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長崎地方裁判所 平成18年(ワ)155号 判決 2007年5月10日

主文

一  被告は、原告に対し、金二〇万円及びこれに対する平成一七年一二月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一五分し、その一四を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者が求めた裁判

一  請求の趣旨

(1)  被告は、原告に対し、金三三五万二九三〇円及びこれに対する平成一七年一二月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は、被告の負担とする。

(3)  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二事案の概要及び前提事実

(事案の概要)

本件は、原告が長崎県長崎警察署(以下「長崎署」という。)において道路交通法違反被疑事件について取調べを受けた後に、同警察署の警察官が身元引受人が必要であるとして、原告の意に反して原告の元の職場に連絡をした上、原告を同署に強制的に留め置き、さらに暴行を加えて傷害を負わせたと主張して、原告が、被告に対して国家賠償法に基づいて損害の賠償を求めている事案である(なお、以下の記述のうち、平成一七年一二月七日の出来事については年月日の記載を省略して時間のみを表示する。)。

(前提事実)

一  原告は、平成一七年一二月六日から同月七日にかけて自宅及び長崎市万才町にある麻雀店で飲酒した後、午前二時三〇分ころ、普通乗用自動車を運転して同町七番一号住友生命ビル先の道路を通りかかった際、これに交差する道路の舗装工事(以下「本件工事」といい、上記場所を「本件工事現場」という。)に係る交通整理のために道路上に置かれたセーフティーコーンに自車を接触させた。原告は、その後自車を降りて、上記工事のガードマンをしていた訴外B野夏夫(以下「B野」という。)及び現場監督をしていた訴外B山松夫(以下、両名も含めて本件工事の関係者を「工事関係者」ともいう。)に対して、セーフティーコーンの設置場所等が不適切であると文句を言ったため、工事関係者が午前二時四三分に警察に通報した(通報の事実につき乙一四)。

二  パトロールカーで警ら中であったE田梅夫警部補(以下「E田警部補」という。)及びD野冬夫巡査部長は、上記の通報により現場に急行するように指令を受け、午前二時四八分に本件工事現場に到着し、原告及び工事関係者から事情の聴取を行った(乙二)。その際、E田警部補は、原告から酒臭がしたことから原告に対する飲酒検知をし、その結果原告の呼気一リットル中に〇・四五ミリグラムのアルコールが検知された。また、原告は、その時点で正常に歩行できる状況にあり、直立能力にも問題はなかったが、酒臭は強く、顔色は赤く、目は充血した状態であった(乙一七)。原告は、警察官によるこれらの検査には素直に応じたが、上記飲酒検知に係る検知管を入れた封筒への署名及び指印を拒否した。そこで、警察官らは、原告に長崎警察署に任意同行を求めたところ、原告はこれに応じ、午前四時〇六分にパトカーに同乗の上警察官とともに長崎署に到着した。なお、午前三時一五分ころ、C山一夫巡査長(以下「C山巡査長」という。)及びE原二子巡査(以下「E原巡査」という。)も本件事故現場に到着している(乙五、六)。また、原告が長崎署に赴く際、原告が運転していた車両の鍵は、原告が警察官に渡し、その後原告が車両を引き取りに来るまで、長崎警察署でその車両とともに保管されていた。

三  原告は、長崎署においてC山巡査長から取調べを受け、違反事実を認め、その趣旨の供述調書(乙一六)、飲酒検知管入りの封筒及び交通事件原票(乙一〇)に署名指印し、午前五時三九分に「告知票・免許証保管証」(甲一)が原告に交付された。

四  その後、D原竹夫警部補(以下「D原警部補」という。)が原告と対応をしていたが、その間にC川タクシーの職員が原告の身元引受のために長崎署に来ることを知った原告は、立腹して「何故辞めた職場に連絡するのか。帰る。」と言い、これを引き留めようとするD原警部補との間で大声で押し問答が続いた。D原警部補及び大声を聞いて駆けつけたE田警部補は、身元引受人が来署するまで待つように原告に話したが、原告は、これを聞き入れず、あくまで帰ると主張して、これを引き留めようとする上記警察官との間でやり取りが続いた。その間に、E田警部補が原告に対し、その頭部に左腕を回して同警部補の左脇に固め(いわゆるヘッドロックといわれる状態)、原告を椅子に座らせるという強制を行った(以下「本件暴行」という。この間の経緯については、当事者間に争いがあり、この点については後に説明する。)。

五  原告は、その後も「終わったろうが、何で元の職場の上司を呼ぶとか、関係なかやろ。」と再度大声で言い、あくまで帰るという姿勢を崩さなかったため、警察官らは仮眠中のA田春夫巡査部長(以下「A田巡査部長」という。)を起こし、同巡査部長が原告に対応した結果、身元引受人の来署を待つことなく原告を帰宅させることとし、原告は午前六時二〇分に長崎署を出て帰宅した。なお、原告は、午後四時過ぎにいったん車両の引き取りに長崎署に来たが、まだ顔が赤かったので、D原警部補が酔いを醒ましてくるよう告げ、原告もこれに応じ、午後一一時二〇分に車両を引き取った。

第三争点及び当事者の主張

一  原告を長崎署に引き留めたことの違法性

(原告)

(1) E田警部補、D原警部補は、長崎警察署における原告の道路交通法違反被疑事件の捜査終了後、原告を、その意に反して午前五時三九分ころから午前六時二〇分ころまで同所交通課室内に拘束し、その際、原告が帰宅すべく同所から再三退室しようとするのを、両側から両腕を抱きかかえるように固めたり、手で胸を押すなどの有形力を行使して阻止した。

