長崎地方裁判所 昭和34年(行)10号 判決 1962年9月28日
原告 岩永方之
被告 長崎県知事
主文
原告の訴はこれを却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告が昭和三四年三月二七日付文書(三三観貿第四五八号)をもつて原告に対してなした長崎県南高来郡小浜町雲仙字湯の里庚三二〇番地のうち面積一二一坪六合七勺の土地の使用を許可しない旨の処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のように述べた。
一、長崎県南高来郡小浜町雲仙字湯の里庚三二〇番地のうち一二一坪六合七勺の土地(以下単に本件土地という)は国有地であり、訴外栗原重勝がその管理者である長崎県知事より借用していたが、原告の先々代岩永菊重が昭和七年一〇月一日、同訴外人から本件土地の使用権および同地上の建物を譲り受けて薬局を経営し、次いで原告の先代岩永ヤエの代を経て、昭和一九年三月二二日同人の死亡後原告がこれを承継して本件土地を使用しているが、その間五年目毎に使用期間の更新により継続使用の許可を得、現に、昭和二九年一一月九日付の原告の土地継続使用許可申請に対し、被告は昭和三〇年九月七日付使用許可書(二九計第三六四号)をもつて本件土地を(イ)使用目的住宅敷(ロ)使用期間昭和二八年四月一日から昭和三三年三月三一日まで(ハ)使用料雲仙公園使用条例による(ニ)継続使用を申請するときは満期の一ケ月前に申請書を知事に提出しなければならない(ホ)現在建物は本許可後直ちに別途(昭和三〇年七月三一日付)提出の雲仙国立公園内工作物改築許可申請書による改築を行わなければならないとの条件を付して継続使用の許可を与えていたものである。
二、ところが被告は、原告が昭和三三年一二月(日不明)付でなした本件土地の継続使用願に対し、昭和三四年三月二七日付長崎県水産商工部長名義の文書(三三観貿第四五八号)により、原告が前記昭和三〇年九月七日付使用許可に付した条件(前記(ホ))に違反して所在建物の改築をせず、また本件土地所在の地区は国において決定した雲仙国立公園、雲仙温泉地計画に基づき、公共施設区に指定されているとの理由で、今後の土地使用を認めない旨原告に通告してきた。
三、しかしながら、被告の右土地の継続使用不許可処分は、以下の理由によつて違法である。
(一) 本件土地の使用期間更新による継続使用の許可は、雲仙国立公園地区における他の事例と同様、形式的かつ慣行的になされ、借地人は半永久的に土地を使用する権利を有するものであり、継続使用許可の際の附帯条件は、被告の行政上の立場ならびに原告の個人的利益のためになされる行政指導上の注意的事項に過ぎず、かかる事項の違反を理由としてなされた本件処分は原告の使用権を侵害する違法のものである。
かりにその条件が有効なものであるとしても、右条件の不履行は原告の責に帰すべき事由に基づかない。すなわち、原告は本件土地に建物を建設しこれをホテルとして使用するため改築許可申請書を提出したが、被告より改善を要する旨の指示があつたので、原告は資金上の関係で訴外金子岩三側と共同名義で昭和三〇年八月頃再度改築願を出したところ、被告は知事に就任後形式的な理由をもつて再改築の許可をなさず、そのため原告は被告の付した条件を履行できなかつたのである。従つて、右改築の遅延は原告の責に帰すべき事由に基づかないのであるから、右条件に違反していないといわなければならない。
(二) 被告は、本件土地所在の地区が公共施設区に指定されたことをもつて、原告の本件土地継続使用を拒絶する理由としているが、かかる理由をもつて一方的、差別的かつ無条件に原告の土地使用権を消滅させるような処分は個人の既得権益を侵害する違法のものである。
よつて原告は前記の違法を理由として本件不許可処分の取消を求めると述べ、被告の本案前の抗弁に対し、次のように述べた。
一、本件土地の使用は五年目毎に更新手続をなすべきことを定められているけれども、その許可の内容は本来継続的性質を有するものであり、期間満了により当然消滅するものでなく、引続き使用許可申請があるときは、期間満了後であつてもこの申請を拒否するまでは右許可の効力は失わない慣例である。しかして、原告の前記継続使用願は新規の許可願でなく、使用期間更新の願出に該当し、水産商工部長名義でなした前記通告は、原告の右申請に対し原告の本件土地使用権を消滅させる被告の行政処分である。
二、原告の本訴が異議の申立、訴願その他行政庁に対する不服の申立を経ていないことは認める。しかし、原告は右訴願等の裁決を経ないで本訴を提起するにつき正当な事由がある。
すなわち、原告は昭和三四年四月二日本件不許可処分の通告を受けた後、被告に対し再三、再四反対陳情を繰り返したのであるが、同年八月三日、原告の依頼により被告との折衝の任に当つていた某県議より被告の拒否の態度が強硬で全く打開の見込みなしとの通知を受けた。
しかして、かゝる場合には、地方自治法所定の異議の申立をしても到底その目的を達することは期待できないから、その申立をしないで直ちに本訴を提起したものであり、右事由は行政事件訴訟特例法二条但書所定の正当事由に該るものである。
