長崎地方裁判所 平成23年(行ウ)10号 判決 2013年11月18日
主文
1 本件訴えのうち,原告らが長崎県知事に対して被爆者健康手帳を交付することの義務付けを求める訴え及び原告らが被告長崎県に対して健康管理手当の支払を求める訴えをいずれも却下する。
2 被告長崎県は,各原告に対し,それぞれ1000円を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,原告らに生じた費用の10分の9と被告長崎県に生じた費用の10分の9と被告国に生じた費用を原告らの負担とし,原告らに生じたその余の費用と被告長崎県に生じたその余の費用を被告長崎県の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 長崎県知事が各原告に対してした平成24年1月13日付け各被爆者健康手帳交付申請却下処分をいずれも取り消す。
2 長崎県知事は,各原告に対し,被爆者健康手帳を交付せよ。
3 主文第2項と同旨
4 被告国は,各原告に対し,それぞれ1000円を支払え。
5 長崎県知事が各原告に対してした平成24年6月20日付け各健康管理手当支給認定申請却下処分をいずれも取り消す。
6 被告長崎県は,各原告に対し,平成24年7月から各月3万3670円を支払え。
第2事案の概要
1 本件は,長崎市に投下された原子爆弾に被爆したと主張する原告らが,次のとおりの請求をする事案である。
⑴ 各原告が,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(平成6年法律第117号。以下「被爆者援護法」という。)に基づき,長崎県知事(処分行政庁)に対し,それぞれ被爆者健康手帳の交付申請をしたところ,処分行政庁が,平成24年1月13日付けで上記各申請をそれぞれ却下する処分をした(以下,併せて「本件手帳交付申請却下処分」という。)ことにつき,上記処分の取消しを求める請求
⑵ 各原告が,処分行政庁が本件手帳交付申請却下処分をしたことにつき,処分行政庁に対し,各原告に対する被爆者健康手帳の交付の義務付けを求める請求
⑶ 各原告が,「処分行政庁(及び被告長崎県)の担当公務員(以下「処分行政庁の担当公務員」という。)が,①各原告に対し,前記⑴の各申請の申請書を返戻する行為をし,その後,本件手帳交付申請却下処分をするまでの間,応答(処分)をする義務に違反し,上記各申請に対する処分をしなかったこと,②平成24年1月13日付けで本件手帳交付申請却下処分をしたことは,国家賠償法上違法であり,上記各行為によって精神的苦痛を被り損害を受けた」として,被告長崎県に対し,国家賠償法1条1項に基づき,一部請求として,上記行為により受けた2000円以上の損害(上記①により受けた1000円以上の損害及び上記②により受けた1000円以上の損害の合計)のうち損害賠償金1000円の支払をそれぞれ求める請求
⑷ 各原告が,「被爆者援護法2条1項,2項の被爆者健康手帳の交付を受けようとする者の申請先についての定めは憲法14条1項に違反している。国会が被爆者援護法2条1項,2項を定める立法をしたことは,国家賠償法上違法であり,上記違法な立法行為の結果,各原告に対し,処分行政庁の担当公務員により違法な本件手帳交付申請却下処分がなされ,これによって,各原告は精神的苦痛を被り1000円以上の損害を受けた」として,被告国に対し,国家賠償法1条1項に基づき,一部請求として,損害賠償金1000円の支払をそれぞれ求める請求
⑸ 各原告が,被爆者援護法に基づき,処分行政庁に対し,それぞれ健康管理手当支給認定申請をしたところ,処分行政庁が,平成24年6月20日付けで上記各申請をそれぞれ却下する処分をした(以下,併せて「本件支給認定申請却下処分」という。)ことにつき,上記処分の取消しを求める請求
⑹ 原告らが,被告長崎県に対し,被爆者援護法27条所定の健康管理手当の支給請求権に基づき,前記⑸の各申請をした日の属する月の翌月である平成24年7月から各月3万3670円の健康管理手当の支払を求める請求
2 前提事実
次の事実は,当事者間に争いがないか,証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨により認めることができる(一部の事実は,当裁判所に顕著である。)。
⑴ 法令の定め等
ア 被爆者の定義
被爆者援護法において,「被爆者」とは,同法1条各号のいずれかに該当する者であって,被爆者健康手帳の交付を受けたものをいうとされている(同法1条柱書)。被爆者援護法1条各号の定めは,以下のとおりである。
(ア) 原子爆弾が投下された際当時の広島市若しくは長崎市の区域内又は政令で定めるこれらに隣接する区域内に在った者(同条1号)
(イ) 原子爆弾が投下された時から起算して政令で定める期間内に前号に規定する区域のうちで政令で定める区域内に在った者(同条2号)
(ウ) 前2号に掲げる者のほか,原子爆弾が投下された際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者(同条3号)
(エ) 前3号に掲げる者が当該各号に規定する事由に該当した当時その者の胎児であった者(同条4号)
イ 被爆者健康手帳の申請及び交付
(ア) 申請
被爆者援護法2条1項は,被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,その居住地(居住地を有しないときは,その現在地とする。)の都道府県知事(広島市又は長崎市については当該市の長(同法49条)。以下「都道府県知事等」という。)に申請しなければならないと定めている。
また,同法2条2項,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行令(以下「施行令」という。)1条の2第1項は,被爆者健康手帳の交付を受けようとする者であって,国内に居住地及び現在地を有しないものは,その者の住所を管轄する領事官又は最寄りの領事官を経由して,その者が被爆者援護法1条各号に規定する事由のいずれかに該当したとする当時現に所在していた場所(以下「被爆地」という。)を管轄する都道府県知事等に申請することができる旨定めている。
(イ) 交付
被爆者援護法2条3項は,都道府県知事等は,前記アの申請に基づいて審査し,申請者が同法1条各号のいずれかに該当すると認めるときは,その者に被爆者健康手帳を交付するものとする旨定めている。
ウ 健康管理手当の支給
被爆者援護法27条1項及び4項(49条)は,都道府県知事等は,被爆者であって,造血機能障害,肝臓機能障害その他の厚生労働省令で定める障害を伴う疾病(原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。以下「造血機能障害等を伴う疾病」という。)にかかっているもの(ただし,医療特別手当,特別手当又は原子爆弾小頭症手当の支給を受けている者を除く。)に対し,毎月定額の健康管理手当を支給する旨定めている。
同法27条2項(49条)は,同条1項に規定する者が,健康管理手当の支給を受けようとするときは,同項に規定する要件(以下「支給要件」という。)に該当することについて,都道府県知事等の認定(以下「支給認定」という。)を受けなければならない旨定めている。
⑵ 原子爆弾の投下
昭和20年8月9日,長崎市に原子爆弾(以下「原爆」ということがある。)が投下された(以下,原爆投下とは,上記の原爆投下を指す。)。
⑶ 原告らの被爆者健康手帳交付申請
ア 全国被爆体験者協議会会長であったAは,平成23年7月21日,長崎県福祉保健部原爆被爆者援護課(以下「県援護課」という。)を訪れ,原告X1及び原告X2の依頼に基づき,原告X1作成の被爆者健康手帳交付申請書(同日付け)及び原告X2作成の同申請書(同月12日付け)を県援護課に提出し,これによって,原告X1及び原告X2は,処分行政庁に対し,それぞれ被爆者健康手帳の交付申請をした(証拠<省略>)。
県援護課担当職員は,同月25日,上記各申請書を返戻することとし,原告X1及び原告X2に対し,上記各申請書をそれぞれ発送し,上記各申請書は,同月27日,原告X1及び原告X2に対して到達した(証拠<省略>)。
上記各申請をした当時及びそれ以降,原告X1は大阪府高槻市に,原告X2は大阪府門真市に,それぞれ居住している(証拠<省略>)。
イ Aは,平成23年7月26日,県援護課を訪れ,原告X3の依頼に基づき,原告X3作成の被爆者健康手帳交付申請書(同月21日付け)を県援護課に提出し,これによって,原告X3は,処分行政庁に対し,被爆者健康手帳の交付申請をした(以下,上記申請と前記アの原告X1及び原告X2の申請をいずれも「本件手帳交付申請」といい,本件手帳交付申請において原告らから提出された上記各申請書をいずれも「本件手帳交付申請書」という。証拠<省略>)。
県援護課担当職員は,同年8月11日,上記申請書を返戻することとし,原告X3に対し,上記申請書を発送し,上記申請書は,同月15日,原告X3に対して到達した(証拠<省略>)。
上記申請をした当時及びそれ以降,原告X3は,兵庫県尼崎市に居住している(証拠<省略>)。
ウ 前記ア及びイにおいて,県援護課担当職員が原告らに対して本件手帳交付申請書を送付したことは,被爆者健康手帳の交付申請(本件手帳交付申請)をした原告らに対し,当該申請に係る申請書(本件手帳交付申請書)を返戻したものである(以下「本件返戻行為」という。)。
⑷ 本件訴訟の提起
原告らは,平成23年11月16日,長崎地方裁判所に対し,本件訴訟を提起した(本件訴状の請求の趣旨は,「処分行政庁が各原告の本件手帳交付申請に対し,何らの処分をしないことは違法であることを確認する」旨の請求の趣旨(行政事件訴訟法3条5項の「不作為の違法確認の訴え」の請求の趣旨)を含むものであった。)。
被告長崎県は,平成24年1月5日,本件訴状の送達を受けた。
⑸ 本件手帳交付申請却下処分
処分行政庁は,平成24年1月13日,原告らの本件手帳交付申請につき,「(却下の理由)被爆者援護法2条1項は,被爆者健康手帳の交付申請について,居住地の都道府県知事を申請先と定めているところ,各原告の居住地は長崎県ではないため,申請先は長崎県知事ではない。したがって,各原告の上記申請は,同項に反して不適法である。」などとして,同日付けで,本件手帳交付申請をそれぞれ却下する処分(本件手帳交付申請却下処分)をし,その処分結果及び上記却下理由を原告らに対してそれぞれ通知した(証拠<省略>)。
⑹ 本件支給認定申請却下処分
原告らは,平成24年6月19日,それぞれ処分行政庁に対し,健康管理手当支給認定を申請した(以下,併せて「本件支給認定申請」という。証拠<省略>)。
処分行政庁は,上記申請について,原告らがいずれも被爆者健康手帳の交付を受けておらず,被爆者援護法27条にいう「被爆者」に該当しないとして,同月20日付けで,それぞれ本件支給認定申請を却下する処分(本件支給認定申請却下処分)をし,その処分結果を原告らに通知した(証拠<省略>)。
⑺ 原告らは,いずれも被爆者健康手帳の交付を受けておらず,健康管理手当の支給認定を受けていない。
3 争点
⑴ 被爆者健康手帳の交付の義務付けを求める訴えの適法性。上記訴えが適法である場合,処分行政庁に対し原告らに対する被爆者健康手帳の交付を義務付ける判決がなされるべきか
⑵ 健康管理手当の支払を求める訴えの適法性
⑶ 被爆者健康手帳の交付申請先を定める被爆者援護法2条1項の解釈
⑷ 被爆者援護法2条1項,2項は,憲法14条1項に違反するか
⑸ 本件手帳交付申請却下処分の違法性
⑹ 本件支給認定申請却下処分の違法性
⑺ 処分行政庁の担当公務員が本件手帳交付申請却下処分をしたことは,国家賠償法上違法であるか。違法である場合,原告らが受けた損害
⑻ 処分行政庁の担当公務員が,本件手帳交付申請について,原告らから提出された申請書を原告らに対して返戻する行為(本件返戻行為)をし,その後,本件手帳交付申請却下処分をするまでの間,上記申請に対する処分をしなかったことは,国家賠償法上違法であるか。違法である場合,原告らが受けた損害
⑼ 被爆者援護法2条1項,2項が憲法14条1項に違反する場合,国会が被爆者援護法2条1項,2項の立法をしたことは,国家賠償法上違法であるか。違法である場合,原告らが受けた損害
4 争点に関する当事者の主張
⑴ 被爆者健康手帳の交付の義務付けを求める訴えの適法性。上記訴えが適法である場合,処分行政庁に対し原告らに対する被爆者健康手帳の交付を義務付ける判決がなされるべきか
(被告らの主張)
ア 被爆者健康手帳の交付の義務付けを求める原告らの訴えは,原告らの被爆者健康手帳交付申請却下処分の取消訴訟に併合提起されたいわゆる申請型の義務付けの訴え(行政事件訴訟法3条6項2号)であり,上記の被爆者健康手帳交付申請却下処分(本件手帳交付申請却下処分)が取り消されるべきものであることが訴訟要件とされているが(行政事件訴訟法37条の3第1項2号),本件手帳交付申請却下処分は,適法であり取り消されるべきものではない。
