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長崎地方裁判所 平成19年(行ウ)2号 判決 2008年11月10日

原告

同訴訟代理人弁護士

龍田紘一朗

小林清隆

龍田紘一朗訴訟復代理人弁護士

山本和人

被告

同代表者法務大臣

森英介<他1名>

被告ら指定代理人

菊池浩也<他5名>

被告国指定代理人

吉原宏<他8名>

被告長崎県指定代理人

藤田邦行<他2名>

主文

一  長崎県知事が原告に対してした、平成一八年八月二二日付け被爆者健康手帳交付申請却下処分を取り消す。

二  長崎県知事は、原告に対し、被爆者健康手帳を交付せよ。

三  長崎県知事が原告に対してした、平成二〇年五月二八日付け健康管理手当認定申請却下処分を取り消す。

四  長崎県知事が原告に対してした、平成一九年三月一日付け健康管理手当認定申請却下処分の取消しを求める訴えを却下する。

五  原告の被告国に対する訴えをいずれも却下する。

六  訴訟費用のうち、原告と被告国との間に生じたものは原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(1)  長崎県知事が原告に対してした、平成一八年八月二二日付け被爆者健康手帳交付申請却下処分(以下「本件手帳申請却下処分」という。)を取り消す。

(2)  原告と被告国との間で、原告の平成一八年八月一一日付け及び平成一九年四月二三日付け各被爆者健康手帳交付申請に対する厚生労働大臣の不作為が違法であることを確認する。

(3)  厚生労働大臣及び長崎県知事は、原告に対し、原告の前記(1)及び(2)に係る各申請による被爆者健康手帳を交付せよ。

(4)  長崎県知事が原告に対してした、平成一九年三月一日付け健康管理手当認定申請却下処分(以下「本件手当申請却下処分(平成一九年)」という。)を取り消す。

(5)  長崎県知事が原告に対してした、平成二〇年五月二八日付け健康管理手当認定申請却下処分(以下「本件手当申請却下処分(平成二〇年)」といい、本件手当申請却下処分(平成一九年)と併せて「本件各手当申請却下処分」という。)を取り消す。

(6)  厚生労働大臣及び長崎県知事は、原告に対し、平成一八年八月以降、健康管理手当を支給する旨の決定をせよ。

二  請求の趣旨に対する答弁

(1)  本案前の答弁

請求の趣旨(2)ないし(4)、(6)の各訴えをいずれも却下する。

(2)  本案に対する答弁

原告の請求をいずれも棄却する。

第二事案の概要

本件は、大韓民国(以下「韓国」という。)に在住する原告(○○○○年○月○日生)が、昭和二〇年八月六日に広島市内で被爆したとして、原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下「被爆者援護法」という。)二条に基づく被爆者健康手帳の交付申請及び同二七条に基づく健康管理手当認定申請をしたところ、これらが却下され、又は同交付申請に対する処分がされていないなどとして、①被告長崎県に対して、本件手帳申請却下処分及び本件各手当申請却下処分の各取消しを、②被告国に対して、前記交付申請に対する厚生労働大臣の不作為の違法確認を、③被告国及び被告長崎県に対し、前記各申請に係る被爆者健康手帳の交付及び健康管理手当の支給決定の義務付けを求めた事案である。

【前提事実等】

(争いのない事実又は各項末尾掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認定できる事実)

一 関連法規の規定

(1) 被爆者

被爆者は、原子爆弾が投下された際当時の広島市若しくは長崎市の区域内又は政令で定めるこれらに隣接する区域内にあった者等であって、被爆者健康手帳の交付を受けたものをいうと定義されている(被爆者援護法一条)。

(2) 被爆者健康手帳の交付手続

被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は、その居住地(居住地を有しないときは、その現在地とする。)の都道府県知事に申請しなければならず(同法二条一項)、都道府県知事は、申請に基づいて審査し、申請者が前条各号のいずれか(以下「被爆要件」という。)に該当すると認めるときは、その者に被爆者健康手帳を交付する旨規定されている(同法二条二項)。同法の都道府県知事には、広島市長及び長崎市長が含まれる(同法四九条。以下、「都道府県」には広島市及び長崎市を、「都道府県知事」には両市長を含んだ意味で用いる。)。

(3) 被爆者に対する援護

被爆者に対しては、都道府県知事が毎年健康診断を行うこととされ(七条)、厚生労働大臣は、一定の場合に必要な医療の給付を行うとされている(一〇条)。また、都道府県知事は、一定の場合に、医療特別手当(二四条)、特別手当(二五条)、原子爆弾小頭症手当(二六条)、健康管理手当(二七条)、保健手当(二八条)、介護手当(三一条)を支給し、被爆者が死亡したときは葬祭料(三二条)や特別葬祭支給金(三三条)を支給するなどとされている(以下、これらの手当や葬祭料等を総称して「各種手当」ということがある。)。

(4) 健康管理手当の支給手続

都道府県知事は、被爆者であって、造血機能障害、肝臓機能障害その他の厚生労働省令で定める障害を伴う疾病(原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。)にかかっているものに対し、健康管理手当を支給すると定められ(同法二七条一項)、健康管理手当の支給を受けようとするときは、同項に規定する要件に該当することについて、都道府県知事の認定を受けなければならないと定められている(同条二項)。

原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行規則(以下「施行規則」という。)五一条は、被爆者援護法二七条一項に定める障害として、同法の定める造血機能障害等に加えて運動器機能障害を規定している。そして、同法二七条二項の認定の申請は、健康管理手当認定申請書(様式第一八号)に、施行規則五一条に規定する障害を伴う疾病についての同法一九条一項の規定による指定を受けた病院又は診療所の医師の診断書(様式第一九号)を添えて、これを居住地の都道府県知事に提出することによって行わなければならないとされている(施行規則五二条一項)。また、都道府県知事は、施行規則五二条一項に規定する診断書を添えることができないことについてやむを得ない理由があると認めるときは、同法一九条一項の規定による指定を受けていない病院又は診療所の医師の診断書をもってこれに代えさせることができるとされている(同条二項)。さらに、国内に居住地及び現在地を有しない被爆者(以下「非居住者」という。)は、施行規則五二条一項に規定する書類の提出に代えて、申請書に、本人であることを確認するに足りる書類及び施行規則五一条に規定する障害を伴う疾病についての医師の診断書を添え、領事官を経由して提出することにより、同法二七条二項の認定の申請を行わなければならないと定められている(同条三項)。

