇万円

災害割増特約保険金額 一〇〇〇万円

ウ  災害割増特約の約款には、災害死亡保険金の支払事由として、被保険者が保険期間中に不慮の事故で死亡したときとの定めがあり、対象となる不慮の事故とは、急激かつ偶発的な外来の事故で、自動車交通事故及び不慮の墜落を含む一九の分類項目のいずれかに該当するものとされている。また、このような事故に該当する場合であっても、保険契約者又は被保険者の重大な過失が存在する場合は保険金は支払われないとの定めがある。

エ  家族保障選択特則災害補償特約の約款には、被保険者が偶発的な外来事故(不慮の事故)で死亡したときに支払われるとの定めがあり、この不慮の事故として、自動車交通事故及び不慮の墜落を含む一三の分類項目が規定されている。また、被保険者の重大な過失によるときには災害保険金を支払わないとの定めがある。

(3)  原告は、被告網走漁協との間で、以下の厚生共済契約を締結した。

ア 契約No.<省略>(以下「本件共済(1)」という。)

共済期間 平成三年七月二三日から平成一八年七月二二日

被共済者 亡A

死亡共済受取人 亡A

死亡共済金額 四〇〇万円

傷害特約共済金額 四〇〇万円

海難特別給付金額 四〇万円

イ 契約No.<省略>(以下「本件共済(2)」という。)

共済期間 平成八年四月八日から平成二五年四月七日

被共済者 亡A

死亡共済受取人 原告

死亡共済金額 三〇〇万円

(ただし、契約時より一六年以上で死亡の場合はこの金額)

傷害特約共済金額 三〇〇万円

海難特別給付金額 三〇万円

ウ 本件共済(1)及び(2)には、いずれも次の定めがある。すなわち、<1>被共済者が、共済期間中の不慮の事故を直接の原因として、共済期間中に死亡した場合は、死亡共済金と同額の共済金を支払う旨の特約(傷害特約)があり、不慮の事故とは自動車交通事故及び不慮の墜落を含む二〇項目が定められている。<2>死亡の直接の原因たる事故が、海、河川、湖沼への転落により発生したものである場合は、死亡共済金額の一〇%相当額を海難特別給付金として支払う。<3>被共済者がその重大な過失により死亡した場合には死亡共済金は支払わない。

(4)ア  亡Aは、被告アクサ(当時の商号日本団体生命保険株式会社)との間で、平成一〇年八月一日、以下の内容の生命保険契約を締結した。

被保険者 亡A

保険期間 平成一〇年八月一日から終身

死亡保険金 一〇〇万円

災害保険金 一〇〇万円

保険金受取人 原告

イ  約款には、災害死亡保険金の支払事由として、被保険者が保険期間中に不慮の事故で死亡したときとの定めがあり、対象となる不慮の事故とは、急激かつ偶発的な外来の事故で、自動車交通事故及び不慮の墜落を含む二〇の分類項目のいずれかに該当するものとされている。また、このような事故に該当する場合であっても、保険契約者又は被保険者の重大な過失が存在する場合は保険金は支払われないとの定めがある。

(5)ア  原告は、被告損保ジャパンとの間で、平成一三年六月二六日、以下の内容の自動車保険契約を締結した。

保険期間 平成一三年六月二六日から平成一四年六月二六日

被保険自動車 <ナンバー省略>車台番号<省略>(以下「本件自動車」という。)

賠償保険金額 対人 無制限

対物 一〇〇〇万円

搭乗者傷害保険金 死亡の場合 一〇〇〇万円

自損事故特約 死亡の場合 一五〇〇万円

イ  搭乗者傷害条項一条には、被保険者が被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害を被った場合は、保険金(死亡保険金等)を支払うとの定めが、同三条には、被保険者の極めて重大な過失によって、その本人について生じた傷害については保険金を支払わないとの定めがある。

ウ  自損事故条項一条にも、被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害を被り、自動車損害賠償法三条に基づく損害賠償請求権が発生しない場合に保険金を支払うとの定めがある。

(6)  亡Aは、平成一四年二月二一日午後二時四〇分ころ、網走市南三条東五丁目二番地付近で本件自動車に乗車中、約五km/hの速度で網走川に転落したため、同車両が水没して溺死した(以下「本件事故」という。)。

(7)  原告は、被告日本生命に対し、平成一四年三月八日、保険金の請求を行ったところ、被告日本生命は、原告に対し、普通死亡の保険金である一五〇〇万円に配当金等を加えた一五四一万五〇〇〇円から貸付金精算額等を控除した一一四二万四九〇八円を支払った。

(8)  原告は、被告アクサに対し、平成一四年三月一三日、災害死亡として保険金の請求を行ったが、被告アクサは、原告に対し、本件事故は不慮か故意か断定されない事故であるとして、災害死亡の場合の保険金一〇〇万円の支払をしなかった。

