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釧路地方裁判所網走支部 昭和45年(人)1号 判決 1970年8月18日

主文

請求者(被拘束者)を直ちに釈放する。

事実

第一、(当事者の求める裁判)

一、請求者の申立

主文第一項と同旨の判決。

二、拘束者の申立

「請求者の請求を棄却し、請求者を拘束者に引渡す。」との判決。

第二、(当事者の主張)

一、請求者の主張

請求者は、何ら暴言、暴行、無理または不法な言動をしていないのにかかわらず、昭和四五年四月一〇日拘束者から診察も受けずに、面接約四〇秒後に数名の者から無理に麻酔注射をされて、頭書の住所から拘束者が院長として管理する北海道立向陽ケ丘病院に入院させられ、現在に至るも外出、外泊を拒否された拘禁および強要が続いている。拘束者が監禁後に明らかにした請求者の入院理由は、<1>請求者が他人の店で不法に開店の準備をした。<2>請求者の亡父角川与三吉が請求者の実妹佐藤保子方に設置した美幌電話局加入電話権に関する、請求者の右電話局課長および右保子の夫佐藤武四との話し方が尋常でない。<3>請求者が、札幌市立精神病院「静療院」を昭和四三年一〇月一〇日脱走していたので、保健所で捜していたところ、その旨美幌保健所から通報がなされた。<4>入院は、請求者の長兄角川義則の同意によるものである。というものである。しかしながら、拘束者が請求者の入院理由として述べた前記<1>の点について、請求者が入居した建物(店舗)は右亡父角川与三吉の遺産で、請求者も共同相続人の一人として相続権があり、かつ右請求者の入居する建物部分は空家であるから、遺産分割によりその所有権の帰属が決定するまで合法的に居住することができるのであり、この事実は、弁護士津村浩司に相談したところ、合法的である旨了解を受けている。次に前記<2>の点について、亡父名義の電話加入権に関する美幌電話局での同局課長との話し合いは、公衆電気通信法を十分審議したうえのもので、暴言、暴行はなく紳士的に進行し、最終的には、現状維持の状態で亡父名義のまま実妹佐藤保子経営のカドカワ薬粧店内に設置のままにしておくことに決定したものである。次に前記<3>の点について、請求者は、静療院脱走後、東京において一年半勤労生活(内六ヶ月は、日産自動車座間工場勤務)をしていたが、その間数人の精神医に診察を受けるも、請求者が精神病者とは認められない旨の診察を受けており、また<4>の点については、札幌、網走の家庭裁判所から昭和三四年五月から昭和四三年一〇月までの間、請求者に対する保護義務者選任の申立がなされていない旨の証明がなされている。

以上の事実は、拘束者および担当医駒井澄也に説明したのであるが、駒井医師は請求者を精神分裂病と診断し、しかも、請求者の再三の要求にもかかわらず、右症状の概要について、拘束者と共に何らの説明をしない。そして、強制入院以来四月二二日と同月二四日に佐藤保子、角川義則、釧路家庭裁判所網走支部、津村弁護士宛への電話は認められたが、それ以後の通話を禁止され、外出、外泊も禁止されている。しかし、拘束者が請求者を精神分裂病と診断したのは、請求者の妹婿である訴外佐藤武四が、請求者を故意に入院させるために、左記の如き通報をしたことに対し、拘束者が誤つてこれを正当なものとしたことに基因するものである。即ち、前記のごとく請求者が電話架設申請のため美幌電報電話局に赴きその交渉中、右訴外人が電話局に対し、請求者が異常者である旨通報したため、右電話局から美幌保健所へその旨通報され、同保健所から拘束者へ再通報されたこと、また、前記亡父遺産の建物に対する請求者の入居について、右訴外人は、請求者の異常性にもとづく不法居住として、美幌保健所へ通報し、同保健所から拘束者へ再通報されていることである。以上の事情で、請求者は精神分裂病ではなく、拘束者の請求者に対する精神分裂病の診断は誤診によるものであり、従つて、右誤診による診断書を基にして釧路家庭裁判所網走支部のなしたところの角川義則を請求者の保護義務者に選任する旨の決定は不適法であり、同被選任者がなした請求者を拘束者管理の病院に入院せしめる同意もその効力はないから、拘束者の主張する同意入院も無効である。

