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長崎地方裁判所 平成13年(行ウ)2号 判決 2002年12月18日

原告

株式会社A

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

森元龍治

被告

佐世保税務署長

堤昌彦

被告

同代表者法務大臣

森山眞弓

被告ら指定代理人

吉田勝栄

金子健太郎

渋田末明

藤本洋行

村木修

山本知恵

松本秀一

酒井光則

金嶽隆義

横林史郎

主文

1  本件各訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1申立て

1  原告

(1)  原告と被告佐世保税務署長との間において、被告佐世保税務署長が平成9年11月25日付けでした源泉所得税の納税告知処分及び不納付加算税賦課決定処分がいずれも無効であることを確認する。

(2)  原告と被告国との間において、上記(1)記載の源泉所得税納税告知処分及び不納付加算税賦課決定処分にかかる納税義務が原告に存在しないことを確認する。

(3)  訴訟費用は被告らの負担とする。

2  被告ら

(1)  本案前の答弁

主文同旨

(2)  本案の答弁

ア 原告の請求をいずれも棄却する。

イ 訴訟費用は原告の負担とする。

第2事実の概要

本件は、原告が、被告佐世保税務署長から、役員への退職金の支払いがあったとして所得税法199条に基づく源泉徴収による所得税(以下「源泉所得税」という。)の納税告知処分及び不納付加算税賦課決定処分を受けたことにつき、退職金が支払われていないことを理由に、被告佐世保税務署長との間では上記各処分の無効確認を、被告国との間では上記各処分にかかる納税義務の不存在確認をそれぞれ求めた事件である。ところで、源泉所得税については、支払者が受給者から所得税を徴収してこれを国に納付しなければならず、このような納税義務は当該所得の支払いのときに成立し、その成立と同時に特別の手続を要しないで税額が確定するとされており(国税通則法15条)、その税額は法令の定めるところに従って自動的に確定する。したがって、源泉所得税の納税義務は何らの課税処分なくして発生するものであるから、上記各処分のうち納税の告知(同法36条)は課税処分ではなく徴収処分である(最高裁昭和45年12月24日判決民集24巻13号2243頁参照)。これに対し、不納付加算税(同法67条)の納税義務は、源泉所得税を完納しなかった支払者につき、同法32条の賦課決定(課税処分)によって発生するものである。本件各訴えは、上記のような性質の各処分の無効及び各納税義務の不存在の確認を求めるものである。

1  基礎となる事実

(1)  原告は、パチンコ店の経営等を行っている株式会社である。(争いがない)

(2)  原告は、平成9年3月31日、被告佐世保税務署長に対し、平成8年2月1日から平成9年1月31日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)分の法人税の確定申告(以下「本件確定申告」という。)をしたが、その法人税額を算定するにあたっては、原告の役員等の退職金合計3億6276万3800円を「販売費及び一般管理費」に計上していた。(乙3)

(3)  上記(2)で計上された退職金には、次の退職金合計3億0920万円(以下、一括して「本件退職金」という。)が含まれていた。(甲4、11、12、乙1ないし3)

ア 乙(取締役) 1億5000万円

イ 甲(取締役) 4000万円

ウ 丙(取締役) 4000万円

エ 丁(取締役) 4000万円

オ 戊(取締役) 2000万円

カ B(取締役) 1920万円

(4)  被告佐世保税務署長は、平成9年11月25日、原告に対し、本件退職金に関して、次の内容の源泉所得税の納税告知処分及び不納付加算税賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)をし、原告は、そのころ、本件各処分の納税告知書を受領した。(甲1、乙4、弁論の全趣旨)

ア 上記(3)オ及びカの各退職金支給に関して

本税 163万円

不納付加算税 16万3000円

(法定納期限 平成8年10月11日)

イ 上記(3)アないしエの各退職金支給に関して

本税 3822万円

不納付加算税 382万2000円

(法定納期限 平成9年2月10日)

(5)  本件確定申告の前後である平成8年1月17日から平成10年4月20日までの間、登記簿上C(以下「C」という。)が原告の代表取締役であったが、実質上はCの父である乙(以下「乙」という。)が原告の経営を行っていた。また、甲(現在の原告代表者。以下「甲」という)、丙(以下「丙」という。)、丁(以下「丁」という。)は、いずれも乙の弟である。(甲11、12、証入丙、弁論の全趣旨)

2  争点

(1)  本件各訴えは、訴権を濫用するものとして不適法か。

(被告らの主張)

