長崎地方裁判所 平成19年(わ)131号 判決 2008年5月26日
主文
被告人を死刑に処する。
長崎地方検察庁で保管中の回転弾倉式けん銃1丁(平成19年長崎地領第291号の1)及びけん銃実包26個(同号の2及び4)を没収する。
理由
【犯行に至る経緯】
被告人は,昭和22年に長崎市内で生まれ,地元中学校を卒業した後,昭和40年ころ,地元を縄張りとする暴力団A組の構成員となった。その後,被告人は,対立する暴力団組織との抗争等による服役を繰り返しながら所属する暴力団組織での地位を獲得していき,A組が指定暴力団B組C会に名称を改めた後は,C会D組組長,C会本部長になり,平成8年4月ころ,同会若頭に就任し,同会二代目会長就任を期待された。しかるに,平成14年5月ころ,被告人は会長代行とされて実質的に降格となり,やがて,直属の配下もいなくなり,経済的にも暴力団幹部としての体面を維持することが困難になっていった。
被告人は,4回にわたって結婚,離婚を繰り返し,平成18年2月に前妻と離婚してからは,成人の息子と二人,自宅で生活していた。
Eは,長崎市議会議員,長崎県議会議員を経て平成7年4月に長崎市長選挙に初当選し,以後長崎市長を3期約12年間務め,平成19年4月15日に告示された同月22日施行の長崎市長選挙に立候補し,市長4選を目指して選挙活動を行っていた。
被告人は,有限会社F組建設工業(以下「F組」という。)を経営するGを自分の言いなりにさせ,金銭を出させるなどして利用してきたところ,F組が資金繰りに窮し,平成14年1月ころ,長崎市の中小企業連鎖倒産防止資金融資制度(以下「本件融資制度」という。)を利用して銀行融資を受けようとした際,これに便乗して自らも活動資金等を得ようとした。しかし,F組が銀行融資を受けられず,これに納得が行かない被告人は,Gや右翼団体構成員などを使って長崎市に抗議させるなどした。さらに,平成16年1月にF組が事実上倒産した後は,Gらを介して長崎市への影響力を獲得しようと目論み,Gや知人のHをして長崎市が本件融資制度の申込書等を偽造しているなどと執拗に主張させるようになった。しかし,長崎市が偽造を認めることはなかった。また,被告人は,有限会社I建設(以下「I建設」という。)が,Gの持ちかけた談合を拒否し,長崎市発注の道路工事を請け負ったことへの報復として,平成15年2月ころ,同工事現場において,自己所有の自動車を損傷させる事故(以下「本件車両事故」という。)を自ら引き起こした上,I建設から長崎市に宛てた事故状況のファックス文書(同月24日付けの「FAX送信の御案内」と題するもの。以下「事故報告書」という。)には,被告人が故意に事故を起こしたかのような虚偽の記載がなされていると主張して,I建設に謝罪や高額の賠償を求めるなどした。そして,I建設への報復の後押しに利用しようとしてその賠償交渉に長崎市を巻き込んだ。しかるに,I建設が被告人の要求を拒否するなどしてその交渉に行き詰まると,賠償金取得をも含めた報復の後押しをさせるなど,長崎市への影響力を獲得,行使しようと目論み,平成16年7月ころから,長崎市に対し,事故報告書の作出に長崎市も関与した等と主張し,それへの対応を求めるようになった。しかし,長崎市は事故報告書作出への関与を認めず,被告人の行為を不当要求と認め,被告人との交渉を拒絶した。
被告人は,本件融資制度を利用した資金獲得や本件車両事故による賠償金取得等に失敗したばかりか,自分の主張や要求に応じようとしない長崎市の対応によって,同市への影響力を獲得,行使しようとした目論見も実現できず,暴力団幹部としての面子を潰され,自尊心を深く傷つけられたと感じ,長崎市に対する一方的な憤まんを募らせ,やがてその矛先を長崎市長であるEに向け,同人を逆恨みするようになった。
こうして,被告人は,暴力団幹部としての自己の将来を悲観し,経済的にもその体面を保つことが困難になって自暴自棄となる一方,長崎市への憤まんや長崎市長であるEへの恨みを募らせていたが,平成19年2月27日,同人が上記長崎市長選挙への出馬を表明し,その後間もなく,そのことを知るや,同人を殺害し,当選を阻止することで,それまでの長崎市への憤まんや同人に対する恨みを晴らすとともに,世間を震撼させる大事件を起こすことで自らの力を誇示し,暴力団幹部としての意地を見せようなどと考え,同人の殺害を決意した。
被告人は,同年4月2日ころから,Gや被告人の運転手であるJに命じてEの動向を探らせるなどし,同月14日,テレビの報道番組宛てに,「私Kはここに真実を書いて自分の事は責任を取ります」との書き出しで,本件融資制度や本件車両事故に関する被告人の主張を書きつづった書面等を送付するなどした上,同月17日夜,実弾を装填したけん銃等を所持してEの選挙事務所付近のマンション入口で,同人を乗せた選挙カーが現れるのを待ち伏せ,同人が被告人の面前の歩道を歩行通過するのを認めるや,これを追尾した。
【罪となるべき事実】
被告人は,
第1平成19年4月22日施行の長崎市長選挙に関し,法定の除外事由がないのに,同月17日午後7時52分ころ,長崎市L町M番N号OビルE選挙事務所前歩道上において,上記選挙に立候補した公職の候補者であるE(当時61歳)に対し,殺意をもって,所携の回転弾倉式けん銃で,その背後の至近距離から同人に向けて弾丸2発を発射し,いずれも同人の背部に命中させ,もって,不特定若しくは多数の者の用に供される場所においてけん銃を発射するとともに,選挙の自由を妨害し,よって,同月18日午前2時28分ころ,同市PQ丁目R番S号所在のT病院において,同人を銃創による胸部大動脈破切及び右心室破砕に基づく失血により死亡させて殺害した
第2法定の除外事由がないのに,同月17日午後7時52分ころ,上記E選挙事務所前歩道上において,上記回転弾倉式けん銃1丁(平成19年長崎地領第291号の1)をこれに適合する火薬類である実包28個(同号の2及び4はその一部)と共に携帯して所持した
ものである。
【争点に対する判断】
第1本件の争点
主任弁護人らは,被告人が殺意をもってEを銃殺した事実は認めているが,検察官が主張する①殺害動機,②殺意発生の時期・内容(殺害の計画性)を争っている。したがって,本件ではこれらが争点であり,争点についての検察官及び主任弁護人らの主張の概要は次のとおりである。
1 争点①殺害動機について
(1) 検察官の主張
被告人は,生活の困窮等により所属する暴力団組織への上納金にも窮して自暴自棄に陥っていたところ,本件融資制度による融資が受けられなかったことや本件車両事故を巡り,長崎市に対し執拗に不当な要求を繰り返したが,自らの要求に応じようとしない長崎市の対応に不満を抱き,その首長であるEに恨みを抱いていたこともあり,同人の長崎市長選挙への出馬表明を知るや,同人を殺害し,その当選を阻止することで,恨みを晴らすとともに,これまでの長崎市の厳しい対応への見せしめにすることを目論み,さらに世の中を震撼させるような大事件を引き起こすことによって自らの力を誇示し,暴力団幹部としての意地を見せようと考えた。
(2) 主任弁護人らの主張
被告人は,本件融資制度による融資が受けられなかったことや本件車両事故に関して長崎市及びEの責任追及をしていたが,これは,真実,市職員に不正があると考えていたからであった。しかるに,その要求は受け入れられず,被告人は,長崎市やEがその不正を隠蔽しているとして憤るとともに,自尊心も傷つけられた。被告人は,長崎市及びEの不正と自己の存在感を世間に知らしめたいと考えるようになり,平成19年4月上旬ころ,Eをけん銃で発砲して威嚇し,ひと騒動起こすことを思い至ったが,この時点では,同人殺害など意欲していなかった。
2 争点②殺意発生の時期・内容(殺害の計画性)について
(1) 検察官の主張
被告人が殺意を抱いたのは,平成19年2月27日,Eが長崎市長選挙への立候補を正式に表明し,それから間もなく被告人がこれを知ったころであり,それ以後,被告人は,Eの動向を窺うなどの準備を進め,犯行当日,犯行現場付近で同人を待ち伏せて殺害を実行した。
(2) 主任弁護人らの主張
被告人が殺意を抱いたのは,銃撃の直前である。被告人は,Eをけん銃で威嚇し,ひと騒動起こすことを企み,犯行当日,犯行現場付近で,遊説を終えた同人を乗せた選挙カーが到着するのを待ち伏せたが,予期に反して同人が被告人の面前を歩行通過したため,これを追尾したとき,従前からの長崎市やEに対する憤まんがわき上がり,突発的に殺意を抱いて犯行に及んだものであり,是が非でも殺害しようという意欲まではなかった。
3 争点に対する被告人の供述
被告人は,長崎市との関わりについては,捜査段階から一貫して,長崎市の不正を追及する目的で抗議していたもので,不当な責任追及を行う意思はなく,不当な要求もしていないと述べている。他方,E殺害を決意した時期について,捜査段階では,同人の長崎市長選挙への立候補の表明を聞いたころであると述べて,殺害の計画性も認めていたが,公判廷では,これを変更し,犯行直前の同人を追尾したときである旨述べるようになった。
第2争点①殺害動機についての判断
1 前提となる状況事実
検察官主張の殺害動機にかかわる状況事実としては,関係各証拠により,以下のとおり認めることができる(概ね,争いがない。)。
(1) 暴力団組織内部における被告人の地位
