大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長崎地方裁判所 平成12年(ワ)545号 判決 2002年3月27日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

/>第1 申立て

1  原告

(1)  被告は,原告に対し,金4000万円及びこれに対する平成11年7月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

(3)  仮執行宣言

2  被告

(1)  主文同旨

(2)  仮執行免脱宣言

第2 事案の概要

本件は,国道に設置されていた側溝に転落・死亡した中学生の遺族が,国道の設置管理者である国に対し,国家賠償法(以下「国賠法」という。)2条1項に基づいて,損害賠償請求をした事件である(附帯請求は事故の日からの民法所定の遅延損害金)。

1  基礎となる事実

(1)  B(昭和60年○月○日生。以下「B」という。)は,原告とCとの間の二男である。(甲3)

(2)  Bは,平成11年7月23日午前10時35分ころ,国道34号線(通称「諫早北バイパス」。以下「本件道路」という。)沿いを南から北に向けて歩行中,別紙1の交差点(通称「中尾交差点」)に差しかかり,長崎県諫早市中尾<以下省略>先の別紙1の「事故箇所」において,本件道路上の集水ますから,本件道路沿いに暗渠の状態で設置されていた側溝内に転落し,側溝内を南側に流され,溺水により窒息死した(以下,この事故を「本件事故」,側溝を「本件側溝」,集水ますを「本件集水ます」という。)。(甲2,乙6,8,原告)

(3)  通常,本件集水ますの開口部にはグレーチング蓋(以下「本件グレーチング」という。)が設置されていたが,本件事故当時,本件グレーチングは降雨による増水のため開口部から外れていた。(争いがない)

(4)  本件道路(本件側溝,本件集水ます及び本件グレーチングを含む。)は,被告の設置・管理する営造物である。(争いがない)

2  争点

(1)  本件道路の設置又は管理に国賠法2条1項にいう瑕疵があったか。

(原告の主張)

本件側溝の構造及び本件集水ますの位置・構造は,本件グレーチングが固定されていなかった以上,必然的な危険を内包しており,かつ,被告には本件事故についての予見可能性があった。その理由は以下のとおりである。

ア 本件側溝は,上流の側溝開放部からゴミ,廃材等を一緒に集水し,途中から暗渠化して導水し,集水ますに流水した水を次の暗渠に排出する構造になっている。したがって,上流暗渠に圧縮された流水は,集水ますが上部開放となっているため,いったん圧縮から開放され,集水ます流入水の量,速度如何では集水ます内で水が騒ぎ立つ状態となる。そして,グレーチングのマス目がゴミなどで目詰まりを起こせば,グレーチング全体が下部から水圧を受けるのであるから,マス目グレーチングの機能は消失し,わずか重量62キログラムのマス蓋は固定されていないかぎり容易に浮き上がり外れる。被告は,樹木の枝や廃材が流れ込む構造の側溝を設置したのであるから,集水ますのグレーチングが目詰まりを起こすことは予測できたはずであり,それによってグレーチングが持ち上げられ,外れることは,一般常識として容易に予見できることであった。

イ 本件集水ますは,歩道から多少離れているだけで,歩行者の目にすぐ入り,容易に接近できる位置状況にあり,学童や少年らが何らの妨げなく好奇心から足を延ばし,近寄ることができた。

ウ 好奇心に誘われて,少年らが水を吹き上げる開口部に接近し,外れたグレーチングを見て,少年らしい公徳心の現れとして,元に戻そうと足で押すなどの行為に出ることは決して異常なことではない。

(被告の主張)

ア 本件グレーチングは,側溝に樹木の枝や廃材等がつまったため水が側溝上にあふれ出し,その水圧で浮き上がったものと推定されるところ,被告がそのような事態を予見することは,次の事情からみて,極めて困難であった。

Ⅰ 本件事故当時,水流により格子状のグレーチングが外れて側溝内に人が転落するという事故の報告はなかった。

Ⅱ 平成11年4月末から同年5月にかけて行われた点検の際,本件グレーチングに損傷,ぐらつき等の異常は認めれなかったし,本件事故当日の午前9時10分ころ,現場付近の道路工事に従事していた建設会社の現場代理人が巡回した際,本件事故現場付近は若干の冠水が認められたものの,本件グレーチングについて特に異常は認められなかった。

