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長崎地方裁判所 平成6年(ワ)281号 判決 1995年11月06日

(②事件)

主文

一  被告は、原告に対し、金一八一万三〇〇〇円及びこれに対する平成七年一〇月六日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一八一万三〇〇〇円及びこれに対する平成六年六月二六日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要等

一  本件は、原告が、被告との間に締結したリース契約に基づいて支払ったリース料金について、リース物件未納を理由に契約を解除し、原状回復請求として右既払金の返還及びこれに対する遅延損害金を請求した事案である。

二  当事者間に基本的に争いのない事実

1  原告は酒類の販売を業とする有限会社であり、被告は電気機械等の販売、割賦購入斡旋、賃貸等を業とする株式会社である(争いのない事実)。

2  原告と被告とは、昭和六二年七月一日、原告を借主、被告を貸主とする、リース物件を酒販システム用オペレート七〇〇〇MK―I(以下「本件リース物件」という。)、納入業者を訴外九州ナショナルOAシステム株式会社(以下「九州OAシステム」という。)、リース期間を昭和六二年七月一日から平成四年六月三〇日まで、リース料を月額四万九〇〇〇円、支払方法を昭和六二年八月三日を第一回として、毎月当月分を三日限りとするリース契約を締結した(争いのない事実、以下「本件契約」という。)。

3  原告は、本件契約に基づき、昭和六二年八月から平成三年一月まで途中五回分を除く三七か月分のリース料合計一八一万三〇〇〇円を支払った(甲第一号証、第二号証、原告代表者)。

4  原告は、平成三年一月三一日、被告に対し、「リース中途解約申出書」を交付した(乙第二号証、原告代表者)。

5  原告は、平成七年一〇月五日の本件口頭弁論期日において、被告に対して本件契約を解除する旨の意思表示(予備的主張として)をした(当裁判所に顕著な事実)。

三  主たる争点等

1  被告は、原告に対しリース物件の引渡義務を負うか。

(原告)

被告は、本件契約に基づきリース物件の引渡義務を負う。

(被告)

被告は、リース物件の引渡し義務を負うものではない。

本件契約はいわゆるファイナンスリース契約であり、その経済的実体はユーザーが販売店から物件を購入するに当たり、リース会社に売買代金の融資を依頼し、かかる融資に応じるべくリース会社がユーザーに代わって販売店に対して売買代金を支払い、ユーザーが右代金等を分割返済するという金融にほかならない。

このようなリース契約の金融的性格に鑑みれば、リース会社の義務として重要なのは金融に相当するところの販売店に対する売買代金の支払いであり、リース会社はリース物件納入の義務を負うものではない。このことは本件契約書(乙第一号証)六条二項でも確認されている。

2  本件リース物件の納入はなされたか。

(原告)

被告は、納期である昭和六二年七月一日に本件リース物件を納入しなかったばかりか、現在に至るまでその納入をしない。

(被告)

本件リース物件は、昭和六二年七月一日に納入されている。このことは、原告が被告に対して同日付けの物件受領証を交付していること、原告がリース料を昭和六二年八月から平成三年一月まで計三七回にわたり支払っていることから明らかである。

仮に右納入の事実がなかったとしても、被告は右物件受領証を信頼して九州OAシステムに対して本件リース物件にかかる売買代金を支払っているのであるから、原告が物件未納を主張することは信義則違反ないし権利濫用に当たり許されない。

第三  主たる争点等に対する当裁判所の判断

一  被告は、原告に対しリース物件の引渡義務を負うか。

1  前記第二の二1、2の事実、甲第一号証、乙第一号証、証人清家嘉信、原告代表者及び弁論の全趣旨によれば、右事実のほか次の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一) 原告会社は、昭和六一年一二月、原告代表者田中一郎の父田中五郎が個人で経営していた酒屋を有限会社組織にしたもので、当時は同人らのほか五名の従業員が稼働していたこと。

(二) 田中一郎は、昭和六二年六月ないし七月ころ、九州OAシステムの取扱代理店である訴外有限会社プロテックシステム(以下「プロテックシステム」という。)代表取締役中尾満広からコンピューターの有用性を説明されて本件リース物件の利用を勧められ、同年七月一日、本件契約締結の意思を固めてシャープリース契約書(乙第一号証、以下「本件契約書」という。)に署名押印して本件契約の申込みをしたこと。

