長崎地方裁判所 平成16年(行ウ)9号 判決 2005年3月08日
主文
1 被告が、平成16年8月10日付けで原告に対してした葬祭料支給申請の却下処分を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
事実及び理由
第1申立て
1 原告
主文同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
第2事案の概要等
1 事案の概要
原告は、訴外亡Aの妻であるが、本件は、韓国に居住していたAが死亡したことにより、原告が、原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下「法」という。)に基づいて葬祭料支給申請をしたところ、被告がAの死亡の際の居住地ないし現在地が長崎市ではないことを理由として同申請を却下したことから、原告がこの却下処分の取消しを求めている事案である。
2 葬祭料の支給に関する法律の規定等
(1) 被爆者健康手帳など
ア 法は、原子爆弾が投下された際当時の広島市若しくは長崎市の区域内又は政令で定めるこれらに隣接する区域内に在った者等であって、被爆者健康手帳の交付を受けたものを「被爆者」とし、被爆者に対する保健、医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ、国として原子爆弾による死没者の尊い犠牲を銘記するために制定された法律である(法前文、1条)。
イ 被爆者健康手帳は、交付を受けようとする者の居住地(居住地を有しないときは、その現在地。以下、単に「居住地」という。)の都道府県知事(広島市及び長崎市については市長。以下では、特に断らない限り、単に「都道府県知事」という。)が、交付を受けようとする者の申請に基づいて審査し、当該申請者が法1条各号のいずれかに該当すると認めるときに交付するものとされている(法2条1項、2項、法49条)。
(2) 葬祭料の支給に関する法律等の規定は以下のとおりである。
ア 法32条
都道府県知事は、被爆者が死亡したときは、葬祭を行う者に対し、政令で定めるところにより、葬祭料を支給する。ただし、その死亡が原子爆弾の傷害作用の影響によるものでないことが明らかである場合は、この限りでない。
イ 法施行令(以下「施行令」という。)19条
葬祭料は、被爆者の死亡の際における居住地の都道府県知事が支給するものとし、その額は、19万3000円とする。
ウ 法施行規則(以下「施行規則」という。)71条
葬祭料の支給を受けようとする者は、葬祭料支給申請書(様式第二十九号)に、死亡診断書又は死体検案書を添えて、これを被爆者の死亡の際における居住地の都道府県知事に提出しなければならない。
エ 省令への委任
法52条は、「この法律に特別の規定があるものを除くほか、この法律の実施のための手続その他その執行について必要な細則は、厚生労働省令で定める。」と規定している。
3 前提事実
(1) Aは、昭和55年5月2日、被告から被爆者健康手帳の交付を受けていた者である(当事者間に争いがない。)が、健康手帳の交付を受けてしばらくして離日し、以後大韓民国に居住し、平成16年○月○日に同国釜山広域市で死亡した(甲4の<2>のi、ii、5、乙10の<1>、<2>。なお、原告とAとの間の子であるBの陳述録取書(甲5)には、Aの死亡年月日を同年8月3日としている部分があるが、除籍謄本の記載に照らして誤りと思われる。)。
(2) 原告は、平成16年7月29日付けで、被告に対し、法32条に基づいてAの葬祭料の支給申請をしたが、被告は、Aの死亡の際の居住地が長崎市ではないことを理由として、同年8月10日付けでその申請を却下した(以下「本件却下処分」という。当事者間に争いがない。)
(3) 原告は、同年9月21日、本件却下処分の取消しを求めて、当庁に本件訴訟を提起した。
第3当事者の主張
1 原告
(1) 法は、葬祭料の支給義務を負う者について、単に「都道府県知事」と規定しているだけであり、この都道府県知事は、被爆者健康手帳を交付した都道府県知事、異動後は現居住又は現在地の都道府県知事、在外の場合は最後に手帳交付を受けた都道府県知事と解すべきであり、施行規則及び施行令がこれを「被爆者の死亡の際における居住地の都道府県知事」に限るかのような規定を置いていることは、法の授権を超える制約を課すものであって、無効である。