(2) 被告は、原告がガードマンらに対して危害を加える可能性があったこと、身元の確認が十分に取れていなかったこと、車両を早期に引き取ってもらう必要性があったことを理由に、身元引受人が来署して、原告の身柄を引き取ってもらう必要があったとしている。

ア しかし、原告は、本件工事現場においてセーフティーコーンの設置場所や工事表示の仕方の是正を求めていたもので、口調を荒げ、あるいは工事関係者に手を振り上げるなど危害を加えかねない言動は一切していないし、金銭の要求をしたこともない。また、パトカーが到着した後は、警察官らに対して工事表示の指導を求めることに終始していたのであって、ガードマンらとの直接のやり取りを何ら求めていなかった。したがって、原告がガードマンらに危害を加える危険性などなかった。

イ また、原告は、本件工事現場においてパトカーに乗車した直後に運転免許証の提示を求められてこれに応じ、職業に関する質問にも正確に答えているのであるから、身元確認の必要性もない。さらに、原告は、その車両及び車両の鍵を現場で警察官らに引き渡し、署に到着した時点で、警察官らとの間で、翌日引き取りに来る取り決めとなっていたのであるから、その引き取りのために身元引受人を来署させる必要性もなかった。

ウ 警察官らは、原告が元の勤務先を「E山グループ」としか答えていなかったにもかかわらず、原告に無断で「C川タクシー」に勤めていたことを調べ上げて、さらに無断で元上司に対し身元引受の要請をしている。しかし、このような措置は、原告に対して多大な羞恥心を与え、その名誉を傷つけ、プライバシーを侵害するものであり、また、タクシー乗務員への再就職を困難にするおそれもあり、原告の人権を著しく侵害するものである。したがって、このような措置は、原告の同意がない以上、他に執るべき措置がない限りは相当性を欠くというべきであり、本件では、他に考えられる措置(ガードマンが引き上げるまで待つとか、代行運転を依頼する等)があったのは明らかであるから、被告らの措置は、必要性ばかりではなく、相当性を欠くものであった。

(3) 以上のように、E田警部補及びD原警部補の行為は強制力を用いて原告を長崎警察署に拘束したものであり、かつ、原告についてされた長崎署での引き留めや身元引受人の招致の措置は、任意捜査ではなく行政警察作用に属するものであるから、これを任意捜査に付随する措置とはいえず、また、警察官職務執行法(以下「警職法」という。)三条一項一号、四条一項、五条及び警察法二条一項の要件をも欠く、違法なものである。

(被告)

(1) 原告は、本件工事現場において、作業員やガードマンらに対して「真っ直ぐ走りよったらぶつかったやっか。」、「お前の名前を教えろ。」等とわめきちらして一方的ないいがかりや因縁をつけてガードマンらに危害を加えかねない言動をした事実があり、また長崎署へ向かうパトカー内でも、「ガードマンと直接話し合う。ガードマンの名前を教えろ。」等と言っていた。また、原告は警察官の聴取に当たり、酒酔い・酒気帯び鑑識カード作成時に、住所について運転免許証記載の住所と異なる地番を述べたり、職業についても事実は無職であるのにタクシー運転手である旨述べるなど、事実関係不明確な部分があった。このような状況であったので、原告をそのまま一人で帰宅させればガードマンらに対して危害を加えるおそれがあること、身元確認の措置も必要と考えられたこと、車両引き取りもなるべく早期にさせる必要があること等から、身元引受人の存在を確かめ署への招致をする必要があると判断される状況であった。

(2) そのため、D原警部補及びE田警部補は、原告に対して「あなたが飲酒して問題を起こしているので、身元をはっきりさせなければなりません。車の措置についてもお願いするのです。」、「身元引受人が来るまで椅子に座って待っていて下さい。」と説得による任意の協力を要請しただけであり、強制にわたるような制止は行っていない。

(3) (1)のような事情により、この際原告に対しては適当な引受人に引き受けてもらって帰らせた方が安全であるとの配慮から、暫時原告を引き留めるため、あくまで口頭による説得を行い原告に任意の協力を求めたものである。

なお、引取方手配に関しては、警職法三条(保護)の規定にもみられる方法であり、本件の場合、同規定には該当しないとしても、一般的に保護を考慮する際の方法としては通常考えられる適当な措置である。また、取調べ等が終了したからといって、アルコールが未だ体内に残存している状態で違反車両を引き渡して帰宅させることはできない。このような場合、①身柄引受人を招致して、身柄引受人に車両を渡す、②完全にアルコールが体内から消失したと認められる時間、日数(実務的には八時間以上)を経た後に違反者に再度来署してもらって車両を引き渡すというような手続を行っている。特に、長崎署の場合、その敷地に車両駐車スペースがほとんどなく、来客用スペースは五~六台、捜査用車スペースも限られており、長時間、長期間の違反車両保管は、警察の他業務にも支障を来す事情があるため、一般に早急な車両引渡しを行っている。本件の場合、原告には家族もおらず一人暮らしであるという供述から、後日車両の引取がなされない可能性もあり、早急な身元引受人の発見、招致、車両引渡しに努める必要があった。

(4) 不測の事態の発生を防止し、事態の鎮静化を図ることも警察官の重要な任務であり、本件で原告に対して取られた措置は、任意捜査に付随する措置として許容される範囲の行為である。また、警察官は、特定の私人が犯罪等の危険にさらされている場合において、その危険を除去するために、法律上許容される範囲内で警察法二条一項所定の職務に関して必要かつ相当な措置を執る一般的権限を有している。さらに、本件の警察官の措置は、警職法四条、五条に基づく個人の保護、犯罪の予防及び制止のための行為ないし措置に該当する。

