釧路地方裁判所網走支部 平成19年(わ)14号 判決 2007年10月24日
主文
被告人を懲役8月に処する。
この裁判が確定した日から2年間その刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,行政書士でなく,かつ,法定の除外事由がないのに,業として
1 Aと共謀の上,別表1記載のとおり,平成18年6月25日から平成19年3月6日までの間,前後3回にわたり,北海道斜里郡<以下省略>
被告人方において,C他2名から依頼を受け,事実証明に関する書類である家系図合計3通を作成し,その報酬として合計33万8685円の交付を受け
2 Bと共謀の上,別表2記載のとおり,平成18年7月10日から平成19年4月1日までの間,前後3回にわたり,前記被告人方において,D他2名から依頼を受け,事実証明に関する書類である家系図合計3通を作成し,その報酬として合計56万7000円の交付を受け
もって行政書士の業務を行った。
(証拠の標目) <省略>
(法令の適用)
1 被告人の判示所為は包括して刑法60条,行政書士法21条2号,19条1項に該当するところ,所定刑中懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役8月に処する。
2 情状により,刑法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から2年間その刑の執行を猶予する。
(争点に対する判断)
弁護人は,被告人が作成した家系図は,行政書士法1条の2第1項によってその作成が行政書士の業務とされる事実証明に関する書類に該当しないから被告人の所為は行政書士法19条に違反せず,また,仮に被告人が作成した家系図が事実証明に関する書類に該当するとしても,被告人の本件所為は可罰的違法性を欠くと主張する。
行政書士法1条の2及び19条により,官公署に提出する書類その他権利義務又は事実証明に関する書類の作成が行政書士の業務とされ,行政書士でない者がこれらの書類の作成を業とすることが禁じられているのは,これらの書類が社会的に重要な機能を有するものであることから,一定の資格を有する者に限ってこれらの書類の作成を業とすることを認め,これらの書類の作成業務が適正に行われるようにして国民の利便を図ったものであると解される(同法1条参照)。すなわち,これらの書類について,不正確又は不十分なものが多数作成されて使用されることがあれば,官公署の業務や国民の社会生活に混乱を来すから,これらの書類を業として作成する者には一定の資格を要求し,官公署の業務や国民の社会生活の混乱を防ぐとともに,業として報酬を受けつつこれらの書類の作成を行いながら,不正確,不十分な書類しか作成できない悪質な者を排除することによって国民の保護を図ることが目的であると解することができる。
そして,事実証明に関する書類について,行政書士法1条の2の文言上は何らの限定も付されていないから,被告人の作成した家系図が事実証明に関する書類に該当するかどうか,前記の行政書士法19条の趣旨も踏まえて検討する。被告人の作成した家系図は,戸籍の記載内容を図に表し,親族の名,続柄,出生の年月日及び出生地,死亡の年月日及び死亡地,婚姻年月日等を記載したものであって,戸籍の記載内容という事実を表し,戸籍にそのような事実が記載されていることを証明するものであるといえる。そして,戸籍の記載内容である親族の出生日,死亡日,続柄等は,ある者とある者が親族であることやその関係などを明らかにするために重要な事実であり,戸籍が何らかの事情で滅失したり,除籍簿の保存期間を経過するなどして廃棄された後にあっては,被告人が作成した家系図は公的にも親族関係を証明する証拠となることが想定されるものである(被告人自身,自ら作成したパンフレット(甲8号証添付)において家系図が相続対策に役立つものであることを記している。)ことからすれば,内容が不正確,不十分な家系図が作成されれば,国民の社会生活に混乱を招くことは明らかであり,被告人が作成した家系図は行政書士法1条の2の事実証明に関する書類であると解すべきである。
したがって,行政書士でない者が被告人の作成したような家系図を業として作成する行為は,行政書士法19条に違反する。また,前記のとおり,被告人の作成した家系図は社会生活上重要な事実を示しているものであるから,可罰的違法性がないということは到底できない。
なお,弁護人は,被告人には家系図の作成が行政書士法違反になることの確定的な認識が無かったと主張するもののようであるので,念のためこの点についても検討すると,被告人は,公判において,家系図の作成が行政書士法違反になるかどうかについては自分では判断がつきかねたものの,家系図の作成が行政書士法違反になるということを聞いたことはある旨供述しており,家系図の作成が行政書士法に違反する可能性があることは認識していたものと認められる。よって,被告人は,罪となるべき事実の認識予見があるにもかかわらず,本件犯行を行ったというべきであり,被告人に本件犯行の故意は認められる。
(法令の適用の補足説明)
被告人の判示所為は,事実証明に関する書類である家系図を合計6通作成し,行政書士でないのに業として行政書士の業務を行ったものであるが,行政書士法19条1項違反の行為はいわゆる営業犯の一種であり,被告人は事実証明に関する書類である家系図を作成して利益を得ようとする単一の意思のもとに判示の所為を行ったものであるから,この全体を包括的に観察して1個の罪と評価するのが相当である。
(量刑の理由)
本件犯行は,行政書士ではない被告人が,業として,事実証明に関する文書である家系図を作成した行政書士法違反の事案である。
被告人は,共犯者である行政書士からその名義の職務上請求書を手に入れ,その職務上請求書を利用して戸籍謄本等を請求するほかは,ほとんど自分一人で家系図作成の業務を行っていたことが認められ,本件犯行を主体的に行っていたものである。そして,被告人は,当初本件共犯者以外の行政書士の職務上請求書を利用して家系図作成の業務を行おうとしたが,その行政書士から職務上請求書の返還を求められ,さらに相当多くの行政書士から職務上請求書の提供を断られた末に,本件共犯者から職務上請求書を入手して家系図を作成しており,家系図作成を業として行うことについての強固な意思があったものと認められる。そして,被告人は,本件において6巻の家系図を作成し,約90万円という多額の報酬を得ただけでなく,ホームページを作成したりマスコミの取材を受けるなどして家系図作成の宣伝を行い,パンフレットも5000部作成するなどして相当長期間にわたり継続的に多数の家系図作成の業務を行い,さらに多額の利得を挙げようとしていたことが認められる。以上によれば,被告人の所為は,行政書士法違反としては悪質なものであるといわざるを得ない。
そこで,被告人には,主文のとおりの懲役刑を科した上,前科前歴が無いことなどを考慮し,その刑の執行を2年間猶予するのが相当である。
(求刑-懲役8月)
別表1
番号
依頼日
依頼者
家系図交付日
報酬額
1
平成18年6月25日
C
平成18年12月23日ころ
18万8,685円
2
平成18年6月28日
E
平成18年11月6日ころ
5万円
3
平成18年8月22日
F
平成19年3月6日ころ
10万円
合計33万8,685円
別表2
番号
依頼日
依頼者
家系図交付日
報酬額
1
平成18年7月10日
D
平成18年12月23日ころ
18万9,000円
2
平成18年10月11日
G
平成19年2月18日
同上
3
平成18年11月6日
H
平成19年4月1日
同上
合計56万7,000円