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長崎地方裁判所 昭和23年(行)48号 判決

原告 富永浩 外七名

被告 長崎県農地委員会・大村市中央地区農地委員会

一、主  文

原告等の請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告等の連帶負担とする。

二、請求の趣旨

被告大村市中央地区農地委員会(以下大村市農地委員会と略称する)が別紙目録記載の土地について、昭和二十三年六月爲した未墾地買收計画はこれを取消す、被告長崎縣農地委員会(以下縣農地委員会と略称する)が原告等の訴願に対し同年八月二十四日爲した訴願却下の裁決はこれを取消す、訴訟費用は被告等の連帶負担とする。

三、事  実

原告等訴訟代理人は、その請求原因として、

被告大村市農地委員会は、昭和二十三年六月原告等所有の別紙目録記載の土地について未墾地買收計画を樹立しその公告をしたので、原告等はそれぞれ同委員会に異議の申立をしたところ同年七月九日異議却下の決定があり、次で被告縣農地委員会に対し訴願をしたが同委員会に於ても同年八月二十四日訴願却下の裁決が爲され、同年九月八日該裁決書を受領した。

然しながら、右買收計画には次に述べるような違法な点があるから取消さるべきものである。即ち、

(イ)  本件山林はいずれも地味痩せ而も急傾斜であるから、開墾して完全な農地たらしめることは至難の業である。

(ロ)  本山林の下方を水田に灌漑するため水路が設置せられているのであるが、もし計画のとおり本件山林の樹木を伐り拂つて開墾するときは、一度大雨に遭遇すれば急傾斜であるため直ちに多量の土砂を下方に流し右水路を閉塞破壞し、水路による灌漑田数町歩を耕作不能に帰せしめること必定で、且その土砂は水路を閉塞破壞するばかりでなく水路を越えてその直下数町歩の水田にも流れ込み該水田を不毛の土地と化して了う虞れがある。その水害の甚大な結果は、去る昭和二十三年九月十二日の本縣下佐世保市、東彼杵郡川棚地方の実例に徴しても十二分にこれを看取できるところである。

(ハ)  本件山林は從來水路保全のため開墾不適地として縣当局から制限せられていた謂はれ深い土地であつて、凡ゆる点から考察して開墾に適しない而もその開墾の結果は他に惨害を及ぼす危險な地域であることは万人の認めているところである。

(ニ)  本件山林の所有者である原告等は自家用として本件土地から薪炭を得ているのであるから、もし本件土地が買收せらるゝこととなればその唯一の薪炭用山林を失うこととなり、自家用燃料の供給を絶たれる結果となつて原告等の家庭生活に困窮を招くことは想像に余りあるところであるといわねばならない。

以上のような違法な諸点を伴つた本件買收計画は、違法な行政処分として到底取消を免れないところであるといわねばならない。從つて被告大村市農地委員会に対しては本件買收計画の取消を、又被告縣農地委員会に対しては原告等の訴願に対する却下裁決の取消を求めるため本訴提起に及んだと述べた。(立証省略)

被告両名指定代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として、

被告大村市農地委員会が、原告等所有の別紙目録記載の土地についてその主張日時未墾地買收計画を樹立し、原告等主張のような異議申立竝びに訴願を経て原告等主張日時被告縣農地委員会において訴願却下の裁決を爲したことは認める。然しながら本件買收計画が、原告等主張のような事由から違法であるとする点は爭う。即ち、

(イ)  本件山林の開発予定地が地味痩せ急傾斜であつて、開墾不適地であることは爭う。

(ロ)  又本件地域にはその下方に同地域を貫流する灌漑用水路が既設されていることは認めるが、開発の曉土砂を流下し水路を破壞閉塞し、且その低部の既墾地を不毛の地と化する虞れありとの主張は否認する。本件買收計画には万一の場合に備えて該水路沿ひに幅員凡そ十五間の地域を本件買收計画から除外しているばかりでなく、開墾にあたつては特に砂防施設を施して万全を期する計画であるから、原告等の主張は單なる危惧にすぎない。

(ハ)  右水路保全のため、森林法第三十二條の規定によつて大正四年二月十三日長崎縣告示第一三二号を以て開墾制限の指定を受けていた事実は原告等主張のとおりであるが、一方自作農創設特別措置法第四十條(同法施行令第二十八條)の規定によつて右買收地の開発のためにはその制限を受けない旨定められているのであるから、本件買收計画樹立の支障とならない。

