長崎地方裁判所 昭和31年(ワ)276号 判決 1957年10月23日
原告 清水エム 外二名
被告 清水広幸 外一名
主文
(一)、被告清水広幸は、原告等の為め、別紙目録記載の各土地について、長崎地方法務局昭和二十六年八月十八日受付第一三六二九号を以て為された、家督相続に因る所有権取得登記の各抹消登記手続を為さなければならない。
(二)、原告等の、被告清水広幸に対するその余の請求、及び被告松本敬子に対する請求は、孰れも、之を棄却する。
(三)、訴訟費用は、原告等と、被告清水広幸との間に於て生じた分は、同被告の負担とし、原告等と被告松本敬子との間に於て生じた分は、原告等の連帯負担とする。
事実
原告等訴訟代理人は、
被告清水広幸に対する関係に於て、主文第一項と同旨の、被告等両名に対する関係に於て、(イ)、別紙目録記載の各土地について、長崎地方法務局昭和三十年七月二十六日受附第一二二七三号を以て為された昭和三十年七月二十五日の設定契約に因る、債権者被告松本敬子、債務者金化商事株式会社間の、弁済期昭和三十年九月末日、利息年一割八分の約定の、金三十万円の貸金債権を被担保債権とする抵当権設定登記、及び(ロ)、同目録記載の(1) 及び(3) 乃至(5) の各土地について、長崎地方法務局昭和三十年八月十日受附第一三一八四号を以て為された、昭和三十年八月八日の設定契約に因る、債権者被告松本敬子、債務者金化商事株式会社間の、弁済期昭和三十年十二月三十一日、利息年一割八分の約定の、金十万円の貸金債権を被担保債権とする抵当権設定登記が、孰れも、無効であることを確認する、被告両名は、原告等の為め、右(イ)及び(ロ)の抵当権設定登記の各抹消登記手続を為さなければならない、訴訟費用は被告等の負担とする旨の判決を求め、
その請求の原因として、
(1) 別紙目録記載の各土地(以下本件土地と称する)は、原告等が、訴外亡清水広人(改正前の民法上の戸主)の相続人(改正後の民法による共同相続人)として、之を相続(共同相続)し、その所有権を取得したもので、原告等の所有(共同所有)である。
(2) 原告等が、右訴外人の相続人となつて、その相続を為した事情は、下記の通りである。即ち、本件土地の所有者であつた右訴外人は、戸主であつて、昭和十七年九月二十八日死亡し、被告清水広幸が、その法定の推定家督相続人たるの地位を有する嫡出の長男として、その家督を相続したのであるが、同被告と右訴外人及びその妻たる原告エムとの間には、親子関係は存在しないのであるから、同被告は、同訴外人の子ではなく、従つて、その相続人ではない。同被告は、氏名不詳の者を父母として生れた子であるが、その出産の時、之を取上げた産婆訴外亡山下某の懇請によつて、子のない夫婦であつた右訴外人と原告エムとが、之を貰受け、その間に出生した長男として、その出生届を為した。その為め、戸籍には、右被告が、右訴外人の長男として記載され、従つて、戸籍上は、同被告が、右訴外人の法定の推定家督相続人である様になつて居たのであるが、真実は、右の通りであるから、同被告と右訴外人との間には、親子関係はなく、従つて、同被告は、その相続人ではない。然るに、同被告は、その法定の推定家督相続人である様に振舞つて居たので、原告エムは、同被告を相手方とし、長崎家庭裁判所に、親子関係不存在確認の調停申立を為し、(同庁昭和三十一年家(イ)第七九号親子関係不存在確認の家事調停事件)、昭和三十一年五月二十八日、右訴外人(夫)及び原告エム(妻)と右被告との間に、親子関係が存在しないことを確認する旨の審判を受け、該審判は、確定した。(尚、原告エムは、之に基き、戸籍訂正を申立て同申立は、同年六月十五日受理されて、同日、同被告は除籍された。)従つて、之によつて、被告広幸が、右訴外人の相続人でないことが、確定した。
而して、右訴外人には、相続開始当時に於て、相続人たるべき直系卑属も、直系尊属もなかつたのであるから、選定相続人が、選定さるべきところ、その選定が為されなかつたので、改正民法附則第二十五条により、原告エムは、その妻として、原告重信は、その弟として、原告康子は、その妹として、改正後の民法による、その共同相続人となり、本件土地を共同相続するに至つたものである。