被告人は,昭和40年ころ,暴力団A組(平成7年4月に「C会」と改称)組員となり,以後,昭和48年ころ及び昭和57年ころの一時,同組から離脱していた時期はあるが,ほぼ一貫して同組ないしC会組員として活動してきた。この間,対立組織との抗争等による服役を繰り返しながら,所属する組織内部での地位を獲得していき,C会傘下のD組組長を務めると共に,平成8年には,次期会長を期待されてC会若頭となった。
しかるに,C会会長Uは,被告人が自分やD組のことばかりを考えて行動するため,C会を任せておくわけにはいかないと考えるようになり,平成14年5月ころ,被告人の養子であるVを若頭にして,被告人を会長代行とした。これは,実質的には降格であり,被告人の会長就任の見込みが乏しくなったことを意味するものであった。また,Uは,そのころから組織の若返りを図ろうと考え,若い構成員に「古かもんの言うことは聞かんでいい」などと言っていたため,被告人はC会内部で浮いた存在になっていき,次第にD組組員もC会直参になるなどして,本件当時,被告人直属の配下となる組員はほとんどいなくなっていた。
(2) 本件犯行当時の被告人の生活状況
被告人は,これまで4度の婚姻,離婚歴があり,平成18年2月に前妻Wと離婚してからは,肩書住居地に,2番目の妻との間の息子Xと二人で暮らしていた。Wとの間にも息子Y(平成15年6月生)がいるが,同児はダウン症及び重度の糖尿病に罹患しており,離婚に伴いWが引き取った。
被告人は,毎月の支出としてC会の会費30万円を納めなければならず,幹部組員としての交際費等も必要であった。また,平成15年から月20万円の給料でJを運転手として雇っていたが,平成18年1月からはその給料を月15万円に減額した。Wと離婚後は,前々妻のZの知人の弁当屋から弁当を分けてもらって昼食にしており,夕食はJが用意するスーパーマーケットの総菜などで済ませることが多かった。
被告人は,Zから平成18年6月から12月ころまでの間に500万円を借り(このうちの300万円は自宅購入費の一部であった。),平成19年4月11日及び同月13日にもそれぞれ9万円,8万円を借りた。平成18年末ころ,実母のaから3度に分けて合計280万円を借りた。平成19年3月30日,WからC会の会費30万円と車検代30万円を借り,さらに同年3月末から4月にかけてGから合計17万円を借りた。これらの借金はいずれも返済されていない。
被告人の預金口座(n銀行p支店及びq支店)の残高は,平成15年ころは300万円を超えることもあったが,次第に減少していき,本件犯行当時は合計4万円余りというものであった。
(なお,被告人の資産,収入の詳細は不明であり,自宅以外にもいくつかの不動産を所有していることが窺われる。また,収入について,被告人は,みかじめ料などで月70万円くらいの収入があり,経済的に困ってはいないと述べるが,具体的な内容を明らかにしておらず,裏付けはない。)
(3) 被告人と長崎市との軋轢
ア 本件融資制度の利用申込みを巡る被告人の関与
F組は,平成13年末,有限会社bが下請工事代金834万円を支払わないまま営業廃止を届け出たため,同工事代金を回収できなくなり,資金繰りに窮するようになった。Gは,本件融資制度の存在を聞きつけ,被告人や当時有限会社bの残務整理を任されていたcと相談し,本件融資制度を利用して銀行融資を受けることにした。Gは,平成14年1月,長崎市に融資額1000万円のあっせん申込みをした。このとき,被告人らは県の融資あっせんと併せて3000万円の融資を受けようと考えていたため,Gは,未収額を証明する書類として,上記834万円に回収済みの債権額をも加えて未収金額3519万3750円と水増ししたc作成の有限会社bの未収金確認書を持参していた。Gは,同月17日,長崎市からあっせん書の交付を受け,これをn銀行r支店に持ち込んだが,同制度による融資はd協会の保証が条件となっており,同協会の調査の結果,保証が得られなかったため,F組は融資を受けることができなかった。
これを知った被告人は,右翼団体e協議会の構成員に依頼し,Gに同行させるなどして,同年3月から6月にかけ,4度にわたり長崎市役所に行かせて抗議させ,融資を受けられなかった理由を追及させたり,2度にわたり質問状(あっせん書発行に際し,有限会社bから営業廃止の申立書を提出させるなど表面上の処理をした,営業廃止は倒産になるのかといった質問のほか,長崎市の公共工事の不正やd協会との癒着等を仄めかす内容の質問が多数盛り込まれている。)を送付させるなどした。これに対し,長崎市は,F組が融資を受けられなかったのは上記保証が得られなかったからであると回答した。
被告人は,平成15年5月,Gらを介し,長崎市から,本件融資制度のほかにも国のセーフティネット保証制度による銀行融資の方法があることを聞き出したが,結局,この制度でもF組が融資を受けることはできなかった。
F組は,平成16年1月,2度目の不渡り手形を出して銀行取引停止処分を受け,事実上倒産した。
被告人は,Gに指示し,上記右翼団体の構成員を同行させるなどして,同年9月ころから,長崎市役所に対し,本件融資制度やセーフティネット保証制度のあっせん書,次いでその申込書等の情報公開請求を繰り返させた。そして,本件融資制度の申込書(平成14年1月15日付けのもの)の写しを入手すると,申込みは,同月16日,口頭でしたのに申込書が偽造されている,と言うようになり,Gに指示して長崎市役所に申込書が偽造である旨抗議させた。さらに,その添付書類の作成名義が有限会社bになっている確認書の写し(未払金2671万5000円のもの)を入手すると,これも申込みの際提出したものではなく偽造されていると言うようになった。被告人は,親交のあったフリージャーナリストのHに依頼し,平成17年7月から10月にかけ,前後7回にわたり,同人が主宰するミニコミ誌「f」の代表名義で長崎市長宛の「公開質問状」を作成送付させた。その内容は,Gが提出しておらず,申込日付も事実と異なる申込書が存在する理由,有限会社bが作成したのとは金額の異なる確認書が存在する理由等について回答を求めるものであり,これに対し,長崎市がした回答は,申込書はG自身の意思に基づいて作成提出されたものであり,Gからは上記確認書(未払金2671万5000円のもの)のみの提出を受けており,金額の相違については回答できない等というものであった。
被告人は,同年12月25日,Gに指示し,Eほか4名が共謀し,本件融資制度の申込書及び確認書を偽造,行使したとして同人らを私文書偽造・同行使罪で長崎地方検察庁に告発したが,不起訴処分に終わった。
イ 本件車両事故を巡る被告人の関与
F組は,平成15年1月,長崎市発注の市道s町t町線歩道新設工事の入札に参加し,Gが,他の入札参加企業に談合を持ちかけたものの,I建設他1社から拒否され,上記工事はI建設が落札した。
同年2月24日,上記工事の現場において,被告人所有の自動車が上記工事で生じた道路の陥没部分に後輪を脱落させ,バンパーや車底を擦って損傷するという事故が生じた(本件車両事故)。
I建設から長崎市に宛てた事故報告書には,事故が起きる前,事故を起こした自動車が何度か現場を物色するように通過していた,後部座席から降りてきた人が道路陥没部を確認後,車を後退で誘導し,重機オペレーターの制止を無視して進入したために事故が起きた旨記載されていた。
上記工事は,本件事故の直後中断していたが,被告人は,同年3月ころ,長崎市に対し,本件車両事故が未解決であるとして工事再開に抗議した。
被告人は,同年7月下旬,長崎市に対し,本件車両事故が未解決である,事故報告書の内容は虚偽である等として長崎市が間に入るよう要請した。長崎市を交えて,その後複数回賠償交渉がもたれたが,話し合いはつかなかった。
その後,被告人は,長崎市に対し,I建設を公文書偽造で告訴し,指名停止にするよう要求するなどした。
平成16年5月12日,長崎市の担当職員らが,被告人の要請で,I建設が請負賠償責任保険(以下「請賠」という。)契約を締結しているg損害保険株式会社(以下「g損保」という。)のuサービスセンター(以下「uサービスセンター」という。)に赴き,同保険適用の可否を尋ねたところ,uサービスセンターでは,I建設社長からの,事故状況は事故報告書の記載どおりで間違いない旨の聴取結果に基づき,請賠は適用できないと回答した。同日,長崎市の担当職員はこれを被告人に伝えた。
被告人は,同年7月8日,uサービスセンターに赴き,同所に「15.2.25」の日付印(なお,この日付印は,後記証人hの証言により,本件車両事故当時の長崎市道路公園部道路課長が,普段からの癖で,受領確認の趣旨で押印したものと認められる。)が押された事故報告書があることを確認するや,その日の内に長崎市役所に赴き,uサービスセンターに長崎市がI建設から受け取った事故報告書があるのはなぜか,長崎市がI建設社長に渡したのではないか,長崎市とI建設は共謀している等と抗議し,その後,I建設や長崎市,g損保が共謀して事故報告書を偽造した等と主張するようになった。
被告人は,同月16日ころ,長崎市に対して情報公開請求を行い,長崎市が保管する事故報告書原本の情報公開を求めたが,長崎市では送信されてきたファックス文書そのものは保存していなかったため,原本は不存在であるとして非公開とした。