(2) 仮に法が葬祭料の支給義務を負う者を「被爆者の死亡の際における居住地の都道府県知事」に限定しているとすれば、居住地の如何によって被爆者を憲法上の平等取扱、公正手続に反して差別し、不利益を課すものであって違憲というべきである。また、法が国外からの被爆者健康手帳の交付申請を認めていないとすれば、これも不平等を招くことになるから、立法の齟齬、不備、過誤として一部無効というべきである。
(3) 実質的な審査の困難は、どこの知事が申請先になるかで一律に発生したり質量的に決まるものではなく、支給の適正の確保と申請先をどこの知事とするのかは別個の問題である。
2 被告
(1) 法32条の「都道府県知事」は、被爆者の「死亡の際の居住地(居住地を有しないときは、その現在地)の都道府県知事」と解すべきである。法に定める「被爆者」は、その居住地の都道府県知事に申請をして被爆者手帳の交付を受けた者であり、葬祭料も含めた各種の援護措置は都道府県知事によって実施されるのであるから、各種の援護措置の申請を受ける都道府県知事も被爆者の居住地の都道府県知事と解するのが常識的で自然な解釈である。そして、このような解釈は、以下に述べるとおり、法の立法経緯、立法者意思に合致し、手当支給の適正確保の必要性にも適合するものである。
(2) 立法の経緯
法は、平成6年に当時施行されていた原子爆弾被爆者の医療等に関する法律(以下「原爆医療法」という。)及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律(以下「被爆者特措法」という。また、以上の二つの法律を「旧原爆二法」という。)を一本化し、総合的な被爆者対策を実施する観点から制定されたものであるが、旧原爆二法は、国内に居住も現在もしない者からの各種手当の申請を認めていなかった。したがって、旧原爆二法を一本化して制定された法においても、国外からの申請を予定するものではなかったと考えられる。
(3) 立法者意思
法の立法当時の国会における審議では、議員からの質問に対して、政府委員が法の適用対象は日本国内に居住する者である旨の答弁がされ、それ以上にこの点に関する審議はされずに法案が可決成立したものであるから、立法者意思は国外からの申請は認められないとするものであったというべきである。
なお、法に国家補償の性格があるとすることには疑問があり、これを強調することは適切ではない。
(4) 法全体の趣旨
法は、「被爆者の健康の保持及び増進並びに福祉の向上を図るため、…被爆者に対する援護を総合的に実施するものとする。」(法6条)とし、そのために、都道府県知事が、健康管理のための健康診断等(法第3章第2節)、各種手当等の支給(同第4節)、福祉事業(同第5節)を行うものとしている。このように、法の目的は被爆者の健康保持、増進及び福祉の向上であり、それに定める各種の援護措置を実施するのは都道府県知事とされている。そして、ここで実施される事業は、いずれも、被爆者の日常的な健康状態と密接に関わるものであり、それらを容易に把握することのできる居住地の都道府県知事が行うことが、法の目的の達成及び事業の適正な運営に資するものである。このような法の援護事業の目的及びその具体的な援護事業の内容、性質に照らすと、法文上は単に「都道府県知事」との文言を使用しているとしても、その意味するところは、「その居住地の都道府県知事」と解すべきである。
(5) 支給の適正確保の観点
ア 法が被爆者健康手帳の交付の申請先を居住地の都道府県知事としている趣旨
法は、被爆者健康手帳の申請時に、当該申請者が日本に居住又は現在することを要件としている(法2条1項)。この趣旨は、当該申請者が法1条各号所定の要件に該当するか否かの審査が、当該申請者を「被爆者」と認めて各種給付を受ける権利を付与するか否かを判断するための重要な審査であることや、被爆者に対する各種手当等の支給財源が租税収入による公費であることから、単なる書面審査にとどまることなく、申請者の本人確認や被爆当時の具体的な状況等の確認を行い、可能な限り申請者本人や申請者の被爆の事実を証明する者等から事情聴取等を行うとともに、十分な関係資料を収集して事実確認等に努め、もって、被爆者健康手帳交付事務の適正を図ろうというものである。仮に国外からの申請を認めるとすれば、本人確認や詳細な被爆状況の事情聴取等の実施が事実上困難となり、ひいては、認定事務が単なる書面審査だけの形式的なものになり、本来被爆者に該当しない者に被爆者健康手帳を交付し、各種給付を行ってしまうという事態が起こりうる。
イ 葬祭料に係る法32条について