したがって,本件訴えのうち,被爆者健康手帳の交付の義務付けを求める訴えは,上記訴訟要件を欠き不適法である。
イ 後記原告らの主張イのうち,「原告らは被爆者援護法1条3号に該当する」旨の主張は知らない。その余は争う。
(原告らの主張)
ア 被告らの主張アは争う。本件手帳交付申請却下処分は,後記⑸(原告らの主張)のとおり,違法であり取り消されるべきものである。
イ 原告らは,原爆が投下された際又はその後において,身体に原爆の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者であり,被爆者援護法1条3号に該当する。
そして,前記アのとおり,本件手帳交付申請却下処分は取り消されるべきものであるから,処分行政庁に対し原告らに対する被爆者健康手帳の交付を義務付ける判決がなされるべきである。
⑵ 健康管理手当の支払を求める訴えの適法性
(被告らの主張)
健康管理手当の支払を求める原告らの訴えは,申請型の義務付けの訴えであると解され,健康管理手当支給認定申請却下処分が取り消されるべきものであることが訴訟要件とされている(行政事件訴訟法37条の3第1項2号)。
処分行政庁は,原告らの健康管理手当支給認定申請を却下した(本件支給認定申請却下処分)が,その処分は,適法であり取り消されるべきものではない。
したがって,本件訴えのうち,健康管理手当の支払を求める訴えは,上記訴訟要件を欠き,不適法であるから,却下されるべきである。
(原告らの主張)
争う。原告らは,健康管理手当の支給認定を受けていないが,原告らが健康管理手当の支給要件を充たしていることは明らかであるから,上記支給認定を受けていなくても,被爆者援護法27条所定の健康管理手当の支給請求権を有する。
⑶ 被爆者健康手帳の交付申請先を定める被爆者援護法2条1項の解釈
(原告らの主張)
被爆者援護法2条1項が申請者の居住地や現在地での申請を求めているのは,被爆事実の確認のためには,実際に被爆を経験した申請者本人からの聴き取りが重要な位置を占めるところ,その聴き取りを行うためには,申請者が居る場所を管轄する都道府県知事等を申請先とするのが,審査をする行政側にとっても申請者にとっても最も便利が良いからである。さらに,後に改正により追加された同条2項で,被爆者健康手帳の交付を受けようとする者であって,国外に居住地を有しており,国内に居住地及び現在地を有しないもの(以下「国外居住者」という。)の場合に,被爆地の都道府県知事等を申請先として定めた趣旨は,被爆の実情を最もよく知る被爆地のある都道府県等の自治体であれば,被爆者該当性の審査において適正な判断が期待できるという点にある。そうすると,被爆者援護法2条1項,2項が,被爆者健康手帳の交付申請の申請先を定めた趣旨は,被爆者健康手帳の交付申請の審査において,被爆者該当性の判断について,適正な判断が行われるようにするためであるといえる。
そして,被爆地の自治体は被爆の実情を最もよく知るのであるから,被爆地の都道府県知事等は,その他の都道府県知事に比べ,被爆者該当性の審査において適正な判断を期待できる程度が高いといえる。
このような被爆者援護法2条1項,2項が申請先を定めた趣旨に鑑みれば,被爆者健康手帳の交付を受けようとする者であって,国内に居住地を有するもの(以下「国内居住者」という。)について,その居住地が被爆地の都道府県等とは異なる都道府県等内にある場合において(以下,上記居住地を「被爆地でない居住地」といい,上記被爆地を「居住地でない被爆地」ということがある。),居住地でない被爆地の都道府県知事等に申請した方が居住地の都道府県知事に申請するよりも被爆者該当性の判断を適正に行うことができる場合で,かつ,その方が申請者の便宜にかなう場合にまで,被爆地の都道府県知事等への申請を否定する合理的理由はない。
したがって,同条1項は,国内居住者について,「居住地の都道府県知事等に申請するより,居住地でない被爆地の都道府県知事等に申請した方が被爆者該当性の判断をより適正に行うことができる」という合理的理由(居住地でない被爆地の都道府県知事等に申請することについての合理的理由)がある場合には,居住地でない被爆地の都道府県知事等に被爆者健康手帳の交付申請を行うことを認めていると解すべきである。
(被告らの主張)
被爆者援護法2条1項は,被爆者健康手帳の交付申請先を居住地の都道府県知事等と明確に規定していることからすれば,同項の文言上,原告らが主張するように,同項が一定の合理的理由がある場合に国内居住者が居住地でない被爆地の都道府県知事等に被爆者健康手帳の交付申請をすることを認めていると解釈する余地はない。
また,原告らが主張するような同項の解釈は,被爆者援護行政の実施主体を居住地の都道府県等とする同法上の被爆者援護行政の仕組みに反する。同項は,被爆者健康手帳の交付申請先を,申請の審査における被爆者該当性の判断の便宜の点だけでなく,申請者の利便性,被爆者援護行政の実施主体の行う事務の効率化,各種手当の支給の遺漏や不正受給の防止,国による費用交付事務の明確性を図ること等の観点から,国内居住者についてはその居住地の都道府県知事等と定めたものであり,原告らが主張する同項の解釈は,上記のとおりの同項の趣旨に沿うものではなく,そのような解釈は誤りである。
⑷ 被爆者援護法2条1項,2項は,憲法14条1項に違反するか
(原告らの主張)
ア 仮に,前記⑶(原告らの主張)が認められない場合,被爆者援護法2条1項,2項は,次のとおり,被爆者健康手帳の交付申請先につき区別を生じさせており,上記区別を生じさせていることについて,合理的な根拠がないから,憲法14条1項に違反し,無効である。
(ア) 被爆者援護法2条1項は,被爆者健康手帳の交付を受けようとする者であって,国内に居住地を有しないもの(以下「現在者」ということがある。)について,現在地の都道府県知事等に被爆者健康手帳の交付申請をすることができる旨定めているところ,国外居住者は,渡日して滞在した場所を現在地とすることにより,同項のいう国内に居住地を有しないもの(現在者)として,同項に基づき,現在地の都道府県知事等に上記申請をすることができる。すなわち,国外居住者は,申請先としたい都道府県知事等がある場合,渡日して申請先としたい当該都道府県等に滞在するという方法によって,申請先とする都道府県知事等を任意に選択できる仕組みとなっている。
これに対し,同項は,国内居住者については,上記申請先を居住地の都道府県知事等に限定し,居住地でない都道府県等(居住地の都道府県等とは異なる都道府県等)内の場所を現在地とする場合に(以下,上記現在地を「居住地でない現在地」といい,上記居住地を「現在地でない居住地」ということがある。),居住地でない現在地の都道府県知事等に上記申請をすることを認めていない(すなわち,居住地でない都道府県等に行き滞在した場所を現在地として,現在地の都道府県知事等に上記申請をすることを認めていない。)。
(イ) 被爆者援護法2条2項は,国外居住者について,被爆地の都道府県知事等に被爆者健康手帳の交付申請をすることを認めている。
これに対し,同条1項は,国内居住者について,被爆者健康手帳の交付申請につき居住地の都道府県知事等に申請しなければならないと定め,居住地でない被爆地の都道府県知事等に対して上記申請をすることを認めていない。
イ 前記アの区別について
(ア) 申請者の利便性の点で著しく劣ること
a 前記ア(ア)の区別について
⒜ 被爆地の自治体は被爆の実情を最もよく知るのであるから,被爆地の都道府県知事等は,その他の都道府県知事に比べ,被爆者該当性の審査において適正な判断を期待できる程度が高い。
したがって,被爆地でない居住地を有する者にとって,被爆地の都道府県等に行って滞在した場所を現在地とし,現在地の都道府県知事等に被爆者健康手帳の交付申請をすることが認められることは,その利便性として重要である。
⒝ 申請先が多いほど申請者にとっての利便性が高まるのは明らかであり,申請者の利便性という点で,申請者にとって,様々な要素を考慮して申請先を自由に選択できることは重要な利益である。
⒞ したがって,国外居住者と国内居住者との間で,前記ア(ア)の区別があることは,国内居住者にとって,申請における過大な負担であり,利便性の点で著しく劣っている。
b 前記ア(イ)の区別について
被爆地の都道府県知事等は,その他の都道府県知事に比べ,被爆者該当性の審査において適正な判断を期待できる程度が高い。
したがって,前記ア(イ)の区別において,被爆者健康手帳の交付申請先として,国外居住者については被爆地の都道府県知事等とされているのに対し,国内居住者については居住地の都道府県知事等と限定され,居住地でない被爆地の都道府県知事等に対して申請することができないとされていることは,利便性の点で,国内居住者は,国外居住者より著しく劣っている。
(イ) 合理的な根拠がないこと
a 被爆者健康手帳交付申請の審査について
被爆者健康手帳の交付申請についての審査では,申請者の被爆当時の所在地や被爆状況が最も重要な事実であって,申請者の申請時の居住地がどこであるかは,被爆者該当性の判断では問題とならない。被爆地の自治体は被爆の実情を最もよく知るのであるから,被爆地の都道府県知事等は,その他の都道府県知事に比べ,被爆者該当性の審査において適正な判断を期待できる程度が高い。
また,国内居住者について,居住地でない現在地の都道府県知事等に被爆者健康手帳の交付申請をすることを認めても,申請者の利便性や申請先の都道府県知事等の事務処理の効率性が損なわれるおそれはない。
したがって,被爆者健康手帳の交付申請先を居住地の都道府県知事等に限定し,居住地でない現在地の都道府県知事等を申請先として認めないことには,合理的な根拠がない。
b 被爆者健康手帳交付台帳による管理について
被爆者援護法の関係法令は,被爆者健康手帳を受けた者(被爆者)の管理方法として,国内居住者のみならず現在者(国内に居住地を有しない者)についても,被爆者健康手帳交付台帳による被爆者の管理をすることとしている。国内居住者は,国内に居住地を有する点では現在者とは異なるが,居住地でない現在地がある都道府県等については,当該都道府県等に居住していない点で現在者と異なるところはない。現在者について,被爆者健康手帳交付台帳によって管理することが可能である以上,現在地の都道府県等と異なる都道府県等内に居住地を有する国内居住者についても,被爆者健康手帳交付台帳によって管理することが可能である。そうすると,国内居住者について,居住地でない現在地の都道府県知事等に被爆者健康手帳の交付申請をすることを認めたとしても,そのことにより,申請者の利便性や都道府県等の事務処理の効率性が損なわれるおそれはなく,国内居住者の上記申請先を居住地の都道府県知事等に限ることについて,合理的な根拠はない。
(被告らの主張)
ア 被爆者援護法2条1項,2項は,被爆者健康手帳交付申請の申請先を規定した技術的な規定であって,同法1条各号のような被爆者についての実体的資格要件を定めたものではないし,被爆者に対する具体的な援護措置の内容を定めたものでもない。
このような技術的規定をどのように定めるかについては,申請者にとって最も便宜なものは何か,実施主体にとって受給等の遺漏や不正受給を防止し,支弁者の明確性を図り,国による都道府県等に対する費用交付事務を含めた事務処理の便宜,効率化を図るのに適したものは何かなどの点について,見込まれる申請の総数,申請者の分布状況,想定される申請形態,類似の立法における制度設計の在り方等の諸々の事情について種々の資料を収集し,それらを十分検討,考察した上で行う政策的,技術的判断を要する事柄であり,立法府に広い裁量が認められる。
したがって,この点に関する立法府の判断は,このような裁量判断の限界を超えない限り,憲法14条1項に違反することにはならない。
イ 国内居住者の申請先についての定めには合理的な根拠があること
被爆者援護法2条1項は,被爆者援護行政の実施主体が都道府県等であることを踏まえて,申請者や被爆者の利便性,行政機関の事務処理の効率化等を考慮した上で,被爆者健康手帳の交付申請先を居住地の都道府県知事等と規定しているのであるから,同項が国内居住者の申請先を居住地の都道府県知事等としていることには,合理的な根拠がある。
すなわち,被爆者援護法は,被爆者援護行政の実施主体を当該被爆者の居住する都道府県等としているのであるから,被爆者健康手帳の交付申請者にとって,居住地の都道府県知事等が交付申請先と規定されていることが最も便宜であることは明らかである。また,一般に,国内に居住地を有する者にとって,各種の行政サービスを受けている最も身近で利便性の高い居住地の都道府県知事等に対して被爆者健康手帳の交付申請をすることができれば,申請における利便性が図られているということができ,居住地でない現在地(又は被爆地)の都道府県知事等に対する申請ができないにしても,格別の負担を生ずるものではない。仮に,居住地でない現在地(又は被爆地)の都道府県知事等に対する申請ができないことによって何らかの負担が生ずる場合があったとしても,それが被爆者援護法2条1項を規定するに当たっての立法府の裁量判断を超えるような過大な負担であるとはいえない。
