長崎地方裁判所 昭和23年(行)5号 判決 1949年5月24日
原告
七種康夫
被告
佐世保市相浦地区農地委員会
同
長崎県農地委員会
主文
被告地区農地委員会が別紙目録記載の農地について定めた農地買收計画は、これを取り消す。
被告県農地委員会が右農地買收計画に対する原告及び訴外鹿毛武雄の訴願についてした却下の裁決は、これを取り消す。
訴訟費用は、被告等の負担とする。
請求の趣旨
主文同旨
事実
被告地区農地委員会は、別紙目録記載の農地の登記簿上の所有名義人が訴外鹿毛武雄になつており、同訴外人の住所が佐世保市下京町九十七番地にあるところから、いわゆる不在地主という理由で、自作農創設特別措置法第六條に基き、右農地の買收計画を定めた。そこで、原告及び訴外鹿毛武雄は、これに対し、右農地が原告の所有であることを理由として、昭和二十二年六月三日異議の申立をしたところ、同被告は、これに対して不得要領の取扱をするので、原告及び訴外鹿毛武雄は、更に同年九月二十四日被告県農地委員会に対し訴願したが、同被告は、期間経過後の訴願として、同年十月十日これを却下する旨裁決しその裁決書の謄本は、同月二十一日原告等に送達された。しかしながら、本件農地は、前述のように、一応訴外鹿毛武雄の所有名義になつているけれども、実際は、原告の所有物件である。すなわち、右農地は、もと原告の実父七種万次郞の所有に属していたのを、原告が万次郞から贈與を受けたものであるが、大正十四年二月二十四日当時万次郞は七十才余の老齡であつて、原告も脳病で生死の程も判らない状態にあつたので、万次郞は、後事を憂慮し、本件農地を他の宅地山林等とともに、原告のために保管して呉れるよう、同人の二女の夫たる農外鹿毛武雄に委託し、その保管の方法として、本件農地の所有名義を形式上同訴外人に移転することになり、当時登記簿上の所有名義人になつていた訴外村尾幾久代から直接訴外鹿毛武雄に所有権移転登記手続をして置いたが、その後原告は、昭和二十二年十二月中、同訴外人を相手方として、右農地につき所有権移転登記手続請求の訴を提起し、勝訴の判決を受け、該判決は既に確定したのである。斯樣な次第で、本件農地は、原告の所有地であつて、しかも原告は、從來肩書住所に居住し、不在地主ではないのであるから、右農地を不在地主の小作地として為された本件行政処分は違法である。そこで、これが取消を求めるため、本訴に及んだ旨陳述し、被告等の本案前の抗弁に対し、本件農地買收計画が、被告等主張のように一般の縱覽に供されたことは爭わないが、その余分点は否認する。次に本案の抗弁に対し、本件農地が未だ原告所有名義に移転登記手続がされていないことは認めるが、本件のような場合には、民法の規定の適用はない旨陳述した。
(立証省略)
被告等訴訟代理人は、先ず本案前の抗弁として、本件農地買收計画は、昭和二十二年五月二十一日から同月三十日までの間に自作農創設特別措置法第六條第五項の規定により、一般の縱覽に供されたから、当時原告は、該処分のあつたことを知つたものというべきであり、それから起算して、同年十二月二十六日以前に既に六箇月の出訴期間を経過しているから、その後に提起された本訴は、不適法である。そこで、原告の訴却下の判決を求めると述べ、本案について、原告の請求棄却の判決を求め、答弁として、原告主張事実中、本件農地について、原告主張のような理由で買收計画決定のされたこと、原告主張の各日時主張のように異議の申立、訴願、訴願却下の裁決及び裁決書謄本の送達のされたことは、これを認めるが、原告がその主張のような訴訟を提起し、勝訴の確定判決を得たことは不知、その余の事実は、すべて否認する。原告は、本件農地の所有者であると主張するけれども、未だ原告名義に所有権移転登記手続をしていないから、民法第百七十七條の規定により、所有権の取得を第三者たる被告に対抗することはできない。けだし元來民法の通則的な規定は、單に私法上の法律関係ばかりでなく、公法上の法律関係にも類推適用されるべきものであり(例えば、詐欺強迫等による行政処分等)、同法第百七十七條の規定も、これと同樣に、公法上の法律行為に類推適用されるものと解するのが相当である。更に、土地收用法上、起業者に過失がなくして、土地所有者を確知することができない場合において、形式上の所有者を対象として諸般の手続を進めれば、その者が眞実の所有者でなくてもそれによつて、起業者が土地の所有権を原始的に取得する効果を生ずることは、從來の大審院の判例としたところであるが、このことは、土地所有權を原始的に取得する自作農創設特別措置法についても、同樣に解釈されるべきものである。これを本件について観るに、仮に本件農地の眞実の所有者が原告であるとしても、国家の公示制度たる登記簿上の所有名義人たる訴外鹿毛武雄に対して手続を嚴選した本件買收計画は何等違法の点はなく、国はこれによつて有効に右農地の所有権を取得することができるのであり、しかも被告地区農地委員会が訴外鹿毛武雄を眞実の所有者と信じたことには、何等の過失もない旨陳述した。