(9)  原告は、相続人間の遺産分割協議で本件共済(1)の共済金請求権を取得した後(弁論の全趣旨)、被告網走漁協に対し、平成一四年三月下旬ころ、死亡による共済金の請求を行ったが、被告網走漁協は、原告に対し、本件事故は、「急激性、外来性、偶発性をすべて満たす不慮の事故とは認められない。」との理由で、普通死亡の共済金である四〇〇万円(本件共済(1))及び一〇五万八八五〇円(本件共済(2)。契約年数により支払金額が異なり、本件ではこの金額となる。)の合計五〇五万八八五〇円しか支払わなかった。

(10)  原告は、被告損保ジャパンに対し、平成一四年四月三日、搭乗者傷害保険金一〇〇〇万円及び自損事故特約による保険金一五〇〇万円を請求したが、被告損保ジャパンは、本件事故が「急激かつ偶然な外来の事故ではない」として保険金の支払をしない。

二  争点

(1)  本件事故は急激、偶発的な(偶然な)外来の事故か否か

(原告の主張)

本件では、乗車中の車が川に転落して死亡したのであるから、それ自体、急激、偶発的な外来の事故であるとの推定は十分に成り立つ。被保険者が死亡しているのに、事故が偶発的であること、すなわち、被保険者の意思に基づかないことというような消極的事実を立証することは極めて困難なのであるから、本件程度の外形的事実でもって一応の立証を行えば足りる。最高裁平成一三年四月二〇日判決の事案は、ビルの屋上から転落した被保険者の死亡について、自殺とも偶発的事故とも断定することができないケースにつき、偶発的事故の認定ができないとの理由で保険金請求者の請求を排斥した判決であり、立証の程度については何ら触れていない。この事案は、何ら作業中でもないのに五階建てのビルの屋上から転落したという事故態様そのものが自殺をうかがわせ易い形態である上、被保険者に保険金目当ての自殺動機が存在し、かつ同人の経営状態も良好でなかったといった付随的事情もあるケースであり、その意味で偶発的事故であるとの推定はそもそも働きにくい事案であった。他方、本件は、車を運転中(停車していた可能性もある)川へゆっくり転落したという客観的に考えても偶発性が推定される事案であり、保険金取得目的もなく、経済状態にも全く問題はなかったのであり、外来、偶発の要件は推定される事案である。

本件事故の際、車はゆっくりと動いており、ブレーキ操作もされないまま川に転落したようである。もし、自殺をしたいのであれば、エンジンをかけてスピードを上げて飛び込めばよいのである。むしろ、亡Aは喘息の発作か何かで車の動き出したことに気づかなかったのか、ブレーキ操作をする余裕がなかったと考える方が筋が通る。

亡Aは肺気腫を患い、喘息の持病があったため、人の集まるところには出ず、冠婚葬祭も、式の前に祝儀や香典を置いてくるか、代理で原告が出席することが多かった。その意味で、健康体ではなかったが、年齢相応の持病を有していた程度である。十二指腸潰瘍も既に活動期を過ぎた疾患であり、特に問題とするようなものではない。

亡Aは、網元の権利を全て息子に譲った訳ではなく、依然として鮭の定置網の構成員の一人として安定した収入を得ていた。

亡Aが息子の結婚式を欠席したのは、前記のように喘息のため従前から人の集まる場所を避けており、式に参加してその最中に喘息の発作が起こり、醜態をさらすことを避けたかったためと思われる。

原告は、平成一四年二月一八日午後一時過ぎに買い物に出たが、このとき亡Aに変わった様子はなく、原告が午後三時に帰宅した時には亡Aは自宅に居なかった。亡Aは、網元として亭主関白的なところもあり、家族に何も言わずに出掛けることなど日常よくあることで、これに対して原告を含む家族は苦情を言ったり、行き先を問い質すわけでもなく、そのようなものとして捉えていた。それゆえ、今回も、原告は特に気にとめずにいたのであり、捜索願を出すこともなかった。このようなことは、亡Aの家庭ではよくあることであり、失踪には当たらない。

亡Aは自宅近くのガソリンスタンドで平成一四年二月一九日に二〇l二回、同月二〇日に二〇lを一回の合計六〇lを給油しており、網走を起点に片道一〇〇km程度の場所に何度か行ったものと思われるが、その行き先は不明である。休みたければ家の近くまで来たのであるから家へ帰れば良いのであるが、その必要がなければ帰宅しないであろう。なお、亡Aの車はこの現場付近で停車していたとすれば、チカ釣りを見ていたことは考えられる。

(被告損保ジャパン及び被告網走漁協の主張)

