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長崎地方裁判所 昭和24年(行)40号 判決 1949年11月29日

原告

香燒村長

被告

香燒村選挙管理委員会

主文

本件請求はこれを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

請求の趣旨

原告訴訟代理人は「被告が昭和二十四年九月十五日なした香燒村長解職請求賛否投票施行決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求めた。

事実

原告は昭和二十二年四月九日公選により就任以來、長崎縣西彼杵郡香燒村長であるが、被告香燒村選挙管理委員会は浜口作一外五十二名の解職請求代表者が右原告村長の公約に違反する共産党入党及び天皇制否認を理由として同人につき爲した村長解職の請求を受理し、同二十四年九月十五日右解職請求賛否の投票を同年十月十三日施行する旨決定告示し、その後右期日を同月二十六日に変更決定した。ところで香燒村において選挙権を有する者の総数は三千五百六十八名であるから右解職請求が有効に成立する爲には、これに同意するものの請求者署名簿における署名が右総有権者数の三分の一以上に当る千百八十九名以上であることを要し、被告委員会が右署名簿に記載された二千五十四名の署名中無効署名五百六十六名を除いて有効と認めた署名は千四百八十八名であるが、然し右有効署名中にも、更に犬塚千津子外四百五十五名の署名簿の記載自体から自署でないことの一見明瞭なものが存し、これは無効として当然有効署名から控除さるべきものであるから、請求者総数は結局千三十三名となり、從つて前示解職請求は定足数に満たない不適法なものであることが明瞭である。そうだとすると被告委員会が当然却下せねばならない筈の前示解職請求を受理して本件賛否投票施行決定をしたのは違法な処分であるからこれが取消を求めるため本訴請求に及んだ旨陳述し、被告の答弁に対し、解職請求賛否投票施行決定は賛否投票に先行し相連続した手続をなしているが、両者は行爲の性質を異にして居り前者はそれ自身独立した行政処分であつて、受理又は却下等その違法な処分に対しては裁判所法第三條により当然抗告訴訟を提起し得るものというべく、これが許されないとすれば、直接請求の手段である署名蒐集及び投票施行の各行爲を行政事件訴訟特例法第十條により停止する途を塞ぐこととなつて明らかに不当である。尚投票日たる十月二十六日前記投票施行決定につき被告委員会に対し異議を申立てたが同年十一月六日右申立は却下され、又投票の結果については同委員会に対し目下異議申立中であると附演した。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する旨の判決を求め、答弁として、原告が公選により長崎縣西彼杵郡香燒村長に就任し現在も在職している事実、本件解職の諸求が浜口作一外五十二名の解職請求代表者により爲されて被告委員会がこれを受理し、昭和二十四年九月十五日右請求賛否投票を同年十月十三日施行する旨告示した事実及び香燒村における有権者総数並びに解職請求が有効に成立する爲の香燒村における署名者定足数が原告主張通りであることは孰れもこれを認める。然し選挙管理委員会の有効署名確認は地方自治法上形式的審査を以て足り実質的審査の義務を有せぬことについては行政実例が存するのであり、原告が四百五十五名の署名を無効であると主張する根拠は、單に署名簿の記載を一方的に認定したに止まるもので何ら本人の自署たることを否認するに足らず、從つて解職請求の有効署名が前示定足数を満たしたものと認めて爲した被告委員会の本件行政処分は違法な点がないから原告の本訴請求に應ずることはできない。尚前記投票期日は同年十月二十六日に変更されたと陳べ更に、直接請求をめぐる爭訟で解職請求、その受理、投票期日の告示等は、解職の可否に関する住民の一般意見を導き出す爲の手続行爲であつてそれ自身独立した行政処分として價値判断の対象とはならず、請求手続上の瑕疵は投票完了後に於て遡及的に爭い得るものであり、しかも右投票は前示十月二十六日既に施行されたのであるから、その爭訟手続は地方自治法第六十六條行政事件訴訟特例法第二條の規定に從うべきであり、これに從わない本件訴訟は裁判所の管轄を紊し右特例法の精神に反する不適法な請求として却下さるべきものであると附演した。