(ア) 法32条の葬祭料は、被爆者が死亡したものであること、その死亡が原子爆弾の傷害作用の影響によるものでないことが明らかでないこと、申請者が死亡した当該被爆者の葬祭を行う者であることを要件として支給されるものである。そして、葬祭料の支給、不支給を決定するに当たっては、被爆者健康手帳の交付について述べたところと同様、その支給の適正等を図るため、上記各要件該当性を適正に判断することが必要である。そのためには、当該申請者に上記要件該当性の判断に必要な書面を提出させ、その書面自体が信用できるものであることが必要であるのみならず、住民基本台帳等により、当該被爆者の死亡の事実及び申請者が当該被爆者の葬祭を行う者であるか否かを確認するとともに、その死亡が原子爆弾の傷害作用の影響によるものでないことが明らかであるかどうかを判断するため、場合によっては被爆者の死亡診断を行った医師等から事情聴取を行ったり、医学的専門知識を有する専門家の意見を聴くなどして、実質的な審査を行うことが必要である。
(イ) 施行規則71条は、葬祭料支給申請書に、死亡診断書又は死体検案書を添えて提出しなければならないものとしているところ、ここでいう死亡診断書又は死体検案書は、我が国の医師免許を受けた医師の作成する死亡診断書、死体検案書を予定している。国内の免許を受けた医師が作成した死亡診断書、死体検案書であれば、その水準の高さ、虚偽診断書を作成した場合の刑罰、行政罰があることにより類型的に高度の信用性を認めることができるからである。
これに対して、国外の医師、医療機関が作成した死亡診断書又は死体検案書の場合、我が国と異なる医療制度、医療水準の下で作成されたものであるから、類型的に国内のそれと同様の信用性が担保されているとはいえない上、虚偽の診断書や偽造の診断書の作成防止に関する担保もない。さらに、一般に国外からの申請を許容すれば、国によっては、その言語を翻訳できる者が限られているような少数言語で記載された診断書が提出される可能性も否定できないが、都道府県知事においてそのような言語における専門用語を適切に翻訳し、その内容を審査することも困難である。その上、国内の医療機関であれば、死亡した被爆者の葬祭料支給要件該当性につき都道府県知事が照会等を行うのも容易であるのに対し、国外の医療機関に対し都道府県知事が照会等を行うことは、言語の問題、外交上の問題等から、事実上極めて困難である。
以上のとおり、施行規則71条は国内の病院又は診療所の医師の死亡診断書又は死体検案書を想定しているものであり、被爆者が国外に居住し、国外で死亡したために国内の医師の死亡診断書又は死体検案書を添えることができない場合には葬祭料支給の要件を欠くというべきであって、そのことには、支給の適正の確保の観点から、合理性がある。
(ウ) 被爆者の死亡の事実及び申請者が当該被爆者の葬祭を行う者であるか否かを住民基本台帳等により確認したり、その死亡が原子爆弾の傷害作用の影響によるものでないことが明らかであるかどうかを判断するため、場合によっては、被爆者の死亡診断を行った医師等から事情聴取を行ったり、医学的専門知識を有する専門家の意見を聴くなどして、実質的な審査を行うことが必要である。被告は、死因に係る審査は、申請者から提出された所定の形式の死亡診断書(死体検案書)に基づき、その記載を前提として行っているが、国外で死亡した被爆者に係る申請を許容するとすれば、外国において作成された死亡診断書(死体検案書)の信用性を長崎市の機関において判断することとなり、死因に関する実質的な審査が極めて困難となる。また、被告は、「葬祭を行う者」であるか否かを判断するに際しては、原則として葬祭料支給申請者が、会葬御礼に記載された喪主又は葬儀代金の領収証の宛名と同一であれば、同人を「葬祭を行う者」として取り扱っているが、これらの資料が国外で作成されたものである場合についても、その信用性を判断することは、上記同様困難である。
(オ) 仮に死亡の際の居住地が国内にない被爆者の葬祭を行う者からの葬祭料支給申請を許容することとなれば、上記のような実質的な審査が困難となり、支給決定事務が単なる書面審査だけの形式的なものとなって、本来受給資格のない申請者に対して支給決定がされるおそれも生じかねない。
(6) 以上のとおり、法32条の「都道府県知事」について、「居住地の都道府県知事」と解さず、国外からの申請を認めることとすると、同条の各支給要件該当性について適正な判断をすることは困難となる。国外からの申請を認めるかどうかは、実体的要件たる各支給要件の該当性に係る判断に入る前の手続的な問題ではあるが、実体要件該当性の判断と不可分に結び付いており、国外からの申請を認めないことは、実体要件の判断の適正を図り、もって支給の適正確保を図るという法の要請に由来するものである。したがって、法32条の「都道府県知事」は「居住地の都道府県知事」と解すべきである。