原告は、本件退職金の支払いがあったことを前提として本件本業年度の法人税の確定申告をしており、本件各訴えにおいて本件退職金の支払いを否定することは、原告の会計処理や税務申告の内容とまったく矛盾するものである。しかも、本件退職金の支払いが架空であるとすれば、原告は、法人税額を免れる行為(脱税行為)を行ったことになる。被告佐世保税務署長としては、原告の法人税額を更正する権限を有しているものの、更正処分をなしうる期間は限定されているし、仮に本件請求が認容された場合、原告が更に法人税の更正処分について争うことも法的に可能である。したがって、原告が、脱税という違法状態を解消せず、法入税額を何ら是正しないまま本件各訴えを提起することは、信義則ないし禁反言の法理に照らして許されず、訴権を濫用するものとして不適法である。なお、被告佐世保税務署長は、原告の会計帳簿、法人税の確定申告書、退職所得の源泉徴収票等の検討や、乙、甲、丙及び丁からの事情聴取を行い、それらを総合的に判断して本件退職金が支払われたと認定したものであり、本件においては、原告関係者の供述が錯綜し、かつ、甲、丙及び丁の供述の信用性が必ずしも高くない上、これを裏付ける客観的資料をまったく欠いていたのであるから、同被告が原告の法人税額を更正する権限を行使しなかったからといって、本件各訴えが訴権の濫用にあたることに変わりはない。

(原告の主張)

甲、丙及び丁の3名は、本件各処分がなされる以前から、佐世保税務署の職員に対し、退職金支給にかかる株主総会決議が行われていないことや、上記3名に対する退職金が現実には支給されていないことを告げていたが、それにもかかわらず被告佐世保税務署長は本件各処分を行った。源泉所得税と法人税の過少申告とは別個の制度であり、退職金の支給がないことによって法人税が増額となるなら、被告佐世保税務署長としては、原告に修正申告を求め、原告がこれに従わない場合には課税すべきであり、法人税法違反として摘発することもできるはずである。しかるに、被告佐世保税務署長はそのような措置をとっていない。以上によると、被告佐世保税務署長こそ信義則に反する行為を行っているのであって、原告は信義則に反していない。

(2)  本件各処分は、重大かつ明白な瑕疵により無効か。

(原告の主張)

役員に対する退職金を支給するためには株主総会の決議によることが必要であるところ、原告において、本件退職金の支給に関する株主総会の決議は行われていない。また、本件退職金のうち乙、甲、丙及び丁の4名の退職金については、現実に現金が支給された事実はなく、会計処理上、退職手当が預り金や長期借入金等に振り替えられたに過ぎない。しかも、甲、丙及び丁の3名は、本件各処分がなされる以前から、佐世保税務署の職員に対し、退職金支給にかかる株主総会決議が行われていないことや、上記3名に対する退職金が現実には支給されていないことを告げていたが、それにもかかわらず被告佐世保税務署長は本件各処分を行ったものである。したがって、本件各処分には重大かつ明白な瑕疵があり無効である。

(被告佐世保税務署長の主張)

ア 商法上違法な行為によって所得が生じたとしても、違法ないし無効な原因に基づく所得に対する課税は適法であるから、本件において退職金支払いのための株主総会決議が行われていなかったとしても、本件各処分は無効にならない。また、本件退職金が現実に支払われていることは、原告の会計処理及び税務申告の内容によって裏付けられている(所得税法199条にいう「支払」には、現実に金銭を交付する行為に限らず、預金口座に振り替えるなどその支払いの債務が消滅する一切の行為が含まれる。)。

イ 仮に本件退職金が支払われていなかったとしても、①原告は、確定申告書に添付して提出した損益計算書及び別途提出した源泉徴収票により、自ら、被告佐世保税務署長に対して本件退職金の支払いの事実を申告しているから、本件各処分に重大かつ明白な瑕疵があるとはいえないし、②上記(1)の被告らの主張のとおり、原告がこれを主張することは信義則上許されない。

(3)  本件各処分にかかる原告の納税義務は存在するか。

(被告国の主張)

上記(2)の被告佐世保税務署長の主張のとおり、本件各処分にかかる原告の納税義務は存在する。

(原告の主張)

上記(2)の原告の主張のとおり、上記納税義務は存在しない。

第3争点に対する判断

争点(1)について

1  証拠(甲3、4、7ないし9、乙1ないし4、証人丙、原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1)  原告の平成8年8月12日付け臨時株主総会議事録(甲3)には、同日臨時株主総会が開催され、原告の役員に対して次のとおり退職慰労金を支払うとの決議がされた旨の記載がある。

ア 取締役・乙 1億5000万円

イ 取締役・甲 4000万円

ウ 取締役・丙 4000万円

エ 取締役・丁 4000万円

オ 取締役・戊 2000万円

カ 取締役・B 1920万円

キ 監査役・D 720万円

(2)  原告が本件確定申告(平成9年3月31日)の際に被告佐世保税務署長に提出した本件事業年度分の確定申告書(乙3)には、本件事業年度分の損益計算書が添付されており、同損益計算書には「販売費及び一般管理費」として退職金合計3億6276万3800円が計上されている。そして、同損益計算書によって算出された当期利益を基礎として、原告の本件事業年度分の法人税額が算定されている。