亡Aは、岸壁から転落するまでの間、ブレーキをかけたり、ハンドルを切ったりして転落を回避する行動を一切していない。仮に、亡Aが車中で居眠りをしていた間に川に転落してしまったとしても、転落のショックで目が覚めたはずであるのに、亡Aの車両が、転落後も直ちに水没せず、浮いたまま下流方向に流されていた間に、目撃者が岸壁から「オーイ、オーイ」と大声で亡Aに呼びかけても、全く返答はなく、両手でハンドルを握ったまま、やや下向きに顔を向けており、慌てている素振りや脱出しようとする様子も全くなく、そのままの状態で車両は沈んでいった。このような本件事故の状況は、単なる事故と考えるには余りに不自然、不合理である。

亡Aは、平成一〇年三月一七日から肺気腫、喘息で網走厚生病院にて受診しており、本件事故前である平成一四年二月一四日にも通院していた。

平成一四年二月一六日には、亡Aの二男の結婚式が行われたが、Aは欠席した。父親が特段の事情もなく息子の結婚式に欠席することは常識では考えられないことであり、亡Aと原告を含む家族との間で強い心理的確執があったか、あるいは、亡A自身に結婚式に出席できない(又は出席したくない)特段の事情があったことが強く推認される。

亡Aは、結婚式後、突然失踪し、本件事故発覚まで家族もその所在を知らなかった。この間の亡Aの行き先は不明であるが、自宅の近所のガソリンスタンドで平成一四年二月一九日に二回、翌二〇日に一回給油している。この際、亡Aは元気のない様子であった。また、このように自宅近くに来ておりながら、自宅に寄らなかったということは、自宅に帰りたくない、あるいは、帰ることができないよほどの事情が存在していたと考えられる。

以上のような本件事故の不自然さ、本件事故前の亡Aの病歴、異常な行動等に照らすと、自殺行為と判断するのが合理的である。

(被告日本生命の主張)

本件事故において、亡Aの運転する車両は、約五km/hの速度で網走川沿いの道路(約一六m幅)を横切り、ほぼ真っ直ぐ川に向かって直進し、そのまま岸壁から転落したが、この間、亡Aは回避行動を全くとっていない。事故当日の天候は晴れで、事故発生は午後二時四〇分ころであり、岸壁、川面は亡Aから容易に認識できた。亡Aの車両は、転落後、浮かんだまま約七〇m流され、目撃者が直ちに岸壁から大声で呼びかけたが、亡Aは慌てる素振りも脱出する様子もなく数分後に沈んだ。亡Aは運転時も転落後も意識喪失状態にはなく、気を失っている様子もなかった。岸壁の水面からの高さは二mで、極めてゆっくりした速度で落下したのであるから、亡Aが落下によって傷害を受けて意識を失うことはあり得ず、現に消防の救急活動報告書にも外傷は認められなかったと記載されている。仮に転落時に居眠りをしていたとしても、落下の衝撃により当然目覚めるはずであるのに、亡Aは何らの脱出行動もとらなかった。これらの状況に照らすと、本件事故はその発生状況あるいはその後の経過について極めて不自然、不合理なものといわざるを得ず、単なる運転操作の誤りによって転落した事故とは考えられない。

亡Aは、平成一〇年より肺気腫、喘息を患っており、本件事故前の平成一四年二月一四日にも通院していた。

同月一六日に亡Aの二男の結婚式が行われたが、亡Aはこれに出席しなかった。父親が特段の事情もなく子供の結婚式に出席しないことは異常であり、亡Aと家族との間で何らかの確執が存在したか、亡Aに式に出席しない特別の理由が存在したことが強く推認される。原告は、持病の喘息のために人の集まるところは避けたと主張するが、日常生活において喘息のために特段の不都合がなかった亡Aが、喘息を原因として結婚式を欠席するとは考えられない。

その二日後である同月一八日には自宅を出たまま行方不明となり本件事故が発覚するまでの間、家族もその所在が分からず、捜索していた。この間、亡Aは、自宅近く(約六〇〇mの距離)のガソリンスタンドで、同月一九日の午前七時ころと昼ころ及び同月二〇日の午前七時の合計三回ガソリンを給油しているが、いつもと違って元気のない様子が見受けられ、また、自宅にも立ち寄らなかった。厳冬期の網走において自宅を出たまま四日間も車中で過ごすというのは尋常な状況ではなく、自宅に戻れない、あるいは、戻りたくない理由が存在したことが強くうかがわれる。

本件事故当日、亡Aには本件事故現場に赴く必要性も必然性もなく、自殺の場所を求めてきたことも十分考えられる。

以上のような、本件の不自然な事故状況及び事故前の亡Aの異常な行動等に鑑みると、本件事故は偶発的な事故ではあり得ず、亡Aの意思に基づく覚悟の行動すなわち自殺行為と見ることが最も合理的である。

(被告アクサの主張)

