長崎地方裁判所 平成18年(レ)5号 判決 2006年8月29日
長崎県●●●
控訴人
N
長崎県●●●
控訴人
I
控訴人ら訴訟代理人弁護士
森本精一
京都市下京区烏丸通五条上る高砂町381-1(4階)
被控訴人
株式会社シティズ
代表者代表取締役
●●●
訴訟代理人弁護士
●●●
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求める裁判
1 控訴人ら
主文と同旨
2 被控訴人
(1) 本件控訴を棄却する(ただし,被控訴人は,請求の趣旨を,「控訴人らは,被控訴人に対し,連帯して金45万6097円及びこれに対する平成17年6月3日から支払済みの前日まで年21.9%の割合による金員を支払え。」と減縮した。)。
(2) 控訴費用は,控訴人らの負担とする。
第2事案の概要,前提事実及び当事者の主張
1 本件は,貸金業者である被控訴人が,控訴人N(以下「控訴人N」という。)に対して貸し付けた300万円の残金の返済を,借主である同控訴人及びその保証人である控訴人I(以下「控訴人I」という。)に対して請求している事案である。その争点は,控訴人らが期限の利益を喪失し,遅延損害支払義務を負うか否かという点にある(なお,被控訴人は,原審において貸金業の規制等に関する法律43条1項の適用を主張し,これが主たる争点であったが,この主張は当審において撤回されている。)。
2 前提事実
(1) 控訴人Nは,平成13年5月22日,被控訴人から金250万円を以下の約定で借り受けた(以下,この借受けに係る貸付けを「第1貸付」という。)。
ア 元金は,平成13年6月から平成18年5月まで毎月10日に60回にわたって4万1000円(ただし,最終支払元金は8万1000円)の分割払いとする。
イ 利息は,年29%の割合として平成13年6月から平成18年5月まで毎月10日に60回にわたって残元本×年率×経過日数÷365の計算により支払う。
ただし,経過日数は各返済日の前日までとし(貸付日を含む。),約定支払日が土曜,日曜,祝日その他被控訴人の休業日に当たる日は,翌営業日を支払日とし,利息の日数計算は翌営業日の前日までとする。
ウ 元金又は利息の支払を遅滞したときは,催告の手続を要せずして債務者は期限の利益を失い直ちに元利金を一括して支払う。
エ 期限後は,損害金を残元本に対して年率29.2%の割合で債務完済の前日まで支払う。
(2) 控訴人Nは,平成15年4月21日,被控訴人から金300万円を以下の約定で借り受けた(以下,この借受けに係る貸付を「第2貸付」という。)。
ア 元金は,平成15年5月から平成20年4月まで毎月10日に60回にわたって5万円の分割払いとする。
イ 利息は,年29%の割合として平成15年5月から平成20年4月まで毎月10日に60回にわたって残元本×年率×経過日数÷365の計算により支払う(なお,経過日数や約定支払日に関する扱いは,(1)のイと同じである。)。
ウ 元金又は利息の支払を遅滞したときは,催告の手続を要せずして債務者は期限の利益を失い直ちに元利金を一括して支払う。
エ 期限後は,損害金を残元本に対して年率29.2%の割合で債務完済の前日まで支払う。
(3) 控訴人Iは,第2貸付に係る控訴人Nの債務を保証した。
(4) 控訴人Nは,別紙3の「返済実績表」の取引日欄記載の日に,これに対応する返済額欄記載の金額を返済した上,平成17年6月3日に本件第1,第2貸付の残債務について,被控訴人を被供託者とし,受領拒絶を供託原因として88万2866円を供託した。
3 当事者の主張
(1) 被控訴人
ア 控訴人Nは,第1貸付については平成13年9月10日に,第2貸付については平成15年8月11日にそれぞれ利息制限法所定の利息の支払を怠ったため,各貸付について期限の利益を喪失した。したがって,上記各貸付については,いずれも期限の利益を失った日の翌日から利息制限法の制限内の利率である年21.9%の割合による損害金の支払義務がある。
これを前提として,控訴人らの弁済を充当計算すると,別紙1の計算書のとおりとなり,平成17年6月3日現在の残元本は45万6097円である。
イ 本件各貸付契約によると,控訴人らは履行遅滞により,被控訴人の意思と関わりなく当然に期限の利益を喪失する旨が定められている上,被控訴人は,控訴人らから弁済を受けた都度,常にその一部を損害金に充当する旨を記載した領収書兼利用明細書を送付していたのであるから,被控訴人が期限の喪失を宥恕したり,期限の利益を再度付与したということはない。したがって,控訴人らがア記載の日にそれぞれの貸付について期限の利益を喪失し,その日以後遅延損害金を支払う義務を有していることは明らかである。
なお,被控訴人は,控訴人らが期限の利益を喪失した日以後も分割での返済を受けているが,事実上一部入金を受け入れているだけである。
ウ また,本件で被控訴人が控訴人らに対して遅延損害金を請求することが信義則に違反するという事情はない。
