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長崎地方裁判所 平成19年(レ)13号 判決 2008年2月12日

長崎市花園町18番2号

控訴人

●●●

上記訴訟代理人弁護士

水上正博

京都市下京区烏丸通五条上る高砂町381-1

被控訴人

株式会社シティズ

上記代表者代表取締役

●●●

上記訴訟代理人弁護士

●●●

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  控訴人は,被控訴人に対し,8万5885円及びこれに対する平成18年5月12日から支払済みまで年21.9パーセントの割合による金員を支払え。

3  被控訴人のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人の負担とする。

5  この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

主文1項ないし4項に同旨

第2事案の概要

本件は,被控訴人(原審反訴原告)が,控訴人(原審反訴被告)に対し,保証債務の履行として,平成16年11月29日の経過により主たる債務者が期限の利益を喪失したことを前提に,控訴人の連帯保証のもと主たる債務者に貸し付けた500万円の残元本218万5338円から,被控訴人が主たる債務者に対して支払うべき別の貸付けにおいて生じた過払金124万5788円を控除した93万9550円とこれに対する平成18年5月12日から支払済みまで年21.9パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めたところ,控訴人は,(1)別の貸付けにおいて生じた過払金は上記500万円の貸付けに係る主債務者の債務に当然に充当すべきであるから,控訴人の残債務は8万5885円を超えては存在しない,(2)元本及び約定利息の支払が6日程度遅れたことを理由に一方的に期限の利益を喪失させることは信義則に反する等と主張して争った事案である。原審は,被控訴人の請求を全部認容したため,控訴人が控訴した。なお,原審においては,控訴人が原告となって被控訴人に対して上記貸付に係る債務の残元本が10万円を超えて存在しないことの確認を求める本訴を起こしたのに対し,被控訴人が控訴人に対して上記93万9550円の支払を求める反訴を提起したため,本訴は,原審において取り下げられ,反訴部分について原審の判断がされたものである。

1  前提事実(争いのない事実並びに括弧内記載の各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)

(1)  被控訴人は,平成18年法律第115号改正前の貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業規制法」という。)3条1項所定の登録を受けた貸金業者である(乙86ないし89)。

(2)  被控訴人は,●●●(以下「主債務者」という。)に対し,平成13年10月23日,次の約定で450万円を貸し付け(以下「別件貸付け」という。),控訴人は,同日,これを連帯保証する旨の合意をした(乙1,争いなし)。

①利息 年29パーセント(1年を365日とする日割計算)

②遅延損害金 期限後は残元本に対し年29.2パーセントの割合(1年を365日とする日割計算)で債務の完済の前日まで支払う。

③弁済方法 平成13年11月から平成18年10月まで毎月25日限り元金7万5000円及び残元本に対する貸付日から返済日の前日までの経過利息を支払う。

④期限の利益の喪失 元利金の支払を怠ったときは,被控訴人が通知催告することなく主債務者は期限の利益を失い,元利金及び残元金に対する遅延損害金を即時に支払う。

(3)  主債務者は,被控訴人に対し,別件貸付けに係る債務について,別紙計算書の番号2ないし26,28の「年月日」欄記載の各年月日に,「弁済額」欄記載の各金額を弁済した(争いなし)。別件貸付けに係る約定に従った元利金の弁済のうち,利息制限法1条1項所定の制限利率(以下「制限利率」という。)を超えて利息として支払われた部分(以下「制限超過利息」という。)を制限利率に引き直した利息及び元本に充当すると,124万5788円の過払いが生じた(争いなし。以下「本件過払金」という。)。

(4)  被控訴人は,主債務者に対し,平成15年11月25日,次の約定で500万円を貸し付け(以下「本件貸付け」という。),控訴人は,同日,これを連帯保証する旨の合意をした(乙2)。

①利息 前記(2)①に同じ

②遅延損害金 前記(2)②に同じ

③弁済方法 平成15年12月から平成20年11月まで毎月28日限り元金8万3000円(ただし,最終支払元金は10万3000円)及び残元本に対する貸付日から返済日の前日までの経過利息を支払う。

④期限の利益の喪失 前記(2)④に同じ

⑤特約 主債務者は,借り入れた500万円により別件貸付けに係る残債務270万円を弁済する。

(5)  主債務者は,被控訴人に対し,本件貸付けに係る債務について,別紙計算書の番号29ないし58の「年月日」欄記載の各年月日に,「弁済額」欄記載の各金額を弁済した(争いなし)。主債務者は,平成18年5月13日以降,本件貸付けに係る残債務を弁済していないし,控訴人も弁済していない(弁論の全趣旨)。