本件事故現場は網走川に面し、一五m幅で、川から一〇mは五%の勾配の岸壁で目撃者によると車は約五km/hで一〇mほど進んで転落した。途中、ブレーキやハンドル操作による回避行動はなく、転落後に目撃者が大声で呼んでも脱出行動もとらなかった。

亡Aは、胆石手術を受けており、腸閉塞の持病があり、これによる入院歴もあった。平成一〇年三月一七日から、発熱、肺気腫、喘息で加療し、平成一三年一二月には十二指腸潰瘍で経過観察となり、平成一四年二月一四日まで通院しており、体調はすぐれなかった。

亡Aは、亭主関白で長年網元として稼働したが、網元の権利を息子に譲り、今般の息子の結婚式については、家柄を重んじる招待制の結婚式を強硬に主張したが息子に容れられず、平成一四年二月一六日の息子の結婚式には出席せず、失踪中であった。亡Aの失踪先は不明であるが、車でかなりの距離を走行していたことが給油状況からうかがわれる。また、現場は自宅の近くであり、休むつもりであれば帰宅して休むことも容易にできるのにそれもせず、現場でこの時間に川に向かって停車していた理由も合理的に説明できない。

このように亡Aの高年齢による人生への達成感と持病に悩まされ続けてきている疲労感、自分の意見が受け容れられなかったという家族からの疎外感を味わい、また、何の用事もなく現場にいた状況から、自殺を考えていたとしても不自然ではないし、車が動き出して回避操作が全くなされていなかったことからは、自殺であったことが強く推認される。

原告は、事故態様を、亡Aの休息中に本件自動車が傾斜のため動き出してそのまま川に転落したと推定する。しかし、亡Aは地元在住の網元で、現場には傾斜があり、駐車すれば傾斜で車が動き出すことは十分予測できた。しかも、停車してギヤをニュートラル状態にしていることは、亡A自身、車が動くことを予測していたのであり、駐車場所もT字交差点の中であり、駐車して睡眠をとるような場所ではない。また、二月の厳冬期にエンジンをオフにして居眠りをすることは常識として考えられない。

(2)  重過失の有無

(被告損保ジャパンの主張)

仮に、自殺でないとしても、本件事故現場は、網走川に面した幅約一九mで、川から約九mは川に向かって五%の下り勾配のある道路であり、亡Aの車両は、ブレーキをかけたり、ハンドルを切ったりして転落を回避する行動をとることなく、約五km/hの速度でそのまま岸壁から川に転落したものであるから、亡Aには極めて重大な過失がある。

(被告日本生命の主張)

仮に、自殺でないとしても、(1)(被告日本生命の主張)記載の本件事故の状況に照らすと、本件事故は亡Aの重大な過失により惹起されたものといえる。

(被告網走漁協の主張)

仮に、自殺でないとしても、本件事故現場は、網走川に面した幅約一九mで、川から約九mは川に向かって五%の下り勾配のある道路であり、亡Aの車両は、ブレーキをかけたり、ハンドルを切ったりして転落を回避する行動をとることなく、約五km/hの速度でそのまま岸壁から川に転落したものであるから、亡Aには重大な過失がある。

(被告アクサの主張)

仮に、自殺ではないとしても、亡Aが車中で睡眠をとるのであれば、傾斜地に駐車しないか、雪上の傾斜地に駐車する場合でも、ギヤをニュートラル状態にして駐車せず、パーキング状態にしさえすれば自然発進しないのに、これを怠った行為は、ドライバーとして容易に回避できる行為をしていないものであり、亡Aには重大な過失があるといわざるを得ない。

(原告の主張)

交通事故での重大な過失とは、酩酊状態での運転などであり、ニュートラルで五%程度の傾斜のある場所(このような場所に停車すると、ほとんど傾斜とは感じない)にサイドブレーキをかけないで停車する程度ではそれに当たらない。

第三当裁判所の判断

一  争点(1)(本件事故は偶発的事故か否か)について

(1)  関係各証拠及び争いのない事実等によれば、次の事実を認めることができる。

ア 亡Aは、本件事故当時六九歳の男性であり、網元の権利の二分の一を後継者である二男に譲ったものの、依然鮭の定置網組合の組合員として稼働して相当額の収入を得ていたほか、道内に複数の土地を有しているなど、経済的に困窮している状況にはなかった(甲イ、甲ロ及び甲ニの各一一、一二、一五、一六、甲ハ一〇、一一、一四、一五<各書証につき枝番があればそれを含む。以下同じ。>、原告本人)。

イ 亡Aには、過去に胆石手術を受けたことがあるほか、腸閉塞での入院歴があった。また、平成一〇年三月には肺気腫及び喘息により入院し、十二指腸潰瘍も認められたが、後者については活動期を過ぎており経過観察となっており、本件事故当時は特に治療はなされていなかった。肺気腫及び喘息については、平成一一年一一月以降本件事故当時まで、月一回程度の通院、投薬治療が行われており、最後に通院したのが平成一四年二月一四日であった。(甲ロ八、甲ニ八、乙ニ四)