ウ 被爆者健康手帳の交付申請先について国内居住者と国外居住者との間に区別が生じていることに合理的な根拠があること
被爆者援護法2条1項,2項により,国内居住者と国外居住者との間で,被爆者健康手帳の交付申請先に区別が生じているが,①国内居住者については,被爆者援護行政の実施主体である居住地の都道府県等が身近な存在であるのに対し,国外居住者については,実施主体である都道府県等との関係が希薄にならざるを得ず,この点で,両者の間には援護の実施主体との関係において相違があること,②国内居住者については,被爆者援護行政を実施するのは,居住地の都道府県等となるが,国外居住者については,居住地たる都道府県等が存在しない以上,援護行政の実施主体である都道府県等との関係を定める何らかの規定が必要であることに照らせば,被爆者援護法2条2項による被爆者健康手帳の交付申請先を含む,被爆者援護法における取扱いに相違が生じることも当然である。
エ 以上のとおり,被爆者援護法2条1項,2項の規定には合理性があり,また,上記規定によって国内居住者と国外居住者との間で被爆者健康手帳の交付申請先に区別が生じていることには合理的な根拠があるから,上記規定の内容が立法者の裁量判断の限界を超えているとはいえず,上記規定が憲法14条1項に違反するものではない。
⑸ 本件手帳交付申請却下処分の違法性
(原告らの主張)
ア 被爆者援護法2条1項違反
(ア) 前記⑶(原告らの主張)のとおり,被爆者援護法2条1項は,国内居住者について,居住地の都道府県知事等に申請するより,居住地でない被爆地の都道府県知事等に申請した方が被爆者該当性の判断をより適正に行うことができるという合理的理由(居住地でない被爆地の都道府県知事等に申請することについての合理的理由)がある場合には,居住地でない被爆地の都道府県知事等に被爆者健康手帳の交付申請をすることを認めていると解すべきである。
(イ)a したがって,次のbのとおり,居住地の都道府県知事等に申請するより,処分行政庁(居住地でない被爆地の都道府県知事等である。)に申請した方が原告らの被爆者該当性の判断をより適正に行うことができ,前記(ア)の合理的理由があるにもかかわらず,処分行政庁は,居住地の都道府県知事でない都道府県知事等への申請であることを理由に本件手帳交付申請却下処分を行ったものであるから,その処分は被爆者援護法2条1項に違反し,違法である。
b 合理的理由
原告らは,原爆投下当時,爆心地から半径12km以内の被爆未指定地域にいたことによって被爆した被爆体験者であるところ,長崎県及び長崎市は,500名以上の被爆体験者が平成19年以降に提起した訴訟(それらの被爆体験者の被爆者該当性(被爆者援護法1条3号)を主要な争点とする訴訟)の被告として,約6年間,膨大な資料をもとにその被爆者該当性を検討してきた。
したがって,処分行政庁は,原告らの居住地の都道府県知事に比べ,被爆者該当性の審査において適正な判断を期待できる程度が高い。
イ 憲法14条1項違反
前記⑷(原告らの主張)のとおり,被爆者援護法2条1項,2項は,憲法14条1項に違反し無効である。
したがって,被爆者援護法2条1項に基づいて原告らの被爆者健康手帳交付申請を却下した本件手帳交付申請却下処分は,違法である。
(被告らの主張)
前記⑶(被告らの主張)のとおり,被爆者援護法2条1項が,国内居住者について,一定の場合に居住地でない被爆地の都道府県知事等に被爆者健康手帳の交付申請を行うことを認めていると解することはできないし,前記⑷(被告らの主張)のとおり,同条1項,2項は憲法14条1項に違反するものではないから,原告らの主張は失当である。したがって,原告らの被爆者健康手帳交付申請が原告らの居住地の都道府県知事等でない処分行政庁に対してなされていることを理由に上記申請を却下した本件手帳交付申請却下処分は,適法である。
⑹ 本件支給認定申請却下処分の違法性
(原告らの主張)
原告らは,いずれも「原子爆弾が投下された際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」であり被爆者援護法1条3号に該当するから被爆者であり,また,造血機能障害等を伴う疾病にかかっていることからすれば,被爆者援護法27条1項の要件を満たす。
したがって,原告らの本件支給認定申請を却下した本件支給認定申請却下処分は,違法である。
(被告らの主張)
争う。健康管理手当の支給を受けようとする者は,予め被爆者健康手帳の交付を受けなければならないところ,原告らは,いずれも上記手帳の交付を受けていないから,健康管理手当の支給要件を欠くのであり,本件支給認定申請却下処分は,違法でない。
⑺ 処分行政庁の担当公務員が本件手帳交付申請却下処分をしたことは,国家賠償法上違法であるか。違法である場合,原告らが受けた損害
(原告らの主張)
ア 前記⑸(原告らの主張)のとおり,本件手帳交付申請却下処分は違法であり取り消されるべきであるところ,処分行政庁の担当公務員は,本件手帳交付申請却下処分をしてはならない義務があったにもかかわらず,職務上尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と本件手帳交付申請却下処分をした。
したがって,処分行政庁の担当公務員が本件手帳交付申請却下処分をしたことは,国家賠償法上違法である。
イ 原告らは,本件手帳交付申請却下処分により被爆者健康手帳を得る機会を奪われ,精神的苦痛を被った。これに対する相当な慰謝料は各1000円以上である。
(被告らの主張)
ア 原告らの上記主張は争う。
イ 前記⑸(被告らの主張)のとおり,本件手帳交付申請却下処分は適法であるから,上記処分をしたことは国家賠償法上違法でない。また,処分行政庁の担当公務員が,本件手帳交付申請却下処分をするに当たって,職務上尽くすべき注意義務を尽くさなかったということはないから,本件手帳交付申請却下処分をしたことは,国家賠償法上違法でない。
⑻ 処分行政庁の担当公務員が,本件手帳交付申請について,原告らから提出された申請書を原告らに対して返戻する行為(本件返戻行為)をし,その後,本件手帳交付申請却下処分をするまでの間,本件手帳交付申請に対する処分をしなかったことは,国家賠償法上違法であるか。違法である場合,原告らが受けた損害
(原告らの主張)
ア 行政手続法7条は,申請に対する審査・応答義務を定める。
行政庁は,申請書が行政庁の事務所に到達したときには,その時から当該申請書による申請について審査し,応答する義務を負うのであって,申請者の同意がないにもかかわらず,これを申請として取り扱わず,当該申請書を返戻したり,さらには,そのことによって上記申請に対する審査を拒否し,あるいは懈怠することは許されない(名古屋高裁金沢支部平成15年11月19日判決・判例タイムズ1167号153頁参照)。
イ 原告らが,本件返戻行為に同意を与えたことはなかった。
かえって,本件において,Aは,本件手帳交付申請書を提出する際,原告らの使者として,処分行政庁の担当公務員(県援護課担当職員)に対し,申請を原告らの各居住地の都道府県知事ではなく,処分行政庁に対して行うことを明確に述べていた。Aは,原告らの使者として,本件手帳交付申請書を返戻することについて,不協力の意思を明確に表明したものである。
処分行政庁の担当公務員は,これらの事実を知りながら,原告らの意思に反して,原告らに対し,その自宅に本件手帳交付申請書を送りつけるという方法で本件返戻行為をしたものである。
また,処分行政庁の担当公務員は,本件返戻行為をした後,行政手続法7条に基づく審査・応答義務があるにもかかわらず,本件返戻行為を理由として,平成24年1月13日に本件手帳交付申請却下処分をするまでの間,5か月もの長期間にわたり原告らの被爆者健康手帳の交付申請に対する審査・応答をしなかった。
したがって,処分行政庁の担当公務員が,①本件返戻行為をし,②その後,本件手帳交付申請却下処分をするまでの間,本件手帳交付申請に対する処分をしなかったことは,行政手続法7条に違反する。そして,処分行政庁の担当公務員は,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく上記①及び②の行為をしたものであり,それは,国家賠償法上も違法である。
ウ 原告らは,処分行政庁の担当公務員が前記イ①及び同②の行為をしたことにより,申請に対して速やかに応答を受ける法的利益を侵害され,精神的苦痛を被った。これに対する相当な慰謝料は各1000円以上である。
(被告らの主張)
ア 行政庁は,申請が到達したときには,遅滞なく形式的要件を備えたものであるか否かを含めた審査を開始し,申請が形式上の要件に適合していないときには,補正を求めるか,申請の拒否をしなければならない(行政手続法7条)。
そして,行政庁が申請書を返戻した場合でも,それによって申請の到達そのものは妨げられず,行政庁の審査開始義務は申請書の到達の時点で生じ,申請に対して応答する義務は申請書が返戻されたとしても変動はない。このように,行政庁が申請書を返戻することは,申請者がした申請の効力に消長を来すものではなく,行政庁の申請に対する審査・応答義務にも消長を来すものではなく,法的効果はない。それは,当該申請の取下げを求める行政指導である。
そして,不適法でその不備を補正することができないことが明らかな申請についても,「申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を表明した」とはいえない場合,行政庁が,申請の取下げを求める行政指導を行い,その行政指導が継続している間において,当該申請に対する応答を留保し応答しないことは,行政手続法7条に違反しない。なぜなら,行政手続法33条は,「申請の取下げ又は内容の変更を求める行政指導にあっては,…申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を表明したにもかかわらず当該行政指導を継続すること等により当該申請者の権利の行使を妨げるようなことをしてはならない」と定め,「申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を表明した」場合については,申請の取下げを求める行政指導をすることを禁止しているが,上記場合に当たらない場合は,申請の取下げを求める行政指導を行うことを禁止していないからである。
また,行政手続法7条は,不適法でその不備を補正することができないことが明らかな申請について,例外なく「速やかに拒否処分」をしなければならないと定めていると解すべきではなく,行政庁が,「申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を表明した」とはいえない場合に申請の取下げを求める行政指導を行い,その行政指導が継続している間,申請につき応答を留保し応答しないことは,同条に違反するものではないと解すべきである。
イ(ア) 本件返戻行為は,何ら法的効果が生じないものであり,本件手帳交付申請の取下げを求める行政指導である。
原告らの本件手帳交付申請は処分行政庁の事務所たる長崎県庁に到達しており,行政指導としての本件返戻行為がなされたことにより,その前に長崎県庁に到達した本件手帳交付申請に関し,原告らの何らかの権利・利益に消長を来すものではなく,また,処分行政庁の本件手帳交付申請に対する審査・応答義務に消長を来すものでもない。
(イ) 本件の事実経過については,原告らの本件手帳交付申請は,申請先を誤っており,被爆者援護法2条1項の要件を欠くことが明らかであった。そこで,被爆者健康手帳の交付事務を所掌する処分行政庁の補助機関である県援護課担当職員は,原告らに対し,申請を取り下げて,原告らの居住地の都道府県知事に対して被爆者健康手帳交付申請をするよう行政指導を行った上で,上記行政指導をする趣旨で本件返戻行為をしたものである。
(ウ) 原告ら本人は,本件手帳交付申請書提出の際,いずれも県援護課に来ておらず,申請の取下げを求める行政指導に対して不協力の意思を直接表明することはなかった。全国被爆体験者協議会会長Aが本件手帳交付申請書を処分行政庁に提出したものであり,Aが「弁護士に相談の上のことであり,本件手帳交付申請書をあくまで処分行政庁に提出する。上記申請書を受理できないのであれば申請を却下するように。」という旨述べたことは事実であるが,Aの立場も不明であったことから,県援護課の担当職員は,原告ら本人の意思を確認することができなかった。また,県援護課担当職員は,本件返戻行為をした日である平成23年7月25日(原告X1及び原告X2につき)及び同年8月11日(原告X3につき),原告ら本人に対し,電話で本件手帳交付申請書を返戻する旨告げたが,原告ら本人は,そのことについて異議を述べなかった。