よつて、速かに人身保護法による審問を開始のうえ、前記申立とおりの裁判を求める。

二、拘束者の主張

拘束者は請求者を昭和四五年四月一〇日午前八時より北海道立向陽ケ丘病院に拘束した(同年五月一六日午後〇時三〇分仮釈放)が、拘束の理由は、請求者が精神分裂病者なるがゆえである。およそ、精神病の診断は、既往症、家族や患者周辺の第三者の陳述、患者自身の精神的現在症を綜合してなされるところ、精神的障害は大なり小なり行動の異常として現われ、しかもその異常性を患者が自覚しないことが多いため、特に、既往症や家族ら第三者の陳述は極めて重要である。拘束者は、請求者を入院させる以前において、同人の入院病歴を詳細に見て請求者が分裂病の既往症を有していることを知つており、また、請求者の実妹佐藤保子から、請求者の診察依頼の際、請求者が、充分な資産もないのにスーパーマーケットを始めると称して看板を依頼したり、再三にわたり電話局に赴いて電話の架設を要求し、同局員から変に思われた事実を聞き知り、同事実を、美幌保健所予防課長塩田正徳、美幌警察署防犯係長井上巡査部長によつて確認したほか、請求者が、相手かまわず、家族への影響を考えず訴訟を繰り返えしている現症状から請求者が、精神分裂病の増悪で、その主症状は、好訴妄想と判断したのである。そして、請求者を当病院の閉鎖病棟に入院させたのは、請求者に自己の病識がなく、治療を拒絶するため、入院治療を必要とすることと、請求者を放置するには、訂正不能の誤つた判断による異常行動から、詐欺などの罪を犯し、社会に迷惑をかけるおそれがあると判断したからであり、かつ、請求者の保護義務者角川義則から入院治療継続の依頼があつたからである。

以上のとおりで、請求者の拘束が不法であるとの本件請求は、理由がないから、前記の判決を求める。

第三、証拠(省略)

理由

一、拘束者が、昭和四五年四月一〇日請求者を精神分裂病者と判断し、請求者の拒否にもかかわらず、請求者の頭書住所から拘束者が院長として管理する北海道立向陽ケ丘病院閉鎖病棟に入院せしめた事実は、当事者間に争いがない。

二、拘束者は、請求者を入院させた理由として、<1>請求者が好訴妄想を主症状とする精神分裂病者であること、<2>請求者に病識なく治療を拒否するため、入院による治療を必要とすること、<3>請求者の右病患による異常行動により、社会に迷惑をかけるおそれがあること、<4>請求者の保護義務者からの入院治療の依頼があつたことを摘示するのである。

三、ところで、成立に争いなき疎乙第一号証、署名、捺印の存在により真正に成立したものと推認できる疎甲第五号証に請求者の供述によると、請求者が、いずれもその意思に反して北海道向陽ケ丘病院に精神分裂病の病名で、昭和三二年八月二一日第一回の入院(同年一二月一二日退院)を、昭和三四年八月二五日第二回の入院(昭和三五年六月一四日退院。請求者の供述によると、請求者は、不法入院であるとして脱走して無断退院)を、同年七月二二日第三回の入院(昭和三六年九月一九日退院。請求者の供述によると、請求者は前同様に無断退院)を、昭和三八年二月九日第四回の入院(同年三月一三日退院。請求者の供述によると、請求者は、同日札幌市立精神病院「静療院」に転院させられ、昭和四三年一〇月一〇日前同様に無断退院)をしたこと、本件入院が五回目の入院であることは認められるが、右各入院に際し、請求者が、真実精神分裂病者であつた点について、これを確認できる資料はない。殊に本件入院につき請求者が好訴妄想を主症状とする精神分裂病者であるとの拘束者の主張は、以下の認定事実並びに証人長良仙弥の証言に照らして、俄かに措信できないものがある。

