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長岡簡易裁判所 昭和37年(ハ)217号 判決 1963年7月05日

原告 今井鹿蔵

被告 日本電信電話公社

訴訟代理人 河津圭一 外六名

主文

原告の本訴請求中電話加入権質の登録抹消を求める部分を棄却する。

原告その余の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告代理人は「被告は新潟県見附電報電話局電話加入権六十一番につき訴外新潟県信用組合の極度額十万円の質権を抹消の上原告に名義変更をする手続をしなければならない。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求めた。

二、被告代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

第二、当事者双方の事実上及び法律上の主張

一、原告代理人は請求の原因として次のとおり述べた。

(一)  訴外山田喜一申請に係る新潟地方裁判所長岡支部昭和三十七年(ル)第二三号(ヲ)第三一号電話加入権差押命令並びに換価命令事件における見附電報電話局電話加入権第六十一番の競売手続において,原告は同三十七年八月二十四日右電話加入権を金六万円で競落し即時代金を完納して右電話加入権を取得した。

(二)  そこで、原告は同三十七年八月二十五日頃被告公社見附電報電話局に対し、右競落による権利取得に基づき、原告に対する電話加入権譲渡の承認申請書を提出し、その承認を求めた。

(三)  被告は右申請に基づき右電話加入権について訴外新潟県信用組合のためになされた極度額十万円の質権設定登録を抹消の上原告に名義変更をする手続をすべきであるのに、その手続をしない。よつて本訴により被告に対し右手続をなすことを命ずる裁判を求める。

(四)  原告の法律上の主張は、要するに、電話加入権質は、当該電話加入権に対する換価命令に基づく強制競売手続において、競落により消除さるべきであるというにあり、その詳細は別紙第一原告代理人作成昭和三十八年六月七日付準備書面のとおりである。

二、被告代理人は答弁として次のとおり述べた。

(一)  請求原因(一)の事実中、原告が主張の電話加入権差押命令並びに換価命令事件における見附電報電話局電話加入権第六十一番の競売手続において、主張の日主張のとおり右電話加入権を競落したことは認めるが、競落代金を完納して右電話加入権を取得したとの点は争う。電話加入権の譲渡による権利取得は、当事者の申請に基づいてなされる被告公社の承認が効力発生要件である(公衆電気通信法第三十八条、昭和二十八年八月一日日本電信電話公社公示第一五〇号電信電話営業規則第二百二十四条)。

(二)  請求原因(二)の事実を争う。訴外山田喜一から口頭で承認の申請があつたにすぎず、原告から適式の書面に基づく申請はなかつた。

(三)  請求原因(三)の主張を争う。電話加入権質登録の抹消手続は、当事者の申請に基づいてなすものである(電話加入権質に関する臨時特例法第五条、第六条、同法施行規則第八条、第九条、第十一条)ところ、原告主張の質権については何らその申請かなされていない。

(四)  被告の法律上の主張は、要するに、電話加入権質は、当該電話加入権に対する換価命令に基づく強制競売手続において、競落により直ちに消除さるべきではない、というにあり、その詳細は別紙第二被告代理人作成昭和三十八年六月七日付準備書面のとおりである。

第三、証拠の提出、援用、認否<省略>

理由

一、原告は、本訴により被告に対し本件電話加入権につき訴外新潟県信用組合の極度額十万円の質権登録を抹消すべきことを求めるのであるが、その理由として電話加入権質は当該電話加入権に対する換価命令に基づく強制競売手続において、競落により消除さるべきであるというのである。