このように,本件返戻行為の時点において,申請者である原告らは,前記アの「当該行政指導に従う意思がない旨を表明」していなかったのであるから,県援護課担当職員が本件返戻行為をしたことは,行政手続法7条に違反するものではない。そうすると,本件において,処分行政庁は,そのような適法な行政指導が継続している間,本件手帳交付申請への応答を留保し,平成24年1月5日に被告長崎県に本件訴状が送達され,原告らが被告長崎県に対して本件返戻行為による行政指導に不協力の意思を表明した後,速やかに,同月13日付けで本件手帳交付申請却下処分を行ったものであるから,処分行政庁の担当議員が,本件返戻行為がなされた後,本件手帳交付申請却下処分をするまでの間,本件手帳交付申請に対する処分をしなかったことは,行政手続法7条に違反するものではない。
したがって,処分行政庁の担当公務員が①本件返戻行為をし,②その後,本件手帳交付申請却下処分をするまでの間,本件手帳交付申請に対する処分をしなかったことは,国家賠償法上違法でない。
ウ 国家賠償法1条1項の違法性の有無は,被侵害利益の種類,性質,侵害行為の態様及びその原因,行政処分の発動に対する被害者側の関与の有無,程度並びに損害の程度等諸般の事情を総合的に判断して決すべきであり,行政手続法上の違法があるからといって直ちに国家賠償法1条1項の適用上違法となるわけではないところ,本件において,被告長崎県の担当公務員の前記イ①及び同②の行為について,国家賠償法上違法であるといえる事実関係は認められない。
エ 原告らは,被告長崎県の担当公務員の前記イ①及び同②の行為により損害を受けた旨主張する。しかし,原告らは,居住地の都道府県知事に対して被爆者健康手帳の交付申請をすることができたのであるから,原告らについて損害が発生することはおよそ考えられないというべきであり,原告らの上記主張は失当である。
⑼ 被爆者援護法2条1項,2項が憲法14条1項に違反する場合,国会が被爆者援護法2条1項,2項の立法をしたことは,国家賠償上違法であるか。違法である場合,原告らが受けた損害
(原告らの主張)
ア 前記のとおり,国内居住者の被爆者健康手帳の交付申請先をその居住地の都道府県知事等に限定した被爆者援護法2条1項,2項は,憲法14条1項に違反するものであり,国会が,被爆者援護法2条1項,2項を定める立法をしたことは,国家賠償法上違法である。
イ 前記アの違法な立法行為の結果,原告らは,処分行政庁の担当公務員により被爆者援護法2条1項に基づく本件手帳交付申請却下処分がなされ,これによって,被爆者健康手帳を得る機会を奪われ,精神的苦痛を被った。これに対する相当な慰謝料は,各原告につき1000円以上である。
(被告らの主張)
原告の上記主張は争う。
前記⑷(被告らの主張)のとおり,被爆者援護法2条1項,2項は,憲法14条1項に違反するものではなく,国会が被爆者援護法2条1項,2項を定めた立法行為が国家賠償法1条1項の適用上,違法となる余地はない。
第3当裁判所の判断
1 争点⑵(健康管理手当の支払を求める訴えの適法性)について
⑴ 原告らは,健康管理手当の支給認定を受けていないものであるが(前記前提事実⑺),本件の健康管理手当の支払を求める訴えは,原告らが被爆者援護法27条所定の健康管理手当の支給請求権を有しているとして,上記請求権に基づき,被告長崎県に対し,健康管理手当の支給認定申請をした日の属する月の翌月から一定の金員(健康管理手当)を支払うことを求めるものである(なお,本件の健康管理手当の支払を求める訴えは,請求の趣旨から明らかなとおり,判決主文において一定の金員の支払を命ずることを求めるものであって,行政庁が一定の処分又は裁決をすべき旨を命ずることを求めるものではないから,行政事件訴訟法3条6項所定の「義務付けの訴え」には該当しない。)。
⑵ 前記前提事実⑴ウのとおり,被爆者援護法27条1項(49条)は,都道府県知事等は,被爆者であって,造血機能障害等を伴う疾病(原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。)にかかっているもの(ただし,一定の手当の支給を受けている者を除く。)に対し,健康管理手当を支給する旨定めている。そして,同条2項は,同条1項に規定する者が,健康管理手当の支給を受けようとするときは,同項に規定する要件(支給要件)に該当することについて,都道府県知事等の認定(支給認定)を受けなければならない旨定めている。
したがって,健康管理手当の支給請求権(受給権)は,都道府県知事等に対して健康管理手当支給認定を申請した者が,都道府県知事等の上記支給認定を受けることにより具体的な権利として取得するものであり(最高裁平成18年(行ヒ)第136号同19年2月6日第三小法廷判決・民集61巻1号122頁参照),都道府県知事等による上記支給認定を受けるまでは,訴訟上,健康管理手当の支払を求めることはできないというべきである(なお,国民年金法19条1項所定の遺族の未支給年金の請求につき最高裁平成3年(行ツ)第212号同7年11月7日第三小法廷判決・民集49巻9号2829頁参照)。
以上によれば,本件の健康管理手当の支払を求める訴えは,不適法であるから,これを却下することとする。
2 争点⑶(被爆者健康手帳の交付申請先を定める被爆者援護法2条1項の解釈)について
⑴ 原告らは,被爆者援護法2条1項は,国内居住者について,「居住地の都道府県知事等に申請するより,居住地でない被爆地の都道府県知事等に申請した方が被爆者該当性の判断をより適正に行うことができる」という合理的理由(居住地でない被爆地の都道府県知事等に申請することについての合理的理由)がある場合には,居住地でない被爆地の都道府県知事等に被爆者健康手帳の交付申請を行うことを認めていると解すべきである旨主張し,その根拠として,「被爆者援護法2条1項,2項が,被爆者健康手帳の交付申請の申請先を定めた趣旨が,被爆者健康手帳の交付申請の審査において,被爆者該当性の判断について,適正な判断が行われるようにするためであること」を挙げる。
⑵ア しかしながら,国内居住者は国内に居住地を有するものであるところ,被爆者援護法2条1項は,被爆者健康手帳の交付を受けようとする者であって,国内に居住地を有するものについて,被爆者健康手帳の交付申請先につき居住地の都道府県知事等に申請しなければならないと明確に定めているのであるから,その文言上,一定の場合に居住地でない被爆地の都道府県知事等に上記申請をすることができると解することはできないというべきである。
イ また,被爆者援護法は,後記3のとおり,国内居住者について被爆者援護行政の実施主体を当該被爆者の居住する都道府県等としていると解されるのであるから,国内に居住地を有する者がいずれかの都道府県知事等に被爆者健康手帳の交付申請をしようとする場合,申請先として最も利便性の高い都道府県知事等は,申請・審査段階の利便性の見地からも,援護実施段階の利便性の見地からも,居住地の都道府県知事等であることが明らかである。さらに,上記申請につき審査をする都道府県知事等の事務処理の効率性の見地からも,援護を実施する都道府県等の事務処理の効率性の見地からも,居住地の都道府県知事等が申請先とされることが,最も効率性が高いというべきである。
そして,後記3のとおり,国内居住者について,居住地でない現在地や被爆地の都道府県知事等を被爆者健康手帳の交付申請先として認めることには,申請者の上記利便性や上記都道府県等(申請審査を実施する都道府県知事等及び援護を実施する都道府県等)の事務処理の効率性を損なうおそれがあるというべきである。
被爆者援護法2条1項が,被爆者健康手帳の交付申請先として,国内居住者について,居住地の都道府県知事等のみを定めた趣旨は,上記のような申請者の利便性や都道府県等(申請審査や援護を実施するもの)の事務処理の効率性を図ることにあると解すべきである。
そうすると,このような同項の趣旨は,一定の場合に,同項の文言に反して居住地でない被爆地の都道府県知事等に被爆者健康手帳の交付申請をすることができることの根拠となるものでないことが明らかである。
ウ したがって,原告らの前記⑴の主張は,採用することができない。
3 争点⑷(被爆者援護法2条1項,2項は,憲法14条1項に違反するか)について
⑴ 被爆者援護法2条1項は,被爆者健康手帳の交付を受けようとする者であって,国内に居住地を有しないもの(現在者)について,現在地の都道府県知事等に被爆者健康手帳の交付申請をすることができる旨定めているところ,国外居住者は,渡日して滞在した場所を現在地とすることにより,同項にいう国内に居住地を有しないもの(現在者)として,同項に基づき,現在地の都道府県知事等に上記申請をすることができるものと解される。したがって,国外居住者は,申請先としたい都道府県知事等がある場合,渡日して申請先としたい当該都道府県等に滞在すれば,当該滞在地を現在地として当該都道府県知事等に上記申請をすることができるものである。これに対し,同項は,国内居住者については,上記申請先を居住地の都道府県知事等に限定し,居住地でない現在地の都道府県知事等に上記申請をすることを認めていない(居住地でない都道府県等に行き滞在した場所を「現在地」として被爆者健康手帳の交付申請をすることは認められていない。)。(上記区別を,以下「本件区別1」という。)
また,国外居住者は,被爆者援護法2条1項所定の被爆者健康手帳の申請先(現在地(渡日して滞在した場所を現在地としたもの)の都道府県知事等)に上記申請をすることができることに加えて,同条2項により,被爆地の都道府県知事等に被爆者健康手帳の交付申請をすることが認められている。これに対し,同条1項は,国内居住者について,被爆者健康手帳の交付申請先として同項所定の申請先(居住地の都道府県知事等)を認めるのみであり,居住地でない被爆地の都道府県知事等に上記申請をすることを認めていない。(以下,上記区別を「本件区別2」といい,本件区別1及び本件区別2を併せて「本件区別」という。)
⑵ 原告らは,被爆者援護法2条1項,2項が,本件区別を生じさせていることは,憲法14条1項に違反する旨主張するので,以下検討する。
ア 憲法14条1項は,法の下の平等を定めているが,国民に対し絶対的な平等を保障したものではなく,合理的な理由のない差別を禁止する趣旨であって,事柄の性質に即応して法的取扱いを区別することは,その区別が合理性を有する限り,同項に違反するものではないというべきである。すなわち,法的取扱いの区別について,そのような区別をすることの立法目的に合理的な根拠が認められ,かつ,その具体的な区別と上記の立法目的との間に合理的関連性が認められる場合には,当該区別は,合理的な理由のない差別であるとはいえず,同項に違反するものではないと解すべきである(最高裁昭和55年(行ツ)第15号同60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁,最高裁平成18年(行ツ)第135号同20年6月4日大法廷判決・民集62巻6号1367頁参照)。
イ 次の事実は,当裁判所に顕著である。
(ア) 被爆者健康手帳交付台帳による被爆者の管理について
都道府県知事等は,被爆者健康手帳交付台帳を備え,これに被爆者健康手帳の交付に関する事項を記載しなければならない(施行令2条)。
被爆者健康手帳の交付を受けた者であって国内に居住地(居住地を有しないときは,その現在地とする。以下本項において「居住地(又は現在地)」という。)を有するものは,他の都道府県等の区域に居住地(又は現在地)を移したときは,30日以内に,新居住地の都道府県知事等にその旨を届け出なければならない(施行令3条1項)。新居住地の都道府県知事等は,上記届出を受理したときは,旧居住地の都道府県知事等に居住地(又は現在地)を変更した旨を通知しなければならない(施行令3条2項)。上記通知を受けた旧居住地の都道府県知事等は,被爆者健康手帳交付台帳から,当該被爆者に関する記載事項を抹消するものとする(原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行規則(以下「施行規則」という。)4条3項)。
上記の居住地(又は現在地)を移したことに関する届出をする被爆者は,居住地(又は現在地)の変更届書に,被爆者健康手帳を添えなければならない(施行規則4条1項)。新居住地の都道府県知事等は,居住地(又は現在地)の変更の届出を受理したときは,被爆者健康手帳に居住地(又は現在地)を変更した旨その他の必要な事項を記載し,かつ,被爆者健康手帳交付台帳に必要な事項を記載した上,被爆者健康手帳を当該被爆者に返還するものとする(施行規則4条2項)。
(イ) 健康診断及び健康管理手当支給
被爆者に対する援護の一環として,次のとおり健康診断及び健康管理手当支給がある。
a 健康診断
