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長崎地方裁判所 昭和28年(行)5号 判決

原告 松尾市郎

被告 長崎県知事

一、主  文

被告が別紙目録記載の(イ)及び(ロ)の農地について買収期日を昭和二十四年十二月二日と定めてなした買収処分並びに右(イ)の農地につき、楠川鉄次を、右(ロ)の農地につき森内多吉をそれぞれ売渡の相手方とし、売渡期日を右同日と定めてなした各売渡処分は、いずれも無効であることを確認する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決又は択一的に右買収、売渡の各処分は、いずれも、これを取消す、との判決を求め、その請求原因として、(一)別紙目録(イ)及び(ロ)の記載の本件農地は原告の所有であるが、原告は、昭和五年以来渡満して、不在であつたから、原告の母、訴外松尾スミ及び妹である訴外松尾ナツエに対しその管理耕作を委せていたところ、右両名は、それぞれ原爆死を遂げ原告も又中共軍によつて抑留されたために任意に帰国することができず、昭和二十八年三月二十六日漸く引揚げてきたのであるが、その時には既に被告によつて昭和二十四年十二月二日附本件農地が自作農創設特別措置法(以下単に自創法と略称する)第三条第一項第一号の小作地に該当するものとして、請求の趣旨記載のとおりそれぞれ買収並に売渡処分がなされていた。(二)然しながら右各処分には次のような違法事由がある。即ち(イ)本件農地は前記の如く原告が母及び妹に対して管理耕作を委せていたものであつて、森内、楠川らに小作させた事実はなく、同人らが本件農地を耕作していたとすれば、それは権限なき不法耕作であり、従つて該農地はいわゆる不在地主の所有する小作地に該当しないことは明白というべきにかかわらず、被告において、これを小作地と誤認し、買収売渡の対象とした違法がある。(ロ)本件農地の買収処分にあつては、被告において自創法第九条但書の規定に則り、原告に対する買収令書の交付に代え公告手続をなしているが、原告が抑留中ハルピン市三果樹に居住していたことは弟である訴外深堀政一の長崎県に対する未帰還者住所氏名届によつて明白であり、被告が何等の調査をも履践せず漫然と公告手続をなしたということは同条但書の規定する要件を欠ぐ違法があるものというべく、仮りに公告が已むを得ないとしても同公告書である長崎県公報の告示には、買収すべき農地の所在地番として単に「長崎県長崎市一反五畝十三歩」とのみ表示され、又買収すべき農地所有者の住所として「大阪府泉北郡福泉町」なる虚偽の記載がなされているのであるが、これは自創法第九条第二項所定の記載要件を欠ぐものであり、従つて本件公告手続そのものにもこの点において違法の廉があつたというべきである。(ハ)本件買収処分と売渡処分は同日附を以てなされているのであるが自創法第十四条、第十八条の各規定からすれば、買収と売渡しが同時に行われるというが如きは在り得ないことであつて、本件売渡処分は、ひつきよう農地委員会の定める売渡計画に基かないでなされたこと明白といわなければならない。(ニ)自創法施行令第一条第一号乃至第四号の規定は、いずれも例示規定と解すべきところ、原告には前記の如く中共軍の留用命令によつて抑留されたという特殊事情が存するのであるから、右規定の精神に則り、本件農地は不在地主の所有する小作地としての買収からはこれを除外するのが相当であつたと認むべく従つて被告が、これを勘案しないで、漫然と本件買収処分をなしたということは明かに自創法の趣旨に反する。而して叙上の如き本件買収並びに売渡処分に存するかしは、いわゆる無効原因たるかしに該当するものと認むるを相当とするから、ここに原告は右各処分の無効なることの確認を求め、若しこれが無効原因に該当しないとすれば、択一的にその取消を求めるため本訴請求に及んだ次第であると述べた。(立証省略)

被告指定代理人は、まず本訴中本件行政処分の取消を求める部分を却下するとの判決を求めその理由として、原告は、昭和二十八年四月中、本件行政処分のあつた事実を知つたのであるが、本訴が提起されたのは、同年九月二十六日であるから、従つてこれは一ケ月の出訴期間を徒過した不適法な訴であること明白であり当然却下を免れないと陳述し、次で原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として原告主張の(一)の事実及び(二)の事実中、原告主張の如く買収令書の交付に代え公告手続がなされたこと及び公示には、その主張の如き事項が記載されていたことは、いずれも認めるが、其余の事実は全部否認する。原告は本件農地は不在地主の所有する小作地には該当しないと主張するが、しかし終戦後、本件農地には耕作者がなかつたところから、原告の義兄である訴外深堀四之市等が右農地の荒廃を防止するため事務管理をなし、その方法として、訴外楠川鉄次、森内多吉等に小作せしめていたものであつて、自創法第三条第一項第一号所定の小作地に該当すること明というべく、仮りに小作地でないとしても、本件農地は同条第五項第五号の規定する不耕作地として当然買収を免れ得ないのであるから、従つて本件買収売渡処分を当然無効とすべき理由はない。又買収公告の記載事項を自創法第九条第二項に規定しているのは買収農地を確定するために外ならぬところ、原告は本件農地以外には農地を所有せず本件公告の記載により当該農地は一応特定されていると認められるから、従つて本件公告をとらえ、これを違法とすべき理由はない。次に自創法施行令第一条第一号乃至第四号の規定は制限規定であるから、仮りに原告にその主張の如き特殊事情があつたとしても、当然買収から除外せらるべき理由とはならず、従つて本件買収処分には何ら原告主張の如き違法はない。以上いずれの点よりみても原告の本訴請求は失当であること明であるから当然棄却を免れないと述べた。(立証省略)