この間の同年6月,被告人は,長崎市に送られてきた事故報告書は,I建設が改ざん偽造したものだと主張し,I建設社長以下関係者を私文書偽造・名誉毀損で長崎地方検察庁に告訴・告発した(同年12月22日不起訴処分)。また,同年7月,長崎市が上記偽造に関与したと主張し,Eや長崎市の担当者を私文書偽造・名誉毀損で告訴・告発した(同年12月22日不起訴処分)。このころ,被告人は,請賠が適用できるような事故状況の報告文書が存在するはずであって,その内容が正しいと主張し,長崎市の担当者が,長崎市には事故報告書を偽造する必要などないということを何度説明しても聞き入れようとしなかった。
被告人は,同年11月15日,長崎市役所に来て秘書課を通さずに助役室に入り込み,助役に面会を求め,事故報告書に虚偽がある等と主張した。長崎市は,警察に相談し,不当要求対策委員会を開いて協議し,被告人の要求を不当要求と判断し,今後対応しないこととした。平成17年1月5日,被告人の指示を受けたJが助役室に入り込み,本件車両事故について助役に質問し,その内容をボイスレコーダーで録音した。その後も,被告人は,同月26日,長崎市役所に来て助役室に入ろうとしたり,本件車両事故の解明がなされていない等と主張し,内容証明郵便を送って助役との面会を求めるなどしたが,長崎市はこれに応じず,同年2月4日,これ以上の対応はできず面会にも応じられない旨書面で回答した。
被告人は,平成18年6月ころ,自分でかけていた車両保険から23万3310円の支払を受けた。また,平成19年1月30日,I建設に対して,869万4030円の支払を求める民事調停を長崎簡易裁判所に申し立てたが,不調で同年3月12日に取り下げた。
ウ その他の周辺事実
(ア) 被告人は,平成17年8月ころ,Hと喫茶店で話をしているときに,手をけん銃の形にして,その銃口をHの額に向けながら,「Eのタマば取ってこんや」「おいはチャカでけじめばつくるとやもんね」と言ったり,平成18年末には,酔った拍子にZに対して,「Eは許さん」と口走るなどしていた。
(イ) 被告人は,平成19年2月末ころ,Eが長崎市長選挙に立候補することをニュースで知るや,快く思っていない様子で,Jに「また,ずっとかあ(出るのかの意味)」と言っていた。
(ウ) 被告人は,同年4月14日,Jに指示し,本件融資制度に絡む問題や本件車両事故の関係で集めた資料を同封して,テレビの報道番組「v」に宛てた書面を送らせた。その書面は「私Kはここに真実を書いて自分の事は責任を取ります」と書き出し,上記各問題などに対する被告人の主張などが書きつづられていた。
(エ) Uは,会長代行であった被告人が本件犯行を行ったことで,同月18日引退し,C会を解散した。
2 前記認定事実から推認できること
被告人は,社会生活の殆どを暴力団構成員として生きてきて,一時は次期会長と目される若頭にまで昇った。しかるに,平成15年4月,会長代行になったが,これは実質的には降格であったから,被告人にとって大きな衝撃であり,暴力団幹部としての自己の将来を悲観すべき事情であった。
次に,被告人は,F組が本件融資制度を利用して必要以上に水増しした銀行融資を受けようとすることに関わり,その融資を拒否されると,右翼団体まで使って長崎市を相手に執拗に抗議させるなどした。このような被告人の深い関わり方からすれば,被告人は,単にF組の救済に手を貸していたというだけではなく,F組が受ける融資から自己の活動資金等の金銭を得ようと考えていたと推認できる(なお,被告人も捜査段階では,3000万円の融資金のうち500万円位を自己資金に使いたいと考えていた等と述べていた(乙4)。)。しかし,結局,F組が融資を得られずに倒産すると,GやHを使い,長崎市には関係書類を偽造した不正があると主張させるなどしたが,そのような主張が長崎市に受け入れられることはなかった。
これとほぼ平行して,被告人は,本件車両事故を巡るI建設との賠償交渉に長崎市を巻き込んだ上,その交渉に行き詰まると,長崎市に文書偽造の不正があるなどと主張した。被告人が調停で求めた請求額からして,被告人はI建設から高額な賠償金を取得しようと考えていたことが窺えるが,ここでも,最終的には自分の自動車保険を使ったわずかな保険金を得ただけで終わった。また,長崎市からは,その主張を否定され,不当要求として交渉を拒否される始末であった。
とりわけ本件車両事故に関しては,被告人自身が表に出て主体的に関与してきた交渉等であったから,それが失敗したことは,被告人の暴力団幹部としてのプライドをいたく傷つけるものであったと考えられる。
そして被告人は,周囲の者に対して,Eへの憤りや同人殺害をも辞さない言葉を漏らすようになり,同人の長崎市長選出馬を知るや不快感を露わにしている。
この間,被告人は,別れた妻や実母からまで借金を重ねるようになり,Wと別れてからは,食費も節約し,運転手の給料も減額するなどしていたし,さらに本件犯行時ころは,預金も殆どなくなり,組織への上納金やわずかな金まで借金するなどしていた。被告人は,収入もあり,経済的には困っていなかったと供述するが,上記のような状況からすれば,日々の生活に困窮する程ではなかったにしても,暴力団幹部としての体面を保つことが困難になってきていたことは明らかというべきある。本件融資制度を利用した資金獲得やI建設からの賠償金取得に失敗したことで,このような経済状況を改善できなかった痛手も大きかったと思われる。
加えて,配下の組員もいなくなり,Wとも離婚して,被告人は孤立を深めていった。
こうした状況の中で,被告人は本件犯行を敢行している。
被告人が本件犯行を敢行したことでC会は解散したが,上部組織からC会へ何らかの処分があり得ることは被告人にも十分予想できたはずであり,被告人も,捜査段階でその旨述べていた(乙10)。にもかかわらず,敢えて本件犯行に及んでいることからすれば,被告人が,当時,相当追いつめられた心境にあったと窺うことができる。
このように,被告人には,暴力団幹部としての自己の将来を悲観すべき事情があり,本件当時は経済的にも暴力団幹部としての体面を保つことが困難な状況になっていたから,検察官が主張するように,自暴自棄となる中,長崎市が自己の主張や要求を受け入れず,その対応に暴力団幹部としてのプライドを傷つけられたと感じて,長崎市への不満を募らせ,その怒りを長崎市の首長であるEへ向けるようになり,同人の市長選出馬を知って,その4選阻止をも目的に殺意を形成したと推認することには一応の合理性がある。しかも,被告人は,犯行に先立ち,「v」に自己の主張を書いた書面を送りつけており,その後に起こす行動が被告人によるものであることを世間に誇示しようとしていたと考えられる行動をとっている。そのことも併せ考えると,被告人には,社会を震撼させるような大事件を起こすことで,暴力団幹部としての自分の力や意地を世間に誇示する意図があったと考えることにも一応の合理性がある。
しかし,本件融資制度の利用申込みや本件車両事故を巡り,被告人が執拗に長崎市に対して不正があるなどと主張した意図,目的,その結果が本件犯行動機に及ぼした影響等についてはなお不明な部分が残る。これらは重要な情状事実でもあるところ,主任弁護人らは,前記のとおり,被告人は,真実長崎市に不正があると考えていた等と主張している。
そこで,以下,被告人の長崎市との関わりについて更に詳細に検討した上で,殺害動機を認定することとする。
3 被告人とG及びF組との関係
まず,被告人の長崎市との関わりを検討する前提として,被告人のGやF組との関係について検討しておく。
関係各証拠によれば,被告人は,平成10年ないし11年ころ,Gと知り合ったこと,Gは,平成12年10月,個人の建設業を有限会社の会社組織にし,その際,被告人から500万円を立て替えてもらったことがあったこと,F組は,被告人から紹介された人物を営業部長として雇い入れたこと,また,被告人から約2400万円の高額の焦げ付き債権を回収してもらったこともあったこと,被告人とGとは,被告人の方が立場が上であったことを争いなく認めることができる。
そして,被告人との関係につき,証人Gは,上記500万円はすぐに返し,その後は,次々と金員を要求されるようになったが,上記債権回収をしてもらった恩義や被告人が暴力団幹部である上,愛人のことを知られ,これを妻にばらすとか家族に危害を加えるなどと言われていた畏怖から断り切れず,被告人に金員を用立ててきており,逆に被告人に手形の決済を立て替えてもらうなどして返していないものも合計340万円くらいはあるが,被告人から返してもらっていない貸金は1000万円を超える旨証言している。これに対し,被告人は,Gの言うような関係を否定し,Gとは好意で付き合ってきて,高利貸しの返済金を貸し付けるなどしてやっており,約4000万円もの貸付けが残っている等と供述している。しかし,被告人がGにそのような高額な貸付けをしてやる理由はなく,またそれだけの資力があったとも思われない(WやZは,被告人が婚姻中,生活費を全くいれなかったと述べている。)。被告人は,本件融資制度による銀行融資にG以上のこだわりを見せていたが,これは前記のとおり,F組への融資に便乗して自らの活動資金等を得ようとしたからと考えられるし,その後の長崎市との関わりや本件犯行の準備段階でも,Gに命じて様々な用事をさせるなど,Gをいいように使い回しており,Gとの付き合いは,被告人にとって,GやF組に利用価値があったからと考えるのが相当である。Gは,個々の根拠を挙げて被告人に用立てた貸金等の内容を説明しており,被告人から債権取立てや手形の立替払をしてもらったことなども認め,家族には知られたくない愛人の存在などまで自ら話しているのであって,Gの上記証言は基本的に信用できる。これによれば,被告人は,自分の言いなりにさせ,金銭を出させるなどしてCやF組を利用してきたということができる。
