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長崎地方裁判所 平成10年(行ウ)6号 判決 1999年2月09日

原告

犬束義隆

右訴訟代理人弁護士

中村尚達

迫光夫

被告

美津島町監査委員 中島孝欣

長町忠一

右両名訴訟代理人弁護士

福地祐一

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一  美津島町監査委員が、原告主張の本件却下処分をした事実は当事者間に争いがないところ、原告の主張によれば、本件訴えは、行政事件訴訟法第三条二項所定の抗告訴訟としての処分の取消しの訴えとして提起されたものであることが明らかである。そこでまず、この訴えの適否について検討する。

抗告訴訟は、「行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟」一般を指し(行政事件訴訟法第三条一項)、処分の取消しの訴えは、そのうち「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」の取消しを求める訴訟をいうものとされる。従って、処分の取消しの訴えが適法であるためには、まず、その行政庁の行為が右にいう公権力の行使に当たる行為であることが必要であり、当該行為が公権力の行使に当たる行為であるかどうかを判定しなければならない。この点、行政事件訴訟法は秀その判定について何ら具体的要件を規定しておらず、何がそのような行為に当たるかを解釈に委ねているが、抗告訴訟が、個人の権利利益が侵害され、あるいはこれが達成されない場合の救済のための訴訟制度であるということからすれば、「公権力の行使に当たる行為」とは「公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によって、国民の個人的権利義務あるいは法的地位に直接の影響を及ぼす法的効果を有するものをいう」と解するのが相当である。

この点、地方自治法第二四二条所定の住民監査請求は、普通地方公共団体の長その他の執行機関等の違法若しくは不当な公金の支出等の財務会計上の行為を防止あるいは是正するために、当該地方公共団体の住民に対し監査その他一定の必要な措置を講ずるべきことを請求することを認めた制度であるが、住民がこの制度によって監査等の請求をすることができるのは、自己の法律上の利益にかかわらない住民としての資格に基づくものであって、請求に対して監査委員が行う監査等あるいはその拒絶は、請求をした住民の個人的な権利義務あるいは法的地位に直接影響を及ぼすものではないと解される。

従って、監査委員が行う住民監査請求に対する却下処分は、行政事件訴訟法第三条二項所定の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」には該当しないことが明らかである。

二  なお、地方自治法第二四二条三項には、監査委員は、請求に理由がないと認めるときは、理由を付してその旨を、理由があると認めるときは、執行機関等にした勧告の内容を、それぞれ請求人に通知すべきこととされている。しかし、この規定は、住民監査請求をした請求人に監査の結果を了知させて、地方自治法第二四二条の二所定の住民訴訟を提起することの是非について判断させる資料を提供するための制度であるから、この規定によって、住民監査請求をした住民に対し、監査委員の監査等を受ける手続上の利益がその個人的な権利や法的保護に値する利益として保障されているとすることはできない。

三  原告は、住民監査請求により監査委員の実体的監査を受ける権利は地方自治法によって個々の住民に保障された個人的な権利であり、また適正な手続によって監査等を受ける手続上の利益は法的保護に値する個人の利益であると主張するが、住民監査請求は、前記のとおり、普通地方公共団体の住民に対し、自己の法律上の利益にかかわらない住民としての資格に基づいて請求することが認められた制度であるから、原告主張の監査委員の実体的監査を受ける権利あるいは適正な手続によって監査を受ける手続上の利益を、個人の権利義務や法的地位に関するものであるとすることはできないのであって、原告の主張は認めがたい。

四  また原告は「住民監査請求においては、違法のみならず不当な財務会計上の行為の是正が求められるのに対し、住民訴訟では違法な行為の是正しか求められないのであるから、住民監査請求の却下処分に対しては、抗告訴訟の提起が認められるべき必要、実益がある。」とか、「もし監査請求の却下処分が行政訴訟の対象にならないとすれば、監査委員の監査請求に対する処分については何ら司法的抑制は及ばないこととなる、監査委員が実体的な調査判断を行わず、手続的な理由で却下処分をした場合に司法的統制が及ばないとするなら、本件のごとく却下すべきでない監査請求を却下しても監査委員は全くその理非を正される機会もなく、専横を振るうことも可能となる。司法的統制に服するという前提があればこそ、監査委員の監査機能が適正に果たされることになる。」旨主張する。

しかし、住民訴訟によっては不当な財務会計上の行為の是正ができないことは原告主張のとおりであるが、住民監査請求に対する却下処分が違法であった場合、住民訴訟を提起し、違法が認定されれば、監査請求前置の要件は満たしたことになるので、その意味では監査請求に対する処分にも司法的抑制は一定限度及んでいるということができる。

五  以上の次第であるから、本件却下処分は、抗告訴訟である処分の取消しの訴えの対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(行政事件訴訟法第三条二項)には該当しないから、本件訴えは、不適法というほかない。

よって、本件訴えを不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 有満俊昭 裁判官 西田隆裕 村瀬賢裕)

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