二  E田警部補の有形力の行使の違法性

(原告)

(1) 前記のとおり、長崎署において、原告がE田警部補及びD原警部補に引き留められている中で、「あなたは家族や子どもさんがいるのに、どうしてこんなことをするんですか」と言ったところ、E田警部補は、「このバカが」と言いながら、突然プロレスのヘッドロックのように、原告の後頸部から側頭部にかけて普通人の太ももほどもある太い腕を巻き付けて左右の手を組み、原告が息ができないほど強く絞めつけた。

(2) 原告はあまりの苦しさに何とか頭部を引き抜こうとしたが、E田警部補は腕を放さず、巨体を原告に預けるようにして体をひねったため、側にあったスチール棚のような物に原告の前頭部が当たったところでやっとE田警部補は腕を放した。原告は、そのまま床に倒れ込み、呼吸困難のため二分くらい立ち上がれなかった。

(被告)

(1) 原告は、「俺は帰る。」、「そこをどけ、辞めた会社の者と会いたくない。」などと言って、D原警部補の横にいたE田警部補に対して、体を押しつけるような状態でぶつかってきた。両警部補は、手を出さない状態で避けようとしていたが、原告は、E田警部補に対して、「パトカーに乗っとったとはお前か。」等と罵声をあげながら、D原警部補及びE田警部補を両手で壁方向へ押しやったので、二人は後方のロッカーに「ドン」とぶつかった。さらに原告は、E田警部補の正面から、両手で同警部補の襟首を絞め上げながらロッカーに押しつけた。同警部補は、原告の手を外したところ、原告は右肘で同警部補の左顎付近に向け殴りかかり、右肘が左顎に一発当たった。同警部補は、原告の暴力を防ぎ、制圧するために、左手で原告の右肘をかわし、原告がやや前屈みとなったところで、原告の頭部に左腕を回して自分の左脇を固めるような状態で制圧し、椅子に座らせようとした。原告が暴れるのをやめそうだったので、同警部補も左腕を放したところ、今度は原告は、座ったままの状態で振り向きざまに右肘を振り回し、右肘が、同警部補の右顎に当たった。それで、同警部補は、原告から離れた。その後原告は、自らそのまましゃがみこんで床に手をつきながら、ごろりと仰臥けになって床に寝ころがった。床に寝ころがった原告は、片手を自らの胸にのせて、「ハーハー」と二、三回息を上げ、その後、何事もなかったように立ち上がり、D原警部補に対して「警察官がこげんなことをしてよかとか」と、あたかも警察官が倒したかのようなことを言った。

(2) 以上のとおり、E田警部補が執った措置は、原告の暴力を防ぎ、制止するための防御的行為であり、必要最小限の有形力の行使であって、違法なものではない。

三  損害

(原告)

(1) 原告は、本件事件によって、顔面・左頸部・上腕・左臀部・左大腿の挫傷、左耳介から耳介下部にかけての擦過傷、頭部外傷、頸背部捻挫の傷害を負い、平成一七年一二月七日から平成一八年四月五日まで、A川脳神経外科、B原整形外科医院、医療法人C田耳鼻咽喉科で、合計通院期間一二〇日、実治療日数五三日の通院治療を受けた。

(2) 本件によって、原告が被った損害は以下のとおり、合計三三五万二九三〇円である。

ア 治療費 合計五万二九三〇円

① A川脳神経外科 四万二四八〇円

② B原整形外科医院 八三六〇円

③ 医療法人C田耳鼻咽喉科 二〇九〇円

イ 慰謝料 三〇〇万円

本件は、逮捕・監禁及び傷害という故意犯であって、その違法性は大きく、また、D原警部補らは、不法行為の事実を隠蔽するために上司に虚偽の事実を報告して原告に責任を転嫁した悪質な事案である。このような事案の内容にかんがみると、原告が被った精神的な損害は三〇〇万円と評価することが相当である。

ウ 弁護士費用 三〇万円

(被告)

争う。仮に原告が負傷したとしても、それは、原告自身の行動に基づく自傷行為による可能性が強い。

理由

一  D原警部補及びE田警部補らは、原告に対する道路交通法違反被疑事件の事情聴取が終了した以後、原告が身元引受人の招致を拒否し、直ちに帰宅する旨の意思を繰り返し明確に述べているのに、原告には身元引受人が必要であり、その来署まで原告を帰宅しないように説得する等して、午前五時四〇分ころから午前六時二〇分ころまで原告を長崎署の交通課室内に引き留めたことは、(前提事実)のとおりである。

被告は、これらの措置について、本件においては警察法二条一項、警職法四条、五条などに該当する事由があり、また、警職法三条や酒に酔って公衆に迷惑をかける行為の防止に関する法律三条などの規定からして、身元の引取方の手配は、一般的に保護をはかる方法として考慮され、執られるべき措置であると主張する。

まず、本件において、被告が主張するような法律の要件に該当する事由があったのかを検討する。

二  原告が、自動車を酒気を帯びて運転した上、本件工事現場で交通整理のために置かれていたセーフティーコーンに自車を衝突させ、その後ガードマンらと話をしている際に、工事関係者から警察に通報があり、E田警部補らが現場に急行して酒気帯び運転により事情聴取され、飲酒検知器を入れた封筒に署名指印することを拒否して長崎署に任意に同行されたことは(前提事実)のとおりである。