(3) 然るところ、被告広幸は、その法定の推定家督相続人として、その家督を相続した様に僣称して本件土地について、請求の趣旨記載の家督相続による所有権取得の登記を為した。
併しながら、この登記は、前記の次第で、孰れも、無効であるから、原告等は、右被告に対しその各抹消登記手続を為すべきことを求める権利を有する。
(4) 更に、被告広幸は、家督相続によつて、その所有権を取得した様に僣称し、本件土地についてその所有権者であるとして、被告松本敬子と請求の趣旨記載の各日に、夫々、その記載の各抵当権設定契約を為し、之に基いて、同被告の為め、請求の趣旨記載の各日に、夫々、それに記載の各抵当権設定登記を為した。
併しながら、前記の通り、被告広幸には、本件土地について、何等の権利も、何等の権限もなく又、原告等は、右契約の締結並に登記について、何等関知しないところであるから、右各抵当権設定契約は、本件土地について、何等の効力も生ぜず、従つて、それに基いて為されたその各設定登記は、敦れも、登記原因を欠く無効の登記である。
然るに、登記簿には、それ等が、有効である様に登記されて居るので、被告両名との関係に於てその無効であることを確定する必要があり、又本件土地に右各登記の存在することは、該土地に対する原告等の所有権の行使の妨害となつて居るから、原告等は、被告両名に対し、その所有権に基き、右各登記の抹消登記手続を求める権利を有する。
(5) 仍て、被告広幸に対し、前記所有権取得登記の抹消登記手続を、被告両名に対し、前記各抵当権設定登記の無効確認並にその各抹消登記手続を求める為め、本訴請求に及んだ次第である。と述べ、
被告松本敬子訴訟代理人の主張に対し、
(6) 同被告が、その答弁第二項に於て為して居る主張は、之を争ふ。
(7) 同被告が、その答弁第三項に於て主張の事実は、之を否認する。
と答へ、
立証として、甲第一乃至第四号証(但、第三号証は一乃至五、第四号証は一乃至三)を提出し、原告清水エムの本人尋問の結果を援用し、乙号各証については、登記所作成部分のみの成立を認め、爾余の部分の成立は、不知と述べた。
被告清水広幸は、
最終の口頭弁論期日には出席したが、何等の答弁も為さずして退廷し、その余の期日には、その都度、適式の呼出を受けながら、孰れも正当の理由なくして欠席し、答弁書も準備書面も、その他の書面も提出しないので、原告主張の事実は、之を争はないものと認める。
被告松本敬子訴訟代理人は、
原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の連帯負担とする旨の判決を求め、答弁として、
(1) 本件土地が、元訴外亡清水広人の所有であつたこと、同人が戸主であつて、原告等主張の日に死亡したこと、同人と原告等の身分が原告主張の通りであること、被告広幸が、本件土地について、家督相続による所有権取得の登記を為したこと、及び被告松本が、被告広幸と、原告等主張の各日に、本件土地について、夫々、その主張の抵当権設定契約を為し、之に基いて、その主張の各日に、夫々、その主張の登記を為したこと、並に、原告等主張の日に、その主張の審判があり、それが確定したことは、孰れも之を認めるが、原告等が、右訴外人の相続人であつて、同人の死亡により、本件土地を相続し、その所有権を取得したと言ふ点、及び被告広幸と右訴外人との間に親子関係がなく、従つて、同被告が、その法定の推定家督相続人ではないと言ふ点、並に同被告に、本件土地の所有権がないと言ふ点は、敦れも、之を否認する。被告広幸は、右訴外人の子(同訴外人とその妻たる原告エムとの間の嫡出子)であつて、而もその長男であるから、同被告は、その法定の推定家督相続人であつて、右訴外人の死亡によりその家督を相続したものである。従つて、本件土地は、同被告の所有である。
故に、同被告との間に於て締結された前記各設定契約並に之に基く、前記各登記は、孰れも、有効であるから、原告等の被告松本に対する請求は失当である。
尚、前記審判は、権限のない裁判所によつて為されたものであるから無効である。