(6)  被控訴人が主債務者に対して交付していた領収書兼利用明細書(控)には,主債務者による上記(5)の弁済が,平成16年11月29日までの期間は元本及び利息に充当され,同月30日以降の期間は元本及び損害金に充当された旨の記載がある(乙11ないし66)。

(7)  控訴人は,被控訴人に対し,平成19年9月4日の本件口頭弁論期日において,本件過払金が本件貸付けに係る主債務者の債務への当然充当が認められない場合に備えて,主債務者の被控訴人に対する本件過払金及びこれに対する平成16年11月30日から平成19年9月4日まで年5パーセントの割合による利息の各債権をもって,本件貸付けに係る主債務者の債務と対当額において相殺するとの意思表示をした(弁論の全趣旨)。

(8)  主債務者と被控訴人との間で,継続的に貸付けが繰り返されることを予定した基本契約は締結されていない(弁論の全趣旨)。

2  争点及び当事者の主張

(1)  本件過払金は本件貸付けに係る主債務者の債務に当然に充当されるか

【控訴人の主張】

ア 当然充当の可否に関する解釈について

最高裁平成19年2月13日第3小法廷判決は,制限超過部分を元本に法定充当することを認めていた最高裁昭和39年11月18日大法廷判決・民集18巻9号1868頁及び最高裁昭和43年10月29日第3小法廷判決・民集22巻10号2257頁に抵触している。

また,上記最高裁平成19年2月13日第3小法廷判決は,同一当事者間の複数の貸付けについて過払金の他の貸付金への充当を認める根拠としてそれらを包括する基本契約の存在が前提であるとするが,貸金業界において,過払金の他の貸付金元本への充当を認めるような条項を定めることは皆無であるし,基本契約の内容を柔軟に解釈したとしても,貸金業者が基本契約を締結しなくなるだけであるから,上記判断自体が誤りである。

イ 別件貸付けと本件貸付けは1個の連続した取引であることについて

(ア) 本件貸付けに係る500万円の一部は,貸付けと同時に別件貸付けに係る450万円の残債務の弁済に充てられており,本件貸付けは別件貸付けの借換えにすぎない。したがって,別件貸付けと本件貸付けは密接な関連があり,実際は,旧債務に借増部分を上積みする新しい貸付けがなされていると考えるべきであり,本件では,本件貸付けとして交付された500万円から平成15年11月25日当時の本件過払金124万5788円を控除した375万4212円を元金とする新たな貸付けがされたと解すべきである。

(イ) 別件貸付け及び本件貸付けに際し,いずれも金銭消費貸借契約書が作成されており,2つの契約書は契約番号が異なり,また,毎月の支払日及び支払うべき元本額も異なる。しかし,貸金業者が貸付けに際して金銭消費貸借契約書を作成することは,貸金業規制法17条の規定から当然である。

【被控訴人の主張】

ア 最高裁平成19年2月13日第3小法廷判決は,貸主と借主との間で基本契約が締結されていない場合において,第1の貸付けに係る債務の各弁済金のうち利息の制限額を超えて利息として支払われた部分を元本に充当すると過払金が発生し,その後,同一の貸主と借主との間に第2の貸付けに係る債務が発生したときには,その貸主と借主との間で,基本契約が締結されているのと同様の貸付けが繰り返されており,第1の貸付けの際にも第2の貸付けが想定されていたとか,その貸主と借主との間に過払金の充当に関する特約が存在するなどの特段の事情のない限り,過払金は,第1の貸付けに係る債務の各弁済が第2の貸付けの前にされたものであるか否かにかかわらず,第2の貸付けに係る債務には充当されないと解するのが相当であると判示した。

別件貸付け及び本件貸付けは,元本極度額等を設定しない単純な金銭消費貸借契約であるから,基本契約に基づいて締結されたものではない。すなわち,別件貸付け及び本件貸付けは,主債務者からの借入申込みの都度,同人から融資希望額や審査に必要な事項を聞き取り,審査を行った上で,融資額を決定し,別件貸付け及び本件貸付けごとに契約証書を作成して融資金額を全額交付している。