(ニ)  原告等は本件山林の開墾によつて自家用燃料の供給が絶たれると主張するが、同主張もこれを否認する。

元來開墾適地の選定については行政廳の自由裁量に属する事項であると解せられるばかりでなく、昭和二十四年十二月十九日附農林大臣指令(昭二四農地一三〇九号)によつて十五度以上の傾斜地でも土地に十分の考慮を拂うことによつて二十度まで農耕地として差支えない旨の認可があつたのであつて、以上のように本件買收計画には何等原告等主張のような違法な点はないので、被告大村市農地委員会の本件買收計画竝びにこれを維持した被告縣農地委員会の訴願却下の裁決はいずれも適法正当であるから、原告等の本訴請求はすべて失当として棄却を免れないと述べた。(立証省略)

四、理  由

原告等所有の別紙目録記載の土地について、原告等主張日時被告大村市農地委員会によつて未墾地買收計画決定が爲され、原告等主張のような経緯を経て原告等から被告縣農地委員会に対し訴願中であつたところ、同年八月二十四日訴願却下の裁決が爲され、該裁決書が同年九月八日原告等にそれぞれ送達されたことについては、本件当事者間に爭いがない。

第一、本件土地の地勢、傾斜度、水路関係等自然的條件について。

そこで先ず本件土地の具備する自然的條件について、成立に爭いのない乙第一号証(昭和二十四年一月十八日附二四閣第六三号、都道府縣知事、農林省農地事務局及び営林局長宛農林次官通達「開拓適地選定の基準に関する件」)及び同じく成立に爭いのない第三号証(昭和二十四年十二月十九日附農林大臣指令、二四農地第一、三〇九号)と、本件檢証の結果、鑑定人松尾英俊鑑定の結果及び証人志賀政秋の証言によつて檢討してみる。

檢証の結果によれば、本件買收地域は大体次の三区域に散在している土地からなつていて、各区域に属する土地別にその具備する土地の性質を前顕各証拠に対照して述ぶれば、次のようになる。

第一区域、檢証調書附図第一及び武部地区未墾地買收計画図と題する図面に記載された土地で、東方から順次西方に向つて左記各筆を含む地域で(実測面積が公簿面積と異る部分についてだけ実測面積も併記した)該地域は里道を高地として北部に向つて傾斜面をなし北部の低地に水路が設けられていて東から西に灌漑用水が流れている。

(1)武部郷字上水計一、一〇二番一反四畝二十歩(実測一反九畝十四歩)所有者満野、(2)同所一、〇九八番三反二畝十五歩(実測四反五畝二歩)所有者久田松、(3)同所一、〇九七番七畝歩所有者同人、(4)同所一、〇八四番第一、一畝五歩所有者同人、(5)同所一、〇八四番第二 一、〇八五番 合併四畝二十八歩所有者同人、(6)同郡字大円寺一、〇七〇番一反一畝(実測一反三畝十六歩)所有者平野、(7)同所一、〇六八番三反七畝十歩(実測五反九畝)所有者富永。

(イ)  水路関係。前記各筆の土地中(3)乃至(5)の土地は直接水路に隣接していないので、直接の影響はない。その他の各土地についても前記鑑定人の鑑定の結果によれば、本件土地の土壤性質は夏季の大雨の場合を除いて容易に土砂を傾斜面に沿うて移動させるような性質のものでなく、開発又は開墾によつて耕耘された場合も同様で、下部水路に接続する部分に砂防林を存置することによつて水路に対する土砂の流入を現在程度に防止し得るのであつて、乙第二号証の一・二にあるような設計の土砂溜溝渠を築造すれば理想的土砂流入防止策であつて、水路の万全を保証するに足るものであることが認められる。