(3)  原告は、本件確定申告に先立つ平成9年1月30日に、被告佐世保税務署長に対し、平成8年分の給与所得の源泉徴収票等の法定調書合計票(乙1)を提出したが、その「退職所得の源泉徴収票合計表」欄には、退職手当等の総額のうち退職手当の源泉徴収票を提出するものとして、人員3名、支払金額4640万円と記載されており、これは、上記(1)のオ、カ及びキの各退職慰労金の合計額と一致する。また、原告は、本件各処分がなされる前に、被告佐世保税務署長に対し、平成9年分の退職所得の源泉徴収票・特別徴収票4通(乙2の(1)ないし(4))を提出しており、そのうち、乙のものについては1億5000万円の退職金を、甲、丙及び丁のものについては各4000万円の退職金をそれぞれ支払った旨が記載されている。

(4)  原告の総勘定元帳の「退職手当」勘定(甲4)には次の記載がある。

ア 平成8年8月31目

D 退職慰労金 720万円(相手科目「長期借入金」)

イ 同年9月20日

① 戊 退職金 2000万円(相手科目「当座・親和日」)

② B 退職金 1920万円(相手科目「諸口」)

ウ 平成9年1月31日

① 甲 慰労金 4000万円(相手科目「預り金」)

② 丙 慰労金 4000万円(相手科目「預り金」)

③ 丁 慰労金 4000万円(相手科目「諸口」)

④ 乙 退職金 5800万円(相手科目「長期借入金」)

⑤ 乙 退職金 9200万円(相手科目「長期借入金」)

そして、原告の総勘定元帳の上記各相手科目に対応する勘定科目(甲7ないし9。ただし、「諸口」は特定の勘定科目ではなく、複数の勘定科目を示すにすぎない。)については、記載があって金額も一致するもの(ア、ウの④、⑤)、記載はあるが金額が異なっているもの(イの①、ウの①、②)、上記各書証には記載がないもの(イの②、ウの③)がある。

(5)  本件各処分前の税務調査の際、原告の実質的経営者であった乙は、佐世保税務署の職員に対し、原告は株主総会を開催して本件退職金の支給を決定したし、原告の会計帳簿の記載や会計処理も正しい旨申し述べた。一方、甲、丙及び丁は、原告との間で金銭の貸借・授受はない旨申し述べ、さらに、丙は、同旨のメモを税務署職員に交付した。

(6)  原告は、本件各処分について所定の期間内に行政不服申立てをせず、また、その後の平成12年5月24日、当庁に本件各処分の取消等を求める訴えを提起したが、裁判所から不適法であるとの指摘を受け、同年11月29日これを取り下げた。そして、原告は、現在に至るまで、本件確定申告に関し、本件退職金の不支給を前提とした修正申告をしたことはなく、その意向があることも窺われない(原告代表者は、修正申告について「前向きに考えている」などと供述するが、それのみにとどまり、今後、原告が自主的に修正申告をするとは考えがたい。)。

2  以上の事実と前記第2の1の事実に基づいて検討する。

(1)  本件退職金が支払われているとすれば、原告が本件各処分にかかる源泉所得税及び不納付加算税を納件すべきことはいうまでもなく、他方、本件退職金が支払われていないとすれば、本件確定申告にかかる法人税額は本件退職金が支払われたことを前提として算定されているのであるから、損金が減額し、原告が納付すべき法人税額は増額することになる。そうすると、原告としては、金額の多寡は措くとして、本件退職金が支払われたことを前提とする源泉所得税及び不納付加算税か、本件退職金が支払われていないことを前提とする法人税の増額分のいずれかを納付すべき法的義務を負っているのであり、双方の納付のいずれをも免れることは許されない。

(2)  原告は、本件確定申告において、本件退職金が支払われていることを前提として申告をした上、被告佐世保税務署長に対してそれを裏付ける資料をも提出し、さらに、原告の実質的経営者であった乙も税務調査の際にこれに即した陳述をし、これらに基づいて本件各処分が行われているのであるから、仮に本件各処分が前提とした事実関係が実際の事実関係と一致していないとしても、そのような状況を作出した責任は原告にあるというべきである。上記のとおり、本件各処分前の税務調査の際、甲、丙及び丁が、原告との間で金銭の貸借・授受はない旨申し述べるなどしているが、被告佐世保税務署長に対しては、上記のような本件退職金が支払われていることを裏付ける資料が原告自身から提出されており、同人らの申述だけから支払いの事実を覆すことは困難であったと考えられる。

(3)  以上の事情からすると、原告としては、本件退職金の支払いがないことを理由に本件各処分の無効等の確認を請求するのであれば、併せて法人税の修正申告をするなどして自ら作出した状況を解消すべきであって、そのような是正措置を何ら講ぜずに本件の無効確認訴訟等を提起することは、源泉所得税及び不納付加算税と法人税の増額分の双方を免れることを目的とする行為というべきであり、本件各訴えは、信義則ないし禁反言の法理に照らして許されず、訴権を濫用するものとして不適法である。

第4結論

よって、本件各訴えを却下する。

(裁判長裁判官 川久保政德 裁判官 平野淳 裁判官 橋本健)

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