三、理  由

別紙目録(イ)及び(ロ)記載農地が原告の所有であつたこと、原告は昭和五年以降渡満不在であつたけれども、該農地は母の訴外松尾スミ妹の訴外松尾ナツエの管理耕作に委ねられていたこと、右両名は原子爆弾によつて死亡し原告もまた中共軍の留用命令によつて抑留されたため任意帰国することができず、昭和二十八年三月二十六日漸く引揚げてきたこと及び被告が昭和二十四年十二月二日附本件農地を自創法第三条第一項第一号のいわゆる不在地主の所有する小作地に該当するものと認め買収処分をなしたことはいずれも当事者間に争がない。そこでまず右買収処分に如何なるかしが存するかについて考えるのに、被告は本件農地は終戦後叙上の事情により耕作する者がなかつたところから、原告の義兄に当る訴外深堀四之市等が事務管理の方法として、これを訴外楠川鉄次、森内多吉らの小作に委ねたものであると主張する。しかしながら、いわゆる事務管理が成立するためには、管理者が義務なくして他人の利益を図ることを目的としてその事務を管理することを要すべきところ、これを本件についてみるに、証人松尾エキ、楠川鉄次等の各証言に弁論の全趣旨を綜合すると、訴外深堀四之市等が本件農地を楠川、森内等の小作に委ねたのは、何も原告の利益を図ることを目的としたものではなくて、自己の利益を図るためであり、小作料も原告のために保管するということなく、自ら収納して自己の食生活の一助に資していた事実が明であるから従つて本件農地については事務管理の成立を認むべき何らの余地がないのみならず、仮りに適法な事務管理の成立を是認するとしても、本人たる原告の追認がない以上は、矢張り前記小作契約は無効であり、本人たる原告を拘束すべき何らの法律効果をも生ずるものではないから、従つて楠川、森内等に本件農地に対する小作権の存しないのは勿論、その耕作はむしろ不法占拠に過ぎないというべきである。さすれば被告が本件農地を小作地と認めて買収処分をなしたということは明に違法たるを免れないものというべく、然も弁論の全趣旨に徴すれば、長崎市農地委員会が本件農地につき買収計画を樹立した当時、原告が昭和五年以来渡満して不在であつたけれども、本件農地は母及び妹の管理耕作に委ねられていて他人の小作に付せられた事実がなかつたこと、右両名は原子爆弾によつて死亡し、原告もまた中共軍に抑留されていて任意帰国ができなかつたことがいずれも同委員会において判明していた事実が窺われるから、叙上の如き事情の場合には、当然当該農地が果して買収の対象となる小作地に該当するか否かにつき一応の調査研究を遂げて然るべきであり、又一応の調査研究をするならば、本件農地につき、訴外楠川鉄次、森内多吉等には何ら小作権の存しない事実が自ら明かであつたのであるから、その挙に出ることなく、唯漫然とこれを小作地と認めてなされた本件買収処分には洵に重大且明白なかしがあつたと認めざるを得ない。被告は本件農地が小作地に該当しないとしても、それは自創法第三条第五項第六号の規定により休耕地として当然買収を免れ得ないのであるから、従つて本件買収処分を目し違法とすべき理由がない旨主張するけれども、小作地としての買収と休耕地としての買収とは、それぞれその要件及び手続を異にするのであるから、仮りに本件農地がいわゆる休耕地に該当するとしても、そのことの故に自創法第三条第一項第一号の規定に基いてなされた本件買収処分の違法性を阻却すべき何らの根拠となすに足らぬ。

然らば本件買収処分は違法にして当然無効たるを免れないものと認めるのが相当であり、買収処分にして当然無効であるとすれば、これを前提とする本件売渡処分も亦当然無効たるを免れないと解すべきであるから、従つて叙上買収並びに売渡処分の無効確認を求める本訴請求は爾余の判断を俟たず、既にこの点において理由があるものとしてこれを認容すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林善助 入江啓七郎 大西一夫)

(目録省略)

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