従つて、それが確定して居ても、被告広幸が、右訴外人の子でないことが確定したことにはならない。
(2) 仮に、被告広幸が、右訴外人と親子関係がなく、従つて、その相続人ではなく、原告等が、その相続人であつて、原告等に於て、本件土地を相続したものであるとしても、右訴外人及び原告エムが、その子でないものを、同人等夫婦間の嫡出の長男と偽り、虚偽の出生届を為し、以て戸籍にその旨を記載せしめたものであることは、原告等の自認するところであつて、斯る場合に、その子が、その家督相続人として取扱はれ、又、その事情を知らない第三者が、その者を、その家督相続人であると信ずることは、当然の事柄であつて、現に、戸籍にも、その様に記載され、又、本件土地の登記簿にも、家督相続によつて、被告広幸が、その所有権を取得したものと登記されて居るのである。而して、斯る場合に、真実の相続人が、真実の相続関係を主張し、表見相続人と善意の第三者との間に於て生じた権利関係を否定することが許されるものとするならば、その第三者は、不測の損害を蒙り、取引の安全を害すこと甚だしいものがあるに至るから、その様な主張を為すことは、許されない。然るところ、被告松本は、原告等主張の様な事情の存することは、全然、之を知らず、被告広幸に本件土地の所有権があると信じて、同被告と、本件土地について、原告等主張の各抵当権設定契約を為し、之に基いてその各登記を為したものであるから、被告松本は、右に言ふ善意の第三者であつて、原告等は、被告松本に対し、その主張の理由を以て、本件各登記の無効であることを主張することは出来ない。従つて、その無効であることを主張して為された、原告等の本訴請求は失当である。
(3) 仮に、右主張が、理由がないとしても、被告広幸は、訴外金化商事株式会社の被告松本に対する、原告主張の(イ)(ロ)の債務について、保証債務を負担して居たものであるところ、原告エムは、昭和三十一年七月頃、被告松本に対し、被告広幸の右保証債務を引受け、同時に、右被告が、被告松本に対し、設定した本件各抵当権と同一内容の抵当権を、本件各土地に設定する旨を約し、その登記は、本件各登記を以て、之に充てる旨を申出で、被告松本は、これを承諾したので、之によつて、本件各抵当権設定登記は、有効となつた。従つて、それ等が無効であることを理由とする、原告等の本訴請求は失当である。
と答へ、
立証として、乙第一、二号証の各一、二を提出し、証人林ミドリの証言並びに、被告両名(清水広幸、松本敬子)の各本人尋問の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。
理由
(被告清水広幸に対する請求について)
(一)、原告等主張の事実は、被告に於て、全部、之を自白したものと看做されるところである。
(二)、右事実によると、原告等は、被告に対し、その主張の所有権取得登記の抹消登記手続を求めることが出来る。故に、原告等の、被告に対する本訴請求中、右の部分は、正当である。
(三)、併しながら、本件各抵当権設定登記の無効確認を求める部分については、本件の様な事情の下に於ては、その確認を求める利益がないと認めるのが相当であると解せられるから、この部分の請求は、失当であると言うべく、又抵当権設定登記の抹消登記手続請求は、その登記上の名義人に対して、之を求むべきものであつて、その登記名義人でない者に対しては、之を求め得ないと解せられるから、本件各抵当権設定登記の登記名義人でない被告に対しては、その各抹消登記手続を求めることは出来ないと言うべく、従つて、被告に対し、その各抹消登記手続を求める部分は、失当である。
(被告松本敬子に対する請求について)