被告訴訟代理人は、本案前の申立として「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として
一、長崎県水産商工部長が昭和三四年三月二七日付でなした通告(三三観貿第四五八号)は、行政処分ではない。すなわち、被告は、昭和三〇年九月七日付土地継続使用許可書により、原告に対し本件土地を昭和三三年三月三一日まで使用することを許可したが、右許可には、更に継続使用を申請するときは、満期の一ケ月前に申請書を知事に提出しなければならない旨の条件を付していたにも拘らず、満期までにその申請をしなかつた。従つて右許可はすでに失効しており、また前記通告は、すでに法律上生じている効果を水産商工部長名義で原告に対し告げたものであつて、本件土地使用権を消滅させる被告の行政処分ではない。
二、かりに、右通告が被告の行政処分であるとしても、原告の本訴は、右処分に対し、地方自治法二一五条、二〇六条四項所定の知事に対する異議の申立および自治大臣に対する訴願の決定および裁決を経ていないので行政事件訴訟特例法二条所定の訴願前置の要件を充していない。よつて、本訴はいずれにせよ不適法として却下さるべきである。
と述べ、本案について、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のように述べた。
一、原告主張の請求原因第一項中、本件土地が国有地であること、被告が原告主張の日時にその主張のとおりの条件を付して本件土地の継続使用を許可したこと、および被告の相続関係は認めるが、その余は知らない。なお、本件土地は貸与したものではなく、使用許可したものである。同第二項は認める。同第三項は否認する。
二、かりに被告の本案前の抗弁が認められないとしても、被告の原告に対する本件不許可処分は適法である。すなわち、本件土地を含む長崎県南高来郡小浜町字湯ノ里庚三二〇番官有温泉地面積一九町六畝一一歩は、長崎県が明治四四年四月一日、明治六年太政官布告第一六号、長崎県告示第二〇〇号に基づいて県営公園を開設した際、内務大臣の許可(明治四四年三月二〇日付内務省理第一七九号)を得て、右公園の敷地に充用されていたのであるが、昭和九年三月一六日、国立公園法(昭和六年四月一日法律第三六号)により、雲仙天草国立公園に指定され、更に昭和三一年一〇月一五日施行された都市公園法(昭和三一年四月二〇日法律第七九号)の適用を一時うけたが、昭和三二年一〇月一日、前記国立公園法を廃止した自然公園法(昭和三二年六月一日法律第一六一号)の施行に伴い、同日、厚生大臣より同地域は前記国立公園内の集団施設地区に指定されて現在に及んでいるところ、右公園内の国有地については、従前よりその目的を達成するため諸種の条件を付して使用を許可することになつており、都市公園法附則9、雲仙公園使用条例(長崎県条例第八七号)がこの基準となつていたものである。
すなわち、被告は、本件土地上の原告所有の建物が朽廃のまゝ放置され公園の風致を著しく阻害していたので、昭和三〇年九月七日付使用許可書において、請求原因第一項(ホ)記載の条件を付して、本件土地の使用許可を与えていたところ、原告は右条件を履行しなかつたので、本件処分に及んだのであつて、右処分は何ら違法でない。
(証拠省略)
理由
一、本件土地が国有地であること、被告が昭和三〇年九月七日付使用許可書(二九計第三六四号)をもつて、原告に対し、本件土地を請求原因第一項の(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、および(ホ)記載の条件を付して使用の許可を与えていたこと、原告が右条件(ロ)の使用期間経過後である昭和三三年一二月(日不明)に被告に対し本件土地の継続使用願を提出したこと、および原告が昭和三四年三月二七日付長崎県水産商工部長名義の文書(三三観貿第四五八号)によつて、原告が前記(ホ)の条件に違反して本件土地上に所在する建物の改築をせず、また本件土地所在の地区は国において決定した雲仙国立公園、雲仙温泉地計画に基づき、公共施設区に指定されているとの理由で、今後の土地使用を認めない旨の通告を受けたことは当事者間に争いがない。
二、ところで、被告は本案前の抗弁として前記通告は行政処分でない旨主張するので、まずこの点について判断するに、右通告が被告名義でなく、長崎県水産商工部長名義でなされていることは前述のとおりであるが、右水産商工部長は、いわゆる県の補助機関として被告である県知事の権限に属する事務を分掌しており、成立に争いのない甲第一号証、同第四号証によれば、原告は昭和三三年一二月に被告に対し本件土地の継続使用願を提出しており、右通告の実質はこの使用願に対する応答と認められ、従つて右通告は被告行政庁の意思の発動であり形式的名義の如何によりその処分の性質に消長を来たさないと考えるのが相当である。従つて、前記通告は、すでに法律上消滅している本件土地の使用関係についての単なる事実上の通知または勧告と目すべきでなく、本件土地の使用関係を消滅させる被告の行政処分である。右行政処分につき被告にその権限のないこと後記のとおりであるが、右処分はその瑕疵にかゝわらず一応行政処分としての外観を有するから、原告は抗告訴訟の形式で外観上存在する右処分の取消を訴求する法律上の利益を有するが、その反面として、原告が抗告訴訟の形式でその処分の取消を求める以上、右処分の瑕疵が無効原因たる瑕疵であるか、また取消原因たる瑕疵であるかを問わず、本訴は訴願前置、出訴期間等抗告訴訟に関する規定の適用を受けるものと解される。