(ロ)  傾斜。更にこれらの土地の傾斜度についても前記鑑定の結果によれば、(1)の土地についてはその一三%が二級傾斜、二〇%が三級傾斜、六七%(一反三畝二歩)が四級傾斜であつて(2)の土地については、二八%が二級傾斜、三九%が三級傾斜、三三%(一反四畝二十七歩)が四級傾斜で、(3)の土地については五八%が一級傾斜、四二%が二級傾斜で、(4)及び(5)の土地については一〇〇%が一級傾斜で、(6)の土地については九五%が一級傾斜、四%が二級傾斜、一%が三級傾斜で、(7)の土地については一三%が一級傾斜、一七%が二級傾斜、三七%が三級傾斜、三三%(一反九畝)が四級傾斜で、合計四反六畝二十九歩が四級傾斜(前顕乙第一号証の開拓適地選定基準の記載によれば、十五度を超えるものは開墾に適しないとされている)に属することが認められるが、これらの大部分は砂防林又は土砂溜溝渠築造のため利用せらるべき土地であつて、右傾斜度が長崎縣の耕地状況からして大村地区の本件土地については二十度まで農耕地として差支えない旨の指令があつたことは、前記乙第三号証によつて明白であるから右傾斜度を基準とすれば、四級傾斜に属する土地は(1)の土地の三五%(六畝二十五歩)、(2)の土地の一五%(六畝二十歩)、(7)の土地の八%(四畝十五歩)、以上合計一反八畝となることが認められる。

(ハ)  土層の厚さ(底岩又は盤層までの深さ)・土性・礫度(礫を除去するに要する反当歩掛り)の諸点については殆んど全地区が一米以上で一級土層、又殆んど全地区が火山灰を被らない植壤土で一級土性で、更に全地区に亘つて大きな礫もなく二級礫度以上であることが、前記鑑定の結果によつて認められる。

第二区域、前記図面に記載された土地で前同様方法によつて左記各筆を含む地域である。

(8)同郷字大円寺一、〇一一番一畝九歩所有者平野、(9)同所一、〇二八番二畝四歩所有者久田松、(10)同所一、〇二九番一畝十歩所有者同人、(11)同所一、〇三〇番一畝十歩所有者同人(、)12同所一、〇三一番一畝所有者同人。

(イ)  水路関係。右各筆の土地中(8)の土地は本件水路と隔つているので全然水路に影響はない。(9)乃至(12)の土地は本件水路に近接しているが、該地域は後述するように総て二級傾斜地に属し、又その土性からいつても降雨の場合水路に土砂を多量に流出する危險があるとは思はれないことは、本件土地檢証自体から明かで、特に同土地に近接した同所一、〇四九番及び一、〇五一番の土地は、前記(9)乃至(12)の各土地と殆んど同一條件にあるのであるが、昭和八年頃開墾以來今日まで何等の災害も惹起しなかつたばかりでなく、開畑した当時以來水路関係者から何等苦情の申出でもなかつたことを証人光富士春次・株崎政一の証言によつて認めることができるのであつて、前記鑑定人の鑑定の結果もこれと同様である。

(ロ)  傾斜。本区域に属する(8)乃至(12)の全土地が、一〇〇%二級傾斜であることが前記鑑定人の鑑定の結果によつて明白であるから、開墾適地であるといわねばならない。

(ハ)  土層の厚さ・土性・礫度の諸点については、第一区域に属する土地に述べたところと同一である。

第三区域。檢証調書附図第二及び前記未墾地買收計画図に記載された土地で、前同様方法によつて順次左記各筆を含む地域で前記水路とは相当隔つた土地である。

(13)同郷山開七四六番三畝所有者池田、(14)同所七四八番一畝所有者同人、(15)同所七四五番九畝十五歩所有者森、(16)同所七四四番一反四畝所有者林、(17)同所七四三番一反三畝十歩所有者才木、(18)同所七四一番の一、五畝六歩所有者林、(19)同所七三七番二畝十六歩所有者池田、(20)同郷小佐古五五五番四畝所有者同人。

(イ)  水路関係。本地域に属する前記土地は、総て本件水路に何等の関係のないことは本件土地檢証自体によつて明白であるばかりでなく、附近に畑・田地等の既墾地が散在し里道竝びに部落に近接して交通も極めて便利で、社会的條件も具備していることを附言する。

(ロ)  傾斜。前記鑑定の結果によれば(13)の土地はその一〇〇%が二級傾斜、(14)の土地は同じく一〇〇%が三級傾斜、(15)の土地は四一%が二級傾斜で、残余五九%が三級傾斜、(16)の土地は四六%が二級傾斜で、残余の五四%が三級傾斜、(17)の土地は八五%が三級傾斜で、残余の一五%(二畝)が四級傾斜、(18)の土地は二四%が二級傾斜、四八%が三級傾斜で、残余の二八%(一畝十四歩)が四級傾斜、(19)の土地はその一〇〇%が三級傾斜で、(20)の土地はその一〇〇%(四畝)が四級傾斜で、以上合計七畝十四歩が四級傾斜に属することが認められるが更に前記乙第三号証による変更基準に從えば、(20)の土地の五七%(二畝八歩)が四級傾斜地として残るだけで、他の土地は全部三級地以上の開墾適地となることが明かである。