よつて按ずるに電話加入権質権者が当該電話加入権に対する換価命令に基づく強制競売手続において、競落により質権消滅の効果をうけるものとするときは、質権者を当然に右競売手続の電話加入権換価代金より債権の弁済をうくべきものとしなければならないが、かかる法律上当然の配当加入は民事訴広法第六百四十九条第二項、国税徴収法第百二十四条のごとき規定により担保権の消滅が法律上明文によつて強制されている場合を除き、みだりにこれを認めるべきではない。けだし、権利は権利者の意思により変動の生ずるをもつて原則とすべきであり、法律における強制競売上の政策的規定により変動を生ぜしめることがあるのは、なお右の原則に対する特則と解すべく、これを類推拡張することは慎重でなければならないばかりでなく、不動産上の先取特権・抵当権と異り電話加入権質は電話加入権質に関する臨時特例法第二条第三条に規定するごとく質権者の範囲も限定され、かつ、同一の電話加入権に二以上の質権の設定を禁止されているので、消除主義の長所とされる競売のくり返しを避け費用の節約や競売を容易ならしめる点よりも、むしろその欠点とされる優先権者がその意に反した時期に不十分にその投資の回収を強要される点を配慮すべきである。そうだとすると、民事訴訟法上は電話加入権質は当該電話加入権の公売処分によつて法律上当然には消滅しないことを原則とし、質権者がその被担保債権をもつて適法に配当要求をし換価代金より債権の弁済をうけたときは質権が消滅し質権の登録抹消がなされるべき筋合であるから例外として質権は消滅するものと解すべく、この場合執行裁判所において職権で質権の抹消登録を嘱託すべきである。本件差押換価命令手続において、質権者が被担保債権をもつて適法に配当要求をし換価代金より債権の弁済をうけたこと、及び電話加入権質に関する臨時特例法第六条第一項に基づき質権消滅の登録の請求が書面でなされているにもかかわらず被告公社において右登録をなさないことは原告の主張しないところであり、畢竟原告の主張する理由をもつてしては被告公社に対し質権登録の抹消を請求すること自体失当であるといわなければならない。

二、次に、原告は本訴により被告に対し電話加入原簿に原告名義の加入者変更登録をすべきことを求める。

よつて按ずるに、公衆電気通信法第四十条第一項は「公社は郵政省令で定めるところに従い電話加入原簿を備え、電話加入権に関する事項を登録しなければならない」と規定するにとどまり、同法は電話加入権質に関する臨時特例法第五条の規定、すなわち「電話加入権を目的とする質権の設定・変更・移転又は消滅は電話取扱局に備える原簿に登録しなければ日本電信電話公社その他の第三者に対抗することができない」というが如き規定を設けていないのであつて、電話加入権の権利変動・公示のために電話加入原簿の作成備付並びに登録すべきことを命じたものと解すべきではなく、公社に対し、内部的事務処理方法を命じたものと解すべきである。そうだとすると、電話加入原簿に加入者として登録されたとしても、電話加入権質原簿・土地建物登記原簿・自動車登録原簿等に登記・登録されることによつて付与される如き権利の公示・対抗要件を得られるものではなく、単に権利の帰属に関する証明方法を得るにすぎないものというべきである。けだし、公衆電気通信法第三十八条第一項及び第二項は「電話加入権の譲渡は、公社の承認を受けなければ、その効力を生じない」。「公社は、前項の承認を求められたときは、電話加入権を譲り受けようとする者が電話に関する料金の支払を怠り、又は怠るおそれがあるときでなければ、その承認を拒むことができない」と規定し、同法第三十八条の二、第三十八条の三第一項ないし第三項によると、右譲渡の承認の請求は書面によるべきものとし、電話取扱局はその書面を受け取つたときは、受け取つた順序により、その書類に受付年月日及び受付番号を記載するとともに、承認を受付番号の順序によつてなし、かくなされた譲渡の承認は、滞納処分・強制執行による差押又は仮差押若しくは仮処分との関係においては、承認請求書を受け取つた時にされたものとみなす旨を規定しているのであるから、加入者は右公社の譲渡の承認を得ることにより第三者に対抗する要件を具有するに至るものというべく、公社において内部事務処理方法として右承認の結果を電話加入原簿に登録する名義書換の手続を訴求する法律上の利益を有しないものというべきである。