(1)  ところで、原告は、その際、本件工事現場においてセーフティーコーンの設置場所や工事表示の仕方の是正を求めていただけであること、その際口調を荒げ、あるいは手を振り上げるなど危害を加えかねない言動は一切していないし、金銭の要求をしたこともないこと、警察官らに対しても、工事関係者に対して工事表示の指導をすることを求めるただけで、原告がガードマンらと直接やり取りすることを求めたことはなかったことを主張し、その旨を供述している。

他方、本件工事現場でガードマンの職を務めていたB野は、原告がセーフティーコーンと接触した後、原告が「こん傷は、誰が払ってくるっとか」と言った旨、現場責任者であったB山松夫は、B野からその趣旨の報告を受け、原告から声高に「真っ直ぐ走りよったらぶつかったやっか」と因縁をつけられた旨供述している(乙三、四)。また、E田警部補及びC山巡査長は、両警察官からの事情聴取の際に、原告が「ガードマンがきちんとしていなかったからセーフティーコーンにぶつかった。」、「なんで私だけが咎められんばいかんとですか。言い分が聞き入れてもらえんとなら、もうよか。ガードマンと直接話し合うけん。」、「ガードマンも処罰してくれんば困るよ」、「私は民事でガードマンと争うよ。」、「ガードマンば呼んで下さい。」等と話したとする報告書(乙二、乙四)を作成している(なお、本件工事現場で、原告がガードマンと直接話をする、あるいはガードマンを呼んで下さい等と言ったとするのは、C山巡査長の報告書だけである。)。

以上のうち、原告がB野に対して金銭を要求したとするB野の供述部分は、B野の本件事件当日に作成された供述調書(乙一五)には記載がなく、警察官らの報告書にも、原告が本件工事現場で金銭を要求したとする部分はない。また、この供述調書(乙一五)とその後に作成されたB野の供述調書(乙三)における供述内容を対照すると、原告の車両の傷の有無や原告から酒の臭いがしたか否かについてかなり違いがあり、そのいずれもが本件工事現場の出来事では重要な点に属するものである。したがって、乙三におけるB野の前記供述(原告が「こん傷は、誰が払ってくるっとか」と言ったとするもの)の信用性を認めることはできず、原告が、本件工事現場における事故についてB野など工事関係者に対して金銭を要求した事実を認めることはできない。

(2)  しかし、原告は、当時、本件工事現場における事故が、工事関係者がセーフティーコーンの設置場所や工事表示の仕方が不適切であったために起こったと考えて、その是正を強く要求し、その事情聴取に際してもその趣旨を何度も警察官に述べている(このことは、原告も認めるところであり、原告は、飲酒検知管の入った封筒への署名指印を拒否した理由の一つとして「私の言い分についても聞いてほしい部分があった」とも供述している。)。他方、E田警部補やC山巡査長が、原告の言い分を聞いて工事関係者に注意をしたことを認めるに足りる証拠はなく、このような状況や原告がかなりの酒気を帯びていたことを考え併せると、原告が直接ガードマンと話をすると言ったとする上記警察官の報告書の記載は信用できるというべきである。

そして、その際原告と対応したB野が現場監督であるB山を呼び、B山はその後何人かの工事関係者を呼んだ上(乙三、四、)、「車の運転手が因縁をつけられて困っています」(乙一四。正確には「車の運転手から因縁をつけられて」の趣旨であると考えられる。)と警察に通報していること、原告が、自らの道路交通法違反が発覚する危険性をほとんど顧みることなくガードマンらに対応し、飲酒検知管の入った封筒への署名指印を拒否していることは前記のとおりである。そして、その酒気帯びの程度も併せ考えると、工事関係者に対して暴言を吐いたり、暴力を振るうような気勢を示したことがなかったとしても、当時の原告は、客観的には相当不穏な状況にあり、第三者をして何らかの危害を加えられたり、無法な要求をされたりするのではないかとの不安を惹起させるような状態にあったと推察することができる。

このような状況の下で、本件の処理に当たった警察官らにおいて、原告が再び本件工事現場に戻り、ガードマンらとトラブルを起こすのではないかと危惧することには相当な根拠があったと考えられる。

(3)  また、《証拠省略》によると、原告は、本件工事現場で事情聴取に当たったE田警部補らに対して、その住所を「《省略》」と申告し、この地番は原告が提示した免許証とは異なったものであり(なお、原告によると、上記申告に係る住所は、旧住居表示によるとのことである。)、当時はタクシー会社に勤務していなかったのにその職業をタクシー運転手であると申告したことが認められる(なお、本件事故現場におけるC山巡査長と原告とのやり取りでは、その時点で原告がタクシー会社を既に辞めていることを前提とした会話がされていることが認められるから(乙五)、原告の職業に係る申告は、それから時間を経ずに訂正がされたものと考えられる。)。

このような不正確な申告がされたことから、原告の身分事項については幾分かの疑義が持たれるものであったというべきである。

(4)  ところで、原告は、長崎署における道路交通法違反被疑事件の取調べには素直に応じて被疑事実も認め、その車両の鍵及び免許証も署員に預けており、上記被疑事件に関する取調べ及びそれに付随して必要な措置は、原告に「告知票・免許証保管証」が交付された午前五時三九分の時点ですべて終了している。そして、その時点では、原告の身分事項についても、免許証の記載やその供述内容、タクシー会社への連絡などによっておおむねの確認ができていたものと推測される(なお、タクシー会社への確認は、「告知票・免許証保管証」の交付の前後ころにされている。乙五)から、原告に関して、捜査に付随して何らかの措置を執る必要性があったとは認められない。