(三) 本件契約書は中尾から、被告会社における九州OAシステムの担当者である清家に交付され、被告会社において本件契約を承諾したこと。

なお、本件契約の内容は、概略次のようなものである。

① 乙(被告)は、甲(原告)に本件リース物件を賃貸する(第一条)。

② リース期間は、昭和六二年七月一日から平成四年六月三〇日までとし、甲が物件の検収を完了した日から起算する(第二条)。

③ 甲は、特約店(九州OAシステム)からリース物件の引渡しを受けた後、「表記期限」までに検収を完了する(第五条一項)。

④ 甲は、リース物件の検収によりリース物件の規格、仕様、性能、機能等に不適合、不完全その他の瑕疵があることを発見したときは、検収期間内にこれを書面をもって乙に通知しなければならない。甲がこれを怠ったときはリース物件には瑕疵がないものと看做し、以後甲はリース物件の瑕疵について苦情を述べることはできず(第六条一項)、特約店からの引渡しが遅延したとき、または物件に前項の瑕疵があったときでも、乙はその責任を負わない(同条二項)し、前項の事由によって甲が損害を受けたとき、甲が第一項の義務等を履行している場合には乙は特約店に対する損害賠償請求権を甲に譲渡する(同条三項)。物件の隠れた瑕疵についても、右と同様に処理され(同条四項)、この場合でも、リース契約は変更されない(同条五項)。

⑤ 甲は、リース物件の維持、修理の責任を負い、そのための部品の取り替え、リース物件補修、損傷の修理、定期又は不定期の検査その他一切の維持管理について、乙または特約店の指示に従い、且つその費用を負担する。但し、リース物件の製造者または特約店が自己の負担により実施する規定の無償サービスを受ける場合はこの限りではない(第一〇条)。

⑥ リース物件の返還までに生じたリース物件の盗難、滅失、損傷についての危険は、すべて甲が負担する(一六条一項)。

⑦ このリース契約のリース期間が満了したとき、または期間満了前であってもこの契約により乙が甲にリース物件の返還を請求したときは、甲は、速やかにリース物件を乙に返還する(一九条一項)。

(四) 被告会社は、既に(本件契約成立に近接した時点と推定される。)、九州OAシステムに対して本件リース物件の売買代金(金額は不明)を支払っていること。

2  右事実関係を総合すれば、本件契約は、九州OAシステムの取扱代理店であるプロテックシステムが原告に対して本件リース物件の利用を勧め、これに応じた原告が被告に対して本件リース物件を指定してその介入を求めた結果成立したいわゆるファイナンスリース契約であり、九州OAシステムを含めた取引全体をみると、法形式的には九州OAシステムと被告との間は売買契約、被告と原告との間は賃貸借契約として一応把握することができるが、その実質は、原告が本件リース物件を九州OAシステムから購入するにあたり、被告が原告に対して金融をなしたものと評価でき、本件契約においてリース期間が五年と比較的長期であること、リース料総額(二九四万円)により被告の物件購入代金、金利、手数料等をおおむね回収できるものと推測されること、被告が瑕疵担保責任を負わず、原告が物件の滅失、毀損等の危険及び物件の修繕義務を負うとされていることはいずれも右実質を反映したものといえる。

そこで、本件契約において被告が物件の引渡義務を負うかを検討するに、賃貸借という法形式面からすれば貸主たるリース業者が物件の引渡義務を負うことは論をまたないところであり、金融という実質面からしてもファイナンスリース契約が純粋な金銭消費貸借契約とは異なり、特定の物件をユーザーに使用収益(実質は購入)させることを前提としてなされるものであることからすると、リース業者は契約の本質的内容として物件引渡の義務を負うものというべきであり、本件においても、本件契約書の「賃貸し」との文言(第一条)、原告において本件リース物件の引渡を受け、検収を完了した後からリース期間が開始するとされていること(第二条)、リース期間が満了したときには原告は被告に対しリース物件を返還することとされていること(第一九条一項)など、被告に本件リース物件の引渡義務があることを推認させる約定が設けられていることにも鑑みると、被告は、本件契約における信義則上、原告に対して本件リース物件の引渡義務を負うと考えるのが相当である。

もっとも、ファイナンスリース契約においては、リース業者においてリース物件の直接的な占有を取得することが予定されていないことが多く、本件契約においてもリース物件は九州OAシステムから直接原告に引き渡されることが約定されていたことからすれば、被告が負う引渡義務の内容は、九州OAシステムをして本件リース物件を原告に引き渡させる義務に変容しているものと考えるのが相当である。もっとも、ここでいう被告の原告に引き渡させる義務というのは、単に九州OAシステムに対して引渡をなすよう働きかければ足りることを意味するものではなく、現実に引き渡させる義務を意味するものと解すべきである。