また,別件貸付け及び本件貸付けは,各月の支払日,分割元金額を異にしており,この点からも別件貸付け及び本件貸付けが別個独立であることは明らかである。

さらに,別件貸付け時点において,その後の貸付けが想定されていたという事情もない。

イ 控訴人の主張に対する反論

(ア) 本件貸付けは,被控訴人が,主債務者に対し,本件貸付けに係る貸付金全額を手渡した後に,主債務者から,当該貸付金のうちから別件貸付けの残元金の弁済を受けたというものであるから,本件貸付けに係る貸付金から別件貸付けに係る残債務額を控除した残金を貸し付けるという,いわゆる借換(借増)契約(旧残債務金を目的とする準消費貸借契約と,新たに借り受けた金銭の消費貸借契約との混合契約)ではない。

(イ) 被控訴人は,主債務者から,本件貸付けの申込みを受けた際,別件貸付けの際と同様に,次のような審査を実施した上で,稟議書を作成し,社内基準に基づいて本件貸付けを行った。審査のために約1週間程度を要している。

a 主債務者の住所,氏名,生年月日,居住年数,勤務先,業種,売上げ(年収),従業員数,所有不動産の有無,既往借入額の聴取

b 主債務者に対し,貸金業者からの既往の借入件数,借入金額,返済状況を照会

c 主債務者の被控訴人の他の支店における借入れの有無,主債務者の被控訴人に対する保証の有無

d 主債務者の破綻情報の有無(帝国データバンク,東京商工リサーチ,東京経済刊行の破綻情報)

e 控訴人の自宅,店舗,勤務先の電話帳掲載の有無,ゼンリン地図の調査,勤務先の在籍確認

(ウ) 被控訴人は,控訴人に対して,別件貸付け及び本件貸付けに際し,それぞれ「貸付及び保証契約説明書」を交付して内容を説明し,個別の契約番号を付した契約証書を作成した。「貸付及び保証契約説明書」及び契約証書の各第14項には,保証契約の種類として「特定債務のための個別連帯保証契約とします。」と明記している。

(エ) 別件貸付け及び本件貸付けは,第三者の連帯保証を条件とする契約であるから,連帯保証人の個別の承諾なくして「貸主と借主との間で,基本契約が締結されているのと同様の貸付けを繰り返すことも,第1の貸付の際に第2の貸付を想定することも」不可能である。

(2)  主債務者は平成16年11月29日の経過をもって本件貸付けに係る債務の期限の利益を喪失したか否か

【被控訴人の主張】

ア 別件貸付け及び本件貸付けに係る各金銭消費貸借契約証書第6項は,期限の利益の喪失について,「元金又は利息の支払いを遅滞したとき,・・・は催告の手続きを要せずして債務者は期限の利益を失い,直ちに元利金を一括して支払います。」と定めているところ,主債務者及び控訴人は,平成16年11月29日の支払を怠り,支払期日を徒過しているから,同日の経過をもって期限の利益を喪失している。

なお,最高裁平成18年1月13日第2小法廷判決及び同月19日第1小法廷判決は,それぞれ「本件期限の利益喪失特約のうち,・・・が支払期日に制限超過部分の支払を怠った場合に期限の利益を喪失するとする部分は,同項の趣旨に反して無効」と判示しているものの,「支払期日に約定の元本又は利息の制限額の支払を怠った場合に限り,期限の利益を喪失する・・・。」と判示している。

イ 控訴人の主張に対する反論

(ア) 控訴人はわずか1回の支払が遅れただけで期限の利益を喪失するとの取扱いが信義則に反すると主張するが,契約証書及び貸付契約説明書に「元利金の支払いを遅滞したときに・・・は,期限の利益を失」うとの条項が明記されており,かかる合意は,利息制限法の定める制限利率の範囲では,当事者間で自由にすることのできる合意である。したがって,債務者が約定返済日に約定元金又は制限利息金の支払を怠れば,期限の利益を喪失するのは当然である。

上記のとおり解さないと,期限の利益の喪失時期を一義的に確定することができず,契約書面等により債務者に契約内容及び充当計算の手掛かりを与え,弁済金の充当関係を明らかにし,紛争を予防するという貸金業規制法17条の趣旨に反する。

本件貸付けの貸付金額は500万円であり,事業者に対する貸付額として特に多額であるということではなく,支払方法は一般的であって,毎月の支払額も特に多額であるということもない。それにもかかわらず,主債務者は1週間も支払を遅滞したのである。