ウ 亡Aは、原告と婚姻し、両者の間に二男一女をもうけた。二男のBは、平成一三年一一月一六日に婚姻し、同月一八日から亡Aが建てた約五〇〇坪の土地付きの家で新婦と暮らしていた。Bの結婚式は、平成一四年二月一六日に予定されており、父親である亡Aも出席する予定で、礼服をクリーニングに出すなどしていた。しかし、亡Aは、肺気腫及び喘息に罹患してからは、多くの人の集まる場所に行くと、煙草の煙などによって発作が起き、背中を海老のように曲げて苦しむ状態になるため、参加を避けていた経緯があり、結局、結婚式には出席しなかった。(甲イ一三、一五、一六、二六、甲ロ及び甲ニの各一三、一五、一六、二五、甲ハ一二、一四、一五、二四、原告本人)

エ 亡Aは、Bの結婚式の二日後である平成一四年二月一八日の午後、原告が買い物に行っている間に、行き先も知らせないまま本件自動車に乗って出掛けた。亡Aは、そのまま本件事故が発生する同月二一日まで自宅に帰ることはなかったが、この間、自宅から約六〇〇mしか離れていないガソリンスタンドで同月一九日の朝及び午後と翌二〇日の朝の合計三回にわたって代金掛払いで二〇lずつ給油した。(甲ニ一八、乙ハ三、乙ロ七)

原告は、亡Aと結婚した当初、舅から、亡Aがどこかへ出かけていっても行き先を聞かないことが円満の秘訣だと言われていたため、亡Aが出掛けても行き先は聞いたことがなかった。亡Aは、漁のため夜中に出て行くことは日常であったし、番屋回りに行って泊まってくるときも行き先はいわず、何日か出掛けて帰宅後に温泉に行ってきたと聞かされることもあったが、原告の方から行き先は聞いたことはなかった。亡Aと結婚して以来約四〇年間、このような生活をしていたため、原告には亡Aが行き先を言わずに出掛けても気に留めない習慣がついていた。本件事故の数年前からは回数は減ったものの年に四、五回は行き先も告げず数日泊まりがけで出掛けていた。このため、亡Aが本件事故前に出掛けたときも、温泉にでも行ったのであろうと考え、特に心配しておらず、三日間帰って来なくても、警察に捜索願を出すこともなかった。(甲イ一八、二一、甲ロ一八、二七、甲ハ一七、甲ニ一八、乙ロ六、乙ニ三)

オ 本件事故が発生した平成一四年二月二一日午後二時四〇分ころ、本件事故現場では、天候は快晴、気温は二・二℃、東風一・四mであった。本件事故現場の状況は別紙交通事故現場見取図(以下「別紙図面」という。)のとおりであり、現場北側に網走川が西から東に向かって流れており、網走川右岸沿いに道路幅員九mの港湾道路、さらに道路幅員九・四mの市道がこれに接して設置されていた。港湾道路部分は網走川に向かっておよそ五、六%の斜面となっており、岸壁に車止めは設置されていなかった。港湾道路部分及び市道部分はいずれも圧雪路面の表面が溶けて柔らかくなっている状態であり、港湾道路部分の圧雪路面上は走行車両のタイヤ痕や多数の足跡により凹凸があった。また、当時網走川の川面から岸壁までの高さは二mであった。そして、本件事故現場には、隣接して民家があるほか、網走警察署や網走市役所からの距離も二〇〇ないし三〇〇m程度であった。(甲イ八、甲ロ七、甲ハ七、甲ニ七、乙イ三、乙ロ六、八、九、乙ハ二)