3  なお、被告は、本件契約書(第六条二項)には、原告に対する直接的なリース物件引渡義務はない旨主張するので検討する。

被告の主張の趣旨が前記のとおりの趣旨であればともかく、被告には全く引渡義務がないとの趣旨であるとすれば、その条項自体の有効性を検討する必要が存するが、その点をさておいても、前記認定のとおり、右条項は、被告が引渡の遅延(引渡はなされたことが前提)につき責任を負わないとの約定が存するという趣旨に止まり、引渡そのものがなされていない場合にまで被告の一切の責任を免除する趣旨ではないと解すべきであり、被告の右主張は採用できない。

二  本件リース物件の納入はなされたか。

1  前記第二の二3、4の事実、甲第一号証、第二号証、乙第一ないし第三号証、証人清家、原告代表者及び弁論の全趣旨によれば、右事実のほか次の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はなく、右認定事実に反する趣旨に帰着する証人清家の証言は、後記のとおり信用できない。

(一) 原告と中尾との間では、本件リース物件の現実の納入は、プロテックシステムにおいて、コンピューターにソフトを組み込んでからなす旨約束されていたこと。

(二) 原告は、本件契約書の物件受領書欄に、本件契約締結日に物件を受領し、検収を終了したとして署名押印しているが、清家からの確認の際には、プロテックシステムとの右約束に従い、現在は納入されていないこと、二か月後程度で納入予定となっていること等を話した上で、その点は了解していることを説明していること。

(三) 原告は、その後も本件リース物件が納入されなかったことから何回かリース料の支払を停止したが、清家からプロテックシステムに納入させるからと言われて支払を継続していること(結果的に、合計五回はプロテックシステムが支払っている。)。なお、本件契約における原告の支払方法は口座振替によるものであること。

(四) 中尾は、原告から本件契約を解約したいとの申し出を受け、原告にリース契約中途解約申出書(乙第二号証)を持参して原告会社の記名押印を得た上、平成三年一月三一日、買約証兼物件受領証(乙第三号証)とともにこれを被告会社に提出していること。

(五) 本件契約書によれば、原告が自己都合により本件契約を解約した場合、原告は被告に対し残リース料、経費、損害金を一括して支払うべきことが約定されているが(第二一条一号)、プロテックシステムは本件リース物件を残リース料を若干上回る金額(消費税抜き九六万〇一五五円)で買い取り、右中途解約申出書には「取扱店の代位弁済」と記載されており、中尾は原告に対し右残リース料等を請求していないこと。

(六) 中尾は、平成三年七月三〇日、原告に対して「コンピューターの支払に関する明細書」と題する書面(甲第一号証)を交付しており、右書面には原告の既払いリース料の計算が記載されていること。

(七) その後、プロテックシステムは倒産したこと。

(八) 原告にとっては、本件契約についての窓口はプロテックシステムであり、一部直接清家との間で連絡を取り合っていることは認められるものの、通常は、中尾を通じての連絡であり、事務処理をしていること。

2  証人清家は、本件契約締結当時、被告会社におけるリース物件納入の確認方法としては、被告社員が実際に現場に赴いてする方法と電話でする方法とを取っており、本件契約はリース料総額が二〇〇万円以上であることからすれば自分が現場に行っているはずであるが、原告事務所に行って確認したか否かについては記憶がなく、原告が述べるような苦情関係についての記憶を有していない旨証言している。しかしながら、清家が本件契約当時にいかに多くのリース契約を締結していたにせよ、これだけ多くの苦情を持ちかけられたといわれている本件契約のようなリース契約についての記憶がない旨述べている(清家の経歴等から考えると不自然である。)ことに加えて、前記認定事実、関係証拠等をも併せ考慮するときに、右認定事実に反する趣旨に帰着する証人清家の証言は、信用することができない。

3  右認定事実を総合すれば、原告は本件リース物件を受領していないこと明らかであるといわなければならない。

4  被告は、原告が被告に対して物件受領証を交付していること、原告がリース料を昭和六二年八月から平成三年一月まで計三七回にわたり支払っていることからすれば、本件リース物件は原告に納入されていたはずであると主張するので検討する。