(ハ)  土層の厚さ・土性・礫度の諸点については、第一・二区域に属する土地について述べたところと同一である。

以上本件各土地の具備する自然的條件について述べた処に從つて本件買收地区の土地の級別を決定すれば、(乙第一号証記載第八土地の性質(二)土地の級の決定の項参照)前記鑑定の結果にもあるとおり、(1)及び(20)の二筆の土地が傾斜度の関係から四級地となるのであるが、右四級傾斜地の占める面積は全地区実測面積(二町九畝二十五歩)と対比して別紙目録記載のとおり二六%(五反四畝十三歩)であつて、並にこれを乙第三号証の変更基準に從えば僅かに九%(二反八歩)となり、その大部分が三級土地以上の開墾適地と判定されるのであつて、右二筆を本件買收地から除外するのは無意義であると認められるばかりでなく、(20)の土地については採草地として利用する外、(1)の土地の急傾斜地については棚畑又は段畑として開墾し、全地区を地元民の増反用として買收するのが適当であるといわねばならない。

そして原告等は、本件山林は從來水路保全のため開墾不適地として縣から制限せられていた謂はれ深い土地で、凡ゆる点から開墾不適地で而も開墾の結果は他に危險を及ぼす危險地域であると主張し、本件土地の一部、即ち前記第一区域に属する土地が森林法第三十二條の開墾制限地として指定せられていたことは被告等も認めるところであるが、自作農創設特別措置法第四十條(同法施行令第二十八條)によつて右開墾制限地の指定は未墾地買收計画決定を妨げない(私有森について、当該所有者個人の経済的理由のみからする開墾だけを制限していると解されるから)ばかりでなく、本件買收計画樹立にあつては前後二回に亘つて被告大村市農地委員が縣当局から派遣された專門家と共に現地調査を遂げ、水路沿ひの地域については買收から除外して水路保全の措置を講ずる計画であることが、証人志賀政秋・田中福太郎の各証言及び前記鑑定の結果によつて認められるから、該主張も亦本件買收計画を違法とするに足らない。

第二、本件買收は原告等所有者の自家用燃料の供給を杜絶し、原告等を困窮に導くものであるとする点、その他について。

原告等は本件土地が買收せらるゝこととなれば、その唯一の薪炭用山林を失うこととなつて自家用燃料の供給を絶たれ家庭生活の困窮を招來すると主張し、証人高月菊太郎・平田岩松は略これにそうような証言をするのであるが、同証言は後記証拠に照して当裁判所の措信しないところで、他にこれを認めるに足る証拠はない。却つて本件檢証の結果と、証人藤田末作・野中愛・田中福太郎の各証言によれば、本件全地区を通じて原告等所有の本件山林は雜木林をなしその大部分が最近伐採された伐採跡地であつて、山林立木として育成に値するものは殆んどないばかりでなく、原告等のうち満野は昭和二十三・四年頃、久田松及び富永は昭和二十一年頃、森は昭和二十三年頃、林は昭和二十二・三年頃それぞれ本件山林の立木を薪として他に賣却処分していて、その他の原告等においても本件山林を買收されても他に所有山林があるのでさ程その自家用燃料の補給に困難を招くものとは認められないから、本件山林買收を違法ならしめるものとは解せられない。並に前記証人の証言によれば、原告満野に対しては本件山林の代地を提供することが考慮せられており、又原告平野・満野及び森は本件所有山林を自ら開墾希望でることがうかゞわれるのであるが、これも亦本件買收を違法とする事由とはならないのであつて、本件買收は適法正当であるといわねばならない。

以上の理由から本件買收には何等原告等主張のような違法な点は認められないので、原告等の本訴請求は総て失当として棄却を免れない。

そこで訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八十九條第九十三條第一項を適用して、主文のように判決する。

(裁判官 林善助 厚地政信 西岡徳壽)

(目録省略)

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