都道府県知事等は,被爆者に対し,毎年,厚生労働省令で定めるところにより,健康診断を行うものとする(被爆者援護法7条)。健康診断は,「都道府県知事等が期日及び場所を指定して年2回行うもの」及び「被爆者の申請により,各被爆者につき年2回を限度として都道府県知事等があらかじめ指定した場所において行うもの」の二種類がある(施行規則9条1項)。
都道府県知事等は,上記健康診断を行ったときは,健康診断に関する記録を作成し,かつ,5年間これを保存するものとする(被爆者援護法8条,施行規則11条1項)。都道府県知事等は,上記健康診断の結果必要があると認めるときは,当該健康診断を受けた者に対し,必要な指導を行うものとする(被爆者援護法9条)。
b 健康管理手当の支給
⒜ 前記前提事実⑴ウと同じ。
⒝ 被爆者援護法27条2項所定の支給認定の申請は,健康管理手当認定申請書に,造血機能障害等を伴う疾病についての被爆者援護法19条1項の規定による指定を受けた病院等の医師の診断書を添えて,これを居住地(居住地を有しないときは,現在地とする。以下本項において同じ。)の都道府県知事等に提出することによって行わなければならない(施行規則52条1項,1条1項)。
また,健康管理手当受給権者であって国内に居住地を有するものは,国内において,居住地を移したときは,14日以内に,新居住地の都道府県知事等に,変更前及び変更後の居住地等を記載した届書を提出しなければならない(施行規則54条,35条1項)。都道府県知事等は,…居住地を移した者から上記届書が提出されたときは,その者の従前の居住地の都道府県知事等に,文書でその旨を通知しなければならない(施行規則35条2項)。
ウ 本件区別1について
(ア) 前記前提事実,前記イの事実及び当裁判所に顕著な事実によれば,次のとおり認定判断することができる。
a 申請の審査段階について
被爆者健康手帳の交付申請の審査においては,申請者が被爆した事実を認定できるかについて,実際に被爆したという申請者本人からの聴取調査が重要な位置を占める。
そうすると,仮に,国内に居住地を有するものである国外居住者について,被爆者健康手帳の交付申請先として,居住地の都道府県知事等に加えて居住地でない現在地の都道府県知事等を認めた場合において,上記の審査段階に関し,「居住地の都道府県知事等に上記申請をすること」と「居住地でない現在地の都道府県知事等に上記申請をすること」を比較すれば,申請者の利便性についても,申請先の都道府県知事等の事務処理の効率性についても,前者の方が後者より著しく高いといえる。これは,居住地でない現在地の都道府県知事等に上記申請をした国内居住者は,申請後,被爆者健康手帳が交付される前に申請時の現在地を離れ居住地に戻る可能性が高く,後者の場合,居住地から遠い場所にある都道府県知事等の担当職員により聴取調査等が行われることになり,申請者の利便性や都道府県知事等の事務処理の効率性が損なわれるおそれがあるからである。
b 援護の実施段階について
被爆者健康手帳の交付申請は,上記手帳の交付を受けることを求めるものであるが,申請者にとって,上記手帳の交付を受けることだけで申請の目的が達成されるものではなく,その後,上記手帳の交付を受けた者(被爆者)として被爆者援護法に基づく援護を受けることを目的としているものであり,申請者の利便性という見地からは,上記援護を円滑に受けられることが重要である。
また,被爆者援護行政においては,申請の審査段階において,被爆者健康手帳の交付申請に係る審査を適正に行うことのみならず,援護の実施段階において,上記手帳の交付を受けた者に対する援護の実施につき遺漏がないようにし,かつ,二重受給・不正受給を防止するということが,行政目的として重要である。
上記のような援護実施段階における申請者の利便性の見地及び上記行政目的を達成するための行政機関の事務処理の効率性の見地から,被爆者健康手帳の交付を受けた国内居住者について,被爆者援護法に基づく援護は,上記手帳を交付した都道府県知事等のある都道府県,すなわち居住地の都道府県等がこれを行うこととするものと解される。そして,被爆者に対する援護の実施につき遺漏なきようにするとともに,二重受給・不正受給を防止するという行政目的を達成するため,さらにそのような被爆者援護行政における事務処理の効率化を図る見地から,前記イ(ア)のとおり被爆者健康手帳交付台帳により被爆者の管理をする仕組みがとられているものである。
そうすると,仮に,国内居住者について,被爆者健康手帳の交付申請先として,居住地の都道府県知事等に加えて居住地でない現在地の都道府県知事等を認めた場合において,上記の援護実施段階に関し,「居住地の都道府県知事等に上記申請をすること」と「居住地でない現在地の都道府県知事等に上記申請をすること」を比較すれば,申請者の利便性についても,申請先及び援護実施主体の都道府県等の事務処理の効率性についても,前者の方が後者より著しく高いといえる。このことは,適正かつ円滑な援護を実施するための重要な仕組みとして被爆者健康手帳交付台帳による被爆者の管理が行われているところ,前者(居住地の都道府県知事等に上記申請をすること)では,「申請者は,居住地の都道府県知事等から上記手帳の交付を受け,居住地の都道府県等から援護を受ける。上記手帳を交付した都道府県知事等は,被爆者健康手帳交付台帳を備える。」ということになるのに対し(これは円滑かつ効率的な援護の実施という観点から合理的である。),後者(居住地でない現在地の都道府県知事等に上記申請をすること)では,「申請者は,居住地でない現在地の都道府県知事等から上記手帳の交付を受けるのであるが,30日以内に,居住地の都道府県知事等に届出をし,以後,居住地の都道府県等から援護を受ける。一方,上記手帳を交付した都道府県知事等は,被爆者健康手帳交付台帳を備えるのであるが,居住地の都道府県知事等は,上記の手帳交付を受けた申請者からの上記届出を受理したときは,上記手帳を交付した都道府県知事等に対し,所定の通知をする。上記通知を受けた上記都道府県知事等は,被爆者健康手帳交付台帳から一定の記載事項を抹消する。また,居住地の都道府県知事等は,上記通知をするほか,被爆者健康手帳交付台帳や被爆者健康手帳(被爆者から提出されたもの)に必要な事項を記載する。」ということになることから(これは円滑かつ効率的な援護の実施という観点から不合理である。),明らかである。
c 国内居住については前記a及びbのとおりであるのに対し,現在者については,国内に居住地を有しないのであるから,申請の審査段階(前記aの申請者本人に対する聴取調査等)及び上記手帳交付後の援護の実施段階に関し,「申請者の利便性」及び「都道府県等(申請先又は援護実施主体としての都道府県等)の事務処理の効率性」のいずれの見地からも,現在地の都道府県知事等を上記手帳の交付申請先として定めることは合理的である。そして,現在者については,居住地の都道府県等という身近な存在がないのであるから,上記手帳の交付申請先とする都道府県知事等として,上記「申請者の利便性」及び「都道府県等の事務処理の効率性」の見地から,現在地の都道府県知事等より合理性の高い都道府県知事が存するとはいえない。
(イ)a 前記(ア)に対し,原告らは,本件区別1により,国内居住者は,国外居住者に比べ,利便性の点で著しく劣っている旨主張し,その根拠として,①被爆地の都道府県知事等は,その他の都道府県知事に比べ,被爆者該当性の審査において適正な判断を期待できる程度が高いこと(したがって,被爆地でない居住地を有する者にとって,被爆地に行って滞在した場所を現在地として,被爆地の都道府県知事等に上記申請をすることが認められることは,その利便性として重要である。),②申請先が多いほど申請者にとっての利便性が高まるのは明らかであり,申請者の利便性という点で,申請者にとって,様々な要素を考慮して申請先を自由に選択できることは重要な利益であることを挙げる。
しかしながら,上記①については,その前提とする「被爆地の都道府県知事等は,その他の都道府県知事に比べ,被爆者該当性の審査において適正な判断を期待できる程度が高い」との事実は,これを認めるに足りる証拠がなく,認められないものである。
また,上記②については,前判示(前記(ア)a及び同b)のとおり,現在地でない居住地を有する国内居住者にとって,「被爆者健康手帳交付申請の審査段階」及び「被爆者援護法に基づく援護の実施段階」における利便性の見地からは,居住地の都道府県知事等に上記申請をする方が,居住地でない現在地の都道府県知事等に上記申請をするより利便性が著しく高いことが明らかである。原告らが主張する「様々な要素を考慮して申請先を自由に選択できる」という利益は,主観的事情に係る利益にすぎず,客観的な利便性の内容となるものではないから,申請者に対して上記利益が保障されないことは,利便性に関する上記判断を左右しない。
b 原告らは,①前記第2の4⑷(原告らの主張)イ(イ)a(被爆者健康手帳交付申請の審査について)及び②同b(被爆者健康手帳交付台帳による管理について)のとおり主張するが,上記①の主張は,これを採用することができないのは,前判示(前記(ア)a及び前記a)のとおりである。また,上記②の主張は,国内に居住地を有しない現在者について,被爆者健康手帳交付台帳による管理が可能であることは,国内に現在地でない居住地を有する国内居住者について,現在地の都道府県知事等に被爆者健康手帳の交付申請を認めるのが合理的であるといえる根拠となるものでないことは,前判示(前記ア)のところから明らかである。
したがって,原告らの上記主張は,採用することができない。
(ウ) 以上によれば,被爆者援護法2条1項が,本件区別1(現在者については,現在地の都道府県知事等に被爆者健康手帳の交付申請をすることを認めるのに対し,国内居住者については,申請先を居住地の都道府県知事等に限定し,居住地でない現在地の都道府県知事等に上記申請をすることを認めていないという区別)を生じさせた目的は,国内に居住地を有する者が居住地でない現在地の都道府県知事等に上記申請をすることを認めれば,「申請者の利便性」及び「都道府県等(申請先又は援護実施主体の都道府県等)の事務処理の効率性」を損なうおそれがあることから,そのような弊害を防止することにあるというべきである(なお,上記につき,申請者が自らの意思で居住地でない現在地の都道府県知事等に上記申請をする場合であっても,申請の審査段階及び援護の実施段階において利便性が損なわれるおそれがあることを十分理解しているとは限らないから,申請者の利便性に対する配意が不要となるものではないというべきである。)。したがって,同項が本件区別1を生じさせた上記の立法目的には,合理的な根拠が認められるというべきである。
そして,上記のような弊害を防止するためには,国内に居住地を有する者については,居住地でない現在地に上記申請をすることを認めず,申請先を居住地の都道府県知事等に限定することが合理的であると認められる一方,居住地でない現在地の都道府県知事等に申請することが認められないことにより,国内居住者の利便性(申請の審査段階及び援護の実施段階の利便性)を損なうおそれがあるとは認められない。そうすると,同項が本件区別1を生じさせたことには,上記の立法目的との間に合理的関連性が認められるというべきである。
以上のとおりであるから,被爆者援護法2条1項が,被爆者健康手帳の交付申請先につき本件区別1を生じさせていることは,合理的な理由のない差別であるとはいえず,憲法14条1項に違反するものではないというべきである。
エ 本件区別2について
(ア) 前記前提事実及び証拠(証拠<省略>)並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる(一部の事実は,当裁判所に顕著である。)。
平成20年6月,国会において,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律の一部を改正する法律(平成20年法律第78号。以下「改正法」という。)が成立し,同年12月15日に施行された。
上記改正前,被爆者援護法は,被爆者健康手帳の交付申請先について,その居住地(居住地を有しないときは,その現在地とする。)の都道府県知事等に申請しなければならない旨規定しており,国外居住者は,被爆者健康手帳の交付申請をするために渡日する必要があった。そうしたところ,国外居住者について,その高齢化の進行によって,被爆者健康手帳の交付申請をするために渡日する負担が増大していたことから,被爆者援護法の改正が検討されることとなり,上記のとおり,改正法が成立した。
(イ) 前記前提事実,前記イ及びウの事実,前記(ア)の事実並びに当裁判所に顕著な事実によれば,次のとおり認定判断することができる。
a 被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,その居住地(居住地を有しないときは,その現在地)の都道府県知事等に申請しなければならない旨定められており(被爆者援護法2条1項),国内に居住地を有する者(国内居住者)はその居住地の都道府県知事等に,国内に居住地を有しないが現在地を有する者(現在者)はその現在地の都道府県知事等に上記手帳の交付申請をすることができるのであるから,身近な存在である都道府県知事等を申請先として上記申請をすることができ,申請者にとって十分な利便性を有する仕組みとされている。