(一)、訴外亡清水広人が、改正前の民法上の戸主であつて、原告等主張の日に死亡し、被告清水広幸(以下被告広幸と言う)が、その法定の推定家督相続人たるの地位を有する嫡出の長男としてその家督を相続したことは、当事者間に争いのないところである。然るところ、原告等主張の日に、その主張の裁判所によつて、その主張の審判が為され、それが確定したことは、被告(被告松本敬子、以下単に被告と言う)が之を認めて争いはないところであるから、右審判の確定によつて、被告広幸と、訴外人との間に親子関係の存在しないことが、確定したものであると言わなければならない。而して、確定審判は確定判決と同一の効力を有し、その審判事項について既判力が生じ、而も、その既判力は、第三者に対しても、及ぶと解せられるので、当裁判所はその既判力に拘束され、それと異なる認定を為し得ないのであるから、被告広幸と右訴外人との間には、親子関係が存在しないと認定せざるを得ない。(被告は、右審判の無効であることを主張して居るのであるが、その有効であることは、家事審判法第二十三条の規定によつて、明白であるから、被告の右主張は理由がない)。右認定の事実によると、同被告が、右訴外人の相続人となることの出来ないことが明白であるから、同被告は、右訴外人の相続人ではないと言わなければならない。
さうすると、右訴外人の相続人は、被告広幸を除外して決定されることになるのであるが、その相続は、改正前の民法による家督相続であることは前記の通りであるところ、その相続開始当時に於て、右訴外人に、その法定の推定家督相続人たるべきものがなかつたこと、及びその後に於て、その相続人の選定がなされなかつたことは、弁論の全趣旨に照し、被告の明らかに争いはないところであると認められるから、改正民法の附則第二十五条によつて、相続開始の時に於て、改正民法による共同相続が為されたものとなすべきところ、その相続開始の時に於て、右法による相続人として、その妻たる原告エム、その弟たる原告重信、その妹たる原告康子の三名があつたことは、これ又、弁論の全趣旨によつて、被告の明らかに争いはないところであると認められるから、その相続人は、右原告等三名であると言わなければならない。
而して、本件土地が、元右訴外人の所有であつたことは、当事者間に争いのないところであるから、その所有権は、右訴外人の共同相続人である原告等によつて、相続(共同相続)されたものであり、従つて本件土地は、原告等の所有(共同所有)であると断ぜざるを得ない。
(二)、然るところ、被告が、被告広幸と、本件土地について、原告等主張の各日に、夫々、その主張の契約を締結し、之に基いて、その主張の各日に、夫々、その主張の登記を為したことは、当事者間に争いのないところであり、又、右各契約及び之に基く右各登記を為すについて、被告広幸に何等の権限もなかつたこと、及び原告等が、之に関与し、若くは、その追認等を為したことのないことは、弁論の全趣旨と原告清水エム並に被告清水広幸の各供述とを綜合して、之を認定することが出来るのであるが、之と、同時に、被告が、善意の第三者として、右各契約及び之に基く右各登記を為したこと、即ち、被告広幸が、前記訴外人の相続人でないこと、従つて、同被告が、本件土地について、その所有権を有しないことを知らないで、同被告が、真実に、右訴外人の相続人であり、従つて、相続によつて、本件土地の所有権を取得し、その所有権を有するものであると信じて、同被告と、前記各契約を締結し、之に基いて、前記各登記を為したものであること、及び、被告が、右の様に信ずるに至つたことについて、何等の過失もなかつたことも、又、成立に争いのない甲第二号証、同第三号証の一乃至五及び被告松本敬子並に被告清水広幸の各供述と弁論の全趣旨とを綜合して、之を認定することが出来る。以上の認定を動かすに足りる証拠は、一も存在しない。
(三)、然るところ、被告は、原告等が、右訴外人の相続人として、善意の第三者である被告に対し、右各契約並に之に基く右各登記の無効であることを主張することは、許されないところであると抗争するので、審按するに、前記認定の諸事実によつて、之を観ると、被告が、被告広幸と、前記各契約を締結し、之に基いて、前記各登記を為すに至つたのは、被告が、前記訴外人の表見相続人である被告広幸を、その真正の相続人であると信じ、(後記の事実と、戸籍(甲第二号証)及び登記簿(同第三号証の一乃至五)の記載に照らし、事情を知らない被告が、斯く信ずるに至つたことは、極めて、自然ななりゆきであると言い得る)従つて、又、同被告が、相続によつて、本件土地の所有権を取得し、その所有権を有するものであると信じた結果によるものであることが、明瞭であつて、更に、この