Ⅲ 本件側溝は,「道路排水工指針」に従って設置されたものであり,道路設計上予想される降雨に対して,これを溢水させることなく流下させる能力を有していた。

Ⅳ 本件集水ますは,歩道や横断歩道上に設置されたものではなく,通常人が立ち寄らない場所に設置されていた。

Ⅴ 本件グレーチングは,1辺約80センチメートルの正方形で格子状をしており,高さは約10.5センチメートルもあり,材料は一般構造用圧延鋼材SS400が使用され,総重量は約62キログラムであって,側溝から大量に水が噴出しても容易に浮き上がるような構造ではなかった。

Ⅵ 本件事故現場付近における,本件事故当日の日降水量は342ミリメートル,同日午前10時の時間降水量は101メートルであり,これは,長崎海洋気象台諫早雨量観測所における過去約20年間の観測史上,日降水量については第2位の,時間降水量については第1位の数値であった。本件事故は,このように近年まれにみる記録的な豪雨時に発生したものである。

イ Bは,記録的豪雨により,避難勧告が発令されるなどしていた危険な状況下で,本件グレーチングが水圧によって浮き上がり,本件集水ますの開口部から側溝内の水があふれ出ているのを認め,本件グレーチングを足で押すなどした結果,本件側溝の開口部に足のほうから吸い込まれたものであるところ,本件事故当時,中学校3年に在学中の14歳で,危険についての弁識能力が十分に認められるBがこのような行動をすることは,通常予想しうる限度を明らかに逸脱した異常事態であり,被告に予見可能性はなかった。

ウ 以上によると,被告には,本件事故発生の危険性について予見可能性がなかったから,本件道路の設置・管理に瑕疵はなかった。

(2)  損害額

(原告の主張)

ア B及び原告の損害額は以下の合計5300万円である。

Ⅰ 慰謝料 2000万円

Ⅱ 逸失利益 2720万円

Ⅲ 葬儀費 100万円

Ⅳ 弁護士費用 480万円

イ 原告は,Bの損害について夫のCと協議し,その請求権を単独で承継した。そこで,原告は,被告に対し,上記損害額5300万円の内4000万円の賠償を求める。

第3 争点に対する判断

争点(1)について

1  証拠(甲1,2,4の(1),(2),乙4,6ないし12,原告)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  本件事故当日(平成11年7月23日),B(中学3年生)は,中学校が夏休み中で,本件事故現場南方の学習塾に赴いたが,大雨のため帰宅することになり,午前10時10分ころ,雨の中,同学年の男子3名とともに徒歩で本件事故現場北方の自宅に向かった。Bを含む少年4名は,中尾交差点東側の横断歩道を渡り,本件事故現場付近に差しかかった際,本件側溝内の流水が本件集水ますの開口部からあふれ出て,本件グレーチングがその水圧によって3分の2位下流側(南方)に外れて浮き上がっているのを認め,Bにおいて浮いている本件グレーチングを足で押したりし,他の少年らにおいても開口部からあふれ出る水を蹴ったりしていた。そのうちに,Bは,本件集水ますの開口部に足のほうから吸い込まれ,他の少年らが救助しようとしたものの,本件側溝内に流されて,午後零時5分ころ,本件事故現場から約1.1キロメートル下流の新川都市下水路で遺体で発見された。本件グレーチングが外れたのは,雨水が濁流となって本件側溝を流れ,樹木の枝や廃材等が本件グレーチングの格子目に詰まって下からの水圧を受けたためであり,本件グレーチングのほかに,その上流約22.2メートル地点の集水ますでも同様にグレーチン蓋が外れていた。また,Bが転落した本件集水ますは,歩道外である本件道路の東端に設置され,本件道路と歩道との間には植込みが植栽されていた(別紙1,2参照)。