したがって,期限の利益を喪失すると解することが信義則に反することはない。

(イ) 控訴人は,被控訴人が期限の利益の喪失後も一括返済を求めなかったから期限の利益を再度付与したと主張する。

しかし,債権者は,借主が期限の利益を喪失した場合,債務者に対して,即座に債権全額を請求しうる権利を取得したにすぎず,これを現実に行使する義務を負うものではない。債務の履行を遅滞した債務者に対して,一括して残金を請求するか否かは,債権者の自由意思に委ねられている。期限の利益を喪失した借主に対して,債権者が一括請求をしなければならないとすれば,更生可能な借主を破綻に追い込む結果となり,妥当ではない。

被控訴人は,主債務者が期限の利益を喪失した後,主債務者から弁済を受けた際には元金充当額以外の部分については損害金の充当額として受領する旨を記載した領収書兼利用明細書を送付していたのであり,被控訴人は,主債務者に対して,期限の利益が喪失されていることを表明していた。これに対し,主債務者が被控訴人に対して異議等を申し出たことはない。

したがって,控訴人の上記主張は失当である。

【控訴人の主張】

ア 別件貸付け及び本件貸付けに係る各期限の利益喪失条項は,制限超過利息の支払を事実上強制する一部無効を含む特約である。被控訴人は,同特約により,平成15年12月29日から平成16年10月28日までの間,154万9992円を違法に主債務者から受領した。このような違法状態の中で,主債務者は,一部無効を含む違法な特約による支払を事実上強制され,平成16年11月29日に限り1回だけ支払を怠ったというものであり,これを捉えて期限の利益を喪失したと判断することは余りにも酷である。

また,被控訴人が主債務者から違法に受領した154万9992円と比較して,主債務者が平成16年11月29日に支払うべき利息額は4万6659円にすぎず,被控訴人が違法に受領していた過払金総額の3パーセントにすぎない。

したがって,最高裁平成18年1月13日第2小法廷判決の一般論を適用して期限の利益の喪失を認めることは信義則に著しく反する。

イ 主債務者は平成16年12月から再び従来と同様に違法な約定利率による支払を繰り返し,被控訴人は残元金の一括請求をしていない。このような主債務者の返済態度及びこれに対して被控訴人が一括請求をしなかったという態度を考慮すれば,被控訴人において再び期限の利益を再度付与したものと考えるべきである。

被控訴人は,損害金に充当した旨を記載した領収書兼利用明細書の送付をしていた旨主張するが,領収書兼利用明細書の送付は単なる事後的な事実行為であり,意思表示としての効果は認められない。一部無効な特約によって違法に支払を事実上強制してきた被控訴人において,期限の利益の喪失という効果が認められるためには,改めて借主に対し,制限利率による利息の支払で足りるという情報を提供し,それでも借主が支払わないときはその時点で期限の利益を喪失して利息制限法所定の損害金が発生することを通知する必要がある。

(3)  本件過払金について,控訴人は悪意の受益者か否か

【控訴人の主張】

被控訴人は,貸金業の登録業者として,別件貸付け及び本件貸付けに際し,主債務者から弁済を受ける利息及び損害金が制限利率を超えていることを認識し,その後の取引経過を認識していたから,いずれ過払いの状態になることを認識していたことは明らかである。

【被控訴人の主張】

被控訴人は,貸金業規制法43条1項のみなし弁済が認められるように,事前の貸付内容の説明,契約書面及び償還表の交付とその立証,契約締結報告書による立証,受取証書の交付とその立証など万全の立証体勢を整備していた。また,最高裁平成18年1月13日第2小法廷判決が言い渡されるまでの間,被控訴人は,全国の裁判所において,平成18年法律第115号改正前の貸金業規制法43条1項に基づくみなし弁済を主張立証し,ことごとく認められてきた。

また,上記最高裁判決は,貸金業規制法施行規則15条2項自体が無効であるとして平成18年法律第115号改正前の貸金業規制法18条に定める書面の記載事項である契約年月日を契約番号に代えることはできない,期限の利益喪失条項に基づく支払は特段の事情がない限り任意性がないと判断したものであって,いずれも内閣府(金融庁)が想定していなかった判断である。したがって,被控訴人において,上記最高裁判決以前はみなし弁済の要件をすべて立証できると認識を有するに至ったことについてやむを得ない特段の事情が認められる。

したがって,被控訴人は,民法704条にいう悪意の受益者ではない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(本件過払金は本件貸付けに係る主債務者の債務に当然に充当されるか)について