(5) 被爆確認証について

被告国は、在外被爆者(広島又は長崎において原子爆弾に被爆した者であって、日本国内に居住地及び現在地を有しない者をいう。)の健康の保持及び増進を図るため、在外被爆者渡日支援等事業を、広島県、長崎県、広島市、長崎市に対する補助事業として、平成一四年六月一日から実施することにし、「在外被爆者渡日支援等事業実施要綱」(以下「本件支援要綱」という。)を定めた。本件支援要綱は、在外被爆者のうち、経済的事情その他の理由により渡日が困難な者に、渡日するための旅費等を支給するなどの内容を定めている。この中で、在外被爆者のうち、被爆者健康手帳又は施行規則附則二条に規定する第一種健康診断受診者証若しくは第二種健康診断受診者証(以下、本項では、これらを併せて「被爆者健康手帳等」という。)を所持していない者で、被爆者健康手帳等の交付要件に該当すると認められる者のうち、健康上の理由等により渡日できない者に対し、将来、渡日した際の被爆者健康手帳等の円滑な交付に役立てるため、被爆確認証を交付するとしている。被爆確認証の交付を受けようとする者は、被爆者健康手帳等の交付申請手続に準じて申請することとし、被爆確認証の交付に当たっては被爆者健康手帳等の審査に準じて審査し、交付することとするとしている。

二 被爆者健康手帳交付申請等に関する事実

(1) 原告は、広島市楠木町で直接被爆した旨の被爆確認証を所持している。なお、原告の子であるA(○○○○年(昭和○年)○月○日生)は、被爆者健康手帳の交付を受けている。

(2) 原告は、平成一八年八月一一日付けで、長崎県知事に対し、被爆者健康手帳交付申請をし、同知事は、同月二二日、原告が申請時において長崎県に居住地又は現在地を有していないことを理由に原告の被爆者健康手帳交付申請の却下処分(本件手帳申請却下処分)をした(争いのない事実)。

(3) 原告は、平成一九年二月一六日付けで、被爆者援護法二七条一項に規定する障害として、運動器機能障害を、その障害を伴う疾病として骨多孔症、退行性関節炎をそれぞれ理由として、同条二項に基づく健康管理手当の認定申請をしたが、長崎県知事は、平成一九年三月一日、原告が被爆者健康手帳の交付を受けておらず、同条一項にいう被爆者ではないとして、同申請の却下処分(本件手当申請却下処分(平成一九年))をした(争いのない事実、《証拠省略》)。

(4) 原告は、Bを代理人として、平成一九年四月二三日付けで、長崎県知事のほか、内閣総理大臣及び厚生労働大臣を名宛人とする被爆者健康手帳交付申請書を提出した。厚生労働省健康局総務課職員は、被爆者健康手帳の交付は申請者の居住地(居住地を有しないときは現在地)の都道府県知事に申請することとされているとして、上記申請書を平成一九年五月一八日付けで返送した(以上、争いのない事実、《証拠省略》)。

(5) 原告は、平成二〇年五月一二日付けで被爆者援護法二七条二項に基づく健康管理手当の認定申請をしたところ、長崎県知事は、平成二〇年五月二八日、原告が被爆者健康手帳の交付を受けておらず、同条一項にいう被爆者ではないとして、同申請の却下処分(本件手当申請却下処分(平成二〇年))をした(争いのない事実、《証拠省略》)。

【争点】

一  本案前の答弁について

(1) 請求の趣旨(2)に係る訴え(厚生労働大臣の不作為違法確認の訴え)の適法性

(2) 請求の趣旨(3)に係る訴え(厚生労働大臣及び長崎県知事による被爆者健康手帳交付義務付けを求める訴え)の適法性

(3) 請求の趣旨(4)に係る訴え(本件手当申請却下処分(平成一九年)の取消しを求める訴え)の適法性

(4) 請求の趣旨(6)に係る訴え(厚生労働大臣及び長崎県知事による健康管理手当の支給決定の義務付けを求める訴え)の適法性

二  本件手帳申請却下処分の違法性及び被爆者健康手帳交付の義務付けの可否

三  本件各手当申請却下処分の違法性及び健康管理手当の支給決定の義務付けの可否

【当事者の主張】

一  争点一(1)(請求の趣旨(2)に係る訴え(厚生労働大臣の不作為違法確認の訴え)の適法性)について

(被告国の主張)

行政庁は法令上申請権を有しない者がした申請に対して応答義務を負わないのであるから、法令上申請権を有しない者が、自らが法令上の申請権者であると主張して不作為の違法確認訴訟を提起しても、この場合の不作為は違法確認訴訟の対象とはなり得ないものとして、却下すべきである。被爆者援護法は、被爆者健康手帳の交付申請先、交付主体、実施機関をいずれも都道府県又は都道府県知事と定めており、原告は、厚生労働大臣を含む被告国に対して、被爆者健康手帳の交付申請権を有するものではないから、厚生労働大臣の不作為の違法確認を求める請求の趣旨(2)に係る訴えは不適法である。

(原告の主張)

争う。

二  争点一(2)(請求の趣旨(3)に係る訴え(厚生労働大臣及び長崎県知事による被爆者健康手帳交付の義務付けを求める訴え)の適法性)について

(被告らの主張)

原告の被告長崎県に対する、被爆者健康手帳交付の義務付けに係る訴えは、処分取消しの訴え(行政事件訴訟法三条二項)である請求の趣旨(1)に併合提起された申請型の義務付けの訴え(同条六項二号)である。併合提起された義務付けの訴えは「当該法令に基づく申請又は審査請求を却下し又は棄却する旨の処分又は裁決がされた場合において、当該処分又は裁決が取り消されるべきものであり、又は無効若しくは不存在であること」に該当するときに限り、提起することができる(同法三七条の三第一項二号)。しかしながら、長崎県知事の本件手帳申請却下処分は適法であって、同処分の取消しの訴え(請求の趣旨(1))は、棄却されるべきであるから、原告の被告長崎県に対する請求の趣旨(3)の訴えは、上記訴訟要件を欠き不適法である。

次に、原告の被告国に対する、前記義務付けに係る訴えについては、原告の同被告に対する被爆者健康手帳の交付申請は法令上の申請権に基づくものではないから、申請型の義務付けの訴えの原告適格を欠き、不適法である(同法三七条の三第二項)。

他方、原告の被告国に対する訴えが、非申請型の義務付けの訴え(同法三条六項一号)であるとしても、当該訴えについては、行政庁に当該処分をする権限があることが前提とされているというべきであるが、厚生労働省内のいかなる行政機関においても、被爆者健康手帳の交付申請に対する処分をすべき権限はないから、上記の要件を欠く。また、このような場合、原告は、「行政庁が一定の処分をすべき旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者」(同法三七条の二第三項)にも当たらない。