四、先づ、拘束者は、請求者の精神分裂病の増悪症状の一つとして、請求者が充分な資産もないのにマーケット開設に着手した事実を指摘するが、本件準備調査の結果、当裁判所の知り得た事実に成立に争いない疎甲第二号証、同第四号証の一ないし五、疎乙第七、第八号証、同第一一号証の一に請求者の供述によると、請求者の実父亡角川与三吉は、美幌町に二筆の宅地と同地上の三棟の建物(内二棟は店舗、一棟は店舗兼居宅)を有し、昭和三四年二月九日頃死亡したが、兄角川義則が妹佐藤保子と図つて、その一部を同保子の所有にしたことから現に右両名と請求者との間に紛争中であり、一部は、請求者が現に居住する建物がいまだ右与三吉名義遺産として残り、現在釧路家庭裁判所網走支部に遺産分割の調停が係属していて、請求者は、右遺産相続分を担保として金融機関から金策し、これを資本に請求者の居住建物内でマーケットを開設しようとしたものであること、しかし、金策が得られないため、商品の買付けが出来ず、現在では、既に美幌町内に幾つかのマーケットが存在しているため事業として成功の見込みのないことを、自ら悟り、中止を決定しているのであつて、右事業の思い付きに幾分軽率な点がないではないが、これをもつて直ちに請求者の精神分裂病の徴候と判断するには賛成できない。

五、次に、拘束者は、請求者が執拗に電話加入権の交渉をなし、電話局員から異常に思われた事実を指摘するが、右のような事実がなかつたことは、請求者との交渉に当つた証人定梶和夫の証言に請求者の供述によつて明らかであり、むしろ、右同人の証言に当裁判所が準備調査の手続中知り得た事実によると、請求者との間に、亡父角川与三吉の遺産たる美幌電話局電話加入権の承継を争つた前記佐藤保子は、請求者とは特に仲が悪く、右電話局員に請求者が精神病院の退院者であることを通報したうえ、請求者が当裁判所の仮釈放決定により向陽ケ丘病院を仮退院する事実を知り、その仮退院の前日、俄かに美幌電話局員を誤信させ、自己名義に電話加入権名義変更の手続を終えて了つたことが認められるのであつて、殊更請求者の異常性を誇張して拘束者らに告知した疑いがある。

六、次に、拘束者は、請求者の分別のない訴訟提起を指摘するが、本件全疎明資料を検討するも、請求者が、裁判所に訴提起ないしそれと類似の行為をしたのは、前記遺産分割調停の申立のみであつて、同申立には充分理由が認められる。しかし、当裁判所の準備調査により知り得た事実に疎乙第六号証および請求者の供述によると、請求者が、昭和四五年三月一七日頃前記角川義則と佐藤保子を刑事告訴している事実が認められるが、請求者は、前記札幌静療院から逃走後、東京で稼働し、昭和四四年八月から日産自動車座間工場で工員となつて生計を立てていたところ、昭和四五年一月中旬亡父の遺産相続の整理のため右工員を止めて来道し、暫時不法入院を警戒して、札幌に落ち着いていた後、釧路家庭裁判所綱走支部に遺産分割調停の申立をなし、同裁判所の呼び出しに応ずるため美幌町に帰つて来たのであるが、前記第四項中に触れたように、右被告訴者両名が、本来請求者に帰属すべきとする亡父の遺産を勝手に処分したことを知つてなした告訴であつて、この種の刑事告訴は、応々にしてこのような紛争に自己に有利な解決を狙つて、当事者の一方から、あるいは双方から申立られることがあり、前認定の右告訴の動機を合せ考えれば、右告訴が必らずしも請求者の精神異常を示す徴候とは認められない。