b ところが,平成20年に改正法が成立し施行される前は,被爆者援護法には,現行の同法2条2項の規定に相当する規定がなく,そのことから,国外居住者は,被爆者健康手帳の交付申請をするために渡日する必要があった(すなわち,渡日して滞在した場所を現在地とし,国内に居住地を有しない者として,現在地の都道府県知事等に上記申請をするということが必要であった。)。そのため,国外居住者には,被爆者健康手帳の交付申請をするについて,前記アの国内居住者や現在者と比べ,相当大きな負担があり,申請における利便性が不十分なものとなっていた。そして,国外居住者の高齢化の進行によって,被爆者健康手帳の交付申請をするために渡日する負担が増大していた。こうしたことから,被爆者援護法の改正が検討され,前記(ア)のとおり,改正法が成立し施行された。改正法により,被爆者援護法2条2項が新設され,国外居住者は,被爆者健康手帳の交付申請をするために渡日する必要がなくなり,国外の居住地を管轄する領事官等を経由して被爆地の都道府県知事等に上記申請をすることができるようになった(被爆者援護法2条2項,施行令1条の2第1項)。
(ウ) 以上によれば,被爆者援護法2条1項,2項が本件区別2(国外居住者には,被爆地の都道府県知事等に被爆者健康手帳の交付申請をすることを認めているのに対し,国内居住者については,居住地でない被爆地の都道府県知事等に上記申請をすることを認めていないという区別)を生じさせた目的は,国外居住者につき被爆地の都道府県知事等に上記申請をすることを認めたことについては,改正法の成立施行前,国外居住者には上記手帳の交付申請をすることに相当大きな負担があり,申請における利便性が不十分なものとなっていたことから,渡日しなくても上記申請ができる申請先を定めて申請における利便性を高めることにあり,国内居住者につき居住地でない被爆地の都道府県知事等に上記申請をすることを認めなかったことについては,利便性の点でそれを認める必要がなかったこと(国内居住者は,身近な存在である居住地の都道府県知事等に上記申請をすることができ,十分な利便性を有する仕組みとされているからである。),及び居住地でない被爆地の都道府県知事等に上記申請をすることを認めた場合の弊害(前記ウ(ウ)の弊害)を防止することにあるというべきである。したがって,同条1項,2項が本件区別2を生じさせた上記の立法目的には,合理的な根拠が認められるというべきである。
そして,上記の立法目的を達成するためには,国外居住者について,渡日しなくても被爆者健康手帳の交付申請ができる申請先を定めることが合理的であり,その申請先を被爆地の都道府県知事等と定めることは,資料収集の便宜等の審査の効率性の見地,そのように定めることにより前記ウ(ウ)のような弊害が生じるおそれはないこと(国外居住者は,国内に居住地を有しないから,その他の都道府県知事(申請先の都道府県知事等以外の都道府県知事)が上記手帳の交付を受けた国外居住者に対して援護を実施することになる事態が発生するおそれがないものである。)に照らし,合理的なものといえる。また,国内居住者については,前判示(前記ウ)と同様の理由により,居住地でない被爆地の都道府県知事等に上記申請をすることを認めず,申請先を居住地の都道府県知事等に限定することが合理的であると認められる一方,居住地でない被爆地の都道府県知事等に申請することが認められないことにより,その利便性を損なうおそれがあることは認められない(これに対し,原告らは,「国内居住者は,居住地でない被爆地の都道府県知事等に上記申請をすることが認められないことにより,利便性の点で,国外居住者より著しく劣っている」旨主張し,その根拠として,「被爆地の都道府県知事等は,その他の都道府県知事に比べ,被爆者該当性の審査において適正な判断を期待できる程度が高いこと」を挙げるが,原告らの上記主張は,前判示(前記ウ(イ)a)と同様の理由により,採用することができない。)。そうすると,同条1項,2項が本件区別2を生じさせたことには,上記の立法目的との間に合理的関連性が認められるというべきである。
以上のとおりであるから,被爆者援護法2条1項,2項が,被爆者健康手帳の交付申請先につき本件区別2を生じさせていることは,合理的な理由のない差別であるとはいえず,憲法14条1項に違反するものではないというべきである。
⑶ 以上によれば,[判示事項相当部分]被爆者援護法2条1項,2項が本件区別(本件区別1及び本件区別2)を生じさせていることは,憲法14条1項に違反するものではないというべきである。したがって,上記につき,憲法14条1項に違反する旨の原告らの主張は,採用することができない。
4 争点⑸(本件手帳交付申請却下処分の違法性)について
被爆者援護法2条1項は,被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,その居住地の都道府県知事等に申請しなければならない旨定めているところ,前記2のとおり,同項が,国内居住者について,一定の場合に居住地でない被爆地の都道府県知事等に被爆者健康手帳の交付申請をすることを認めていると解することはできないし,前記3のとおり,同項は憲法14条1項に違反するものではない。
前記前提事実⑶及び⑸のとおり,原告らは,本件手帳交付申請をした当時及び本件手帳交付申請却下処分がなされた当時,大阪府高槻市,大阪府門真市又は兵庫県尼崎市に居住していたところ,居住地の都道府県知事等でない処分行政庁に対して本件手帳交付申請をしたものである。したがって,原告らの本件手帳交付申請が原告らの居住地の都道府県知事等でない処分行政庁に対してなされていることを理由に上記申請を却下した本件手帳交付申請却下処分に,違法はない。
以上によれば,原告らが本件手帳交付申請却下処分の取消しを求める請求は,いずれも理由がない。
5 争点⑹(本件支給認定申請却下処分の違法性)について
被爆者援護法27条1項は,都道府県知事等は,被爆者であって,造血機能障害等を伴う疾病(原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。)にかかっているもの(ただし,一定の手当の支給を受けている者を除く。)に対し,健康管理手当を支給する旨定めているところ,同項にいう「被爆者」とは,同法1条各号のいずれかに該当する者であって,被爆者健康手帳の交付を受けたものをいう(同法1条)。
前記前提事実⑹のとおり,処分行政庁は,原告らがした健康管理手当支給認定申請(本件支給認定申請)につき,原告らが被爆者健康手帳の交付を受けておらず,被爆者援護法27条1項にいう「被爆者」に該当しないとして,本件支給認定申請却下処分をしたものである。原告らがした本件支給認定申請について,健康管理手当の支給要件(前記前提事実⑴ウ)に該当するかをみるに,前記前提事実⑺のとおり,原告らは,いずれも被爆者健康手帳の交付を受けていないのであるから,本件支給認定申請却下処分の時点において,原告らがいずれも同項にいう「被爆者」に該当せず,健康管理手当の支給要件を欠くことが明らかである。
したがって,本件支給認定申請却下処分に,違法はない。
6 争点⑴(被爆者健康手帳の交付の義務付けを求める訴えの適法性。上記訴えが適法である場合,処分行政庁に対し原告らに対する被爆者健康手帳の交付を義務付ける判決がなされるべきか)について
原告らの被爆者健康手帳の交付の義務付けを求める訴えは,処分行政庁が原告らがした被爆者健康手帳の交付申請を認めて被爆者健康手帳を交付すべきであるにもかかわらず,これを却下したと原告らが主張して提起したものであるから,行政事件訴訟法3条6項2号が定める義務付けの訴えに該当する。
そうしたところ,同号が定める義務付けの訴えの要件は同法37条の3第1項が定めているが,これを本件に即していえば,被爆者健康手帳の交付申請を却下する処分が取り消されるべきものであるとき(同項2号)に,原告らは,同法3条6項2号に定める義務付けの訴えを提起することができる。
しかし,本件においては,原告らの被爆者健康手帳の交付申請に対してはこれを却下する処分がされており(本件手帳交付申請却下処分),かつ,本件手帳交付申請却下処分が取り消されるべきものであるといえないことは前判示のとおりである。
したがって,原告らが提起した被爆者健康手帳交付の義務付けの訴えは,訴訟要件を欠き不適法であり,却下を免れない。
7 争点⑺(処分行政庁の担当公務員が本件手帳交付申請却下処分をしたことは,国家賠償法上違法であるか。違法である場合,原告らが受けた損害)について
原告らは,処分行政庁が本件手帳交付申請却下処分をしたことは違法であるとして,処分行政庁の担当公務員が,上記却下処分をしたことは,国家賠償法上違法である旨主張するが,前判示のとおり,処分行政庁がした原告らに対する上記却下処分に,違法はないから,上記却下処分をしたことにつき,国家賠償法1条1項にいう違法があったということはできない。したがって,原告らの上記主張は,採用することができない。
8 争点⑻(処分行政庁の担当公務員が,本件手帳交付申請について,原告らから提出された申請書を原告らに対して返戻する行為(本件返戻行為)をし,その後,本件手帳交付申請却下処分をするまでの間,上記申請に対する処分をしなかったことは,国家賠償法上違法であるか。違法である場合,原告らが受けた損害)について
⑴ 前記前提事実及び証拠(後掲のもの)並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 原告X1及び原告X2の本件手帳交付申請に関する事実経過
(ア) 全国被爆体験者協議会会長であったAは,平成23年7月21日,県援護課を訪れ,原告X1及び原告X2の依頼に基づき,原告X1作成の本件手帳交付申請書(同日付け)及び原告X2作成の本件手帳交付申請書(同月12日付け)を県援護課に提出し,これによって,原告X1及び原告X2は,処分行政庁に対し,それぞれ被爆者健康手帳の交付を申請した(証拠<省略>)。上記各申請をした当時,原告X1は大阪府高槻市に,原告X2は大阪府門真市にそれぞれ居住していた。
上記各申請の際,処分行政庁の補助機関である県援護課担当職員は,Aに対し,申請者である原告X1及び原告X2がいずれも長崎県に居住地を有しないため,被爆者援護法2条1項の規定に従って,各居住地の都道府県知事に上記申請書を提出するように求めた。
これに対し,Aは,弁護士に相談の上のことであり,上記の本件手帳交付申請書をあくまで処分行政庁に提出する旨述べ,上記申請書を受理できないのであれば申請を却下するように述べた。
そのため,上記担当職員は,Aに対し,県援護課から原告X1及び原告X2に対して上記各申請については被爆者援護法2条1項に基づき居住する都道府県に被爆者健康手帳交付申請書を提出するように求める連絡を行う旨述べ,県援護課において上記各申請書を受領しその提出を受けた。
イ 県援護課担当職員は,同年7月25日,電話により,原告X1及び原告X2に対し,それぞれ被爆者援護法2条1項に基づき被爆者健康手帳交付申請書を居住地の都道府県知事に提出するように述べるとともに,Aから預かった前記(ア)の本件手帳交付申請書を上記各原告に返戻する旨述べた。原告X1及び原告X2は,その際,返戻することにつき異議を述べなかったが,それは,返戻することにつき同意したものではなかった。
県援護課担当職員は,同日,原告X1に対し,本件手帳交付申請書(原告X1作成分)及び同日付けの「被爆者健康手帳交付申請書の返戻について」と題する書面(以下「本件返戻通知書」という。証拠<省略>)を送付(発送)するとともに,原告X2に対し,本件手帳交付申請書(原告X2作成分)及び同日付けの「被爆者健康手帳交付申請書の返戻について」と題する書面(以下「本件返戻通知書」という。証拠<省略>)を送付(発送)した。上記の本件手帳交付申請書及び本件返戻通知書は,同月27日,原告X1及び原告X2にそれぞれ到達した。
本件返戻通知書には,「平成23年7月21日に,全国被爆体験者協議会のAから,被爆者健康手帳交付申請書を預かったが,被爆者援護法2条『被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,その居住地の都道府県知事に申請しなければならない』との規定により,長崎県では受理できないので返戻する。当該申請書は,原告X1(又は原告X2)が居住する大阪府庁に対して提出するようにお願いする。」旨記載されていた(証拠<省略>)。
イ 原告X3の本件手帳交付申請に関する事実経過
(ア) Aは,同年7月26日,県援護課を訪れ,原告X3の依頼に基づき,同月21日付け本件手帳交付申請書(原告X3作成分)を県援護課に提出して,これによって,原告X3は,処分行政庁に対し,被爆者健康手帳の交付を申請した(証拠<省略>)。上記申請をした当時,原告X3は兵庫県尼崎市に居住していた。