したがって、原告の被告国に対する訴えは訴訟要件を欠き、不適法である。

(原告の主張)

争う。

三  争点一(3)(請求の趣旨(4)に係る訴え(本件手当申請却下処分(平成一九年)の取消しを求める訴え)の適法性)について

(被告長崎県の主張)

本件手当申請却下処分(平成一九年)は、平成一九年三月一日になされ、同月七日に原告代理人Bに交付されており、同日に原告は、同処分の内容を知った。これに対し、同処分の取消しを求める訴えは、同年一二月四日に提起(追加的変更)されているが、行政事件訴訟法一四条一項の出訴期間を経過している。したがって、原告の訴えは不適法である。

(原告の主張)

争う。

四  争点一(4)(請求の趣旨(6)に係る訴え(厚生労働大臣及び長崎県知事による健康管理手当の支給決定の義務付けを求める訴え)の適法性)について

(被告らの主張)

申請型の義務付けの訴えについては当該義務付けに係る処分について併合提起された取消訴訟によって取り消されるべきものであることが必要であるところ、原告の被告長崎県に対する訴えについては、併合提起された請求の趣旨(4)の取消しの訴えが出訴期間の経過により不適法なものであり、同様に併合提起された請求の趣旨(5)の取消しの訴えに係る処分は適法であって取り消されるべきものではないから、上記訴訟要件を欠き、不適法である。

原告の被告国に対する訴えについては、厚生労働大臣は、健康管理手当の支給主体又はその支給要件である造血機能障害等の疾病にかかっていることの認定主体ではなく、健康管理手当に関する処分をすべき権限はない。したがって、被告国に対する訴えも不適法である。

(原告の主張)

争う。

五  争点二(本件手帳申請却下処分の違法性及び被爆者健康手帳交付の義務付けの可否)について

(原告の主張)

(1) 原告は、昭和二〇年八月六日に、広島市楠木町で、原子爆弾爆心地から二・四キロメートルの地点で直接被爆した被爆者である。Aが来日して、原告の代理人として被爆者健康手帳の交付申請をした際、平成一七年一月一三日付けで、広島市長から同旨の被爆確認証が交付され、来日して被爆者健康手帳を申請する際にこれを提示すれば、同手帳の交付を受けられると教示された。

(2) 被告らは、被爆者健康手帳の交付のためには、来日して所在する地の都道府県知事に申請をしなければならないと主張する。被爆者援護法は、国外に居住する被爆者を差別することなく、被爆者としての地位を認めているにもかかわらず、来日しない限り被爆者健康手帳の交付申請が認められないとしてこれを却下する処分は、国外居住者を合理的理由なく差別して取り扱うものであって、憲法一四条に違反する。被告らは、被爆者が来日することが不正防止のために必要であると主張する。しかしながら、被爆者健康手帳の交付における不正防止は、被爆者健康手帳交付の可否に関する審査において慎重にされれば足り、被爆者が来日することを要件としなければ達成できないものでない。

被告らは、被爆者援護法二条が居住地の知事への申請を定めていることを理由として、被爆者が来日してその現在地の知事に交付申請をすることが被爆者健康手帳申請の要件である旨主張する。しかしながら、同条は、日本国内に居住する被爆者がいわゆるたらい回しされることを防ぐとともに、住民又は現在民への自治体事務として被爆者援護行政を執行することにより、被爆者の便宜を図る趣旨である。

(3) 被告国は、被爆者健康手帳の交付は都道府県知事が法定受託事務として行うこととされており、被告国は直接その事務を行わないとしている。

被爆者援護法は、日本国内に居住しない被爆者の被爆者健康手帳の交付申請先を規定していないし、国外在住被爆者に対する被爆者健康手帳の交付事務は法定受託事務とされていない。そうであれば、法を執行すべき被告国が日本国内に居住又は現在しない被爆者に対する被爆者健康手帳を交付するために直接その事務を取り扱うべき義務があると解するべきである。

(被告らの主張)

(1) 被爆者援護法二条一項は、被爆者健康手帳交付申請について、「その居住地(居住地を有しないときは、その現在地とする。)の都道府県知事に申請しなければならない。」と規定しており、申請者が日本国内に居住又は現在することが前提とされており、国外にとどまっているままでの申請を認めていない。

(2) 被爆者援護法は、同法の規定する被爆者であることを前提として、同法の要件に該当する場合に健康管理手当等の給付を行うなどとしており、この被爆者であるか否かは、同法に基づく援護の可否の判断の前提となる基本的要件である。

したがって、都道府県知事は、被爆者健康手帳の交付の決定を行うに際し、申請者の本人確認や、被爆時の具体的状況等の確認を行うなどの実質的な審査をすることが必要不可欠である。このような都道府県知事の審査のためには、施行規則が規定する書類等の審査にとどまることなく、申請者本人からの事情聴取が重要である。

この点、被爆者が日本国内に居住する者であれば、戸籍、住民基本台帳、外国人登録等、被爆者健康手帳の交付申請者が被爆者となる者本人であるかの審査(以下「本人確認」という。)の手段がある上、本人に直接確認することによって本人確認が容易であるし、詳細な被爆状況等の聴取も可能である。他方で、申請者が国内に居住しない者であれば、上記のような本人確認の手段が十分でない上、本人に直接確認できないが、申請者が来日すれば、入国審査により本人確認が担保されることとなるし、本人に直接確認することにより本人確認や詳細な被爆状況等の聴取を適正に行うことができる。

現に、被爆者健康手帳を書類審査のみにより行っていた昭和五一年二月ないし三月(当時は、原子爆弾被爆者の医療等に関する法律に基づいていた。)に、被爆証明書の偽造等により不正に被爆者健康手帳の交付を受けた者が多数いたことが判明している。また、現に、パスポートの提示を求めることにより、被爆者健康手帳の不正交付を防止できた事例も報告されている。

したがって、被爆者健康手帳の交付事務を適正に行うためには、申請者本人からの事情聴取による本人確認や詳細な被爆状況等の聴取が重要であるから、申請時に申請者が国内に居住又は現在することを要件とする被爆者援護法二条一項の規定は合理性がある。

(3) 被爆確認証は、被爆者援護法その他の法律上の根拠があるものではなく、申請者の来日前に、被爆の事実を確認する助けとなる客観的証拠の存在等に関する状況をあらかじめ確認したことを示すものであり、来日した申請者がこれを所持していれば、被爆者健康手帳の交付申請を受けた都道府県知事は、関係資料の収集があらかじめされていることを知る端緒となり、被爆者健康手帳の円滑な交付が可能となるものである。そして、その交付に当たっては、申請者本人による申請も面接による事情聴取も求められておらず、被爆者健康手帳の交付と同様の審査が行われたとはいえないから、被爆者援護法所定の被爆者としての実体要件の存在を確認することができるものではない。