理由

原告が現在長崎縣香燒村長であること、原告の解職を求める訴外浜口作一外五十二名の解職請求代表者による直接請求が被告委員会に受理され、同委員会は右請求書に添えて提出された解職請求者名簿の有効署名が定足数を満たしているものと認めて、解職の賛否投票を昭和二十四年十月十三日施行する旨告示し、その後右期日を同月二十六日に変更したことについては孰れも当事者間に爭がない。ところで原告は被告委員会の右告示を違法な処分としてその取消を訴求しているのに対し、被告は本案前の抗弁として、原告の訴求は不適法で却下を免れないと主張するので先ず右抗弁につき案ずるのに、前示被告委員会の告示は同委員会が地方自治法第八十一條第一項の請求に基き同條第二項、第七十六條第三項に則つて原告の解職を選挙人の投票に付する旨の意思を表示した公法上の法律的行爲ではあるが、同法施行令第百十七條、第百五條によれば解職の投票の効力に関する選挙管理委員会の決定又は裁決もしくは裁判所の判決が確定する迄は解職を請求されたものは、その職を失わないことになつていて何らその権利は侵害されずその地位は保全されているのであり、その他右告示行爲は解職請求者乃至選挙権者等に対しその権利を伸暢こそすれこれを侵害するものとは認められず從つて右投票施行の告示が爲されたと云うのみでは未だ何人の如何なる権利も侵害されることはないのであるから、いわゆる行政処分に該当しないとも思料され、これに対し一般の行政爭訟手続による救済を講ずる心要は毫も存在しないのみか、多くの法律的行爲の集積によつて形成発展していく地方公共團体の長の解職投票という手続の進行中において、その各段階々々の行爲に関しその都度爭訟を許すとせば手続全体の進行が非常に遷延し地方行政の運営を妨げる虞れがあるのでこれら手続進行中の瑕疵に対する不服は一般の行政爭訟手続とは別個に取扱うのを妥当とすべく、その故にこそ右解職投票手続は同法第八十五條第一項によつても明瞭な通り、選挙手続と同様な性質をもつものとしてこれに準じた取扱を受け、從つてこれに関する爭には選挙爭訟に関する同法第六十六條が準用されているのであり、しかも選挙爭訟については選挙手続の特質から一般の行政爭訟手続とは別個の取扱を受け、特に前示第六十六條以下の爭訟に関する規定によると、必ず異議申立及び訴願の手続を経た後初めて出訴することを許され、且つ爭訴提起の期間及び管轄裁判所をも限定し選挙手続上の瑕疵に対する不服申立も全て選挙の日以後右瑕疵を原因として選挙の効力を爭うことによつてのみその解決が計られており、選挙手続を形成する各行爲に対しては、独立の爭訟を許さない法意であると解するのが至当であり、この点に鑑みるときは、前示の如く選挙に準ずる取扱をうけている解職投票手続上の瑕疵に対する不服も亦前示第八十五條第一項により全て同法第六十六條による手続を履践し、これによつて右瑕疵を原因とし解職投票の効力を爭うことによつてのみ救済されるものとするのが法の命ずる所であり、又極めて妥当な方法であるというべきである。原告は裁判所法第三條により当然抗告訴訟が提起出來るといい、これが許されない場合は行政事件訴訟特例法第十條により違法行政行爲の執行を停止する途を塞ぐことになつて不当であると主張するが、被告委員会の本件行爲が行政処分に該当しないものと認むべきこと、及び右行爲を前提として施行された解職の投票については、行政上及び司法上の救済手段が認められていること以上認定のとおりであり、又行政事件訴訟特例法第十條による処分の執行停止の手続は、同條第一項に明定する通り、訴訟の提起は処分の執行を停止しないのが原則であり、停止の処分が認められるのは償うことの出來ない損害を避けるため緊急の必要があると認められる場合だけであつて、前述の樣に処分に対する爭訟の解決する迄は地位の保全されている本件の場合には停止処分の許されないことも亦極めて明瞭であるから、何ら不当な点もないのであつて原告の前記主張は排斥を免れない。

そうだとすると、被告委員会の処分に対する異議の申立もなく從つて訴願もまだなされずに直ちに訴訟を提起した原告の本訴請求は不適法なものという外なく、此の点において既に原告の請求は却下を免れないから、爾余の主張に対する判断を省略し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九條を適用して、主文の通り判決する。

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