事実によつて、之を観ると、右の様な結果を生ぜしめるに至つたのは、被告広幸が表見相続人たるの地位を有して居たこと(外見上のこの地位があつた為めに、被告が、前記に信ずるに至つたと言うことが出来ること勿論である)に基因するものと認められるところ同被告に、右地位を与へたものは、その被相続人たる前記訴外人及びその妻たる原告エムの両名(この両名が夫婦であつたことは当事者間に争いがない)であつたことが、即ち、右夫婦が、同人等と親子関係のない他人の子を、自己等の嫡出の長男であると偽つて、虚偽の出生届出を為し、因つて、戸籍にその旨を記載せしめ、以て、同被告に、戸籍上(外観上)右訴外人の法定の推定家督相続人たるの地位を与えたものであることが、原告等の自白によつて認められるので、被相続人たる右訴外人(原告エムが、之に加工し)は、被告広幸に、右の地位を与えたことによつて、自らその表見相続人を作出したものであると言わなければならない。而して、不動産については、無権利者が、それについて処分行為を為しても、それは、その所有者に関する関係に於ては、無効であつて、所有者は、何時にても、その無効であることを主張することが出来るとするのが法の原則であつて、従つて、無権利者による他人の不動産の処分と言う点からのみ、之を見れば、本件の場合に於ても、右原則の適用があるものと為さざるを得ないのであるが、本件の場合は、直ちに、之を以て、右の場合に該当するものであると断じ難い事情が存在して居るものと認められるので、右原則を、そのまゝ、本件の場合に適用することは、当を失するに至るものであると解せざるを得ないのである。何となれば、前記処分行為を為した表見相続人たる被告広幸は、前記認定の事実からして、事情を知らない善意の第三者から見れば、必然的に、真正の相続人であると見ざるを得ない様な地位を有して居たものであると認められるのであつて、而も、前記認定の通り、同被告に、その様な地位を与えたものは、その被相続人たる前記訴外人であつて、換言すれば、右の様な地位を有する表見相続人は、被相続人たる右訴外人が、故意に、之を作出したものであると言う事情が存在して居るのであつて、斯る事情の存在することが、本件の場合に、前記原則をそのまゝ適用することの正当性を妨げる事情となつて居ると解せられるからである。その理由は、以下に記載の数点に帰せしめることが出来る。而して、この理由があるが故に、本件の場合に、前記原則を適用することは、当を失するに至るものであると解せられるのである。
(イ) 相続は、法律上の地位の承継を伴う。即ち被相続人の有した法律上の地位は、相続によつて、相続人に連続的に移行する。従つて、相続人は、相続によつて、法律上、被相続人が有したと同一の地位を有するに至るのであつて、両者の法律上の地位には一体性があると言うことが出来る。
之を本件について見ると、本件原告等は、前記訴外人の相続人として、その相続を為したものであるから、之によつて、被相続人たる右訴外人の有した、(一)他人の子を、自己の嫡出の長男であると偽つて、故意に虚偽の出生届出を為したと言う不法な行為を為した者としての法律上の地位と、(二)之によつて、故意に、その表見相続人を作出したと言う行為を為した者としての法律上の地位とを承継したものであつて、右二点に於て、法律上、被相続人たる右訴外人と一体的地位を有するものであると言うことが出来る。(原告エムについては同人自身が、被相続人の右行為に加工したことは、前記認定の通りであるから、之によつて、独立に、右の地位を有することになるのであるが、相続人としても、同一の地位を有することになるのであり、又本件は、相続人として、その請求を為して居るのであるから、本件に於ては、相続人として有する地位のみを取上げる。)
従つて、原告等が、被相続人の為した右二点の行為による責任を負担せねばならないことは、当然の事理に属することであると言わなければならないから、原告等は、右責任を負うものとして、当然に、下記の二点の不利益を受けることを承認しなければならないものである。