(4) 原告は、申請者が日本国内に居住又は現在することを求めることが、法の下の平等原則に反すると主張する。

しかしながら、前記のとおり、日本国内に居住又は現在することを申請の要件としている被爆者援護法二条一項には、被爆者健康手帳交付事務を適正に行うという正当な目的があり、本人と直接面接するために申請者が日本国内に居住ないし現在することを要求していることが、その目的達成の手段として合理的な関連性を持っている。したがって、同条項によって申請者が日本国内に居住又は現在するか否かにより、被爆者健康手帳の交付に関する取扱いに差が生じるとしても、その差異には合理的理由があり、このような差異を設けることは立法府の裁量の範囲内である。

(5) 原告は、厚生労働大臣が直接被爆者健康手帳の交付をすべきであると主張する。しかしながら、被爆者援護法二条、四二条、四九条及び五一条の二の各規定は、都道府県に被爆者健康手帳の発行事務及び交付事務を法定受託事務として委託しており、これについては一定の例外を認める旅券法と異なり、一切の例外が予定されていない。したがって、被告国が被爆者健康手帳の交付事務を直接行うことは予定されていない。

(6) したがって、原告の請求はいずれも理由がない。

六  争点三(本件各手当申請却下処分の違法性及び健康管理手当の支給決定の義務付けの可否)について

(原告の主張)

原告は、原子爆弾爆心地から二・四キロメートルの地点の広島市楠木町内で直接被爆した、被爆者健康手帳を交付されるべき者であり、骨多孔症、退行性関節炎に罹患しており、被爆者援護法二七条一項、施行規則五一条一〇号に規定する運動器機能障害を有する。したがって、本件各手当申請却下処分は違法であり、取り消されるべきである。

また、原告は、来日が不可能で、かつ、余命いくばくもない病状にあり、被告国及び同長崎県に健康管理手当の支給を義務付ける以外に適当な方法がない。

(被告らの主張)

原告の被爆状況及び疾病は不知。

原告は、被爆者健康手帳の交付を受けておらず、被爆者援護法上の被爆者でないから、健康管理手当を受給できる地位にあるとはいえない。

第三争点に対する判断

一  《証拠省略》並びに前提事実によれば、次の事実が認められる。

(1)  原告の出生及び被爆

原告は、○○○○年(大正○)年○月○日に出生し、昭和二〇年八月六日、爆心地から二・四キロメートル離れた広島市楠木町で、子であるAらと一緒にいたとき、直接被爆をした。

その後、Aは、来日の上、広島市長に対して、前記の直接被爆を理由として、被爆者健康手帳の交付申請をし、平成一七年一月一一日、同手帳の交付を受けている。

(2)  被爆確認証の交付

原告とともに被爆したAは、原告の代理人として、広島市長に対する原告の被爆確認証の交付申請手続をし、平成一七年一月一三日、同市長はこれを交付した。

(3)  被爆者健康手帳交付申請

原告は、平成一八年八月一一日ころ、韓国から、長崎県知事に対し、被爆者健康手帳交付申請書を郵送し、被爆者健康手帳の交付を申請した(争いのない事実《証拠省略》)。

(4)  原告の状況

原告は、骨折のため、平成一七年六月から高麗病院に入院したが、そのころから自力で起立することはできない状態であり、同年一〇月ころ、いったん退院したものの、再入院し、平成一九年二月一三日には、骨多孔症、退行性関節炎等と診断され、車いすで少し移動させることができたものの、現在では、車いすに乗せることも困難な、寝たきりの状態になっており、同病院で療養生活を送っている。また、平成一六年一二月以前から、原告は耳が遠く、会話が成り立ちにくい状態であり、平成一九年二月一三日には、痴呆とも診断されて認知症の症状が進行しており、普段は、息子のAでも会話を成立させるのが困難である。

(5)  当事者の主張について

ア 被告らは、原告の被爆事実の確認の必要性に関し、原告に被爆確認証が交付されているものの原告を被爆者として認定できないと主張するが、原告に被爆確認証が交付されていることに加えて、昭和二〇年八月当時、五歳であったAは、広島市に原子爆弾が投下された時、同市楠木町の自宅に母である原告とともにいたと供述しており、被爆者として認定されていることなどの事情を考慮すれば、原告が被爆者援護法一条一号に該当することが認められる。

イ 原告は、平成一八年八月一一日ころ、被告国に対し、内閣総理大臣及び厚生労働大臣を名宛人とする被爆者健康手帳交付申請書を郵送したと主張し、これに沿う《証拠省略》及び、前記(3)の申請書には名宛人として、長崎県知事の記載のほか内閣総理大臣及び厚生労働大臣の記載もあるが、他方で、被告国に対して郵送したか否かは記録上判明しない旨主張しているし、被告国の調査によっても前記申請書が厚生労働省に郵送されたことを確認できないことにも照らし、前記申請書の記載及び前記証拠によっては、原告が被告国に対してこれを発送したと認めるに足りず、そのほかにこれを認めるに足りる証拠はない。よって、このころ、原告が被告国に対し、被爆者健康手帳交付申請をしたとは認められない。

二  争点二のうち本件手帳申請却下処分の違法性について

争点一(1)における訴えの適法性については、争点二における本件手帳申請却下処分の違法性の判断が前提となることから、まず、この点について判断する。

(1)  被爆者援護法は、「国の責任において、原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ、高齢化の進行している被爆者に対する保健、医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ」るものであり(前文)、被爆者が同法二条に基づき、その居住地(居住地を有しないときはその現在地)の都道府県知事に申請して被爆者健康手帳の交付を受けたときは、都道府県知事において、被爆者に対し、毎年、一般検査及び精密検査による健康診断とそれに基づく必要な指導を行う(七条及び九条)ほか、厚生労働大臣において、原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し、又は疾病にかかり、現に医療を要する状態にある被爆者に対し、当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の認定をした上で、指定医療機関による必要な医療の給付又はこれに代わる医療費の支給をし(一〇条ないし一五条、一七条)、さらに、一般の負傷又は疾病によって医療を受けた被爆者に対しては、一定条件のもとに一般疾病医療費を支給する(一八条ないし二〇条)ことなどを定め、これらに要する費用は都道府県知事が支弁し(四二条一号)、全額を被告国が負担するものとしている(四三条)。このように、被爆者援護法は、被爆者の健康面に着目して公費により必要な医療の給付をすることを中心とする社会保障法としての他の公的医療給付立法と同様の性格を持つものである。これとともに、同法前文のとおり、原子爆弾の被爆による健康上の障害がかつて例をみない特異かつ深刻なものであることと並んで、かかる障害が遡れば戦争という被告国の行為によってもたらされたものであり、しかも、被爆者の多くが今なお生活上一般の戦争被害者よりも不安定な状態に置かれているという事実を見逃すことはできないことから、被告国の責任においてその救済を図るという一面をも有するものであり、その点では実質的に国家補償的配慮が制度の根底にあることが認められる。そして、同法が被爆者の収入ないし資産状態のいかんを問わず常に全額公費負担と定めていることなどは、単なる社会保障としては合理的に説明し難いところであり、この国家補償的配慮の一端を示すものであると認められる。また、わが国の戦争被害に関する他の補償立法は、補償対象者を日本国籍を有する者に限定し、日本国籍の喪失をもって権利消滅事由と定めているのが通例であるが、被爆者援護法があえてこの種の規定を設けず、外国人に対しても同法を適用することとしているのは、被爆による健康上の障害の特異性と重大性のゆえに、その救済について内外人を区別すべきではないとしたものにほかならず、同法が国家補償の趣旨を併せ持つものと解することと矛盾するものではない。