なお、法の規定とは別に、その枠外でそれぞれの国情に応じて在外被爆者の健康保持等のための各種支援事業が実施されていることを付言しておく。
第4当裁判所の判断
1 法32条の「都道府県知事」の意義
(1) 法32条が、葬祭料を支給する者を「都道府県知事」と規定していることは前記のとおりである。この点、被告は、立法の経緯、立法者意思、法における全体の構造や、手当支給の適正を確保する必要性などを理由として、法32条の「都道府県知事」とは「その居住地の都道府県知事」と解すべきであると主張する。
しかし、被告も認めるとおり、法は「その居住地の都道府県知事」と「都道府県知事」を一応区別して規定しているほか、法32条の文言が単に「都道府県知事」となっていること、被告の主張を前提としても、法におけるすべての「都道府県知事」の文言を一律に「その居住地の都道府県知事」と解釈することはできず、例外を認めざるを得ないことなどからすれば、形式的な解釈から直ちに同条項の「都道府県知事」が「その居住地の都道府県知事」を意味するものと断定することはできず、法の立法目的や趣旨を踏まえて実質的に検討する必要がある。
法は、前文において、「(前略)国の責任において、原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ、高齢化の進行している被爆者に対する保健、医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ(中略)るため、この法律を制定する。」と規定し、そのため「国は、被爆者の健康の保持及び増進並びに福祉の向上を図るため、都道府県並びに広島市及び長崎市と連携を図りながら、被爆者に対する援護を総合的に実施するもの」とし(6条)、健康管理(第2節)、医療(第3節)、各種手当の支給(第4節)、福祉事業(第5節)を実施し、平和を祈念するための事業を行うものとしている(41条)。
法が、いわゆる社会保障法としての性格をもつものであることは明らかであるが、前記のような前文を置き、平和を祈念する事業をも行うものとして、被爆者のみを対象としてこのような立法がされた所以を考えると、「原子爆弾の被爆による健康上の障害がかつて例をみない特異かつ深刻なものであることと並んで、かかる障害が遡れば戦争という国の行為によってもたらされたものであり、しかも被爆者の多くが今なお生活上一般の戦争被害者よりも不安定な状態に置かれているという事実を見逃すことはできない。」(原爆医療法に関する最高裁判所昭和53年3月30日第一小法廷判決・民集32巻2号435頁)。このように、法による各種の援護措置は、原子爆弾による被害という特殊の戦争被害について戦争遂行主体であった国が自らの責任によりその救済をはかるという一面をも有するものであることは否定できないのであり、このような趣旨も含めて法は、被爆による健康被害に苦しむ被爆者を広く救済することを目的として立法化された法律であるから、その各条項の意味及び趣旨が一義的に明らかでない場合は、この立法目的に沿うよう合理的な解釈をすべきである。
(2) 法及び施行規則には日本に居住又は現在する者のみをその適用対象にすることを定めた規定はなく、前記のような法の趣旨及び性格、特に法が被爆者が被った特殊の被害にかんがみ被爆者に援護を講じるという人道目的の立法であることなどに照らせば、法1条の被爆者たる資格を取得した者が日本国内に居住も現在もしなくなったとしても(以下、このような被爆者を「在外被爆者」という。)、この事実をもって当然に被爆者たる地位を喪失すると解することはできない(現在では、被告もこの理を認めている。)。そうである以上、在外被爆者であっても法の定める総合的な援護対策の対象に当然含まれるのであるから、これらの者について一般的に法の定める援護を受けることができない事態を招くことは、法の趣旨に反するものというべきである。
(3) ところで、施行令19条は、「葬祭料は、被爆者の死亡の際における居住地の都道府県知事が支給するもの」とし、施行規則71条は、「葬祭料の支給を受けようとする者は、葬祭料支給申請書(様式第二十九号)・・を被爆者の死亡の際における居住地の都道府県知事に提出しなければならない」と定めており、法32条の「都道府県知事」をこれら施行令や施行規則と同様「被爆者の死亡の際のおける居住地の都道府県知事」と解するとすれば、在外被爆者については、死亡の際にたまたま本邦に現在していたという例外的な場合でない限り、一般的に葬祭料の支給は受けられないことになる。この点、被告は、立法の経緯、立法者意思、支給の適正の担保を根拠として、死亡当時日本に居住も現在もしていなかった在外被爆者については、葬祭料支給の法的な要件に欠けると主張しているので、以下、これらの被告の掲げる根拠について検討する。
