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釧路家庭裁判所北見支部 平成16年(家)16号 審判 2005年1月26日

申立人 A

相手方 B

被相続人 C

主文

相手方を被相続人の推定相続人から廃除する。

理由

第1事案の概要

1  一件記録によれば、本件申立ての前提となっている事実として、以下のとおり認められる。

(1)  相手方は、被相続人の夫で遺留分を有する推定相続人である。被相続人の推定相続人には、他に被相続人と相手方の間の長女である申立外Dがいる。

申立人は、弁護士であり、被相続人がした平成13年11月16日付け遺言公正証書による遺言により遺言執行者と指定され、平成14年3月23日に被相続人が死亡して相続が開始したことにより、その任務に就いたものである。

(2)  被相続人は、上記遺言公正証書において、<1>その有する一切の財産をDに相続させること、<2>相手方を推定相続人から廃除すること、<3>遺言執行者として申立人を指定すること、以上の内容の遺言をした。

上記遺言公正証書に記載された相手方を推定相続人から廃除する具体的な理由は、相手方において、被相続人が「癌末期の病状にあり、低温、雑菌のある生活環境を避けるべき状況にあるにもかかわらず、暖房費がもったいないなどとして極めて劣悪な環境の中に生活させるなどの肉体的虐待を加え」たことの他、相手方の前妻との間の長男である申立外Eに対し、「はらわたが腐っているので、黙っていてもまもなく死ぬので慰謝料など支払う心配はない。ビタ一文出す値のない女である。」と言ったり、同じく長女である申立外Fから「安心して療養し、せめて綺麗な中で送ってあげたらどうですか。」と言われたのに対し、「その必要もないし、気持ちもない。夫婦のことに口を出してくれるな。」と言うなどの精神的虐待を加え続けたというものである。

(3)  なお、被相続人は、平成13年11月30日、申立人を訴訟代理人として、相手方に対し離婚等を請求する訴訟を提起し(釧路地方裁判所北見支部平成13年(タ)第○○号)、原告(本件被相続人)及び被告(本件相手方)の各本人尋問並びにEの証人尋問がなされたが、その終結前に被相続人が死亡したため、同訴訟は終了したものである。

2  申立人は、上記遺言に基づき、遺言執行者として、相手方が被相続人に対し上記1(2)記載のとおりの虐待を加えたとして、相手方を被相続人の推定相続人から廃除する旨の審判を求めた。相手方は、被相続人に対して上記遺言公正証書に記載されたような虐待を加えたことはない旨争っている。

第2当裁判所の判断

1  一件記録並びにE、F及び相手方に対する審問の結果によれば、申立人主張の廃除事由の有無に関連する事情として、以下のとおりの事実が認められる。

(1)  被相続人と相手方は、昭和53年1月30日に婚姻し、長女D(昭和56年×月×日生)をもうけた。なお、相手方にとっては2度目の婚姻であり、前妻との間にEとFの2名の子がいた。

被相続人、相手方及びDは、婚姻後に中古住宅を購入し、以後平成13年2月(後記(6)参照)まで同居した。相手方は、中学校の音楽教師(平成3年退職)をしていたが、趣味と称して使用済みの畳、ふすま、釣り船の残骸等の廃品を集めてはこれを家に持ち込んだり、廃品等を使って自転車等を作ったり、小型飛行機の免許を取って、高額の小型飛行機を購入するなどする一方、必要な出費を出し渋るなど、周囲からは通常でない生活態度であるとみられていた。もっとも、平成11年までは、被相続人はこれを少なくとも認容していたようであり、相手方との間に表だって深刻な対立があったとは見受けられない。

(2)  被相続人は、平成11年11月に末期の卵巣ガンの宣告を受け、入退院を繰り返しながら、2度の手術や化学療法により治療を受けた。被相続人の病状については相手方も認識していた。

(3)  相手方は、平成11年ころから、冬季の暖房代の節約と称して、自宅の居間をビニールシートでテントのように囲み、その中のみを暖房したり、集めてきた廃材を燃やすなどするようになった。相手方は、日々このビニールシートの中で生活しており、中でたばこも吸っていた。なお、相手方は、前妻と離婚する前にもこのような生活態度を取ったこともあった。

被相続人は、平成12年3月に退院したが、相手方の上記の生活態度は変わることはなく、被相続人はやむなく居間の隣の暖房の行き渡らない部屋で療養していた。被相続人は相手方に対し、ビニールシートを外し、暖房を入れ、家を清潔にしてほしい旨言っても、聞き入れることはなかった。

翌冬(平成12年から平成13年)においても、相手方は、自宅において上記同様の生活を続け、被相続人はビニールシートの外で療養していた。

(4)  Fは、父の後妻である被相続人と同居したことはなかったが、10年前くらいから札幌に住むようになったことから、数回被相続人らの自宅を訪れたり、被相続人と電話で連絡をとるなどするようになった。被相続人がガンの闘病生活に入った後は、被相続人が相手方の生活態度についてFに不満を述べるなどしたこともあった。