上記申請の際,県援護課担当職員は,Aに対し,申請者である原告X3が長崎県に居住地を有しないため,被爆者援護法2条1項の規定に従って,居住地の都道府県知事に被爆者健康手帳交付申請書を提出するように求めた。
これに対し,Aは,前記ア(ア)の申請のときと同様,弁護士に相談の上のことであり,本件手帳交付申請書(原告X3作成分)をあくまで処分行政庁に提出する旨述べ,上記申請書を受理できないのであれば申請を却下するように述べた(上記発言と前記ア(ア)の申請のときにした同様の発言を,以下「本件発言」という。)。
そのため,上記担当職員は,Aに対し,県援護課から原告X3に対して上記申請については被爆者援護法2条1項に基づき居住する都道府県に被爆者健康手帳交付申請書を提出するように求める連絡を行う旨述べ,県援護課において上記申請書を受領しその提出を受けた。
(イ) 県援護課担当職員は,同年8月11日,電話により,原告X3に対し,被爆者援護法2条1項に基づき被爆者健康手帳交付申請書を居住地の都道府県知事に提出するように述べるとともに,Aから預かった前記(ア)の本件手帳交付申請書を原告X3に返戻する旨述べた。原告X3は,その際,返戻することにつき異議を述べなかったが,それは,返戻することにつき同意したものではなかった。
県援護課担当職員は,同日,原告X3に対し,本件手帳交付申請書(原告X3作成分)及び同日付けの「被爆者健康手帳交付申請書の返戻について」と題する書面(以下「本件返戻通知書」という。証拠<省略>)を送付(発送)した。上記の本件手帳交付申請書及び本件返戻通知書は,同月15日,原告X3に到達した。
本件返戻通知書には,原告X1及び原告X2に対して送付した前記ア(イ)の本件返戻通知書と同趣旨の記載があった。
ウ(ア) 前記ア及びイにおいて,県援護課担当職員が原告らに対して本件手帳交付申請書を送付したことは,処分行政庁の担当公務員が,被爆者健康手帳の交付申請(本件手帳交付申請)をした原告らに対し,本件手帳交付申請書を返戻したものである(本件返戻行為)。
(イ) 被爆者援護法2条1項は,被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,その居住地の都道府県知事等に申請しなければならない旨定めているところ,原告らの本件手帳交付申請は,居住地の都道府県知事等でない長崎県知事に申請したものであるから,不適法でその不備を補正することができないことが明らかであった。県援護課担当職員は,本件返戻行為をした当時,その旨の認識を有していた(県援護課担当職員は,当時,原告らの上記申請に対し,処分行政庁において応答をする場合,却下処分をするほかない旨確定的に判断していたものである。)。
(ウ) 県援護課担当職員は,本件返戻行為をした当時,原告らが全国被爆体験者協議会会長であるAを使者として本件手帳交付申請書を県援護課に提出したこと,Aがその際前記ア(ア)及び前記イ(ア)のとおりの内容の本件発言をしたことを認識していた。
県援護課担当職員は,本件返戻行為をするに当たって,電話により,原告らに対し,Aから提出された本件手帳交付申請書を返戻する旨述べるとともに,それぞれ被爆者援護法2条1項に基づき被爆者健康手帳交付申請書を居住地の都道府県知事に提出するように求めたものであるが(前記ア(イ),前記イ(イ)),本件返戻行為をした当時,原告らが上記求めに従い居住地の都道府県知事に被爆者健康手帳交付申請書を提出する可能性は低いとの認識を有していた(上記については,①原告らが全国被爆体験者協議会会長であるAを使者として本件手帳交付申請書を県援護課に提出したこと,②Aは,原告らの使者として,本件手帳交付申請書を提出した際,本件発言をしたものであり,その内容は上記のとおりであること,③県援護課担当職員は,本件返戻行為をした当時,上記①及び②の事実を認識していたことによれば,県援護課担当職員が,その当時,原告らが上記求めに従い居住地の都道府県知事に被爆者健康手帳交付申請書を提出する可能性は低いとの認識を有していたことが認められる。この点につき,原告らが,県援護課担当職員から電話により「本件手帳交付申請書を返戻する」旨告げられた際,異議を述べなかった事実があるが,原告らが行政機関の担当職員から上記のようなことを告げられた場合に即座に異議を述べることができるだけの能力(法律知識等を含む。)を有していたことについては証拠が全くなく,上記能力を有していたとは認められないから,異議を述べなかったという上記事実は,上記判断を左右しない。)。
(エ) 本件返戻行為は,何ら法的効果が生じないものであり,本件返戻行為がなされた時点(原告X1及び原告X2につき平成23年7月27日,原告X3につき同年8月15日)において,法的には,本件手帳交付申請(原告らが本件手帳交付申請書を提出することにより既にしていたもの)が存在する状態であり,以後,本件手帳交付申請却下処分がなされた平成24年1月13日まで申請がなされた状態が続いていた。そして,県援護課担当職員は,当時,本件手帳交付申請が存在することに係る上記事実を認識していた。
(オ) 県援護課担当職員は,本件返戻行為をした際,そして,その後原告らが本件訴訟を提起するまでに,原告らに対し,本件返戻行為について,「本件手帳交付申請書を返戻するが,上記申請書による原告らの本件手帳交付申請は,返戻によりなくなるものではなく,存続している」などの説明をすることはなかった。
(カ) 県援護課担当職員は,本件返戻行為をする際,返戻により原告らの本件手帳交付申請の効力がなくなるものではなく,原告らによる申請の取下げがなされるか処分行政庁による処分(申請に対する処分)がなされない限り,本件手帳交付申請が存続することを認識していたものであるが,本件返戻行為以後,長期間にわたって上記申請に対する応答(処分)をしない行為(不作為)を続けることを認識(予見)認容していた。
県援護課担当職員が本件返戻行為をしたのは,原告らの速やかに応答(本件手帳交付申請に対する応答)を受ける利益を犠牲にしてでも達成すべき公益的な行政目的のためではなく,原告らの本件手帳交付申請に対する応答(却下処分)をすることを免れることによる処分行政庁の利益を図る目的のためであった。
エ 本件訴訟の提起
原告らは,平成23年11月16日,長崎地方裁判所に対し,本件訴訟(その請求の趣旨は,「処分行政庁が各原告の本件手帳交付申請に対し,何らの処分をしないことは違法であることを確認する」旨の請求の趣旨を含むものであった。なお,上記請求は,平成24年1月13日付けで本件手帳交付申請却下処分がなされた後,訴えの交換的変更により取り下げられた。)を提起した。
被告長崎県は,平成24年1月5日,本件訴状の送達を受けた。
オ 本件手帳交付申請却下処分等
処分行政庁は,本件訴状の送達を受けた日の8日後である平成24年1月13日,原告らの本件手帳交付申請につき,「(却下の理由)被爆者援護法2条1項は,被爆者健康手帳の交付申請について,居住地の都道府県知事を申請先と定めているところ,各原告の居住地は長崎県ではないため,申請先は長崎県知事ではない。したがって,各原告の上記申請は,被爆者援護法2条1項に反して不適法である。」などとして,同日付けで,それぞれ本件手帳交付申請を却下する処分(本件手帳交付申請却下処分)をし,その頃,その処分結果及び上記却下理由を原告らに対してそれぞれ通知した(原告らに対して本件返戻行為をした約5か月後に,本件手帳交付申請却下処分をしたものである。)。
⑵ 処分行政庁の担当公務員が,本件返戻行為をし,その後,本件手帳交付申請却下処分をするまでの間,申請に対する応答(処分)をしなかったことは,行政手続法7条に違反するか
ア(ア) 行政手続法7条は,行政庁は,申請がその事務所に到達したときは,遅滞なく当該申請の審査を開始しなければならず,かつ,申請書の記載事項に不備がないこと,申請書に必要な書類が添付されていること,申請をすることができる期間内にされたものであることその他の法令に定められた申請の形式上の要件に適合しない申請については,速やかに,申請者に対し相当の期間を定めて当該申請の補正を求め,又は当該申請により求められた許認可等を拒否しなければならない旨定めている。同条は,到達した申請書に係る申請に対する行政庁の審査・応答義務を明確にした規定であり,上記応答義務により保護される申請者の法的利益は,申請につき速やかに応答を受ける利益であると解される。
そして,同条にいう「法令に定められた申請の形式上の要件に適合しない申請」のうち,不適法でその不備を補正することができないことが明らかな申請については,当該不備の補正を求めるのは背理であり考えられないのであるから,同条は,そのような申請に当たると認められる申請については,速やかに当該申請につき拒否処分をしなければならない旨定めるものと解される。
したがって,不適法でその不備を補正することができないことが明らかな申請と認められる申請については,行政庁は,同条により,速やかに当該申請につき拒否処分をしなければならないと解すべきであり,速やかに拒否処分をしなかった場合,申請者の速やかに応答を受ける利益が侵害されていないといえる特段の事情(例えば,申請者が取下げを検討する意向を示すなどして速やかな応答(拒否処分)を受けないことにつき同意している場合等がこれに当たる。)がない限り,行政手続法7条に違反するものというべきである(なお,前判示のとおり,行政手続法7条は,不適法でその不備を補正することができないことが明らかであると認められる申請については,速やかに当該申請につき拒否処分をしなければならない旨定めるものと解されるが,同条の趣旨は,申請者の速やかに応答を受ける利益を保護することにあると解すべきであるから,上記のような特段の事情が認められる場合にまで,速やかに応答(拒否処分)をしなければならないと解すべき理由はないものである。)。
(イ) 前記(ア)に対し,被告らは,「申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を表明した」場合に当たらない限り,申請の取下げを求める行政指導を行い,その行政指導が継続している間において,当該申請につき応答を留保し応答しないことは,行政手続法7条に違反しない旨主張し,その根拠として,「申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を表明した」場合に係る同法33条の規定を挙げる。
しかしながら,「申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を表明した」場合に当たらない場合に申請の取下げを求める行政指導を行い,その行政指導が継続している間において,当該申請につき応答を留保し応答しないことについて,それが行政手続法7条に違反するか否かは,上記の応答しないことが同条の定めるところに違反するか否かにより決せられるべきである。
同法33条は,申請の取下げを求める行政指導について,「申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を表明した」場合について,申請の取下げを求める行政指導をすることを禁止するものであるから,上記場合に当たらない場合に行う「申請の取下げを求める行政指導」につき同条に違反しないものであるということはできるが,それにとどまり,同条に違反しないことが,同条の定めとは別に「速やかに応答」をすべき義務等を定める同法7条に違反しないといえる根拠となるものではない。
したがって,被告らの上記主張は,採用することができない。
(ウ) 被告らは,「行政手続法7条は,不適法でその不備を補正することができないことが明らかな申請について,例外なく『速やかに応答(拒否処分)』をしなければならないと定めていると解すべきではなく,『申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を表明した』とはいえない場合に,行政庁が申請の取下げを求める行政指導を行い,その行政指導が継続している間,申請につき応答を留保し応答しないことは,同条に違反するものではない」旨主張する。
しかしながら,不適法でその不備を補正することができないことが明らかな申請については,行政庁が「速やかに応答(拒否処分)」をしなかった場合,それによって失われる申請者の利益は,当該申請につき「速やかに応答を受ける利益」であるのに対し,行政庁が得る利益は,申請者が行政指導に従い申請を取り下げることにより「拒否処分をすることを免れることによる利益」にすぎない。上記のような不適法な申請について,行政庁が,上記「拒否処分をすることを免れることによる利益」を得るため,申請者に対して申請の取下げを求めつつ「速やかに応答をしない」行為(不作為)は,全く許されないと解すべきではないが,法的に保護された「速やかに応答を受ける利益」を侵害しない限度でこれを行うことが許容されるものと解すべきであり,「速やかに応答を受ける利益」を侵害してまでこれを行うことは相当でないというべきである。この点,補正すべき不備のない申請について,行政庁が公益的な行政目的を達成するために,行政手続法33条の定める「申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を表明した」といえない場合に,申請の取下げ又は内容の変更を求める行政指導を行い,当該行政指導が継続している間,上記申請に対する応答を留保し応答をしないこととは,全く利益状況を異にするというべきである。