(4) 立法の経緯
法は、平成6年12月16日、被爆者の健康管理及び医療給付を定めた原爆医療法、医療特別手当の支給等の措置を定めた被爆者特措法を一本化して被爆者に対する総合的な援護対策を講じるために制定され、平成7年7月1日から施行されているものである。
被告は、旧原爆二法は、国内に居住も現在もしない者からの各種手当の申請を認めておらず、旧原爆二法を一本化して制定された法においても、国外からの申請を予定するものではないと主張する。
被爆者特措法は、法と同様に医療特別手当、特別手当、原子爆弾小頭症手当、健康管理手当、保健手当、介護手当、葬祭料など各種手当の支給に関する規定を置き、そのいずれについても支給の責任を負担する者を「都道府県知事」と定めているが、政府は、旧原爆二法が施行されていた当時同法は日本国内に居住する者を適用対象とし、在外被爆者は適用対象にはならないとする解釈をとっていたことが認められる(乙2のC政府委員の答弁)。そうであれば、そのような解釈の結果必然的に被爆者特措法の「都道府県知事」は、被爆者の居住ないし現在する地域の都道府県知事に限定して解されていたものと考えられる。
しかし、前述のとおり、被爆者たる地位は離日によって当然に消滅するものではない(すなわち、在外被爆者についても法及び旧原爆二法は適用される)から、このことを前提に「都道府県知事」をどのように解釈するかが問題となっている本件において、旧原爆二法当時の「都道府県知事」の政府解釈は参考にはならない。そして、被爆者特措法の定める各種手当の支給の責任者とされる都道府県知事が、被爆者の「居住地の都道府県知事」を意味するか否かは、法における「都道府県知事」の解釈と同様の問題であり、被爆者特措法が国外からの各種手当の申請を認めていなかったと断定することはできない。
(5) 立法者意思
被告は、立法者意思としても、法は国外からの申請を予定していないと主張する。確かに、証拠(乙2)によると、法の立法審議がされていた平成6年12月6日の参議院厚生委員会において、議員から「法は旧来の原爆二法同様、海外の在住者は対象外となるのでしょうか。」との質問がされ、政府委員は「新法の適用につきましては、現行の原爆二法と同様に日本国内に居住する者を対象とするという立場をとっております。ただ、国籍条項というものはございませんので、国内に居住する外国人被爆者についてもこれは適用されるという考え方でございます。」と答弁し、この点に関してそれ以上の審議はされていないことが認められる。しかし、このような委員会におけるごく断片的なやり取りだけで、国外からの各種手当の支給申請はできないとすることが立法者意思であったということはできないのみならず、前述のとおり前記政府答弁は、離日によって被爆者たる地位は当然に消滅するという解釈を述べたものであるから、これが変更された現在において被告の主張するところが立法者意思であったと解することはできない。
(6) 葬祭料の支給の適正の確保
法による葬祭料は、<1>被爆者が死亡したこと、<2>その死亡が原子爆弾の傷害作用の影響によるものでないことが明らかでないこと、<3>葬祭料の支給を申請する者が葬祭を行う者であることを要件として支給される(32条)
ア 被告は、このような要件の審査は、申請者に上記要件該当性の判断に必要な書面を提出させ、その書面自体が信用できるものであることが必要であること、住民基本台帳等により、当該被爆者の死亡の事実及び申請者が当該被爆者の葬祭を行う者であるか否かを確認するとともに、その死亡が原子爆弾の傷害作用の影響によるものでないことが明らかであるかどうかを判断するため、場合によっては、被爆者の死亡診断を行った医師等から事情聴取を行ったり、医学的専門知識を有する専門家の意見を聴くなどして、実質的な審査を行うことが必要であること、国外からの申請を認めると<1>死亡診断書又は死体検案書の信用性を確保できず、その審査が困難であること、<2>申請者が死亡した被爆者の葬祭を行う者であるか否かの確認、当該被爆者の死亡が原子爆弾の傷害作用の影響によるものでないことが明らかであるかどうかの審査に著しい困難が伴う場合があること等を主張している。
イ 葬祭料の支給の適正が確保されなければならないことは被告の指摘するとおりであり、国外からの申請を認めた場合に被告が主張するような審査の形骸化のおそれがあり、また、葬祭料の支給の要件である前記<1>ないし<3>のいずれについても実質的な審査が困難な事例が出てくることは予想できることである。また、通常被爆者の居住ないし現在する都道府県の知事がその被爆者との関連が最も深いのであるから、一般的には上記要件の審査をもっともよくなし得る立場にあるということができる。