なお、加入権の譲渡をうけた者は、公社が公衆電気通信法第三十八条第二項の事由がないのに譲渡承認の請求に応じないときは、公社に対し承認をなすべき旨を訴により請求し、右勝訴判決の確定により承認の効果を主張しうべきであるが、原告の本訴における主張立証の全趣旨に照し、右の場合に該当するものとして公社に対し右譲渡の承認を求める趣旨でないことは明らかである。(もつとも、成立に争いのない乙第六号証、証人小林昭偉、同山田喜一の各証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和三十七年八月二十五日頃被告公社見附電報電話局に対し、同月二十四日開催の新潟地方裁判所長岡支部昭和三十七年(ル)第二三号(ヲ)第三一号電話加入権差押、換価命令事件競売期日において本件電話加入権を金六万円で競落し即時代金を完納した旨の執行吏作成の電話加入権競売調書(乙第六号証)の謄本を添付し電話加入権譲渡承認請求書を提出しようとしたのであるが、その際被告公社係員より本件電話加入権には質権の登録があるから、電話加入権質に関する臨時特例法第八条所定の質権者の承諾を得なければ右承認請求は不適法であつて譲渡の承認は与えられない旨の説明をうけ、質権の設定登録のあることを知るに至つたこと、証人小林昭偉の証言によると本件電話加入権の競売当時の市場価格は十二、三万円というのであるが、弁論の全趣旨に照し、それ以上の価格であるとは認められないこと、成立に争いのない乙第一、第四・第五・第七号証、証人押見寛の証言によると右電話加入権差押・換価命令事件においては訴外三条社会保険出張所長の差押が先行し、かつ、同所長より債権額四万二千三百円の交付要求のなされたことのほか、訴外新潟県信用組合の極度額十万円の質権登録の存在を全く知らず質権が存在しないものとして最低競売価格を決めた上競売手続を終了するに至つたのであつて、もとより右質権による被担保債権現在額は本件証拠によるも不明であるが、その額いかんによつては、本件電話加入権の価格より手続費用、右被担保債権額及び前記交付要求額を控除すると余剰がなく換価命令を発する余地がなかつたであろうこと、の各事実が認められ、右の事実によれば、原告は質権者の承諾を得て被告公社の譲渡承認を得た上、将来質権が実行せられて加入権を失うときは民法第五百六十八条第五百六十七条を準用してその救済を求めるほかはないと思われる。)

三、以上の次第であるから、原告の本訴請求中、電話加入権質の登録抹消を求める部分は理由がないから棄却すべく、その余の電話加入原簿の名義変更を求める訴は不適法として却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 早瀬正剛)

別紙第一

(原告代理人作成昭和三十八年六月七日付準備書面)

電話加入権が換価命令の実施によつて競落されて、原告がその権利を取得したので、電話加入権に附着した質権が競売によつて消滅するや否やが本件の重点である。

これは訴訟上の理論によつて統一的に断定すべきもので便宜的に考えられるべき筋合の問題ではない。

民事訴訟法では競売を妨げる権利を有する者には第三者異議の訴や、優先弁済請求の訴や、又は配当に対する異議、執行方法に対する異議等の手続を認め、又その保全として執行停止の制度を採つているので質権者が競売に不服の場合には如上の各制度に到つて適法な手続をしない限り競売は完結し、物件に附着した一切の制限はなくなる建前である。電話加入権の競売に於て執行裁判所が質権の調査をしなかつた場合にはどうなるかは右の理由によつて決めるべきもので質権者の不満は損害賠償等他の方法によるべきものである。

稍々もすると質権が目的物より優先弁済を受ける権利なることの実体法的競売のみに着眼して質権の満足を受けなければ抹消の義務のない様な議論をする者があるけれ共、例えば不動産競売に於ける抵当権、質権の如く競落許可が確定して了えば配当の問題のみとなつて当然抹消されるし、動産に対する質権の如く留置的効力を内容とする優先権の場合とは自ら性質が異るものである。

本件の場合には権利質であるから寧ろ抵当権の場合に準じて解釈せられるべきものであるから競売によつて質権は消滅するものである。

別紙第二

(被告代理人作成昭和三十八年六月七日付準備書面)