Fは、同じく札幌在住のEとも数回連絡をとり、闘病中である被相続人の療養環境を心配して、相手方の生活態度について話し合うなどしていた。両名は、平成12年末ころに、××町在住の被相続人の実兄である申立外Gとの間で、被相続人の療養環境につき相談をしていた。

E及びFは、それぞれ何度も、相手方に対し、現在の生活態度を改めて、被相続人が療養できる環境を作るよう忠告したが、相手方は「夫婦のことに口出しするな。」などと言ってこれを聞き入れなかった。

(5)  相手方は、被相続人が闘病生活に入った後、Eの上記忠告に対して、「(被相続人は)五臓六腑が腐ってて、どうにもならんのだわ。」「黙っていてもまもなく死ぬんだから。」などと言ったことがあった。また、相手方は、被相続人に対し、「死人に口なし」とか、「(被相続人が治療の副作用のためにカツラを買ってほしいと頼んだのに対し)何時死ぬか分からない人間にカツラは必要ないだろう」などと言ったこともあり、保険会社の者に対し、被相続人のいる前で被相続人の死亡保険金の話をしていたこともあった。

(6)  平成13年2月初旬、相手方は、その自宅において、Dが使っていた電気ストーブを取り上げ、「家には昼間電気を使う金などない。寒くて勉強できなかったら出ていけ。」などと言ったため、被相続人はDとともに自宅を出ることを決意し、その日の夜中、被相続人はGに電話をかけて助けを求めた。Gは、被相続人らの自宅に駆け付け、相手方の張ったビニールシートや、被相続人とDが暖を取れずにいる状況等を現認して、被相続人とDを連れ出すこととし、両名を××町内の自宅へ連れて行った。

(7)  被相続人とDは、平成13年2月末ころから、被相続人の入通院の便宜のために、△△市内にアパートを借りて居住した。相手方が被相続人側に自宅に戻るよう申し入れたこともあったが、EやFの説得にもかかわらず、自宅の環境の改善を拒否したため、被相続人が自宅に戻ることはなかった。かえって、被相続人が再度入院した際には、医師の措置により、相手方の面会を拒否されることもあった。

相手方との別居後、被相続人は、ガン闘病のかたわら、E、F及びGの勧めもあって、相手方との離婚を決意し、当庁に調停を申し立てたが、相手方が出頭を拒否したため調停不成立となった。そして、被相続人は、申立人を訴訟代理人として、離婚訴訟を提起したが、その終結前に死亡してしまった(第1の1参照)。

2  上記認定事実に照らして考察するに、まず、相手方は、被相続人が末期ガンを宣告された上、手術も受けて退院し自宅療養中であったにもかかわらず、平成12年3月以降平成13年2月までの間(この間、寒さが厳しい時期が2度あったことになる。)、上記1(3)のとおりの療養に極めて不適切な環境を作出し、被相続人にこの環境の中での生活を強いていたのであって、このような行為は、客観的にみても虐待と評価するほかない。なお、相手方は、居間にビニールシートを張り巡らせてその中のみを暖房していたこと等について自認している一方で、被相続人に対しては療養に適した環境を作っていたとか、被相続人もこの環境に満足していたなどと主張し、さらには、被相続人が自宅を離れたのは、Gが被相続人の財産を狙って被相続人をそそのかしたからであり、離婚の申立てや本件廃除の申立ても同様であるなどとも主張しているが、そのような主張内容自体が不合理であり、G、E及びFの陳述内容や被相続人の離婚訴訟時の陳述内容にも反するから、到底採用することはできない。

次に、相手方は、上記1(3)(4)(7)のとおり、被相続人本人からの不満や、E、Fらの再三の忠告にもかかわらず、上記1(3)のとおりのビニールシートを使った生活を継続し、また、上記1(5)のとおり、被相続人が死んでも構わないなどという趣旨の、その人格を否定するような発言もしている。これらの事情に照らせば、相手方には、自ら闘病中の被相続人に対し虐待をしていると認識していたのはもちろん、これを積極的に認容していたと評価するほかない。

そして、相手方の被相続人に対する上記虐待行為は、その程度自体も甚だしく、相手方に推定相続人からの廃除という不利益を科してもやむを得ないものと考えられる。また、上記1(6)(7)のとおりの経過に鑑みれば、被相続人は、平成13年2月以降死亡するに至るまで、相手方との離婚につき強い意思を有し続けていたといえるから、廃除を回避すべき特段の事情も見当たらない。

3  以上検討したところによれば、相手方が被相続人に対し虐待を加えたもので、かつ、これが推定相続人の廃除の要件たる「虐待」に当たることは明らかである。

第3結語

よって、当裁判所は、参与員○○○○、同□□△△の意見を聴いた上、主文のとおり審判する。

(家事審判官 柴田雅司)

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