そこで進んで訴願前置の点について判断する。
原告が右行政処分に対し訴願、異議の申立その他行政庁に対する不服の申立をせず、これに対する裁決、決定その他の処分を経ないで本訴を提起したことは当事者間に争いないところ、原告は行政事件訴訟特例法二条但書所定の訴願等の裁決を経ないで訴を提起することができる正当な事由として、原告は本件許可処分の通告をうけた後、被告に対し再三、再四反対陳情を繰返したが、昭和三四年八月三日原告の依頼により被告との折衝にあたつていた某県議から被告の態度が強硬で打開の見込みなしとの通知をうけたので、右経緯からみて、被告に対し地方自治法所定の異議の申立をしても、所期の目的を達しえないことが予測されたので、直ちに本訴を提起したと主張する。そこで、以下その当否について検討する。
証人古川秀夫の証言によれば、本件土地は、昭和三二年六月一日法律第一六一号(自然公園法)附則2による廃止前の国立公園法(昭和六年法律第三六号)一条、昭和九年三月一六日内務省告示第一三三号により指定された雲仙天草国立公園の区域内で、昭和一三年一二月一七日付厚生省告示第一六七号により指定された特別地域内にあり、しかも、自然公園法二三条、昭和三二年一〇月一日付厚生省告示第三一九号により指定された雲仙温泉集団施設区内にあることが認められ、また、国有財産法三条二項二号、五条、厚生省設置法五条によれば、国立公園事業および国立公園の敷地としてその用に供される国有地は行政財産として厚生大臣の所管に属し、更に国立公園集団施設地区管理規則(昭和二八年一〇月二日厚生省令第四九号)四条によれば、集団施設地区内において、土地の占用又は使用をしようとする者は所定様式による許可申請書を厚生大臣に提出してその許可を受けなければならない旨定められており、自然公園法三三条には「この法律又はこの法律に基く命令の規定により厚生大臣又は都道府県知事がした処分に不服がある者は訴願法(明治二三年法律第百五号)の定めるところにより訴願することができる。」と規定されている。以上に鑑みると、国立公園内における集団施設地区に指定された国有地の使用関係は公法上の使用関係であり、その管理は厚生大臣の所管であつて地方公共団体の自治事務に属さず(都市公園法六条、同法附則9、地方自治法二条、同法別表第一、(二十六)の(六)は国立公園の区域内に指定された集団施設地区たる公園に適用のないこと都市公園法二条三項二号に照して明らかである)、またいわゆる機関委任事務として法律またはこれに基く政令により県知事の権限に属する国の事務にもあたらない(自然公園法三八条、同施行令二五条、地方自治法一四八条、同法別表第三、(九)は集団施設地区内の土地の占用または使用を許可する権限を県知事に委任していないこと前記厚生省令に照らして明らかである)。従つて、本件土地につきその使用を許可する権限は厚生大臣に属するからその処分に対しては厚生大臣が同時に訴願裁決庁となるべきものである。ところで、以上述べたところによれば右行政処分は被告が無権限でなした処分であるが、かゝる場合、被告の右処分に対しては右事務を管理する権限を有する厚生大臣が上級行政庁となり、自然公園法三三条、訴願法二条により厚生大臣に対して訴願すべきである(地方自治法二一五条、二〇六条四項所定の知事に対する異議の申立および自治大臣(当時は内閣総理大臣)に対する訴願は地方公共団体の管理にかゝる財産又は営造物の使用に関し、知事が地方公共団体の執行機関としてなした処分に対する行政上の不服申立を対象とするものであつて、自治事務に属しない本件処分に対し知事および自治大臣は訴願庁となるものではない)。
しからば、本件処分に対する訴願庁は厚生大臣であるにもかゝわらず、地方自治法二一五条所定の被告に対する異議の申立をなすにつき、被告の従来の態度により異議申立の結果の不奏効が予測されることをもつて訴願裁決等不経由の正当事由とする原告の主張は、その前提において誤りをおかすものであつて理由がなく、法の不知誤解は原則として正当事由とならず、しかもその点につき何らの主張、立証もない本件においては、原告が主張する訴願裁決等の不経由の正当事由を肯認することはできない。
三、以上のような次第で、原告の本訴は行政事件訴訟特例法二条所定の訴願前置の原則に違背して提起されたもので不適法な訴であるから、本案について判断するまでもなく、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 原清 海老原震一 尾崎俊信)