もっとも、原告が再び本件工事現場に戻り、ガードマンらにクレームをつけ、そのことによって何らかの犯罪に発展するおそれが全く消滅したとは認められず、また、警察署の管理として早期の車両の引取の要請があったことは否定できないから、長崎署の警察官らにおいて原告について身元引受人を要請して原告の身柄を引き取らせ、その引受人が来署するまで原告を署内で待たせることが必要であると考えたことには合理性がある。

しかし、原告が、警職法三条一項各号に定める者、あるいは酒に酔って公衆に迷惑をかける行為の防止に関する法律一条の酩酊者に該当していたことを認めるに足りる証拠はないから、上記各法律の定める保護措置を執る法律的な根拠はなく、上記のような身元引受人の要請や署内待機の措置は、あくまで原告の任意の協力を得ることによって行われるべきものである。

なお、警察法は、警察の組織を定める組織法であって、警察の責務を定める同法二条も、警察の具体的な職務に関する根拠法というべきものではないが、関係者の協力を得て上記のような措置を執ることが、その職務の範囲に入ると解することの一つの法的な根拠となりうるものと解される。

三  そこで、このような観点から、原告についてC川タクシーの関係者に身元保証人を要請し、これが来署するまでとして、原告を長崎署に引き留めた具体的な措置が適法といえるかについて検討する。

(1)  《証拠省略》によると、原告は一人暮らしであり、原告においてその身元を引き受けてもらってもいいと考える家族や知人はいなかったこと、C山巡査長が本件工事現場で原告から事情を聴取した際、原告に対してこのまま原告を帰すわけにはいかないので、家族の連絡先を教えてほしい、あるいは元同僚のタクシー運転手でも構わない旨を言うと、原告は、独り者で家族はおらず、タクシー会社に連絡を入れたら、今後再就職できなくなるやろうが、と憤慨して抗議をしたこと、同巡査長は、原告に対する「告知票・免許証保管証」の交付がされた前後ころ、C川タクシーに電話をかけ、原告が以前同社でタクシー運転手として稼働していたことを確認し、さらに原告の身柄の引取を要請したところ、同社がこれに応じたことが認められ、原告は、C山巡査長からD原警部補への報告によってそのことを知り、立腹して「何故辞めた職場に連絡するのか。帰る。」と言って上記のような措置に異議を述べ、その後D原警部補らは身元引受人が来るまで待つように言うなどして原告を署内に引き留めたことは(前提事実)に記載のとおりである。

(2)  ところで、原告は、①取調べは既に終了していること、②免許証を提示するなどしているし、年に二回は西町交番の警察官から世帯調査を受けているのだから身元ははっきりしていると考えたこと、③車両は翌日引取に来る話になっていたこと、④職場の同僚に飲酒運転の事実を知られたり、迷惑をかけることが嫌だったこと、⑤酒気帯び運転の事実が元同僚に知られれば、今後、タクシー乗務員として再就職することに支障が生じると危惧されたことから、身元引受の要請を拒否したと説明している。原告が、挙げるこれらの理由は、常識的には理解できるものではあるが、前記のとおり原告の身分関係に若干の疑義が残る点があったから、原告の元職場を探した上、これに連絡を取ってその職歴の確認を取ることは、そのことが原告の意思に反するものであったとしても、原告が犯した道路交通法違反事件の捜査に付随するやむを得ない措置というべきであり、これを違法なものということはできない。

しかし、原告に対する道路交通法違反被疑事件の捜査は、その付随的な捜査も含めて、C川タクシーに対する原告の在職(元在職)の確認によって終了しているというべきである。そして、本件では、警職法三条二項、あるいは酒によって公衆に迷惑をかける行為の防止に関する法律三条二項の定める通知及び引取方の手配をすべき要件を欠き、かつ、原告が元の職場に連絡を取ることに強い抗議をしていたことは前記のとおりであるから、それにも関わらずC川タクシーに原告の身元引受を依頼することは、法的な根拠を欠く違法なものであったというべきである。

なお、在職の確認をすることによって、その確認を求められた相手方は、原告が何らかの違法行為をしたのではないかとの疑いを持つことにはなるが、法益の侵害という意味では、通常はその程度にとどまると思われる(ただし、確認の仕方によっては、相手方において、原告が犯罪を犯したことを知ることもあるかもしれない。)。しかし、身元引受を依頼された場合は、相手方において警察署に出向いて原告の身柄を引き取る等の負担を負い、そのことが原告に対して何らかの不利益となって跳ね返ってくる可能性は否定できないし、また、相手方は原告がどのような罪を犯したのかを知ることになり、法益侵害の程度は前者に比して相当高いことに留意する必要がある。

(3)  次に、原告は、長崎署員が、原告の意に反して午前五時三九分ころから午前六時二〇分ころまで原告を同署交通課室内に拘束し、その際、原告が帰宅すべく同所から再三退室しようとするのを、両側から両腕を抱きかかえるように固めたり、手で胸を押すなどの有形力を行使して阻止したと主張し、被告は、原告に身元引受人が来るまで待っていて下さいと説得による任意の協力を要請しただけであり、強制にわたるような制止は行っていないと主張する。