しかし、例えば、日本に居住する被爆者がたまたま国外にあるときに死亡し、日本の医師の作成に係る死亡診断書ないし死体検案書を入手できない場合に葬祭料の支給申請を認めないとすることはいかにも不合理である(被告がそのような解釈を採っているのかは必ずしも明らかではないが、本件における被告の主張による限りそのような取扱いになるものと考えられる。)。また、上記の場合に仮に被爆者の死亡に立ち会っていない、ないしはその死体を見分していない国内で医師免許を受けた医師が死亡診断書ないし死体検案書を作成して遺族等が葬祭料の支給の申請をした場合のほか、被爆者が国内で死亡したが国外で葬祭を行い、あるいは在外被爆者が国内にある時に死亡したような場合等を考えると、葬祭料の支給申請の要件審査が困難となる事例は被告の解釈を前提としても発生しうるものである。
他方、仮に、国外からの葬祭料の支給申請を認めることによって、法32条の要件該当性の判断に困難が伴うことがあるとしても、被爆者健康手帳の交付を受けている者につき、現在のように通信技術の発達した時代において審査のために必要な資料が全く入手できないということは考えにくい。また、被告は、国外の医療機関が作成した診断書は類型的に信用性が高くないと主張するが、必ずしも外国の医療機関の作成した診断書が国内の医療機関が作成したものよりも信用性が劣るというわけではないであろうし、国外の在外被爆者の申請を個々にみれば、必要な資料を具備し、十分な事実確認をすることができる場合もあり得ると考えられるのであるから、被告の主張する事情は、個別の在外被爆者による申請について不支給とする場合の理由とはなり得ても、在外被爆者による申請を一律に否定する理由にはなり得ないというべきである。
(7) 法は、被爆による健康上の障害が特異、かつ深刻なものであり、このような障害が遡れば戦争という国の行為によってもたらされたものであることを背景として、そのような被害に苦しむ被爆者を広く救済することを目的として立法化されたものである。そして、在外被爆者も法の定める総合的な援護対策の対象に当然含まれるのであるから、これらの者について一般的に法の定める援護を受けることができない事態を招くことは、法の趣旨に反するものであるが、法32条の「都道府県知事」を被告のように解釈すると在外被爆者のほとんどは葬祭料の支給を受けることができなくなることは前述のとおりである。そして、海外からの申請を認めない理由として被告が主張する立法の経緯、立法者意思、法全体の趣旨は、いずれも被告の解釈を支える根拠とはならないことはこれまで説明したとおりであり、また、支給の適正確保の要請があることは被告が指摘するとおりであるが、それ自体はいわば技術的な問題にすぎず、想定される各種の申請の態様を考えると、個別の支給申請を排斥する理由にはなり得ても、在外被爆者の国外からの申請を一切認めない理由とするには十分なものではない。
上記のような法の趣旨とこれまで説明してきたところからすると、法32条の「都道府県知事」を被爆者の死亡した際の「居住地ないし現在地の都道府県知事」と限定して解釈することはできないというべきである。
2 施行令19条は、「葬祭料は、被爆者の死亡の際における居住地の都道府県知事が支給するもの」とし、施行規則71条は、「葬祭料の支給を受けようとする者は、葬祭料支給申請書(様式第二十九号)・・を被爆者の死亡の際における居住地の都道府県知事に提出しなければならない」と規定し、在外被爆者からの申請を認めていないが、前記のような法の趣旨からすると、このような限定は法の委任の範囲を超え、その限度で上記施行令及び施行規則の定めは無効というべきである。
なお、被告は、支給申請者が葬祭料の支給申請書に添えて都道府県知事に提出すべきものとされる死亡診断書又は死体検案書(施行規則71条)には、国外の医療機関が作成した診断書は含まれないと主張するが、これまで述べたところからすれば、そのような解釈を採ることはできない。
3 被告は、単にAが死亡した当時、長崎市に居住及び現在していないことを理由として、本件却下処分を行ったのであるが、以上説示したところによれば、かかる処分が法32条に反し違法であることは明らかである。
第5結論
よって、原告の請求には理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田川直之 裁判官 伊東讓二 裁判官 渡部美佳)