(立証省略)
理由
先ず、被告等は、本案前の抗弁として、原告の本訴は、被告地区農地委員会が本訴農地について定めた買收計画の縱覽期間の最終日たる昭和二十二年五月三十日から起算し、法定の期間を経過した後に提起された不適法のものである旨主張するので、この点について按ずるのに、自作農創設特別措置法のように、農地委員会の農地買收計画決定に対して異議の申立及び訴願をすることができることとされているものにあつては、行政事件訴訟特例法の施行前には、訴願をしないで直ちに出訴することができたと同時に、訴願をしてから出訴することもできたものと解するのが相当であり、しかも後の場合には、訴願手続のため相当の日子を必要とすること勿論であるから、若し原処分の日から出訴期間を起算しなければならないとすると、事宜によつては、処分を受けた者に出訴の機会を喪失させ、甚だしく酷に失することになるので、出訴期間は、須らく右の者が訴願に対する裁決のあつたことを知つた日からこれを起算することを必要とするところ、原告及び訴外鹿毛武雄が本件農地買收計画決定に対して異議を申し立てたこと及び原告等の訴願に対する被告県農地委員会の裁決が、原告主張の日時にされ、主張の日時その謄本が原告等に送達されたことは、当事者間に爭がないから、自作農創設特別措置法改正法律(昭和二十二年法律第二百四十一号)施行の日たる昭和二十二年十二月二十六日から起算し、一箇月内に提起されたことの記録に徴して明かな原告の本訴は、結局適法であつて、被告等の該抗弁は、これを採用することができない。
そこで進んで、本案について考察するのに、本件農地に対する被告等の行政処分が、右農地を以て訴外鹿毛武雄の所有地と認め、不在地主の小作地であることを理由として、されたものであることは、当事者間に爭のないところであるが、成立に爭のない甲第一号証の一、二、証人鹿毛武雄の証言により眞正に成立したものと認める同第二号証、証人有里四方平(後記措信しない部分を除く)、鹿毛武雄の各証言、原告本人七種康夫の供述を彼是考え合わせると、本件農地は、登記簿上訴外鹿毛武雄の所有名義になつているけれども、実際は、同訴外人の所有地でなくして、もと原告の実父七種万次郞の所有に属していたのを、原告が万次郞から贈與を受けた結果、原告の所有に帰したものであるが、原告主張の日時主張のような経緯により、万次郞から本件農地その他の保管方を同人の二女の夫たる訴外鹿毛武雄に委託し、その保管の方法として、登記簿上の所有名義を当時の名義人訴外村尾幾久代から直接訴外鹿毛武雄に移して置いたこと及び原告が被告地区農地委員会の管轄区域内たるその肩書住所に居住することを是認することができ、乙第一、二号証によつては、右認定を覆すに足らず、証人有里四方平のこれに反する証言部分は信用しない。そうだとすると、被告等の本件行政処分は、眞実の所有者でないものを対象としてされた違法のものであつて、所詮これが取消を免れないこと勿論である。被告等はたとえ原告が眞実の所有者であるとしても、本件農地は、未だ原告名義に所有権移転登記がされていないから、民法第百七十七條の規定により、所有権の取得を第三者たる被告に対抗することはできない旨主張し、移転登記未済の事実は、原告の認めて爭わないところであるが、自作農創設特別措置法による農地の買收は、政府が公権力を以て、一方的に農地の所有権を取得する手続であつて、一般私法上の不動産の取引関係とは全くその性質を異にするばかりでなく、いやしくも行政庁が行政処分をするに当つては、職権を以てその処分の前提要件たる事実の存否を調査すべき責任があり、民法第百七十七條を援用して、この責任を回避することは許されないものというべきであるから、被告等の該抗弁は理由がない。又被告等は、前示措置法上農地委員会に過失がなくして、土地所有者を確知することができない場合において、形式上の所有者を対象として買收手続をとれば、その者が眞実の所有者でなくても、それより国は土地の所有権を原始的に取得する効果を生ずる旨抗爭するけれども、国が同法の規定により買收手続の結果、農地の所有権を原始取得するためには、該買收手続が、眞実の所有者を対象として適法にされたことを前提とすることを要することは原始取得を認める同法の律意が、農地買收後農地所有者の所有権取得の事由に瑕疵があるため、農地買收自体が無効になるようなことがあつては、農地改革の目的を達成することができなくなるので、これを防止するのにあると解するのを至当とする点に鑑み、明かであるから、被告等の該抗弁も亦理由がない。果してそうだとすると、本件行政処分の取消を求める原告の本訴請求は、相当として認容すべきであるから、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九條、第九十三條第一項本文を適用し、主文のとおり判決した次第である。