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長崎地方裁判所 昭和39年(ワ)35号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕原告等と被告等の被相続人牟田康彦(昭和三八年一一月二九日死亡)との間の長崎地方裁判所昭和三〇年(ワ)第五八四号家屋明渡等請求事件につき、昭和三七年一二月二五日原告等主張のような条項から成る裁判上の和解が成立したこと、右和解条項(二)の(3)によれば、康彦は同人所有の別紙記載土地・建物を金一、二一七万二、五六〇円で原告会社に売渡すこととなり、原告等は連帯して右売買契約成立と同時に金四九七万二、五六〇円を支払い、残代金七二〇万円については昭和三八年一月より昭和四三年一二月まで七二ケ月の分割払とし、毎月末日まで金一〇万円宛康彦の住所に持参して支払うこととなつていたこと、被告等が昭和三八年一二月二七日付内容証明郵便を以て原告等に対し、原告等が右金七二〇万円の割賦支払いにつき昭和三八年一月及び二月分のみを遅滞なく支払つただけで三月分から一一月分までは九回とも全部遅滞したとして、右和解条項(二)の(4)前段の「右分割支払いを二回以上遅滞したときは、康彦は直ちに何等の通知催告を要せずして本契約を解除する……ことができる。」との約定に基ずき右売買契約を解除し、同条項(二)の(5)の「本契約が解除された場合は、原告等は康彦に対し、本件家屋を造作建具と共にそのままに明渡さなければならない。」との約定により、右和解により一旦売渡した建物を直ちに明渡されたい旨通知し、更に同趣旨の理由により昭和三九年二月一日被告等を康彦の承継人として、長崎地方裁判所から右和解調書正本に承継執行文の付与を受けたこと≪中略≫はいずれも当事者間に争いがない。

そこで先ず、前記和解条項(二)の(4)において過怠約款として定められた条項、すなわち分割支払いを「二回以上」遅滞したときの意味について検討する。

裁判上の和解は私法上の和解をその内容とするものであるから、和解調書に使用された文言を解釈するに当つては法律行為の解釈の場合と同様徒らにその文言のみに拘泥することなく、和解成立の事情並びに和解条項作成の経過を参酌して合理的に解釈すべきところ、<証拠>によると次の事実が認められる。すなわち亡康彦は昭和三〇年一二月長崎地方裁判所に対し原告両名を被告として別紙記載の家屋の明渡しを含む訴訟を提起し、明渡しを求める主たる理由は、右家屋が康彦の所有で原告磯吉に賃貸中のところ、同人は物価上昇に伴う増額賃料を三年間も支払わず、賃貸家屋を無断で原告合資会社に転貸し、且つこれに勝手に増改築を施したというにあつた。これに対し原告等は右家屋についての康彦の所有権を否認し、右家屋は原告磯吉の修理改築により全く原型を止めざるに至り、最早同原告の所有に帰したものと主張して譲らず、七年後の昭和三七年一二月二五日漸く坂口清、西源一郎の尽力により、同人等の提示した金額を以て右家屋並びにその敷地につき、康彦を売主、原告会社を買主とする売買契約を締結して裁判上の和解をする運びになり、和解の骨子は右の坂口、西両名が予め双方に示した所に則つたものであつたが、両名の原案をそのまま和解条項に作成したものではなく、過怠約款の点をも含めて和解条項の文言はすべて裁判所の発案になるものであつた。和解の席上には康彦、原告磯吉並びに双方の訴訟代理人が出頭したが、和解条項のいずれの文言についても何等の異議なく、直ちに和解成立を見るに至つたものである。

ところで過怠約款は裁判上の和解において附加されるのを通例とする条項であるが、一方債務者に対し割賦弁済の利益を与えると同時に他方債務者が割賦金の支払いを所定の回数だけ怠れば和解契約を解除され、或いは残額を一時に支払う不利益を同人に負担せしめることによつて債務者の支払いを強制し、債権者の利益との調整を計るものであるから、裁判上の和解に当つては、債権者において解除権を行使し或いは期限の利益を失わしめる要件として、債務者が割賦金の支払いを引続き何回か怠ることをあげるのが通常であり、割賦金支払いの単なる遅滞を右の要件とすることは、容易に期限の利益の喪失若しくは債権者による解除権の行使を招来することになつて債務者に酷に失し、延いて和解の実を挙げ得ない結果になるところから、異例に属するものといわなければならない。

本件和解条項によれば過怠約款を発動せしめる事由の発生によつて債権者が和解契約を解除するとき、債務者たる原告両名は和解によつて一旦取得した一二一万二、五六〇円の土地と家屋を失い、契約と同時に支払つた四九七万二、五六〇円の金員と解除までに支払つた分割金を債権者に没収されることになり、弁論の全趣旨によると、右家屋は長崎市の繁華街にあつて原告等が古くから銀嶺の名で洋食店経営の店舗に使用しているもので、銀嶺といえば長崎市においても著名な店の一つであることが明らかであるから、右家屋を失うことにより原告等の蒙る損失は相当大なるものがあると推測される。そして原告等と康彦間の前認定のような訴訟の内容並びに和解成立に至るまでの経過からみて、原告等が和解において定められた割賦金を引続き二回以上支払わないのであれば、信義則の見地からいつても十分非難に値いするから、そのため原告等が和解契約を解除されて右にのべたような損失を蒙つても己むを得ないと言い得るが、和解条項(二)の(4)にいう二回以上の遅滞を文字どおりに解すると、期限を一日でも遅れて割賦金を支払うこと二回に及べば、原告等は解除権の行使をうけて右にのべたのと同様な損失を蒙らねばならないから、その不利益たるや、不履行の態容に比較して権衡を欠き過大に失する嫌いがあるものといわざるを得ない。従つてこのような結果が生ずるのを認容するが如き過怠約款の解釈は債権者の利益保護にのみ厚く、たとい被告邦彦本人尋問の結果から認められるように、康彦が多年に亘る原告等との紛争により少なからず心身を労したことを考慮に入れても、合理性を欠くものといわなければならない。

しかも若し右にいう二回以上の遅滞が文字どおりの遅滞を意味するのであれば、先にのべたような原告等の蒙る著しい不利益からいつて、原告等がこのような趣旨の過怠約款を承認するとは到底考えられないのに、前認定したところと証人西源一郎の証言に照らすとき、本件和解成立に当り、過定約款の内容について原告等が異議を唱えたことは全くない許りか、その点は当事者双方共に何等問題にすらしなかつたことが明らかである。

以上の諸点から判断すると、本件和解条項(二) (4)にいう、分割支払いを二回以上遅滞したときとは、文字どおりの遅滞を意味するものではなく、分割支払いを引続き二回以上怠つた場合を指すものであり、本来ならば、怠つたというべきところを、単に遅滞したと表現したにすぎないものと解するのが和解当事者の利害の衡平を計る上から相当というべきである。被告等は、康彦が自己の経営する薬局の改築費用の調達に迫られて己むを得ず時価を無視した低廉な代価で土地建物を被告等に売渡す不利益な和解に応じ、僅かに右過怠約款の条項に望みを託していたのであると主張し、その趣旨は過怠約款の条項を文字どおり厳格に解すべきであるというに帰着するものと思われるが<証拠>によつても右物件の価格は当時としては適正なものであつたことが認められるから、被告等の右主張は採用に値いしない。(福間佐昭 青木敏行 寒竹剛)

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