ア  原告に対する道路交通法違反被疑事件に係る捜査が終了し、D原警部補が原告に対応をしていた際、C川タクシーの関係者が原告の身元引受に来ることを知った原告が、「何故辞めた職場に連絡するのか。帰る。」と言って、このような措置に異議を述べたことは前記認定のとおりである。そして、《証拠省略》によると、以下の事実を認めることができる(なお、位置関係については、別紙「現場見取図(交通課配置図)*発生当時」及び現場見取図第二図を参照)。

(ア) その後、D原警部補は、原告に対して、C川タクシーに連絡を取って身元引受を依頼した理由について、身元をはっきりさせなければならないこと、原告の車両の措置を依頼する必要があること等を説明したが、原告は納得しなかった。この時点で、原告は、いったん便所に行き、用を足した後、交通課に帰ったが、その待合室入口付近で待っていた同警部補から同時合室の椅子に座って身元引受人が来るまで待つように言われた。しかし、原告は、D原警部補に対して「帰る。何で元の上司を呼んだのか」と大声で抗議し、その後同警部補が身元引受人が来るまで待つようにと言うのに対して、これを聞き入れずに帰るという原告との間で同様のやり取りが大声で繰り返された。

(イ) E田警部補は、地域課の部屋で待機中であったが、上記のような大声を聞いて、交通課待合室に赴いてD原警部補とともに、原告の説得に当たった。しかし、原告は帰ると主張して、何度か待合室を出ようとしたが、E田警部補らがその度にその前方から手で原告の腹、胸あるいは腕を押さえる等してこれを押しとどめたりしたため、その後も原告は交通課から出ることを阻止された。この間、原告の帰宅の意思は次第に荒々しい言葉と態度で表明されるようになった。

(ウ) 交通課の出入り口から出ることができなかった原告は、その後交通課内に入り、交通課事故捜査係辺りまで行った後に再び交通課出入り口の方に戻ってきた。D原警部補は、交通課規制係付近で、戻ってきた原告に対して椅子に座ってもうしばらく待ってほしいと要請したが、原告は、「俺は帰る。」「そこをどけ、辞めた会社の男と会いたくなか。」などと荒々しく言い、E田警部補に対して「お前は車の中で何て言うたか。ぐたぐた言うたろが。」と怒鳴りながら、複数回同警部補にぶつかった上、同警部補を手で押した。そのため、同警部補はその後ろにいたD原警部補とともに後方のロッカーに押しつけられる格好となった。原告は、その状態のE田警部補の襟首を両手で掴んで締め上げたため、同警部補は原告の手を掴んでこれを外そうとしたところ、原告は、右肘で同警部補の左顎を殴打した。そのため、同警部補は、原告の右腕を取って前屈みにさせた上、原告の頭部に同警部補の左腕を巻き付けて原告の動きを抑え、そのまま傍らの椅子に座らせた。その際、原告は、椅子の前にあった机に頭部を殴打したと考えられる。その後、原告は、しばらく床に横になり、息を整えた後に立ち上がって「警察がこのようなことをしていいのか」と言い、さらに「もう終わったろうもん。何で元の職場に連絡する必要があっとや。帰る」と大声で言うなどした。

(エ) その後、A田巡査部長が原告に対応し、午前六時二〇分ころ、原告が帰宅したことは(前提事実)に記載のとおりである。

イ  事実認定に関する補足的な説明

(ア) 上記の認定のうち、アの(ウ)の認定は、ほぼ被告の主張に沿ったものである。しかし、原告は、原告が帰ろうとするのを、その度にD原警部補及びE田警部補が両側から原告の腕を抱えて制止し、このようなやり取りが五から六回続いた後に、ついには両警部補が原告の前に立ちはだかって胸部を強く押したため、原告がE田警部補に対して「家族があって子どもおるやろうに、こういうことを何でするのか。子どもはろくな人間に育たん。」と言ったところ、E田警部補が「このばかが」と言って、原告にヘッドロックをかけたと供述している。

他方、上記の認定は、その場にいた警察官四人(D原警部補、E田警部補、C山巡査長、E原巡査)がほぼ一致して供述(ないし報告)する事実に基づくものであり、結局、この点に関する認定は、原告の供述と上記警察官四名の供述(ないし報告)のどちらが信用できるかにかかることになる。

① そこで、その信用性に関して検討すると、上記認定のとおり、D原警部補及びE田警部補は、原告に対して身元引受人が来るまで署内で待つように幾度も説得しているのに、原告は帰宅の意思を明確に表明し、その説得を受け入れず、言葉も態度も次第に荒々しくなってきているのであるから、原告が供述するような事態が起こったとしてもあながち不思議とはいえない。

しかし、他方、上記のように、原告が、身元引受に対して異議をとなえ、繰り返し帰宅すると言い、交通課から出ようとするのにこれをD原警部補及びE田警部補に阻止されているのであるから、かなりの程度のアルコールの影響を受けている原告が、激昂してE田警部補に対して、同警部補ら四名が供述するような暴行を働くということは十分あり得ることのように思われる。また、《証拠省略》によると、本件工事現場で飲酒検知をした際、原告が検知結果が見えないと言ったため、E田警部補がさらに懐中電灯で照らして検知結果を示しても、原告はなおもこれが見えないと言ったこと、同警部補は、このような原告の言葉を虚偽だと考え、原告に対してその趣旨の発言をしたことが認められる。このような事実からすると、原告が、E田警部補に対して「お前は車の中で何て言うたか。ぐたぐた言うたろうが。」と怒鳴って、上記のような暴行に及んだとする同警部補らの供述は、本件の事情に即した自然な流れを述べるもののように考えられる。なお、原告は、原告がE田警部補に対して「家族があって子どももおるやろうに、こういうことを何でするのか。子どもはろくな人間に育たん。」と言ったため、本件暴行がされたと供述しており、この供述は、E田警部補が本件暴行に至った経緯や動機について、それなりの理由を説明するものとも考えられるが、複数の同僚警察官が見ている前で、E田警部補が、上記のように言われただけで逆上して原告に対して一方的に暴行に及ぶような動機となる程のものなのか否かは、なお疑問の余地がある。また、E原巡査の報告では、原告が上記のような趣旨の言葉を言ったのは、本件暴行後のこととされており、原告の供述には合致しない。