(2)  本件事故当時の降雨状況は,長崎海洋気象台諫早雨量観測所の観測記録によれば,日降水量342ミリメートル,午前10時の時間降水量101ミリメートルであって,同観測所における過去約20年間の観測記録中,日降水量は第2位の,時間降水量は第1位の数値であった(別紙3参照)。同日,諫早市は,午前9時15分,災害対策基本法に基づき,市内全域の約3万2000世帯に対し避難勧告を発令し,サイレンを鳴らして市民に周知するなど避難誘導に努めていた。

(3)  本件側溝は,幅約0.68メートル,深さ約1.15メートルのコンクリート構造の排水用側溝であって,本件道路南方の新川都市下水路に排水を行い,昭和58年4月ころから使用されている。本件側溝の計画・設計の際に指針とされた雨水流出量(以下「計画流出量」という。)は,社団法人日本道路協会が発行した「道路排水工指針」(乙9)所定の合理式(ラショナル式)により,0.999立法メートル/秒と計算されたが,本件側溝の実際の排水能力は,上流側側溝(U型側溝で,断面が70センチメートル×70センチメートル)が1.478立方メートル/秒,下流側側溝(円管で直径70センチメートル)が1.106立方メートル/秒であった(なお,各数値は,土砂等の堆積による通水断面の縮小を勘案し,「道路排水工指針」所定の計算式によって算出された数値の80パーセントとなっている。)。

(4)  本件グレーチングは,一般構造用圧延鋼材SS400を材料とし,主材部5本,横部材7本,補助部材16本,エンドプレート2本,サイドプレート2本によって構成され,その形状は,上面部が1辺約80センチメートルの正方形で格子状,高さが約10.5センチメートルであり,総重量は約62キログラムであった(別紙4(グレーチング製造業者が本件グレーチングを復元設計した図面)参照)。なお,本件グレーチングは,落とし蓋方式であり,ボルト等で固定されていなかったが,本件事故当時,関係法令上,グレーチングをボルト等で固定することを指示する規定はなかった。

(5)  被告は,本件事故以前,降雨による増水の際,本件側溝付近一帯に設置されたグレーチングが外れたり,それによって側溝内に人が転落したという事故の発生の報告を受けたことはなかった。

2  ところで,国賠法2条1項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは,営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい,その判断は,当該営造物の構造,用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に行うべきものである(最高裁昭和45年8月20日判決民集24巻9号1268頁,同昭和53年7月4日判決民集32巻5号809頁参照)。そこで,以上の認定事実に基づいてこれを検討することとする。

本件事故は本件グレーチングがボルト等で固定されておれば発生しなかったものであり,グレーチング蓋を集水ますに固定しておくことが,この種の事故を避けるための万全の措置であったということができる。しかしながら,営造物の設置・管理において危険性のない万全の措置が講じられていないとしても,これをもって直ちに,国賠法2条1項にいう瑕疵があったとはいえないのであって,上記のとおり,設置管理者が当該営造物の構造や用法等に照らして他人に危害を及ぼすことが予測できたのにこれを防ぐ措置を講じなかったと認められる場合に初めて,設置・管理に瑕疵があったということができるのである。本件をみると,本件側溝の実際の排水能力は,合理的な根拠に基づいて算出された計画流出量を上回っており,通常の降雨量であれば,本件集水ますの開口部から流水があふれ出ること自体考えられない上,流水があふれ出た場合であっても,本件グレーチングの形状,重量等からして,これが下方からの水圧によって浮き上がるとも考え難い。さらに,昭和58年4月ころに本件側溝の使用が開始されてから本件事故までの間,増水によってグレーチング蓋が外れるなどの事故の報告はなく,本件事故当日は上記1(2)のような記録的な豪雨であったことをも考慮すると,本件グレーチングが流水の水圧によって浮き上がり本件集水ますの開口部から外れるということは,通常では予測できなかったものといわざるを得ない。そうすると,本件側溝,本件集水ます及び本件グレーチングを含め,本件道路に国賠法2条1項にいう瑕疵は認められない。

第4 結論

よって,原告の請求は理由がない。

別紙 1~4<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例