カ 本件事故の目撃者であるCは、本件事故当日午後二時三〇分ころ、別紙図面の市道上の(目)と記載の位置に西側に向かって自車を停車させ、運転席の窓を三分の一程度開け、エンジンを切って煙草を吸いながら、右方の川の方向などをながめていた。午後二時四〇分ころ、市道の対向車線上を赤い乗用車がすれ違っていった際、別紙図面<1>の位置に亡Aの乗車する本件自動車が川に向かってトロトロと車が止まる寸前のようなゆっくりした速度(約五km/h)で走行しているのが見えた。本件自動車は、岸壁に向かって約六〇度の角度で真っ直ぐ進行し、ブレーキ操作やハンドルを切るなどの回避措置をとることなく、上記の速度のまま岸壁から川に転落した。岸壁の手前で停止するものと思って見ていたCは、慌てて岸壁まで駆けつけて様子を見ると、本件自動車は川下の方を向いて岸壁から約五mの位置に浮かんでおり、水はタイヤハウスの上くらいまできていた。運転席には亡Aがハンドルを握りながらハンドルにもたれ掛かるように体を前のめりにしてうつむいていた。Cは、亡Aに向かって、「オーイ、オーイ」と大声で二、三度呼び掛けたが、全く反応がなかった。本件自動車は下流に向かって岸壁に平行に流されて行ったので、Cは、車を追って歩きながら携帯電話で消防署に通報したが、北見市の警察署か消防署に通じてしまった。Cは、網走の消防署に通報し直すように言われたが、電話番号を書き取るメモもなかったことから自分の電話番号を相手に伝え、網走の消防署からCの携帯電話に電話してもらうよう依頼していったん電話を切った。その後、トラックが通りかかったので、Cは少しそちらの方に走って行き、降りてきた運転手に事情を話してまた二人で岸壁に戻った。そのころ(同日午後二時四二分)、網走の消防署から電話があり、現場近くの店の名前を告げるなどして現場の場所を説明している間に、本件自動車は前の部分が沈み、後部が持ち上がる形で水没していった。Cは、亡Aが死ぬのを見たくなかったことから、運転席を凝視してはいなかったが、運転席が水没していくまで亡Aが体勢を変える気配はうかがわれなかった。本件自動車が川に転落してから水没するまでの時間は約三分であった。(甲イ九、甲ロ九、甲ハ八、甲ニ九、乙イ三、乙ロ六、九、乙ハ二、証人C)

キ 消防隊は同日午後二時四六分に現場に到着し、Cが指示した水没現場付近を捜索したが本件自動車を直ちには発見できず、同日午後三時五四分、二度目の潜水作業により、水没位置から約二五m下流の地点でひっくり返った状態の本件自動車を発見した(現場は水深四・七mで視界〇・五mであった。)。同日午後四時八分、本件自動車の後輪にワイヤーを架けてクレーンで引き上げたところ、亡Aは、後部座席の後ろで発見され、外傷はなく、溺死していた。亡Aの所持品は腕時計、免許証及び眼鏡であり、金品は所持していなかった。引き上げ時の本件自動車は、エンジンがオフで、ギヤはニュートラル、サイドブレーキはかけられておらず、ラジオがオンの状態であり、窓及びドアはすべて閉まっていた。転落時に亡Aがシートベルトを着用していたか否かは不明である。(乙ロ六、九)

(2)  以上の事実によれば、亡Aは、エンジンをかけず、ギヤをニュートラルにして、トロトロと車が止まる寸前のようなゆっくりした速度で岸壁に向かって一〇m程度真っ直ぐ進行し、そのまま川に転落したことになるが、自殺を図るのであればエンジンをかけて相当程度の速度を出して川に飛び込むことが通常であると考えられるから、事故を偽装して保険金を不当に取得する目的でもない限り、エンジンもかけずに傾斜を利用してゆっくりと岸壁から転落する態様で自殺を図ることは極めて不自然といわざるを得ない。

また、本件事故が発生したのは午後二時四〇分ころで天候も快晴であったこと、本件事故現場は、民家が隣接し、警察署や市役所からも近いなど市街地に位置すること、本件事故が発生する約一〇分前にCが本件事故現場付近に来て自車を停車させ、本件自動車が転落する直前にも赤い乗用車が通過し、さらに、転落後間もなくトラックが通りかかるなど、本件事故現場は交通量が少なからずあることなど、自殺を図るにしては他人に発見されやすい時間帯及び場所を選んでいることになるが、亡Aは行方不明の三日間で六〇lもの給油を行い、本件自動車により相当長距離の走行をしていたことが推認され、より人目に付きにくい時間帯及び場所を選ぶことも容易であったことも考慮すると、この点も本件事故を自殺と見るには不自然な事情であるということができる。

さらに、本件事故前の事情について検討するに、亡Aは前記のとおりの資産や収入を有しており、経済的に困窮していたとは認められないから、保険金獲得目的であえて自殺を図るとは考えられない。また、亡Aは、数年来肺気腫及び喘息で治療を受けていたものの、事故発生前二年余りは月に一回程度の通院、投薬治療にとどまっていたから、これを苦に自殺するとは考えがたい。一方、本件事故の五日前に催された二男の結婚式に参加しなかった点についても、多数の人の参集する場所では肺気腫の発作が起こる可能性が高いためこれを避けたと認められるから、かかる事実から亡Aと家族との間で諍いが生じていたことを推認することもできない。亡Aが本件事故の三日前から家族に行き先を告げずに出掛けていた点については、自宅近くのガソリンスタンドで三回も給油しながら自宅に立ち寄っていない点はいささか不可解ではあるものの、これまでも年に数回行き先を告げずに数日間出掛けることがあったことやその際の行動も明らかでないことに鑑みれば、このことから直ちに亡Aが自殺を図りうる精神状態にあったことを推認することは困難である。