(ロ) 一般に、故意に、不法な行為を為した者が、その行為によつて必然的に生ずる結果によつて、不利益を蒙つた場合に、その不利益を排除する為め、自ら、その行為が、不法であつて、従つて、その結果が、無効であることを主張することは許されない。何となれば、故意に、不法な行為を為した者が、それによつて生じた結果について、責任を負うべきことは、当然の事理に属することであるから、その責任を免れる為め、自ら、その行為が不法であつて、従つて、その結果が無効であることを主張することは、不当であつて、許されないところであるからである。
而して、被相続人たる前記訴外人が、前記(一)の不法な行為を為したものであることは、前記の通りであつて、この行為を為したものとしての被相続人の地位は、それと一体的地位にある相続人として、原告等が承継したのであるから、原告等は、右訴外人の為した前記(一)の行為について、当然、その責任を負うべきものであり、従つて、前記の理由によつて、右行為の結果として生じた、表見相続人である被告広幸によつて為された前記処分行為の無効であることを主張することは、許されないところであると言わなければならない。
(ハ) 又、被相続人が、他人の子を自己の子として、事情を知らない第三者から見れば、外観上、必然的に、真正の相続人であると見ざるを得ない様な地位を与え、因つて、以て、表見相続人を作出した場合に於ては、その被相続人は、相続が開始した場合には、必然的に、事情を知らない善意の第三者によつて、その表見相続人が、真正の相続人であると見られ、従つて、その第三者が、その表見相続人と、相続財産について取引を為すと言うことが生ずるであろうことを、予見して居たものと解し得られるのであつて、それにも拘らず、敢えて、その表見相続人を作出したと言うことは、右の様な事態が発生した場合に於ては、善意の第三者に対しては、真実の関係が右と異なるものであることを理由として、その表見相続人が、相続財産に対して為した処分行為の無効であることを主張しないと言う意思の表示を内含せしめて居ると言うことが出来ると解するのが、条理に照らし、相当であると認められるところ、相続人が、その被相続人と、法律上、一体的地位にあることは、前記の通りであるから、右の意思の表示は、相続人によつて承継されて、その存在を保つて居るものと言うべく、従つて、その相続人は、善意の第三者に対し、右の意思に反して、表見相続人が、相続財産に対して為した処分行為が、無効であると主張することは、之を為し得ないところであると解せられるから、原告等は、被告に対し、被告広幸の為した本件土地に対する前記処分行為の無効であることを主張し得ないと言わなければならない。
以上の次第であるから、本件の場合に於ては、相続人たる原告等は、被告に対し、被告が表見相続人たる被告広幸と、本件土地について為した、前記各契約及び之に基く前記各登記の無効であることを主張することが出来ないと言わなければならない。
(四)、故に、その無効であることを主張して為された、被告に対する、原告等の本訴請求は、右の点に於て、失当たるを免れない。
而して、本訴請求が、右の点に於て、既に失当である以上、爾余の点についての判断を為す必要がないので、爾余の点についての判断は、之を省略する。
(結論)
仍て、原告等の本訴請求中、被告広幸に対する部分は、前記正当なる部分のみを認容し、その余は、之を棄却し、被告松本に対する部分は、全部、之を棄却し、訴訟費用は、被告広幸に対する関係に於ては、原告等の一部敗訴があるのであるが、同被告に対する関係に於て生じた分は、全部、之を同被告に負担せしめるのが相当であると認められるので、民事訴訟法第八十九条、第九十二条によつて、之を、全部、同被告に負担せしめ、被告松本に対する関係に於て生じた分は、同法第八十九条、第九十三条第一項によつて、原告等の連帯負担とし、主文の通り判決する。
(裁判官 林善助 田中正一 岡野重信)
物件目録
(1) 長崎市銭座町二丁目二十六番の一
一、宅地 二十坪七合一勺
(2) 同町 二丁目二十七番の二
一、宅地 十三坪四勺
(3) 同市 浜平町三百四十八番の一
一、畑 三畝二十九歩
内九歩畦畔
(4) 同町 三百四十九番
一、宅地 四十五坪
(5) 同町 三百五十番
一、宅地 九坪