4 本件融資制度の利用等に関する長崎市への不正追及について
(1) 被告人が,Gに指示して,平成16年8月,Eを告発させたこと
Gは,平成16年8月17日,「F組は有限会社bが倒産したため,あっせん書をもらったが,事実は,有限会社bは業務を停止しただけで倒産していなかったから,あっせん書は虚偽公文書である」として,Eを虚偽公文書作成・同行使罪で長崎地方検察庁に告発した。これについて,Gは,被告人から指示されたものであった旨証言するのに対し,被告人は,あっせん書が出されたことがおかしいなどと言ったことはない旨供述する。しかし,被告人は,それに先立ち,右翼団体構成員に,本件融資制度利用の銀行融資がおりなかった理由等を追及させたことは認めているところ,同人らが長崎市に出した質問状には,有限会社bの営業廃止が倒産になるのかと質問する項目が含まれていた。これは上記告発において,あっせん書が虚偽だとする理由とされているところと同様である。上記右翼構成員らが被告人との意思の疎通なく,このような質問状を出したとは考えにくい。このことからすると,このころの被告人は,有限会社bが営業廃止であったにもかかわらず,あっせん書が出されたことを問題にしていたと考えられる。そして,この当時は被告人が中心となって長崎市に抗議するなどしていたことからして,Gが被告人の指示を受けず,被告人に相談することもなく上記告発をしたということも考えにくいし,被告人も捜査段階では,Gに指示して告発させたことを認めていた(乙4)。これらのことからすると,上記告発が被告人の指示であった旨いうCの証言は信用できる。
(2) 本件融資制度の申込書や確認書が提出された経緯
この点については,現にその申込みをしたG自身,公判廷で,要旨,次のとおり証言している。すなわち,平成14年1月15日,あっせん書をもらいにcとともに長崎市役所に行ったが,相談員のiから書類の不備を指摘された。そこで,cと手分けして書類を揃えたが,納税証明書がその日に間に合わず,翌16日,それらの関係書類を添付して申込書を提出した。その際,申込書には最初に行った同月15日と記載し,社名印,実印を自ら押した。持参した有限会社b作成の確認書は,二重計上による水増しを指摘され,また,市のあっせん限度額1000万円に見合う額で足りると説明されて,減額することを了承した。被告人は長崎市から開示された申込書や確認書を見て,それらが偽造されている等と言うようになった。被告人には,申込書が偽造でないことについて,手帳の記載を見せたり,申込書等の印影を鑑定してもらい,その鑑定書(甲50添付の「印影簡易鑑定」)を見せたりして説明したが,被告人は聞き入れようとしなかった。確認書についても減額の経緯を説明したが,受け入れてもらえなかった。以上のとおりである。
このようなGの証言は,具体的かつ詳細で,申込日を同月15日とする申込書が長崎市に提出された経緯や,同人が持参した確認書と長崎市が保有している確認書の金額が相違する理由を自然に説明するものであり,格別不合理なところもない。同人が,初めて申込みに行った日や申込みが口頭であったか書面であったかなどについて,ことさら虚偽の証言をしなければならない理由は考えられない。そして,Gが証言する上記鑑定書については,被告人も見せられたことを認めており,申込書等が偽造でないと説得したことについての一部の裏付けもある。そうすると,Gの上記証言は基本的に信用できる。
また,証人jは,長崎市商工部工業労政課金融労政係長として,平成14年4月から融資担当業務に携わるようになった者であるが,iら関係者から事情聴取等したという結果に基づき,Gから本件融資制度利用申込みの受付がなされた経緯について,iは,同年1月15日,書類の不備や有限会社bが未だ倒産していないとの理由で一旦はGの申込みを断ったが,同人が強く希望するので工業労政課長以下が協議した結果,廃業でも債権回収は困難と判断して受付することになった,そこでGには必要書類等を指示し,翌16日,申込みを受け付けたと聞いている旨証言している。j証言は,伝聞ではあるが,有限会社bが倒産ではなく営業廃止であるにかかわらずGの申込みを受け付けることになった理由を説明するものとして合理的であり,この証言も基本的に信用できる。
これらの証言によれば,申込書は,Gによって同月16日提出されたものと認められる。
もっとも,長崎市保管の確認書については,G証言によっても,いつ,誰が,どのような経緯で作成したのか明らかではない(なお,社名印の位置,実印の角度のずれなどからして,これが,G持参の確認書そのものに加工したものでないことは明らかである。)。しかし,もともと,長崎市には確認書を偽造しなければならないような理由や必要性は全くない。これに関し,証人Gは,情報公開請求をしているころ,jから工業労政課の方で書いた旨説明されたなどと証言しているが,その記憶は曖昧である上,本来その確認書は,有限会社bが作成すべきものであり,長崎市が作成できるものではなく,長崎市の文書偽造が追及されている中でjがそのような説明をしたというのは首肯し難い。また,被告人は,陳述書(弁9。ただし,不同意部分を除く。)で,cに長崎市保管の確認書は提出していないことを証明してもらった旨記載し,その書面も証拠として提出されてはいるが(弁15。平成20年押第2号の1),Gの証言によれば,その証明は,Gが,当時脳梗塞で入院していたcに,被告人の指示のままに書かせたものというのであるから,この証明の記載から確認書が偽造されたと認めることもできない。以上によれば,長崎市保管の確認書が偽造されたとも認められない。
(3) 被告人の長崎市への不正追及の不当性
被告人は,Gらとともに,多額の融資を得ようとして未収金を水増し申告するというそれ自体不当な本件融資制度利用の申込みをしておきながら,F組への融資を受けることができなくなると,保証を拒否したd協会や銀行ではなく,長崎市を相手に,右翼団体まで使って執拗に融資を受けられなかった理由を問い質すなどしている。長崎市は,被告人らの申込みどおりにあっせん書を発行したのであり,融資自体は長崎市が行うものではなかったから,このような抗議行動等は明らかに筋違いである。また,セーフティネット保証による融資も拒否され,まもなくF組が倒産してF組を利用した金策の可能性が閉ざされると,今度は,長崎市を攻撃対象とするようになった。まず,Gをして平成16年8月にEを告発させているが(上記(1)),その内容は,Gが当初iから本件融資制度利用の申込みを拒否され,頼み込んで受け付けてもらったという事情を逆手にとり,これを非難するものであって,その不合理さはいうまでもない。もとより,長崎市の判断に不当な点はない。次いで,被告人は,Gをして情報公開請求等をさせているが,その方法も右翼団体構成員を同行させるなど恫喝的なものであった。ここには,自分らの望んだ融資が受けられなかったことへの不満から,長崎市の手落ち等がなかったかあら探ししようとする被告人の姿勢が如実に浮かび上がっている。そして,上記申込書や確認書の写しを入手すると,これらが偽造だと言い張り,Hを使って執拗に公開質問状を出させ,Gを使ってEや長崎市の担当職員を検察庁に告発させるなどした。この間,Gから申込書が偽造ではなく,確認書の未収金減額にも納得している旨説明されても聞き入れようとはしなかった。被告人らは,長崎市より所期のとおり本件融資制度のあっせん書やセーフティネット保証融資に必要な認定書の発行を受けていたから,これらが発行された経緯など今更問題にする必要などなかったはずである。しかも,被告人は情報公開請求により上記申込書や確認書の写しを入手する前から,上記のとおり,GをしてEを告発させるなどしていた。
以上のような経過からすると,被告人は,F組への融資を利用して自らの活動資金等を得ようとして失敗し,長崎市を相手に何らかの手落ちがなかったかあら探ししたものの,格別,攻撃材料となるようなものも見いだせなかったため,申込書等が偽造だなどと強弁して長崎市を攻撃していたもので,その不当性は明らかというべきであるし,被告人もそのことを十分認識していたと推認できる。
5 本件車両事故に関する長崎市への不正追及について
(1) 本件車両事故の原因
被告人は,本件車両事故当時,Gの談合工作など知らなかったし,Jに対して後退の誘導はしていない旨供述する。
しかし,証人Gは,談合に失敗したことで被告人から事前に相談しなかったことを叱責され,I建設から金を引き出そうと掛け合ったが,これも拒否され,そのことを報告すると,被告人が,後は自分がすると言った旨証言している(なお,被告人自身も,捜査段階では,Gから談合破りの話を聞いて,F組の営業部長に指示し,I建設が落札した工事を下請けさせるよう交渉させたが断られたなどと述べていた(乙5)。)。そして,証人Jは,事故態様について,道路陥没部より後方にいた被告人の誘導に従って後退したところ,本件車両事故が生じた旨明確に証言している。GやJの上記証言の信用性を否定すべき理由はなく,信用できる。これらの証言によると,被告人は,本件車両事故の現場が,談合破りをして落札したI建設の工事現場であることを知っていたし,道路の陥没部にも当然気付いていながらJを誘導したと認められ,本件車両事故は被告人が意図的に惹起したものと強く推認できる。