被爆者援護法は、このような複合的性格を有しており、被爆者の置かれている特別の健康状態に着目してこれを救済するという人道的目的の立法である。また、被爆者援護法二条一項は国内に居住地を有しない被爆者(非居住者)をも適用対象者として予定した規定であり、施行規則には、非居住者が医療特別手当(二九条三項)、特別手当(四四条二項)、原子爆弾小頭症手当(四八条二項)、健康管理手当(五二条三項)、保健手当(五六条三項、四項)の各申請を日本国外で行うことができると規定されていることなどから考えると、被爆要件に該当し、国内に居住地及び現在地を有しない在外被爆者に対しても、広く被爆者援護法の適用を認めて救済を図ることが、同法の持つ国家補償の趣旨にも適合するものというべきである。そうすると、同法所定の各種手当等の性質にかんがみて国内に居住地及び現住地を有しない在外被爆者に対してもその支給等を行うことが可能な場合には、これを行うことが前記のような同法の目的及び趣旨に合致する。したがって、在外被爆者であっても、被爆要件に該当する者である限り、同法による救済を受けることができるべき地位にあるものと解される。

このように、被爆要件に該当する者に対して広く救済を及ぼすことが被爆者援護法の趣旨に適い、在外被爆者も同法の適用を受けるべき地位にあることにかんがみれば、被爆者健康手帳の交付を受けることが被爆者としての援護を受ける本質的要件であると解することはできない。都道府県知事による被爆者健康手帳の交付行為は、被爆者援護法に基づく援護を受けることのできる地位にあることを確認し、健康診断や医療の給付、各種手当の支給を円滑に受けるためにこれを明らかにする趣旨によるもので、これによって被爆者としての地位を新たに設定するものではない。

(2)  もっとも、被爆者援護法一条本文は、被爆要件に該当する者で、被爆者健康手帳の交付を受けた者を、同法上の被爆者であると規定し、同法二条一項は、被爆者健康手帳の交付申請者は、その居住地(居住地を有しないときは、その現在地)の都道府県知事に申請しなければならないとし、都道府県知事以外に被爆者健康手帳の交付申請をすることができる行政機関を定めた明文の規定は同法及び施行規則にない。また、申請者が国内に居住地及び現在地もない場合の申請先となる行政機関を定めた規定も同法にはない。

そこで、検討するに、前記健康診断や医療の給付、各種手当の支給は、被爆者又はその相続人に対してすることとされており、被爆要件に該当する者として被爆者健康手帳を交付されたことは同法の援護を受ける前提となる基本的要件である。そうすると、被爆要件に該当することの審査(以下「被爆事実の確認」という。)や本人確認も、被爆者として援護を受ける前提となる重要な審査である。また、被爆者に対する援護は都道府県の法定受託事務として規定され(同法五一条の二)、都道府県知事がこれを行うとされているから、被爆者が日本国内に居住又は現在する場合には、その居住地又は現在地の都道府県知事がその援護を行い、被爆者が出国して国内に現在しなくなった場合には、最後の住所地の都道府県知事がその後の援護を行うこととなるが(原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行令四条等参照)、都道府県知事は被爆者健康手帳の交付を受けた者に各種手当の支給等を行うものであって、被爆要件に該当するか否かは、基本的に被爆者健康手帳の交付申請に対する審査手続においてのみ判断することが予定されている。そうすると、被爆者健康手帳の交付申請手続における被爆事実の確認や本人確認においては、慎重な審査が要請されるというべきである。そして、前記のとおり、被爆者に対する援護が基本的に都道府県知事により行われることに鑑みれば、被爆者健康手帳の交付手続を都道府県知事に行わせることに合理性がある。

また、被爆事実の確認や本人確認の審査に当たっては、被爆事実についての聞き取りや本人の身分証明書類等と本人との照合により行われるのが最も合理的であるから、申請者を被爆者として認定した場合にその援護を実施することとなる被爆者の居住地又は現在地の都道府県知事に担当させることとしたものと理解される。

このような現在の被爆者援護法の規定を前提とすれば、被爆者健康手帳の交付手続を適正に行うため、申請者は、原則として、少なくとも国内に現在し、その現在地の都道府県知事に同手帳の交付申請をすることが必要であると解され、かかる被爆者援護法の規定には十分な合理的理由があると認められる。

よって、被爆者健康手帳の交付申請については、原則として、申請者が国内に現在することが必要であると理解すべきである。

(3)  しかしながら、前記のとおり、被爆者健康手帳の交付は、被爆者健康手帳の交付により被爆者としての地位を新たに設定するものではなく、健康診断や医療の給付、各種手当の支給を円滑に受けるために被爆者としての地位を確認する趣旨で行われるもので、被爆者健康手帳の交付手続を適正に行うためであるから、在外被爆者であっても被爆者としての地位を確認することが妨げられるものではない。そして、在外被爆者である被爆者健康手帳の交付申請者が、その身体的又は精神的事情により、被爆状況等の説明等が自らできないような例外的な場合に、被爆事実の確認や本人確認の審査のため、都道府県の担当者が直接本人から事情を確認する必要性は乏しい。また、交付申請者が同様の事情によって来日することが著しく困難な場合に、被爆事実の確認や本人確認を前記担当者が国内において直接行うことができないとしても、これに代替する方法は十分にありうるところである。そして、被爆者援護法の前記趣旨及び目的に照らせば、このような例外的な場合にまで、申請者が国内に現在することを厳格に要求しているとは到底考えられない。なお、同法二条一項の規定は、申請者が国内に現在しない限り、申請者を被爆要件に該当するか否かを審査し被爆者健康手帳の交付手続を行う都道府県知事が定まらないとして、このような申請を認めることはできないとする、交付の実体的資格要件に関するものではなく、申請の管轄を定めた技術的規定にすぎないというべきであって、こうした同条の規定の法的性質や前記の法の趣旨、目的及び在外被爆者が被爆者健康手帳の交付申請を行うことを禁止した規定がないことにかんがみれば、在外被爆者としては任意の都道府県知事に対して被爆健康手帳の交付申請をすることを妨げられないと解するのが相当である。

