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長崎地方裁判所 平成18年(医ろ)4号 決定 2007年1月19日

主文

対象者に対し、心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律による医療を行わない。

理由

第1  申立て

対象者は、別紙記載のとおり、心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(以下「医療観察法」という。)2条3項の「対象者」に該当するので、対象者につき同法42条1項の決定をすることを申し立てる。

第2  判断

1  対象行為

記録及び審判期日の結果によれば、対象者は、別紙記載「対象行為の要旨」のとおりの行為をしたことが認められる。

したがって、対象者は、医療観察法2条2項1号所定の対象行為(刑法108条)を行ったことが認められる。

2  責任能力

記録及び審判期日の結果によれば、対象者は、平成18年4月ころから、長崎県佐世保市<以下省略>所在の共同住宅「aアパートb棟」201号室に居住するようになったが、同年五、六月ころ、妄想性障害に罹患し、階下で左腕のない女性が死んだためこの部屋には悪霊がとりついているとか、自分の部屋は呪われているため魚の腐ったような臭いがしたり、色々な音が聞こえたり、自分の部屋で話したことが佐世保市長が居住する階下の部屋に筒抜けになったりするとか、どこに行っても呪いに追いかけられるなどといった被害妄想、迫害妄想に取り憑かれ、家族3人で死ぬしかないと思い、対象行為に及んだことが認められる。

このように、対象者は、幻覚・妄想に支配されて対象行為に及んでいるのであって、対象行為時、精神の障害により事物の理非善悪を判断する能力及びその判断に従って行動する能力が欠けており、心神喪失状態であったと認められる。

3  医療観察法による医療の必要性

鑑定人の鑑定を基礎とすれば、対象者は、現在もなお、妄想性障害に罹患しており、治療反応性もあるため、治療を行う必要があり、また、病識に乏しいため入院治療の継続が必要であると認められる。

しかしながら、同鑑定を基礎とすれば、<1>対象者は、鑑定入院当初は被害妄想や関係妄想が顕著な状態であったが、鑑定入院中の薬物療法及び精神療法により、幻覚はなくなり、妄想も軽快するなど精神症状は改善し、穏やかで、控えめな口調で話し、礼節も保ち、治療スタッフや他の入院患者とも情緒的交流を図るまでになっており、更に治療を継続することにより治療効果は継続されると期待されること、<2>対象者の実子3名が統合失調症であったことから精神科病院に対する拒否感はなく、服薬や処置等には抵抗を示していないことから、今後の治療の進展により病識が得られ問題の認知を得ることは可能であることが認められ、これらによれば、医療観察法による枠組みでの治療は必ずしも必要ではなく、通常の病院での入院治療継続が適当であるということができる。

上記鑑定に加え、記録及び審判期日の結果によれば、<1>対象者の妄想性障害は、平成16年2月以降、対象者が、長男の死、二女の入院、夫の死及び転居に伴う住環境の変化というストレスの掛かる事態に直面するといった心理的要因を背景に発症したと考えられるため、心理療法が行われることによる改善が望まれること、<2>対象者の長女及び二女は統合失調症を発症し入院中であり、孫は知的障害者入所更生施設に入所中であるから、それら対象者の家族が対象者に適切な援助を行うことは困難であるものの、家族は対象者の精神的支えとなっているため、医療観察法による入院により、それらの者と地理的に離れてしまい面会が途絶してしまうことは、対象者に更なる心理的負担を強いてしまうおそれが強いこと、<3>対象者は鑑定入院先の医療関係者等と良好な関係を構築しているため、現在の医療環境の下での治療がより効果的と考えられるところ、対象者は対象行為時生活保護を受給しており、今後も精神保健及び精神障害者福祉に関する法律による入院による治療が可能であり、鑑定入院先の病院の医師は、同法による対象者の入院及び治療を引き受ける意向を示していること、<4>現在、対象者には帰住先が存在しないが、将来的には、福祉関係機関の援助を得て、救護施設等の利用も視野に入れた社会復帰に向けての調整が可能であることが認められる。

以上によれば、対象者は、一定期間、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律による入院をすることにより、精神障害を治療して社会復帰することが十分可能であり、医療観察法による医療を行うまでの必要性はない。

よって、精神保健参与員の意見を聴いた上で、主文のとおり決定する。

別紙

標記対象者については、下記対象行為を行ったこと及び犯行当時心神喪失であったことを認め、平成18年10月24日、公訴を提起しない処分(心神喪失)をした。

対象行為の要旨

対象者は、平成18年8月4日午前9時25分ころ、長崎県佐世保市<以下省略>aアパートb棟(木造コロニアルスレート葺2階建、延床面積約179.72平方メートル)201号室対象者方6畳仏間において、灯油を布団に撒き、これにマッチで点火して火を放ち、その火を同室壁等に燃え移らせ、よって、自己の娘であるBほか7名が現に住居として使用している前記aアパートb棟を焼損(焼損面積合計約136.34平方メートル)したものである。

対象行為の名称及び該当条文

現住建造物等放火、刑法第108条

(以上)

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