(2) I建設に対する被告人の要求内容
被告人は長崎市を交えたI建設との交渉で不当な金銭要求等をしていないと供述する。しかし,当時長崎市の道路維持課長として,その交渉に関わるなどした証人hは,その交渉経緯について,要旨,次のとおり証言している。すなわち,被告人は当初,事故報告書の内容についての謝罪と修理費60万円位を要求しており,I建設社長はこれを容れて謝罪し,修理費も支払うことにした。ところが,その後,被告人は要求額をつり上げ,最終的には修理費も増やし,代車代もあわせて約270万円とI建設の詫び状を要求した。その際,長崎市の道路公園部長が頼むなら自分の自動車保険を使ってもいいと言うので,同部長が応じ,I建設社長が詫び状を書いて渡すと,被告人は,I建設の請賠の適用を求めるようになり,話し合いがつかなくなった,というのである。hは,その当時の経過をその都度「K氏関係の経過書」と題する書面に記載しているが(甲64添付),同書面にも同旨の内容が記載されており,同人の証言や上記書面の信用性は高いと認められ,その証言は信用できる。h証言によれば,被告人が本件事故を利用して不当に高額な金銭要求をしていたことは明らかである。
(3) 事故報告書がuサービスセンターに持ち込まれた経緯
被告人は,長崎市にあるはずの「15.2.25」の日付印のある事故報告書がuサービスセンターに保管されていることを理由に,長崎市が偽造に関わったと主張している。
しかし,既に述べたとおり本件車両事故は被告人が意図的に惹起したものであると強く推認できるし,長崎市が内容虚偽の事故報告書の作成に関わる理由や必要性は何ら存在しない。
また,上記日付印のある事故報告書がuサービスセンターに保管されていることについて,uサービスセンターの所長で本件車両事故を担当していた証人kは,要旨,次のとおり証言している。すなわち,被告人は,平成16年5月21日,kの不在中にuサービスセンターに来て,応対した従業員lに複数枚の文書のコピーを取らせた。lがコピーを取って保管した文書は,上記日付印のある事故報告書ほか2枚と思われる。その理由は,当該文書にはuサービスセンターの受付印がないが,uサービスセンターでは文書は全て受付印を押す扱いになっており,lはg損保の営業店従業員であったためその習慣がなく,また,そのうちの1枚に同月20日付けのものがあるからである。その後の同年7月8日,被告人は,kの不在中にuサービスセンターに来て,上記日付印のある事故報告書があるか確認を求めてきた。uサービスセンターには上記コピーが保管されており,応対した従業員mが,ある旨答えた。uサービスセンターでは本件車両事故について,長崎市から事故報告書を受け取ったことはない。以上のとおりである。
k証言は,上記日付印のある事故報告書がuサービスセンターに保管されている経緯について,具体的かつ矛盾なく説明するものであって,その推論も不合理ではなく,信用できる。これによれば,uサービスセンターに保管されている上記日付印のある事故報告書は,被告人が持ち込んだものと認められる。
(4) 被告人がI建設との交渉に長崎市を巻き込むなどした意図
以上に認定の事情((1),(2),(3))や,前記1に認定のとおり被告人が中断した工事の再開に抗議したり,I建設との交渉に長崎市を巻き込み,交渉過程で長崎市に対してI建設を指名業者から外すよう求めるなど,賠償交渉とは直接関係のない要求をしていたことなどを総合すると,このころの被告人は,F組の談合等を拒否したI建設への報復として,落札工事の妨害,同社の指名業者からの排除等とともに同社から賠償金名目で高額の金員を引き出すことを企図して本件車両事故を引き起こした上,その賠償交渉に発注者としての立場にある長崎市を巻き込み,I建設への報復の後押しに利用しようとしていたと考えることができる。
被告人は,I建設の出方を見ながら次第に要求額をつり上げていき,その額も法外なものになったため,I建設が賠償交渉を拒否し,長崎市も被告人の期待どおりには動かなかった。そうすると,今度は,長崎市が文書(事故報告書)偽造にかかわったなどと言ってI建設のみならず長崎市をも攻撃の対象とするようになったのである。しかし,長崎市が本件車両事故に関し,その事故報告書の偽造に関与する必要性は全くなく,それを窺わせるような客観的事情もなかった。それにもかかわらず,被告人は,前記(3)のような不正工作までして長崎市が偽造に関与したと強弁し,さらに,情報公開請求をして長崎市の保有文書を探ろうとし,長崎市の関係者を告訴・告発するなどした上,市役所に押し掛け,助役との面会を求めるなど,実に執拗に長崎市に対応を求めた。被告人は,後に調停を申し立てるなどI建設への賠償請求をまだ諦めてはいなかったから,長崎市の不正を追及するなどの姿勢を取ることで,長崎市に対して,自分の存在やその力を誇示し,高額な賠償金取得をも含めたI建設への報復の後押しをさせるなど,長崎市に対する不当な影響力を獲得,行使しようとしたものと推認できる。
6 長崎市への不正追及の失敗が殺害動機に及ぼした影響
(1) 長崎市への不正追及の目的等
以上4及び5で検討したとおり,被告人の長崎市への不正追及なるものは全く理由のない主張とそれへの対応の要求でしかなかった。本件車両事故を巡る長崎市への要求等からは,同市への不当な影響力を獲得,行使してI建設への報復の後押し等に利用しようとした被告人の意図も推認できる。
もっとも,本件融資制度利用申込みに関係する長崎市への攻撃に関しては,被告人自身が表に出ることはなかったし,Gらをして金銭その他の利権等の要求をさせることもなかった。しかし,本件車両事故への被告人の関わりと対比した場合,特徴的なのは,この二つの流れにおける被告人の手口がきわめて類似しているということである。すなわち,情報公開請求を使って長崎市の保有文書を探り,自分らが持ち込んだ文書であるのに,それが偽造されているなどと主張し,最後には捜査機関をも巻き込んで圧力をかけるというものである。しかも,その時期も相接している。このようなことからすると,本件融資制度利用申込みに関する長崎市への攻撃は,それ自体が自己目的化していたなどとは考えにくい。
これに関して,証人Gは,F組が倒産した後の平成16年1月ころ,被告人が,F組の事務所において,Gやcに,市役所の職員の弱みを握って,市役所を牛耳り,公共工事の受注等を思いのままにして業者から金を取るような組織を作りたいと語ったことがある,と証言している。このようなG証言もその信用性を疑わせるような事情はなく,信用できる。被告人が,Gの証言するとおりの構想をどこまで現実的なものと考えていたかについては,当時の被告人の状況からして疑問がないわけではないが,少なくとも,上記の発言からは,行政の弱みにつけ込み,経済的利益等を引き出そうとする被告人の思考傾向を推知することができる。
このことを併せ考慮すると,被告人は,本件融資制度利用申込みに関する長崎市への攻撃においても,本件車両事故に関するものと同様,Gらを介してではあるが,不正追及などという姿勢をとることで,長崎市への影響力を獲得しようとしたものということができる。
そして,これらのいずれにおいても,長崎市が少しでも譲歩したりなどすれば,被告人はさらに要求を拡大していき,自分の都合の良いように長崎市を利用しようとしていたと考えられるのである。
(2) 犯行動機形成への影響
しかるに,長崎市に不正があるなどという被告人の主張は長崎市から取り上げられず,却って,本件車両事故の件では長崎市から不当要求と判断されて面会等も拒絶された。被告人は,それ以前から暴力団組織の中で浮いた存在となり,配下の者もいなくなり,経済的にも弱体化していく中で,本件融資制度利用に便乗した活動資金等の獲得,本件車両事故による賠償金の取得に失敗し,さらにはその間,金を出させていたF組も倒産していた。
また,被告人にとって上記のような長崎市の対応は,暴力団幹部としての面子を潰され,そのプライドをいたく傷つけられることであったと考えられる。被告人が長崎市の対応に多大な憤まんを抱いたことは推測するに難くない。