以上によれば、前記のような身体的又は精神的状況により、来日が著しく困難で来日することで審査に資する事情がないと認められる在外被爆者の場合、被爆者健康手帳交付申請を受けた都道府県知事は、被爆事実の確認及び本人確認の上、被爆要件に該当すると判断することができた場合には被爆者健康手帳を交付すべき義務を負担しているというべきである。したがって、被爆要件について判断することなく、申請者が来日しないことのみを理由として当該都道府県知事が被爆者健康手帳の交付申請を却下する処分をした場合にはその処分は違法であるというべきである(なお、前記のとおり、被爆者健康手帳の交付行為が、被爆者としての地位の確認行為であるから、都道府県知事は要件該当性が認められる場合には被爆者として被爆者健康手帳を交付すべきであって、その交付の可否についての裁量権が付与されると解するべき事情はない。)。

(4)  被告らは、在外被爆者が国内に現在することで、その入国時に入国審査がされるとともに、直接本人から本人確認が可能な書類を提示させることにより、本人確認を適正に行うことができるから、申請者は国内に少なくとも現在することが必要であると主張する。

しかしながら、申請者の本人確認については必ずしも入国審査を行わせることによらなければ達成できないものではないし、本人確認に問題がある場合には被爆者健康手帳の交付申請を受理した後で本人確認のため、場合によっては被爆者に対して領事館等を通じて直接本人確認等を行うことによっても達成可能であるから、国内に現在しなければその目的を達成することができないとはいえない。被告らは、本人確認を行うことにより不正な手帳交付申請が発覚した事案があると指摘するが、そのことが、いかなる場合にも申請者の来日による本人確認を実施しなければならないとする根拠となるものではない。他方、申請者が身体的な事情で来日できない場合には、結局、申請者は被爆者健康手帳の交付を受けられない結果となるが、被爆者援護法が被爆者に対して援護をする趣旨及び目的にかんがみれば、このような解釈は到底採用できない。また、申請者本人の意思能力が十分でない場合には、たとえ本人が国内に現在し、本人に直接都道府県の担当者が本人確認を求めても、これによって本人確認の目的を達成することはできないから、この意味でも国内に現在することが不可欠であるとは考えられない。

したがって、本人確認の目的を達成するために、申請者が国内に現在することが不可欠であると解することはできないから、被告らの主張をその限度において採用することはできない。

(5)  原告は、被爆者が原則として来日すべきと解することはできないと主張する。しかし、前記のとおり、被爆者健康手帳交付申請に対する審査において、被爆事実の確認や本人確認のために、直接本人から事情を確認することは重要であり、来日を求めることには合理的な理由がある。そうすると、原告の主張を採用できない。

(6)  そこで、原告について検討すると、前記一で認定した原告の身体の状況によれば、本件手帳申請却下処分当時においても、来日することは著しく困難であったと認められるし、認知症の進行により、原告が来日し、都道府県の担当者が原告に直接本人確認等を行ってもその目的を達成することができる可能性は乏しかったものといわざるを得ない。したがって、原告は、その身体的及び精神的事情により、来日することが著しく困難であり、被爆状況の説明等が自らできないような例外的な場合に当たる。また、前記認定事実のとおり、原告は、広島市において直接被爆したと認められ、被爆者援護法一条一号に該当すると認められる。

そうすると、原告から被爆者健康手帳の交付申請を受けた長崎県知事は、被爆者健康手帳を交付すべき義務があったというべきであり、本件手帳申請却下処分は違法であるから、取り消すべきである。

三  争点一(1)(請求の趣旨(2)に係る訴え(厚生労働大臣の不作為違法確認の訴え)の適法性)について

(1)  被爆者援護法によれば、被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は、居住地又は現在地の都道府県知事に申請することとされ(二条一項)、都道府県知事が被爆者健康手帳を交付することとしている(同条二項)。また、都道府県知事から被爆者健康手帳の交付を受けた被爆者が、その後に健康管理手当等の支給を受けようとするときは、要件に該当することにつき都道府県知事の認定を受けなければならず、都道府県知事は要件に該当する者に対して同手当等を支給するものとされている(二七条等)。そして、被爆者援護法の規定により都道府県が処理することとされている事務は、地方自治法二条九項一号に規定する第一号法定受託事務とされている(被爆者援護法五一条の二)。さらに、被爆者援護法は、健康管理手当等の支給及び当該法律又は当該法律に基づく命令の規定により都道府県知事が行う事務の処理に要する費用は、当該都道府県の支弁とするとし(四二条一号、四九条)、被告国は、政令で定めるところにより、都道府県が支弁する上記費用(介護手当に係るものを除く。)を当該都道府県に交付すると定めている(四三条一項)。このように、被爆者援護法は都道府県知事が法定受託事務として処理する健康管理手当の支給に要する費用を当該都道府県が支弁する、すなわち債務者として支払うことを定めている。したがって、支給認定により具体的に発生し確定した支給請求権に基づく健康管理手当等の支給については、支給認定をした長の所属する都道府県が受給権者に対しその支給義務を負うものであり、被告国がその支給義務を負うものではない。また、施行規則三条、四条は、被爆者健康手帳の交付を受けた者が他の都道府県の区域又は国外に居住地を移したときは、所定事項を記載した届出書に住民票等を添えて、居住地又は最後の居住地(国外に居住地を移した場合)の都道府県知事に提出しなければならないとしており、居住地又は最後の居住地の都道府県がその支給義務を負う者で、被告国がその支給義務を負うと解すべき規定は見当たらない。

そうすると、被爆者援護法の規定に基づく被爆者健康手帳の交付及びこれに引き続く支給義務は、飽くまでも都道府県が負い、被告国がその交付及び支給義務を負うことはないと解される(最高裁平成一八年六月一三日第三小法廷判決・民集六〇巻五号一九一〇頁参照)。