加えて、網走川に転落後の亡Aの行動についても、川面に浮いている間、Cが大声で呼びかけても何ら反応せず、ハンドルを握りながらハンドルにもたれ掛かるように前のめりの姿勢でうつむき、水没するまでの約三分の間、体勢を変えることなくそのまま沈んでいったと認められるが、亡Aにこの時点で意識があったと認めるに足る証拠はなく、むしろ、ハンドルにもたれ掛かるように前のめりになって下を向いたまま動かないといった不自然な姿勢をとり続けていたことからすると、転落時の衝撃等によって意識を失っていた可能性が高いということができるから、亡AがCの呼び掛けに反応しなかったとしても直ちに自殺の意図を推認することはできない。

以上の事情を総合すると、本件事故は自殺とは認められず、後記二(1)記載のとおり、亡Aが本件自動車をいったん停止させ、エンジンを切った後、本件自動車が自然発進して岸壁に向かって走行していることに亡Aが居眠り等の理由によって気づかず、誤って網走川に転落したと認めるのが相当である。

(3)  これに対し、被告日本生命は、本件事故の態様につき、調査会社の作成した報告書(乙ロ七)に基づき、本件自動車が市道及び湾岸道路を横切って直進して岸壁から転落したと主張する。この報告書によれば、本件自動車が市道及び湾岸道路を横切るには、現場の高低差のため、エンジンをかけて前進する必要があるとの実験結果が出ており、上記のような事故態様であれば、亡Aが自らの意思で川に向かって進行したことが裏付けられることになる。しかしながら、本件自動車が市道及び湾岸道路を横切ったことを前提とする上記実験は平成一四年八月二九日に実施されているところ、同日時点においては本件自動車が市道及び湾岸道路を横切ったことを基礎づける資料は全く存在しない。また、この報告書には、翌三〇日にCと面談した際、本件自動車がCの車の前を通り過ぎたのを見たとCが供述したなどと上記実験内容に沿う記載がされているが、これは被告日本生命、被告損保ジャパン及び被告網走漁協の各調査会社に対するCの供述内容と異なり、かつ、当公判廷においてもCは本件自動車が自分の前を通り過ぎた認識のあることを明確に否定していることからすると、事実に反する内容が記載された可能性が高いといえる。これらの事情に鑑みれば、上記報告書の内容は信用することができず、これに基づく被告日本生命の上記主張も採用できない。

また、被告らは、岸壁から極めてゆっくりした速度で落下したのであるから、落下によって傷害を受けて意識を失うことはあり得ない、あるいは、転落後は意識があったはずであると主張するが、岸壁から水面までの高さは二mもあったのであるから、たとえ落下直前の速度が五km/h程度の低速であっても、落下に伴い強い衝撃が生じることは明らかであって、後頭部を打撲して脳震盪を起こす等して意識を失うことは十分考えられるのであり、被告らの上記主張も採用できない。

さらに、被告日本生命は、平成一四年二月一八日以降、原告らは亡Aを捜していたと主張する。この主張は、被告日本生命の委託先の調査会社が作成した報告書(乙ロ六)に、株式会社白井自動車のD社長の話として、平成一四年二月一八日以降に原告から再三電話があり、亡Aが行方不明になっていると話していたとの記載や、亡Aの甥であるEの話として、亡Aの長男から二月二一日午前一〇時ころ亡Aが行方不明になり、親戚等で心当たりを捜していると聞いたとの記載があることに基づくものである。しかしながら、原告がD社長に電話したのは車検の関係で必要であったためと認められること(甲イ一六、甲ロ一六、甲ハ一五、甲ニ一六)、Eも上記のような発言をしたことを全面的に否定していること(甲イ一七、甲ロ一七、甲ハ一六、甲ニ一七)、前記のとおり、被告日本生命の調査会社の本件に関する報告書には事実に反する記載があり、Eの発言内容に関する記載も直ちに信用しがたいこと、原告らは亡Aが出かけて四日目になっても警察に捜索願を出していなかったことに照らせば、被告日本生命の上記主張は採用できない。

加えて、被告日本生命は、厳冬期の網走において自宅を出たまま四日間も車中で過ごすというのは尋常な状況でなく、自宅に戻れないか戻りたくない理由が存在したことが強くうかがわれると主張するが、自宅を出てからずっと車中で過ごしていたかは証拠上明らかでなく、かかる主張も採用できない。

被告アクサは、亡Aが二男の結婚式について家柄を重んじる招待制を強硬に主張したが二男に受け入れられなかったと主張するが、かかる主張を裏付けるに足る証拠はなく、上記主張を採用することはできない。

また、被告アクサは、亡Aは地元在住の網元であるから、現場にニュートラルの状態で駐車すれば傾斜により車が動き出すことを予測していたはずであると主張するが、当時の路面状況等に照らせばいったん車が停車すればそのまま動かないと考えることも十分あり得るのであって、被告アクサの上記主張は採用することができない。