被告人は捜査段階で,本件犯行の動機に関し,長崎市の不正を追及しようとしたという前提に立ちながらではあるが,「行き詰まってしまい,段々と思い詰めるようになって,視野も狭くなり,しまいには自分の人生はもう終わってもいいと考えるようになった。そして,怒りが市のトップである市長に向かうようになった。Eが長崎市長選4期目に出馬することを知ったことが引き金となり,同人の4選を何としてでも阻止しようと考え,同人殺害を思いついた」「市役所の対応で極道としてのメンツを潰されたことが我慢できなかった」旨(乙3),本件融資制度の関係では「市役所の対応はずっと許せないと思っており,その不満が募っていき,Eをけん銃で撃ち殺すことにつながった」旨(乙4),本件車両事故の関係でも「極道としてのメンツが潰され,プライドが傷つけられた。I建設も市役所も同じくらい許せなかった」「長崎市職員の対応はトップであるEの方針であると思い,本件融資制度の融資の件の対応をも併せ,市役所の対応に対する不満が同人に対する怒りに変わった」「Eが長崎市長である限り,この状況は変わらない,同人を当選させるわけにはいかないと思った」旨(乙6),市役所の対応に対する憤まん,怒りがその首長であるEの当選阻止のための殺意に形成されていく心情を繰り返し述べていた。このような供述は,長崎市の不正を追及しようとしていたとの前提を採用することはできないが,被告人の犯行動機を解明する上では一つの重要な手がかりになると考えられる。なぜなら,被告人自ら,長崎市に行ってきたこれまでのかずかずの要求の不当性を認めるわけにはいかないため(したがって,「v」に送った文書でもその正当性を主張している。),自己の行為を正当化する弁解に置き換えながら,長崎市の対応に対する不満がEへの怒りに変わっていき,同人殺害に至ったという心情を述べたと考えることができるからである。被告人が本件融資制度や本件車両事故に絡む問題で,不正追及などという美名のもとにその対応を求めるなどの不当な要求を繰り返しながら,これに応じようとしない長崎市の対応に不満を募らせ,Eの長崎市長選4選阻止のためその殺害を決意するに至ったという点,それが暴力団としての面子,プライドに関わるものであったという心境を述べる点では前記認定事実から推認できるところともよく符合している。
7 結論(認定できる被告人の殺害動機)
以上を総合すると,被告人は,所属する暴力団組織において力を失い,配下組員もいなくなるなどして孤立し,暴力団幹部としての将来を悲観し,経済的にもその体面を保つことが困難となっていく中で,本件融資制度を利用しての活動資金獲得や本件車両事故による賠償金取得にも失敗するなどして自暴自棄となる一方,自らの不当な主張や要求等を受け入れようとしなかった長崎市の対応によって,同市への影響力を獲得,行使しようとした目論見も実現できず,暴力団幹部としての面子を潰され,プライドを傷つけられたと感じて長崎市への憤まんを募らせ,その首長であるEを逆恨みし,同人が長崎市長選挙へ出馬表明したことを知った後,同人を殺害し,その当選を阻止することで,同人及び長崎市への恨みを晴らすとともに,さらに世の中を震撼させるような大事件を引き起こすことによって自らの力を誇示し,暴力団幹部としての意地を見せようとしたと推認することができる(なお,検察官は,E殺害は長崎市への見せしめの意図もあった旨主張するが,被告人が当時,自暴自棄に陥っていたと考えられ,本件犯行後,さらに長崎市への不当要求等を企図していたとまでは認め難いことからして,長崎市への見せしめというのは,ややそぐわないところがあるので,認定できない。)。
8 主任弁護人らの主張について
主任弁護人らは,前記のとおり,被告人は長崎市に不正があると信じ,長崎市に不当な要求をする意図等なかった旨主張しているところ,既に検討したところから明らかなとおり,被告人の長崎市に対する主張等が正当なものとはいえず,被告人自身もそのことは十分認識していたと考えられるが,被告人は,長崎市に不正があると信じた理由などを供述しているので,以下この供述について検討しておく。
(1) 本件融資制度を巡る被告人の供述について
ア 被告人の供述の要旨
Gらが,長崎市役所に本件融資制度の利用申込みに行ったのは,平成14年1月16日であり,その際,iから,有限会社bは倒産していないとの理由で一旦は申込みを断られたが,助役及び建設部長(cが懇意にしていた。)が商工労働部長と協議した結果,Gの申込みを受け付け,翌朝一番であっせん書を交付することになり,Gは口頭で申し込んだ。しかるに,長崎市中小企業連鎖倒産防止資金融資要綱では,融資あっせんの申込みは必要書類を添え書面ですることとなっていたため,これとの辻褄を合わせる必要から,長崎市は申込書を偽造したもので,申込日も事実と齟齬している。また,長崎市から開示された有限会社bの確認書も,Gがcに提出させたものとは,未収金の額が異なっており,これも偽造されている。iはn銀行OBであり,あっせん書が出ている上,被告人も市議会議員を通じて根回ししていたというのに,融資が下りないことは考えられず,セーフティネット保証融資を含め,長崎市が,n銀行やd協会に融資が下りないよう工作した,というのである。
イ 当裁判所の判断
しかし,Gもjもともに,助役ら三者の協議などという事情でGの申込みが認められるようになったことを否定している(同人らの証言)。もともと,助役らが,本来許されない違法な受付を容認するような協議をする理由もない。これに関し,主任弁護人らは,被告人は,平成13年11月,Gとともに長崎市役所を訪れ,助役から800万円の填補をする旨の回答を得ていたと主張し,これが,上記助役らの三者協議に結びついたかのようにいうが,助役がそのような回答をすること自体考えられないことである(証人Gも,平成13年の暮,被告人とともに助役に面会して窮状を訴えたことはあるが,その際,損失填補の話などにはならなかったと証言している。)。被告人は,Gから前記4の(2)の証言どおりの説明を受けていたが,Gの説明を聞き入れようとせず,入院中のcに被告人の指示どおりの不提出証明をさせたことなどは,かえって自らの主張の不当性を認識していたことを窺わせる.。被告人は捜査段階でも公判廷でも,申込書や確認書を鑑定してもらって偽造の可能性が高いという結果が出たと供述するが,依頼した鑑定人を明かそうとはしない。そして,長崎市が本件融資制度等の銀行融資が下りないような不正工作をしているなどという点も,荒唐無稽な主張であって,単なるこじつけというほかないし,被告人が主張する長崎市の不正工作と申込書や確認書の偽造とがどう結びつくというのかも全く不明である。被告人が供述する推論は,飛躍があり過ぎて不合理極まりなく,真実被告人がそのように考えていたなどとは到底認め難い。
(2) 本件車両事故を巡る被告人の供述について
ア 被告人の供述の要旨
本件車両事故は,被告人が意図的に起こしたものではないのに,故意に引き起こしたかのような虚偽の報告がなされている上,長崎市がファックス送信を受けたという事故報告書にはその体裁(右肩の送信の印字がないこと)や「15.2.25」の受付日付印があることなど不審な点があり,これがuサービスセンターに保管されていること自体不可解であって,発注工事でトラブルを出したくない長崎市と,責任がないとしたいI建設及び保険金を出したくないR損保の利害が一致したため,被告人が故意に本件車両事故を惹起したように事故報告書をねつ造した,というのである。
イ 当裁判所の判断
確かに,証人Jは,事故現場付近に行ったのはこの事故のとき1回しかなく,その際,付近にいた工事関係者から注意を受けたかは覚えていない旨証言しており,事故報告書に記載のあるような状況(本件車両事故を起こした車が何度か現場を物色するように徐行で通過していたなど)があったかについては,疑問がないではない。しかし,本件車両事故自体は,前記認定のとおり,被告人が意図的に惹起したと認められる。長崎市に送信された事故報告書のコピーがuサービスセンターに保管されているのは,前記認定のとおり被告人が持ち込んだからである。長崎市がファックスで受け取ったという事故報告書に送信の印字がないとか上記日付印が押されていることが何故,長崎市のねつ造への関与を疑う根拠になるというのか,その理由も明らかではない(被告人が問題にしている事故報告書には,その左下に「受信時刻2月24日18時47分」のしおり印字があり,左上に上記「15.2.25」の日付印が押されているのであるが,仮に,I建設や長崎市が真実とは異なる事故報告書を作成したのだとすれば,受信のしおり印字を残したまま,これとは異なる受付日付印を押したり,送信の印字だけ消したりなどちぐはぐなことをする理由が説明できない。)。この点の被告人の主張も全くのこじつけというほかない。被告人が真実長崎市に事故報告書のねつ造にかかわった不正があると考えていたなどとは到底認めることができない。
(3) 結論
被告人の上記各供述は信用できず,主任弁護人らの主張には理由がないので,採用できない。
第3争点②被告人の殺意発生の時期・内容(計画性)
1 認定できる事実
(1) 関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。
ア 被告人は,平成19年2月末ころ,Eが長崎市長選挙に立候補することをニュースで知るや,快く思っていない様子で,Jに「また,ずっとかあ」と言っていた。
イ 被告人は,同年3月中旬ころから,同居していたXに対して,「何があっても驚くなよ」「自分の道を行けよ」等と言うようになった。同年4月1日ころ,Wを連れて,自分が所有する土地を見せ「この土地をYにやってくれ」と言った。
また,被告人は,同月14日及び15日,Zに頼んで夕食に自分の食べたいものを作ってもらうなどした。なお,同月15日の夜,Zは,被告人の自宅で帽子の下に隠したけん銃を見た。また,同日昼,被告人は,Xに大事にしていたライターを譲り渡した。
ウ 被告人は同月2日夜,Gに命じて,Eの自宅を探させ,自らも同人宅付近に赴いて様子を窺った。また,GにEの長崎市役所への登庁時刻を調べるよう命じ,同月4日,5日の朝,長崎市役所周辺を見張らせたが,同人の行動を把握するには至らなかった。
被告人は,同月9日,Hに対して,どうやったらEに会えるのかと尋ねるようになり,同月12日,Hから選挙期間中になれば,夜8時ころ後援会事務所に行けば会えるかもしれないと教えられた。