(2) 控訴人ら
ア 控訴人Nは,別紙2の計算書のとおりの弁済をした上,平成17年6月3日に本件第1,第2貸付の残債務全額である88万2866円を供託したから,上記各貸付に係る債務はすべて消滅している。
イ なお,本件においては,以下の事情によると,被控訴人は,期限の利益の喪失を宥恕し,ないしは期限の利益を再度付与したものというべきである。
(ア) 控訴人Nは,本件第1貸付につき,平成13年9月10日の支払を遅滞したが,その1日後には銀行振込の方法で必要な支払をした。その後も,償還表に記載された約定分割弁済金額を,ほぼ期限どおりに支払った。この事情は本件第2貸付においても同様である。
(イ) 被控訴人は,控訴人Nに対し,支払期限を徒過した場合においても一括返済を求めたことはなく,同控訴人に対して保証人に一括請求する旨告げて,実際には分割弁済を強要し,本件償還表に基づく同控訴人の分割弁済を異議なく受け取り続けていた。
(ウ) 被控訴人は,容易に一括回収が可能な連帯保証人である控訴人Iに対しても,一括返済の請求はおろか,一括で返済すべき旨の催告すらしなかった。
(エ) なお,被控訴人の領収書には,被控訴人が主張する期限の利益喪失日以降,損害金充当額欄に充当金額の記載があるが,以下に述べるとおり,このような記載は控訴人Nに元本の利用を許す行為と矛盾するものではなく,本件では被控訴人による期限の利益喪失の宥恕の黙示の意思表示があったと認めることの障害にはならないというべきである。
被控訴人のような高利貸金業者にとっては,債務者が利息制限法違反の高金利を延々と支払い続けてくれることが最も利益につながるため,一見形式的に期限の利益を喪失したとしても,債務者に引き続き元本を利用させて,金利の支払を継続するよう求め,利息制限法4条1項によって,賠償金としてであれば利息の2倍の金額(平成12年6月1日以降の貸付けについては1.46倍)まで取れる規定を悪用して,「1回でも支払が遅れたら当然に期限の利益を喪失し,残元利金を一度に支払う。」旨の期限の利益喪失条項を入れておき,1日でも元利金の支払が遅れたら,その日以降は約定どおりに分割金を受領してもすべて遅延損害金名目で入金処理をするというのが,その実態である。
したがって,その「賠償金」は,本来の賠償金,すなわち元本返済の履行遅滞に対する損害を填補する金員を受領するというものではない。
ウ 信義則上,損害金請求が制限されること
(ア) 金銭消費貸借契約において,債権者が一括弁済を求めるのが容易であるにもかかわらず,債権者がこれを求めずにいたずらに遅延損害金の発生が放置されている場合には,信義則上,損害金の全部を請求することは許されず,かかる損害金はむしろ元本利用の対価である利息と同視して,利息制限法1条1項の準用又は類推適用をすべきである。その理由は以下のとおりである。
(a) 金銭消費貸借における賠償額の予定は,支払が遅れたことに対する損害を填補するためのものである。利息制限法4条1項もこのような事故に対する救済を念頭においたものである。したがって,同条項は,遅延損害金名目での恒常的な金利徴求を予定したものとは解されず,恒常的に遅延損害金名目で金利を徴求することは利息制限法1条1項,4条1項の趣旨に照らし許されないというべきである。
(b) 更に,債権者には,損害が発生した場合に損害を軽減する信義則上の義務があり,かかる義務を履行しない債権者が,損害の全部を債務者に請求することは公平に反する。
(イ) 本件について
本件については,被控訴人は,その主張に係る期限の利益喪失日の後も,一括請求が容易であるにもかかわらず,長期にわたって被控訴人との取引を継続させてきたのであり,いたずらに遅延損害金の発生が放置されていたというべきである。他方,控訴人Nは本件償還表どおり支払えばいいと認識しており,訴訟提起に至るまで催告すら受けたことがなかった。
したがって,被控訴人において,本件期限の利益喪失条項を盾に,控訴人が既に期限の利益を喪失していたことを前提に,卒然として,それ以後の本件各支払につき,利息制限法所定の制限利息としてではなく,同法で許容される範囲の損害金として受領し得るものであったと主張し,その損害金計算をした残額を元本に充当するというのは,本件消費貸借契約の被控訴人である控訴人N及びその保証人である控訴人Iの期待を著しく裏切る一方的な措置であって,信義則に反し,その権利を濫用するものとして,許されないというべきである。
なお,この点については以下の事情を考慮すべきである。
① 被控訴人は,期限の利益喪失特約にもかかわらず,未だ期限の利益を喪失させずに分割金を受領して元本の利用を継続させることと,実際に期限の利益を喪失させて,残元金を一括請求して元本の利用を解消させている場合を選択し得る立場にあったこと
② 被控訴人からそれまでに控訴人Nへ一括請求を求めた形跡がなく,その後も分割金の支払を求めていたこと
③ 連帯保証人である控訴人Iへ一括請求を求めた形跡もないこと