(2)  以上のとおり、被爆者援護法に基づく被爆者健康手帳の交付手続を被告国(厚生労働省)が行うことはないから、同手帳の申請者は、厚生労働大臣に対して手帳交付申請の申請権を有していないと認められる。ところで、不作為の違法確認訴訟は、法令に基づく申請に対して応答しない場合にその違法を確認する訴訟であるから、法令上の申請権が認められていない場合には、行政庁はそれに対する応答義務を負わないこととなり、その不作為の違法を確認する利益はない。したがって、法令上の申請権が認められていない場合には当該申請に対する不作為の違法確認の訴えは確認の利益がないものとして却下すべきである。本件でも、厚生労働大臣に対する被爆者健康手帳の交付申請権は認められないから、その不作為の違法を求める原告の訴えは不適法として却下を免れない。

四  争点一(2)(請求の趣旨(3)に係る訴え(厚生労働大臣及び長崎県知事による被爆者健康手帳交付義務付けを求める訴え)の適法性)について

(1)  前記のとおり、長崎県知事の健康手帳交付申請の却下処分は違法として取り消されるべきものであるから、同知事に対して同手帳交付の義務付けを求める訴えは適法であり(行政事件訴訟法三七条の三第一項二号)、前記処分が適法であって取り消されるべきでないことを理由として、前記義務付けを求める訴えを不適法とする被告長崎県の主張は理由がない。

(2)  次に、原告は、厚生労働大臣に対して被爆者健康手帳の交付の義務付けを求める訴えを提起している。前記のとおり、厚生労働大臣に対する上記手帳交付申請権があるとは認められない以上、この訴えは行政事件訴訟法三条六項一号の非申請型義務付け訴訟であると解される。そして、非申請型義務付け訴訟は「行政庁が一定の処分をすべきであることがその処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ又は行政庁がその処分をしないことがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるとき」に「行政庁がその処分をすべき旨を命ずる判決」がされるのであるから(同法三七条の二第五項)、当該処分をすべき行政庁が所属する行政主体(国)を被告として訴えを提起することとなる(同法三八条、一一条)。したがって、被告に所属する当該行政庁がその処分をする権限を有していることが前提となっているというべきであるところ、被爆者援護法、施行規則等の関係法令において、厚生労働大臣その他国に所属する行政庁に被爆者健康手帳を交付する権限を認める規定がない。また、前記のとおり、被爆者援護法上、都道府県知事に被爆者健康手帳を交付する権限が認められていることは明らかであるから、都道府県知事に加えて厚生労働大臣に被爆者健康手帳を交付する権限があると解する必要性も見い出せない。

そうすると、厚生労働大臣を含む国に所属する行政庁が被爆者健康手帳を交付する権限を有しない以上、原告が被告国に対して、厚生労働大臣による被爆者健康手帳を交付することの義務付けを求める訴えは不適法であるといわざるを得ない。

よって、原告が、被告長崎県に対し、長崎県知事が原告に被爆者健康手帳を交付することの義務付けを求める請求は理由があり、被告国に対し、厚生労働大臣が原告に被爆者健康手帳を交付することの義務付けを求める訴えは不適法として却下すべきである。

五  争点一(3)(請求の趣旨(4)に係る訴え(本件手当申請却下処分(平成一九年)の取消しを求める訴えの適法性))について

本件手当申請却下処分(平成一九年)は、平成一九年三月一日になされ、同月七日に原告代理人Bに交付されており、原告は同日に同処分の内容を知ったものと認められる。これに対し、同処分の取消しを求める訴えは、平成一九年一二月四日に提起(追加的変更)されており、行政事件訴訟法一四条一項の出訴期間を経過している。また、原告の出訴期間徒過については、同年二月二一日に本件訴訟が提起されていることなどに鑑みれば、正当な理由があるとも認められない。したがって、原告のこの訴えは、出訴期間を徒過するものとして却下を免れない。

六  争点二のうち、長崎県知事に対する被爆者健康手帳交付の義務付け(請求の趣旨(3))の可否について

原告が、被爆者援護法一条一号に該当することは前記一(5)アのとおりであるから、同法二条二項によれば、同知事が原告に対して同手帳を交付すべきことは明らかであって、その交付に当たって裁量権を有するものでないことも前記判示のとおりである。したがって、同知事は、原告の平成一八年八月一一日付け申請に基づき、原告に対し、同手帳を交付すべき義務がある。

七  争点三(本件各手当申請却下処分の違法性及び健康管理手当の支給決定の義務付けの可否)について

本件手当申請却下処分(平成一九年)に係る訴えは不適法であるから、本件手当申請却下処分(平成二〇年)(以下、本項ではこの処分を単に「本件処分」という。)の違法性について検討する。

(1)  長崎県知事は、原告が被爆者健康手帳の交付を受けておらず、健康管理手当の支給要件である被爆者援護法二七条一項にいう「被爆者」でないことを理由として本件処分をしている。ところで、前記のとおり、本件手帳申請却下処分は取り消されるべきものであり、長崎県知事は原告に対する被爆者健康手帳の交付が義務付けられるから、原告は遡及的に被爆者としての地位を確認されることとなり、本件処分は、後発的、遡及的に生じた法律状態には適合しないこととなるが、このような後発的取消事由があることにより本件処分の違法性に影響するかについて検討する。

(2)  被爆者健康手帳の交付を受けることは、健康診断を受けたり、健康管理手当を含む各種手当の給付の前提となる要件であるから、被爆者健康手帳交付申請行為と健康管理手当認定申請行為は、同一の目的を追求する手段の結果をなすとも、これらが相結合して一つの効果を完成する一連の行為となっているともいえず、違法性の承継が認められる関係にはない。そして、取消訴訟における違法性判断の基準時は処分時であると解されるところ、後行処分である本件処分時には、先行処分である本件手帳申請却下処分はその公定力によって有効なものとして存在していたのであるから、事後的に先行処分が取り消されたとしても、原則として、後行処分が事後的に違法となるものではないとも考えられる。

しかしながら、前記のとおり、本件手帳申請却下処分の取消しという後発的な事由の発生に伴う法的効果として、本件処分の処分時以前に遡及して法律状態に変動が生じていたことになるから、本件処分は、事後的に見る限り、その処分時において法適合要件を欠いていたと評価することができる。

また、違法性判断の基準時が処分時とされるのは、取消訴訟の訴訟物が処分の違法性であることから、処分後に法律状態又は事実状態の変化が生じた場合には、まず行政庁がこれらの変化した状態に基づいて判断すべきであると解されることによるものである。ところが、本件処分は、原告が被爆者健康手帳の交付を受けていないことのみを理由としてされたものであるところ、本件手帳申請却下処分が取り消されるべきものであり、同手帳の交付が義務付けられるべきことは前記のとおりであるから、被爆者健康手帳の交付を受けていないことを理由として健康管理手当の認定申請を却下する余地がなく、この点について行政庁に改めて判断する機会を留保する必要性は乏しい(本件では、本件手帳申請却下処分の取消判決の形成力により、後行処分である本件処分の遡及的失効が確定し、後行処分の公定力を排除するために原告がその取消訴訟を提起する必要がないと考えられる。)。