被告人は,同日,Gに命じて「v」に宛てて出す書面を清書させ,同月14日,Jに指示し,この書面と本件融資制度に絡む問題や本件車両事故の関係で集めた資料を同封して「v」宛に送らせた。その書面の冒頭には「私Kはここに真実を書いて自分の事は責任を取ります」と書かれ,上記各問題などに対する被告人の長崎市への主張などが書きつづられていた。
被告人は,同月15日夜,Gに長崎市w町にあるEの後援会事務所付近まで自動車で送らせ,その付近の様子を窺い,同月16日夜にはJに上記後援会事務所付近で見張るよう命じたり,x駅前にある選挙事務所を確認させるなどした。
エ 被告人は,同月17日昼,JにyにあるEの事務所を探させた。また,同日夕刻,Hに電話して,上記後援会事務所を見張っていたがEに会えなかった,どこに行けば会えるのかと尋ね,Hから,駅前の選挙事務所に行けば会えるかもしれないと聞き出した。
オ 被告人は,Jに上記後援会事務所を見張るよう指示する一方,Oに同日午後7時40分ころ,駅前の選挙事務所近くまで自動車で送らせ,付近に待機させた。このとき,本件凶器となったけん銃1丁とこれに適合する実包28個を携行し,その内の実包5個をけん銃の弾倉全てに装填していた。被告人は,選挙事務所近くのマンション入口に立ち,Eを乗せた選挙カーが現れるのを待った。その後,同人が被告人の目前を歩行通過するやこれを追尾し,その背後の至近距離(銃口からEの背中まで約87㎝)からけん銃で弾丸2発を発射して同人の背部に命中させ,殺害した。
(2) 以上の認定事実のうち,被告人は,公判廷で,Xに上記イの話をするようになったのは4月になってからであるとか,Eに発砲したときの位置はその背後から三,四m離れていた旨述べているが,Xの検察官調書(甲75),証人oの証言,検証調書(甲24。ただし,同意部分及び刑事訴訟法321条3項により取り調べた部分のみ。)に照らし,信用できない。
2 殺意発生の時期・内容についての判断
まず,前記認定の事実によって考察するに,被告人は,平成19年4月2日ころから,しきりにEの動向を調べようとしていた。また,同年3月中旬ころからのXへの発言や別れた妻たちへの依頼,「v」へ書き送った書面の書き出しなどを総合すると,そのころには既に重大な覚悟を固めていた様子が窺われる。そして,何より,本件犯行に際しては,極めて殺傷能力の高いけん銃に実弾を装填し,これと大量の適合実包を携行し,選挙事務所付近で待ち伏せ,面前を歩行通過するEを認めるや直ちにこれを追尾し,背後の至近距離から躊躇することなく弾丸2発を発射して射殺したのである。これらのことからすれば,被告人は,本件犯行のかなり以前からEの殺害を計画していたもので,本件犯行時には強固な殺意を持って犯行に及んだと考えるのが自然である。
被告人は,捜査段階において,Eが長崎市長選挙への立候補を表明したことを知ったころ,同人の当選を阻止しようとその殺害を思いついたとか,同人が来るのを待ち伏せして撃ち殺したなどと供述していたが,このような供述は上記認定事実ともよく整合するものであって,先に検討した殺害動機とも符合している。そうすると,被告人が,Eの殺害を決意したのは,同人が長崎市長選挙への立候補を表明し,そのことを知った直後ころと認められ,同人の動向を窺うなどしていたのもその犯行を遂行するための準備であり,犯行は計画的で殺意は強固であったと認められる。
3 被告人の公判廷での弁解及び主任弁護人らの主張について
これに対し,被告人は,公判廷では,捜査段階の上記自白を変更し,概ね,次のとおり述べている。①被告人は,Eの失脚を狙って平成19年4月以降に行動を起こし,長崎市と同人の不正を世間に知らしめようとして,同月14日「v」に前記文書が送ったが,取り上げてもらえるか分からず,その後の同月16日ころ,ひと騒動を起こすことを思い立った。このころはE殺害までは意図しておらず,選挙カーを待ち受け,空に向かって,けん銃で四,五発発砲するつもりでいた。犯行当日,同人が目前を通過するのを見て,頭が真っ白になり,けん銃を握って追尾したが,どうして同人に発砲したかの理由は分からない等というのである。そして,同年4月より前には,殺害など計画していなかった理由として,②前年10月ころ,知人から地元選出の国会議員が警備会社を譲ると言っているとの話が来た。次期市長選挙に関係して,被告人がEの不正追及の街宣活動などをしないようにさせるための見返りと理解し,平成19年3月には同国会議員の個人秘書が長崎へ来るというのでそれを待っていたが,Eの対抗馬と目されていた者が出馬断念を表明し,同月を過ぎても個人秘書は来なかったので,同年4月から行動を開始した,というのである。
しかし,上記①の供述は,主任弁護人らが公判前整理手続や冒頭陳述でしてきた主張とも齟齬し,これを更に後退させるものである上,被告人がひと騒動起こすことを思い立ったという同月16日より前から,身辺整理と目されるような言動をしたり,Eの動向を探ろうとしていた事実を説明できない。また,同人を目前にして唐突に殺意が生じたことになるが,その理由も不明というのであって,まことに不可解な弁解というほかない。さらに,捜査段階の供述を変更した理由についても,検察庁を信用していないから嘘をついたなどと述べるのみであるし,主任弁護人らの主張と齟齬する点も同人らが勘違いしたなどと述べていて,これらについて合理的な説明ができていない。このような被告人の上記①の供述は,到底信用できない。
また,上記②の供述は,上記①のような供述を裏付けるためのものである上,本件では,公判前整理手続が5回に渡って開かれており,弁護人らはもとより,その全期日に出頭していた被告人からもそのような主張は一切なされていなかった。このことについて,被告人は,裁判が始まってから言おうと思ったなどという,およそ首肯し難い説明しかできない。また,その供述内容も理解に苦しむような憶測を交えたものでしかない。このような供述も,到底信用できない。
以上のとおりであって,殺意発生の時期・内容に関する主任弁護人らの主張も採用できない。
【量刑の理由】
1 本件の概要と特徴
本件は,暴力団の幹部である被告人が,現職の長崎市の市長であり,次期市長選挙に立候補した被害者を,当選阻止の目的等で,公共の場所において,けん銃を発射して殺害したという殺人,銃砲刀剣類所持等取締法違反及び公職選挙法違反(判示第1),並びに,その際,けん銃及び適合実包28個を所持したという銃砲刀剣類所持等取締法違反及び火薬類取締法違反(判示第2)の事案である。
被害者には被告人から命を奪われなければならないような理由は何一つなかった。しかるに,被告人は,自分の思いどおりにならない行政への憤まん等から市政の長である被害者殺害という暴挙に及んだのである。自己の犯行であることを世間に誇示する意図もあったと考えられる。このように,行政への憤まんや恨みを暴力による報復で晴らし,これを世間に誇示しようとするなど,理不尽極まりない。さらに,けん銃という銃器を使用している点でも法秩序無視の暴力団の凶悪さを露呈している。本件は,まさに暴力団による銃器犯罪の典型であるとともに,行政対象暴力として類例のない極めて悪質な犯行である。
また,選挙は,民主主義の基礎をなすものであり,地方自治体の長を住民が選挙で選ぶことは住民自治の原点でもある。しかるに,被告人は,被害者が次期選挙でも当選確実視されていたことから,同人を殺害することでその当選を阻止しようとしたのであり,本件犯行によって現にその目的を遂げた。これは,政治的な信条などに基づくものではなかったが,暴力によって,被選挙人の選挙運動と政治活動の自由を永遠に奪うとともに,そのことによって選挙民の選挙権の行使を著しく妨害したのであり,選挙制度を否定するにも等しく,民主主義を根幹から揺るがす犯行というべきである。選挙の自由を妨害する犯罪の中でも,これほど直接的かつ強烈なものはない。民主主義社会において到底許し難い反社会性の強い犯行というほかない。
2 犯行の経緯,動機
既に,詳細に検討したとおり,被告人は,所属する暴力団組織において力を失い,孤立し,暴力団幹部としての将来を悲観し,経済的にもその体面を保つことが困難となっていく中で,本件融資制度の利用や本件車両事故を通じての資金獲得にも失敗するなどして自暴自棄となる一方,自らの主張や要求等を受け入れようとしなかった長崎市の対応によって,同市への影響力を獲得,行使しようとした目論見も実現できず,暴力団幹部としての面子を潰され,プライドを傷つけられたと感じて,長崎市への憤まんを募らせ,その首長である被害者を逆恨みし,同人の長崎市長選挙への出馬表明を知るや,同人を殺害し,その当選を阻止することで,同人及び長崎市への恨みを晴らすとともに,さらに世の中を震撼させるような大事件を引き起こすことによって自らの力を誇示し,暴力団幹部としての意地を見せようと考え,本件犯行に至った。
被告人が長崎市を相手に主張した不正等は全く理由のないものであり,そのことは被告人も認識していた。
被告人が長崎市に対し一方的に憤まんを募らせたことや,被害者を逆恨みするようになった経緯は,自己中心的で理不尽なものであり,長きにわたって暴力団として生きてきた被告人ならではの独自の論理に基づくものというほかない。被告人は犯行当時,自暴自棄に陥っているが,その原因・経緯に照らせば,そのことは,いささかも酌量できない。