(1)  貸主と借主との間で基本契約が締結されていない場合において,第1の貸付けに係る債務の各弁済金のうち利息の制限額を超えて利息として支払われた部分を元本に充当すると過払金が発生し,その後,同一の貸主と借主との間に第2の貸付けに係る債務が発生したときには,その貸主と借主との間で,基本契約が締結されているのと同様の貸付けが繰り返されており,第1の貸付けの際にも第2の貸付けが想定されていたとか,その貸主と借主との間に過払金の充当に関する特約が存在するなどの特段の事情のない限り,過払金は,第1の貸付けに係る債務の各弁済が第2の貸付けの前にされたものであるか否かにかかわらず,第2の貸付けに係る債務には充当されないと解するのが相当である(最高裁平成19年2月13日第3小法廷判決・判例時報1962号67頁)。

本件についてみると,主債務者と被控訴人との間で継続的に貸付けが繰り返されることを予定した基本契約は締結されていない(前記第2,1(8))。そこで,主債務者と被控訴人との間で,上記基本契約が締結されているのと同様の貸付けが繰り返されており,別件貸付けの際にも本件貸付けが想定されていたとか,主債務者と被控訴人との間に本件過払金の充当に関する特約が存在するなどの特段の事情があったか否かについて検討する。

(2)  本件においては,本件貸付けに係る貸付金によって別件貸付けに係る残元本債務を返済することが約定され(前記第2,1(4)⑤),主債務者はこの約定に従って別件貸付けに係る残元本債務を返済した(別紙計算書の番号27,28)のであるから,実質的には,本件貸付けは別件貸付けの借換えをした場合と経済的目的が同一であり,別件貸付けの借入金額を増加させたにすぎないといえる。これに加えて,別件貸付けと本件貸付けは,元本額,毎月の元利金の返済額及び返済日が異なるが,利息及び損害金の年率並びに期限の利益喪失条項が同じであり,利息及び損害金の計算方法も同様である(前記第2,1(2),(4))から,別件貸付けと本件貸付けにおいて実質的に異なるのは元本及び毎月の返済日のみにすぎず,主債務者と被控訴人との間で継続的に貸付けが繰り返されることを予定した基本契約が締結された後,貸付金額とともに毎月の返済日を変更した場合と何ら異ならない。

これらの事情に鑑みると,主債務者と被控訴人は,別件貸付けに係る法律関係を終了させ,本件貸付けに係る法律関係のみを存続させる意思を有していたものと推認するのが相当である。そうすると,主債務者においては,借入総額の減少を望み,また,不当利得返還請求権が累積するという複数の法律関係が発生するような事態を望んでいないと考えられるのであるから,別件貸付けにおいて過払金(すなわち本件過払金)が発生していた場合には,本件貸付けに係る主債務者の債務に対する弁済に充当する旨の特約があったものと認められる。

(3)  これに対して,被控訴人は,(ア)主債務者による本件貸付けに係る貸付金をもって別件貸付けに係る残元本債務の返済は,いわゆる借換(借増)契約(旧残債務金を目的とする準消費貸借契約と,新たに借り受けた金銭の消費貸借契約との混合契約)ではない,(イ)被控訴人は,主債務者から,本件貸付けの申込みを受けた際,別件貸付けの際と同様の審査を実施した上で本件貸付けを行った,(ウ)被控訴人は,控訴人に対して,それぞれ別件貸付け及び本件貸付けごとに,契約内容を説明した,(エ)別件貸付け及び本件貸付けは,それぞれ第三者の連帯保証を条件とする契約であるなどと主張する。しかし,被控訴人のこれらの主張は,別件貸付けと本件貸付けとが別個独立の貸付けであり,別件貸付けの際に,本件貸付けが想定されていなかったことを推認させる旨の主張にすぎず,上記充当に関する特約を否定する事情とはなり得ないことは明らかである。

(4)  以上から,本件過払金は,本件貸付けに係る主債務者の債務に当然に充当される。

2  争点(2)(主債務者は平成16年11月29日の経過をもって本件貸付けに係る債務の期限の利益を喪失したか否か)について

(1)  制限利率を超える利息の契約をした場合,債務者は,制限利率を超える利息の支払をする義務を負うことはないから,当該金銭消費貸借契約において,各弁済期に約定の分割返済金及び利息の支払を怠った場合は期限の利益を喪失する旨の合意がされていても,債務者が分割返済金と制限利率による利息を支払えば,期限の利益を喪失することはないものと解される(最高裁平成18年1月13日第2小法廷判決・民集60巻1号1頁参照)。