② そして、原告が、取調べに当たった警察官らに対して、ガードマンと直接話をする旨を何度か言っていると認められることは前記のとおりであるが、原告はこの点を否認しており、その供述の一部には信用し難い点がある。そして、原告がE田警部補に対して暴行に及んだ事実を供述しているのが、いずれも同僚の警察官であることから、その信用性は慎重に吟味すべきものではあるが、その場にいた四名の警察官が一致して原告のE田警部補に対する暴行のあったことを供述ないし報告し、これら警察官の供述等に不自然であるとか、あるいは不合理であるというような部分がほとんどないことは、軽視することができない。また、上記警察官らの供述等は、本件暴行を認めた上で原告の暴行の存在をいうものであるが、四名の警察官が一致してこのような供述あるいは報告をするのには周到な打ち合わせをする必要があると考えられるが、本件のような事案で、そのような事態は通常は考えにくい。

結局、本件暴行に関する上記警察官ら四名の供述の信用性は、原告の供述の信用性に優っているというべきである。

③ 原告は、①本件暴行に至るまでの間、原告を説得だけで署内に引き留めたとするE田警部補らの供述が不自然であること、②D原警部補及びE田警部補は、原告の怒りの理由を、身元引受人に会いたくないのに引き留められたことであると証言しているから、このような証言は、原告がE田警部補に暴行を加える際、「お前は車の中で何て言うたか」と言ったとする供述と一致せず不自然であること、③原告が、被告が主張するような暴行をE田警部補に加えるのであれば、他の署員が加勢し、あるいはE田警部補においてもさらに制圧を行うのが自然であること、④本件暴行の後、原告が床に寝ころんだり、その態度が沈静化した理由について納得できる説明がされていないこと、⑤本件暴行後、原告が左耳の後辺りの傷をE原巡査に示すなどしながら「こら血じゃろう」と尋ねた時、署員らは血様のものの付着を認めながら、E原巡査は「黒い物がついていますね」と答えただけで、他の署員らはそれ以上に何も言っていないが、原告が、被告らの主張するような暴行をE田警部補に加えたのであれば、このような対応をせず、原告の非を責める発言をするのが自然であること、⑥E田警部補が、原告からその供述するような暴行を受ければ、同警部補の身体に何らかの痕跡を残すはずであること等を主張して、E田警部補をはじめとする警察官らの供述は信用できないと主張する。

しかし、原告が指摘する上記②ないし⑥の事由は、それだけで直ちにE田警部補をはじめとする署員らの供述を不自然なものというには足りない。また、たしかに、原告が何度も大声で強い帰宅の意思を表明しているのに、ほぼ説得だけで原告が交通課ないし長崎署を出ていくことがなかったというE田警部補らの供述には、後記のとおり納得できないものがある。そして、それが本件暴行に関する同警部補らの供述の信用性に影響を及ぼすものであることは否定できないが、他方、原告の供述にも前記②で指摘したような問題があり、上記の点だけで、本件暴行に関するE田警部補をはじめとする警察官らの供述の信用性を否定することはできないというべきである。

(イ) 次に、被告は、原告に対する道路交通法違反被疑事件の取調べの終了後、原告が帰ると言ったことに対して、「身元引受人が来るまで椅子に座って待っていて下さい。」などと説得による任意の協力を要請しただけであり、強制にわたるような制止は行っていないと主張している。

しかし、原告は、長崎署員がC川タクシーに連絡を取り、その副社長が原告の身元引受のために来署すると聞いて、D原警部補及びその後駆けつけたE田警部補に対して「帰る。何で元の上司を呼んだのか」と大声で抗議し、「俺は帰る。」「そこをどけ、辞めた会社の男と会いたくなか。」などと荒々しく言い、身元引受人が来るまで待つようにという上記両警部補の説得に全く耳を貸さず、繰り返し帰宅の意思を強く表明し、ついにはこのような対応にも腹を立ててE田警部補に身体をぶつけ、同警部補の襟首を掴んで締め上げるというような行為に及んだことは前記のとおりである。

このような状況の中で、E田警部補は、一回だけ原告が交通課内から出ていこうとするのを右手を出してこれを引き留めたことがあると供述しているが、以上のような状況で、原告が交通課内から出ようとしたことが一回しかなかったとは考え難い(D原警部補も、数回原告が出ていこうとしたことは認めている。ただし、言葉による説得で出ていかなかったとしている。)。他方、これまで認定したところによると、D原警部補及びE田警部補は、身元引受人が来るまで原告の身柄を長崎署内に留めておこうと強く考えていたことが明らかであるから、原告が出ていこうとした場合、これに対して説得にとどまらず、手で押しとどめたりする等の行為をすることは自然の成り行きであると考えられる。原告が、交通課待合室でD原警部補やE田警部補と帰宅に関するやり取りをした後、交通課出入り口とは反対方向になる交通課内に入っていることは前記認定のとおりであるが、このような行動も、原告がD原警部補及びE田警部補から帰宅を阻止されたことに起因するものと推測される。したがって、両警部補が原告を押しとどめたのが、原告が主張するように、両警部補が原告の両腕を両脇から絡め、あるいは胸をつくというような態様であったとまでは断定できないとしても、原告の動きを制止するため、複数回にわたって、両側から原告の前方から手を出すなどして原告の腹、胸あるいは腕などの身体を一定の力をこめて押さえ、原告の帰宅を押しとどめたことがあったと推測される。