電話加入権質は、目的たる電話加入権の強制競売によつて消滅しない。

一、電話加入権については電話加入権質に関する臨時特例法により一定の制限の下に質権の設定が認められている。しかして、右質権はその目的が電話加入権という債権である関係上これを民法の類別に照せば権利質(殊に債権質)に該るものと言うことができよう。もつとも、電話加入権は厳密には単なる債権と異り、電話加入契約という双務契約をその土台とし、かつ、公社に対して場所的に定まつた特定施設の利用を伴う継続的サーヴイスを請求し得る一種の地位であるから、これを目的とする電話加入権質には一般の債権質と規律内容において自ら差があることは当然である。すなわち右特例法によれば、電話加入権質は、加入者による加入電話の利用を妨げることなく、右債権の交換価値を把握することをもつてその目的とし、債務者が被担保債権の弁済を怠つたときは電話加入権を処分することによりその満足を受ける担保権として構成されており、なお、その他電話加入権の譲渡の承認、加入電話の種類の変更等の請求については質権者の承諾が必要条件とされ、質権の変動の対抗要件としては電話取扱局備付の原簿への登録が必要とされる等の特別の処遇がなされている。

二、かように電話加入権質は目的物を直接に支配し又は収益する権能を含まず、その意味でその担保作用の実質は抵当権に類するものであるが、しかし、その故をもつて、電話加入権について強制競売が行われる場合、この質権が抵当権と同様目的物の売却に困り消滅するものと解することは失当である。

(イ) なるほど電話加入権質は右述にかかるところではその実質が抵当権に類似する。しかし、それはその範囲内でものを見たときのことであつて、電話加入権質は法律上あくまでも質権として定められているものであるし、また、強制競売の場合にある担保権が売却に因り消滅するか否かは、押保権者がその目的物を占有、収益していることの論理的結果によるものでもないから、右のような点を把えてにわかに電話加入権質をもつて強制競売上抵当権と同一に取扱うべきものと即断することは許されない。

(ロ) おもうに、質権の目的物か任意譲渡される場合買受人は当然その物の所有権を質権付の状態で取得するものであつて、そのことは質権の目的物が電話加入権である場合にも変りが無い(これを当然の前提としたうえで、前述のように、電話加入権の譲渡につき質権者の承諾が必要とされているものである)が、強制競売による譲渡の場合の担保権の存続如何は立法上必ずしも任意譲渡の場合と同一に扱われなければならぬ理由は無く、いわゆる消除主義をとることも立法的には可能である。しかし、法が敢てその点について特段の定めをしない限りは、強制競売の場合においても、質権が当然売却により消滅すべき関係は無く、質権は売却にかかわらずその後も目的物の上に存続するものと解するのが相当であろう。

しかるところ、民事訴訟法は不動産質権について、消除主義とは反対に引受主義をとることを宣明している(六百四十九条四項)が、権利質については何ら触れるところが無い。

しかし、右規定は敢て不動産質権に限つて引受主義をとり、その余の質権については消除主義をとるという積極的意味が有るものとは到底解し難いから、結局法は債権質その他の権利質についてはその強制競売の場合の運命について特段の規律を設けていないものというべきであり、しかるときは、この場合の法律関係についても任意譲渡の場合と同様の実体的関係がそのまま適用されるものと解するのが相当であろう。

けだし、質権者は本来目的物の処分の時期、方法につき利害を有するものであつて、強制競売の場合明文なき以上、これを特に不利に扱うことはできないとともに、かように強制競売の場合質権者が競落人に対して権利を主張し得るということはこれをもつてなお質権の一効力と見るに妨げないと考えられるからである。この点に関して判例(大審院大正十四年七月三日判決)も質権付債権の転付の場合についてであるが、質権の目的たる債権もこれを転付することはできるが、後日質権の実行があれば転付を受けた者は被転付債権の弁済を受けられなくなるものとして、強制執行による譲渡の場合に質権がこれに因つて消滅せず存続するものなることを認めている。

(ハ) 右権利質について述べたことは本件電話加入権質についてそのまま言い得るところである。従つて、いま仮に質権の目的たる電話加入権の強制競売について、この種質権が登録により公示されている点に着目し、不動産に関する民事訴訟法第六百四十九条の規定を類推適用するものとすれば、その場合には同条第四項により競落人は質権の被担保債権弁済の責に任ずる関係となるものと解するのか相当てあり、いずれにしても、本件質権は本件強制競売によつて消滅せず本件電話加入権の上に存続しているものと考えるのが相当である。

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