本件犯行の動機は,暴力団特有の身勝手極まりないものであり,酌量の余地は全くなく,強く非難されるべきである。
3 犯行態様等
被告人は,本件犯行を行う約2週間前から被害者殺害に向けての準備行動を開始し,GやJに命じて被害者の行動確認を行わせたり,Hから情報を得る等して,被害者との接触方法を調べ,自らも被害者の自宅や立ち寄り先を見張る等した上で,本件犯行に至ったものである。事前の準備行動においては被害者の動向等を十分に把握できていたわけではなく,その意味では必ずしも周到な計画に基づく犯行とまではいえない。しかし,被告人の被害者殺害に向けての準備行動は執拗なものであったし,最後には,Jに被害者の後援会事務所を見張らせる一方,自らは付近にG運転の自動車を待機させ,実弾を装填したけん銃及び多数の実包を所持して選挙事務所付近で被害者を待ち伏せし,犯行に及んでいるのであって,当時の被告人の状況からすれば,なし得る準備をほぼ尽くしていたといえ,本件犯行が計画的で,強固な殺意に基づいて敢行されたものであることは明らかである。
そして,被告人は,自分を支持者と思って会釈するなどしながら目前を歩行通過する被害者に気づくや,これを追尾して躊躇なく背後の至近距離から,2発の銃弾を被害者の背中目がけて撃ち込み,同人を死亡させたのである。その犯行態様は,死に致す確実性の高いものであり,冷酷かつ残忍なものであって極めて凶悪であるし,背後から問答無用に発砲するなど卑劣この上ない。
また,本件犯行は,午後8時前の時間帯に,人通りの多いx駅前という長崎県内有数の繁華な場所の一角にある被害者の選挙事務所前において敢行されている。付近には,被害者の同行者,支援者,報道関係者,通行人等が多数いたのであり,これらの人々をも巻き込みかねない危険なものでもあった。
4 本件犯行の結果
(1) 被害者の生命を奪った結果の重大性
被害者は,突然,背後から銃撃され,2発の銃弾を受け,振り返る暇もなく路上に倒れ,病院で救命医療を受けるも一度も意識を回復することなく絶命した。本件犯行により被害者のかけがえのない生命が奪われるという重大な結果が生じている。
被害者は,長年長崎県あるいは長崎市の政治家として活動し,約12年間に渡り長崎市長を務め,被爆都市の市長として世界に平和を訴え続けてきたし,暴力団等による行政への不当要求の排除にも尽力してきたのであり,多くの長崎市民に支持されてきた。そのような被害者が,選挙期間中において,理不尽極まりない犯行により志半ばにしてこの世を去らなければならなかった無念さは計り知れない。また,被害者は,家庭人としても,妻とともに3人の娘を育ててきて,良き夫,良き父親として家族の支えになっていたのであり,遺族は精神的な支柱を失った。本件犯行当時,選挙事務所で銃声を聞き,同事務所前で倒れている被害者の姿を目撃し,搬送された病院で同人が息を引き取る様子を見守るなどした同人の妻は,「刑罰で人の命を奪う死刑という制度に対しては,心理的な抵抗を持っていました。しかし,今回,主人が殺されて遺族という立場になり,被告人に対しては,ただただ許せないという気持ちでいっぱいで,やはり被告人に対しては死刑をもって臨んで欲しい」旨述べており,その処罰感情は峻厳を極める。娘らも同様に被告人に対する厳重処罰,極刑を求めており,被害者を殺害されたことへの厳しい被害感情を露わにしている。かけがえのない夫あるいは父親を失った遺族の悲しみは深く,被告人への怒りは大きい。これに対し,被告人による遺族らへの適切な慰謝の措置は何も講じられていない。
(2) 社会的影響
長崎市では,突然現職の市長を失うことになり,市政に大きな混乱をもたらしたと考えられるし,地域社会に与えた衝撃は大きい。また,現職の市長が暴力団員の凶弾に倒れるという事態は,暴力団の無法さ,銃器犯罪の恐怖を改めて全国に知らしめることになり,社会全体を震撼させた。各地方自治体職員などの不安を増大させることにもなった。
さらに,本件犯行が市長選投票日の5日前に敢行されたため,前記1の意味で選挙の自由が妨害されたほか,既に期日前投票等により本件犯行日以前に被害者に投じられていた票はすべて無効とされ,2名の候補者が急遽補充立候補したり,また,従前の市長選挙には例がないほどの無効票が発生するなど,選挙にも大きな混乱をもたらした。
本件が地域社会ひいては社会全般に及ぼした影響は重大であり,同種事犯の再発防止を求める社会的要請は非常に大きいと考えられる。
5 犯行後の被告人の態度等
本件犯行後,被告人は,被害者の同行者や周囲の者達によって取り押さえられたが,その際,けん銃を握った手を地面に叩き付けられるまでけん銃を手放さない等,素直に逮捕に応じるといった状況ではなかった。その後の捜査機関の取調べにおいて,被告人は,被害者や遺族に対する謝罪や自分の行為に対する反省を述べる一方,長崎市には本件融資制度の申込書等の偽造や本件車両事故に関する事故報告書の偽造にかかわった不正があるなどと主張して,自らの行為を正当化しようとしてきた。公判廷でも,同様の弁解を維持したばかりか,捜査段階や公判前整理手続の段階では主張してこなかった新たな弁解を展開して,殺意を抱いた時期を遅らせ,犯行の計画性を否定し,また,殺意を抱いた理由をも曖昧にするなど,自己の有利に供述を変更し,責任軽減に汲々としている。このような被告人の態度は決して潔いものではなく,到底真摯に反省しているものとは認められない。
被害者遺族もこうした被告人の法廷での態度に接し,一層処罰感情を強めている。
6 被告人の更生可能性について
被告人は,18歳のころから暴力団に加入し,以後,本件犯行までの人生の大半を暴力団構成員,暴力団幹部として活動してきた。この間,粗暴犯による服役前科6犯,暴力行為等処罰に関する法律違反の罪を含む罰金前科3犯がある。服役前科の中には,昭和43年4月,長崎地方裁判所において,仲間の暴力団組員らと共謀し,当時反目していた暴力団の組員らを脇差し,短刀等で刺し,切りつけるなどしたが殺害には至らなかったという殺人未遂,銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪で懲役4年に処せられたもの(これが初めての服役となった。)が含まれており,被告人の人命軽視の姿勢は早い段階からみられた。
被告人は,これまで何度も更生の機会を与えられながら,まともに更生しようとはせず,暴力団としての活動を続け,本件犯行当時は指定暴力団六代目B組の直参組織C会会長代行の立場にあった。本件犯行の経緯等から明らかに見て取れる被告人の行動傾向は,なりふり構わず相手の弱みを見付けようとして言いがかりを付け,相手を恫喝する等して自分の要求を受け入れさせようとし,それでも相手が思いどおりにならなければ,報復として殺人をも辞さないというものである。銃器の所持,使用に対する規範意識も鈍麻しており,人命軽視の姿勢は顕著である。こうした暴力的犯罪傾向は,被告人が長い暴力団としての活動経験の中で身につけてきたものと考えられ,度重なる服役にもかかわらず,その犯罪傾向はむしろ深まっているということができる。被告人には,暴力を肯定し,暴力によって自己の存在を周囲に誇示しようとする犯罪性向が固着しているというほかない。深い犯罪性向及び反社会的性格を有する被告人には,その年齢等からして,もはや,矯正,改善は困難極まりない。
7 一般予防の必要性
以上述べたような,本件犯行の罪質,被害結果の重大性,とりわけ社会に及ぼした影響等からすれば,一般予防の必要性は非常に大きい。
8 被告人のために斟酌すべき事情
被告人は,公判廷において,被害者及びその遺族に対して謝罪の意思を表明している。また,被告人には,年老いた母やまだ幼く病弱な息子(Y)がいて,被告人もその息子の将来を案じていた(ただし,離婚に際し,Wが引き取っている。)。これらは,被告人のために斟酌することができる。
9 結論(被告人の刑事責任)
以上のとおりであって,被告人の刑事責任は極めて重大である。そうすると,前記8のような被告人のために酌むべき事情(もっとも,それらの事情は死刑を適用すべきか否かの判断においてはそれほど重要とはいえない。)や死刑が人間の生存する権利を剥奪するものだけに,その適用には特に慎重を期すべきであり,とりわけ,本件では殺害された被害者は1名にとどまることなどを十分考慮しても,暴力団幹部が,公共の場所で,銃器を使用して犯した殺人であるという点で暴力団犯罪の典型であるばかりか,行政対象暴力としても類例のない極悪な犯行で,かつ,直接的で強烈な選挙妨害であって,反社会性の強いものであるといった本件犯行の罪質,犯行動機の不当性,犯行態様の悪質さ,被害者の貴重な人命が奪われたばかりか,社会全般に与えた衝撃等は甚大で,同種事犯の再発防止を求める社会的要請が大きいといった結果の重大性,峻烈な遺族らの処罰感情,被告人の犯行後の情状や犯罪性向の根深さ等に照らすと,被告人の罪責はまことに重大であって,罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも,死刑制度を定めている現行法の下においては,被告人に対して極刑を科すことはやむを得ないと判断せざるを得ない。
よって主文のとおり判決する。
(求刑 死刑)
(裁判長裁判官 松尾嘉倫 裁判官 安永武央 裁判官 内藤寿彦)