(2)  被控訴人は,前記1で検討した争点(1)について,本件過払金が本件貸付けに係る主債務者の債務に充当されないことを前提に,平成16年11月29日の支払期日において,約定の分割返済金又は制限利率による利息の支払を怠った旨主張するが,本件過払金が本件貸付けに係る主債務者の債務に充当されないとの前提自体採用できるものではないことは,前記1で検討したとおりである。

また,主債務者は,本件貸付けに係る債務として,本件過払金を充当する(別紙計算書の番号28)とともに,別紙計算書の番号29ないし39の「年月日」欄記載の各年月日に,「弁済額」欄記載の各金額を弁済している。同各弁済についても,本件貸付けに係る約定に従った元利金の弁済のうち,制限超過利息を制限利率に引き直して算出した利息及び元本に充当すると,本件貸付けについて,別紙計算書のとおり,平成16年11月29日までの本件貸付けに係る弁済金合計額は,本件貸付けの各支払期日に約定の分割返済金と利用期間に応じた制限利率(15パーセント)による利息を支払うものとして計算した,同日までに本来支払うべき金額の総額を超えている。さらには,本件貸付けに係る各支払期日のいずれについても,それまでに弁済済みの金額の合計は,上記同様にして計算した本来支払うべき金額の合計を超えているから,約定の支払期日である同年11月29日に支払がなかったとしても,そのことは「元金又は利息の支払を遅滞したとき」には当たらないと解すべきである。

仮に,期限の利益喪失約款に関して被控訴人が主張するように,支払期日に約定の元本又は利息の制限額の支払を怠った場合に期限の利益を喪失するとの解釈をとるとしても,少なくとも本件のように通算37回にもわたって違法で多額の任意ではない利息の過払いを受けながら,38回目の弁済期にあたる平成16年11月29日の支払をわずか1週間ばかり徒過したことを理由に上記約款を適用することは,信義則に違反して許されないものというべきである。

そして,主債務者は,上記のとおり,本件貸付けの各支払期日に約定の分割返済金と利用期間に応じた制限利率(15パーセント)による利息を支払うものとして計算した,平成19年9月28日までに弁済すべき金額を弁済していないから,同日の経過をもって,同日の翌日から,平成18年法律第115号改正前の利息制限法4条1項の制限の範囲内である年21.9パーセントの割合による遅延損害金の支払義務を負うというべきである(なお,被控訴人は,利息の計算において,経過期間を貸付日を含む弁済日の前日までとするのと同様に,遅延損害金の計算においても支払期日を含む弁済日の前日までとして遅延損害金を算出しているが,遅延損害金は支払期日の経過により発生する以上,支払期日を含むと解することはできないというべきである。)。したがって,被控訴人の主張は,主債務者が平成19年9月28日の経過をもって期限の利益を喪失したとの限度で理由がある。

3  以上を前提に,別件貸付け及び本件貸付けに係る主債務者の債務を計算すると,別紙計算書のとおり,主債務者は,被控訴人に対して,残元本債務8万5885円及びこれに対する平成19年9月29日から支払済みまで年21.9パーセントの割合による遅延損害金の支払義務を負っており,控訴人の被控訴人に対する保証債務も同様である(なお,別件貸付け及び本件貸付けには,利息の計算を年365日の日割計算にするとの特約があるが,利息制限法の制限利率の範囲内で利息の計算をするに当たってこの特約の効力を認めると,制限利率の範囲を超えて利息の取得を許す結果となるからその効力を否定すべきであり,別紙計算書においては,閏年について年366日の日割計算により計算している。)。なお,別件貸付けの過払金は,直ちに本件貸付けに充当されることになるから,争点(3)(本件過払金について,控訴人は悪意の受益者か否か)については判断を要しない。

第4結論

よって,被控訴人の請求は,8万5885円及びこれに対する19年9月29日から支払済みまで年21.9パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容すべきであるが,控訴人は,8万5885円及びこれに対する平成18年5月12日から支払済みまで年21.9パーセントの割合による金員の支払を上限として原判決の変更を求めている。以上により,原判決を控訴人の不服の範囲で変更し,被控訴人の請求を上記控訴人が求める限度で認容するとともにその余の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条2項,64条ただし書を,仮執行の宣言につき同法310条をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田川直之 裁判官 小山恵一郎 裁判官 小沼日加利)

<以下省略>

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