前者については、物件受領書に署名押印していることは被告主張のとおりであるが、前記認定のとおり、右書面は本件契約書と一体となっている上、受領日が契約締結日と同一日付となっており、その前後の経緯等から考えて、中尾から言われるままに署名押印したもので、本件においては、物件受領書の交付は真実物件の納入があったかどうかと無関係になされたということができ、後者についても、前記認定のとおり、中尾や清家に物件の納入を催促してもその度に直ちに納入する又は納入させるからリース料を支払ってくれと言われたからであり、本件リース料の支払方法が口座振替であったことからすると、原告の右支払は物件の納入があったことを前提としているとはいえず(むしろ本件リース物件の納入を期待して支払っていたと考えられる。)、被告の右主張はいずれも採用できない。

5  被告は、仮に本件リース物件納入の事実がなかったとしても、被告は原告から交付された物件受領証を信頼して九州OAシステムに対して本件リース物件にかかる売買代金を支払っているのであるから、原告が物件未納を主張することは信義則違反ないし権利濫用に当たり許されないと主張するので検討する。

ファイナンスリース契約においてはリース業者がリース物件の納入に直接関与することが予定されていないことが多く、そのために通常リース業者はユーザーから物件受領書を徴求し、これを信頼して販売店に対し売買代金を支払うのであるから、このような場合、物件受領書を交付したユーザーとしては、特段の事情がない限り、禁反言ないし信義則上リース物件の未納をリース業者に対して主張することができないというべきである。

本件においても原告が物件受領書に署名押印して被告に交付していることは被告主張のとおりであり、被告は、結果的には、物件受領書を信頼して被告が売買代金を支払ったであろう(清家の認識の有無は別として、かかる場合に売買代金を支払う者の認識としては)ことは推認できる。

しかしながら、前記認定のとおり、本件の物件受領書は、原告が契約締結時に中尾から物件は後日納入するからと言われて言われるままに署名押印したものであり、その意味では原告にも過失が認められるものの、いわゆる典型的な空リースのようにユーザーである原告から積極的に働きかけて虚偽の物件受領書を作成した場合ではないこと、本件契約においては物件受領書が契約書と一体の書面となっており、この方式からすると物件未納にもかかわらず販売店がユーザーをして契約締結時に物件受領書を作成させてしまうことは十分予想されるところであるにもかかわらず、被告は敢えてこのような方式を採用していること、物件受領日と契約締結日が同一日付になっており、清家が田中一郎から本件リース物件を受領していないことの説明を受けているにも拘らず、被告が売買代金をプロテックシステムに支払っていることなどの諸般の事情を総合すれば、本件は真実に反する物件受領書の交付の責任を原告に負担させることには酷に過ぎるというべきであり、原告において被告に対し本件リース物件の未納入を主張することが禁反言ないし信義則に反しない特段の事情が存したものと認めることができる(即ち、本件における物件受領書の交付を根拠に、被告が債務不履行責任を免れようとすることは、逆に信義則に照して許されないものというべきである。)。したがって、被告の右主張も採用することができない。

三  以上の検討の結果を総合すれば、被告に債務不履行の事実を認めることができ、原告の債務不履行の主張には理由がある。

四  遅延損害金の起算日について検討するに、原告は、平成三年一月三一日、リース中途解約申出書(乙第二号証)を中尾を通じて被告に提出しているが、右解約申出書提出に至る経緯、被告において規定されている手続から考えると、右書面の提出は、本件リース物件が納入されなかったことからなされたものであり、原告にとっての窓口であった中尾の説明により右解約申出書により支払った代金が返還されると考えてなしたものであることからすれば、原告の意図としては、法律的にいえば債務不履行に基づく解除と考えるのが相当である。しかしながら、被告に到達したのは右解約申出書であり、これを届けた中尾が被告に対してどのような説明をなしたのかは本件全証拠によっても不明であり、これをもって債務不履行に基づく解除の意思表示が被告に到達したと評価することはできないものといわなければならない。

ところで、原告は、平成七年一〇月六日、本件口頭弁論期日において、予備的に本件契約の債務不履行に基づく解除の意思表示をなしているが、右解約申出書の被告への提出により既に解約されていることとの関係が問題となる。右解約申出書提出の原告の意図は右のとおりであり、法律的には素人といえる田中一郎(名義上は、同人の父親で、もう一人の代表取締役である田中五郎)がなしたものであることに加えて右提出に至った経緯等を併せ考慮するときに、債務不履行に基づく解除の効果を右解約申出書の提出により妨げると考えることは、原告に余りにも酷であるといえ、結果的に、平成七年一〇月五日の本件口頭弁論期日における解除の意思表示の被告への到達を有効と解し、遅延損害金の起算日を、平成七年一〇月六日と考えるのを相当とすべきである。

五  右検討の結果によれば、原告の被告に対する本訴請求は右の限度で理由がある。

(裁判官 大島明)

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