④ 控訴人Nも期限の利益を喪失したという認識ではなく,約3年間にわたって約定の分割金の記載された償還表の金額とおりを支払ってきたこと
⑤ 被控訴人の顧客の殆どは,定期的に定額の収入があるサラリーマンと違って,収入の金額及び日時の一定しない零細事業者であって,60回という返済期間の中では,必ず多少の遅れは生じ得るのである。しかし被控訴人は当初から顧客が,一定期日での返済が厳守できる可能性が乏しいことを認識しつつ,毎月一定の返済期日と,期限の利益喪失特約とを厳格に設定して,後日損害金の名目で高利をとるために,多少の遅れを認容していると考えられること
⑥ 現実に被控訴人の殆どの顧客は,60回という長期の返済期間の中で,早期の段階で1日から数日遅れるが,その後も分割金の返済を続けていること
⑦ 被控訴人は平成15年8月11日までに多数回にわたって,多額の超過利息を受領している(本件第1貸付についても同様である。)。にも関わらずわずか1回,3日遅れただけで遅滞したとして損害金を発生させるのは,著しく公平に反すること
⑧ 更に,わずか1回,1日ないし数日の遅れによって期限の利益喪失の効果を認めてしまうと,債務者にもたらされる不利益は,事業の倒産や保証人への取立てと,著しく重大かつ過酷で,そのもたらす弊害が大きいこと
第3証拠関係
証拠関係は,本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから,これを引用する。
第4当裁判所の判断
1 利息制限法1条1項所定の利率を超える利息の契約をした場合,債務者は,同条項所定の利率を超える利息の支払をする義務を負うことはないから,当該金銭消費貸借契約において,各弁済期に約定の分割返済金及び利息の支払を怠った場合は期限の利益を喪失する旨の合意がされていても,債務者が分割返済金と同条項所定の利率による利息を支払えば,期限の利益を喪失することはないものと解される。
2 ところで,被控訴人は,控訴人Nが第1貸付については平成13年9月10日に,第2貸付については平成15年8月11日にそれぞれ利息制限法所定の利息の支払を怠ったので,上記各貸付のいずれについても期限の利益を失い,以後利息制限法4条の制限内での遅延損害金を支払う義務があると主張する。
しかし,別紙3のとおり,控訴人Nが第1貸付について平成13年9月10日までに支払った金額の合計は,第1貸付の各返済期に約定の分割返済金と利用期間に応じた利息制限法1条1項所定の利率(15%)による利息を支払うものとして計算した,同日までに本来支払うべき金額の総額を超えており(なお,第1貸付に係る各弁済期のいずれについても,それまでに支払済みの金額の合計は,上記のようにして計算した本来支払うべき金額の合計を超えている。別紙3の「本来返済すべき額,返済実績との差額表」参照。なお,同表の弁済期の一部は,土曜日等に当たり,本来の弁済期より前の日が表示されており,契約上の本来返済すべき日及び額は不正確な点がある。以下,同じ。),このような場合は本件第1貸付の期限の利益の喪失の合意に係る「元金又は利息の支払を遅滞したとき」には当たらないと解するのが相当である。
また,本件第2貸付については,その当初において貸付金額のうち155万7000円が本件第1貸付の返済に充てられているが,この返済も含めて本件第1貸付についてされた返済を利息制限法所定の利率に引き直して充当計算をすると,64万4257円の過払いとなっているから,これが本件第2貸付の債務に充当されることになる(なお,本件第1貸付の上記返済日と本件第2貸付の日は同日であって,両貸付の関係はいわゆる借り換えであって,一連のものと認められる。)。そして,このような充当を前提とすれば,第2貸付についても,平成15年8月11日までに控訴人Nから弁済された金額の合計は,第2貸付の各返済期に約定の分割返済金と利用期間に応じた利息制限法1条1項所定の利率(15%)による利息を支払うものとして計算した,同日までに本来支払うべき金額の総額を超えており(なお,第2貸付に係る各弁済期のいずれについても,それまでに弁済済みの金額の合計は,上記のようにして計算した本来支払うべき金額の合計を超えている。),約定の返済日である平成15年8月11日に支払がなかったとしても,そのことは「元金又は利息の支払を遅滞したとき」には当たらないと解すべきである。
3 そうすると,その余の点について判断するまでもなく,別紙3の「返済実績表」のとおり,控訴人らは既に本件第1貸付及び第2貸付に係る債務の全額の弁済を終えているというべきであるから,被控訴人の請求は理由がないこととなる。
よって,原判決を取り消して,被控訴人の請求をいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条2項前段,61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田川直之 裁判官 今中秀雄 裁判官 船戸宏之)
<以下省略>