長崎地方裁判所 昭和28年(わ)212号 判決 1953年10月21日
被告人
藤川七郎
外二名
弁護人
中村達
木原津与志
検察官
西村金十郎
岩成重義関与
主文
被告人藤川七郎、同野方昭三郎を各懲役四月に、
被告人富永理一を懲役三月に、
夫々処する。
但し被告人藤川七郎、同野方昭三郎に対しては、この裁判確定の日より夫々三年間右各刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人三名の連帯負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人藤川七郎は、長崎自由労働組合の副組合長。被告人野方昭三郎は同組合の書記長。被告人富永理一は同組合執行部直属の行動隊員の一人であるが、右長崎自由労働組合は、昭和二十八年六月十一日頃、長崎県知事に宛て、一、越盆手当一人三千円支給。一、一人当り五百円の貸付。一、八月中完全就労。一、八月の盆は有給半日休暇。一、盆は日給の二十円増し。等五項目からなる要求書を提出し、右組合幹部は、同年六月十五日頃(第一回)、同年六月二十日頃(第二回)、同年六月下旬頃(第三回)の三回に亘り同県労働部長河野寔敏と右要求の交渉を続けて来たが、県側の回答が明確に得られなかつたのみならず、前記六月下旬の労働部長との会見においては、労働部長より、「未だ結論がでていない。その経過は知らせる必要はない。結論がでる迄は会つても仕方がない。」旨の事実上交渉打切りの回答があつて以来、同組合としては前記五項目の要求貫徹についての闘争を行うことを協議決定していたところ、昭和二十八年七月九日午後零時過頃、被告人等は峰丈一郎外数十名と相謀り共に腕章をつけ赤旗二流を押立て「わつしよい、わつしよい」と掛声をかけて、長崎市長崎県庁内労働部長河野寔敏の事務室内に押入り執務中の同人を取囲み或者は床を踏みならし、或者は俗に「かんしやく玉」と称する投付花火を床上叩きつけて音響をたて、以て多衆の威力を示し「越盆手当を二日分出すと云うことだが国で三日分出すようになつたから、県でも考えてくれ」との趣旨又は「三千円出せ」等と口々に怒号し、以て右労働部長の応答如何によつては同人の身体に危害を加えるかも知れないような気勢を示して同人を脅迫したものである。
(証拠の標目略)
(法令の適用略)
(弁護人及び被告人等の主張に対する判断)
弁護人及び被告人等の主張するところは、要するに、長崎自由労働組合は昭和二十八年六月十一日頃、長崎県知事に対し、五項目に亘る要求書を書面で提出すると同時に団体交渉に入り、六月中に三回に亘つて交渉を持つたが、同年六月三十日の交渉において、労働部長が誠意なく一方的に組合側の交渉を打切つたので、組合側は労働組合法に所謂争議行為に入つたもので、本件デモ行為は憲法が勤労者に保障する団体交渉権乃臣団体行動権としての争議行為として為されたものであるから違法性を阻却すると謂うのである。
仍つて、右主張について判断するに、憲法第二十七条は国民の勤労の権利を規定し、同第二十八条は勤労者の団結権、団体交渉権、その他団体行動を規定しているが、ここに団結権というのは、勤労者が使用者と対等の立場を以て労働条件の維持改善をはかるために団体を組織すること。主として労働組合の結成や労働組合への加入を指すのであり、団体交渉とは右の如く組織された団体が使用者と交渉すること。主として労働組合と使用者との交渉を意味し、その他の団体行動とは争議行為を指し、以上三つの権利は主として組合運動に対して保証されたものと解すべきである。又緊急失業対策法第一条に依れば、同法は多数の失業者の発生に対処し、失業対策事業及び公共事業にできるだけ多数の失業者を吸収し、その生活の安定を図ると共に経済の興隆に寄与することを目的し右失業対策事業とは失業者に就業の機会を与えることを主たる目的としていることも同法第二条の規定によつて明かである。而して、失業対策事業の事業主体が使用する労働者は、原則として公共職業安定所の紹介する失業者でなければならず、その失業者に支払われる賃金の額は労働大臣が定めることも同法第十条の定めるところである。又職業安定法第四条二号によれば、政府は失業者に対し、職業に就く機会を与えるために必要な政策を樹立し、その実施に努めることが定められているのである。従つて緊急失業対策法及び職業安定法においては、国又は地方公共団体は多数の失業者を救済してできるだけその生活の安定乃臣職業の安定を図ることを主たる目的としてその救済事業を実施する立場に置かれているわけである。憲法第二十八条は、使用者対被使用者すなわち勤労者というような関係に立つものの間において、経済上の弱者である勤労者のために団結権ないし団体行動権を保障し、もつて適正な労働条件の維持改善を計らしめようとしたものに外ならないから労働組合が団体交渉乃臣団体行動を執り得る限界は、勤労者が使用者と対等の立場を以てなしその交渉事項は、双方の間において処理し得らるる事項を内容とすることを必要とすると解せられるところ本件の場合においては、被告人等が代表する自由日雇労働者と長崎県とは何等雇傭関係の存在はないのだから雇傭関係を前提とする使用者、被傭者の関係でなく、(緊急失業対策事業の関係で潜在的雇傭関係があるという観察も出来ないわけでもないが、公共職業安定所に登録された失業者は、単に、右事業主体に将来使用され得る地位を取得しその将来に対する一種の期待権があるに過ぎないから正確な意味では、雇傭関係ありと断ずるわけにはいかない)、又判示被告人等の長崎県知事に対する五項目の要求にしても、当裁判所においてとり調べた証拠によれば「越盆手当一人三千円支給、一人五百円の貸付」の点については長崎県として到底応じられない要求であり(河野労働部長の証言)「盆は日給の二十円増し」の点は、失業者に支払われる賃金の増額に関するものであるから前記の通り労働大臣の権限事項に属し県自体で処理し得ない事項であり「八月中完全就労」の点については、被告人等が集団的自由労務者の代表となつて職業安定事務の職務関係を有する長崎県知事同労働部長に対する就労斡旋の陳情と見るべきものであるから、(此の点については、昭和二十八年五月二十一日最高裁判所第一小法廷の判例参照)結局本件被告人等の所為が憲法第二十八条の保障する団体交渉権ないし団体行動権の行使に該当しないことは多言を要しないところである。
而も前記認定の如く、被告人等は赤旗二流を押立て、「わつしよい、わつしよい」の掛声と共に、執務中の労働部長の部屋に許可なくして侵入し、或者は床を踏みならし、或る者は「かんしやく玉」と称する投付花火を床上に投げつけ、労働部長を取り囲み、口々に怒号して多衆の威力を示し労働部長の応答如何によつてはその身体に危害を加えかねまじき気勢を示すに至るが如き一連の行為は之を客観的に包括して観察するときは正に暴力の行使と認むるの外なく、労働組合の正当な行為としては到底容認し難いものであるから、被告人等の本件所為が仮に労働組合の団体交渉その他の行為であつたとしても前記刑事責任を免れることはできないものと謂わなければならない。以上の理由により弁護人及び被告人等の前記主張は採用しない。
そこで主文のとおり判決する。
(裁判官 藤原千尋)