さらに、被告アクサは、駐車場所もT字交差点の中であり、駐車して睡眠をとるような場所ではないし、二月の厳冬期にエンジンをオフにして居眠りをすることは常識として考えられないと主張する。しかし、亡Aが睡眠をとろうと思って現場に駐車したのか、あるいは、駐車して休憩していたら眠ってしまったのかなど、現場に駐車した理由は明らかではない上、実況見分調書(甲イ八、甲ロ七、甲ハ七、甲ニ七、乙ロ八)添付の写真によれば、現場に自動車を駐車しても不自然とはいえないし、また、当時の気温は二・二℃でこの時期にしてはかなり高く、風も弱く、快晴であり、日当たりの良い本件現場の窓を閉め切った車内にあっては相当暖かかったと考えられるから、エンジンを切って休憩していても何ら不自然ではない。このことは現場で本件事故を目撃したCもエンジンを切り、窓を三分の一程度開けて煙草を吸っていたことからも裏付けられる。よって、被告アクサの上記主張も採用することはできない。

(4)  以上によれば、本件事故は急激、偶発的な外来の事故であるということができる。

二  争点(2)(重過失の有無について)

(1)  前記のとおり、本件事故は自殺ではないと認められるところ、本件自動車は転落時にはエンジンが掛かっていなかったことからすると、Cが本件自動車の存在に気づいた地点付近に、亡Aが本件自動車をいったん停車させ、エンジンを切ったものと認めることができる。そして、このとき、亡Aは、ギアをニュートラルにし、サイドブレーキもかけなかったこと、現場が五、六%の下り斜面であったことから、何らかの理由で自然発進し(赤い乗用車が傍らを通り過ぎた直後に動いているのが目撃されていることからするとそれによる風圧や振動なども一因と考えられよう。)、亡Aが居眠りをしていた等何らかの理由で発進したことに気づかずに網走川に転落してしまったものと推認することができる。

(2)  そこで、以上の事故態様を前提として重過失の有無について検討するに、川に向かって五、六%の下り斜面となっており、かつ、岸壁に車止めも付いていない道路において、川に向かって自動車を駐車する際、サイドブレーキもかけず、かつ、ギヤをニュートラルにしていれば、何らかの理由で自然発進する可能性は否定できないのであるから、このような態様で本件自動車を川に転落させた亡Aに過失があることは明らかである。

しかしながら、亡Aが本件自動車を駐車した位置は平坦な市道と斜面となっている港湾道路との境目辺りと推認され、本件自動車の後輪の一部は平坦な部分に掛かっていた可能性もあること、現場に残されたタイヤ痕によれば、本件自動車は岸壁に直角ではなく、約六〇度の角度で駐車されていたと推認され、直角に駐車された場合よりも斜度は緩やかになること、岸壁から数m離れた場所に駐車していたこと、当時、現場は圧雪路面の表面が溶けて柔らかくなっている状態であり、港湾道路部分の圧雪路面上は走行車両のタイヤ痕や多数の足跡により凹凸があるなど、雪がない場合と比べれば自然発進がしにくい状況にあったといえること、亡Aは本件自動車をいったんは停止させていたと認められることを総合して考慮すれば、亡Aがわずかな注意さえ払えば結果を回避することができたとまではいうことはできないというべきである。この点は、有限会社ジックが被告アクサに提出した本件事故の報告書(甲イ二一、乙ニ三)の「総括」部分において、「五%勾配岸壁であるが、圧雪での凹凸があり、自然発進は考え難いと推定している。」と記載されていることからも裏付けられる。

よって、亡Aには本件事故に関し重過失は認められない。

三  被告日本生命及び被告網走漁協に対する保険金の請求時期について

(1)  甲ロ第三号証、第二二号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告日本生命に対して当初保険金を請求した平成一四年三月八日の段階では、本訴で請求している家族保障選択特則付災害保障特約保険金額五〇〇万円及び災害割増特約保険金額一〇〇〇万円を請求していたと認めることはできない。これらの保険金を請求した時期は明らかではないが、遅くとも被告日本生命系列の日本インシュアランス株式会社の調査員が原告に面接を行った平成一四年七月三一日の前日までに請求していたと認めることができる。よって、原告の被告日本生命に対する請求の遅延損害金の起算点は、平成一四年七月三一日と認めるのが相当である。

(2)  原告は、平成一四年三月二一日に被告網走漁協に対して保険金の請求を行ったと主張するが、これを認めるに足る証拠はない。そうすると、被告網走漁協が自認する同月二二日に保険金の請求を行ったと認めるのが相当である。よって、原告の被告網走漁協に対する請求の遅延損害金の起算点は、平成一四年三月二三日と認めるのが相当である。

第四結論

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂口裕俊)

交通事故現場見取図

<省略>

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