七、次に、前掲証拠に疎乙第一〇号証によると、請求者が、昭和四五年三月九日前記札幌静療院の院長と他一名の医師を殺人未遂として、また同年五月一二日本件拘束者と担当医駒井澄也を公務員職権濫用、監禁等で、それぞれ刑事告訴している事実が認められるけれども、前者は、五年七ヶ月にわたつて適式な保護義務者の同意がないのに強制的に札幌静療院に入院させられ(請求者は、電気療治のほか、投薬を拒否すると、強制的に口を開けられ薬を水で流し込まれたということである。)、その間、請求者が右入院が不当であるとして求めた数限りのない救済方法は、すべて右両医により拒否され、遂には脱走によりかろうじて自由の回復を得たものであり、もし、請求者が脱院できなかつたときには一生不法入院のまま病院内にて生涯を終える危険があつたとし、また、将来における再度の不法入院を予防する趣旨から、告訴したものであり、後者は、成立に争いない疎乙第六ないし第八号証のとおり、請求者が、本件入院が不当入院であることを理由を示して説明し、また同種入院で既に札幌静療院長らを告訴している旨告げて警告し即時釈放を拘束者らに要求しても、拘束者らが請求者の要求を無視して釈放しなかつたため告訴するにいたつたもので、請求者の右各告訴は、請求者が法律専門家でないところから、その内容に問題点がないとはいえないが、告訴にいたつた事情は充分理解できる。

請求者は、本件入院前の四回にわたる入院のうち二回以後の入院は、すべて脱走によつて自由の回復を得たものであり、特に長期間にわたつた札幌静療院からの脱走後はこれまでの経験から将来同種の不当入院を避けるため、法の力によって自己の身の安全を守るほかないことを考え、六法全書を購入して研究し、前記各告訴ならびに本件人身保護請求をなしたものであつて、これらが、拘束者のいうように請求者の精神分裂病にもとづく好訴妄想の現われとは認められない。

もし、請求者が本件人身保護請求に考え及ばなかつたとすると、請求者は依然として、拘束者の下に精神分裂病者として入院拘束を受け続けているであろうことは充分予想できることであり、しかも、当裁判所が準備調査において拘束者を審尋した際、拘束者が、請求者の治療として、場合によつては、請求者の前頭葉切除というロボトニー治療を考えている旨を当裁判所に述べた事実を合せ考えると、右請求者の入院継続の危険性に思い及ばざるをえないのである。

八、当裁判所は、本申立事件の特性にかんがみ、請求者を仮釈放し、審問手続においてやや長期の審理期間を採用し、その間における請求者の行動を観察して来たのであるが、今日まで請求者について、社会生活上問題にすべき事実は全く窺知できず、(請求者が狂暴性は勿論、自傷、他傷等暴力的傾向を有しないことはこれまでの証拠により明らかである。)、審問期日にも毎日定刻までに出頭し、裁判所の訴訟指揮にもよく従い、自己主張のみ押し通すような事実は全く認められず、かつ、当裁判所が請求者のため附した国選代理人があるにもかかわらず、困難な本件手続行為をほとんど独力で遂行し、かつ充分その目的を果し得たのである。

九、一般的にいつて、人間の共同社会において、多少の異常行動をなし、社会に若干の迷惑をかける人々がいるとしても、元来この社会そのものが、多種多様な素質、思想、生き方を保有する人間によつて成り立つ社会であることを考えれば、異常行動が健全な一般人の判断により許容しうる範囲内にとどまる限り、他の干渉なくその行動を許さるべきであり、特に、自由の拘束によつて制限し排除できるとする異常行動はできる限り限定して解釈すべきは当然である。

この点において、請求者が、右一般社会により許容しうる行動をなしうる者であり、何ら自由の拘束を必要としない社会人であることは、以上認定の事実によつて明らかである。従つて本件入院につき保護義務者の同意がある事実は、本件入院を正当化すべき理由にならず、また請求者が、自己の病識がなく治療を拒否することを、本件入院の理由とする拘束者の主張も採用できない。

以上のとおりであるから、請求者の本件請求は理由があり、請求者は即時拘束者の拘束から釈放さるべきである。よつて、人身保護法第一六条三項、第一七条を適用して、主文のとおり判決する。

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