したがって,不適法でその不備を補正することができないことが明らかな申請については,前記アのとおり解すべきであり,被告らの上記主張は,採用することができない。
イ 前記アの見地に立って,本件において,処分行政庁の担当公務員が,本件手帳交付申請につき,原告らから提出された申請書を原告らに対して返戻する行為(本件返戻行為)をし,その後,本件手帳交付申請却下処分をするまでの間(約5か月間),本件手帳交付申請に対する処分をしなかったことは,行政手続法7条に違反するかについて,以下検討する。
前記⑴の事実及び当裁判所に顕著な事実によれば,次のとおり認定判断することができる。
アa 本件返戻行為は,県援護課担当職員が,被爆者健康手帳の交付申請(本件手帳交付申請)をしていた原告らに対し,本件手帳交付申請書を送付しこれを返戻したというものである。被爆者健康手帳交付申請について,その申請に係る申請書を返戻することができる旨を定める法律の規定はないのであるから,本件返戻行為は,何ら法的効果が生じないものであり,本件手帳交付申請の取下げを求める行政指導であると解すべきである。
本件返戻行為は,何ら法的効果が生じないものであるから,本件返戻行為がなされた時点において,法的には,原告らの本件手帳交付申請が存在する状態であり,以後,その約5か月後に本件手帳交付申請却下処分がなされるまで,上記申請がなされた状態が続いていた。
b 被爆者援護法2条1項は,被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,その居住地の都道府県知事等に申請しなければならない旨定めているところ,原告らの本件手帳交付申請は,居住地の都道府県知事等でない長崎県知事に申請したものであるから,不適法でその不備を補正することができないことが明らかであった。
(イ) 本件返戻行為をした後,本件手帳交付申請却下処分をするまでの間,申請につき応答(却下処分)をしなかったことは,行政手続法7条に違反するか
前記(ア)のとおりであるにもかかわらず,処分行政庁は,平成23年7月27日及び同年8月15日に本件返戻行為をした後,平成24年1月13日付けで本件手帳交付申請却下処分をするまでの約5か月間,本件手帳交付申請について応答(却下処分)をしなかったものである。そして,本件において,前記ア(ア)の申請者の速やかに応答を受ける利益が侵害されていないといえる特段の事情があるとは,認められない。したがって,処分行政庁が,本件返戻行為をした後,本件手帳交付申請却下処分をするまでの間,本件手帳交付申請につき応答(却下処分)をしなかったことは,行政手続法7条に違反するというべきである。
(ウ) 本件返戻行為をしたことは,行政手続法7条に違反するか
a 本件返戻行為は,何ら法的効果が生じないものであり,本件返戻行為がなされた時点において,法的には,原告らの本件手帳交付申請が存在する状態であり,その後も,原告らが本件手帳交付申請の取下げをするか処分行政庁が上記申請につき却下処分をするかしない限り,上記申請が存在する状態が継続することになるものであった。県援護課担当職員は,本件返戻行為をした際,以後,処分行政庁が上記状態において上記申請に対する応答(上記申請を却下する処分)をしない行為(不作為)を継続することを認識(予見)認容していた。
b⒜ 県援護課担当職員は,原告らに対し,本件手帳交付申請書を送付して本件返戻行為をしたものであるが,その際,上記申請書と共に本件返戻通知書を送付した。本件返戻通知書には,「原告らが処分行政庁に対して提出した本件手帳交付申請書は,受理できないので返戻する。」旨記載されていた。
そのため,本件返戻行為は,その相手方に対して「本件手帳交付申請書を返戻するが,上記申請書による原告らの本件手帳交付申請は,返戻により存在しなくなるというものではなく,存続している」旨の説明がなされない限り,法律知識を十分有しない一般人をして,本件返戻行為により本件手帳交付申請が存在しなくなる旨誤解させるおそれのあるものであった。
ところが,県援護課担当職員は,本件返戻行為をした際,原告らに対し,上記説明をしなかった(そのため,本件返戻行為は,客観的には,「本件返戻行為により,原告らの本件手帳交付申請は存在しなくなる」旨表示したといえるものであった。)。
⒝ したがって,県援護課担当職員が原告らに対して本件返戻行為をしたことは,真実は,本件返戻行為により何らかの法的効果が生じることはなく,その後も,法的には,原告らの本件手帳交付申請が存在する状態が継続することになるにもかかわらず,原告らに対し,「本件返戻行為により,原告らの本件手帳交付申請は存在しなくなる」旨表示したものということができる。
そうすると,申請に対する応答義務は申請が存在することを前提とするものであるから,本件返戻行為は,真実は,それにより原告らのしていた本件手帳交付申請が存在しなくなるということはなく処分行政庁の上記申請に対する応答義務がなくなることはないのに,原告らに対し,本件返戻行為により本件手帳交付申請は存在しなくなり処分行政庁の上記申請に対する応答義務はなくなる旨表示したものというべきである。
c 前記a及びbによれば,①本件返戻行為は,真実は,それにより原告らのしていた本件手帳交付申請が存在しなくなるということはなく処分行政庁の上記申請に対する応答義務がなくなることはないのに,原告らに対し,本件返戻行為により本件手帳交付申請は存在しなくなり処分行政庁の上記申請に対する応答義務はなくなる旨表示したものであり,原告らの「速やかに応答を受ける利益」を侵害するおそれがある行為であるのみならず,②処分行政庁の担当公務員は,本件返戻行為をした際,以後,処分行政庁が上記申請に対する応答(上記申請を却下する処分)をしない行為(不作為)を継続することを認識(予見)認容し,上記応答をしないことの手段として,本件返戻行為をしたものということができ,これらによれば,処分行政庁の担当公務員が本件返戻行為をしたことは,前記のとおり速やかに応答をしなければならない旨定める行政手続法7条に違反するというべきである。
⑶ 国家賠償法上違法であるかについて
ア 処分行政庁の担当公務員が,本件手帳交付申請について,本件返戻行為をし,その後,本件手帳交付申請却下処分をするまでの間,上記申請に対する処分をしなかったことは,国家賠償法1条1項の適用上違法であるかについて,以下検討する。
行政手続法7条は,不適法でその不備を補正することができないことが明らかな申請に対して,行政庁は速やかに応答(拒否処分)をしなければならない旨定めているものであり,不適法な申請をした申請者も,保護に値する法的利益として,当該申請に対して速やかに応答を受ける利益を有するものと解すべきである。したがって,上記利益に対する侵害があれば,その侵害の態様,態度いかんによっては,不法行為を構成するものと解すべきである。
本件についてこれをみるに,前記⑴及び⑵によれば,①原告らの本件手帳交付申請は,被爆者援護法が被爆者健康手帳の交付申請先として認めていない長崎県知事に上記手帳の交付申請をしたものであり,不適法でその不備を補正することができないことが明らかな申請であったこと,したがって,処分行政庁において速やかに応答(却下処分)をすることが容易であったこと(県援護課担当職員は,当時,原告らの上記申請に対し,処分行政庁において応答をする場合,却下処分をするほかない旨確定的に判断していたものである。),②処分行政庁の担当公務員(県援護課担当職員)が,本件返戻行為をしたのは,真実は,それにより原告らのしていた本件手帳交付申請が存在しなくなるということはなく処分行政庁の上記申請に対する応答義務がなくなることはないのに,原告らに対し,本件返戻行為により本件手帳交付申請は存在しなくなり処分行政庁の上記申請に対する応答義務はなくなる旨表示したものであること(それは,原告らの「速やかに応答を受ける利益」を侵害するおそれがある行為であること),のみならず,上記担当公務員は,本件返戻行為をした際,処分行政庁が上記申請に対する応答(上記申請を却下する処分)をしない行為(不作為)を継続することを認識(予見)認容し,上記応答をしないことの手段として,本件返戻行為をしたものであること,③処分行政庁の担当公務員は,本件返戻行為をするに当たって,原告らに対し,提出された本件手帳交付申請書を返戻する旨述べるとともに,被爆者援護法2条1項に基づき被爆者健康手帳交付申請書を居住地の都道府県知事に提出するように求めたものであるが,本件返戻行為をした当時,原告らが上記求めに従い居住地の都道府県知事に被爆者健康手帳交付申請書を提出する可能性は低いとの認識を有していたこと,④処分行政庁の担当公務員が本件返戻行為をしたのは,申請者の速やかに応答を受ける利益を犠牲にしてでも達成すべき公益的な行政目的のためではなく,拒否処分をすることを免れることにより処分行政庁が得る利益を図る目的のためにすぎなかったこと,⑤処分行政庁の担当公務員は,本件返戻行為をした後,本件手帳交付申請却下処分をするまでの約5か月間,本件手帳交付申請が存在するにもかかわらず,処分行政庁において上記申請に対する応答(却下処分)をしない行為(不作為)を継続していたこと,⑥処分行政庁が,本件返戻行為の後,本件手帳交付申請却下処分をするまでの間,原告らの上記申請に対する応答(却下処分)をしなかったことにより,原告らは,上記申請の却下処分の取消訴訟として本件訴訟を提起することができず,「不作為の違法確認の訴え」として本件訴訟を提起することを余儀なくされたことが認められる。
イ 前記アによれば,処分行政庁の担当公務員が,本件返戻行為をしたことと,その後,本件手帳交付申請却下処分をするまでの間,原告らの本件手帳交付申請に対する応答(却下処分)をしなかったことは,相互に密接に関連しており,これらの行為を一体として評価すべきところ,上記行為(作為及び不作為)は,原告らの本件手帳交付申請に対して速やかに応答を受ける法的利益を侵害し,その程度は受忍限度を超えるものというべきであり,処分行政庁の担当公務員の上記侵害行為は,公務員の職務上の注意義務に違反するものとして,国家賠償法1条1項の適用上違法なものというべきである。
したがって,被告長崎県には,上記侵害行為によって原告らが受けた損害を賠償すべき義務があるというべきである。
⑷ 原告らが受けた損害
前判示の侵害行為の態様,程度等諸般の事情に鑑みれば,前記⑶イの侵害行為によって原告らが受けた精神的苦痛に対する慰謝料は,各原告につき1000円を認めるのが相当である(なお,被告らは,原告らには損害が発生していない旨主張し,その根拠として「原告らは,居住地の都道府県知事に対して被爆者健康手帳の交付申請をすることができた」との事実を主張する。しかし,上記事実は,原告らが上記精神的損害を受けたことを否定する根拠となるものではなく,被告らの上記主張は,採用することができない。)。
⑸ 以上によれば,被告長崎県は,各原告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,それぞれ損害賠償金1000円を支払う義務を負うというべきである。
9 争点⑼(被爆者援護法2条1項,2項が憲法14条1項に違反する場合,国会が被爆者援護法2条1項,2項の立法をしたことは,国家賠償法上違法であるか。違法である場合,原告らが受けた損害)について
前判示のとおり,被爆者援護法2条1項,2項は憲法14条1項に違反するものではないから,国会が被爆者援護法2条1項,2項の立法をしたことは,国家賠償法上,違法でないというべきである。したがって,原告らの「国会が上記立法をしたことは国家賠償法上違法である」旨の主張は,採用することができない。
第4結論
以上によれば,原告らの本件訴えのうち,①原告らが処分行政庁に対して被爆者健康手帳を交付することの義務付けを求める訴え及び原告らが被告長崎県に対して健康管理手当の支払を求める訴えはいずれも不適法であるからこれを却下し,②処分行政庁の担当公務員が,本件返戻行為をし,その後,本件手帳交付申請却下処分をするまでの間,本件手帳交付申請に対する応答(却下処分)をしなかったことにつき,各原告が国家賠償法1条1項に基づき損害賠償金1000円の支払を求める請求は,理由があるからこれを認容し,③原告らのその余の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 井田宏 向健志 武富一晃)