(3)  健康管理手当は、被爆者が、造血機能障害、肝臓機能障害その他の厚生労働省令で定める障害を伴う疾病(原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。以下「法定障害を伴う疾病」という。)にかかっている場合に支給されるものであるところ、本件処分は、法定障害を伴う疾病にかかっているか否かを判断することなく、被爆者に該当しないことのみを理由として却下したものである。そうすると、本件処分の処分要件となる事実は、つまるところ、原告が来日しなかったという、本件手帳申請却下処分と同一のものであり、これが事後的であれ取り消され、同手帳が交付されるべきものである以上、実体法的には本件処分の適法性を維持すべき根拠に乏しい。

そして、被爆者健康手帳交付申請に付する同手帳交付処分又は同申請却下処分は、申請者が、被爆要件に該当するか否かを確認する処分であり、同処分により被爆者としての地位を新たに設定するものではない。また、本件手帳申請却下処分が違法となるのは、申請者が被爆者として同条各号のいずれかに該当する事実を看過したり、法律の解釈・適用を誤ったような場合である。このような本件手帳申請却下処分の性質等にかんがみれば、同処分が違法として取り消されたような場合に関連処分である本件処分の効力を検討するに当たり、本件処分時には本件手帳申請却下処分が適法であったことを重視すべきとはいえない。

さらに、このような場合、原告が本件処分を後発的、遡及的に生じた法律状態に適合させるためにとるべき措置が被爆者援護法等に予定されていない(この点で、青色申告書の承認取消処分が取り消された場合に更正の請求が予定されているような事例と異なる(最高裁昭和五七年二月二三日第三小法廷判決・民集三六巻二号二一五頁参照)。)。一方で、例えば、本件処分時に法定障害を伴う疾病にかかっていたが、本件手当申請却下処分が取り消されたときまでにその疾病の状態が治癒したような場合のように、本件処分時には被爆者健康管理手当を受給し得たにもかかわらず、その後にその支給要件を満たさなくなったような事例においては、本件手帳申請却下処分の存在を理由に本件処分を取り消すことができないとすると、国家賠償法上の損害賠償の可否はともかくとして、同手当を受給し得なくなるなど、違法な処分による不利益が申請者に転嫁されることとなる。

以上のような事情を総合考慮すると、本件手帳申請却下処分の取消訴訟と本件処分の取消訴訟が併合され、前者の処分を取り消す場合において、本件処分は、後発的、遡及的に生じた法律関係には適合しないこととなり、本件処分時には本件手帳申請却下処分が適法であったことを理由として本件処分が適法であると解することはできず、これを取り消すのが相当である。

(4)  次に、健康管理手当の義務付けについての判断が可能かについて検討する。健康管理手当の支給を受けるためには、法定障害を伴う疾病にかかっていることが要件とされ、その判断については、国内では、指定医療機関等の診断書を提出することを必要とし(施行規則五二条一項)、国内に現在しない者については、医師の診断書を提出することによりその申請資料とすることができるとしている(同条三項)。そして、施行規則五一条は、被爆者援護法二七条一項に定める障害として、運動器機能障害を規定している(一〇号)。

原告については、医師の診断書が提出され、前記認定のとおり、骨多孔症(いわゆる骨粗鬆症)に罹患していることが認めることができる。また、前記認定のとおり、原告は、平成一九年二月時点においても、ほとんど自力で移動できない状態であったことが認められる。そうすると、原告は、骨多孔症による運動器機能障害に罹患している可能性があり、そうであれば法定障害を伴う疾病に該当するものであるといえる。しかしながら、骨多孔症の罹患の事実については前記診断書以外の医学的根拠の裏付けはなく、現段階の証拠関係では、運動器機能障害が骨多孔症により生じたものであるかについて必ずしも明確でない。したがって、現段階の証拠関係で、原告に対し健康管理手当の認定をすべきか否か判断することは困難であり、更なる原告の状況に関する医学的立証が必要である。また、前記のとおり、長崎県知事は、原告が法定障害を伴う疾病にかかっているか否かについては何らの判断をしていない。

以上の検討によれば、健康管理手当の義務付けの訴えについては、審理の状況、現在の証拠関係に基づいて判断することが本件処分に関する紛争の迅速かつ適切な解決に資するということはできない。そこで、行政事件訴訟法三七条の三第六項前段の規定により、健康管理手当の義務付けの訴えを除く訴えについてのみ終局判決し、長崎県知事において当該判決の趣旨に従って本件手当申請却下処分(平成二〇年)に係る申請が被爆者援護法二七条一項の基準を認定することができるかについて審理、判断することとした方が迅速な争訟の解決に資すると認められる。

八  争点一(4)(請求の趣旨(6)に係る訴え(厚生労働大臣及び長崎県知事による健康管理手当の支給決定の義務付けを求める訴え)の適法性)について

前記七のとおり、長崎県知事による健康管理手当の支給決定の義務付けを求める訴えに併合提起された請求の趣旨(5)に係る本件手当申請却下処分(平成二〇年)については取り消されるべきであるから、長崎県知事による健康管理手当の支給決定の義務付けの訴えは適法である。

他方、被爆者援護法の規定に基づく被爆者健康手帳の交付及びこれに引き続く支給義務は、飽くまでも都道府県が負い、被告国がその支給義務を負うことはないと理解される(最高裁平成一八年六月一三日第三小法廷判決・民集六〇巻五号一九一〇頁参照)ことは前記のとおりであり、被爆者援護法、施行規則等関係法令において、厚生労働大臣を含む国に所属する行政庁に健康管理手当の支給を決定する権限を認める規定はない。そうすると、原告が被告国に対して、厚生労働大臣による健康管理手当の支給決定の義務付けを求める訴えは不適法である。

第四結論

以上によれば、原告が、被告長崎県に対し、長崎県知事による本件手帳交付却下処分の取消し及び同知事に対するその交付の義務付け、長崎県知事による本件手当申請却下処分(平成二〇年)の取消しを求めた請求は理由があるから、原告のこれらの請求を認容し、被告長崎県に対して長崎県知事による本件手当申請却下処分(平成一九年)の取消しを求める訴え及び被告国に対する各訴えはいずれも不適法であるから、これらの訴えを却下することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 須田啓之 裁判官 小山恵一郎 小沼日加利)

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