(ウ) なお、原告は、便所から帰った以後、本件暴行に至る前のD原警部補らとのやり取りがされた場所を、交通課待合室ではなく、暴走族特別捜査係の西側にあるパソコン机の置いてあった場所付近としているところ(D原警部補及びE田警部補は交通課待合室の辺りとしている。)、D原警部補らがこの点について事実と異なる供述をする必要はなく、他方、原告が当時酒に酔った状態で、かつ、長崎署員らとのやり取りで興奮していたことも考えると、この点に関しては、原告の記憶違いの可能性が高いというべきである。

ウ  ところで、被告は、①原告をそのまま一人で帰宅させた場合、再度現場へ戻りガードマン等の工事関係者とトラブルを起こす可能性があったこと(なお、当初は再び飲酒運転をする可能性があったとも主張していたが、原告が車両の鍵を長崎署員に預け、車両を後日引き取ることになっていたことを考えると、そのような可能性はなかったというべきであり、後には被告においてもこの点は主張していない。)、②身元確認に不十分な点があったこと、③早期の車両引取の必要性があったことから、身元引受人が来るまで原告を長崎署に留め置くことが必要であったと主張している。

確かに、原告が取調べに当たって、セーフティーコーンの設置位置や工事表示のやり方が間違っていると強く主張し、ガードマンと直接話をする等と言っていたことなどからすれば、原告が工事現場に戻り、ガードマンらとトラブルを起こすおそれがなかったとはいえないし、長崎署の駐車場の管理を考えると、早期の車両の引取の必要性もあり、身元確認の万全の観点からも身元引受人が原告の身柄を引き受ける措置を取るに越したことはないと考えられる。

このような事情の下で、長崎署員が原告を引き留めるために強制にわたらない程度の有形力を行使することが全く許されないわけではない。

しかし、前述のとおり、身元引受人が来署するまで署内に待機するようにという長崎署員の説得に対して、原告は帰宅の意思を繰り返し明確に表示し、現実に複数回にわたり長崎署から出ていこうとしたのに、その度にE田警部補らは、これを押しとどめるため、少なくとも原告の前方から原告の進路を塞ぐ形で手を出すなどして原告の腹、胸あるいは腕などの身体を一定の力で押さえ、原告の帰宅を阻止したものであるから、このような行為には強制的な要素が含まれていると評価すべきである。

また、原告が工事現場に戻ってガードマンらとトラブルを起こすおそれは差し迫ったものとはいい難く、特に原告に対する道路交通法違反被疑事件の取調べが終わった段階ではそのおそれはかなり低減していたと思われ、まして、これが犯罪につながる可能性は相当程度低いものであったというべきである。また、C川タクシーへの在職(元)の確認が取れた午前五時四〇分ころには、原告の身分関係は長崎署員においてもほぼ明らかになったと判断できるものであり、車両の引取についても、原告が酔いの醒めた段階でこれを引き取ることを約束していたことが認められる(その約束は履行されている。)。

このような事情の下で、かつ、前記のとおり、原告の意に反して身元引受人を要請して、身柄の引取を第三者に依頼する法的な根拠はない状況の下で、帰宅の意思を明確にしている原告を上記のような態様で長崎署内に留め置くことは、任意の協力を求めるという観点からも、その限界を超えているというべきである。

エ  以上のとおり、長崎署員が午前五時四〇分過ぎころから、午前六時二〇分ころまで、原告を長崎署内に留めたことは違法というべきである。

しかし、本件暴行については、原告の暴行に対する制圧行為であり、その程度も必要な程度を超えているとはいえず、民法七二〇条の趣旨からして違法なものとはいえない。

なお、原告の暴行が、E田警部補らの違法な行為(署内に留めた行為)に対する正当な反撃ではないかを検討する余地もないではないが、原告の暴行は、原告の帰宅を阻止された怒りに加え、パトカー内での同警部補の言動に対する怒りなどを動機としてされたもので、帰宅を阻止された行為そのものに対するものではないから、これを正当な反撃と評価することはできず、したがって、適法な行為との評価もできない。

四 原告の損害について

以上のとおり、原告が主張する損害のうち、原告の身体の傷害に係る損害を、本件で認定した違法行為によるものということはできないが、長崎署員らによる強制的な引き留めによる精神的な損害は、国家賠償法一条一項に基づき、被告においてこれを賠償すべきものである。そして、これまで認定したような本件事件の経緯、長崎署員が原告を引き留めた態様、引き留めた時間等を考慮すると、原告がこれによって被った精神的な損害は金一〇万円と評価することが相当である。

また、上記のような本件事案の内容、審理経過、審理内容などにかんがみると、弁護士費用のうち一〇万円は、上記違法行為と相当因果関係にある損害ということができる。

五 よって、原告の請求のうち、被告に対して金二〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成一七年一二月七日から民法所定の年五分の割合による損害賠償を求める部分は理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六四条、六一条を、仮執行の宣言については同法二五九条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

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